(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5988241
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】生物農薬用容器及び生物農薬の保存方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/033 20060101AFI20160825BHJP
A01M 1/00 20060101ALI20160825BHJP
A01P 7/02 20060101ALI20160825BHJP
A01N 63/00 20060101ALI20160825BHJP
A01N 25/34 20060101ALI20160825BHJP
A01N 25/00 20060101ALI20160825BHJP
【FI】
A01K67/033
A01M1/00 Z
A01P7/02
A01N63/00 Z
A01N25/34 Z
A01N25/00 102
【請求項の数】10
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-148966(P2012-148966)
(22)【出願日】2012年7月2日
(65)【公開番号】特開2013-240315(P2013-240315A)
(43)【公開日】2013年12月5日
【審査請求日】2015年6月23日
(31)【優先権主張番号】特願2012-102840(P2012-102840)
(32)【優先日】2012年4月27日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人 千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100121658
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 昌義
(72)【発明者】
【氏名】大山 克己
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 丈詞
(72)【発明者】
【氏名】ガジイ・ノルエディン・アブルハドル
(72)【発明者】
【氏名】天野 洋
【審査官】
本村 眞也
(56)【参考文献】
【文献】
特開2005−185222(JP,A)
【文献】
特開平11−139450(JP,A)
【文献】
特開2007−325541(JP,A)
【文献】
特開2007−110969(JP,A)
【文献】
特開2005−272322(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/033
A01N 63/00
A01M 1/00−99/00
A01P 7/02;7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水または飽和塩水溶液を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器と、
生物農薬の出入口と換気孔を有する内容器と、
前記水蒸気供給容器及び前記内容器を出し入れするための開閉可能な出入口を有し、前記水蒸気供給容器及び前記内容器を収容する外容器と、を備える生物農薬用容器。
【請求項2】
前記水蒸気供給容器は、透湿性防水部材からなる気−液分離膜を備える請求項1記載の生物農薬用容器。
【請求項3】
前記内容器の前記換気孔には、前記生物農薬の逃亡を阻止する一方、気体を透過させる膜を備える請求項1記載の生物農薬用容器。
【請求項4】
前記生物農薬はカブリダニ類である請求項1記載の生物農薬用容器。
【請求項5】
水または飽和塩水溶液を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器と、
生物農薬の出入口と換気孔を有する内容器と、
前記水蒸気供給容器及び前記内容器を出し入れするための開閉可能な出入口を有し、前記水蒸気供給容器及び前記内容器を収容する外容器と、を用い、
前記内容器に生物農薬を収納し、
前記水蒸気供給容器から水蒸気を供給させる生物農薬の保存方法。
【請求項6】
前記水蒸気供給容器は、気−液分離膜を備える請求項5記載の生物農薬の保存方法。
【請求項7】
前記内容器の前記換気孔には、前記生物農薬の逃亡を阻止する一方、気体を透過させる膜を備える請求項5記載の生物農薬の保存方法。
【請求項8】
前記生物農薬はカブリダニ類である請求項5記載の生物農薬の保存方法。
【請求項9】
前記水蒸気供給容器、前記内容器及び前記外容器の少なくともいずれかは袋状である請求項1記載の生物農薬用容器。
【請求項10】
前記水蒸気供給容器、前記内容器及び前記外容器の少なくともいずれかは袋状である請求項5記載の生物農薬の保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物農薬用容器及びそれを用いた生物農薬の保存方法に関する。より具体的には、農業分野で被害をもたらしている害虫(ハダニ類)の生物農薬として利用される天敵(カブリダニ類)を収納する容器及びその保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の農作物消費者の安心、かつ、安全な食材に対する需要の高まりから、農作物生産における化学的に合成された殺虫剤もしくは殺ダニ剤のような農薬の使用を減らす(いわゆる減農薬)または使用しない(いわゆる無農薬)ための取り組みが盛んに行われている。これは、農作物生産における環境負荷低減の要求とも合致していることから、双方の観点より注目を集めている。
【0003】
他方、農業害虫であるハダニのような、繁殖力が強く、また世代交代の期間が短い生物昆虫およびダニでは、化学的に合成された農薬に対して抵抗性を獲得しやすい(例えば、非特許文献1参照)。そのため、農作物生産において、化学的に合成された農薬のみを使用した防除は困難になりつつある。
【0004】
上記の問題の解決策として、近年、化学的に合成された農薬の使用を減らしつつ、かつ、防除効果を高めることを目的として、生物農薬の農作物生産現場への導入が増えつつある。
【0005】
しかし、生物農薬の利用は、従来の化学的に合成された農薬と比べて難しいという声がよく聞かれる。これは、(1)安定した生物農薬供給体制が構築されていない又は公表されていないこと、(2)生物農薬の品質維持が難しく生物農薬到着後すぐの使用が推奨されていること、(3)農作物生産現場へ生物農薬を放飼する時期を決定するのが難しいこと、が理由としてあげられる。
【0006】
上記の問題を解決するには、需給状況に応じた生物農薬供給体制の確立とその利用方法の改善が必要である。そこで重要となるのは、品質を落とすことなく貯蔵(生産後、輸送するまでの期間と定義する)するための技術の確立である。また、輸送(生産又は貯蔵後、利用者の手に渡るまでの期間と定義する)中の品質保持も重要な課題である。あわせて、利用者側での保管(利用者の手に渡ってから放飼されるまでの期間と定義する)も利用者側で放飼時期を調節する上で重要となる。これまで、生物農薬の貯蔵、輸送、保管及び放飼のうち少なくとも1つに用いる生物農薬用容器に関する技術として、例えば下記特許文献1乃至5、非特許文献1、2に記載の技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−40817号公報
【特許文献2】特開平11−139450号公報
【特許文献3】特開2006−230229号公報
【特許文献4】特開2006−271307号公報
【特許文献5】特開2007−110969号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】森樊須編、「天敵農薬―チリカブリダニ その生態と応用―」、1993年、(社)日本植物防疫協会、130ページ
【非特許文献2】マーレーン・マライス他1名(矢野英二監訳)、「天敵利用の基礎知識」、1995、農山漁村文化協会、116ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上記特許文献1乃至5において、生物農薬用容器内の環境調節、とくに生物農薬の体内水分を適切に維持する上で重要となる空気水分環境の調節は、生物農薬用容器内で積極的に行われていない。従来の容器では、容器内に調湿緩衝材や吸湿材(おがくず等)を入れた例がある。ただし、この場合の容器内の水蒸気圧飽差はなりゆきであり、任意の所望の値で維持できない。
【0010】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、本発明は、生物農薬の貯蔵、輸送、および、保管の少なくとも一つで利用し、かつ、放飼にも使用する、品質保存可能な生物農薬用容器及びそれを用いた生物農薬の保存方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち本発明の第一の観点に係る生物農薬用容器は、水または水溶液を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器と、生物農薬の出入口と換気孔を有する内容器と、水蒸気供給容器及び内容器を出し入れするための開閉可能な出入口を有し、水蒸気供給容器及び内容器を収容する外容器と、を備える。
【0012】
また、本発明の第二の観点に係る生物農薬の保存方法は、水または水溶液を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器と、生物農薬の出入口と換気孔を有する内容器と、水蒸気供給容器及び内容器を出し入れするための開閉可能な出入口を有し、水蒸気供給容器及び内容器を収容する外容器と、を用い、内容器に生物農薬を収納し、水蒸気供給容器から水蒸気を供給させる。
【発明の効果】
【0013】
以上、本発明によれば、生物農薬の貯蔵、輸送、および、保管の少なくとも一つで利用し、かつ、かつ、放飼にも使用する、品質保存可能な生物農薬用容器及びそれを用いた生物農薬の保存方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】実施形態に係る生物農薬用容器の概略図である。
【
図2】実施形態に係る生物農薬用容器の他の一例の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態に係る生物農薬用容器(以下「本容器」という。)について、図面を用いて詳細に説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態、実施例において例示された範囲に限定されるものではない。
【0016】
図1は、本容器1の概略を示す図である。本図で示すように、本容器1は、水溶液21を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器2と、生物農薬31の出入口32と換気孔33を有する内容器3と、水蒸気供給容器2及び内容器3を出し入れするための開閉可能な出入口41を有し、水蒸気供給容器2及び内容器3を収容する外容器4と、を備えていることを特徴とする。
【0017】
本実施形態において、水蒸気供給容器2は、外容器4内、より具体的には生物農薬31に対して水蒸気を供給するためのものであり、内部に水または水溶液を収納、保持することができるものである。水蒸気供給容器2は、上記の機能を有する限りにおいて限定されるわけではなく、例えば、底部材とこの底部材周囲を覆う側壁部材とを有し、上部が開放された容器であることは好ましい一例である。なおこの場合において、側壁部材上に配置され、開放された部分を覆う蓋部材を設け、この蓋部材が必要に応じて着脱自在となっている構成も好ましい。更に、蓋部材を設けている一方、側壁部材又は蓋部材の一部に窓を設け、この窓から水蒸気を供給する構成としてもよい。この場合において、水蒸気供給容器2の材質としては、水または水溶液を安定的に保持することができる限りにおいて限定されるわけではないが、例えばガラス、プラスチック、金属等を採用することができる。
【0018】
また本実施形態において、水蒸気供給容器2の材質の少なくとも一部に、気体を通す一方で液体を通さない、透湿性防水部材からなる気−液分離膜を採用することも好ましい。透湿性防水部材からなる気−液分離膜を採用することで、例えば、上記した例のうち、側壁部材上に配置され開放された部分を覆う蓋部材を透湿性防水部材からなる気−液分離膜にすれば、必要に応じて着脱するまでもなく、常時蓋部材で覆っていても機能を奏することができるようになる。更に、透湿性防水部材の気−液分離膜を採用し、水蒸気供給容器2を袋状とし、水または水溶液をこの袋に収納した後密封する構成としてもよい。このようにすることで、本容器を持ち運ぶ際に振動などによって水または水溶液を水蒸気供給容器2からこぼしてしまう等のおそれが格段に少なくなるといった利点がある。この例について
図2に示しておく。なお
図2では、水蒸気供給容器2だけでなく、内容器3及び外容器4も袋状となっているものの例を示す。
図2の例では、各々の容器の開口部にはチャックが形成されており、内容物を密封することが可能である一方、水蒸気供給容器2には透湿性防水部材気−液分離膜が設けられている。
【0019】
また本水蒸気供給容器2内に保持、収納される水溶液としては、限定されるわけではないが、水に塩が含有されていることが好ましく、より好ましくは飽和塩水溶液である。塩を含有させることで外容器1内の水蒸気圧を一定に抑え、長期間安定した範囲で水蒸気を外容器内に供給することができるといった利点がある。またこの場合において用いられる塩としては、上記機能を実現することができる限りにおいて限定されるわけではないが、水に容易に溶解可能な塩であるリチウム塩、ナトリウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩等が好ましく、より具体的には例えば臭化リチウム、塩化リチウム、塩化マグネシウム、炭酸カリウム、臭化ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム等が好ましい。
【0020】
なお外容器4内の水蒸気圧飽差(飽和水蒸気圧と実際の水蒸気圧の差)は、水蒸気供給容器2に入れる水、又は、水溶液に含まれる塩の種類、濃度及び外容器4の周辺気温により決定される。水蒸気供給容器2に水のみを入れた場合の水蒸気圧飽差は、外容器4の換気が全くない場合、0kPaになる。一方で、水蒸気供給容器2に飽和塩水溶液を入れた場合の水蒸気圧飽差は、例えば日本工業標準調査会、「湿度計―試験方法 JIS B7920」に示された飽和水蒸気圧および相対湿度から求められる。
【0021】
図は省略するが、水蒸気供給容器2を複数個設置する場合、水蒸気供給容器2に入れる水、飽和塩水溶液の組み合わせによって外容器4内の水蒸気圧飽差を所望の値に調節できるといった利点がある。
【0022】
本実施形態において、内容器3は、生物農薬31を収納することができるものであって、上記のとおり生物農薬31の出入口32と換気孔33を有している。内容器3は、生物農薬31を安定的に保持、収納し、不必要に生物農薬を放出しない限りにおいて限定されるわけではないが、底部材と、この底部材の周囲を覆って配置される側壁部材と、この側壁部材上に底部材と対向するよう配置される蓋部材とを有するものであることが好ましい。なお、生物農薬31の出入り口32は、上記蓋部材を着脱自在とし、必要に応じて開閉によって形成してもよい。内容器3の材質としては限定されるわけではないが、例えばガラス、プラスチック、金属等を用いることができ、材質に特に制限はない。
【0023】
また本実施形態における内容器3には、上記のとおり生物農薬31の出入口32が形成されている。生物農薬31の出入口32については上記の蓋部材の着脱によって実現してもよいが、側壁又は蓋部材等の一部に孔をあけて出入り口とすることも可能である。窓の場合大きさについては生物農薬31が通りぬけることができる程度の大きさがあれば十分であり、例えば直径0.5mm以上の孔が設けられていればよい。なお、本実施形態において、内容器3の生物農薬31の出入口32は、必要に応じて開閉できるようにしておくことが好ましい。このような構成としておくことで貯蔵、輸送及び保管期間中は出入口32を閉じて生物農薬31の逃亡を阻止する一方、生物農薬を散布したい場合にはこの出入口32を開くことで、所望の位置において生物農薬を散布することができるようになる。
【0024】
また本実施形態における内容器3には、上記のとおり換気孔33が形成されている。換気孔33を設けておくことで、内部に収納される生物農薬31を水分の不足により死滅させてしまうことを防ぐ一方、外容器内に結露水が生じた場合であっても、内容器3内への結露水の侵入を防ぎ、生物農薬が結露水に接触することによる品質低下を防ぐことができる。換気孔33については、常時生物農薬に対して水分供給が可能となるよう、側壁又は蓋部材等の一部に孔をあけて換気孔33とすることが好ましい。窓の場合大きさについては生物農薬31の逃亡を阻止する一方、気体を透過させることができる限りにおいて限定されるわけではないが、例えば、生物農薬31が通りぬけることができない度の空間を備えたフィルタ素材等で構成された部材からなる膜であることが好ましい。この場合、限定されるわけではないが、例えば部材膜がメッシュ状である場合、この隙間の最大値が0.3mm未満、より好ましくは0.1mm以下であることが好ましい。この範囲とすることで生物農薬の逃亡を阻止する一方、気体を十分に透過させることができる。
【0025】
本実施形態における内容器3は上記のとおりであるが、限定されるわけではなく、例えば、開放口のあるガラス容器に換気孔としての機能を有する部材からなる膜を配置したものであってもよく、通常の持ち運びの際はこの状態で持ち運び、生物農薬を散布する際、この換気孔の膜部材を除去することで出入り口及び換気孔として機能させることも可能である。
【0026】
さらに本実施形態における内容器3は、上記のほか、例えばビニール等の膜状のプラスチックを用いて袋状とし、少なくとも一部に換気孔を設け、この袋に密封可能なジッパー部(チャック)を設けることで、換気孔及び出入口を有する内容器とすることもできる。この例は
図2で示される。なお、内容器2の素材が、生物農薬が生存できる程度の空間を維持できる程度に硬質な素材の場合であれば不要であるが、内容器3を柔軟性を有する袋状のものとする場合、生物農薬が圧死又は損傷することがないよう、生物農薬が生存するための空間を維持する必要がある。具体的には、緩衝材等を内容器3内に入れて空間を維持することが好ましい。いずれの場合もおがくず等を大量に使用する方法と比べて、生物農薬用容器のコンパクト化を図ることができる。
【0027】
なお、柔軟性のある素材で生物農薬用容器の内容器3と外容器4を構成する場合は、
図1に示す出入口にせず、外容器4に単に穴をあけて、その穴を絞ったり、開いたりすることで出入口の開閉を行うこととしてもよい。
【0028】
また本実施形態における換気孔33と出入口32は重複するよう配置してもよい。例えば出入口32の上部(内容器3の外側)に換気孔33を配置することで、上記の例と同様、通常は出入口を覆って生物農薬の逃亡を阻止することができる一方、換気孔の機能を維持することができているため安定的に生物農薬を保持、持ち運び可能となる一方、生物農薬を散布する際、この換気孔の膜を除去することで出入口及び換気孔として機能させることができるようになる。
【0029】
本実施形態において、生物農薬は、農産物に有害な作用をもたらす害虫などを駆除するために有用な生物であって、害虫の天敵である限りにおいて様々採用することができ限定されるわけではないが、例えば卵、幼虫、蛹及び成虫のうちの少なくとも一つの発育ステージの昆虫類、並びに、卵、幼虫、第1若虫、第2若虫及び成虫のうちの少なくとも一つの発育ステージのダニ類を好適に用いることができ、より好ましくはカブリダニ類である。なおこの場合において害虫はハダニ類である場合が特に有効である。なお、生物農薬を内容器に入れる際、植物等の支持材を入れてもよいおくことが好ましい。
【0030】
本実施形態において、外容器4は、水蒸気供給容器2及び内容器3を収容することができるものである。この限りにおいて限定されるわけではないが、外容器4も、底部材と、この底部材周囲に配置された側壁部材とを有するものであることが好ましく、側壁部材の上部に、必要に応じて開閉できるための蓋部材を有していることが好ましい。このようにすることで、安定的に上記水蒸気供給容器及び内容器を収納、保持することができる。またこの外容器4の材質は、上記の機能を有する限りにおいて限定されるわけではないが、例えばガラス、プラスチック、金属等を採用することができる。なお、貯蔵、輸送、保管にかかわる空間を小さくするためには、水蒸気圧飽差を調節するために必要とされる空間以外は内容器2が空間を占めるようにコンパクト化することが望ましい。
【0031】
また、外容器4内の水蒸気圧飽差は、外容器4の隙間換気によって外容器4外の水蒸気圧飽差の影響をうける。外容器4内の水蒸気圧飽差と比して外容器4外の水蒸気圧飽差が低い場合、水蒸気供給容器3内の水または飽和塩水溶液の量は減少する。それゆえ、貯蔵、輸送または保管期間中に内容器3に触れることなく外容器4内の水蒸気圧飽差を適切に維持するためには、外容器4の出し入れ口41にパッキンを設置する等の対策を講じることにより、外容器4の隙間換気を抑制することが好ましい。
【0032】
また本実施形態における外容器4は、上記のほか、例えばビニール等の膜状のプラスチックを用いて袋状とし、少なくとも一部に換気孔を設け、この袋に密封可能なジッパー部(チャック)を設けることで、換気孔及び出入口を有する外容器とすることもできる。
【0033】
以上、本容器では、水蒸気供給容器を備えることで水蒸気を常時供給することが可能となり、生物農薬に対して内容器の換気孔を経由してこの水蒸気を供給することができる。この結果、生物農薬の保存状態を良好に保つことができる。一方で、内容器には換気孔と生物農薬の出入口が設けられており、出入口が必要に応じて開閉できるように構成されているため、換気孔による水蒸気の出入りを常時可能とすることができる一方、生物農薬の逃亡を阻止することができる。そして内容器、水蒸気供給容器を外容器で一体に収納させることで、持ち運びが可能となるとともに、必要に応じて必要な場所に生物農薬を散布することができる、具体的には外容器から内容器を取り出し任意の場所に設置することができるようになる。この結果、本容器は、生物農薬の貯蔵、輸送、および、保管の少なくとも一つで利用し、かつ、かつ、放飼にも使用する、品質保存可能な生物農薬用容器となる。
【0034】
なお、本容器を用いることで、生物農薬を保存することができ、有用な生物農薬の保存方法となる。具体的には、水溶液を収納し水蒸気を供給する水蒸気供給容器と、生物農薬の出入口と換気孔を有する内容器と、水蒸気供給容器及び前記内容器を出し入れするための開閉可能な出入口を有し、水蒸気供給容器及び前記内容器を収容する外容器と、を用い、内容器に生物農薬を収納し、水蒸気供給容器から水蒸気を供給させる生物農薬の保存方法となる。この結果、上記同様、生物農薬の貯蔵、輸送、および、保管の少なくとも一つで利用し、かつ、かつ、放飼にも使用することのできる生物農薬の保存方法となる。なお保存後、外容器4から内容器3を取り出し、内容器3を対象とする害虫のいる、または、いると予測される場所に設置し、内容器3の出入口を開放することで生物農薬を放飼することができる。内容器2の出入口が解放され、かつ、対象とする害虫のいる、または、いると予測される場所に設置した場合、生物農薬は、餌となる害虫を求めて内容器3の内から外へ生物農薬は自発的に移動する。生物農薬の自発的な移動によって、生物農薬1の損傷等による品質の低下を引き起こすことなく放飼することができる。
【0035】
なお、本実施形態において、水蒸気供給容器、内容器及び外容器は、底部材と、この底部材の周囲を覆って配置される側壁部材と、この側壁部材上に底部材と対向するよう配置される蓋部材とを有するものであることとしたが、水蒸気供給容器、内容器及び外容器の少なくともいずれかは袋状容器であることも好ましい一例である。袋状とすることで、少ない体積で持ち運びやすくなるといった利点がある。また袋状の容器の場合、蓋部材ではなく、開閉を行うためのチャックを開口部に有していることが好ましい。このようにすることでより容易にかつ少ない体積で持ち運びすることができるようになる。
【実施例】
【0036】
以下、上記実施形態に係る生物農薬保存用容器を実際に作製し、その効果を確認した。以下具体的に説明する。
【0037】
(実験例1)
(材料および方法)
本実施例では、パッキンを有する蓋を備えたポリカーボネート製容器を生物農薬用容器の外容器4として用いた。また、シャーレを生物農薬用容器内の水蒸気供給容器2として用い、水蒸気供給容器2内には水、又はNaCl飽和塩水溶液を入れた。なおこの生物農薬保存用容器は、グロークチャンバ内に配置した。
【0038】
(測定および観察)
貯蔵期間中、生物農薬用容器内の気温及び相対湿度を測定し、水蒸気圧飽差を算定した。
【0039】
(生物農薬用容器内の環境)
生物農薬用容器内の気温は、水蒸気供給容器2に水を入れる場合は5.1±0.1℃、水蒸気供給容器2にNaCl飽和塩水溶液を入れた場合は5.3±0.2℃であった。一方、生物農薬用容器を収容しているグロークチャンバ内の気温は4.9±0.5℃であった。これは、生物農薬用容器の有する熱容量のために、生物農薬用容器内の気温の変動が生物農薬用容器外のそれよりも小さくなったためと考えられる。
【0040】
生物農薬用容器内の水蒸気圧飽差は、水蒸気供給容器2に水を入れた場合は0kPa、水蒸気供給容器2にNaCl飽和塩水溶液を入れた場合は0.21kPaであった。一方、生物農薬用容器を収容しているグロークチャンバ内の気温は0.25±0.23kPaであった。水蒸気供給容器2に水を入れた場合とNaCl飽和塩水溶液を入れた場合とで、生物農薬用容器内で異なる水蒸気圧飽差を安定的に作り出すことができた。生物農薬からの水の蒸発はごくわずかであることを考慮すると、外容器4と内容器2の水蒸気圧飽差は、同じ値と考えられる。したがって、内容器2の水蒸気圧飽差は、水蒸気供給容器2に入れる水又は飽和塩31の種類によって調節できることが示された。
【0041】
(実験例2)
(材料および方法)
本実験例では、実験1と同じパッキンを有する蓋を備えたポリカーボネート製容器を生物農薬用容器の外容器4として用いた。また、シャーレを生物農薬用容器内の水蒸気供給容器2として用い、水蒸気供給容器2内には水を入れた。さらに、孔径0.3μmのフィルタを添付した換気孔を備えたポリプロピレン製の容器を生物農薬用容器の内容器3として用いた。貯蔵開始前、複数の内容器2のそれぞれの中に生物農薬1として1頭ずつミヤコカブリダニ(Neoseiulus californicus(McGCregor))雌成虫を入れた。貯蔵期間中、生物農薬用容器は気温5℃に設定したグロースチャンバに設置した。貯蔵期間中は、ミヤコカブリダニ雌成虫にはエサであるナミハダニを給餌しなかった。
【0042】
(測定および算定)
実験開始28および56日後に、内容器2に収容されているミヤコカブリダニ雌成虫の生存率を調べた。生存しているミヤコカブリダニ雌成虫の生物農薬1としての品質を評価するために、気温25℃の実験室内に移した。そこで、ミヤコカブリダニ雌成虫の走性およびハダニの捕食状況を調べた。
【0043】
(結果)
生物農薬用容器を低温下に設置したことによる貯蔵期間中のミヤコカブリダニ雌成虫のエネルギ消費抑制、および、水蒸気圧飽差が小さいことによるミヤコカブリダニ雌成虫の体内水分損失抑制によって、カブリダニ雌成虫の生存率は28日後では100%、56日後では38%に維持できた。
【0044】
貯蔵終了後、外容器1内に収容していた内容器2をシャーレ上に移して観察したところ、ミヤコカブリダニ雌成虫は自発的に内容器2外へ移動した。ミヤコカブリダニ雌成虫の走性は、通常のそれと差異は認められなかった。また、ハダニを与えたところ、貯蔵したミヤコカブリダニ雌成虫は捕食した。
【0045】
以上の結果、本発明の効果は以下に述べるとおりであることが確認できた。
【0046】
まず、本発明のコンパクト化が図られた生物農薬用容器により、従来よりも使用可能な空間が限定されている条件においても、生物農薬の貯蔵、輸送、または、保管が可能になる。
【0047】
また本発明の生物農薬用容器では、簡単な構成により生物農薬を貯蔵、輸送、または、保管する期間中の水蒸気圧飽差を調整できる。従来では、同様の水蒸気圧飽差を含めた物理環境条件を作り出す場合、重厚長大な物理環境調節装置が用いられ、かつ、エネルギの投入も必要とされた。しかし、本発明によって、容易に生物農薬の貯蔵、輸送、または、保管に適した環境を作り出せる。
【0048】
また、保湿調整材や調湿緩衝材や吸湿材により生物農薬用容器内の水蒸気圧飽差を調節する従来技術があるが、任意の所望の水蒸気圧飽差に調節することは難しい。しかし、本発明によれば、真に所望の水蒸気圧飽差を、水、または、飽和塩溶液を利用することによって得られる。なお、ここで真に所望の水蒸気圧飽差とは、生物農薬の水ポテンシャルと釣り合う水ポテンシャルと、あたえた気温における飽和水蒸気圧との差である。
【0049】
また、従来の容器では、生物農薬が収容されている容器の壁面への結露に起因して生物農薬の品質が低下することが懸念される。しかし、本発明では、生物農薬用容器内の水蒸気飽差が小さい条件下においても内容器内で結露が発生することはまれであり、したがって、結露に起因する生物農薬の品質低下はほとんど起こらない。
【0050】
また、生物農薬用容器外の気温および水蒸気圧飽差が変動していたとしても、外容器内大気および生物農薬用容器を構成している素材等の熱容量により、生物農薬用容器内の気温および水蒸気圧飽差の変動は生物農薬用容器外の気温の変動よりも小さくなる。貯蔵、輸送、または、保管気温条件が、低温、または、高温限界にあたる場合、本発明の生物農薬用容器の持つ特性の一つである気温の変動が小さいことは、生物農薬1の品質低下を防ぐ一助となる。また、水蒸気圧飽差の安定化は、生物農薬1の水分損失変動という悪影響を低減させることができるので、水分損失に起因する生物農薬1の品質低下を軽減できる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明は、生物農薬保存用容器及び生物農薬の保存方法として産業上の利用可能性がある。