【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 平成25年8月28日下記ホームページアドレスに掲載 http://www3.spsj.or.jp/yokoshu/
【解決手段】 培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程、被導入分子担持ナノ粒子が添加された凍結保存液とともに、培養細胞を凍結する工程、を含む、被導入分子を培養細胞に導入する方法。
培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程が、
培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液に置換する工程、
ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を、置換された凍結保存液に、添加する工程、
を含む工程である、請求項1に記載の方法。
凍結保護剤であるカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンにおいて、アミノ基に対するカルボキシル基の比率(カルボキシル基/アミノ基)が0.8〜19の範囲にある、請求項1〜2のいずれかに記載の方法。
ナノ粒子が、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが自己会合してなるナノ粒子、又はリン脂質分子が自己会合してなるリポソームである、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、本発明の目的は、細胞内に分子を導入するための、新規かつ高効率な導入法を、提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、カルボキシル化したε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として使用すると、種々の動物細胞が、十分に保護されて、高い生存性を維持したまま凍結解凍可能であるという独自の知見を契機にして、種々の研究を進めてきた。そして、細胞内に導入しようとする分子(被導入分子)を、ナノサイズの粒子をキャリアとしてこれに担持させて、カルボキシル化したε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液に、これを添加すると、凍結解凍後の細胞に、高い効率で被導入分子が導入されていることを見いだして、本発明に到達した。
【0007】
このような凍結解凍操作で、高い効率の細胞内導入が可能になる理由は不明であるが、本発明者は、被導入分子のキャリアであるナノ粒子が、培地(凍結保存液)の凍結に伴って、細胞近傍へ高濃度で濃縮されて、この結果、導入効率が高まったものと考えている。従来の技術常識によれば、このような凍結解凍操作は、細胞を損傷するものであって、回避すべきものであったが、カルボキシル化したε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として使用することによって、細胞の損傷を回避したうえで、凍結解凍操作による高効率の細胞内導入を実現したものである。
【0008】
したがって、本発明は、次の(1)〜にある。
(1)
培養細胞の培地を、
カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、
ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程、
被導入分子担持ナノ粒子が添加された凍結保存液とともに、培養細胞を凍結する工程、
を含む、被導入分子を培養細胞に導入する方法。
(2)
培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程が、
培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液に置換する工程、
ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を、置換された凍結保存液に、添加する工程、
を含む工程である、(1)に記載の方法。
(3)
凍結保護剤であるカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンにおいて、アミノ基に対するカルボキシル基の比率(カルボキシル基/アミノ基)が0.8〜19の範囲にある、(1)〜(2)のいずれかに記載の方法。
(4)
凍結保護剤であるカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが、
ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置にカルボキシル基が導入されてなる、(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)
凍結保存液が、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを5〜15質量%の濃度で含む培地である、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)
ナノ粒子が、10nm〜300nmの範囲の粒径の粒子である、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)
ナノ粒子が、自己会合性有機分子による自己会合体である、(1)〜(6)のいずれかに記載の方法。
(8)
自己会合性有機分子が、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジン、又はリン脂質分子である、(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(9)
ナノ粒子が、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが自己会合してなるナノ粒子、又はリン脂質分子が自己会合してなるリポソームである、(1)〜(7)のいずれかに記載の方法。
(10)
自己会合性有機分子である、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンにおいて、
ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置に疎水性部分とカルボキシル基が導入され、
ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置にカルボキシル基が導入されてなる、(1)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(11)
自己会合性有機分子である、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンにおいて、
ε−ポリ−L−リジンに残ったアミノ基のモル数x、
アミノ基と疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数y、
アミノ基と無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数z、が、次の数式:
0.01≦y/(x+y+z)≦0.10 (数式1)
0.20≦z/(x+y+z)≦0.80 (数式2)
を満たす、(1)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)
さらに、x、y、zが、次の数式:
0.30≦(y+z)/(x+y+z)≦0.80 (数式3)
を満たす、(11)に記載の方法。
(13)
被導入分子が、タンパク質分子、又は核酸分子である、(1)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)
培養細胞を凍結する工程、の後に、
凍結された培養細胞を、解凍する工程、
を含む、(1)〜(13)のいずれかに記載の方法。
(15)
(1)〜(14)のいずれかに記載の方法によって、被導入分子が導入された培養細胞を製造する方法。
【0009】
さらに、本発明は次の(21)〜にもある。
(21)
疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが自己会合してなるナノ粒子であって、
疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが、
ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置に疎水性部分とカルボキシル基が導入され、
ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置にカルボキシル基が導入されてなり、
ε−ポリ−L−リジンに残ったアミノ基のモル数x、
アミノ基と疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数y、
アミノ基と無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数z、が、次の数式:
0.01≦y/(x+y+z)≦0.10 (数式1)
0.20≦z/(x+y+z)≦0.80 (数式2)
を満たす、ナノ粒子。
(22)
さらに、x、y、zが、次の数式:
0.30≦(y+z)/(x+y+z)≦0.80 (数式3)
を満たす、(21)に記載のナノ粒子。
(23)
ナノ粒子が、10nm〜300nmの範囲の粒径の粒子である、(21)〜(22)のいずれかに記載のナノ粒子。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、細胞内に分子を導入するための、新規かつ高効率な導入法を、提供する。本発明によれば、細胞内へ導入される分子(被導入分子)が、例えば細胞表面と同じ電荷を帯びていたとしても、それと逆に荷電したナノ粒子をキャリアとして使用することで、高効率の細胞内導入が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
具体的な実施の形態をあげて、以下に本発明を詳細に説明する。本発明は、以下にあげる具体的な実施の形態に限定されるものではない。
【0013】
[凍結による細胞内導入法]
本発明による、被導入分子を培養細胞に導入する方法は、培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程、被導入分子担持ナノ粒子が添加された凍結保存液とともに、培養細胞を凍結する工程、を含む方法によって、行うことができる。
【0014】
好適な実施の態様において、培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液であって、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を添加されて含む凍結保存液に、置換する工程が、培養細胞の培地を、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液に置換する工程、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる、被導入分子担持ナノ粒子を、置換された凍結保存液に、添加する工程、を含む工程によって行われる。
[導入された細胞の製造法]
本発明は、上記方法によって、被導入分子が導入された培養細胞を製造する方法にもある。
【0015】
[培養細胞]
本発明によって、被導入分子が導入される培養細胞には特に制約はないが、高い効率の導入を実現するためには、凍結操作時にナノ粒子が細胞表面にアクセスしやすいよう、単細胞分散又は少数の細胞数の細胞塊が分散された形態の培養細胞であることが好ましい。このような細胞として、例えば、免疫系細胞、線維芽細胞、間葉系幹細胞といった細胞がある。
【0016】
[被導入分子]
本発明によって、細胞内に導入される分子には特に制約はなく、例えば、タンパク質分子、核酸分子、その他のシグナル性分子がある。タンパク質分子としては、機能性のタンパク質分子、例えば、抗体、酵素、増殖因子、サイトカインなどを挙げることができる。
【0017】
[培地]
培養細胞の培地は、培養細胞に応じた培地を使用することができる。このような培地として、例えば、DMEM培地、RPMI培地、イーグル培地などを挙げることができる。
【0018】
[凍結保存液]
本発明において、凍結に先立って、培養細胞の培地は、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを凍結保護剤として含む凍結保存液に置換される。凍結保存液は、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを添加した以外には、培養細胞の培地と同じ成分を含有させて、使用することができる。好適な実施の態様において、カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンの濃度は、凍結保存液全体に対して、例えば、1.0質量%〜20質量%の範囲、好ましくは5.0質量%〜15質量%の範囲、さらに好ましくは5.0質量%〜10質量%の範囲とすることができる。
【0019】
[カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジン]
カルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンにおいて、アミノ基に対するカルボキシル基の比率(カルボキシル基/アミノ基)が、例えば0.8〜19の範囲、好ましくは1.0〜18の範囲、さらに好ましくは1.5〜15の範囲とすることができる。
[カルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンの合成]
カルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンは、ε−ポリ−L−リジンから出発して、例えば、次のスキーム1にしたがって、合成することができる。
【0021】
上記のスキーム1では、ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、無水ジカルボン酸との反応によって、ε−ポリ−L−リジンにカルボキシル基が導入されている。例えば、C4〜C8の無水ジカルボン酸を使用することができ、好ましくは無水コハク酸を使用することができる。ε−ポリ−L−リジンのアミノ基のうち、カルボキシル基に置換された割合(百分率)が、65%であるとき、このカルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンを、PLL(0.65)と記載することがある。PLL(0.65)であれば、アミノ基に対するカルボキシル基の比率(カルボキシル基/アミノ基)は、約1.86となる。
【0022】
[凍結保存液への置換]
凍結保存液への置換の操作は、公知の技術によって適宜行うことができ、例えば、培養細胞の上清を廃棄した後に、凍結保存液を添加して、培養細胞を分散させてもよい。
【0023】
[ナノ粒子]
ナノ粒子は、ナノ粒子を担体として被導入分子が担持されてなる被導入分子担持ナノ粒子として、使用される。ナノ粒子は、粒径が、例えば、10nm〜300nmの範囲、10nm〜200nmの範囲、20nm〜200nmの範囲にある。本発明において、ナノ粒子の粒径とは、凍結保存液のpHと塩濃度の条件下で、動的光散乱法による測定(ゼータサイザー、Malvern Instruments Ltd製)によって求められた平均粒子径である。
【0024】
[自己会合性有機分子]
好適な実施の態様において、ナノ粒子は、自己会合性有機分子による自己会合体であり、例えば、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンが自己会合してなるナノ粒子、又はリン脂質分子が自己会合してなるリポソームである。
【0025】
[疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジン]
好適な実施の態様において、ナノ粒子を形成する自己会合性有機分子として、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを使用することができる。このような分子としては、ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置に疎水性部分とカルボキシル基が導入され、ε−ポリ−L−リジンのアミノ基と、無水ジカルボン酸との反応によって、アミノ基の位置にカルボキシル基が導入されてなる分子を使用することができる。好適な実施の態様において、ε−ポリ−L−リジンに残ったアミノ基のモル数x、アミノ基と疎水性部分を有する無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数y、アミノ基と無水ジカルボン酸との反応によって導入されたカルボキシル基のモル数z、が、次の数式:
0.01≦y/(x+y+z)≦0.10 (数式1)
0.20≦z/(x+y+z)≦0.80 (数式2)
を満たすものとすることができ、好ましくは、y/(x+y+z)は、例えば0.02以上、0.03以上、例えば0.09以下、0.07以下、0.05以下とすることができ、z/(x+y+z)は、例えば0.30以上、0.35以上、例えば0.70以下、0.65以下とすることができる。さらに、x、y、zが、次の数式:
0.30≦(y+z)/(x+y+z)≦0.80 (数式3)
を満たすものとすることができ、好ましくは、(y+z)/(x+y+z)は、例えば0.35以上、0.38以上、例えば0.75以下、0.70以下とすることができる。
【0026】
[疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンの合成]
疎水性部分及びカルボキシル基を導入したε−ポリ−L−リジンは、ε−ポリ−L−リジンから出発して、例えば、次のスキーム2にしたがって、合成することができる。
【0028】
上記スキーム2において、上段の疎水性部分を有する無水ジカルボン酸として、ドデセニル無水コハク酸(DDSA)が使用され、下段の反応に無水ジカルボン酸として、無水コハク酸(SA)が使用されている。このように反応を行うことによって、疎水性部分の導入率{y/(x+y+z)}×100%、カルボキシル基の導入率{(y+z)/(x+y+z)}×100%、アミノ基の残存率{x/(x+y+z)}×100%を、それぞれ上述の範囲に制御することができる。
【0029】
上段の反応に使用される、疎水性部分を有する無水ジカルボン酸としては、例えば、直鎖又は分枝の、飽和又は不飽和の、環式又は非環式の、C8〜C16の炭化水素基を、疎水性部分として、1個又は2個以上有する、C4〜C8の無水ジカルボン酸を挙げることができる。好ましくは、直鎖の、飽和又は不飽和の、C10〜C14の炭化水素基を、1個有する、C4〜C8の無水ジカルボン酸を挙げることができ、好ましくは、鎖状の不飽和のC10〜C14の炭化水素基を1個有する無水コハク酸を挙げることができ、特に好ましくはドデセニル無水コハク酸である。
【0030】
下段の反応に使用される無水ジカルボン酸としては、例えば、C4〜C8の無水ジカルボン酸を使用することができ、好ましくは無水コハク酸を使用することができる。
【0031】
[疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンによる自己会合体]
上記の疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジン(疎水化COOH−PLL)は、それ自身の性質として、培地に近似したpH及び塩濃度の条件下で、自己会合体であるナノ粒子を形成することができる。好適な実施の態様において、自己会合体の形成は、疎水性部分及びカルボキシル基が導入されたε−ポリ−L−リジンを、CAC(Critical Aggregation Concentration)を測定して、そのCAC濃度以上、好ましくはCACの2倍以上の濃度とすることによって、好適に行うことができ、この測定には公知の手段を使用することができる。好適な実施の態様において、例えば、0.5mg/mLであれば、1.0mg/mLの濃度とすることができる。
【0032】
[被導入分子の担持]
この自己会合体(ナノ粒子)は、カルボキシル基の導入率(反射的にアミノ基の残存率)とを制御することによって、ゼータ電位をプラスからマイナスまで広く制御することができ、これによって、マイナスからプラスまでに荷電した広範囲の被導入分子を、好適に担持することができる。例えば、実施例に示すように、プラスに帯電した疎水化COOH−PLLにはBSA(ウシ血清アルブミン)が、マイナスに帯電した疎水化COOH−PLLにはリゾチームが、好適に担持される。被導入分子の担持は、生成した自己会合体(ナノ粒子)に対して、被導入分子を添加することによって、その本来的な性質にしたがって、進行する。
【0033】
[リポソーム及びリン脂質]
本発明において、ナノ粒子として、リン脂質分子が自己会合してなるリポソームを使用することができる。リポソームを形成するリン脂質分子としては、公知のリン脂質を使用することができ、例えば、ホスファチジルコリン(レシチン)、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、ホスファチジルグリセロール、ジホスファチジルグリセロール、スフィンゴミエリンなどの天然のリン脂質、あるいは合成のリン脂質を挙げることができる。特に好ましくはホスファチジルコリン又はその誘導体であり、例えば、Dipalmitoyl phosphatidylcholine(1,2−Dipalmitoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、Distearoyl phosphatidylcholine(1,2−Distearoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、Dimyristoyl phosphatidylcholine(1,2−Dimyristoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、Dioleoyl phosphatidylcholine(1,2−Dioleoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)、Dierucoyl phosphatidylcholine(1,2−Dierucoyl−sn−Glycero−3−Phosphocholine)を挙げることができる。これらを使用したリポソームの調製は、公知の手段を使用することができ、例えば、所望の孔径のポアを有するメンブレンを備えたエクストルーダーを使用することによって、調製することができる。
【0034】
[被導入分子担持ナノ粒子の添加]
被導入分子担持ナノ粒子は、培養細胞の培地が凍結保存液に置換された後に、凍結保存液に添加することができ、あるいは、培養細胞の培地と置換される凍結保存液に、あらかじめ添加しておくこともできる。
【0035】
[凍結]
被導入分子担持ナノ粒子が添加された凍結保存液へ、培地が置換された培養細胞は、凍結される。この凍結の条件は、凍結保護剤が有効に作用する条件であれば使用することができ、例えば、フリーザー(例えば、−80℃)の中に置いて、凍結することができる。凍結された細胞は、適宜保存することもできるが、速やかに解凍して、次の操作に供することもできる。
【0036】
[解凍]
凍結された培養細胞を解凍することによって、被導入分子が細胞内に導入された培養細胞を得ることができる。この解凍の条件は、凍結保護剤が有効に作用する条件であれば使用することができ、例えば、室温に置いて、解凍することができる。解凍された培養細胞は、凍結保存液を培地に置換して、以後の操作を行うことができる。
【0037】
[細胞内への導入]
本発明による細胞内導入メカニズムの詳細は不明であるが、本発明者は、凍結時にナノ粒子が細胞表面近傍に非常に高濃度に濃縮される結果(凍結濃縮の結果)、高い効率の細胞内導入が実現されていると考えており、実験の結果はこれを支持している。この凍結濃縮は物理化学的なメカニズムであるから、被導入分子の種類に制約を受けることなく、幅広いタンパク質、核酸、その他の薬剤に対して、これを使用することができる。
【実施例】
【0038】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示する実施例に限定されるものではない。
【0039】
[両性電解質高分子ナノ粒子の作成]
ポリリジン(JNC株式会社製、25%水溶液)10mLにドデセニル無水コハク酸(2−Dodecen−1−ylsuccinic Anhydride, TCI)をアミノ基に対してモル数で3−5%添加、50℃で1時間反応させた。続いて無水コハク酸をアミノ基に対して35−65mol%となるように添加し、50℃で2時間反応させ、疎水化両性電解質高分子を合成した。この溶液を1%濃度となるようにPBSで希釈し、ゼータサイザー(Malvern Instruments Ltd製)で粒子径とゼータ電位を測定した。粒子径はいずれの粒子も約20nmであり、ゼータ電位は導入したカルボキシル基の度合いに応じて−20〜+10mVまで様々な値をとった。0.125%溶液の粒子/PBS分散液をCuグリッドに滴下し、乾燥した後、TEM(日立H−7560、100kV)で観察したところ、約10−20nmの直径の粒子が観察された。
【0040】
[タンパク質との複合化]
ポリリジン(PLL)にドデセニル無水コハク酸(DDSA)、無水コハク酸(SA)を種々の導入率となるように反応させたものを、それぞれ以下の様に記す。
DDSA導入率3%、SA導入率35%(PLL−DDSA(3)−SA(35))
DDSA導入率3%、SA導入率50%(PLL−DDSA(3)−SA(50))
DDSA導入率3%、SA導入率65%(PLL−DDSA(3)−SA(65))
DDSA導入率5%、SA導入率35%(PLL−DDSA(5)−SA(35))
DDSA導入率5%、SA導入率50%(PLL−DDSA(5)−SA(50))
DDSA導入率5%、SA導入率65%(PLL−DDSA(5)−SA(65))
【0041】
タンパク質は中性条件下でプラスに帯電したリゾチームと、マイナスに帯電した牛血清アルブミン(BSA)をモデルタンパク質として用いた。
【0042】
上記各種高分子をPBS中で10mg/mlとし、BSAおよびリゾチームを0.25−2mg/mLとなるように添加し、室温で2時間放置した。その後、100kDaカットオフの遠心フィルターを用いて未吸着のタンパクを除去し、吸着したタンパク質をブラッドフォード法で定量した。ナノ粒子に吸着したタンパク質量は、1mgナノ粒子あたりの吸着タンパク質量(マイクロg)を計算して表した(
図1、
図2)。
【0043】
図1はリゾチームの各ナノ粒子への吸着を示すグラフである。
図2はBSAの各ナノ粒子への吸着を示すグラフである。いずれの図でも、横軸は使用したタンパク質の濃度(mg/mL)、縦軸は1mgナノ粒子あたりの吸着タンパク質量(マイクロg)である。
図1では、各リゾチーム濃度について、左端がPLL−DDSA(1.5)−SA(35)、中央がPLL−DDSA(1.5)−SA(50)、右端がPLL−DDSA(1.5)−SA(65)のバーである。
図2では、各BSA濃度について、左端がPLL−DDSA(1.5)−SA(65)、中央がPLL−DDSA(1.5)−SA(50)、右端がPLL−DDSA(1.5)−SA(35)のバーである。リゾチームはマイナスの電荷を持った粒子へ、BSAはプラスの電荷を持った粒子へ、それぞれ、より吸着する傾向があることがわかる。
【0044】
[凍結濃縮による細胞膜へのナノ粒子の吸着]
細胞はマウス線維芽様細胞L929(ATCC)を用いた。細胞を10
6個採取し、凍結保存液(10%DMSO/培地)もしくは(10%PLL−SA(0.65)/培地)1mlに懸濁させ、そこに1mgあたり約1マイクロgのタンパクを吸着したナノ粒子10mgを添加し、−80℃のフリーザー中で凍結した。解凍後すぐに共晶点顕微鏡でナノ粒子およびタンパク質の吸着を調べた。
ここで、ナノ粒子には100分子に1個の割合でFITCを結合させており、緑色蛍光が観察出来るようにした。また、タンパク質にはテキサスレッドで赤色蛍光のラベルを行った。この結果となる蛍光写真を
図3に示す。
【0045】
図3は、凍結解凍後のナノ粒子(緑、FITC)とタンパク質(リゾチーム、赤、テキサスレッド)の細胞膜への集積(凍結保存は10%COOH−PLL溶液中、1%の疎水化COOH−PLL+2mgリゾチーム)を示す蛍光写真である。
図3の上側4枚の蛍光写真は、PLL−DDSA(3%)+65%succinationによるナノ粒子、
図3の下側4枚の蛍光写真は、PLL−DDSA(5%)+65%succinationによるナノ粒子を使用した実験の蛍光写真である。上側4枚及び下側4枚の蛍光写真において、凍結前及び凍結後の蛍光写真をそれぞれ上及び下に示しており、FITCによる緑色蛍光によって観察した蛍光写真がそれぞれ左側、同視野をテキサスレッドによる赤色蛍光によって観察した蛍光写真がそれぞれ右側に、示されている。
【0046】
図3(凍結保護剤は10%PLL−SA(0.65)を使用)に確認出来るように、凍結前は、PLL−DDSA(3)−SA(65)およびPLL−DSDSA(5)−SA(65)共に細胞への吸着は見られなかった。一方、解凍後にはどちらも緑、赤の蛍光が確認出来たことから、凍結濃縮により細胞膜にナノ粒子を濃縮させ、結合を促進させることが可能であったと確認できた。
【0047】
[解凍後の取り込み]
解凍後、細胞をシャーレに播種し、1日後同じく共焦点顕微鏡で観察した。この結果を
図4に示す。
図4は、解凍後、播種した細胞へのタンパクの移行を示す顕微鏡写真である。
図4の6枚の写真のうち、上段は、解凍後、細胞をシャーレに播種した直後の顕微鏡写真であり、下段は、1日後の顕微鏡写真である。
図4の6枚の写真のうち、右端は、左端と同視野において、リゾチームを標識したテキサスレッドによる赤色蛍光によって観察した蛍光写真であり、中央は、左端と同視野において、ナノ粒子を標識したFITCによる緑色蛍光によって観察した蛍光写真である。左端は、明視野による顕微鏡写真に中央と右端の写真を重ね合わせたものである。
図4に見られるように細胞内にナノ粒子、タンパク質の蛍光を観察することができた。つまり、細胞膜に吸着したナノ粒子/タンパク質は細胞内に取り込まれることがわかった。
【0048】
[リポソームの凍結濃縮による取り込み促進]
リポソームは、DOPC(1,2−dioleoyl−sn−glycero−3−phosphocholine)(Avanti Polar Lipids製)2mgをクロロホルム100マイクロLに溶解し、窒素気流下で乾燥し、フィルムとした後、PBSで懸濁させ、径100nmのフィルターをセットしたエクストルーダー(Avanti Polar Lipids製)で作成した。作成したリポソームは直径約100nm、ゼータ電位−20mVであった。
リポソームへのタンパク質の封入は、エクストルーダーで作成時に各タンパク質をPBS中に4mg/mlで溶解させておくことで行った。
リポソームにはDOPCに対して0.1%の割合でローダミン固定DOPC(Avanti Polar Lipids製)を導入することで赤色蛍光を発するようにしておき、タンパク質にはFITCで標識を行い、緑色蛍光を発するようにしておいた。
その後、L929に対してナノ粒子の時と同じようにリポソームを添加して10%PLL−SA(65)存在下で凍結し、解凍後共晶点レーザー顕微鏡で観察した(
図5)。
図5の6枚の写真において、それぞれ、上段は凍結前、下段は凍結後であり、右端は左端と同視野を、BSAを標識したFITCの緑色蛍光によって観察した蛍光写真であり、中央は左端と同視野を、リポソームを標識したローダミンの赤色蛍光によって観察した蛍光写真である。左端は、明視野の位相差顕微鏡写真である。明らかに、細胞には、解凍後にリポソームおよびBSAの吸着が確認された。
【0049】
なお、
図3〜
図5の顕微鏡写真において、視野内に丸く見える対象は1つの細胞(直径約10μm程度)であり、このような倍率で観察されている。