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特開2015-116212血液処理用中空糸膜及びその膜を組み込んだ血液処理器
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-116212(P2015-116212A)
(43)【公開日】2015年6月25日
(54)【発明の名称】血液処理用中空糸膜及びその膜を組み込んだ血液処理器
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/18 20060101AFI20150529BHJP
【FI】
   A61M1/18 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2013-259553(P2013-259553)
(22)【出願日】2013年12月16日
(71)【出願人】
【識別番号】507365204
【氏名又は名称】旭化成メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】堀 亮子
(72)【発明者】
【氏名】秦 洋介
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA05
4C077BB02
4C077CC06
4C077KK09
4C077KK10
4C077LL05
4C077PP07
4C077PP15
4C077PP22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】良好な血液適合性及び安定な抗酸化性能を有し、かつ硝酸イオン溶出量の少ない血液処理用中空糸膜を提供する。
【解決手段】少なくともポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンからなる血液処理用中空糸膜であって、中空糸膜表面に膜面積換算で10mg/m2以上300mg/m2以下の脂溶性ビタミンを含み、乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上であり、水分含有率が10%以下であり、中空糸膜が放射線滅菌された、血液処理用中空糸膜。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンからなる血液処理用中空糸膜であって、
中空糸膜表面に膜面積換算で10mg/m2以上300mg/m2以下の脂溶性ビタミンを含み、
乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上であり、
水分含有率が10%以下であり、
中空糸膜が放射線滅菌された、血液処理用中空糸膜。
【請求項2】
親水性ポリマーを、少なくとも分離機能表面に含む、請求項1に記載の血液処理用中空糸膜。
【請求項3】
前記親水性ポリマーが、ポリヒドロキシアルキルメタクリレート及び多糖類のナトリウム塩からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項2に記載の血液処理用中空糸膜。
【請求項4】
前記中空糸膜が、2μg以上3000μg以下の炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールを含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の血液処理用中空糸膜。
【請求項5】
15kGy以上50kGy以下の照射線量で放射線滅菌された、請求項1〜4のいずれか1項に記載の血液処理用中空糸膜。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の血液処理用中空糸膜を組み込んだ血液処理器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液処理用中空糸膜及びその膜を組み込んだ血液処理器に関する。
【背景技術】
【0002】
体外循環療法においては、選択的分離膜として中空糸膜を用いた中空糸膜型血液処理器が広く使用されている。例えば、慢性腎不全患者に対する維持療法としての血液透析において、急性腎不全や敗血症等の重篤な病態の患者に対する急性血液浄化療法としての持続血液ろ過、持続血液ろ過透析、持続血液透析等において、また、開心手術中の血液への酸素付与又は血漿分離等において、中空糸膜型血液処理器が用いられている。
これらの用途においては、中空糸膜として、機械的強度や化学的安定性に優れ、また、透過性能の制御が容易なだけでなく、溶出物が少なく、生体成分との相互作用が少なく、生体に対して安全であることが求められている。
【0003】
近年、機械的強度や化学的安定性、透過性能の制御性の観点から、ポリスルホン系樹脂からなる選択的分離膜が急速に普及している。ポリスルホン系樹脂は疎水性高分子であるため、そのままでは、膜表面の親水性が著しく不足し、血液適合性が悪く、血液成分との相互作用が引き起こされ、血液の凝固等も起こりやすくなり、さらには蛋白成分の吸着により、透過性能が劣化しやすい。
【0004】
そこで、これらの欠点を補うために、ポリスルホン系樹脂等の疎水性高分子に加え、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール等の親水性高分子を含有させることで、血液適合性を選択的分離膜に付与する検討がなされている。例えば、疎水性高分子と親水性高分子をブレンドした製膜紡糸原液を用いて製膜することで、膜の親水性を高め、血液適合性を高める方法や、乾湿式製膜の工程で、親水性高分子を含む中空内液を用いて製膜し、乾燥させることや、製造された膜を、親水性高分子を含む溶液と接触させた後、乾燥させることにより、親水性高分子を被覆させ、血液適合性を付与する方法などが知られている。
【0005】
特許文献1〜3には、膜表面での親水性高分子の存在量が開示されているが、親水性高分子の存在状態については言及されていない。
【0006】
ところで、体外循環療法においては、血液処理器中の選択的分離膜に、血液を直接接触させて使用するため、使用前に選択的分離膜が滅菌処理されていることが必要である。
滅菌処理においては、エチレンオキサイドガス、高圧蒸気、放射線等が用いられているが、エチレンオキサイドガス滅菌や高圧蒸気滅菌では、残留ガスによるアレルギーや滅菌装置の処理能力、材料の熱変形等の問題があり、γ線や電子線等の放射線滅菌が主流となってきている。
一方で、取り扱い性、寒冷地保管時の凍結の問題等から、血液処理器としてドライ製品が主流となりつつあるが、放射線による滅菌工程では、発生ラジカルにより、親水性高分子の架橋反応や分解、ひいては酸化劣化等が生じ、それにより膜素材に変性が引き起こされ、血液適合性の低下や溶出物増加の原因となる。
【0007】
このような膜素材の劣化を防止する方法としては、血液処理器がドライ製品でない場合、特許文献4には、膜モジュールに抗酸化剤溶液を充填してγ線滅菌することで膜の酸化劣化を防止する方法が開示されや、特許文献5には、pH緩衝液やアルカリ水溶液を充填して滅菌することで充填液の酸性化を抑制する方法が開示されている。
【0008】
ドライ製品に関しては、特許文献6には、滅菌時の酸素濃度を0.001%以上0.1%以下に制御する方法が開示されている。しかしながら、特許文献6の技術においては、包装袋内を不活性ガスで置換して滅菌するか、包装袋内に脱酸素剤を封入し一定時間の経過後に滅菌する等の必要があるし、酸素濃度がわずか0.1%を超えただけでも、放射線滅菌すると、十分な血液適合性を発現できない。
【0009】
滅菌後の血液処理器の血液適合性を改善する方法として、「中間水」が注目されている。非特許文献1には、ポリ(2−メトキシエチルアクリレート)(PMEA)等の高分子材料に含ませた水の状態と生体適合性に関して、「バイオインターフェイスにおいて組織化された水分子の機能」が報告されている。
非特許文献1によると、一般的な高分子材料に水を含ませると、高分子中の水は、(1)高分子との強い相互作用により−100℃でも凍結しない「不凍水」と、(2)0℃で溶解するが、高分子又は不凍水と弱い相互作用をしている「自由水」とに分かれるが、生体適合性に優れる高分子においては、さらに、(3)昇温過程で0℃より低温で凍結する水であり、高分子又は不凍水と中間的な相互作用をしている「中間水」が存在する。そして、生体適合性が劣る高分子には「中間水」が存在しない。
【0010】
また、非特許文献1には、高分子中の水に「中間水」が存在することと、高分子が優れた生体適合性を発現することに、密接な関係があることを示唆する結果が開示されている。
そして、「中間水」が、高分子の生体適合性に影響を及ぼすメカニズムとしては、以下のことが考えられている。
「自由水」は高分子と相互作用していない水全般であるバルク水と自由に交換するため、高分子材料表面を被覆する役割を果たさないが、「不凍水」は高分子材料との強い相互作用により高分子材料表面を被覆するように存在している。しかしながら、「不凍水」は、血液中で水和殻を形成し安定化されているタンパク質等の生体成分の水和殻自身と相互作用することにより、水和殻の構造を破壊する。水和殻が破壊されたことにより、生体成分が高分子材料表面に吸着等する。したがって、「自由水」と「不凍水」のみが存在している一般的な高分子材料を用いると、生体成分が高分子材料表面を異物と認識し、免疫反応のきっかけとなってしまう。
「中間水」は「不凍水」との相互作用により高分子材料に結合し「不凍水」表面を覆い、そして、生体成分の水和殻を破壊するほどの特異な水素結合構造は有していないため、生体成分が高分子材料表面を異物認識できなくしている。したがって、「中間水」を有する高分子材料は血液適合性に優れると推察される。
【0011】
また、硝酸塩摂取に関しては健康被害との因果関係が必ずしもはっきりしたわけではないが、非特許文献2に、硝酸塩投与と実験動物等への影響や、硝酸塩はほとんど尿から排泄されることが報告されている。非特許文献2の開示内容を考慮すると、腎不全の患者ではなおさら硝酸塩の摂取は低減されるべきであり、血液処理用中空糸膜や血液処理器においても、硝酸イオンの溶出が低減されることが好ましいと思われる。
【0012】
ところで、近年においては、中空糸膜の血液適合性だけでなく、長期透析患者において顕在化する酸化ストレスを緩和する目的で、例えば、中空糸膜を利用して酸化ストレスの原因物質である過酸化物を消去することや、生体の抗酸化効果を回復させる試みがなされている。
特許文献7及び8には、生体内抗酸化作用、生体膜安定化作用、血小板凝集抑制作用等の種々の生理作用を有するビタミンE等の脂溶性ビタミンを導入した血液処理器が提案されている。ポリスルホン系中空糸膜及びポリエーテルスルホン系中空糸膜は血液の体外循環に伴って惹起される酸化ストレスを抑制するのに効果的な脂溶性ビタミンとの親和性が高く、中空糸膜表面への脂溶性ビタミンの固定化が容易なことが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特許3551971号公報
【特許文献2】特開2002−212333号公報
【特許文献3】特開平6−296686号公報
【特許文献4】特開平4−338223号公報
【特許文献5】特開平7−194949号公報
【特許文献6】国際公開第2006/016575号
【特許文献7】特開2013−9761号公報
【特許文献8】特開2013−94525号公報
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】科学技術振興事業団さきがけ研究21:田中賢「バイオインターフェイスにおいて組織化された水分子の機能」(2001〜2004)報告書
【非特許文献2】清涼飲料水評価書 硝酸性窒素・亜硝酸性窒素:2012年5月食品安全委員会 化学物質・汚染物質専門調査会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
一方で、脂溶性ビタミンは疎水性物質であることから、血液処理器の中空糸膜中に脂溶性ビタミンを一定量以上固定化すると上述の中間水が減少し血液適合性が低下することが明らかになっている。
【0016】
また、本発明者らの研究により、高温など過酷環境下において継時的に透水性能が低下する場合があることが見出された。
そこで、本発明は、良好な血液適合性及び安定な抗酸化性能を有し、さらに硝酸イオンの溶出の少ない血液処理用中空糸膜を提供することを本発明が解決しようとする課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らが、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、血液処理用中空糸膜に優れた血液適合性及び安定な抗酸化性能を付与し、さらに硝酸イオンの溶出を低下させるためには、血液処理用中空糸膜中の脂溶性ビタミン量、水分含有率及び中間水を適切な状態に維持することが重要であることを見出した。
【0018】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1]
少なくともポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンからなる血液処理用中空糸膜であって、
中空糸膜表面に膜面積換算で10mg/m2以上300mg/m2以下の脂溶性ビタミンを含み、
乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上であり、
水分含有率が10%以下であり、
中空糸膜が放射線滅菌された、血液処理用中空糸膜。
[2]
親水性ポリマーを、少なくとも分離機能表面に含む、[1]に記載の血液処理用中空糸膜。
[3]
前記親水性ポリマーが、ポリヒドロキシアルキルメタクリレート及び多糖類のナトリウム塩からなる群から選択される少なくとも1種である、[2]に記載の血液処理用中空糸膜。
[4]
前記中空糸膜が、2μg以上3000μg以下の炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールを含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の血液処理用中空糸膜。
[5]
15kGy以上50kGy以下の照射線量で放射線滅菌された、[1]〜[4]のいずれかに記載の血液処理用中空糸膜。
[6]
[1]〜[5]のいずれかに記載の血液処理用中空糸膜を組み込んだ血液処理器。
【発明の効果】
【0019】
本発明の血液処理用中空糸膜及びその膜を組み込んだ血液処理器は、良好な血液適合性及び安定な抗酸化性能を発現し、かつ硝酸イオンの溶出が少ないという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率を算出する際のIR測定のサンプルセット方法を示す。
図2】実験スペクトル行列Aの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について以下詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0022】
<血液処理用中空糸膜>
本実施形態の血液処理用中空糸膜(以下、単に「中空糸膜」と記載する場合がある。)は、ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンからなり、中空糸膜表面に膜面積換算で10mg/m2以上300mg/m2以下の脂溶性ビタミンを含み、乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上であり、水分含有率が10%以下であり、中空糸膜が放射線滅菌されている。
【0023】
本実施形態の中空糸膜は、ポリスルホン系樹脂を主体として含み、中空糸膜に血液適合性を付与するため、ポリビニルピロリドンを含む。中空糸膜に抗酸化性能を付与するため、脂溶性ビタミンを中空糸膜表面に含むものである。
【0024】
<ポリスルホン系樹脂>
ポリスルホン系樹脂とは、スルホン(−SO2−)基含有合成高分子であり、耐熱性や耐薬品性に優れる。ポリスルホン系樹脂としては、ポリフェニレンスルホン、ポリスルホン、ポリアリールエーテルスルホン、ポリエーテルスルホン、及びこれらの共重合体等が挙げられる。ポリスルホン系樹脂としては、1種で用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。
【0025】
中でも、分画性を制御する観点で、下記式(1)又は下記式(2)で示されるポリスルホン系高分子が好ましい。
(−Ar−SO2−Ar−O−Ar−C(CH32−Ar−O−)n (1)
(−Ar−SO2−Ar−O−)n (2)
式(1)及び式(2)中、Arはベンゼン環を、nはモノマー単位の繰り返しを表す。式(1)で示されるポリスルホンは、例えばソルベイ社から「ユーデル(商標)」の名称で、ビー・エー・エス・エフ社から「ウルトラゾーン(商標)」の名称で市販されており、また、式(2)で示されるポリエーテルスルホンは住友化学株式会社から「スミカエクセル(商標)」の名称で市販されており、重合度等によっていくつかの種類が存在するので、これらを適宜利用することができる。
【0026】
<ポリビニルピロリドン>
ポリビニルピロリドンとは、N−ビニルピロリドンをビニル重合させた水溶性の親水性高分子であり、親水化剤や孔形成剤として中空糸膜の素材として広く用いられている。
ポリビニルピロリドンは、ビー・エー・エス・エフ社から「ルビテック(商標)」の名称でそれぞれいくつかの分子量のものが市販されているので、これらを適宜利用することができる。
ポリビニルピロリドンとしては、1種で用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。
【0027】
<脂溶性ビタミン>
本実施形態において、脂溶性ビタミンとしては、例えば、ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK等が挙げられるが、これらの中では、過剰摂取をしても障害を誘発しないという観点から、ビタミンEが好ましい。脂溶性ビタミンとしては、1種で用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。
【0028】
ビタミンEとしては、α−トコフェロール、α−酢酸トコフェロール、α−ニコチン酸トコフェロール、β−トコフェロール、γ−トコフェロール、δ−トコフェロール及びそれらの混合物等が挙げられる。中でも、α−トコフェロールは生体内抗酸化作用、生体膜安定化作用、血小板凝集抑制作用等の種々の生理作用に優れており、酸化ストレスを抑制する効果が高いため好ましい。
【0029】
<中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量>
本実施形態において、「中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量」とは、中空糸膜表面に付着、吸着又は被覆した脂溶性ビタミン量をいい、この中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量は、例えば、後述するように中空糸膜を破壊又は溶解せずに溶媒によって抽出される脂溶性ビタミンの量によって定量することができる。
膜面積換算の「膜面積」とは、中空糸膜の内表面積であって、中空糸膜の平均内径(直径)、円周率、本数、及び有効長の積から算出される。
【0030】
本実施形態においては、中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量が膜面積換算で10mg/m2以上300mg/m2以下であり、好ましくは50mg/m2以上250mg/m2以下、より好ましくは100mg/m2以上200mg/m2以下である。
中空糸膜表面に膜面積換算で脂溶性ビタミンを10mg/m2以上含むことにより、十分な抗酸化性能を得られ、300mg/m2以下含むことにより、血液適合性に優れる。
【0031】
中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量の測定方法の一例を説明する。
まず中空糸膜を組み込んだ血液処理器を分解し、中空糸膜を採取し、水洗した後、乾燥処理を施す。続いて精秤した乾燥後の中空糸膜に脂溶性ビタミンを溶解する界面活性剤、例えば1質量%のポリエチレングリコール−t−オクチルフェニルエーテル水溶液を加え撹拌・抽出を行う。抽出した中空糸膜の膜面積は中空糸膜の平均内径(直径)、円周率、本数、及び有効長の積から算出する。
定量操作は、例えば液体クロマトグラフ法により行い、脂溶性ビタミン標準溶液のピーク面積から得た検量線を用いて、抽出液中の脂溶性ビタミンの濃度を算出する。
得られた脂溶性ビタミンの濃度と抽出した中空糸膜の膜面積から抽出効率を100%として、中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量(mg/m2)を求めることができる。
液体クロマトグラフ法は、例示として記載するが、以下のようにして実施することができる。高速液体クロマトグラフ装置(ポンプ:日本分光PU−1580、検出器:島津RID−6A、オートインジェクター:島津SIL−6B、データ処理:東ソーGPC−8020、カラムオーブン:GL Sciences556)に、カラム(Shodex Asahipak社製ODP−506E packed column for HPLC)を取り付け、カラム温度40℃において、移動相である高速液体クロマトグラフィー用メタノールを、例えば流量1mL/minで通液し、UV検出器で波長295nmにおける吸収ピークの面積から脂溶性ビタミン濃度を求める。
【0032】
<乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率>
本実施形態の中空糸膜は、乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点で分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率(以下、単に「中間水の存在比率」と記載する場合がある。)が20%以上である膜である。
本実施形態の中空糸膜においては、血液適合性の観点から、ポリスルホン系樹脂に加え、ポリビニルピロリドン及び脂溶性ビタミンを付与した上で、さらに、実用可能な中空糸膜の、血液と接触する中空糸膜内表面近傍の分離機能表面における中間水の存在比率を特定の範囲とすることにより、乾燥状態で放射線滅菌された場合であっても、良好な血液適合性及び抗酸化性能を発現し、中空糸膜からの硝酸イオンの溶出量が低減されるという効果を奏するものである。
【0033】
本実施形態において、中間水の存在比率は、乾燥状態の中空糸膜を含水させる過程において、中空糸膜の分離機能表面の全反射赤外吸収(ATR−IR)測定を実施し、時間変化を解析することにより算出される。
本実施形態において、「分離機能表面」とは、ATR−IRで検出される血液接触面の膜厚に相当する領域を意味する。具体的には、分離機能表面とは、ATR−IRで測定する際の検出可能領域であり、通常、膜内表面から1μm以下の膜厚に相当する領域である。
本実施形態において、「乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点」とは、ATR−IRで測定される、ポリスルホン系樹脂のベンゼン環(1485cm-1付近)のピーク強度に対し、乾燥状態の中空糸膜に対し含水していく過程において、水酸基由来(3000〜3700cm-1)のピーク強度の増加が観察されなくなった時点を意味する。本実施形態において、「乾燥状態」とは、実施例において例示するように、平衡水分率に達している状態を意味し、「乾燥状態の中空糸膜を含水させる過程」とは、実施例において例示するように、乾燥状態の中空糸膜に水を浸透させる過程を意味する。
【0034】
本実施形態においては、中空糸膜が乾燥状態から含水させるときに、その含水飽和到達時点で分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上になるように中間水を保持できる性質を保持していなければならない。
また、本実施形態においては、中空糸膜に生体適合性を付与し、中空糸膜からの硝酸イオンの溶出を低減するためには、ポリビニルピロリドンが、放射線滅菌後の状態であっても、乾燥状態から含水させるときに、その含水飽和到達時点で分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上になるように中間水を保持できる性質を保持していなければならない。
例えば、放射線を高分子に照射すると、高分子上にラジカルが発生したり、酸素ラジカルによる攻撃を受けたりするため、発生部位、攻撃部位により、高分子の主鎖の切断や架橋、側鎖の開裂等が起こりうる。
【0035】
中空糸膜のポリビニルピロリドンにて主鎖の切断がおこると、低分子量化によりポリビニルピロリドンが溶出しやすくなる。また、架橋や側鎖の開裂がおこるとポリビニルピロリドンによる中空糸膜の親水性が低下する。
これらの結果として、中空糸膜に生体適合性を付与するという効果が十分に発揮できなくなるし、内表面からの硝酸イオンの溶出量が増加する。
【0036】
ラジカル反応は複雑であり、最終生成物は様々な形を取りうるが、中空糸膜の血液適合性には、中空糸膜の内表面を構成する材料のわずかな状態変化が関連していると考えられる。しかし、従来の分光学的な手法によっては、一般的に医療機器に対して施される放射線滅菌強度(50kGy以下)について、ポリビニルピロリドンの血液適合性と相関する状態変化を直接検出できていなかった。
本実施形態において、分離機能表面に存在するポリビニルピロリドンの血液適合性と相関する状態変化を、含水過程における時分割のATR−IR測定及びその解析を行うことによって、分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率の変化として検出できることが明らかになった。すなわち、中間水の存在比率が下がるほど、ポリビニルピロリドンが血液適合性を示さない状態に変化していること、また同時に内表面から溶出される硝酸イオンの量が増加することを見出した。
さらに、本発明者らが検討した結果、ポリスルホン系樹脂、ポリビニルピロリドン及び脂溶性ビタミンを含む中空糸膜に優れた生体適合性を付与し、内表面から溶出される硝酸イオンの量を低減し、血液適合性を付与するには、乾燥状態の中空糸膜を含水する過程において、含水飽和到達時点で分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率が20%以上になることが必要であることが明らかになった。
【0037】
本実施形態において、脂溶性ビタミンが一定量以上固定された中空糸膜において中間水の存在比率を20%以上にするために、放射線滅菌に供する中空糸膜は、例えば、紡糸後、ウェット状態の膜をはじめて乾燥する、すなわちネバードライの膜を乾燥する場合に、加熱水蒸気を用いて乾燥するか、もしくは、後述の親水性ポリマーで分離機能表面を被覆する。これらの方法によって、中間水の比率を20%以上にできた理由が判明しているわけではないが、以下の理由を推察している。乾燥時、加熱水蒸気や重合体の水酸基といった、あたかも水が周りに存在しているような状態で乾燥・構造固定することによって、ポリビニルピロリドンの配向や立体構造が水環境下に近い状態で保持され、中間水を保持しやすく、またラジカル発生後のラジカル転移による側鎖の分解が抑えられたと考えられる。さらに、推測の域を出ないものの、炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの雰囲気下での乾燥でも、水環境下でのポリビニルピロリドンの配向や立体構造が再現されると考えられる。その結果、分離機能表面に存在するポリビニルピロリドンの過剰分解反応を抑制し、生体適合性を付与する効果の低下を招くことがなく、中空糸膜へのタンパク質の吸着や膜表面による活性化を抑制でき、血液適合性の高い中空糸膜とすることができると同時に内表面からの硝酸イオンの溶出を低減できたと考えられる。
本実施形態において、加熱水蒸気により乾燥する方法は、中空糸膜をウェットの状態のまま巻き取ったのち、束の形態でPEなどのフィルムに包装したのち、乾燥室に入れ、加熱水蒸気を導入して乾燥する。この際、常圧でも、減圧にしてもかまわないが、乾燥時間の短時間化、熱分解抑制の観点から、加熱水蒸気の温度は、逆転温度(湿度に関係なく蒸発速度が等しくなる点)以上、200℃以下が好ましい。
【0038】
<水分含有率>
本実施形態の中空糸膜は、水分含有率が10%以下であり、好ましくは8%以下であり、より好ましくは5%以下である。水分含有率が10%以下であることにより、保存中の結露等を防止することができ、好ましい外観を与える。また、質量も適正な範囲とすることができ、施設等で纏めて運搬する際にも適する。
本実施形態において、水分含有率は、以下の実施例に記載する方法により測定することができる。
本実施形態においては、紡糸することにより得られた中空糸膜に対し、加熱水蒸気を用いて乾燥することで水分含有率を10%以下とすることができる。また、親水性ポリマーが被覆された中空糸膜に対しては、熱風などを用いた通常の方法により乾燥することで水分含有率を10%以下とすることができる。
【0039】
<親水性ポリマー>
本実施形態の中空糸膜は、少なくとも分離機能表面に親水性ポリマーを含むことが好ましい。
親水性ポリマーを含むことにより、放射線照射による中空糸膜の劣化を抑制することができる。
親水性ポリマーとは、水に馴染みやすいポリマーであれば特に限定されないが、溶解度パラメータδ(cal/cm31/2が10以上である重合体や水酸基を有するポリマー等が挙げられる。
溶解度パラメータδとは、例えば、「高分子データハンドブック基礎編」社団法人高分子学会編、株式会社培風館、昭和61年1月30日初版発行、591〜593頁に記載される指標であり、溶解度パラメータが高い場合には親水性が強く、低い場合には疎水性が強いことを示す。
溶解度パラメータδ(cal/cm31/2が10以上である重合体としては、ポリヒドロキシエチルメタクリレート(δ=10.00)、セルロースジアセテート(δ=11.35)、ポリアクリロニトリル(δ=12.35)等が挙げられる。δとして記載する値は、一例として記載するものである。
水酸基を有するポリマーとしては、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート、ポリヒドロキシブチルメタクリレート等のポリヒドロキシアルキルメタクリレートや、アルギン酸ナトリウム、ヒアルロン酸ナトリウム、ヘパリンナトリウム等の多糖類のナトリウム塩が挙げられる。ポリヒドロキシアルキルメタクリレートは、ヒドロキシアルキルメタクリレートを単量体単位として(共)重合させた合成高分子であり、側鎖に水酸基を有する化合物である。
親水性ポリマーとしては、1種で用いてもよく、2種以上の混合物を用いてもよい。親水性ポリマーを分離機能表面に付与する方法については、後述する。
【0040】
<炭素数4以下のケトン及び/又はアルコール>
本実施形態の中空糸膜は、炭素数が4以下のケトン及び/又はアルコールを含むことが好ましい。
炭素数が4以下のケトン及び/又はアルコールを含むことにより、本実施形態の中空糸膜は、抗酸化性能を安定的に発現することが可能となる。
炭素数が4以下のケトンとしては、アセトン、メチルエチルケトン等が挙げられ、炭素数が4以下のアルコールとしては、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、グリセリン、ブチルアルコール等が挙げられる。中でも、アセトン、エタノール、イソプロピルアルコールが好ましく用いられる。
テトラヒドロフラン等のエーテル類を使用すると、ポリスルホン系樹脂が膨潤ないし溶解し構造が変化し、中空糸膜の性能(透水性能の低下及び透水性能ばらつきの増大)が低下することがあるため、炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールが好ましい。
【0041】
従来においては、脂溶性ビタミンを添加した中空糸膜において、特に高温保管など過酷環境下における脂溶性ビタミンの安定性が低下する、つまり、中空糸膜の性能が低下する場合があった。この原因は明らかではないが、本発明者らは、当該性能低下は、脂溶性ビタミンと、中空糸膜の基材樹脂とにおける構造保持力が低下するためであると推定している。本発明者らは脂溶性ビタミンに炭素数が4以下のケトン及び/又はアルコールを添加することにより、高温など過酷環境下における脂溶性ビタミンとポリスルホン系樹脂との構造保持力低下を抑制することに成功した。
炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールを中空糸膜に含ませる方法については、後述する。
【0042】
中空糸膜に含まれる炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの存在量は、中空糸膜1gあたり、好ましくは2μg以上3000μg以下であり、より好ましくは10μg以上2000μg以下であり、さらに好ましくは25μg以上1500μg以下である。
存在量が2μg/g以上であることにより、脂溶性ビタミンとポリスルホン系樹脂との構造保持力を十分に得ることができ、3000μg/g以下であることにより、炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールが血液中に溶出することを防ぐことができる。
【0043】
炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの、中空糸膜1gあたりの含有量は、例えば、以下の方法により測定することができる。
血液処理器の解体を行い、恒量となるまで真空乾燥を行う。その後、中空糸膜を取り出す。この質量を精秤した(Wg)後、N−メチル−2−ピロリドンを加え、攪拌し、溶解した後、溶解した後、ガスクロマトグラフ(GC)により炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの濃度x(%)を算出する。続いて、Wとxより中空糸膜1gあたりの炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの質量(μg/g)を算出する。
【0044】
<血液処理器>
本実施形態の血液処理器は、本実施形態の中空糸膜が組み込まれている血液処理器であって、血液透析、血液ろ過、血液ろ過透析、血液成分分画、酸素付与、及び血漿分離等の体外循環式の血液浄化療法に用いられる。
血液処理器としては、血液透析器、血液ろ過器、血液ろ過透析器等において好ましく用いられ、これらの持続的用途である、持続式血液透析器、持続式血液ろ過器、持続式血液ろ過透析器として用いることがより好適である。各用途に応じて、中空糸膜の寸法や分画性等の詳細仕様が決定される。
血液処理器に組み込む中空糸膜には、透過性能の観点からはクリンプが付与されていることが好ましい。
【0045】
<血液処理用中空糸膜及び血液処理器の製造方法>
本実施形態の血液処理用中空糸膜の製造方法は、少なくともポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンからなる中空糸膜を製膜する工程、中空糸膜表面に脂溶性ビタミンを固定化する工程、を含む。
【0046】
<中空糸膜を製膜する工程>
本実施形態の中空糸膜の製造方法においては、ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンを少なくとも含む製膜紡糸原液を用いて、通常の製膜工程を行なう。
製膜紡糸原液としては、ポリスルホン系樹脂とポリビニルピロリドンを溶媒に溶解することによって調整することができる。
かかる溶媒としては、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、N−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、スルホラン、及びジオキサン等が挙げられる。
溶媒としては、1種で用いてもよく、2種以上の混合溶媒を用いてもよい。
【0047】
製膜紡糸原液中のポリスルホン系樹脂の濃度は、製膜可能で、かつ得られた膜が透過膜としての性能を有するような濃度の範囲であれば特に制限されないが、好ましくは5質量%以上35質量%以下であり、より好ましくは10質量%以上30質量%以下である。高い透水性能を達成する場合にはポリスルホン系樹脂濃度は低い方がよく、さらに好ましくは10質量%以上25質量%以下である。
製膜紡糸原液中のポリビニルピロリドン濃度は、ポリスルホン系樹脂に対するポリビニルピロリドンの混和比率が、好ましくは27質量%以下、より好ましくは18質量%以上27質量%以下、さらに好ましくは20質量%以上27質量%以下となるように調整する。
ポリスルホン系樹脂に対するポリビニルピロリドンの混和比率を27質量%以下とすることにより、ポリビニルピロリドンの溶出量を抑制することができる。また、好適には、18質量%以上とすることにより、分離機能表面のポリビニルピロリドン濃度を好適な範囲に制御でき、タンパク質吸着を抑制する効果を高められ、血液適合性に優れる。
【0048】
製膜紡糸原液を用いて、通常用いられている方法により中空糸膜に製膜する。例えば、チューブインオリフィス型の紡糸口金を用い、該紡糸口金のオリフィスから製膜紡糸原液を、チューブから該製膜紡糸原液を凝固させる為の中空内液と同時に空中に吐出させる。中空内液は水、又は水を主体とした液体が使用でき、一般的には製膜紡糸原液に使った溶剤と水との混合溶液が好適に使用される。例えば、20質量%以上70質量%以下のジメチルアセトアミド水溶液等が用いられる。
【0049】
製膜紡糸原液吐出量と中空内液吐出量を調整することにより中空糸膜の内径と膜厚を所望の値に調整することができる。
中空糸膜の内径は、血液処理用途においては一般に170μm以上250μm以下であればよく、180μm以上220μm以下であることが好ましい。透過膜としての物質移動抵抗による低分子量物の拡散除去の効率の観点から、中空糸膜の膜厚は50μm以下であることが好ましい。また、強度の観点からは10μm以上であることが好ましい。
【0050】
紡糸口金から中空内液とともに吐出された製膜紡糸原液は、エアーギャップ部を走行させ、紡糸口金下部に設置した水を主体とする凝固浴中へ導入され、そして、一定時間浸漬されて凝固が完了する。このとき、製膜紡糸原液吐出線速度と引取速度の比で表されるドラフトが1以下であることが好ましい。
エアーギャップとは、紡糸口金と凝固浴との間の空間を意味し、製膜紡糸原液は、紡糸口金から同時に吐出された中空内液中の水等の貧溶媒成分によって、内表面側から凝固が開始する。凝固開始時に、平滑な中空糸膜表面を形成し中空糸膜構造が安定となるため、ドラフトは1以下が好ましく、より好ましくは0.95以下である。
【0051】
次いで、熱水等による洗浄によって中空糸膜に残留している溶媒を除去した後、中空糸膜をウェット状態のままで巻き取ったのち、所望の膜面積となるように、長さと本数を調整した束としてPEなどのフィルムに包装し、中空糸膜束を乾燥室に入れ、乾燥室に加熱水蒸気を導入して乾燥する。
洗浄は、不要なポリビニルピロリドンを除去するため、60℃以上の熱水にて120秒以上実施することが好ましく、70℃以上の熱水にて150秒以上洗浄することがより好ましい。
加熱水蒸気は、常圧でも、減圧にして導入してもかまわないが、乾燥時間の短時間化、熱分解抑制の観点から、逆転温度(湿度に関係なく蒸発速度が等しくなる点)以上、200℃以下が好ましい。
【0052】
<組立工程>
以上の工程を経て得られた中空糸膜をもとに、血液処理器を組み立てる。まず、側面の両端部付近に2本のノズルを有する筒状容器に中空糸膜を充填し、その両端部をウレタン樹脂で包埋する。次に、硬化したウレタン部分を切断して中空糸膜が開口した端部が形成されるように加工を施す。この両端部に、血液や透析液などの液体導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填して血液処理器の形状に組み上げる。
【0053】
<脂溶性ビタミンを固定化する工程>
中空糸膜表面へ脂溶性ビタミンを固定化する工程は、基本的に公知の方法を用いることができるが、中でもコート法は、既存の設備や製品ラインナップを利用して様々な透過性能を有する脂溶性物質固定化膜生産を実現できるという点で優れている。
【0054】
中空糸膜表面への脂溶性ビタミンの添加方法は、製膜時に製膜紡糸原液に脂溶性ビタミンを添加して、中空糸膜全体に脂溶性ビタミンを含有させる方法(例えば、特開平9−66225号公報)、中空内液に脂溶性ビタミンと、必要に応じて界面活性剤を添加して、中空糸膜表面に脂溶性ビタミンを含有させる方法(例えば、特許第4038583号)、コート法として、血液処理器の組み立て後に、脂溶性ビタミン溶液を、中空糸膜の内表面側の中空部に流入することにより、脂溶性ビタミンを中空糸膜表面に付着させる方法(例えば、特開2006−296931号公報)等、様々な方法が開示されているが、その他の方法も含め、いずれの方法を用いてもよい。
これらのうち、製膜紡糸原液及び中空内液に脂溶性ビタミンを添加する方法は、中空糸膜を紡糸した段階で脂溶性ビタミンが中空糸膜に固定化されているが、コート法においては、製膜した中空糸膜に脂溶性ビタミンを固定化した後に血液処理器として組み立ててもよいし、血液処理器として組み立てた後又は組み立てる途中の段階でコート液を通液することにより、脂溶性ビタミンを固定化してもよい。
【0055】
本実施形態において、親水性ポリマーを中空糸膜の分離機能表面に付与することが好ましい。親水性ポリマーは、脂溶性ビタミンを中空糸膜に固定化する方法と同じ方法で中空糸膜中に付与することができる。この際、脂溶性ビタミンと親水性ポリマーは別々の方法で中空糸膜に付与されてもよいし、同じ方法で中空糸膜に付与してもよく、例えば同一の製膜紡糸原液、中空内液及びコート液中に脂溶性ビタミンと親水性ポリマーが混在していてもよい。
【0056】
<中空糸膜への炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの固定化工程>
炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールは、以下の方法を用いて中空糸膜に含有させることができる。
例えば、中空糸膜型血液処理器を組み立てた後、炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの蒸気雰囲気下において乾燥させる方法が挙げられる。
【0057】
<血液処理器の滅菌工程>
血液処理器に対して、滅菌処理を施すことが好ましい。滅菌方法には放射線滅菌法、蒸気滅菌法等、いずれの方法であってもよい。脂溶性ビタミンを多量に含む中空糸膜は、極度な加熱により中空糸膜破損を起こすリスクが生じるため、放射線滅菌法がより好ましい。放射線滅菌法には、電子線、ガンマ線、エックス線等を用いることができるが、いずれを用いてもよい。放射線の照射線量は、γ線や電子線の場合、通常15kGy以上50kGy以下の線量であり、好ましくは20kGy以上40kGy以下である。
【実施例】
【0058】
以下に実施例及び比較例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、本実施例で用いた測定方法は以下のとおりである。
【0059】
<乾燥状態の中空糸膜を含水させるときの含水飽和到達時点での分離機能表面に存在する水に占める中間水の存在比率の算出>
当該中間水の存在比率の算出は(1)IR測定、(2)含水飽和到達時点の決定、(3)ケモメトリックスによるデータ解析の手順で行った。
【0060】
(1) IR測定
表1記載の条件にて時間分解IR測定を実施した。サンプリングの手順は以下の通りとした。中空糸膜の内表面を蒸留水で1.5m2あたり100mL/minで5分間洗浄したのち、中空糸膜の外表面を500mL/minで2分間洗浄することにより、プライミングを行った。プライミング後の血液処理器を分解してサンプリングした中空糸膜(試料)はあらかじめ凍結乾燥し、温度23℃、湿度50%の恒温恒湿室に24時間以上静置し、平衡水分率に達したもの(「乾燥状態」とする。)を測定に供した。
1)直径40mmφのKIRIYAMAろ紙(No.5C, 保留粒子1μm)を1/8の扇型にカットした。
2)試料を剃刀で開き、中空糸膜の内表面を上向きにし、図1のようにろ紙の上に置いた。
3)ATR結晶を分離機能表面に接触させ、扇型のろ紙の円弧側の端に、マイクロシリンジを用い、蒸留水を13〜15μL滴下し、水が中空糸膜に浸透し、OHピークが飽和する時点以降まで、時間分解IR測定を実施した。
【0061】
【表1】
【0062】
測定に際しては、ATR結晶と試料との接触状態を確認するために、ポリスルホン系樹脂由来のベンゼン環(1485cm-1付近)の強度が0.1以上であることを確認した。
なお、OHピークが飽和する時点とはポリスルホン系樹脂のベンゼン環(1485cm-1付近)のピーク強度に対して、水酸基由来(3000〜3700cm-1)のピーク強度の増加が観察されなくなった時点である。
【0063】
(2) 含水飽和到達時点の決定
得られたスペクトルデータをポリスルホン系樹脂由来のベンゼン環(1485cm-1付近)の強度で規格化した。2700cm-1と3800cm-1でベースラインを設定し、水酸基のピーク面積を算出した。
時系列の水酸基面積強度データに対し前後各4点を含む9点のデータの平均値としてスムージング処理を実行した。スムージング処理後のデータ点に対して、そのデータ点を含めて以前のデータ10点の平均の傾き(増加率)が0以下になった点を含水飽和到達時点と決定した。
なお、傾きが0になった点以降、30点(6s)の間に5%以上面積増加が認められた場合は、飽和に達していないと判断し、さらに以降のデータで、上記条件を満たす点を含水飽和到達時点と決定した。
【0064】
(3) ケモメトリックスによるデータ解析
解析方法の基本は、alternating least square(ALS)法と呼ばれるケモメトリックスの手法の一つを用いて、下記のソフト及び計算機を用いた。
計算に用いたソフト:Mathworks (Natick, MA) MATLAB ver. R2008a
計算機:富士通 FMV LIFEBOOK
具体的な手順を以下に説明する。
0.2秒ごとに測定したスペクトルから1550〜1800cm-1及び2700〜3800cm-1まで波数毎の強度(3.858cm-1ごと、計351点数になる)を行に格納し、0.2秒ごとに測定したスペクトルを列に並べて実験スペクトル行列Aを作成した。一例を図2に示す。
次にこのスペクトル行列Aを、不凍水(本実施例では、分光学的に水素結合領域を検出しているので、「束縛水」として以下記載する。)、中間水、自由水の3つの化学成分、及び差分スペクトルからなる4成分(純スペクトル行列K)と、それぞれに対応した濃度行列Cとに分解を行なった。その際、分解を一意的に達成できるように、行列に制限を設けた。ALS法では、純スペクトル及び濃度行列は絶対に負の要素をもたない、という非負条件を科すことで、スペクトル分解を行なった。これは、吸収スペクトルや濃度は負にはならないという根拠に基づく。妥協解計算の過程では負の値が現れたとき、強制的にこれをゼロに置き換えて回帰計算を繰り返し、すべての行列要素が非負条件を満足するように収束させることによってスペクトル解、C及びKを求めた。
A=CK 計算式(1)
1回目の測定スペクトルをA1,2回目の測定スペクトルをA2,・・・測定開始からの時間tのスペクトルをAtと表し、束縛水、中間水、自由水及び差分スペクトルをK1,K2,K3,K4と置き(この時点ではK1,K2,K3,K4のどれがどの成分かは不明)、測定開始からの時間tでの4つの成分の濃度比をC1t,C2t,C3t,C4tとおくと、計算式(1)は下記計算式(2)のように表せる。
【0065】
【数1】
【0066】
計算式(2)の行列Cに乱数を発生させ、濃度は負にはならないという非負条件より、負の値は0と置き換えた上で、スペクトルK1,K2,K3,K4を求めた。次に、スペクトルは負にならないという非負条件があるので、スペクトルKの負の値をもつ成分を0で置き換え、Cを求めた。さらに、このCから非負条件を科して、Kを求めた。KとCのすべての成分が0以上になるまで、この操作を繰り返し、解を求めた。
得られた、K,Cから、濃度がほとんどゼロになっているものが差分スペクトルであり、それ以外の3つのスペクトルのうち、1550〜1800cm-1に大きなピークを持ち、かつ、3100〜3500cm-1にほとんどピークを持たないものを束縛水、3400cm-1付近にピークを持つものを中間水、3200、3400cm-1にピークを持つ幅広いピークを自由水と帰属した。
飽和到達点から6秒間(30測定点)のC1t,C2t,C3t,C4tより、差分スペクトル分を差し引いて再度濃度比の計算を行い、束縛水、中間水、自由水のそれぞれの濃度の平均値を算出し、中間水の存在比率を求めた。
【0067】
<水分含有率の測定>
中空糸膜の水分含有率は、プライミングなどの前処理なく血液処理器を分解してサンプリングした中空糸膜(試料)約1gをサンプリングし、正確に秤量した。その後、60℃×12hrにて真空乾燥を行ったのち、秤量し、質量減量分を水分として水分含有率を算出した。乾燥前質量をW1、乾燥後質量をW2とすると、水分含有率W(%)は、次の計算式(5)で表される。
【0068】
【数2】
【0069】
<中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量>
血液処理器を分解して中空糸膜を採取し、水洗した後、40℃で真空乾燥した。乾燥後の中空糸膜表面の面積として0.2m2となるように中空糸膜をガラス瓶に秤取し、1質量%のトリトンX−100(キシダ化学、化学用)水溶液を80mL加え、室温で60分間、超音波振動を加えながら、脂溶性ビタミンの抽出を行った。定量操作は、液体クロマトグラフ法により行い、脂溶性ビタミン標準溶液のピーク面積から得た検量線を用いて、抽出液の脂溶性ビタミン量を求めた。すなわち、脂溶性ビタミン量は、中空糸膜表面の面積が0.2m2となる中空糸膜の平均値として求めることができる値である。
高速液体クロマトグラフ装置(ポンプ:日本分光PU−1580、検出器:島津RID−6A、オートインジェクター:島津SIL−6B、データ処理:東ソーGPC−8020、カラムオーブン:GL Sciences556)に、カラム(Shodex Asahipak ODP−506E packed column for HPLC)を取り付け、カラム温度40℃において、移動相である高速液体クロマトグラフィー用メタノールを流量1mL/minで通液し、紫外部の吸収ピークの面積から脂溶性ビタミン濃度を求めた。この濃度から、抽出効率を100%として、中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミン量(mg/m2)を求めた。
滅菌処理により部分酸化した脂溶性ビタミン量も中空糸膜表面1m2あたりの脂溶性ビタミン量に含めた。滅菌処理により部分酸化した脂溶性ビタミン量を定めるべく、予め検量線作成に用いる脂溶性ビタミンを空気中で50kGyの放射線に当て、部分酸化した脂溶性ビタミンの吸収ピークを予め定めておき、面積計算に用いるピーク群に含め、加算した。
【0070】
<親水性ポリマー濃度の測定>
血液処理器から中空糸膜を採取し、繊維軸に沿って切り開いて分離機能表面を露出させ、X線光電子分光法により、下記条件にて分離機能表面における親水性ポリマーの濃度を測定した。
測定装置 :サーモフィッシャー ESCALAB250
励起源 :単色化AlKα 15kV×10mA
分析サイズ :長径約1mmの楕円
光電子脱出角度 :0°(分光器の軸が試料面対して垂直)
取込領域
Survey scan:0〜1,100eV
Narrow scan:C1s、O1s、N1s、S2p、Na1s
Pass Energy
Survey scan:100eV
Narrow scan:20eV
分離機能表面における親水性ポリマーの濃度は、ポリヒドロキシアルキルメタクリレートの場合は硫黄や窒素を含有しないので、硫黄量からポリスルホン系樹脂量由来の炭素及び酸素量を計算、窒素量からポリビニルピロリドンの由来の炭素及び酸素量を計算し、差分の炭素及び酸素量を重合体由来として質量濃度換算した。多糖類のナトリウム塩の場合はナトリウム量から多糖類の量を計算し、構造によって窒素や硫黄量を計算して、差分の窒素や硫黄からポリビニルピロリドン及びポリスルホン系樹脂量を算出した。X線光電子分光法では、水素は検出されないので、計算から除外した。炭素量、酸素量、窒素量、硫黄量、ナトリウム量は、C1s、O1s、N1s、S2p、Na1sの面積強度から各元素の相対感度係数(C1s:1.00、O1s:2.72、N1s:1.68、S2p:1.98、Na1s:10.2)を用いて相対量(atomic%)として測定した。
(分離機能表面における親水性ポリマーの質量濃度)/(分子機能表面におけるポリビニルピロリドンの質量濃度)として、分離機能表面における親水性ポリマーの存在量を求めた。
【0071】
<炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの測定>
中空糸膜に含有される、炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの、中空糸膜1gあたりの含有量は、以下の方法により測定した。
血液処理器の解体を行い、恒量となるまで真空乾燥を行う。その後、中空糸膜を取り出す。この質量を精秤した(Wg)後、N−メチル−2−ピロリドンを加え、攪拌し、溶解した後、ガスクロマトグラフ(GC)により炭素数4以下のケトン及び/又はアルコールの濃度y(%)を算出した。
続いて、Wとyより中空糸膜1gあたりの質量を算出した。
【0072】
<乳酸脱水素酵素(LDH)活性の測定>
中空糸膜の血液適合性は膜表面への血小板の付着性で評価し、膜に付着した血小板に含まれる乳酸脱水素酵素の活性を指標として定量化した。
生理食塩水(大塚生食注、大塚製薬)にて中空糸膜の内表面を蒸留水で1.5m2あたり100mL/minで5分間洗浄したのち、中空糸膜の外表面を500mL/minで2分間洗浄することにより、プライミングを行った。プライミング後の血液処理器を分解して採取した中空糸膜を有効長15cm、膜面積が5×10-32となるように両端をエポキシ樹脂で加工し、ミニモジュールを作成した。このミニモジュールに対し、生理食塩水10mLを中空糸膜の内表面側に流し洗浄した。その後、ヘパリン加人血15mL(ヘパリン1000IU/L)を1.3mL/minの流速で上記作製したミニモジュールに37℃で4時間循環させた。生理食塩水によりミニモジュールの内側を10mL、外側を10mLでそれぞれ洗浄した。洗浄したミニモジュールから長さ7cmの中空糸膜を全体の半数本採取後、これを細断してLDH測定用のスピッツ管に入れたものを測定用試料とした。
次に、燐酸緩衝溶液(PBS)(和光純薬工業)にTritonX−100(ナカライテスク株式会社)を溶解して得た0.5容量%のTritonX−100/PBS溶液をLDH測定用のスピッツ管に0.5mL添加後、超音波処理を60分行って中空糸膜に付着した細胞(主に血小板)を破壊し、細胞中のLDHを抽出した。この抽出液を0.05mL分取し、さらに0.6mMのピルビン酸ナトリウム溶液2.7mL、1.277mg/mLのニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)溶液0.3mLを加えて反応させ、直ちにその0.5mLを分取して340nmの吸光度を測定した。残液をさらに37℃で1時間反応させた後に340nmの吸光度を測定し、反応直後からの吸光度の減少を測定した。同様に血液と反応させていない中空糸膜(ブランク)についても吸光度を測定し、下記計算式(4)により吸光度の差を算出した。本方法では、この減少幅が大きいほどLDH活性が高い、すなわち膜表面への血小板の付着量が多いことを意味する。尚、測定は3回行い、平均値として記載した。
Δ340nm=(サンプルの反応直後吸光度−サンプルの60分後吸光度)−(ブランクの反応直後吸光度−ブランクの60分後吸光度) 計算式(4)
血液適合性が優れる中空糸膜としては、LDH活性が40(Δabs/hr・m2)以下のものを血液適合性が良好と判断して○とし、40(Δabs/hr・m2)を超えるものは血液適合性が良好でないと判断して×とした。
【0073】
<血液処理器の抗酸化性能測定>
塩化第二鉄6水和物を純水に溶解し、0.3w/v%(溶液100mL中の溶質の量(g))水溶液を調製した。次いで、血液処理器を分解して中空糸膜を採取し、水洗した後、40℃で真空乾燥した。乾燥後の中空糸膜1gと塩化第二鉄水溶液20mLとをガラス瓶に秤取し、60mmHgで10分間脱泡した後、振とう下で30℃×4時間インキュベートした(中空糸膜表面に存在する脂溶性ビタミンが鉄(III)イオンを還元し、鉄(II)が生じる。)。インキュベートした水溶液を2.6mL、エタノール0.7mL、別途調製した0.5w/v%の2,2’−ビピリジルエタノール水溶液0.7mLを混合し、振とう下で30℃×30分間インキュベートした(鉄(II)とビピリジルとが錯体を形成し、呈色する)。分光計を用いて、呈色した液の520nmにおける吸光度を測定した。
中空糸膜の代わりに、濃度既知の脂溶性ビタミンエタノール溶液を用いて、同様のインキュベーション、呈色反応、吸光度の測定を行って、検量線を作成し、中空糸膜表面1m2が発現する抗酸化性能を、脂溶性ビタミンの質量相当値として求めた(小数点以下第一位を四捨五入した)。
中空糸膜表面1m2あたりの脂溶性ビタミンの質量相当値が10(mg/m2)以上の場合を抗酸化性能が良好であると判断して○とし、10(mg/m2)未満の場合を抗酸化性能が良好でないと判断して×とした。
【0074】
<血液処理器の抗酸化性能安定性測定>
過酷な環境下で保存した際の、抗酸化性能の低下の防止効果について、以下の方法に評価した。製造直後の血液処理器、及び60℃恒温槽の中で6日間保管した血液処理器のそれぞれの抗酸化性能について、以下の方法により測定した。
また、測定した抗酸化性能の値を用い、下記計算式(5)により、60℃加熱による抗酸化性能安定性を算出した。
抗酸化性能安定性(%)=(60℃加熱処理品の抗酸化性能)/(製造直後品の抗酸化性能)×100 計算式(5)
計算式(5)で算出された抗酸化性能安定性が70(%)以上である場合、安定性が良好と評価して○とし、70(%)未満の場合は安定性が良好でないと評価して×とした。
【0075】
<内表面から溶出した硝酸イオン濃度の測定>
プライミングなどの前処理なく血液処理器を分解してサンプリングした中空糸膜を有効長15cm、膜面積が12.2×10-32となるように両端をエポキシ樹脂で加工し、ミニモジュールを作成した。このミニモジュールに対し、37℃の注射用蒸留水(大塚製薬)を3mL/minの速度で流れ方向が上から下になるようにミニモジュールをセットして中空糸膜の内表面側に流し、出てきた液をPS透明スピッチ(滅菌済:アズワン株式会社 コード:2-466-01)に5mlサンプリングした。この溶液中の硝酸イオン濃度を表2記載の条件でイオンクロマトにより定量した。
【0076】
【表2】
非特許文献2によると、硝酸性窒素としての無毒性量(NOAEL)は1.5mg/kg体重/日であるが、これは経口摂取であり、安全係数を1000倍として、体重60kgの人が週3回透析したと仮定すると、透析1回あたりの許容量は0.21mg/sessionとなる。2.5m2の膜面積をもつ血液処理器を用いた場合は、本測定での硝酸イオン濃度の許容濃度は0.21ppmと計算される。硝酸イオン濃度が0.21ppm以下の場合は○とし、0.21ppmを超える場合は×とした。
【0077】
<血液処理器の透水性能測定>
実施例及び比較例で製造された中空糸膜型血液処理器を、一定圧力(200mmHg)、温度(37℃)条件下において、血液処理器内を純水で全濾過させ、濾過に要する時間を測定した。この結果より、透水性能(UFR(mL/hr・mmHg))を算出した。
中空糸膜型血液処理器を3本以上測定し、平均値との差(偏差)の2乗を平均し、(これを変数と同じ次元で示すために)平方根をとった標準偏差(ばらつきσ)を求めた。算出された透水性能が60(UFR(mL/hr・mmHg))以上である場合、安定性が良好と評価して○とし、60(UFR(mL/hr・mmHg))未満の場合は安定性が良好でないと評価して×とした。
また、透水性能ばらつきについては、2.0以上である場合同一群内での性能ばらつきが大きく良好でないと評価し×とし、2.0未満を同一群内での性能ばらつきが小さく良好であると評価し○とした。
【0078】
[実施例1]
製膜紡糸原液として、ポリスルホン(ソルベイ P−1700 溶解度パラメータδ 9.90)17.5質量%、ポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ K90)3.5質量%を、N,N−ジメチルアセトアミド79.0質量%に溶解して均一な溶液とした。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は20質量%であった。この製膜紡糸原液を60℃に保ち、N,N−ジメチルアセトアミド58.1質量%と水41.9質量%との混合溶液からなる中空内液とともに、2重環状紡口から吐出させ、0.96mのエアーギャップを通過させて75℃の水からなる凝固浴へ浸漬し、80m/分にて巻き取った。巻き取った糸束を切断後、束の切断面上方から80℃の熱水シャワーを2時間かけて洗浄することにより膜中の残溶剤を除去し、該膜をさらに乾燥室に入れ、180℃の加熱水蒸気を導入し、乾燥することにより含水量が1%未満の乾燥膜を得た。
なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、乾燥後の膜を、モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装後、液体の導入及び導出用の2本のノズルを有する筒状容器に充填して両端部をウレタン樹脂で包埋後、硬化したウレタン部分を切断して中空糸膜が開口した端部に加工した。この両端部に血液導入(導出)用のノズルを有するヘッダーキャップを装填し、有効膜面積が1.5m2の血液処理器の形状に組み上げた。
次に、イソプロパノール57質量%の水溶液に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)を0.11質量%溶解したコート液を、24℃温度下で血液処理器の血液導入ノズルから中空糸膜の内表面側に1分間通液してα−トコフェロールを接触させた。その後、エアフラッシュして内空部の残液を除去した後、イソプロパノール雰囲気の24℃の乾燥空気を30分間通気して溶媒を乾燥除去することにより、α−トコフェロールを固定化した。
大気雰囲気下、25kGyでγ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0079】
[実施例2]
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学、試薬特級)79質量%に、ポリスルホン(ソルベイ、P−1700)17質量%及びポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%を溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液は、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液に、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート(アルドリッチ、重量平均分子量330,000、溶解度0.1g未満)を0.1質量%となるように溶解して作成した。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗、モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装後、乾燥室に入れ、180℃の加熱水蒸気を導入し、乾燥を行って中空糸膜を得た。水洗温度は90℃、水洗時間は180秒とした。
なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、アセトン57質量%の水溶液に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)を0.64質量%溶解したコート液を、24℃温度下で血液処理器の血液導入ノズルから中空糸膜の内表面側に1分間通液してα−トコフェロールを接触させた。その後、エアフラッシュして中空部の残液を除去した後、アセトン雰囲気の24℃の乾燥空気を30分間通気して溶媒を乾燥除去することにより、α−トコフェロールを固定化した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下、20kGyで電子線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0080】
[実施例3]
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学、試薬特級)79質量%に、ポリスルホン(ソルベイ、P−1700)17質量%及びポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%を溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液は、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液を用いた。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗を行い、モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装後、乾燥室に入れ、180℃の加熱水蒸気を導入し、乾燥を行って中空糸膜を得た。水洗温度は90℃、水洗時間は180秒とした。
なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、イソプロパノール57質量%の水溶液に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)を3.2質量%溶解したコート液を、24℃温度下で血液処理器の血液導入ノズルから中空糸膜の内表面側に1分間通液してα−トコフェロールを接触させた。その後、エアフラッシュして中空部の残液を除去した後、イソプロパノール雰囲気の24℃の乾燥空気を30分間通気して溶媒を乾燥除去することにより、α−トコフェロールを固定化した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下、25kGyでγ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0081】
[実施例4]
製膜紡糸原液として、ポリスルホン(ソルベイ P−1700 溶解度パラメータδ 9.90)17質量%、ポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)0.6質量%を、N,N−ジメチルアセトアミド78.4質量%に溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液には、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液に、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート(アルドリッチ、重量平均分子量330,000、溶解度0.1g未満)を0.1質量%となるように溶解して作成した。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗を行い、乾燥機に導入し、120℃で2分間乾燥後、さらに160℃で0.5分間の加熱処理を行った後、クリンプを付与したポリスルホン系中空糸膜を巻き取った。モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装した。
なお、乾燥後の膜厚を45μm、内径を185μmに合わせるように紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下25kGyでγ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0082】
[実施例5]
製膜紡糸原液として、ジメチルアセトアミド(キシダ化学、試薬特級)79質量%に、ポリスルホン(ソルベイ、P−1700)17質量%、ポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%を溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液は、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液に、ポリヒドロキシプロピルメタクリレート(アルドリッチ、重量平均分子量330,000、溶解度0.1g未満)を0.1質量%となるように溶解して作成した。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗、モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装後、乾燥室に入れ、180℃の加熱水蒸気を導入し、乾燥を行って中空糸膜を得た。水洗温度は90℃、水洗時間は180秒とした。
なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
次に、テトラヒドロフラン57質量%の水溶液に、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)を0.64質量%溶解したコート液を、24℃温度下で血液処理器の血液導入ノズルから中空糸膜の内表面側に1分間通液してα−トコフェロールを接触させた。その後、エアフラッシュして中空部の残液を除去した後、テトラヒドロフラン雰囲気の24℃の乾燥空気を30分間通気して溶媒を乾燥除去することにより、α−トコフェロールを固定化した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下、20kGyで電子線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0083】
[比較例1]
製膜紡糸原液は、ジメチルアセトアミド(キシダ化学、試薬特級)79質量%に、ポリスルホン(ソルベイ、P−1700)17質量%及びポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%を溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液は、ジメチルアセトアミド60質量%水溶液を用いた。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗を行い、モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装後、乾燥室に入れ、180℃の加熱水蒸気を導入し、乾燥を行って中空糸膜を得た。水洗温度は90℃、水洗時間は180秒とした。
なお、乾燥後の膜厚が35μm、内径が185μmとなるように製膜紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下、25kGyでγ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0084】
[比較例2]
紡糸原液として、ポリスルホン(ソルベイ P−1700 溶解度パラメータδ 9.90)17質量%及びポリビニルピロリドン(ビー・エー・エス・エフ、K−90)4質量%、α−トコフェロール(和光純薬工業 特級)1.9質量%を、N,N−ジメチルアセトアミド77.1質量%に溶解して作成した。製膜紡糸原液中のポリスルホンに対するポリビニルピロリドンの混和比率は24質量%であった。
中空内液には、ジメチルアセトアミド42質量%水溶液を用いた。
チューブインオリフィス型の紡糸口金から、製膜紡糸原液及び中空内液を吐出させた。吐出時の製膜紡糸原液の温度は40℃とした。吐出した製膜紡糸原液をフードで覆った落下部を経て水よりなる60℃の凝固浴に浸漬して凝固させた。紡糸速度は30m/分とした。
凝固後、水洗を行い、乾燥機に導入し、120℃で2分間乾燥後、さらに160℃で0.5分間の加熱処理を行った後、クリンプを付与したポリスルホン系中空糸膜を巻き取った。モジュールに組み上げたときの有効膜面積が1.5m2になるように束にして、PEフィルムに包装した。
なお、乾燥後の膜厚を45μm、内径を185μmに合わせるように紡糸原液及び中空内液の吐出量を調整した。
得られた中空糸膜から有効膜面積1.5m2のモジュールを組み上げ、大気雰囲気下25kGyでγ線滅菌を実施し血液処理器を得た。
【0085】
実施例及び比較例で得られた血液処理器の測定結果について、表3に示す。
【表3】
【産業上の利用可能性】
【0086】
本発明によれば、良好な血液適合性及び安定な抗酸化性能を有し、かつ硝酸イオン溶出量の少ない血液処理用中空糸膜を提供することができる。本発明の血液処理装置は、血液浄化療法において産業上の利用可能性を有する。
図1
図2