(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-12818(P2015-12818A)
(43)【公開日】2015年1月22日
(54)【発明の名称】水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルム
(51)【国際特許分類】
A01G 33/00 20060101AFI20141219BHJP
【FI】
A01G33/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-140381(P2013-140381)
(22)【出願日】2013年7月4日
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000206473
【氏名又は名称】大倉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102314
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 阿佐子
(74)【代理人】
【識別番号】100123984
【弁理士】
【氏名又は名称】須藤 晃伸
(72)【発明者】
【氏名】山下 穣
(72)【発明者】
【氏名】松田 博行
(72)【発明者】
【氏名】折原 正直
(72)【発明者】
【氏名】吾妻 俊良
(72)【発明者】
【氏名】奥中 友紀
(72)【発明者】
【氏名】竹林 賢三
【テーマコード(参考)】
2B026
【Fターム(参考)】
2B026AC02
2B026EA03
2B026EB02
(57)【要約】 (修正有)
【課題】栄養素の溶出量や溶出期間のコントロールが可能な水生生物育成用の栄養素供給体の提供。
【解決手段】熱可塑性樹脂および栄養素を含有することを特徴とする水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【効果】海洋または河川環境の改善、魚礁の創出、家庭で魚を飼育する際の栄養源などとして好適に利用することができる。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱可塑性樹脂および栄養素を含有することを特徴とする水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項2】
25℃、90%RH雰囲気下にて測定した、膜厚30μmにおける透湿度の値が20g/m2・24h以上、10000g/m2・24h以下である請求項1記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項3】
熱可塑性樹脂99.9〜30重量%および栄養素0.1〜70重量%を含有する請求項1または2記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項4】
さらに、無機質フィラーを0〜69.9重量%含有する請求項1から3のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項5】
無機フィラーが、表面処理が施されていない無機フィラーである請求項4に記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項6】
栄養素が、肥料成分、微量要素、生体誘引物質および成長促進剤から選ばれる1種以上である請求項1から5のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項7】
栄養素が生体誘引物質である請求項1から6のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項8】
生体誘引物質がアミノ酸である請求項7記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項9】
アミノ酸がアルギニンである請求項8記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項10】
熱可塑性樹脂が、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、ポリオレフィン系樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合物、ポリエステルおよびポリアミドから選ばれる1種以上の樹脂である請求項1から9のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項11】
延伸加工されている請求項1から10のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項12】
一軸または二軸に延伸加工されている請求項11に記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【請求項13】
水中で栄養素が溶出される請求項1から12のいずれかに記載の透湿性熱可塑性樹脂フィルム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、栄養素を溶出する水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルムに関する。また本発明は、海洋・河川環境の改善などのため、栄養素の溶出期間、溶出量のコントロールが容易な水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルムに関する。本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは、特に貧栄養化あるいは磯焼けした海洋環境に海藻類を繁殖させて海藻、プランクトン、魚影に富んだ海域を取り戻すために有用な手段の一つとなる。
【背景技術】
【0002】
近年、瀬戸内海を初めとする漁業領域には貧栄養化という現象が起きていて、これを回復するために海中に微量の栄養素を溶出させることにより漁業資源を保全する方法が検討されている。
戦後の経済発展にともなって窒素やリンなどの富栄養化が原因で海や湖沼で発生した赤潮は人々に大きな衝撃を与えたが、富栄養化の原因として原料にリンを使う合成洗剤がやり玉に挙がり、メーカーは代替品開発を迫られた。すなわち、赤潮問題は生活水準の向上による栄養素の過剰流出にも起因したのであり、これらの環境問題は新しいタイプの環境問題として、水質汚濁防止法を改正、水質規制の強化により最近は赤潮が話題になることは少なくなった。しかしながら、これらの措置により瀬戸内海では陸域からの栄養素の流出が減少する「貧栄養化」を引き起こし、ノリ養殖や漁業に大きな打撃を与えている。
【0003】
貧栄養化により、比較的浅い海域の全部または一部の海藻や海草が消失したまま回復しないで持続することがあり、藻場の消失により海藻類を採集できなくなったり、藻場で生活する水棲生物や磯魚などの水産資源が大きく減少してしまった。海藻の群落は、魚類の生活の場や産卵場であり、また餌の補給場として海の動物にとって欠かせない役割を果たしている。したがって、貧栄養化の発生により藻場がなくなり生態系のバランスがくずれてしまったため、魚が寄り付かなくなり、その代わりに実入りの悪いウニや小型の巻貝ばかりが目に付くようになったのである。
そこで、貧栄養化現象の発生を未然に防ぐため、あるいは回復するために、藻場を取り戻そうとする動きが各地で見られるようになり、こうした環境となっている海域に栄養素を長期間にわたって補給することが試みられている。
【0004】
例えば、魚介類が生息する沿岸海域にこれら魚介類の生息に必要不可欠な緑藻および褐藻が繁殖成育できる好適な環境を出現させる藻類および魚介類生息環境改良方法を提供することを目的として、海岸の波打ち際近傍の陸地の所定の範囲域に、砂と硫酸鉄と海水塩類の主成分を所定の割合で混合し、且つこれらを水溶性の凝固剤で粒状に固めてなる粒状物を散布する。これによりこの粒状物に雨水や波しぶきがかかると、水溶性の凝固剤が次第に溶け、それと同時に硫酸鉄および海水塩類の主組成分も溶けて、地表や地中を通って徐々に海域に浸透してこの硫酸鉄および海水塩類は緑藻および褐藻の栄養素となすことが提案されている(特許文献1)
また、コンクリートなどの水硬性物質に生物誘因剤や栄養素を混入して長期間にわたって海水中にこれらを溶出させることが提案され、例えば、生物誘引物質を高濃度で配合したコンクリート組成物よりなるコンクリートブロックにおいて、コンクリート内部に残って無駄になる生物誘引物の量を少なくし、また該生物誘引物が長期間に亘って徐々に流出させるために、コンクリートの空気量と流動性を高め、長期間に亘って魚介類の蝟集・育成効果および藻の付着・育成効果を維持することができる構造の環境活性・保全・修復用ブロック(特許文献2)、海岸の海底などに藻場を形成するために用いる多孔質材料およびこの多孔質材料からなる藻場形成用ブロックにおいて、海藻類の栄養源となるリン酸、窒素、カリ肥料成分を含有させた藻場形成材料(特許文献3)や、海藻の着生性が高く且つ長期間にわたって安定的に海藻着生基盤として機能することができ、しかも海藻に効率的に栄養素を安定供給することができる水中沈設用水和固化体として、粉粒状の製鋼スラグを主たる骨材とし、高炉スラグ微粉末を主たる結合材とする原料を水和硬化させた水和固化体であって、原料の一部として窒素含有有機物を含み、(i)海藻の重要な栄養素である窒素分やFe、Si、Pなどを安定的に溶出、供給することができる、(ii)固化体表面が海藻 の着生に好適な環境となるため、海藻の着生性を高めることができる、(iii)このため 溶出する栄養素を海藻に直接供給することができる、海藻着生基盤(特許文献4)が提案されている。
【0005】
また、有機材質材料からなるマトリックス中に栄養素を含有させて、栄養素を長期間徐々に流出させる提案がなされている。例えば、長期にわたり海洋生物育成効果を発揮することにより、いわゆる磯焼け防止するための海洋生物の繁殖用構造材料または構造体であって、ゴム状弾性材料に、適宜、海洋生物育成のための肥料や鉄化合物を練り込んだ、多孔質または気泡の内壁面に海洋生物の胞子や種子を保持させた構造体が提案されている(特許文献5)、さらに、 海水中で養分の適量が長期間、効率よく溶出する機能を有する水産栄養塗料であって、ビヒクル成分としてポリ乳酸のような生分解性ポリマ−を10重量%以上と成育促進物質とを配合してなる水産栄養塗料が提案されている(特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5-161434号公報
【特許文献2】特開2011−142877号公報
【特許文献3】再公表特許WO01/019180号公報
【特許文献4】特開2009−45006号公報
【特許文献5】特開平8−154511号公報
【特許文献6】特開平8-188726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、栄養素の溶出量や溶出期間のコントロールが可能な水生生物育成用の栄養素供給体を提供することを課題とする。従来、海藻などの水生生物の繁殖を目的として肥料成分や植物の成長に良好な影響を与える物質を海水などの水中に供給することは行われてきた。例えば、上記の従来技術で紹介したように、コンクリートブロックにこれらの物質を組み合わせて、あるいは塗布する方法や、海中に設置するロープにこれらの物質を含浸させて徐放させることが提案されている。しかしながら、コンクリートブロックは設置場所が限られるために場所によっては使用できないという問題があった。また、栄養素を溶出させるべき期間や量は設置場所の環境に応じて調整する必要があるが、これらの問題点はあまり検討されてはいなかった。例えば、多孔質体状(あるいは連続気泡)にすると、表面上の栄養素が短時間で海中に溶け出す為、例えば、シート状とした場合には比較的長期間にわたって栄養素を溶出することができない難点がある。また、コンクリートブロックにおいては、内部の栄養素の流出量のコントロールが困難である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、こうした従来技術の水中への栄養素の溶出量と溶出期間を制御することが困難であった問題点を解決するために研究、開発を鋭意継続して進めることにより、熱可塑性樹脂フィルムの透湿度が栄養素の流出速度を支配する重要な因子であること、また、無機フィラーの配合やフィルムの延伸により多孔状態あるいは膜厚を制御して最適な透湿度を有するフィルムを得ることを見出し到達したものである。すなわち本発明は以下の内容を含む。
本発明の第1の発明は、熱可塑性樹脂および栄養素を含有することを特徴とする水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルムである。
第2の発明は、第1の発明において、25℃、90%RH雰囲気下にて測定した、膜厚30μmにおける透湿度の値が20g/m
2・24h以上、10000g/m
2・24h以下であることを特徴とする。
第3の発明は、第1または第2の発明において、熱可塑性樹脂99.9〜30重量%および栄養素0.1〜70重量%を含有することを特徴とする。
第4の発明は、第1から第3のいずれかの発明において、さらに、無機質フィラーを0〜69.9重量%含有していることを特徴とする。
第5の発明は、第4の発明において、無機フィラーが、表面処理が施されていない無機フィラーであることを特徴とする。
第6の発明は、第1から第5のいずれかの発明において、栄養素が、肥料成分、微量要素、生体誘引物質および成長促進剤から選ばれる1種以上であることを特徴とする。
第7の発明は、第1から第6のいずれかの発明において、栄養素が生体誘引物質であることを特徴とする。
第8の発明は、第7の発明において、生体誘引物質がアミノ酸であることを特徴とする。
第9の発明は、第8の発明において、アミノ酸がアルギニンであることを特徴とする。
第10の発明は、第1から第9のいずれかの発明において、熱可塑性樹脂が、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、ポリオレフィン系樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合物、ポリエステルおよびポリアミドから選ばれる1種以上の樹脂であることを特徴とする。
【0009】
第11の発明は、第1から第10のいずれかの発明において、透湿性熱可塑性樹脂フィルムが延伸加工されていることを特徴とする。
第12の発明は、第11の発明において、一軸または二軸に延伸加工されていることを特徴とする。
第13の発明は、第1から第12のいずれかの発明において、水中で栄養素が溶出されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは、水中への栄養素の溶出量と溶出期間の制御が容易であり、設置目的や設置場所の環境に応じた適切な水生生物育成用の栄養素供給体が提供される。
本発明の水生生物育成用の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは、特に海洋または河川環境の改善、漁礁の創出、家庭で魚を飼育する際の栄養源などとして好適に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度による栄養素の溶出速度の変化を示す。
【
図2】透湿性熱可塑性樹脂フィルムの延伸処理による栄養素の溶出速度の変化を示す。
【
図3】透湿性熱可塑性樹脂フィルム中へ配合した無機フィラーによる栄養素の溶出速度の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、栄養素を含む透湿性熱可塑性樹脂フィルムに関する。透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度を調整することにより、栄養素が水中に溶出する速度を制御することができる。本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは、特に、貧栄養となった水域、あるいは磯焼けが生じた水域に藻類の繁殖を誘発し漁業環境を改善するために貢献することができる。
【0013】
[透湿性熱可塑性樹脂フィルムについて]
多孔質のフィルムや発泡したフィルムに栄養素を保持させ、これを海水などの水中に沈めると、水がすぐに栄養素に到達して水と栄養素が直接接触するため、栄養素が短期間で水中に溶けだしてしまう。そうすると、長期間にわたって栄養素を水中に持続して溶出することはできない。本発明においては、透湿性熱可塑性樹脂フィルムに栄養素を配合することにより、水中に持続して栄養素を溶出することを可能とした。
なお、透湿度が低い熱可塑性樹脂フィルム、具体的には膜厚30μmのフィルム状に成形し、これをJIS K 7129に準拠し、25℃ 90%RHで測定した透湿度の値(以下、単に透湿度と称す)が20g/m
2・24h未満のフィルムに栄養素を配合したフィルムでは、水分がフィルム内に浸透することが難しい。従って、フィルム内部の栄養素を水分に溶出させて持続的に水中に放出するためには、透湿性熱可塑性樹脂フィルムとして、透湿度が20g/m
2・24h以上のフィルムを用いるのが好ましい。透湿度の調整により、水分がマトリックス樹脂に浸透してフィルム全体に行き渡るまでの時間をコントロールすることができる。これにより、栄養素が水中に溶出する期間をコントロールできる。水中に設置されたフィルムでは、表面に近い部分から栄養素が溶出し始め、フィルム中心部に位置する栄養素に水分が到達し、これがフィルム外へ溶け出すまでの間、水中には栄養素が徐放され続けることになる。よって、例えば、溶出期間を長くしたい場合には、透湿性熱可塑性樹脂フィルムの膜厚を厚くすることで、水湿分がマトリックス樹脂全体に行き渡るまでの時間を長く保てばよい。
また、透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度は、20g/m
2・24h以上10000g/m
2・24h以下であるのが好ましく、より好ましくは100g/m
2・24h以上3000g/m
2・24h以下、さらに好ましくは300g/m
2・24h以上1500g/m
2・24h以下の透湿性熱可塑性樹脂フィルムが用いられる。透湿度が高くなり過ぎると栄養素の溶出が速くなり長期間にわたり栄養素を放出する目的には向かなくなる。
【0014】
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムを形成する熱可塑性樹脂としては、フィルム状にした際に透湿性を有するものが選択される。特に、30μmのフィルム状にした際の透湿度が上記記載の範囲となるものが好ましい。例えば、ウレタン樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン系樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合物、ポリスチレン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネートアジペートなどの脂肪族ポリエステル樹脂、ポリビニルアルコール樹脂などが挙げられる。
フィルムの厚みは、通常30〜500μmから選ばれ、厚くなるほど長期間の徐放が可能となる。栄養素の徐放期間には、透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度、膜厚、フィルムに配合された栄養素の量、栄養素の水層への溶解性などが関連する。
【0015】
[栄養素]
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムに使用される栄養素としては、例えば、海藻類の成長、繁茂に有効な物質であり、しかも水溶性であればいかなる物質でも使用することができる。栄養素としては、例えば、窒素、リン、カリの三大肥料要素、カルシウム、マグネシウム、イオウなどの肥料要素、あるいは鉄、マンガン、銅、亜鉛、モリブデン、ホウ素、塩素、ニッケルなどの微量要素などが挙げられる。さらに、生体誘引物質、植物育成促進剤などの生物の育成に影響を与える物質が挙げられる。
【0016】
肥料要素としての具体例は、硝安、硝安石灰、石灰窒素、リン酸アンモニウム、硝酸ソーダ、塩化アンモニウム、尿素などの窒素質肥料、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウムなどのリン含有物質、塩化カリなどのカリ含有物質があげられる。これらの肥料要素は水溶性の物質であることが多いため、例えば、樹脂による被覆した肥料要素や分子量が5×10
4〜10
6であるポリ燐酸アンモニウムなどを用いることにより成分の溶出速度を制御することが好ましい。
生体誘引物質としては特に制限されないが、例えば、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、シスチン、システイン、グルタミン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、チロシン、バリンなどのアミノ酸があげられ、また、イノシン、グアニン、アデノシン、ウリジン、チミジンなどの核酸が挙げられる。生体誘引物質としてはアミノ酸が好ましく、特にアルギニンが好ましい。
また、ポリ乳酸の中、重合度2〜10のオリゴマーは単に生分解性があるだけでなく植物成長促進作用があるとされており、こうした成育促進性のある物質を栄養素としてフィルム中に含有させることができる。
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムに配合される栄養素は0.1〜70重量%が好ましく、より好ましくは3〜30重量%の範囲である。配合量が少なすぎると栄養溶出量が少なくなり生物類の繁殖を促進する限界値以下となりやすい。また、配合量が多すぎるとフィルムの製膜に支障が生じる場合がある。
【0017】
[無機フィラー]
熱可塑性樹脂に無機フィラーを添加すると、フィラーの周辺に極めて微細な空隙(以下、微細空隙と称す)が形成される。該微細空隙により、海水中の水湿分がマトリックス樹脂全体へ行き渡るまでの速度を速めることができる。尚、無機フィラーが表面処理されていない場合には熱可塑性樹脂との親和性が小さく無機フィラーの表面近傍での微細空隙の量が増える。その為、表面処理された無機フィラーよりも、無機フィラーの配合量により水湿分の浸透を微調整することが容易である。
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムに含有される無機フィラーは特に限定されないが、例えば、微粉末シリカ、ホワイトカーボンなどのシリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、酸化チタン、酸化鉄、酸化ストロンチウム、酸化セリウム、酸化亜鉛などの金属酸化物:水酸化アルミニウムなどの金属水酸化物:硫酸塩、炭酸カルシウムなどの炭酸塩、リン酸カルシウム、リン酸チタンなどのリン酸塩などの金属塩:マイカ、珪酸カルシウム、ベントナイト、ゼオライト、麦飯石、タルク、モンモリロナイトなどのケイ酸塩:金属粉末、金属繊維などの金属、などが例示される。無機フィラーとしては、例えば、ガラス繊維、炭素繊維、金属繊維、ウィスカーなどの繊維状などであってもよいが、粉粒状でもよい。これらの無機フィラーは単独でまたは二種以上組み合わせて使用できる。無機フィラーには、着色剤、例えば、顔料も含まれる。着色剤は、無彩色であってもよく有彩色(黄色、橙色、赤色、紫色、青色、緑色など)であってもよい。
【0018】
無機フィラー(無機粒子または充填剤)の平均粒子径(一次粒子径)は、樹脂フィルムの厚みに応じて選択できるが、フィルム中に均一に分散させるなどの観点から、通常、0.5〜500μmの範囲であることが好ましい。また、無機フィラーの配合量が多すぎると樹脂フィルムとしての強度が低下することがあるため、樹脂フィルム中には69.9重量%以下の範囲で含有させることが好ましい。無機フィラーは必ずしも必要ではなく、すなわち本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルム中の無機質フィラーの含有量は、好ましくは0〜69.9重量%の範囲で設定される。
無機フィラーとして、疎水化処理剤などで表面処理された無機フィラーを用いると、熱可塑性樹脂と無機フィラーの親和性が向上して樹脂と無機フィラーとの間に微細空隙を生ずることがなくなるため栄養素の流出が低くなることから表面処理は好ましくはない。また、無機フィラーの配合量により栄養素の流出を制御することができる。
【0019】
[透湿性熱可塑性樹脂フィルムの製造方法]
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムの製造方法は特に限定されず、Tダイによる押出成形法、インフレーション押出成形法、カレンダー成形法などが適用できるが、生産性の面からTダイ押出成形法やインフレーション押出成形法が適している。栄養素の溶出量を増やしたい場合には押出成形後に延伸加工を行うことが好ましい。
フィルムの延伸加工とは、押出成形法などで製膜されたフィルムをガラス転移点以上、融点以下で一軸または二軸方向に引き伸ばして樹脂の鎖状分子を延伸した方向に配向させる処理である。延伸加工することにより、フィルムは配向方向に強さ・剛性・耐衝撃強度が増し、伸びが減少し、また、フィルム結晶化度が高くなるため、透湿度・ガス透過度は小さくなるなどの特性を付与することができるが、延伸加工により栄養素や無機フィラーの周辺にボイド(前述した「微細空隙」よりも大きい空隙)を形成することができる。このボイドには海水が直接到達する為、ボイドサイズが大きくなると栄養素の初期溶出量が増える。なお、この場合、溶出期間は短くなる。本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムでは、元のフィルム面積を100%とした場合に延伸後のフィルム面積が101%〜500%へなるように延伸することが好ましく、延伸が大きいほどボイドが多数あるいは大きく形成されることとなり溶出量が増えることとなる。
【0020】
[溶出期間のコントロール]
栄養素の溶出期間のコントロールは、透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度およびフィルム膜厚によって主に行うことができる。また無機フィラーの添加量によっても、溶出期間の調整を行うことができる。
【0021】
[溶出量のコントロール]
栄養素の溶出量のコントロールは、押出成形後の延伸加工により溶出量、特に初期溶出量を増やすことができる。これは延伸倍率を調整することにより、初期溶出量をコントロールすることができる。また、フィルム中の栄養素の含有量により溶出量をコントロールすることができる。
【0022】
以下に本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本実施例により本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0023】
[透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿性]
本実施例は、透湿性熱可塑性樹脂フィルムの透湿度による栄養素の溶出速度の変化について試験した。膜厚30μmのフィルム状にした場合の透湿度(25℃、90RH)が18g/m
2・24hである低密度ポリエチレン樹脂に栄養素としてL−アルギニンを5重量%配合した樹脂組成物を押出成形により100μm厚のフィルムを作製した。これを水中に200時間浸漬してフィルムの重量変化を測定した。浸漬を開始して約60時間後にはフィルムが約0.5重量%の重量減少が見られたが、その後は重量が一定となりL−アルギニンの溶出はなかった。L−アルギンを混合していない高密度ポリエチレンフィルムでは水中に浸漬後の重量変化は認められなかった。この現象はフィルム表面近傍の栄養素のみが水中に溶出したためと推察される。試験の結果を
図1に示し、高密度ポリエチレン樹脂に5重量%のアルギニンを混入したフィルムを「L−アルギニン(5%)」、高密度ポリエチレンのみのフィルムを「PEのみ」と表中に示した。一方、30μmのフィルム状にした際の透湿度が450g/m
2・24hであるポリブチレンサクシネートに、栄養素としてのL−アルギニンを8.5重量%混和した樹脂組成物を用い、押出成形により100μm厚のフィルムを製膜し、水中に浸漬して32日間の重量変化を測定した結果を
図2中の「サンプルA」で示す。このフィルムの重量は浸漬直後から徐々に減少し32日後には約6重量%の重量減少が観察された。したがって、8.5重量%の内約70%のL−アルギニンが32日間で徐々に溶出したこととなる。この現象は、水湿分がフィルム内部に徐々に浸透して栄養素をゆっくりと溶出させたためと推察される。
これらの試験結果は、フィルムを形成する樹脂の透過度が栄養素の溶出に大きく影響することを示している。
【実施例2】
【0024】
本実施例では延伸したフィルム中の栄養素が溶出する速度の変化について試験した。30μmのフィルム状にした場合の透湿度が450g/m
2・24hであるポリブチレンサクシネートに栄養素としてL−アルギニンを8.5重量%配合した樹脂組成物を調製し、これを押出成形により100μm厚のフィルムとした。これを「サンプルA」とした。このフィルムを面積が2倍になるように一軸延伸処理して50μ厚のフィルムとし、これを「サンプルB」とした。また、「サンプルA」のフィルムを縦方向に2倍、横方向に2倍、二軸延伸して25μm厚の二軸延伸フィルム(「サンプルC」)となした。これらのフィルムを水中に32日間浸漬してフィルムの重量変化を測定した。その結果を
図2に示す。一軸延伸処理したフィルムは延伸していないフィルムよりも浸漬初期の重量減少速度が大きくなったが、浸漬25日後では無延伸のサンプルAと同程度の重量減少となった。一方、二軸延伸処理を施したフィルムにあっては、浸漬初期の重量減少速度が非常に大きくなり、初期における栄養素の溶出量が大きいことが判明した。さらに浸漬期間が長くなるにしたがって重量減少が継続し浸漬32日後には約95重量%のアルギニンが溶出することが判明した。これらの試験結果により、栄養素の初期溶出量を延伸処理によりコントロールできることが確認された。
【実施例3】
【0025】
本実施例では無機フィラーを配合した無延伸フィルム中の栄養素が溶出する速度の変化について試験した。30μmのフィルム状にした場合の透湿度が450g/m
2・24hであるポリブチレンサクシネートのみからなるフィルムを「サンプルX」とし、同じ樹脂に栄養素としてL−アルギニンを8.5重量%配合したフィルムを「サンプルY」とし、同じ樹脂に栄養素としてL−アルギニンを8.5重量%および平均粒径3μmの表面表処理を施していない無機フィラー(炭酸カルシウム)を25重量%配合したフィルムを「サンプルZ」とした。各フィルムは押出成形により100μm厚のフィルムとした。
各フィルムを水中に浸漬して重量の変化を測定した結果を
図3に示す。無機フィラーを配合したフィルムZでは栄養素の溶出速度が増加することが判明した。無機フィラーの配合量により溶出速度が調整できることが推察される。L−アルギニンを含有しない試料である「サンプルX」において約1重量%の重量減少が測定されたがこれは樹脂中に含有される微量成分が溶出しているものと推察される。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは、設置場所が限定されず、栄養素の溶出量や溶出期間のコントロールが容易に可能なため、水生生物育成用の栄養素供給体として好適に使用することができる。例えば、本発明の透湿性熱可塑性樹脂フィルムは長期間にわたり海洋や河川などに自生する藻類などに栄養素を供給することを可能とし、水中植物の生育が旺盛となり、魚類などの水性動物にも好ましい環境を創出することを可能とする。また漁業領域における貧栄養化あるいは磯焼けなどの現在の海洋環境の悪化を改善し、漁業環境を回復するための手段としても利用できる。