(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-136715(P2015-136715A)
(43)【公開日】2015年7月30日
(54)【発明の名称】加工装置
(51)【国際特許分類】
B23K 9/12 20060101AFI20150703BHJP
B05B 7/18 20060101ALI20150703BHJP
【FI】
B23K9/12 301M
B05B7/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-10013(P2014-10013)
(22)【出願日】2014年1月23日
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】100086380
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100135389
【弁理士】
【氏名又は名称】臼井 尚
(74)【代理人】
【識別番号】100161274
【弁理士】
【氏名又は名称】土居 史明
(74)【代理人】
【識別番号】100168099
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 伸太郎
(72)【発明者】
【氏名】辻井 元
(72)【発明者】
【氏名】森田 幸也
【テーマコード(参考)】
4F033
【Fターム(参考)】
4F033QA01
4F033QB02Y
4F033QB07
4F033QB12Y
4F033QB19
4F033QG05
4F033QG23
(57)【要約】
【課題】 装置構成の冗長化を回避しつつ、スムーズにワイヤを送給することが可能な加工装置を提供すること。
【解決手段】 加工対象に対してワイヤ1,1‘を順次供給することにより加工を行う加工装置Aであって、第一駆動部5と、第二駆動部6と、ワイヤを用いた加工を行う溶射ガン4と、第一駆動部5への第一送り出し速度指令および第二駆動部6の第二送り出し速度指令を出力する制御部と、を備えており、第二駆動部6は、第二駆動モータ19,19’、ワイヤ1,1’に送出力を伝達する駆動ローラ17,17'、および第二駆動モータ19,19’および駆動ローラ17,17'の間に介在するとともに第二駆動モータ19,19’と駆動ローラ17,17'との回転数差の発生を許容し、かつトルクを伝達するトルク伝達カップリング20,20‘を備えており、第二送り出し速度指令の速度は、第一送り出し速度指令の速度よりも常に速度が速く、かつ第一送り出し指令の速度に基づいて可変である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
加工対象に対してワイヤを順次供給することにより加工を行う加工装置であって、
前記ワイヤを送り出す第一駆動部と、
前記ワイヤの長手方向において前記第一駆動部とは異なる位置において前記ワイヤを送り出す第二駆動部と、
前記第一駆動部および前記第二駆動部のいずれよりも送り出し方向下流側に位置し、かつ前記ワイヤを用いた加工を行う加工ヘッドと、
前記第一駆動部への第一送り出し速度指令および前記第二駆動部の第二送り出し速度指令を出力する制御部と、を備えており、
前記第二駆動部は、駆動モータ、前記ワイヤに送出力を伝達する駆動ローラ、および前記駆動モータおよび前記駆動ローラの間に介在するとともに前記駆動モータと前記駆動ローラとの回転数差の発生を許容し、かつトルクを伝達するトルク伝達カップリングを備えており、
前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度よりも常に速度が速く、かつ前記第一送り出し指令の速度に基づいて可変であることを特徴とする、加工装置。
【請求項2】
前記加工ヘッドと前記第一駆動または前記第二駆動部との間に位置し、かつ送り出される前記ワイヤをガイドするガイドチューブをさらに備えており、
前記トルク伝達カップリングは、伝達しうる最大トルクが、前記ガイドチューブにより前記ワイヤに付与される摩擦抵抗力に相当するトルクを超えることがない大きさに設定されている、請求項1に記載の加工装置。
【請求項3】
前記トルク伝達カップリングは、伝達しうる最大トルクが、前記ガイドチューブにより前記ワイヤに付与される摩擦抵抗力に相当するトルクと等しい大きさに設定されている、請求項2に記載の加工装置。
【請求項4】
前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度の増加に応じて、連続的に増加する、請求項1ないし3のいずれかに記載の加工装置。
【請求項5】
前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度の増加に応じて、段階的に増加する、請求項1ないし3のいずれかに記載の加工装置。
【請求項6】
前記第二駆動部は、前記ワイヤの送給方向において前記第一駆動部よりも上流側に配置されている、請求項1ないし5のいずれかに記載の加工装置。
【請求項7】
前記加工ヘッドは、送り出される2本の前記ワイヤに接触する電極を有し、この電極を介して電圧を印加することにより前記2本のワイヤの先端間にアークを発生させ、かつ前記2本のワイヤの先端を溶融させることにより得られた溶融金属を加工対象に吹き付ける、溶射ガンであり、
前記第一駆動部は、前記加工ヘッドに収容されているとともに、前記2本のワイヤを一括して前記第一送り出し速度指令に基づいて送り出し、
前記2本のワイヤに各別に設けられた2つの前記第二駆動部を備える、電気アーク式溶射装置として構成された、請求項6に記載の加工装置。
【請求項8】
前記トルク伝達カップリングは、前記駆動モータの出力軸の外周に一体に取付けられた磁性体ディスクと、前記磁性体ディスクの両側にそれぞれ配置されて前記磁性体ディスクに隙間を介して対向させられた一対のリング状永久磁石と、これらのリング状永久磁石を内面に支持して前記駆動モータの前記出力軸に軸受を介して回転自在に支持されたケースと、該ケースに対して前記出力軸とは反対側に固定され、かつ前記駆動ローラに連結された回転軸とを備え、前記一対のリング状永久磁石は、周方向に異なる磁極が存在するように着磁されている、請求項1ないし7のいずれかに記載の加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤを用いた電気アーク式溶射装置などの加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
加工対象に対してワイヤを順次供給することにより加工を行う加工装置としては、たとえば電気アーク式溶射装置またはアーク溶接装置などが挙げられる。特許文献1には、従来の電気アーク式溶射装置の一例が開示されている。この電気アーク式溶射装置は、溶射ガンに2本のワイヤを送給し、これらの2本のワイヤの先端においてアークを発生させる。このアークによって2本のワイヤの先端を溶融させ、吐出ガスによって溶融金属を加工対象に吹き付ける。これによって、加工対象に対して溶射加工を施すことができる。
【0003】
上述の電気アーク式溶射装置は、ワイヤを送給する手段として第一駆動部および第二駆動部を有している。これらの第一駆動部および第二駆動部は、ワイヤの送給方向において互いに異なった位置に配置されており、各々がワイヤに対して送給力を付与する。このような構成により、ワイヤをより高速でより確実に送給することが可能である。
【0004】
しかしながら、1つの前記ワイヤに対して第一駆動部および第二駆動部の二箇所から送給力を付与する構成であるため、第一駆動部と第二駆動部との送給力付与を適切に制御する必要がある。第一駆動部と第二駆動部との送給力がアンバランスであると、前記ワイヤが座屈したり、あるいは前記ワイヤの切断などの事態が懸念される。また、電気アーク式溶射装置に代表される加工装置は、加工対象や加工対象が置かれた場所に応じて、適した形状および大きさであることが求められる。したがって、上述した事態を回避する方策をとるにおいては、機構が過度に複雑となったり、不当に大きな部品を具備することが強いられたりなど、装置構成が冗長化することをできるかぎり避けることが好ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公平3−5222号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記した事情のもとで考え出されたものであって、装置構成の冗長化を回避しつつ、スムーズにワイヤを送給することが可能な加工装置を提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によって提供される加工装置は、加工対象に対してワイヤを順次供給することにより加工を行う加工装置であって、前記ワイヤを送り出す第一駆動部と、前記ワイヤの長手方向において前記第一駆動部とは異なる位置において前記ワイヤを送り出す第二駆動部と、前記第一駆動部および前記第二駆動部のいずれよりも送り出し方向下流側に位置し、かつ前記ワイヤを用いた加工を行う加工ヘッドと、前記第一駆動部への第一送り出し速度指令および前記第二駆動部の第二送り出し速度指令を出力する制御部と、を備えており、前記第二駆動部は、駆動モータ、前記ワイヤに送出力を伝達する駆動ローラ、および前記駆動モータおよび前記駆動ローラの間に介在するとともに前記駆動モータと前記駆動ローラとの回転数差の発生を許容し、かつトルクを伝達するトルク伝達カップリングを備えており、前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度よりも常に速度が速く、かつ前記第一送り出し指令の速度に基づいて可変であることを特徴としている。
【0008】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記加工ヘッドと前記第一駆動または前記第二駆動部との間に位置し、かつ送り出される前記ワイヤをガイドするガイドチューブをさらに備えており、前記トルク伝達カップリングは、伝達しうる最大トルクが、前記ガイドチューブにより前記ワイヤに付与される摩擦抵抗力に相当するトルクを超えることがない大きさに設定されている。
【0009】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記トルク伝達カップリングは、伝達しうる最大トルクが、前記ガイドチューブにより前記ワイヤに付与される摩擦抵抗力に相当するトルクと等しい大きさに設定されている。
【0010】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度の増加に応じて、連続的に増加する。
【0011】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記第二送り出し速度指令の速度は、前記第一送り出し速度指令の速度の増加に応じて、段階的に増加する。
【0012】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記第二駆動部は、前記ワイヤの送給方向において前記第一駆動部よりも上流側に配置されている。
【0013】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記加工ヘッドは、送り出される2本の前記ワイヤに接触する電極を有し、この電極を介して電圧を印加することにより前記2本のワイヤの先端間にアークを発生させ、かつ前記2本のワイヤの先端を溶融させることにより得られた溶融金属を加工対象に吹き付ける、溶射ガンであり、前記第一駆動部は、前記加工ヘッドに収容されているとともに、前記2本のワイヤを一括して前記第一送り出し速度指令に基づいて送り出し、前記2本のワイヤに各別に設けられた2つの前記第二駆動部を備える、電気アーク式溶射装置として構成されている。
【0014】
本発明の好ましい実施の形態においては、前記トルク伝達カップリングは、前記駆動モータの出力軸の外周に一体に取付けられた磁性体ディスクと、前記磁性体ディスクの両側にそれぞれ配置されて前記磁性体ディスクに隙間を介して対向させられた一対のリング状永久磁石と、これらのリング状永久磁石を内面に支持して前記駆動モータの前記出力軸に軸受を介して回転自在に支持されたケースと、該ケースに対して前記出力軸とは反対側に固定され、かつ前記駆動ローラに連結された回転軸とを備え、前記一対のリング状永久磁石は、周方向に異なる磁極が存在するように着磁されている。
【発明の効果】
【0015】
仮に、前記第二送り出し速度が固定値であった場合、想定される前記第一送り出し速度の最大速度を超える速度に、前記第二送り出し速度を設定する必要がある。この場合、実際の前記第一送り出し速度が前記最大速度から低下するほど、前記第一送り出し速度と前記第二送り出し速度との差が大となる。すなわち、前記トルク伝達カップリングにおける回転数差が大きくなる。前記トルク伝達カップリングにおいては、この回転数差に応じて発熱が生じるおそれがある。加工対象や加工条件の多様化によって前記第一送り出し速度の速度域が広くなるほど、前記第二送り出し速度を速い速度に設定せざるを得ず、前記トルク伝達カップリングにおける発熱が大きくなることが想定される。このため、前記トルク伝達カップリングを選定する際には、より大きな発熱に耐えうる仕様の前記トルク伝達カップリングを選定せざるを得ない。これは、前記加工装置の装置機構を冗長化してしまう。
【0016】
これに対し、本発明によれば、前記第二送り出し速度は、前記第一送り出し速度に応じて可変とされている。このため、前記第二送り出し速度を前記第一送り出し速度の想定される最大速度よりも常に大とする必要がなく、実際の前記第一送り出し速度に応じて前記第一送り出し速度よりも大である所望の値に適宜設定することができる。これにより、前記第一送り出し速度の速度域が広くなっても、前記第一送り出し速度と前記第二送り出し速度との速度差がいたずらに大きくなることを回避し、前記トルク伝達カップリングにおける回転数差を縮小することができる。このため、過大な発熱に耐えうるような仕様の前記トルク伝達カップリングを選定する必要がない。したがって、前記加工装置の装置機構が冗長化することを回避しつつ、前記ワイヤをスムーズに送給することができる。
【0017】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係る電気アーク式溶射装置の一例を示す全体斜視図である。
【
図2】
図1の電気アーク式溶射装置を示すシステム構成図である。
【
図3】
図1の電気アーク式溶射装置のトルク伝達カップリングを示す断面図である。
【
図4】
図3のトルク伝達カップリングの内部構造を示す斜視図である。
【
図5】
図1の電気アーク式溶射装置における第一送り出し速度指令および第二送り出し速度指令の関係の一例を示すグラフである。
【
図6】
図1の電気アーク式溶射装置における第一送り出し速度指令および第二送り出し速度指令の関係の他の例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好ましい実施の形態につき、図面を参照して具体的に説明する。
【0020】
図1および
図2は、本発明に係る電気アーク式溶射装置の一例を示している。本実施形態の電気アーク式溶射装置Aは、ワイヤ送給装置2,2’、溶射ガン4、第二駆動部6,6’、2本のガイドチューブ7,7’ 、制御部41、電源部42およびガス供給部43を備えており、2本のワイヤ1,1’を溶融することによって得られる溶融金属を加工対象に向けて吹き付けることにより溶射加工を行う装置である。電気アーク式溶射装置Aは、本発明で言う加工装置の一例である。また、
図1においては、理解の便宜上、制御部41、電源部42およびガス供給部43を省略している。
【0021】
なお、本実施形態においては、2本のワイヤ1,1’を送給することに対応して、同様の構成とされた要素が2つ備えられているものがある。これらについては、たとえば「ワイヤ送給装置2およびワイヤ送給装置2’」と表記することに代えて、便宜上「ワイヤ送給装置2,2’」と表記する。
【0022】
ワイヤ送給装置2,2’は、2本のワイヤ1,1’に対応して設けられており、貯蔵されたワイヤ1,1’を送給する装置である。ワイヤ送給装置2,2’は、容器8,8’、スタンド9,9’およびガイドローラ10,10’を備えている。容器8,8’は、コイル状に巻き取られたワイヤ1,1’を収容している。スタンド9,9’は、ガイドローラ10,10’を回転自在に支持している。ガイドローラ10,10’は、容器8,8’の直上において容器8,8’から送り出されたワイヤ1,1’を所定の軌道へどガイドする。ガイドローラ11,11’は、ガイドローラ10,10’の下流側においてワイヤ1,1’を所定の軌道へとガイドする。
【0023】
溶射ガン4は、本発明で言う加工ヘッドの一例であり、加工対象に対して溶融金属を吹き付ける部位である。溶射ガン4は、ハウジング12、電極3,3’および第一駆動部5を備えている。また、溶射ガン4は、ガス供給部43から送られたガスを噴出するノズル(図示略)を備えている。ハウジング12は、たとえば金属製であり、必要に応じて適所が水冷されてもよい。ハウジング12は、電極3,3’および第一駆動部5を収容している。電極3,3’は、ハウジング12の先端側(下流側)に配置されており、ワイヤ1,1’に対して摺動しつつ接する。電極3,3’には、電源部42から給電される。
【0024】
第一駆動部5は、ワイヤ1,1’を電極3,3’へと等速で送り出すものであり、駆動ローラ13,13’、従動ローラ14,14’、第一駆動モータ15およびトルク伝達機構16を備えている。駆動ローラ13,13’と従動ローラ14,14’とは、ワイヤ1,1’を挟持しており、ワイヤ1,1’に送給力を付与する部位である。第一駆動モータ15は、ワイヤ1,1’に付与する送給力となるトルクを発する駆動源である。トルク伝達機構16は、駆動ローラ13’に対して第一駆動モータ15のトルクを伝達する。トルク伝達機構16は、たとえば駆動ローラ13の軸と駆動ローラ13’の軸とにそれぞれ取り付けられたプーリと、これらのプーリに掛け回されたベルトによって構成される。
【0025】
ガイドチューブ7,7’は、溶射ガン4と第二駆動部6,6’との間において、ワイヤ1,1’をガイドするものである。特に、本実施形態においては、第二駆動部6,6’が加工場所における床面あるいは壁面などに対して固定されており、溶射ガン4が溶射加工に応じて自在に移動する構成が意図されている。ガイドチューブ7,7’は、第二駆動部6,6’に対して自在に移動する溶射ガン4に合わせて自在に変形するとともに、ワイヤ1,1’をガイドする。このようなガイドチューブ7,7’は、たとえばテトラエチレンチューブなどの可撓性を有する合成樹脂を用いて形成されている。係る構成においては、ワイヤ1,1’は、ガイドチューブ7,7’の内部空間を通って送給され、ガイドチューブ7,7’の内面の一部に適宜摺動する。
【0026】
第二駆動部6,6’は、溶射ガン4に至る経路において主にガイドチューブ7,7’とワイヤ1,1’との摺動に起因する摩擦抵抗力によってワイヤ1,1’の送給が乱されることを防止するためにワイヤ1,1’に送給力を付与するものである。第二駆動部6,6’は、駆動ローラ17,17’、従動ローラ18,18’、第二駆動モータ19およびトルク伝達カップリング20,20’を備えている。駆動ローラ17,17’と従動ローラ18,18’とは、ワイヤ1,1’を挟持しており、ワイヤ1,1’に送給力を付与する部位である。第二駆動モータ19,19’は、ワイヤ1,1’に付与する送給力となるトルクを発する駆動源である。
【0027】
トルク伝達カップリング20,20’は、駆動ローラ17,17’と第二駆動モータ19,19’との間に介在しており、駆動ローラ17,17’と第二駆動モータ19,19’との回転数差が生じることを許容しつつ、第二駆動モータ19,19’から駆動ローラ17,17’へとトルクを伝達する。本実施形態においては、トルク伝達カップリング20,20’として、いわゆる磁気式カップリングが採用されている。
【0028】
駆動ローラ17,17’および従動ローラ18,18’は、ワイヤ1,1’に対して滑り無く回転することが意図されており、駆動ローラ17,17’および従動ローラ18,18’は、第一駆動部5における送給速度と等しい送給速度となるように回転する。一方、駆動ローラ17,17’に対してトルク伝達カップリング20,20’を介して連結された第二駆動モータ19,19’は、第一駆動部5における送給速度と等しい速度となる回転数で常に回転するのではなく、この回転数と等しいか、この回転数を超える回転数で回転する。
【0029】
図3および
図4は、磁気式カップリングとして構成されたトルク伝達カップリング20を示している。なお、本実施形態においては、トルク伝達カップリング20とトルク伝達カップリング20’とは同一の構成であり、以降においてはトルク伝達カップリング20の構成を例に説明する。トルク伝達カップリング20は、磁性体ディスク22、リング状永久磁石25,26およびケース28を備えている。
【0030】
磁性体ディスク22は、第二駆動モータ19の出力軸21に対して固定されている。磁性体ディスク22は、たとえば鉄などの磁性体からなる円板である。リング状永久磁石25,26は、磁性体ディスク22に対して同じ寸法の隙間23,24を隔てて平行に配置されている。リング状永久磁石25,26は、
図4に示すように、各々が周方向に異なる磁極が存在するように着磁されている。本図においては、リング状永久磁石25とリング状永久磁石26とは、周方向位置が一致する部分どうしの極性が同じとなるように配置されている。なお、リング状永久磁石25,26は、トルク伝達カップリング20が伝達しうる最大トルクを決定する互いの磁気結合力を変更するために、いずれか一方が周方向に回動調整可能に構成されている。
【0031】
ケース28は、磁性体ディスク22およびリング状永久磁石25,26を収容している。リング状永久磁石25,26は、ケース28に対して固定されている。一方、磁性体ディスク22は、ケース28に対して固定されておらず、本実施形態においては、ケース28の内面との間に隙間を隔てて配置されている。ケース28は、フランジ29を介して駆動ローラ17の回転軸30に固定されている。また、ケース28は、2つの軸受27によって第二駆動モータ19,19’の出力軸21に対して回転自在とされている。このような構成により、トルク伝達カップリング20においては、磁性体ディスク22が第二駆動モータ19,19’の出力軸21とともに回転し、リング状永久磁石25,26が駆動ローラ17の回転軸30とともに回転する。
【0032】
このような構成のトルク伝達カップリング20は、リング状永久磁石25,26の磁力線が磁性体ディスク22を横切る。第二駆動モータ19により磁性体ディスク22が回転すると、磁性体ディスク22にはこの回転を阻止する方向のローレンツ力を生じる渦電流が発生する。この磁性体ディスク22の回転を阻止する力が、トルク伝達カップリング20によって伝達されるトルクに変換される。このトルクの大きさは、リング状永久磁石25とリング状永久磁石26との磁極の周方向位置によって決まる。磁性体ディスク22を磁性体からなるヒステリシス特性を有する材質によって形成した構成の場合、リング状永久磁石25,26のいずれか一方を図示しない調整ノブなどによって周方向に回転させることにより磁場を変化させると、上記トルクの大きさを調整することができる。したがって、本実施形態のトルク伝達カップリング20は、リング状永久磁石25,26の周方向位置関係が決まると、第二駆動モータ19と駆動ローラ17との回転数差の大小に関係なく常に一定のトルクが得られる。すなわち、トルク伝達カップリング20によって伝達されるトルクは、温度に多少依存するものの、駆動ローラ17の回転数が変わっても一定に保持される。
【0033】
本実施形態においては、トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクの大きさを、ガイドチューブ7,7’との摺動によってワイヤ1,1’に付加される摩擦抵抗力に相当するトルクを超えない値に設定される。より好ましくは、トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクの大きさをガイドチューブ7,7’との摺動によってワイヤ1,1’に付加される摩擦抵抗力に相当するトルクと等しい大きさに設定する。なお、ワイヤ1,1’に付加される抵抗力は、ガイドチューブ7,7’による摩擦抵抗力のほかに、たとえば容器8,8’、ガイドローラ10,10’およびガイドローラ11,11’などにおける抵抗力など、ワイヤ1,1’の送給経路全体において発生しうる。上述した設定例においては、ワイヤ1,1’に付加される抵抗力のほとんどがガイドチューブ7,7’による摩擦抵抗力であるとみなされる場合に特に有効である。これとは異なり、ガイドチューブ7,7’による摩擦抵抗力以外の抵抗力が無視できない大きさである場合、ワイヤ1,1’の送給経路全体において発生しうる抵抗力を基準として、トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクの大きさを設定することが好ましい。
【0034】
図2に示すように、制御部41は、第一駆動モータ15、第二駆動モータ19,19’、ガス供給部43を制御するものであり、さらに電源部42の制御を兼ねてもよい。制御部41は、第一駆動モータ15に対して第一送り出し速度指令Sfw1を送り、第二駆動モータ19,19’に対して第二送り出し速度指令Sfw2を送る。第一送り出し速度指令Sfw1は、ワイヤ1,1’を第一送り出し速度Fw1で送給することに相当する回転数で第一駆動モータ15を回転させる指令である。本実施形態においては、第一駆動モータ15は、たとえばサーボ制御により速度制御される。第二送り出し速度指令Sfw2は、仮に第二駆動モータ19,19’と駆動ローラ17,17’とがトルク伝達カップリング20,20’を介さずに直結されている場合に、ワイヤ1,1’を第二送り出し速度Fw2で送給することに相当する回転数で第二駆動モータ19,19’を回転させる指令である。上述した通りトルク伝達カップリング20,20’において回転数差の発生が許容されているため、駆動ローラ17,17’が常に第二送り出し速度Fw2でワイヤ1,1’を送給するものではない。本実施形態においては、第二駆動モータ19,19’は、たとえばサーボ制御により速度制御されるが、これ以外の制御方式であってもよい。また、以下の説明においては、第二駆動モータ19,19’には同一の第二送り出し速度指令Sfw2が送られる例を説明するが、第二駆動モータ19への第二送り出し速度指令Sfw2と第二駆動モータ19’への第二送り出し速度指令Sfw2とを互いに異なる設定としてもよい。
【0035】
図5は、第一送り出し速度指令Sfw1および第二送り出し速度指令Sfw2による第一送り出し速度Fw1および第二送り出し速度Fw2の設定例を示している。本例においては、第二送り出し速度Fw2は、第一送り出し速度Fw1よりも常に大であり、かつ第二送り出し速度Fw2の増加に応じて連続的に増加する。具体的には、第二送り出し速度Fw2は、第一送り出し速度Fw1に一定の余裕分に当たる速度αを加算した速度に設定される。速度αの大きさは適宜設定されるが、たとえば第一送り出し速度Fw1に相当する回転数が最大で300rpm〜500rpm程度、より典型的には400rpm程度である場合、10rpmに相当する速度を速度αとして設定する。なお、一定の速度αを加算することに代えて、たとえば1を超える一定の割合を第一送り出し速度Fw1に乗じた速度に第二送り出し速度Fw2を設定してもよい。
【0036】
図2に示すガス供給部43は、たとえばコンプレッサあるいはボンベなどの加圧源とバルブなどの制御手段からなり、溶射ガン4の前記ノズル(図示略)を通じてたとえば空気などのガスを加工対象に向けて吐出する。制御部41は、ガス供給部43によるガスの吐出ON/OFFを制御し、さらに吐出量などを制御してもよい。
【0037】
電源部42は、電極3,3’に給電するためのものである。本実施形態においては、電源部42は、制御部41からの指令にもとづいて、電極3,3’への給電ON/OFFやその電圧および電流の少なくとも一方を制御する。
【0038】
制御部41の第一送り出し速度指令Sfw1および第二送り出し速度指令Sfw2に基づいて第一駆動部5および第二駆動部6,6’によってワイヤ1,1’を送給しつつ、電源部42から電極3,3’への給電することにより、ワイヤ1,1’の先端間にアークを発生させる。このアークの熱によってワイヤ1,1’の先端が溶融し、溶融金属となる。これに併せて、制御部41の指令によってガス供給部43から溶射ガン4の前記ノズルを通じてガスが吐出される。このガスの吐出によって、前記溶融金属が加工対象へと溶射される。この動作を連続的に行いつつ、溶射ガン4を加工対象に向けて適宜移動させる事により、加工対象に対する溶射加工を行うことができる。
【0039】
次に、加工装置Aの作用について説明する。
【0040】
上述した動作原理のトルク伝達カップリング20,20’によってトルクを伝達するには、ワイヤ1,1’が実際に送給される速度である第一送り出し速度Fw1に対して、第二送り出し速度Fw2をより速い速度に設定しておくことが必要である。仮に、第二送り出し速度Fw2が固定値であった場合、想定される第一送り出し速度Fw1の最大速度を超える速度に、第二送り出し速度Fw2を設定する必要がある。この場合、実際の第一送り出し速度Fw1が前記最大速度から低下するほど、第一送り出し速度Fw1と第二送り出し速度Fw2との差が大となる。すなわち、トルク伝達カップリング20,20’における駆動ローラ17と第二駆動モータ19との回転数差が大きくなる。トルク伝達カップリング20,20’においては、この回転数差を許容するものの、上述した原理に従うため回転数差に応じて発熱が生じる。加工対象や加工条件の多様化によって第一送り出し速度Fw1の速度域が広くなるほど、第二送り出し速度Fw2を速い速度に設定せざるを得ず、トルク伝達カップリング20,20’における発熱が大きくなることが想定される。このため、トルク伝達カップリング20,20’を選定する際には、より大きな発熱に耐えうる仕様のトルク伝達カップリング20,20’を選定せざるを得ない。これは、電気アーク式溶射装置Aの装置機構を冗長化してしまう。
【0041】
これに対し、本実施形態によれば、第二送り出し速度Fw2は、第一送り出し速度Fw1に応じて可変とされている。このため、第二送り出し速度Fw2を第一送り出し速度Fw1の想定される最大速度よりも常に大とする必要がなく、実際の第一送り出し速度Fw1に応じて第一送り出し速度Fw1よりも大である所望の値に適宜設定することができる。これにより、第一送り出し速度Fw1の速度域が広くなっても、第一送り出し速度Fw1と第二送り出し速度Fw2との速度差がいたずらに大きくなることを回避し、トルク伝達カップリング20,20’における回転数差を縮小することができる。このため、過大な発熱に耐えうるような仕様のトルク伝達カップリング20,20’を選定する必要がない。したがって、電気アーク式溶射装置Aの装置機構が冗長化することを回避しつつ、ワイヤ1,1’をスムーズに送給することができる。
【0042】
さらに本実施形態においては、
図5に示すように、第二送り出し速度Fw2は、第一送り出し速度Fw1に一定の速度αを加算した値に設定されている。このため、第一送り出し速度Fw1と第二送り出し速度Fw2との速度差は常に一定であり、トルク伝達カップリング20,20’において生じる回転数差も一定となり、トルク伝達カップリング20,20’における発熱量がほとんど一定となる。これにより、トルク伝達カップリング20,20’の選定において考慮すべき発熱量をより小さく見積もることができる。したがって、電気アーク式溶射装置Aの装置機構が冗長化することをより確実に防止することができる。
【0043】
また、第一送り出し速度Fw1が0の場合に、第二送り出し速度Fw2は、0を超える値に設定される。これは、いまだワイヤ1,1’が送給されていない時点で、ワイヤ1,1’の送給開始に先立って第二駆動モータ19,19’が回転を開始することを意味する。このため、ワイヤ1,1’の送給が実際に開始された時点から、第二駆動部6,6’によってワイヤ1,1’に送給力を即座に付与することができる。
【0044】
トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクをガイドチューブ7,7’において生じうる摩擦抵抗力に相当するトルクを超えない大きさに設定することにより、第二駆動部6,6’による送給力の付与によってワイヤ1,1’が誤って座屈してしまう事態を回避することができる。さらに、トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクをガイドチューブ7,7’において生じうる摩擦抵抗力に相当するトルクと等しい大きさとすれば、ガイドチューブ7,7’において想定される摩擦抵抗力を打ち消してしまうことが可能である。これにより、第一駆動部5がワイヤ1,1’を過大に引張すぎた状態となることを回避することができる。なお、上述した通り、ガイドチューブ7,7’による摩擦抵抗力以外の抵抗力が無視できない大きさである場合、ワイヤ1,1’の送給経路全体において発生しうる抵抗力を基準として、トルク伝達カップリング20,20’によって伝達されるトルクの大きさを設定することが好ましい。
【0045】
ワイヤ1,1’に対応して二つの経路として設けられたガイドチューブ7,7’は、具体的な経路設計や加工姿勢などによって互いの長さや屈曲状態が異なる場合が想定される。このように互いに異なる状態にあるガイドチューブ7,7’をワイヤ1,1’が送給されるとガイドチューブ7においてワイヤ1に生じる摩擦抵抗力とガイドチューブ7’においてワイヤ1’に生じる摩擦抵抗力とが互いに異なりうる。本実施形態においては、第二駆動部6がワイヤ1のみを送給し、第二駆動部6’がワイヤ1’のみを送給する。このため、ガイドチューブ7,7’の状態の差異に応じて、トルク伝達カップリング20が伝達しうるトルクとトルク伝達カップリング20’が伝達しうるトルクとを別個に設定することが可能である。したがって、ワイヤ1,1’をよりスムーズに送給することができる。
【0046】
ワイヤ1,1’を一括して送給する第一駆動部5を溶射ガン4に収容し、溶射ガン4の上流側においてガイドチューブ7,7’を挟んで第二駆動部6,6’を配置する構成とすることにより、溶射ガン4が過度に大型化してしまうことを防ぐことができる。また、第一駆動部5に対してより重量が大となる第二駆動部6,6’を固定する構成とすることにより、装置の簡便化を図り、動作をより安定させることができる。
【0047】
図6は、第一送り出し速度指令Sfw1および第二送り出し速度指令Sfw2による第一送り出し速度Fw1および第二送り出し速度Fw2の他の設定例を示している。本例においては、第二送り出し速度Fw2は、第一送り出し速度Fw1よりも常に大であり、かつ第二送り出し速度Fw2の増加に応じて段階的に増加する。具体的には、第二送り出し速度Fw2は、第二送り出し速度Fw2を第一送り出し速度Fw1と同じ速度に設定した際の第二駆動モータ19,19’の回転数が0〜100rpmとなるときに、第二駆動モータ19,19’の実際の回転数が110rpmとなるように設定し、第二送り出し速度Fw2を第一送り出し速度Fw1と同じ速度に設定した際の第二駆動モータ19,19’の回転数が100〜200rpmとなるときに、第二駆動モータ19,19’の実際の回転数が210rpmとなるように設定する。このような設定例によっても、電気アーク式溶射装置Aの装置機構の冗長化を回避しつつ、スムーズにワイヤを送給することが可能である。
【0048】
本発明に係る加工装置は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明に係る加工装置の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。
【0049】
本発明で言うトルク伝達カップリングは、上述した磁気式カップリングに限定されず、上述した効果を奏しうる構成であれば、たとえばヒステリシスクラッチ、パウダークラッチ、流体継ぎ手等を使用することができる。本発明に係る加工装置は、電気アーク式溶射装置に限定されず、たとえばアーク溶接装置など、ワイヤを送給することによって加工を施す加工装置であればよい。
【符号の説明】
【0050】
A 電気アーク式溶射装置
1,1’ ワイヤ
2,2’ ワイヤ送給装置
3,3’ 電極
4 溶射ガン
5 第一駆動部
6,6’ 第二駆動部
7,7’ ガイドチューブ
8,8’ 容器
9,9’ スタンド
10,10’ ガイドローラ
11,11’ ガイドローラ
12 ハウジング
13,13’ 駆動ローラ
14,14’ 従動ローラ
15 駆動モータ
16 トルク伝達機構
17,17’ 駆動ローラ
18,18’ 従動ローラ
19,19’ 駆動モータ
20,20’ トルク伝達カップリング
21 出力軸
22 磁性体ディスク
23,24 隙間
25,26 リング状永久磁石
27 軸受
28 ケース
29 フランジ
30 回転軸
41 制御部
42 電源部
43 ガス供給部