【実施例】
【0028】
実施例1
(1)ペプチドと血中タンパク質との複合体を含む液体試料の調製
ペプチドとして、ACTHの1位〜24位のアミノ酸からなるACTH部分ペプチドを、赤色蛍光色素であるテトラメチルローダミン(TMR)で標識したTMR-ACTH部分ペプチド(株式会社バイオロジカ)を用いた。なお、ACTHは塩基性ペプチド(等電点pI=10.64)である。健常者由来の全血(ProMedDx社から購入)を0.5×リン酸緩衝性生理食塩水(0.5×PBS[pH=7.4]、塩化ナトリウム(最終濃度68.5 mM)、リン酸水素二ナトリウム(最終濃度4 mM)、塩化カリウム(最終濃度1.3 mM)、リン酸二水素カリウム(最終濃度0.7 mM))で10倍希釈し、得られた希釈液にACTH部分ペプチドの最終濃度が2μMとなるように添加し、ペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料を調製した。
【0029】
(2)ペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料の加熱処理
上記のペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料に、各種アミノ酸(L-セリン、グリシン、L-アラニンおよびL(−)-プロリン(和光純薬工業株式会社製)、L-アスパラギン、L-フェニルアラニン、L-トレオニン、DL-メチオニン、L-トリプトファン、L-バリン、L-イソロイシンおよびL-リジン(シグマ−アルドリッチ社製)、L-グルタミン(ICNバイオメディカルズ社製)、L-アルギニン(株式会社ナカライテスク製))またはアミノ酸誘導体であるポリグリシン(シグマ−アルドリッチ社製)、トリメチルグリシン(和光純薬工業株式会社製)もしくはグリシルグリシン(和光純薬工業株式会社製)をそれぞれ下記の表1に示す最終濃度で添加して、ペプチド/血中タンパク質複合体とアミノ酸とを含む混合液を得た。
【0030】
【表1】
【0031】
得られた混合液(1.5 mL)を10 mL容のガラス試験管に移し、次にテフロン製の試験管用耐圧密封ホルダー(マイルストーンゼネラル株式会社)にて封じてから、マイクロ波照射装置(MultiSYNTH型、マイルストーンゼネラル株式会社)を用いて、室温(25℃)から100℃まで30秒間で昇温し、その後100℃から160℃まで1分間で昇温することにより加熱処理を行った。加熱処理後の冷却は、前記のマイクロ波照射装置に接続されたエアコンプレッサー(YC-3R型、株式会社八重崎空圧)から圧縮空気を前記の耐圧密封ホルダーに吹き付けることで行った。冷却速度は、毎分20℃とした。対照として、アミノ酸またはアミノ酸誘導体を添加していない上記の液体試料(1.5 mL)を同様に封じてから同様の加熱処理に供した。加熱処理後の混合液または液体試料中には、いずれも沈殿物が見られた。
【0032】
(3)ペプチドおよび血中タンパク質の検出
加熱処理後の上清画分をサンプルとして、SDS-PAGEを行った。具体的には、10xローディングバッファー(タカラバイオ株式会社)および60%(w/w)グリセロール溶液の1:1混合物であるサンプルバッファー(還元剤非添加)と上記サンプルとを混合し、ニューページ4-12%ビス-トリスゲルおよびニューページMES SDSランニングバッファー(共にライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて200V(定電圧)で30分間、電気泳動を行った。泳動槽はエクセルシュアロックミニセル(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、電源装置はパワーステーション1000XP(アトー株式会社)を用いた。電気泳動後のゲルについて、TMR-ACTH部分ペプチドを蛍光イメージャー(Pharos FX Molecular Imager型、バイオラッドラボラトリーズ株式会社)を用いて検出し、HSAを銀染色により検出した。銀染色には銀染色キット「イージーステインシルバー」(アトー株式会社)を用いた。染色の各工程は以下の通りである。固定;固定液 100 mL(超純水40 mL+メタノール 50 mL+酢酸10 mL+キット瓶S-1 1 mL)で10分間振とう、洗浄;超純水100 mLで10分間振とう×3回、染色;染色液(超純水100 mL+キット瓶S-2 1 mL)で10分間振とう、洗浄;超純水100 mLで30秒間振とう、発色液100 mL(超純水200 mL+キット瓶S-3 1 mL+キット瓶S-4 1 mL)で30秒間振とう、発色;発色液 100 mLで5〜10分間振とう、停止;停止液 100 mL(超純水100 mL+酢酸 1 mL)で10分間振とう、洗浄;超純水100 mLで5分間振とう×2回。振とう機はインビトロシェーカーWave-SI(タイテック株式会社)を用いた。これら蛍光イメージングおよび銀染色の結果に基づいて、画像処理ソフトウェアImageJ 1.46r(NIH)を用いてペプチドあるいはタンパク質残渣のデンシトメトリー値を求め、回収率および精製度をそれぞれ下記の式1および2に従って算出した。
回収率=(アミノ酸添加時(水熱後)のデンシトメトリー値)/(アミノ酸無添加時(水熱後)のデンシトメトリー値) ・・・ 式1
精製度=(アミノ酸無添加時(水熱後)のゲルデンシトメトリー値)/(アミノ酸添加時(水熱後)のゲルデンシトメトリー値) ・・・ 式2
【0033】
なお、本実施例以降の実施例における「回収率」については、水熱反応を行い、アミノ酸を添加せずにペプチドを回収する従来技術よりも本発明が顕著な効果を奏することを示すため、上記式1の通り、本実施例の処理(水熱反応およびアミノ酸添加)後の測定試料を用いた場合のデンシトメトリー値と、対照の測定試料(従来技術である、アミノ酸無添加で水熱処理を行った測定試料)を用いた場合のデンシトメトリー値との比を用いた。「精製度」についても同様である。したがって、「回収率」および「精製度」は、対照の測定試料を1としたときの相対値として表される。
【0034】
なお、蛍光イメージングにおいて検出されるアミノ酸添加時のペプチドのバンドはアミノ酸無添加時のペプチドのバンドよりも濃くなることが予想されるため、アミノ酸添加時のペプチドバンド領域におけるデンシトメトリー値は、アミノ酸無添加時(水熱後)のバンド領域におけるデンシトメトリー値よりも大きくなることが予想される。したがって、式1によって算出される回収率は、良好な回収率をもってペプチドを回収できた場合に大きくなると考えられる。
また、銀染色において検出されるアミノ酸無添加レーンの銀染色像はアミノ酸添加レーンの銀染色像よりも濃くなることが予想されるため、アミノ酸無添加レーン(水熱後)のゲルデンシトメトリー値は、アミノ酸添加レーンのゲルデンシトメトリー値よりも大きくなることが予想される。したがって、式2によって算出される精製度は、良好な精製度をもってペプチドを回収できた場合に大きくなると考えられる。
更に、アミノ酸添加効果を総合的に判断するための指標として、回収率×精製度の値を算出した。
結果を下記の表2に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
その結果、グリシン、トレオニン、アスパラギン、グリシン/トレオニンの組合せ、アスパラギン/トレオニンの組合せ、セリン、メチオニン、バリン、トリプトファン、グルタミン、イソロイシン、フェニルアラニン、アラニン及びプロリンについては、いずれを添加しても、アミノ酸を添加しない場合と比較して、回収率×精製度の数値が増大した。一方、トリメチルグリシン、ポリグリシン、グリシルグリシン、リジン及びアルギニンについては、いずれを添加しても回収率×精製度の数値の増大はみられない。
この結果から、グリシン、トレオニン、アスパラギン、グリシン/トレオニンの組合せ、アスパラギン/トレオニンの組合せ、セリン、メチオニン、バリン、トリプトファン、グルタミン、イソロイシン、フェニルアラニン、アラニン及びプロリンについては、いずれを添加しても、アミノ酸を添加しない場合と比較して、良好な回収率および精製度をもってペプチドを回収できることが示された。
【0037】
実施例2
(1)ペプチドと血中タンパク質との複合体を含む液体試料の調製
全血を0.5 x PBSで10倍希釈し、得られた希釈液にTMRで標識したBNP(TMR-BNP)(等電点pI=10.95)、TMRで標識したIqp(TMR-Iqp) (等電点pI=6.75)およびTMRで標識したC-peptide(TMR-C-peptide) (等電点pI=3.45) (株式会社バイオロジカ)を2 μMの最終濃度で添加し、ペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料を調製した。ここで、Iqpとは、IQ and ubiquitin like domain containing proteinの326-337番目の部分ペプチドの330番目のセリンをアスパラギン酸に置換したものである。
【0038】
(2)ペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料の加熱処理
上記のペプチド/血中タンパク質複合体を含む液体試料に、グリシンをl500 mMの最終濃度で添加して、ペプチド/血中タンパク質複合体とアミノ酸とを含む混合液を得た。
得られた混合液(1.5 mL)を10 mL容のガラス試験管に移し、次にテフロン製の試験管用耐圧密封ホルダー(マイルストーンゼネラル株式会社)にて封じてから、マイクロ波照射装置(MultiSYNTH型、マイルストーンゼネラル株式会社)を用いて、室温(25℃)から100℃まで30秒間で昇温し、その後100℃から160℃まで1分間で昇温することにより加熱処理を行った。加熱処理後の冷却は、前記のマイクロ波照射装置に接続されたエアコンプレッサー(YC-3R型、株式会社八重崎空圧)から圧縮空気を前記の耐圧密封ホルダーに吹き付けることで行った。冷却速度は、毎分20℃とした。対照として、グリシンを含まず、各種ペプチドを含む上記の液体試料(1.5 mL)を同様に封じてから同様の加熱処理に付し、この試料を用いて得られた回収率および精製度を1とした。加熱処理後の混合液または液体試料中には、いずれも沈殿物が見られた。
【0039】
(3)ペプチドおよび血中タンパク質の検出
加熱処理後の上清画分をサンプルとして用いて、各種ペプチドについての蛍光スペクトルを測定した。具体的には、上記のサンプル(0.6 mL)を石英セルに入れ、F-7000形分光蛍光光度計(株式会社日立ハイテクノロジーズ製)を用いて励起光(540 nm)を照射し、580 nmにおける蛍光スペクトルを測定した。この結果に基づいて、回収率をそれぞれ下記の式3に従って算出した。結果を下記の表3〜6に示す。
回収率=(アミノ酸添加時(水熱後)の蛍光スペクトル ピーク値*)/(アミノ酸無添加時(水熱後)の蛍光スペクトル ピーク値) ・・・ 式3
*:ピーク値は580 nm付近の極大値
なお、アミノ酸添加時の蛍光スペクトルのピーク値はアミノ酸無添加時の蛍光スペクトルのピーク値よりも大きくなることが予想される。したがって、式3によって算出される回収率は、良好な回収率をもってペプチドを回収できた場合に大きくなると考えられる。
【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【0043】
【表6】
【0044】
その結果、TMR-ACTH(1-24)を用いた場合には12.2倍、TMR-BNPを用いた場合には11.0倍、Iqpを用いた場合には8.00倍、C-peptideを用いた場合には3.95倍も優れた回収率×精製度をもって、ペプチドを回収することができた。
この結果から、本発明の回収方法によれば、様々な等電点のペプチドを良好な回収率および精製度をもって回収できることが示された。
【0045】
実施例3
使用するアミノ酸をグリシン0 mM(無添加)、10 mM、100 mM、500 mMまたは1500 mMとしたこと、回収率の算出を実施例2と同様にして行ったこと以外は実施例1と同様にして、回収率および精製度を評価した。結果を下記の表7に示す。
【0046】
【表7】
【0047】
その結果、グリシン最終濃度を10 mMとした場合には1.43倍、100 mMとした場合には5.45倍、500 mMとした場合には9.12倍、1500 mMとした場合には24.6倍も優れた回収率×精製度をもって、ペプチドを回収することができた。
この結果から、本発明の回収方法によれば、広範なアミノ酸濃度で良好な回収率および精製度をもってペプチドを回収できることが示された。
【0048】
実施例4
まず、健常者由来のヒト血清(ProMedD社から購入)を0.5 x PBSで10倍希釈し、モデルペプチドとしてのTMR標識ACTH部分ペプチドを添加した。得られた血清/ペプチドの混液1.5 mLを160℃で加熱処理し、アミノ酸無添加サンプルについての蛍光イメージング像、銀染色像およびゲルデンシトメトリーのデータを実施例1と同様にして得た。上記の血清/ペプチドの混液に各種アミノ酸(グリシン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ロイシンまたはシステイン;最終濃度は下記の表8に示す)を加えて得たアミノ酸添加サンプル(いずれも1.5 mL)についても同様の加熱処理を行い、各種アミノ酸添加サンプルについての蛍光イメージング像、銀染色像およびゲルデンシトメトリーのデータを実施例1と同様にして得た。得られたデータに基づいて、回収率および精製度を評価した。結果を下記の表8に示す。
【0049】
【表8】
【0050】
その結果、グリシン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ロイシンおよびシステインのいずれを添加しても、アミノ酸を添加しない場合と比較して、回収率×精製度の数値が増大した。
この結果から、グリシン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ロイシンおよびシステインのいずれを添加しても、アミノ酸を添加しない場合と比較して、良好な回収率および精製度をもってペプチドを回収できることが示された。
【0051】
実施例5
アミノ酸としてアスパラギンを最終濃度150 mMで用いたこと、および、加熱処理温度を130℃、140℃、150℃または160℃としたこと以外は実施例4と同様にして蛍光イメージング像、銀染色像およびゲルデンシトメトリーのデータを得た。なお、130℃、140℃および150℃への昇温は、室温(25℃)から100℃まで30秒間で昇温し、その後1℃/秒で昇温することにより100℃から各温度まで昇温した後、それぞれ30秒、20秒および10秒間各温度に保持することによって行った。結果を下記の表9に示す。
【0052】
【表9】
【0053】
その結果、アミノ酸を添加しなかった場合と比較して、Asn添加後加熱処理工程において130℃〜160℃の温度に昇温した場合には、回収率が約2倍〜7倍に、および、精製度が約2倍〜約2.5倍に増大し、ペプチドの回収率×精製度の値が約5倍〜約17倍に増大した。
この結果から、本発明のペプチド回収方法によれば、広範な加熱処理温度で優れた回収率および精製度をもってペプチドを回収できることが示された。
【0054】
実施例6
回収対象となるペプチドとして、129残基の卵白由来塩酸リゾチーム(Wako 120-02674 Lot LAQ6504;約15 kDa)を用いた。このリゾチームをPBSに溶解し、ここに2 M グリシン溶液を添加し、測定試料1を得た。測定試料1におけるリゾチームの濃度は10mg/mL、グリシンの濃度は1Mであった。測定試料1と トリス-リン酸混合系緩衝液(Tris・HCl[pH=7.0](最終濃度100 mM)、リン酸ナトリウム(最終濃度0.4 mM)およびNaCl (最終濃度6 mM))とを等量ずつ混合した溶液(水熱なし)を用いて、SDS-PAGEを行った。ゲルのバンド強度のグラフを
図1Aに示す。また、1.4 mLの測定試料1を10 mL容バイアルに入れ、実施例1と同様の水熱反応を行った。水熱反応後の測定試料1、上記トリス−リン酸混合系緩衝液、リン酸ナトリウムおよびNaClを等量混合した溶液を用いてSDS-PAGEを行った。ゲルのバンド強度のグラフ化を
図1Bに示す。
【0055】
図1Aにおいては、15 kDaの位置に大きなピークが見られた。これは、サンプル中に溶解しているリゾチームのサイズと一致する。
図1Bにおいては、15 kDaの位置にピークを確認することができるが、リゾチームのPBS溶液のピーク(
図1A)と比較してその大きさは大幅に低減している。その代わりに、3.5〜10 kDaおよび3.5 kDa未満の位置にピークが検出された。これは、リゾチームが断片化されたものと考えられる。したがって、
図1Bの結果から、本発明のペプチド回収方法を用いれば、リゾチームそのものを回収することもできるし、また、リゾチームの断片を回収することもできることが示された。
【0056】
比較例1
アミノ酸として塩基性アミノ酸であるアルギニン(5 mM、2 mM、または0.5 mM)またはリジン(5 mM、2 mM、または0.5 mM)を用いたこと以外は実施例4と同様にして、ペプチドの回収を試みた。
しかしながら、これらのアミノ酸では血中タンパク質が凝集せず、ペプチドの回収ができなかった。