【実施例】
【0042】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示する実施例に限定されるものではない。
【0043】
[1.カルボキシル化ポリリジンの合成]
ε−ポリ−L−リジン(チッソ、分子量4000)25%水溶液を5mLとり、無水コハク酸(和光純薬)を0.5−0.9g添加し、50℃で1時間反応させ、カルボキシル化ポリリジンを作成した。カルボキシル基の導入量は、アミノ基定量である、TNBS法を用い、アミノ基の減少量より計算し求めた。以下では、カルボキシル基導入前のアミノ基のモル数(100%)に対して、65%のモル数のカルボキシル基を導入したものをPLL(0.65)と表記する。
【0044】
[2.ヒト脂肪由来間葉系幹細胞のシート培養]
ヒト脂肪由来間葉系幹細胞(ADSC、Lonza製)1×10
5を個3.5cm培養用ディッシュに播種し、10%牛胎児血清(FBS)添加ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)にて2週間培養し、コンフルエント状態のシートを作成した。培地は2日に一回交換し、培地交換時にbFGFを2ng/mL添加した。
【0045】
[3.平衡液、ガラス化液、融解液、希釈液、洗浄液の作成]
平衡液は20%エチレングリコール/DMEMを用いた。
ガラス化液は、以下の三種類を用いた。
・DAP213(ジメチルスルホキシド(DMSO)2M、アセトアミド1M、プロピレングリコール3M/DMEM): DAP
・エチレングリコール6.5M・スクロース0.5M/DMEM溶液: 0%PLL 6.5M EG 0.5M Su
・エチレングリコール6.5M・スクロース0.5M・PLL(0.65)10w/w% /DMEM溶液: 10%PLL 6.5M EG 0.5M Su
融解液は1Mスクロース/DMEM、希釈液は0.5Mスクロース/DMEM、洗浄液はDMEMを用いた。
【0046】
[4.ガラス化プロトコルと生存率評価]
MSCを培養した3.5cmディッシュに平衡液を2mL添加し、室温で25分平衡化した。その後、平衡液を除去したのち氷上でガラス化液(3種、各二枚ずつ)0.2mLに置換し、10分間放置し、細胞内の水を脱水し、ガラス化液中の浸透成分を細胞内に浸透させた。
【0047】
その後、MSCを培養したディッシュを緩慢ガラス化装置(
図1)に乗せ、底面と液体窒素液面の距離を1mmから60mmまでコントロールし、その雰囲気の液体窒素蒸気によりガラス化させた。液温は熱電対により測定し、温度が−100℃まで達した後ディッシュを液体窒素に浸漬して1日液体窒素中で保存した。
【0048】
図1は、このガラス化に使用した緩慢ガラス化装置の断面を示した説明図である。断熱性の容器1の中には、液体窒素3が入れられている。液体窒素3の液面から高さhの位置に、トレイ5が位置している。トレイ5は、昇降軸7を介して昇降装置9から吊り下げられている。昇降軸7に平行して記載された両矢印が示すように、昇降装置9によってトレイ5は上下することができて、トレイ5の底面は液面からの高さhを変化させることができる。トレイ5には、細胞培養用のディッシュ11を載置することができる。ディッシュ11には、図示されないガラス化液や細胞シートを、細胞培養に適した状態で入れることができる。ディッシュ11の中のガラス化液や細胞シートの温度は、液面からの高さhを変化させることによって、調節することができる。図示されないガラス化液や細胞シートには、温度測定のための熱電対を設置することができ、この熱電対を通じて、ディッシュ11に入ったガラス化液や細胞シートの温度を測定することができる。
【0049】
解凍は、以下の要領で行った。あらかじめ暖めた37℃の融解液を2mL添加し、1分後、溶解した液を捨てた。続いて希釈液を2mL加え、3分後、上清を除去し、次に洗浄液を2mL添加して洗浄した。洗浄操作は2回行った。
その後、1枚はトリプシン溶液を用いてすべて細胞をはく離し、生存率を評価した。もう一枚の方は解凍後翌日(24時間培養後)にLive−deadアッセイキット(invitrogen)により細胞の生死判定を行った。
【0050】
これらのガラス化と解凍のプロトコルをスキーム2としてまとめて、
図15に示す。
【0051】
[5.ガラス化実験と結果]
[5.1:降温速度]
液体窒素液面からの距離h(cm)とその場の蒸気温度、およびその場でのディッシュ中のガラス化液の降温速度を次の表1に示した。降温速度は、10℃から−40℃までの傾きから計算した。
【0052】
【表1】
(Directにディッシュを液体窒素に浸漬した時は65℃/sec)
【0053】
液面からの距離が離れるに従って降温速度は小さくなっていることが確認された。6.0cmでは、−80℃のフリーザーに放置したときと近い値であった。液面から1mmの蒸気での降温速度は0.575℃/secであり、ディッシュを液体窒素に直接浸漬した場合の65℃/secに比べると100倍程度遅い事がわかった。また、ディッシュがさらされていた窒素蒸気温度は液面から1、5、10、60mmの点でそれぞれ−158±1.4、−152±2.1、−145±1.7、−75±2.8℃であった。
【0054】
[5.2:Live/Deadアッセイ]
図2は各ガラス化液に10分間の浸漬後、凍結せずに洗浄した時のLive/Deadアッセイの結果を示す写真である。
図2は、カラー写真においては、緑と赤の二重の蛍光染色の写真となっており、緑の蛍光は生存している細胞を示し、赤の蛍光は生存していない細胞を示している。生存率はこれらを計数することによって算出した。この結果から、DAPは毒性が高く、凍結に供しない場合でも細胞にダメージを与えることがわかる。エチレングリコール系のガラス化液はほとんど細胞にダメージは見られなかったが、PLL添加系の方がより生細胞が多かった。
液体窒素液面からの距離0.1cm、0.5cm、1.0cm、6.0cmでガラス化した後、解凍後1日後のLive/Deadアッセイの写真を
図3、
図4、
図5、
図6にそれぞれ示す。液面から0.1、0.5、1.0cmではDAPのみ生存細胞数が低くなり、エチレングリコール系で高い効果を示すことがわかった。一方、6.0cm(0.083℃/sec)ではカルボキシル化ポリリジン添加系のみで細胞の生存が確認され、カルボキシル化ポリリジンの有用性が示された。一方、−80℃のフリーザーに放置した場合、(0.078℃/sec)はすべての系で細胞のダメージが高かった(
図7)。0.08℃/secあたりがガラス化の安定化の限界であると考えられる。
【0055】
[5.3:生存率および接着細胞数の評価]
図8に、解凍直後の生存率と降温速度の関係を示した。DAPおよびPLL無しの系は降温速度0.078および0.083℃/secではそれ以上の降温速度に比べて明らかに低い生存率を示した。一方、PLL系では0.083においても高い生存率であった。このデータは解凍直後の細胞の生存率であるが、場合によってはダメージの大きかった細胞は培養中に接着出来ずに死んでしまうことがある。そこで、
図9に解凍後1日培養した後の細胞の生存率を示した。この結果はLive/Deadアッセイの結果と一致しており、0.083℃/sec以上でPLL系が高い生存率を示すことがわかり、PLLの優位性が示された。
【0056】
[5.4:分化能の維持]
分化誘導をかけることにより骨細胞、脂肪細胞への分化能を評価したところ、
図10に示すように未凍結系、DMSO系とほぼ同様に、多分化能を維持していることが以下のように確認された。骨分化能は、カルシウムの沈着をアリザリンレッドS染色により評価した。その結果、いずれの場合も同じく赤く染色されたことによって、骨分化能の維持が確認された。脂肪分化能は、細胞中の脂肪滴をオイルレッドOを用いて染色して評価した。その結果、いずれの保存液で凍結した場合でも、未凍結系と同じく赤く染色された脂肪滴が確認され、脂肪分化能の維持が確認された。
【0057】
[6.三次元構造体へ細胞培養した場合のガラス化実験]
[6.1:細胞培養とガラス化実験]
三次元細胞培養用メッシュ(3D Insert−PS、直径5mm、繊維径150μm、孔径200μm、ポリスチレン製、3DBiotek社、
図11参照)にADSCを播種し、3週間培養することで十分に増殖させ、三次元メッシュ状にコンフルエントになった状態を凍結実験に用いた。凍結および解凍は上記細胞シートと同様の条件で行った。液体窒素液面1mmでガラス化凍結を行った。平衡液、ガラス化液、融解液、希釈液、洗浄液は同じものを使用した。
【0058】
[6.2:結果]
結果は、解凍後、翌日に細胞をすべてトリプシン溶液ではく離し、回収した細胞数と回収した細胞を培養した際の増殖能で評価した。
その結果、次の表2に示すように、PLL(0.65)を10%添加したガラス化液で未凍結コントロールの72.3%の回収率を得られた。一方で、DAPではわずかに0.5%、PLL(0.65)無しのガラス化液では12%の回収率であった。
【0059】
【表2】
【0060】
[7.ヒト培養皮膚組織のガラス化実験]
[7.1:ヒト培養皮膚組織のガラス化と解凍]
ヒト培養皮膚組織を使用して、同様に緩慢ガラス化、凍結保存、解凍の実験を行った。
ヒト培養皮膚組織は、約4℃で低温保存されたヒト正常表皮細胞を重層培養したヒト3次元培養表皮モデル(製品名:Labcyte epimodel、株式会社ジャパンティッシュエンジニアリング製)(円盤状、直径約6.4mm、厚さ約150μm)を入手して、以下の実験に使用した。このヒト培養皮膚組織は、後述の写真で示すように、正常ヒト皮膚の構造に極めて近い多層構造を備えたものである。
ヒト培養皮膚組織のガラス化は、直径5mmのメッシュ上で培養したままでメッシュごと取り外してディッシュに入れて、細胞シートと同様の条件で行った。液体窒素中で1日間、凍結保存した後に、細胞シートと同様の条件で解凍した。解凍後に、MTTアッセイにより生存率を求めた。
【0061】
[MTTアッセイ]
MTTアッセイの手順は、以下である。
MTT(3−(4,5−Dimethylthiazol−2−thiazolyl)−2,5−diphenyl−2H−tetrazolium bromide)を培地に0.5mg/mLで溶解し、解凍後のwell(PBSで洗浄後)に100mL添加、37℃で3時間放置した。皮膚組織を切り出し、200mLの2−プロパノールに浸漬して2時間抽出を行った。96wellマルチプレートリーダーを用いて540nmの吸光度から活性を測定し、未凍結の皮膚との比で生存率を算出した。この結果を、
図12に示す。
【0062】
[MTTアッセイの結果]
図12は、ヒト培養皮膚組織のガラス化実験でのMTTアッセイの結果である。DAP、0%PLL、10%PLLの3種類のガラス化液で、液体窒素表面からの高さを1mm、5mm、10mmと変化させた条件で凍結したヒト培養皮膚組織に対して、MTT法で細胞の生存率を測定した。縦軸は生存率(Viability)を表し、未凍結のコントロールの値を100%とした。各ガラス化液において、左端のバーは1mm、中央のバーは5mm、右端のバーは、10mmの生存率を示す。1mmではすべてのガラス化液で90%を超える生存率を示したが、5mm、10mmではDAP<0%PLL<10%PLLとなった。10%COOH−PLL含有ガラス化液の場合、10mmでも90%程度の生存率を示した。
【0063】
[ヒト培養皮膚組織の凍結の影響]
ヒト培養皮膚組織が、ガラス化によって受けた影響を確認するために、凍結した状態の断面を、HE染色した後に光学顕微鏡によって観察した。
図13は、コントロールとして使用した未凍結のヒト培養皮膚組織の断面の光学顕微鏡写真である。
図14は、PLL(0.65)/EG/Sucのガラス化液(10%PLL)を使用して、液体窒素表面から1mmの高さで冷却し、緩慢ガラス化したヒト培養皮膚組織の断面の光学顕微鏡写真である。このように、本発明による緩慢ガラス化によれば、ヒト培養皮膚組織は、基底層、細胞、顆粒層、有棘層、角質層すべて未凍結とほぼ同様に保たれたものとなっていた。
【0064】
[8.大きな3次元培養足場に培養した間葉系幹細胞のガラス化実験]
[8.1 ガラス化実験]
上記の「6.三次元構造体へ細胞培養した場合のガラス化実験」で使用したものよりもさらに大きな3次元培養足場に培養した間葉系幹細胞を使用して、同様にガラス化凍結の実験を行った。
使用した3次元培養足場(3DBiotek社製、商品名:3DInsert−PS)は、次のようなサイズである。
厚み1.5mm、直径21mm、ファイバー径300mm、孔径300mm
使用した3次元培養足場のモデル構造を
図11に示す。
【0065】
上記の「6.三次元構造体へ細胞培養した場合のガラス化実験」で使用した直径5mmのサイズの足場材料と同じ材質で出来た上記のサイズの足場材料に、細胞を播種し、2週間培養後、同様の方法でガラス化を行い、解凍した。解凍後播種し、翌日の生存細胞数を数えた。
【0066】
[8.2 結果]
上記のガラス化実験の結果を、次の表3に示す。
【0067】
【表3】
【0068】
10%PLL系で、未凍結に非常に近い細胞数がガラス化後も生存していることが確認された。本発明によれば、大きなサイズの三次元培養体であっても、高い生存率で細胞をガラス化可能であった。