【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、表面にDLC層を設けた摺動部材(軸受)にあっては、従来のエンジン環境にあっては、比較的良好に機能し、損傷なく使用することができていた。ところが、エンジンの更なる高性能化、高機能化が進められると、特に、ハイブリッド車のように、エンジンの起動、停止を頻繁に繰返す環境下では、摺動部材にとってはより過酷な状況に曝されることになり、摺動部材における摩擦特性のより一層の向上が求められる。そのためには、境界潤滑域での摩擦係数の低減、混合潤滑域への早期移行を図ることが重要となる。
【0006】
しかしながら、上記特許文献1の技術では、表面の平滑化によって低摩擦係数を図ろうとしているものの、摺動面にオイルを引込んで、油膜を形成することが難しいため、境界潤滑域での摩擦係数は高いものとなっていた。また、特許文献2では、境界潤滑域の摩擦係数は低くなるが、なじみ層厚さが薄いため形状なじみはなされず、油膜を形成しないため、混合潤滑域への早期移行が難しいものとなっていた。尚、この特許文献2では、窒素雰囲気を必要としており、油中で使用するすべり軸受への適用は想定されていない。
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基材上にDLC層を備えるものにあって、境界潤滑域での摩擦係数の低減を図ると共に、混合潤滑域への早期移行を図ることができる摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、基材上にDLC層を備える摺動部材にあって、境界潤滑域での摩擦係数の低減及び混合潤滑域への早期移行を図るべく、鋭意研究を重ねた。その結果、DLC層の表面部に、軟質層を設ける積層構造とすると共に、それら軟質層及びDLC層の物性を制御することにより、境界潤滑域における摩擦特性を向上させ、且つ、オイルの引込みを起こしやすく(油膜形成をしやすく)することができることを見出し、本発明を成し遂げたのである。尚、本発明における硬さ及びヤング率は、周知のナノインデンターにより求められる数値である。
【0009】
即ち、本発明の摺動部材は、基材の表面側に、複数層からなる摺動層を有するものであって、前記摺動層は、最表面に炭素基の軟質層を備えると共に、前記軟質層の直下にダイヤモンドライクカーボン層を備え、前記軟質層は、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaであり、且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30であり、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、硬さHdが、5〜60GPaであるところに特徴を有する(請求項1の発明)。
【0010】
上記構成によれば、摺動層の最表面に炭素基の軟質層を有し、その軟質層が、所定の硬さを有する硬いDLC層上に存在することにより、境界潤滑域(摺動層と相手部材との間の油膜が極めて薄く、相手部材との直接接触が頻繁となる状態)において、相手部材との間での適度な初期なじみ性(相手部材に対応する形状への早期の変形し易さ)を得ることができ、掘り起こし及び凝着を抑えることができ、ひいては、摩擦係数を大幅に低減することができる。しかも、ヤング率E/硬さHtの比の値を規定したことにより、早期に混合潤滑域(摺動層と相手部材との間に薄い油膜が形成され、相手部材との直接接触も起こっている状態)に移行させ、更に摩擦係数を低減させることができる。
【0011】
前記DLC層は、硬さHdが5〜60GPaであることが必要となる。前記軟質層のヤング率E及び硬さHtは、ナノインデンターにより求められ、ヤング率Eが6〜30GPaであり、硬さHtが0.2〜3.0GPaである。且つ、それらの比の値[E/Ht]が、10〜30であることが重要となる。歩留まり等生産性上、より好ましくは、20〜30である。これに対し、軟質層における比の値[E/Ht]が、10未満である場合には、ヤング率に対して硬さが過剰であるため、摩耗がほとんどなく初期なじみが得られず、境界潤滑域での摩擦係数低減の効果に劣るものとなる。他方、比の値[E/Ht]が、30を越える場合には、ヤング率に対して硬さが不足してしまい、なじみ(摩耗)の度合いが大きくなって境界潤滑域での低摩擦係数を得ることができるが、オイルを引込みにくく、油膜形成ができにくいものとなる。
【0012】
図1には、本発明品A(10≦E/Ht≦30)、比較品B(E/Ht<10)、比較品C(30<E/Ht)の3種類の軟質層に関して、オイルの引込み速度と摩擦係数との関係を調べたボールオンディスク試験の結果(ストライベック線図)を例示している。また、
図2(a)、(b)、(c)は、夫々、本発明品A、比較品B、比較品Cにおける軟質層の初期なじみ(摩耗)の様子を模式的に示す断面図である。
【0013】
軟質層が硬い比較品Bでは、
図2(b)に示すように、初期なじみが得られず(適切に摩耗せず)、
図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数(μ)は大きいものとなっている。他方、軟質層が軟らか過ぎる比較品Cでは、
図2(c)に示すように、初期なじみは十分に得られるため、
図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数を低減することができるものの、油膜が破断されがちになり、混合潤滑域での摩擦係数の低下の開始が遅くなる。これに対し、本発明の構成を有する本発明品Aでは、
図2(a)に示すように、適度な初期なじみ性が得られ、且つ、油膜形成を促進することができる。この結果、
図1に示すように、境界潤滑域での摩擦係数を低減させることができると共に、摩擦係数の低下が開始される速度を小さくして混合潤滑域に早期に移行させることができ、より一層の摩擦特性の向上を図ることができる。
【0014】
本発明のDLC層は、ダイヤモンド及びグラファイト構造からなる非晶質体を主構成として形成されている層である。具体的には、金属含有DLC、弗素含有DLC、水素含有DLC、水素非含有DLC等の各種のDLCを採用することができる。また、このDLC層も、CVD法(化学気相成長法)、PVD法(物理気相成長法)などによって、基材上に形成することができる。成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、やはり、DLC層のヤング率、硬さ、膜厚を制御することができる。このDLC層は、硬さHdが、5〜60GPaであることが必要となる。
【0015】
本発明の軟質層は、炭素基の膜からなり、例えば、DLC(水素含有DLCや水素非含有DLCが好ましい)、ポリマーライクカーボン(以下「PLC」と略す、水素含有PLCが好ましい)、グラファイト(以下「Gr」と略す)を採用することができる。この軟質層は、CVD法(化学気相成長法)、PVD法(物理気相成長法)などによって形成することができる。このとき、成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、ヤング率、硬さ、膜厚を制御することができる。更に、構造的に、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレン等を採用することも可能である。この場合、軟質層には、いわゆる樹脂オーバレイ(固体潤滑剤(例えばMoS
2、WS
2等)及びバインダ樹脂からなる層)を含まないものとすることができる。また、軟質層の厚みとしては、例えば、0.05〜10.0μmとすることができる。
【0016】
本発明における基材とは、摺動層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層上に軸受合金層を設けたものを基材として、その軸受合金層上に摺動層を設けることができる。またその際に、軸受合金層と上述してきたDLC層との間に、例えば接着層や別のDLC層等の中間層を設けることもできる。前記軸受合金層の材質としては、Al基、Cu基等を採用することができる。
【0017】
本発明においては、前記軟質層の厚み寸法T(μm)と、前記ダイヤモンドライクカーボン層の硬さHd(GPa)との関係が、
T≦2のときに、Hd×T≧6であり、
2<T≦3.2のときに、Hd×(T−2)≦6
となるように構成することができる(請求項2の発明)。
【0018】
本発明者等の研究によれば、上記請求項1の構成に加えて、更に、軟質層の厚み寸法Tと、その下側のDLC層の硬さHdとを更に上記関係式を満たすようにすることにより、境界潤滑域での摩擦係数の低減、混合潤滑域への早期移行による摩擦特性の向上の効果を、より一層高めることができることが確認された。