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特開2015-152361構造精密化装置、方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-152361(P2015-152361A)
(43)【公開日】2015年8月24日
(54)【発明の名称】構造精密化装置、方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/207 20060101AFI20150728BHJP
【FI】
   G01N23/207
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-24745(P2014-24745)
(22)【出願日】2014年2月12日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 平成25年10月12日、日本結晶学会主催、日本結晶学会平成25年度年会 平成25年10月12日、日本結晶学会発行、日本結晶学会平成25年度年会 講演要旨集2013、86頁 平成25年10月13日、日本結晶学会主催、日本結晶学会平成25年度年会
(71)【出願人】
【識別番号】000250339
【氏名又は名称】株式会社リガク
(74)【代理人】
【識別番号】100114258
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 武雄
(74)【代理人】
【識別番号】100125391
【弁理士】
【氏名又は名称】白川 洋一
(72)【発明者】
【氏名】小中 尚
【テーマコード(参考)】
2G001
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA18
2G001CA01
2G001FA08
2G001GA01
2G001GA13
2G001KA08
2G001LA05
2G001MA04
(57)【要約】
【課題】統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる構造精密化装置、方法およびプログラムを提供する。
【解決手段】測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化装置100であって、結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である代表値の標準不確かさと同等になるようにリストレインを与えるリストレイン付与部120と、与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する構造特定部140とを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化装置であって、
結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の標準不確かさと同等になるようにリストレインを与えるリストレイン付与部と、
前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する構造特定部と、を備えることを特徴とする構造精密化装置。
【請求項2】
前記リストレイン付与部は、前記代表値からの乖離を標準不確かさで規格化した値からσNorm値を算出し、前記σNorm値を1に近づけるように前記代表値に対する残差を表すリストレイン項の寄与を決め、
前記構造特定部は、測定値に対する重みづけ残差で表される評価値項に対して、前記決められた寄与で前記リストレイン項を加算した全残差を最小にする結晶構造モデルを特定することを特徴とする請求項1記載の構造精密化装置。
【請求項3】
前記リストレイン付与部は、既知である前記代表値の標準不確かさに対する前記既知である代表値からの乖離と前記リストレイン項の寄与とが線形の関係を有するものと仮定して、前記リストレイン項の寄与を決めることを特徴とする請求項2記載の構造精密化装置。
【請求項4】
既知である前記代表値の標準不確かさに対する前記既知である代表値からの乖離が、目標値に対し所定の範囲に近づいたか否かを判定する判定部を更に備え、
前記判定部は、前記所定の範囲に近づいたと判定されるまで、前記リストレインの付与と前記結晶構造モデルの特定を繰り返させることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の構造精密化装置。
【請求項5】
ネットワークを介し外部データベースから前記代表値およびその統計的不確かさのデータを取得し、保持する代表値保持部を更に備え、
前記リストレイン付与部は、前記保持された代表値およびその統計的不確かさのデータを用いて前記与えるリストレインを算出することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれかに記載の構造精密化装置。
【請求項6】
測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化の方法であって、
結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の統計的不確かさと同等になるようにリストレインを与えるステップと、
前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定するステップと、を含むことを特徴とする方法。
【請求項7】
測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化のプログラムであって、
結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の統計的不確かさと同等になるようにリストレインを与える処理と、
前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する処理と、を含む一連の処理をコンピュータに実行させることを特徴とするプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リストレインを使用して構造を精密化する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶構造解析では、最小二乗法を用い、測定データにもっとも適合する結晶構造モデルを特定する方法が採用されることがある。このような方法で、質の良くない測定データを用いると、化学的に妥当ではない結果が得られることがあるが、これに対しては原子間の結合距離や結合角度に弱い束縛条件(リストレイン)を設定して対応できる(非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、設定されたリストレインが強すぎると、測定データを軽視した解析となる。従来、リストレインの設定は個人の判断で行なわれている(非特許文献2参照)。例えば、化学的に妥当な結晶構造を重視した解析を行なうためにリストレインの設定が強くされることがありうる。また、部分的に類似した既知の結晶構造と比較して、著しく異なっている結合距離、結合角度を妥当な値となるように、リストレインが設定されることもありうる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Jurg Waser,”Least-Squares Refinement with Subsidiary Conditions”, Acta Cryst, 1963, Vol.16, P1091
【非特許文献2】Attilio Immirzi, ”Constraints and restraints in crystal structure Analysis”, Journal of Applied Crystallography, 2009, Vol.42, P362-364
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように個人の判断で構造精密化におけるリストレイン強度が調節されると、化学的に妥当な結晶構造が得られなかったり、測定データを軽視した解析が行なわれたりすることになる。このような事態は、適切なリストレイン強度に関する指標がないのが一因である。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる構造精密化装置、方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)上記の目的を達成するため、本発明の構造精密化装置は、測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化装置であって、結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の標準不確かさと同等になるようにリストレインを与えるリストレイン付与部と、前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する構造特定部と、を備えることを特徴としている。
【0008】
これにより、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる。
【0009】
(2)また、本発明の構造精密化装置は、前記リストレイン付与部が、前記代表値からの乖離を標準不確かさで規格化した値からσNorm値を算出し、前記σNorm値を1に近づけるように前記代表値に対する残差を表すリストレイン項の寄与を決め、前記構造特定部が、測定値に対する重みづけ残差で表される評価値項に対して、前記決められた寄与で前記リストレイン項を加算した全残差を最小にする結晶構造モデルを特定することを特徴としている。これにより、容易にリストレイン項の妥当な寄与を算出し、その条件の下で妥当な結晶構造モデルを算出することができる。
【0010】
(3)また、本発明の構造精密化装置は、前記リストレイン付与部が、既知である前記代表値の標準不確かさに対する前記既知である代表値からの乖離と前記リストレイン項の寄与とが線形の関係を有するものと仮定して、前記リストレイン項の寄与を決めることを特徴としている。これにより、簡易かつ正確にリストレイン項の寄与を決定することができる。
【0011】
(4)また、本発明の構造精密化装置は、既知である前記代表値の標準不確かさに対する前記既知である代表値からの乖離が、目標値に対し所定の範囲に近づいたか否かを判定する判定部を更に備え、前記判定部は、前記所定の範囲に近づいたと判定されるまで、前記リストレインの付与と前記結晶構造モデルの特定を繰り返させることを特徴としている。これにより、統計的にもっともらしいリストレイン強度をループ計算により自動で決定して、妥当な結晶構造モデルを特定することができる。
【0012】
(5)また、本発明の構造精密化装置は、ネットワークを介し外部データベースから前記代表値およびその統計的不確かさのデータを取得し、保持する代表値保持部を更に備え、前記リストレイン付与部は、前記保持された代表値およびその統計的不確かさのデータを用いて前記与えるリストレインを算出することを特徴としている。これにより、外部で公表されている信頼性の高いデータを用いて、妥当なリストレインを算出することができる。
【0013】
(6)また、本発明の方法は、測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化の方法であって、結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の統計的不確かさと同等になるようにリストレインを与えるステップと、前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定するステップと、を含むことを特徴としている。
【0014】
これにより、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる。
【0015】
(7)また、本発明のプログラムは、測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する構造精密化のプログラムであって、結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である前記代表値の統計的不確かさと同等になるようにリストレインを与える処理と、前記与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する処理と、を含む一連の処理をコンピュータに実行させることを特徴としている。
【0016】
これにより、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】(a)、(b)それぞれリストレインを与えて算出された結晶構造モデルおよびリストレインを与えずに算出された結晶結晶構造モデルを示す図である。
図2】本発明の構造精密化装置の機能的構成を示すブロック図である。
図3】本発明の構造精密化装置の動作を示すフローチャートである。
図4】n回目のサイクルにおける計算を示す図である。
図5】(a)〜(c)それぞれリストレインなしから2回目のサイクル時の実施例の結晶構造モデルを示す図である。
図6】(d)〜(f)それぞれ3回目のサイクル時から5回目のサイクル時の実施例の結晶構造モデルを示す図である。
図7】(g)〜(i)それぞれ6回目のサイクル時から8回目のサイクル時の実施例の結晶構造モデルを示す図である。
図8】サイクル数に対するsresおよびσNormの推移を示す図である。
図9】実施例の結晶構造モデルにおけるO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度を示す図である。
図10】(a)、(b)それぞれサイクル数に対するO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度の推移を示すグラフである。
図11】サイクル数に対するO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度の推移を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。説明の理解を容易にするため、各図面において同一の構成要素に対しては同一の参照番号を付し、重複する説明は省略する。
【0020】
(リストレイン項の寄与を決める原理)
最小二乗法による結晶構造精密化では、測定データと、各種パラメーターから計算できる計算データとが、できるだけ一致するように、各種パラメーターの値を決定する。その際、それらの一致度を示す評価値(例えば、Rwp)が、最小となるパラメーターを決定する。
【0021】
結晶構造精密化の際にリストレインを加味する場合、Rwpではなく、Rwpと、リストレイン項の和が最小になるようにパラメータを決定する。図1(a)、(b)は、それぞれリストレインを与えて算出された結晶構造モデルおよびリストレインを与えずに算出された結晶結晶構造モデルを示す図である。リストレインをかけずに精密化した結晶構造見た目にも、ベンゼン環が歪んでいることがわかる(図1(b)の円内参照)。
【0022】
これまで解析された結晶構造から、部分構造が類似している化合物に対して、結合距離、結合角のメジアン値または平均値などの代表値と、そのばらつき(標準不確かさ)を設定することで、個々の結合距離、結合角度の間での相対的なリストレイン強度は、代表値の標準不確かさの大きさにより確定される。
【0023】
最小二乗法における、プロファイル一致度由来のペナルティRwpと、リストレイン設定による分子構造由来のペナルティRresの比を、結合距離、結合角度等のパラメータの規格化した値のばらつき(標準不確かさ)が1になるように決定する。
【0024】
これにより、統計的に適切なリストレイン強度を、一義的にかけることができる。また、この方法では、解析者の経験などによらず、自動的に結晶構造を精密化することができる。具体的には、結晶構造は、測定データに対する残差二乗和Rwpに、結合距離および結合角のリストレイン項Rres,Rresを加えた以下の数式(1)で表される全残差Rが最小になるように最小二乗法で決定できる。
【数1】
【0025】
ここで、sresはリストレイン項の寄与を決定する係数である。sresを大きくしすぎると、測定データを軽視することになり、リストレイン設定に近い解析結果が得られる。しかし、粉末結晶構造解析では、特に有機物を対象とする場合、結合距離、結合角度にリストレインを設定して精密化しなければ、化学的に妥当性の低い原子位置で収束してしまうため、ある程度の大きさのsresを設定する必要がある。
【0026】
resおよびRresはそれぞれ、数式(2)、(3)で表される。
【数2】

【数3】
【0027】
ここで、d0i、σはそれぞれ、結合距離の代表値(例えば、類似構造のメジアン(または平均)結合距離)とその標準不確かさ、a0j、σは、結合角度の代表値(例えば、類似構造のメジアン(または平均)結合角度)とその標準不確かさである。また、M、Nはそれぞれ、結合距離、結合角のリストレイン項の数である。
【0028】
解析された結合距離dおよび結合角度aの、標準不確かさで規格化された平均値からのずれ|(d0i−d)/σ|、|(a0j−a)/σ|は、sresを大きくすると、0に近づき、小さくすると、類似化合物の代表値への依存が小さくなり、一般的に大きな値となる。
【0029】
数式(4)に示すように、規格化されたこれらの値のばらつきの標準不確かさσNormが、1となるようにsresを設定する。
【数4】

なお、数式(4)では、結合距離、結合角度をまとめて、その標準不確かさが1になるように規格化しているが、それぞれを分けることも可能である。
【0030】
類似構造の結合距離、結合角度とそのばらつきは、結晶構造の外部データベース(たとえば、Cambridge Crystallographic Data Centre (CCDC) の Cambridge Structural Database (CSD) や、International Tables for Crystallography Volume C の 9. BASIC STRUCTURAL FEATURES など)を使用することができる。
【0031】
(構造精密化装置の構成)
図2は、構造精密化装置100の機能的構成を示すブロック図である。構造精密化装置100は、測定結果および既知のデータに基づいて結晶構造モデルを調整する装置であり、例えばPC端末等を用いて構成できる。構造精密化装置100は、結合距離や結合角度などのパラメータに、リストレインをかけ、測定データからだけではなく、弱い束縛条件も加味した精密化を行なうことで、測定データと弱い束縛条件の両方を満足させる結果を得ることができる。
【0032】
図2に示すように、構造精密化装置100は、代表値保持部110、リストレイン付与部120、測定値保持部130、構造特定部140、判定部150、出力部160および操作部170を備えている。
【0033】
代表値保持部110は、ネットワークを介し外部データベース200から代表値およびその統計的不確かさのデータを取得し、保持する。これにより、外部で公表されている信頼性の高いデータを用いて、妥当なリストレインを算出することができる。
【0034】
リストレイン付与部120は、結晶構造を特定するパラメータについて、既知である代表値からの乖離が、既知である代表値の標準不確かさと同等になるようにリストレインを与える。具体的には、保持された代表値およびその統計的不確かさのデータを用いて、代表値からの乖離を標準不確かさで規格化した値からσNorm値を算出し、σNorm値を1に近づけるように代表値に対する残差を表すリストレイン項の寄与を決める。
【0035】
リストレイン付与部120は、既知である代表値の標準不確かさに対する既知である代表値からの乖離とリストレイン項の寄与とが線形の関係を有するものと仮定して、リストレイン項の寄与を決める。これにより、簡易かつ正確にリストレイン項の寄与を決定することができる。
【0036】
測定値保持部130は、単結晶構造解析または粉末結晶構造解析により回折X線を測定し解析した結果として格子定数等の測定値を保持している。保持された測定値は、構造特定部140の計算に参照される。
【0037】
構造特定部140は、与えられたリストレインの下で、測定結果に基づき結晶構造モデルを特定する。これにより、統計的にもっともらしい強さで一義的かつ適切にリストレインを設定でき、妥当な既知データへの束縛条件の下、測定結果を活かした結晶構造モデルを特定することができる。
【0038】
具体的には、構造特定部140は、測定値に対する重みづけ残差で表される評価値項に対して、決められた寄与でリストレイン項を加算した全残差を最小にする結晶構造モデルを特定する。これにより、容易にリストレイン項の妥当な寄与を算出し、その条件の下で妥当な結晶構造モデルを算出することができる。
【0039】
判定部150は、既知である代表値の標準不確かさに対する既知である代表値からの乖離が、目標値に対し所定の範囲に近づいたか否かを判定する。そして、判定部150は、所定の範囲に近づいたと判定されるまで、リストレインの付与と結晶構造モデルの特定を繰り返させる。これにより、統計的にもっともらしいリストレイン強度をサイクル計算により自動で決定して、妥当な結晶構造モデルを特定することができる。
【0040】
出力部160は、構造特定部140により特定された結晶構造モデルのデータを出力する。操作部170は、ユーザからの操作を受け付け、閾値の入力等、処理の実行を調整するための指示を行なう。
【0041】
(構造精密化装置の動作)
上記のように構成される構造精密化装置100の動作について説明する。図3は、構造精密化装置100の動作を示すフローチャートである。まず、初期値を設定する(ステップS1)。例えば、sres=1、target(σNormの目標値)=1、threshold(targetとの差の許容範囲)=1.01と設定する。なお、sresは、必ずしも初期値を1にする必要はない。
【0042】
次に、リストレインを使用した最小二乗法による精密化を行なう(ステップS2)。これにより、sres=1における最適なパラメータが算出され、結晶構造モデルが特定される。そして、得られたパラメータによりσNorm、ΔσNormを計算する(ステップS3)。そして、計算されたσNorm、ΔσNormをもとにσNormが目標値に十分に近いか否かを判定する(ステップS4)。例えば、sres=0かつσNorm≦target、またはtarget/threshold≦σNorm≦threshold×targetの条件を満たすか否かを判定する。このような判定以外にもΔσNormが所定値以下か否かで判定してもよい。
【0043】
判定の結果、条件を満たさない場合には、σNormが1に近づくようにsresを変化させる(ステップS5)。具体的にはdsres/dσNormを用いて、sres=sresbefore(前回値)−dsres/dσNorm×ΔσNormを算出し、ステップS2に戻る。条件を満たす場合には計算を終了する。
【0044】
図4は、n回目のサイクルにおける計算を示す図である。図4に示すように、σが1に近い範囲になるまで、sresを変えながら精密化することで、自動的に最適な結晶構造を得ることができる。なお、以上の各処理は、構造精密化装置100のコンピュータにプログラムを実行させることで実現できる。
【0045】
(実施例)
有機物(クロミプラミン塩酸塩)の、粉末回折データからの構造精密化を行なった。sres=1、target=1、threshold=1.01を初期値として、フローチャート通りに精密化した。その結果、統計的にもっともらしい、σNorm=1.0088の結果を、機械的に得ることができた。
【0046】
図5図7(a)〜(i)は、それぞれリストレインなしから8回目のサイクル時の実施例の結晶構造モデルを示す図である。図5(a)〜(c)に比べ、図7(i)では、リストレインの寄与によりベンゼン環の形が整っているのが分かる。
【0047】
図8は、サイクル数に対するsresおよびσNormの推移を示す図である。sresが、1から70付近に増加する一方で、σNormは5付近から急激に減少し、1に収束している様子が分かる。
【0048】
次に、特定の結合距離および結合角度に注目してサイクル数に沿った推移を記録した。図9は、実施例の結晶構造モデルにおけるO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度を示す図である。図10(a)、(b)は、それぞれサイクル数に対するO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度の推移を示すグラフである。図11は、サイクル数に対するO3−C21の結合距離およびC9−C10−C14の結合角度の推移を示す表である。
【0049】
図に示すように、サイクル数の増加に伴い、いずれの結合距離および結合角度も数値が収束している。ただし、収束した値は、代表値に近いものの、若干乖離しており、リストレインが適度に付与されながら、測定値も十分に反映され、バランスのとれた妥当な値となっている。
【符号の説明】
【0050】
100 構造精密化装置
110 代表値保持部
120 リストレイン付与部
130 測定値保持部
140 構造特定部
150 判定部
160 出力部
170 操作部
200 外部データベース
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11