(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-161346(P2015-161346A)
(43)【公開日】2015年9月7日
(54)【発明の名称】波動歯車装置の可撓性外歯歯車および製造方法
(51)【国際特許分類】
F16H 55/06 20060101AFI20150811BHJP
F16H 1/32 20060101ALI20150811BHJP
B21K 1/30 20060101ALI20150811BHJP
B21D 22/30 20060101ALI20150811BHJP
B24C 1/10 20060101ALI20150811BHJP
C21D 1/22 20060101ALI20150811BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20150811BHJP
C21D 9/32 20060101ALI20150811BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20150811BHJP
C22C 38/02 20060101ALI20150811BHJP
C22C 38/38 20060101ALN20150811BHJP
【FI】
F16H55/06
F16H1/32 B
B21K1/30 Z
B21D22/30 B
B24C1/10 E
B24C1/10 D
C21D1/22
C21D7/06 A
C21D9/32 A
C22C38/00 301Z
C22C38/02
C22C38/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2014-35921(P2014-35921)
(22)【出願日】2014年2月26日
(71)【出願人】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】小林 優
(72)【発明者】
【氏名】折井 大介
【テーマコード(参考)】
3J027
3J030
4E087
4K042
【Fターム(参考)】
3J027FA37
3J027FB40
3J027GA01
3J027GB02
3J027GB03
3J027GC06
3J030AC10
3J030BA01
3J030BC02
3J030BC03
3J030BC10
3J030CA10
4E087BA02
4E087BA19
4E087CA31
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4E087CC05
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4E087DB18
4E087DB24
4E087HA05
4K042AA18
4K042BA03
4K042BA04
4K042BA05
4K042BA09
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA01
4K042DA06
4K042DC02
4K042DE02
4K042DE04
4K042DE06
4K042DE07
(57)【要約】
【課題】表面硬度が所定範囲に維持され、疲労強度、耐摩耗性の高い可撓性外歯歯車の製造方法を提案すること。
【解決手段】可撓性外歯歯車の製造方法は、ニッケルを含まず、ケイ素の含有率が1.45〜1.5wt%の低合金鋼からなる素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して一次成形品を製作する第1ステップST1と、一次成形品にマルテンパー処理を施す第2ステップST2と、一次成形品から二次成形品を製作する第3ステップST3と、二次成形品にショットピーニングを施して歯部等の表層部分をマルテンサイト化する第4ステップST4とを含む。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケルを含まず、ケイ素の含有率が1.45〜1.5wt%の低合金鋼からなる素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して、波動歯車装置の可撓性外歯歯車の形状に近いカップ形状あるいはシルクハット形状の一次成形品を製作する第1ステップと、
前記一次成形品にマルテンパー処理を施す第2ステップと、
前記マルテンパー処理が施された後の前記一次成形品に旋削加工および歯切り加工を施して、ダイヤフラム部および歯部が形成された二次成形品を製作する第3ステップと、
前記二次成形品にショットピーニングを施して、前記歯部および前記ダイヤフラム部の表層部分の金属組織をマルテンサイト化する第4ステップと、
を含むことを特徴とする波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項2】
ニッケルを含まず、ケイ素の含有率が1.45〜1.5wt%の低合金鋼からなる素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して、波動歯車装置の可撓性外歯歯車の形状に近い円筒状の一次成形品を製作する第1ステップと、
前記一次成形品にマルテンパー処理を施す第2ステップと、
前記マルテンパー処理が施された後の前記一次成形品に旋削加工および歯切り加工を施して、歯部が形成された二次成形品を製作する第3ステップと、
前記二次成形品にショットピーニングを施して、前記歯部の表層部分の金属組織をマルテンサイト化する第4ステップと、
を含むことを特徴とする波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項3】
前記第2ステップにおけるマルテンパー処理温度を、
290℃から400℃までの範囲内の値、または、
マルテンサイト変態開始温度Msから当該温度Msよりも117℃低い温度までの範囲内の値、
とする請求項1または2に記載の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項4】
前記第4ステップにおける前記ショットピーニングとして、少なくとも2段のショットピーニングを行う多段ショットピーニング処理を施す請求項3に記載の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項5】
前記第1ステップにおける前記ニアネットシェイプ塑性加工は、鍛造または絞加工である請求項4に記載の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法。
【請求項6】
波動歯車装置のカップ形状あるいはシルクハット形状の可撓性外歯歯車であって、
ニッケルを含まず、ケイ素の含有率が1.45〜1.5wt%の低合金鋼から形成され、
可撓性外歯歯車内層部分の金属組織の主相は、マルテンパー処理によって形成されたベイニティックフェライト母相に軟質マルテンサイトが混在した組織であり、かつ、この金属組織には準安定な残留オーステナイトが8〜15vol%残っており、
可撓性外歯歯車表層部分のうち、少なくとも歯部およびダイヤフラム部の表層部分の金属組織の主相は、ショットピーニング処理によって形成された誘起変態マルテンサイト組織である、
波動歯車装置の可撓性外歯歯車。
【請求項7】
波動歯車装置の円筒状の可撓性外歯歯車であって、
ニッケルを含まず、ケイ素の含有率が1.45〜1.5wt%の低合金鋼から形成され、
可撓性外歯歯車内層部分の金属組織の主相は、マルテンパー処理によって形成されたベ
イニティックフェライト母相に軟質マルテンサイトが混在した組織であり、かつ、この金属組織には準安定な残留オーステナイトが8〜15vol%残っており、
可撓性外歯歯車表層部分のうち、少なくとも歯部の表層部分の金属組織の主相は、ショットピーニング処理によって形成された誘起変態マルテンサイト組織である、
波動歯車装置の可撓性外歯歯車。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は波動歯車装置の可撓性外歯歯車およびその製造方法に関し、特に、疲労強度および耐摩耗性を高めた可撓性外歯歯車および当該可撓性外歯歯車の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
減速機として一般に使用される波動歯車装置の構成部品である可撓性外歯歯車は、円筒状のフラット型と呼ばれるもの、カップ形状のもの、および、シルクハット形状のものが知られている。特許文献1にはフラット型の波動歯車装置が記載され、特許文献2にはカップ型の波動歯車装置が記載され、特許文献3にはシルクハット型の波動歯車装置が記載されている。
【0003】
これらの波動歯車装置の可撓性外歯歯車は、機械的強度に優れた特殊鋼の調質材を用いて製造される。薄肉で、高精度の加工を必要とする可撓性外歯歯車では、その表面硬度がHRC30〜HRC50とされる。
【0004】
特許文献4には、可撓性外歯歯車の製造に用いる波動歯車用基材の製造方法が提案されている。当該文献に記載の製造方法では、可撓性外歯歯車が、熱間鍛造、全旋削、歯切り、ショットピーニングの工程を経て製造されることが記載されている。また、その金属素材として炭素含有量が0.5%以下の鋼を使用することが記載されている。さらに、当該鋼から形成した一次成形品を加熱後にマルテンサイト変態開始温度(Ms温度)よりも高い温度まで急冷して金属組織の主相をベントナイトとするか、あるいは、一次成形品を加熱後にマルテンサイト領域まで急冷した後に焼き戻すことで金属組織の主相をソルバイトにすることが記載されている。また、波動歯車用基材として必要なバネ特性および靱性と、歯切り加工のために望ましい切削加工性とが両立した良好な一次成形品を安定的に得ることができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−57684号公報
【特許文献2】特開2005−69402号公報
【特許文献3】特開2009−156462号公報
【特許文献4】国際公開第2011/122315号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここで、波動歯車装置の使用トルクの増加、耐久性の向上は常に要望されている。既存の波動歯車装置の代わりに用いる場合等においては、寸法の増加、形状変更を伴うことなく、新たな波動歯車装置の使用トルクの増加および耐久性の向上を図ることが望ましい。このためには、波動歯車装置の構成部品である薄肉の可撓性外歯歯車の疲労強度および耐摩耗性を、寸法の増加、形状変更を伴うことなく、高めることが不可欠である。また、可撓性外歯歯車の加工性を維持するために、表面硬度を既存製品と同様にHRC30〜HRC50の範囲に維持し、疲労強度および耐摩耗性を改善することが望ましい。
【0007】
本発明の課題は、このような点に鑑みて、表面硬度を所定範囲に維持でき、かつ、同一形状、同一寸法の既存品に比べて疲労強度および耐摩耗性を高めることのできる可撓性外歯歯車の製造方法を提案することにある。
【0008】
また、本発明の課題は、同一寸法、同一形状の既存品に比べて、表面硬度は同一の範囲に維持され、かつ、疲労強度および耐摩耗性に優れた可撓性外歯歯車を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明のカップ型あるいはシルクハット型の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法は、
合金元素としてニッケルを含まない低合金鋼からなる素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して、波動歯車装置の可撓性外歯歯車の形状に近いカップ形状あるいはシルクハット形状の一次成形品を製作する第1ステップと、
前記一次成形品にマルテンパー処理を施す第2ステップと、
前記マルテンパー処理が施された後の前記一次成形品に旋削加工および歯切り加工を施して、ダイヤフラム部および歯部が形成された二次成形品を製作する第3ステップと、
前記二次成形品にショットピーニングを施して、前記歯部および前記ダイヤフラム部の表層部分の金属組織をマルテンサイト化する第4ステップと、
を含むことを特徴としている。
【0010】
また、本発明のフラット型の波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法は、
合金元素としてニッケルを含まない低合金鋼からなる素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して、波動歯車装置の可撓性外歯歯車の形状に近い円筒状の一次成形品を製作する第1ステップと、
前記一次成形品にマルテンパー処理を施す第2ステップと、
前記マルテンパー処理が施された後の前記一次成形品に旋削加工および歯切り加工を施して、歯部が形成された二次成形品を製作する第3ステップと、
前記二次成形品にショットピーニングを施して、前記歯部の表面部分の金属組織をマルテンサイト化する第4ステップと、
を含むことを特徴としている。
【0011】
本発明の製造方法では、ニッケルを含まない低合金鋼を用いて製作した一次成形品の熱処理として、マルテンパー処理を採用している。これにより、熱処理後の一次成形品の金属組織に、意図的に、オーステナイト組織を残留させることができる。また、歯部等の表面部分にショットピーニングを施すことにより、その表層部分の金属組織の主相をマルテンサイト組織に変え(塑性誘起変態)、当該表層部分の硬度を高め、圧縮残留応力を増加させることができる。さらに、薄肉の可撓性外歯歯車の内部まで大きな応力が印加される場合には、内部に残留するオーステナイト組織がマルテンサイト組織に変態して強化され、可撓性外歯歯車の疲労強度を向上させることができる。
【0012】
本発明者等の実験によれば、本発明によって製造された可撓性外歯歯車は、特殊鋼の調質材からなる同一寸法、同一形状で同様な表面硬度を備えた既存品に比べて、歯底疲労強度が大幅に向上し、歯面摩耗状況も大幅に改善されることが確認された。よって、本発明の製造方法によれば、加工性を良好に維持しつつ、疲労強度および耐摩耗性が高められた可撓性外歯歯車を製造できる。当該可撓性外歯歯車を用いれば、既存品と同一寸法、同一形状の波動歯車装置の使用トルクの増大、耐久性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明を適用可能なカップ形状の可撓性外歯歯車の縦断面図、シルクハット形状の可撓性外歯歯車の縦断面図および円筒状の可撓性外歯歯車の縦断面図である。
【
図2】カップ形状あるいはシルクハット形状の可撓性外歯歯車の製造工程の主要部分を示す概略工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、図面を参照して、本発明を適用した波動歯車装置の可撓性外歯歯車の製造方法を説明する。
【0015】
(可撓性外歯歯車)
まず、
図1を参照して波動歯車装置の可撓性外歯歯車を説明する。
図1(a)に示すように、カップ形状の可撓性外歯歯車1は、半径方向に撓み可能な薄肉の円筒状胴部2と、この円筒状胴部2の一方の端から半径方向の内方に延びる撓み可能な薄肉のダイヤフラム部3と、ダイヤフラム部3の中心部分に一体形成された厚肉の円盤状のボス部4と、円筒状胴部2の他方の端の側の歯部5とを備え、歯部5には外歯6が形成されている。
【0016】
図1(b)に示すシルクハット形状の可撓性外歯歯車10は、撓み可能な薄肉の円筒状胴部12と、この円筒状胴部12の一方の端から半径方向の外方に広がる撓み可能な薄肉のダイヤフラム部13と、ダイヤフラム部13の外周縁に一体形成された厚肉の円環状のボス部14と、円筒状胴部12の他方の端の側の歯部15とを備え、歯部15には外歯16が形成されている。
【0017】
これに対して、
図1(c)に示すフラット型の波動歯車装置に用いられる円筒状の可撓性外歯歯車20は、撓み可能な薄肉の円筒状胴部22と、この円筒状胴部22に形成した歯部25とを備え、歯部25には外歯26が形成されている。
【0018】
(可撓性外歯歯車の製造方法)
図2はカップ形状の可撓性外歯歯車1(シルクハット形状の可撓性外歯歯車10)の製造工程の主要部を示す概略工程図である。この図に従って説明すると、まず、準備ステップST0において低合金鋼からなる素材を用意する。本発明で使用する低合金鋼は、ニッケルを含まず、かつ、Siの含有割合が1.45〜1.5wt%の低合金鋼である。本発明において使用するのに適した低合金鋼の合金元素成分および配合割合(重量%)を以下に示す。
【0020】
Siは、後述(第2ステップ)のマルテンパー処理により、安定な残留オーステナイトを発生させるために、未変態オーステナイト粒界上の炭化物(セメンタイト)の析出を抑制する働きがある。また、Moは、焼き入れ性の向上、焼き戻し脆性の抑制、高温強度の向上などの効果がある。
【0021】
次に、第1ステップST1において、用意したニッケルを含まない低合金鋼素材に、ニアネットシェイプ塑性加工を施して、可撓性外歯歯車1(10)の形状に近いカップ形状(シルクハット形状)の一次成形品を製作する。ニアネットシェイプ塑性加工の加工法と
して、鍛造、絞り加工を採用することができる。なお、変形抵抗の大きい冷間鍛造を用いた場合においても、特殊鋼を用いた既存品のニアネットシェイプ塑性加工時に必要とされる成形荷重を、最大で15〜20%程度高くすれば良い。
【0022】
次に、第2ステップST2において、製作された一次成形品にマルテンパー処理を施す。
図3に模式的に示す連続冷却変態曲線(CCT曲線)を参照して説明すると、マルテンパー処理では、一次成形品を、その金属組織の主相がオーステナイト化する焼き入れ温度T1(A1変態温度以上の温度)まで加熱する。この後は、加熱した一次成形品を、焼き入れ温度T1からマルテンサイト変態開始温度Ms直下の温度T2(マルテンサイト変態開始温度Msとマルテンサイト変態終了温度Mfの間の温度域)まで冷却し、この温度で等温変態処理をする(塩浴中など)。次に、一次成形品をMfよりも低い温度まで冷却する。
【0023】
マルテンパー処理により、一次成形品の金属組織に、意図的に準安定オーステナイトを8〜15vol%残留させることができる。マルテンパー処理温度としては、290℃から400℃までの範囲内の温度(Ms点−117℃からMs点までの間の温度)とすることが望ましい。
【0024】
次に、
図2の第3ステップST3において、上記のように熱処理された後の一次成形品に旋削加工および歯切り加工を施して、ダイヤフラム部3(13)および歯部5(15)が形成された二次成形品を製作する。この後は、第4ステップST4において、二次成形品にショットピーニングを施して、ダイヤフラム部3(13)および歯部5(15)の表層部分の金属組織をマルテンサイト化する。ダイヤフラム部3(13)、歯部5(15)の表層部分をマルテンサイトに変える塑性誘起変態を行なうことで、ダイヤフラム部3(13)、歯部5(15)の表層部分の硬度および圧縮残留応力を増加させる。
【0025】
第4ステップST4におけるショットピーニング処理としては、少なくとも2段のショットピーニングを行う多段ショットピーニング処理を施すことが望ましい。これにより、ダイヤフラム部3(13)、歯部5(15)の表層部分において、表面から結晶粒径2〜3個分の浅い深さの部分を強化することができる。すなわち、外部応力によって、金属組織の内部に所定以上の応力が作用すると、内部に残留するオーステナイトがマルテンサイトに変態して強化される。これにより、可撓性外歯歯車の疲労強度が向上する。
【0026】
このような工程を経て製造されたカップ形状の可撓性外歯歯車1(10)は、合金元素として、ニッケルを含まず、Si含有量が1.45〜1.5wt%の低合金鋼から形成される。可撓性外歯歯車内層部分の金属組織の主相は、マルテンパー処理によって形成されたベイニティックフェライト母相に軟質マルテンサイトが混在した組織であり、かつ、この金属組織には準安定な残留オーステナイトが8〜15vol%残っている。可撓性外歯歯車表層部分のうち、少なくともダイヤフラム部3(13)および歯部5(15)の表層部分の金属組織の主相は、ショットピーニング処理によって形成された誘起変態マルテンサイト組織である。
【0027】
以上説明したように、本発明では、素材として、Niを含まない安価な鋼種を使用し、可撓性外歯歯車の製作工程において、当該可撓性外歯歯車の疲労強度を高める熱処理条件と製造工順を採用している。
【0028】
すなわち、第1ステップにおいて、一次成形の熱間、冷間鍛造などを行うことにより、一次成形品の金属組織の結晶粒径が約20μm以下となる。換言すると、第1ステップは、次の第2ステップにおけるマルテンパー処理により生成する残留オーステナイトの安定化に寄与する一次成形加工法となっている。
【0029】
次の第2ステップにおける熱処理は、A1変態温度以上の温度でのγ域焼鈍後に、Ms点からMf点までの間の温度で、等温変態処理(塩浴中など)を行い、しかる後に冷却(油冷など)を行うマルテンパー処理を採用している。この処理により、ベイニティックフェライト母相に軟質マルテンサイトが混在する金属組織が得られる。この金属組織には、室温でも準安定な残留オーステナイトが8〜15vol%残るので、硬度をHRC30〜50内とすることができる。これにより、次の第3ステップにおける旋削、歯切り加工が容易になる。
【0030】
第4ステップでは、歯切り後のほぼ最終形状品の必要箇所に、ショットピーニングを施している。これにより、8〜15vol%の残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用して、製品表面付近の硬度および圧縮残留応力を増加させることができる。この結果、大きな疲労強度を有する可撓性外歯歯車が得られる。
【0031】
更に説明すれば、従来においての構造用鋼の硬化は、ひずみ硬化(主に転位硬化)である。これに対して、本発明におけるマルテンパー処理した鋼には、ひずみ硬化に加えて、残留オーステナイトのひずみ誘起変態硬化と、(硬質相と軟質相の変形強度差から生ずる)相応力硬化とが生ずる。よって、本発明の方法は、従来に比べて、硬化増加幅が大きいという利点がある。
【0032】
また、従来においての構造用鋼の残留応力は塑性ひずみに起因して発生する。これに対して、本発明においては、塑性ひずみに起因して発生する残留応力に、塑性ひずみに起因した母相と残留オーステナイト相の変形応力差によって生ずる応力、変態ひずみによって生ずる応力、および、ひずみ変態マルテンサイト周辺の内部応力により発生する応力が加わり、より大きな圧縮残留応力が発生するという利点がある。
【0033】
(その他の実施の形態)
上記の製造方法は、
図1(c)に示す円筒状の可撓性外歯歯車20の製造方法として用いることもできる。
【符号の説明】
【0034】
1、10、20 可撓性外歯歯車
2、12、22 円筒状胴部
3、13 ダイヤフラム部
4、14 ボス部
5、15、25 歯部
6、16、26 外歯