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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-162475(P2015-162475A)
(43)【公開日】2015年9月7日
(54)【発明の名称】リアクトル
(51)【国際特許分類】
   H01F 37/00 20060101AFI20150811BHJP
   H01F 27/32 20060101ALI20150811BHJP
【FI】
   H01F37/00 T
   H01F37/00 H
   H01F37/00 M
   H01F27/32 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-34893(P2014-34893)
(22)【出願日】2014年2月26日
(71)【出願人】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095669
【弁理士】
【氏名又は名称】上野 登
(72)【発明者】
【氏名】高田 崇志
(72)【発明者】
【氏名】中村 哲也
(72)【発明者】
【氏名】吉川 浩平
【テーマコード(参考)】
5E044
【Fターム(参考)】
5E044CA01
5E044CB10
(57)【要約】
【課題】注型樹脂を有するリアクトルにおいて、コイルの振動によって、コイルと注型樹脂の間に空隙が生じることが抑制されたリアクトルを提供すること。
【解決手段】リアクトルは、導体線の表面が絶縁被覆層に覆われた素線11を巻き回してなるコイル10と、コイル10が収容されたケースと、ケースの内部に充填された注型樹脂と、素線11の表面を被覆して、注型樹脂との間に形成された少なくとも1層の緩衝樹脂50よりなる層と、を有する。緩衝樹脂50は、50℃において、注型樹脂よりも低く、かつ2000MPa未満の引張弾性率を有し、注型樹脂よりも低いガラス転移温度を有する樹脂組成物よりなる。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体線の表面が絶縁被覆層に覆われた素線を巻き回してなるコイルと、
前記コイルが収容されたケースと、
前記ケースの内部に充填された注型樹脂と、
前記素線の表面を被覆して、前記注型樹脂との間に形成された少なくとも1層の緩衝樹脂よりなる層と、を有し、
前記緩衝樹脂は、50℃において、前記注型樹脂よりも低く、かつ2000MPa未満の引張弾性率を有し、前記注型樹脂よりも低いガラス転移温度を有する樹脂組成物よりなることを特徴とするリアクトル。
【請求項2】
前記緩衝樹脂の50℃における引張弾性率は、500MPa以下であることを特徴とする請求項1に記載のリアクトル。
【請求項3】
前記緩衝樹脂のガラス転移温度は、−40℃以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のリアクトル。
【請求項4】
前記緩衝樹脂よりなる層は、0.8〜50μmの範囲の厚さを有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載のリアクトル。
【請求項5】
前記緩衝樹脂は、硬化性樹脂を含んでなることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載のリアクトル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リアクトルに関し、さらに詳しくは、コイルが収容されたケースに注型樹脂が注入されたリアクトルに関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車や、電気自動気車、燃料電池自動車等の車両に搭載されるDC−DCコンバータ等の電力変換装置には、コイルを備えてなるリアクトルが用いられる。リアクトルの構造は、例えば特許文献1に開示されている。この種の従来一般のリアクトルにおいては、磁心(コア)を挿通されたコイルがケースの中に収容され、ケース内部の空間には、注型樹脂(封止樹脂)が充填されている。注型樹脂は、コイルの絶縁性を維持する役割や、コイルの温度上昇を抑制する役割を有する。注型樹脂は、コイルターン間にも浸入している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2012−253384号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
リアクトルにおいて、コイルへの通電時、隣接するコイルターン間に働く相互作用やリアクトルが搭載される車両等の振動の影響により、コイルに振動が生じる。すると、コイルの振動によって注型樹脂に応力が印加され、コイルと注型樹脂の間に空隙が形成される場合がある。すると、空隙が形成された部位から注型樹脂に亀裂が発生したり、あるいは既に発生した亀裂が進展したりする。すると、コイルの温度上昇を抑制するという注型樹脂の役割が十分に果たされなくなる可能性や、リアクトルの外観が損なわれる可能性がある。
【0005】
本発明の解決しようとする課題は、注型樹脂を有するリアクトルにおいて、コイルの振動によってコイルと注型樹脂の間に空隙が生じることが抑制されたリアクトルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するため本発明にかかるリアクトルは、導体線の表面が絶縁被覆層に覆われた素線を巻き回してなるコイルと、前記コイルが収容されたケースと、前記ケースの内部に充填された注型樹脂と、前記素線の表面を被覆して、前記注型樹脂との間に形成された少なくとも1層の緩衝樹脂よりなる層と、を有し、前記緩衝樹脂は、50℃において、前記注型樹脂よりも低く、かつ2000MPa未満の引張弾性率を有し、前記注型樹脂よりも低いガラス転移温度を有することを要旨とする。
【0007】
ここで、前記緩衝樹脂の50℃における引張弾性率は、500MPa以下であるとよい。
【0008】
そして、前記緩衝樹脂のガラス転移温度は、−40℃以下であるとよい。
【0009】
また、前記緩衝樹脂よりなる層は、0.8〜50μmの範囲の厚さを有することが好ましい。
【0010】
そして、前記緩衝樹脂は、硬化性樹脂を含んでなるとよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明にかかるリアクトルにおいては、注型樹脂とコイルを構成する素線の間に、緩衝樹脂よりなる層を有している。そして、緩衝樹脂は、上記のような引張弾性率を有しており、注型樹脂より軟質で、コイルの振動によって容易に変形する。これにより、コイルが振動を起こした際に、緩衝樹脂が、コイルから注型樹脂に印加される応力を緩和する。その結果、注型樹脂とコイルの間に、空隙が生じにくくなっている。また、緩衝樹脂が注型樹脂よりも低いガラス転移温度を有することで、低温環境においても、コイルと注型樹脂の間の空隙の形成を抑制する緩衝樹脂の機能が維持される。
【0012】
ここで、緩衝樹脂の50℃における引張弾性率が、500MPa以下である場合には、緩衝樹脂によるコイル振動時の応力の緩和と、それによる空隙形成抑制の効果が、一層高められる。
【0013】
そして、緩衝樹脂のガラス転移温度が、−40℃以下である場合には、−40℃程度の低温の領域においても、注型樹脂とコイルの間の空隙形成を抑制する緩衝樹脂の機能がよく発揮される。
【0014】
また、緩衝樹脂よりなる層が、0.8〜50μmの範囲の厚さを有する場合には、コイルから樹脂に印加される応力を効果的に緩和できるとともに、緩衝樹脂がコイルターン間を埋めてしまうことで注型樹脂の充填に支障を与えることが防止される。
【0015】
そして、緩衝樹脂が、硬化性樹脂を含んでなる場合には、緩衝樹脂を、コイルを構成する素線の表面に層状に被覆させやすい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一実施形態にかかるリアクトルを示す斜視図である。注型樹脂は除いて示している。
図2】上記リアクトルの断面図である(断面を示すハッチングは適宜省略している)。
図3】上記リアクトルを構成するコイルと磁心の組合体を示す斜視図である。
図4】上記コイルのA−A断面を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0018】
<リアクトルの全体構成>
図1〜4に、本発明の一実施形態にかかるリアクトル1および、リアクトル1を構成するコイル10を示す。リアクトル1は、後述する緩衝樹脂50の存在を除き、特許文献1に記載されリアクトルと同様の形状を有する。以下、簡単に、リアクトル1の全体構造について説明する。
【0019】
図1,2に示すように、リアクトル1は、コイル10と磁心20の組合体を、ケース30に収容した構造を基本としてなる。
【0020】
図3,4に示すように、コイル10は、導体線11aの外周を絶縁被覆層11bによって被覆した素線11を、螺旋状に巻き回したものである。コイル10は、2本の直線部10a,10aを、巻き回し方向を揃えて2本並べた全体形状を有している。素線11の絶縁被覆層11bの外周には、さらに緩衝樹脂50よりなる層が設けられている。緩衝樹脂50については、後に詳しく説明する。
【0021】
導体線11aは、例えば、銅または銅合金、アルミニウムまたはアルミニウム合金等の金属よりなる。絶縁被覆層11bは、例えば、ポリアミドイミドに代表されるエナメル材よりなる。また、素線11の形状としては、冷却(放熱)性を上げ、また巻き回しの密度を高める観点から、平角線であることが好ましい。そして、コイル10は、固定の容易性等の観点から、角柱の角を丸めた形状を有する角型コイルとして形成されることが好ましい。
【0022】
コイル10は、各直線部10aの中空部に磁心20が挿入された組合体とされ、ケース30中に収容される。磁心20は、例えば、磁性材料よりなるコア部21と非磁性材料よりなるギャップ部22が交互に接続された構造を有する。組合体においては、さらに、コイル10と磁心20の間に適宜インシュレータが介在されてもよい(不図示)。
【0023】
ケース30は、コイル10と磁心20の組合体が載置され、固定される底面31と、底面31の外周に立設された側壁面32を有し、底面31と対向する側壁面32の上部には、開口部33が設けられている。底面31は、高い熱伝導性を有するように、アルミニウムまたはアルミニウム合金等の金属よりなることが好ましく、側壁面32は、絶縁性等の観点から、樹脂材料よりなることが好ましい。また、底面31と側壁面32の間には、注型樹脂40の漏出を防止するパッキン(不図示)が適宜設けられる。
【0024】
コイル10と磁心20の組合体は、開口部33からケース30に収容され、底面31上に載置されて、底面31に対して一体的に固定される。底面31へのコイル10の固定は、接着性を有する樹脂材料を介して行われる。このように、コイル10がケース30の底面31に一体的に固定されることで、コイル10の冷却(放熱)の効率が高められる。
【0025】
コイル10と磁心20の組合体を収容したケース30の内部の空間には、注型樹脂40が充填されている。注型樹脂40は、コイル10とケース30の側壁面32の間の空間を満たすとともに、コイル10のコイルターン(螺旋の各ピッチ)の間の空間を満たしている。注型樹脂40は、コイル10の絶縁を保つ効果と、通電時に発熱するコイル10を冷却(放熱)する効果を有する。ここで、コイル10の絶縁とは、コイル10全体の外部に対する絶縁のみならず、コイルターン間の絶縁も含むものである。
【0026】
注型樹脂40は、いかなる絶縁性樹脂組成物よりなってもよいが、流動性の高い状態で、コイル10とケース30の側壁面32の間の空間や、コイルターン間の空間に、隙間なく浸透させて充填してから、固化させられる点において、硬化性樹脂を主成分としてなることが好ましい。硬化性樹脂としては、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂(特に紫外線硬化性樹脂)、湿気硬化性樹脂、二液反応硬化性樹脂等を挙げることができる。また、樹脂種としては、シリコーン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレア樹脂などを挙げることができる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。さらに、硬化性樹脂には、着色用顔料、粘度調整剤、老化防止剤、フィラー(無機充填材)、保存安定剤、分散剤など、添加剤が加えられていても良い。特に、フィラーは、注型樹脂40の熱伝導性を高めるのに効果を有する。
【0027】
リアクトル1は他に、端子81、各種センサ82等、運転および制御に必要な部材を適宜備える。組み上げられたリアクトル1は、ケース30の底面31にて、DC−DCコンバータ中等、所定の取付部位に固定される。底面31と接触する取付部位には、適宜冷却機構が設けられてもよい。この場合、コイル10は、底面31と注型樹脂40を介して、冷却機構によって冷却されることになる。
【0028】
<緩衝樹脂>
本実施形態にかかるリアクトル1は、素線11の表面を被覆して、緩衝樹脂50よりなる層が形成され、素線11と注型樹脂40の間に緩衝樹脂50が介在されていることに特徴を有する。緩衝樹脂50は、絶縁性の樹脂組成物よりなり、50℃において、注型樹脂40よりも低く、かつ2000MPa未満の引張弾性率を有し、また、注型樹脂40よりも低いガラス転移温度を有する。
【0029】
リアクトル1において、コイル10に交流が入力されると、コイルターン間に相互作用が生じ、コイルターン相互の間に、振動が生じる。振動は、コイル10に入力される電流の大きさが変化する条件においては、一層大きくなる。また、リアクトル1が搭載される車両等の振動によっても、コイル10に振動が生じる。このような振動がコイル10に生じた場合に、もしコイル10が素線11の表面に緩衝樹脂50よりなる層を有さず、直接注型樹脂40と接触していれば、コイル10から注型樹脂40に応力が印加されて、コイル10の表面から注型樹脂40が剥離し、注型樹脂40とコイル10の間に空隙が生じやすい。このような空隙が生じると、空隙を起点として、注型樹脂40に亀裂が発生したり、既に生じている亀裂が進展したりする。すると、コイル10の冷却(放熱)を促進するという注型樹脂40の機能が損なわれるとともに、リアクトル1の外観が悪化してしまう。
【0030】
しかし、本リアクトル1においては、コイル10と注型樹脂40の間に、緩衝樹脂50が介在されていることで、コイル10が振動した際にコイル10と注型樹脂40の間に空隙が生じるのが抑制される。つまり、緩衝樹脂50は、注型樹脂40よりも低い引張弾性率を有していることで、注型樹脂40よりも軟質となっており、コイル10の振動によって力を加えられた際に、注型樹脂40よりも弾性変形を受けやすい。すると、コイル10が振動しても、緩衝樹脂50が弾性変形することで、振動が吸収または低減され、コイル10から注型樹脂40に印加される応力が緩和される。これにより、注型樹脂40が、緩衝樹脂50に被覆されたコイル10の素線11の表面から剥離しにくくなり、コイル10の素線11と注型樹脂40の間に空隙が形成されにくくなる。また、一般的なリアクトルにおいて、コイルに発生する振動の程度に鑑みると、緩衝樹脂50が50℃において2000MPa未満の引張弾性率を有していれば、このように、弾性変形することで、コイル10の振動による注型樹脂40への応力印加を緩和する効果を、十分に発揮することができる。ここで、引張弾性率に関する50℃との基準温度は、一般的な環境でリアクトル1を使用する際の温度を想定したものである。
【0031】
また、緩衝樹脂50は、注型樹脂40よりも低いガラス転移温度を有している。樹脂材料の引張弾性率は、ガラス転移温度を境に、低温において著しく上昇するので、緩衝樹脂50が、注型樹脂40よりも低いガラス転移温度を有することで、おおむね緩衝樹脂50のガラス転移温度と同程度の低温領域においても、緩衝樹脂50が注型樹脂40よりも低い引張弾性率を有する状態が維持されやすく、注型樹脂40とコイル10の間における空隙の形成が抑制されやすい。また、低温と高温が交互に繰り返される冷熱衝撃を受けた際にも、同様の空隙の形成が抑制されやすい。なお、樹脂の引張弾性率は、温度に依存するパラメータであるが、2種の樹脂の引張弾性率の高低関係は、温度が変化しても維持されることが多く、50℃において注型樹脂40よりも低い引張弾性率を有する緩衝樹脂50は、緩衝樹脂50のガラス転移温度と同程度の低温まで、注型樹脂40よりも低い引張弾性率を有する状態を維持するとみなすことができる。
【0032】
コイル10と注型樹脂40の間の空隙形成を効果的に抑制する観点から、緩衝樹脂50は、50℃において、500MPa以下の引張弾性率を有していることが好ましく、15MPa以下の引張弾性率を有していることがさらに好ましい。緩衝樹脂50の引張弾性率が低いほど、上記効果を大きく発揮することができるので、好ましい値に下限は特に設けられないが、入手容易性等の観点からは、おおむね0.01MPa以上の引張弾性率を50℃において有する樹脂を使用することが現実的である。緩衝樹脂50および注型樹脂40の引張弾性率は、例えばASTM D638に規定される方法など、公知の方法で測定することができる。
【0033】
緩衝樹脂50のガラス転移温度は、−40℃以下であることが好ましい。すると、−40℃程度の低温に至るまで、緩衝樹脂50の軟質状態(弾性変形しやすい状態)が維持され、緩衝樹脂50による注型樹脂40とコイル10の間の空隙形成を抑制する効果が維持されるからである。緩衝樹脂50および注型樹脂40のガラス転移温度は、公知の方法にて測定すればよく、とりわけ、引張弾性率の変化が正確に反映されるという点において、動的機械分析(DMA)によるtanδ法によって測定することが好ましい。
【0034】
緩衝樹脂50よりなる層は、0.8μm以上の厚さを有していることが好ましい。これにより、緩衝樹脂50の弾性変形によって注型樹脂40とコイル10の間における空隙形成を抑制する効果が発揮されやすいからである。一方、一般的なリアクトルにおけるコイルターン間の距離を考えると、緩衝樹脂50よりなる層の厚さは50μm以下であることが好ましい。これよりも厚いと、緩衝樹脂50がコイルターン間の空間を埋めてしまい、注型樹脂40のコイルターン間への浸透に支障をきたす場合があるからである。緩衝樹脂50よりなる層が複数種積層して形成される場合には、好ましい厚さに関するこれらの値は、各層の合計に対して適用される。緩衝樹脂50よりなる層の厚さは、コイル10を構成する素線11の断面を顕微鏡等で観察することで、評価することができる。また、後述するように緩衝樹脂50を含有する液体を用いて緩衝樹脂50よりなる層を形成するに際し、用いる液体の量や、液体中の緩衝樹脂50の濃度を調節することで、層の厚さを制御することができる。
【0035】
緩衝樹脂50に関して、具体的な樹脂種は、上記のような引張弾性率とガラス転移温度を有するものであれば、特に限定されない。例としてはシリコーン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレア樹脂等を挙げることができる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上組み合わせて用いてもよい。上記のうち、シリコーン樹脂が、硬化反応の制御が容易である、使用できる溶剤の種類が多い等の観点で、好適である。緩衝樹脂50にはさらに、着色用顔料、粘度調整剤、老化防止剤、フィラー(無機充填材)、保存安定剤、分散剤など、添加剤が加えられていても良い。なお、緩衝樹脂50にこれらの添加剤が添加される場合に、上記で規定される緩衝樹脂50の引張弾性率およびガラス転移温度は、添加剤を添加した状態で得られる値である。
【0036】
また、緩衝樹脂50は、硬化性樹脂を含んでなることが好ましい。すると、未硬化の状態の緩衝樹脂50を、コイル10を構成する素線11の表面に接触させて膜を形成してから硬化させることで、簡便に、緩衝樹脂50よりなる層を素線11の表面に薄く形成することができる。具体的な方法としては、コイル10を成形した後、磁心20の挿入やケース30への収容を行う前に、コイル10を未硬化状態の緩衝樹脂50を含む液体に浸漬し、取り出し後、硬化させればよい。あるいは、コイル10を磁心20との組合体とし、ケース30に収容、固定した後に、ケース30内に未硬化状態の緩衝樹脂50を含む液体を注入し、余剰の液体をケース30から排出した後、硬化させればよい。コイル10を成形する前の長尺状の素線11に対して、緩衝樹脂50よりなる層を形成しておいてもよい。しかし、コイル10の成形時に緩衝樹脂50の層が剥がれるのを避けるため、緩衝樹脂50よりなる層を形成するのは、長尺状の素線11の段階よりも、コイル10成形後の方が望ましい。さらに、接着層を介したケース30の底面31へのコイル10の固定を、緩衝樹脂50が妨げることを避けるために、コイル10をケース30内に固定した状態で、緩衝樹脂50を含む液体をケース30内に注入してから排出する方法が最も好ましい。この場合、ケース30内部に露出するコイル10以外の部材にも緩衝樹脂50が付着するが、注型樹脂40の割れを防止するという観点において、特段の影響を及ぼさないため、問題にならない。
【0037】
なお、緩衝樹脂50が硬化性樹脂を含まない場合にも、緩衝樹脂50を揮発性の溶剤で溶解、希釈した状態で、上記の硬化性樹脂の場合と同様の方法で、緩衝樹脂50を含む溶液を素線11の表面に接触させて膜を形成し、乾燥によって溶媒を除去することで、緩衝樹脂50よりなる層を素線11の表面に形成することができる。形成する緩衝樹脂50の層の厚さは、緩衝樹脂50が硬化性を有する場合も、有さない場合も、使用する液体中における緩衝樹脂50の濃度を調節することで、制御することができる。
【0038】
上記では、1種の緩衝樹脂50を使用し、コイル10の素線11の表面に緩衝樹脂50よりなる層を1層のみ形成したが、2種以上の緩衝樹脂50を用いて、素線11の表面に2層以上で積層してもよい。また、素線11と注型樹脂40の間に、接着層等、別の樹脂層を介在させてもよい。
【実施例】
【0039】
以下に本発明の実施例、比較例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0040】
<試験試料の作製>
図1のような構造を有するリアクトルを作製し、溶剤で希釈した緩衝樹脂の溶液をケースの内部に注入した。その後、緩衝樹脂をケースから排出し、ケース内部を乾燥させた。そして、ケース内に注型樹脂(エポキシ樹脂、新日鉄住金化学社製「EC−508」、50℃での引張弾性率:>4,000MPa、ガラス転移温度:125℃)を注入し、硬化させて、実施例1〜6および比較例2にかかるリアクトルを作製した。用いた緩衝樹脂の樹脂種と、50℃における引張弾性率、ガラス転移温度、緩衝樹脂層の厚さは、表1にまとめてある。緩衝樹脂層の厚さは、溶剤中の緩衝樹脂の濃度によって制御した。比較例1においては、緩衝樹脂を用いず、図1のリアクトルを作製後、そのまま注型樹脂をケースに注入した。
【0041】
使用した具体的な緩衝樹脂は、以下のとおりである。
・シリコーン樹脂(実施例1〜4):モメンティブ社製「TSE3062」
・スチレン−エチレン−プロピレン−スチレン共重合体(SEPS)(実施例6):クラレ社製「セプトン2007」
・エポキシ樹脂(比較例2):新日鉄住金化学社製「EC−1200M」
【0042】
また、緩衝樹脂および注型樹脂の各物性値は、以下の方法によって測定したものである。
・引張弾性率(50℃):ASTM D638
・ガラス転移温度:DMAによるtanδ法
【0043】
<試験方法>
[冷熱衝撃による割れの評価]
各リアクトルについて、−40℃と150℃にて、各1.5時間の通電を行うサイクルを500回繰り返した。その後、目視にて、注型樹脂に割れ(亀裂)が発生しているかどうかを確認した。割れの有無は、注型樹脂の表面および、切断面において確認した。表面にも切断面にも割れが発生していなかったものを合格「○」とし、表面または切断面のいずれか少なくとも一方に割れが発生していたものを不合格「×」とした。
【0044】
<試験結果>
表1に、各実施例および比較例にかかるリアクトルについて、緩衝樹脂の特性と、割れの評価の結果を示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1によると、比較例1にかかる、緩衝樹脂よりなる層をコイルの素線表面に有さないリアクトルにおいては、冷熱衝撃印加後の割れの評価試験において、注型樹脂に割れが生じた。これに対し、実施例1〜6にかかるリアクトルにおいては、注型樹脂に割れが生じなかった。これは、実施例1〜6では、2000MPa未満の引張弾性率と−40℃以下のガラス転移温度を有する緩衝樹脂が、コイルと注型樹脂の間に介在されることで、コイルが通電時に振動しても、注型樹脂に印加される応力が、緩衝樹脂によって緩和されることによると解釈される。
【0047】
一方、比較例2にかかるリアクトルにおいては、コイルと注型樹脂の間に、注型樹脂よりは低い引張弾性率を有する緩衝樹脂が介在されるものの、その引張弾性率の値は2000MPaと大きく、またガラス転移温度が、冷熱衝撃試験の低温時の温度である−40℃よりも高くなっている。これにより、特に低温において、コイルが振動した際に注型樹脂に印加される応力を緩衝樹脂が十分に緩和できず、注型樹脂の割れにつながったと解釈される。
【符号の説明】
【0048】
10 コイル
11 素線
20 磁心
30 ケース
31 底面
32 側壁面
40 注型樹脂
50 緩衝樹脂
図1
図2
図3
図4