(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-173607(P2015-173607A)
(43)【公開日】2015年10月5日
(54)【発明の名称】1,5−アンヒドロ−D−グルシトールを含有する調整粉乳
(51)【国際特許分類】
A23C 9/152 20060101AFI20150908BHJP
【FI】
A23C9/152
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-50559(P2014-50559)
(22)【出願日】2014年3月13日
(71)【出願人】
【識別番号】390015004
【氏名又は名称】日本澱粉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080609
【弁理士】
【氏名又は名称】大島 正孝
(74)【代理人】
【識別番号】100109287
【弁理士】
【氏名又は名称】白石 泰三
(74)【代理人】
【識別番号】100122404
【弁理士】
【氏名又は名称】勝又 秀夫
(72)【発明者】
【氏名】吉永 一浩
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 直人
【テーマコード(参考)】
4B001
【Fターム(参考)】
4B001AC99
4B001EC99
(57)【要約】
【課題】
母乳中に見出した静菌成分を調整粉乳に添加して調整粉乳の微生物汚染リスクを低減すること。
【解決手段】
1,5−アンヒドロ−D−グルシトール(1,5−AG)が添加された乳児用調整粉乳であって、1,5−AGを添加することで微生物汚染リスクを低減した調整粉乳。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
20μg/g〜400mg/g の1,5−アンヒドロ−D−グルシトールを含むことを特徴とする調整粉乳。
【請求項2】
1,5−アンヒドロ−D−グルシトールが1,5−アンヒドロ−D−フルクトースを微生物的に還元し得られたものである請求項1に記載の調整粉乳。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳児用の調整粉乳の品質向上に関与する栄養成分を含有する調整粉乳に関する。さらに詳しくは、微生物汚染を低減でき且つ粉ミルクに添加しうる栄養成分を含有する調整粉乳に関する。
【背景技術】
【0002】
新生児は母乳で育てられるのが良いが、母乳の分泌が悪い場合や育児環境の問題などで次善の策として調整粉乳を利用する母親も少なくない。日本では完全な調整粉乳による育児が10%、母乳と調整粉乳の混合育児が60%で完全な母乳育児は30%程度に留まるといわれている。
乳の成分は、その動物種に応じた組成があり、当然、ヒトと牛では異なる。調整粉乳は主に牛乳を原料として製造されるが、その成分はヒト乳とは異なるため、ヒト乳の組成になるべく近づけるような努力がこれまで調整粉乳メーカーではなされてきており、今もなおその組成の改善の努力が続いている。
乳児用の調整粉乳は現在、良い衛生環境のもとで製造されるため微生物的な問題が発生するリスクは少ない。また、調整粉乳を70℃以上の熱水で溶解することが推奨されていることから、この熱水により粉乳中の微生物の殆どは殺菌される。一方で、調製された乳がそのまま放置されたのちに乳児に与えられるケースや溶解するための熱水温度が低く微生物が死滅せず、粉ミルクの微生物汚染により乳児に悪い影響が発生する場合がある。特にその微生物が「Cronobacter sakazakii(サカザキ菌)」や「Salmonella enterica(サルモネラ菌)」といった細菌であった場合は、サカザキ菌であれば免疫不全児、低出生体重児を中心として「敗血症」や「壊死性腸炎」を引き起こすことがあり、重篤な場合には「髄膜炎」を併発することがある。サルモネラ菌にはチフス性疾患を起こすものや、下痢、発熱といった食中毒を起こすものがあり調整粉乳による微生物は大きな問題がある。サルモネラ菌は、粉ミルクの製造過程では混入することはほとんどなく、調整粉乳を開封した後、調整粉乳を溶かすときや溶かした後に混入することがあるようである。
調整粉乳メーカーではこのような微生物汚染リスクを回避するために静菌性物質の添加を試みている。ラクトフェリンは静菌性を示す成分でありヒトの母乳に含まれる成分である、このラクトフェリンは調整粉乳の栄養成分として添加されている。一方で、調整粉乳には添加できる成分が限られていることから抗生物質や食品に用いられている日持ち向上剤の添加ができず、調整粉乳の微生物汚染リスクを下げる決定的な手段がないのが現状である。
【0003】
1,5−アンヒドロ−D−グルシトール(以下1,5−AGという)は哺乳類やさまざまな食品中に存在する成分である。牛乳では1mlあたり0.6μg、大豆では1gあたり22μgが含まれると報告されている(非特許文献1)。ヒトの血液中には10〜20μg/ml程度の1,5−AGが含まれており、その値は、健康なヒトでは一定に保たれていることが分かっている。また、糖尿病などで血中グルコース値が高くなると、相関的に血中1,5−AG量が下がること、また、この血中1,5−AG量は直近の血糖値の推移を反映することから、血中1,5−AG量は臨床的に血糖コントロールの指標とされている。
1,5−AGは哺乳類ではグリコーゲンから1,5−アンヒドロ-D−フルクトース(1,5−AF)を中間体として合成されていると考えられており、また1,5−AFの微生物変換(特許文献1)や化学的に水素添加(非特許文献2)で合成できることが報告されている。また、高純度の1,5−AGを調製する方法として結晶化方法も提案されている(特許文献2)。また、生理機能としては1,5−AGが膵臓細胞を用いた試験系でインスリン分泌を促進すること(非特許文献3)、2型糖尿病モデルマウスを用いた試験系では1,5−AGが抗炎症作用を示し糖尿病患者に有効な糖である可能性が見出されている(非特許文献4)。さらに、2型糖尿病モデルを用いた試験では発症抑制などが報告されている(非特許文献5)。このように1,5−AGはヒトに対しても健康的な機能が期待される物質である。さらに1,5-AGに口腔内細菌に対する抗菌作用もみいだされている(特許文献3)。1,5−AGの口腔内での抗菌性の評価は培地として塩類と僅かな有機物が存在する条件下で試験されている。口腔内にわずかに残った栄養成分にミュータンス菌が増殖するためこのような条件が選ばれている。一方で調製粉乳は栄養成分が豊富な環境であり、口腔内の環境とは大きく異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−215231号公報
【特許文献2】特開2008−54531号公報
【特許文献3】特開2011−37806号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】リアーゼによるグリコーゲン分解と1,5−アンヒドログルシトール.生化学 69(1997)1361−1372
【非特許文献2】1,5−Anhydro−D−fructose;a versatile chiral building block:biochemistry and chemistry,Carbohydrate Research 337(2002)873−890
【非特許文献3】1,5−anhydoroglucitol stimulates insulin release in insulinoma cell lines.Biochimica Biophysica Acta 1623(2003)p82−87
【非特許文献4】1,5−anhydroglucitol attenuates cytokine releases and protect mice with type 2 diabetes from inflammatory reactions. Int J Immunopathol Pharmacol.23(2010)105−119
【非特許文献5】Protective effects of dietary 1,5−anhydro−D−glucitol as a blood glucose regulator in diabetes and metabolic syndrome. J Argric Food Chem. 23(2013)611−7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、調製粉乳に添加しうる栄養成分でかつ微生物汚染のリスクを低減する物質を含有する調製粉乳を提供することにある。
本発明の他の目的および利点は以下の説明から明らかになろう。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明によれば、本発明の上記目的および利点は、
1,5−アンヒドロ−D−グルシトール(1,5−AG)を20μg/g〜400mg/gの量で含有することを特徴とする調整粉乳が提供される。
【発明の効果】
【0008】
調整粉乳の微生物汚染リスクは現時点では未だ完全とはいえず、そのリスク低減が求められているのに対して、本発明では母乳成分であり且つ静菌作用を有する1,5−AGを調製粉乳に添加することでそのリスクを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】1,5−AGの静菌作用を納豆菌について示したものである。
【
図2】1,5−AGの静菌作用を大腸菌について示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
乳児用調製粉乳に添加できる成分は限られており、原料は生乳、牛乳もしくは特別牛乳とされ、それに乳幼児に必要な栄養素を添加しうると日本では定められている。従って、調整粉乳の微生物汚染リスクを低減するために一般食品用の日持ち向上剤などは添加できない。一方でヒト母乳成分に含まれる抗菌性のある栄養成分であれば調製粉乳に安心して添加しうると考えられる。そこで発明者らはヒト乳中に含まれる栄養成分であり、且つ静菌性を有する成分を探索したところ、ヒト乳中に口腔内の細菌の増殖を抑制する効果が報告されている1,5−AGが含まれることを発見し、のみならず、1,5−AGを粉ミルクに添加し微生物のリスクを評価する試験を実施したところ、口腔内の環境とは異なる、中性ないし弱アルカリ性の環境下でも効果的に微生物の増殖を抑制できることを究明し、本発明を完成したものである。
調製粉乳は原料乳に各種添加物が混合され、均質化、殺菌、濃縮、乾燥、篩別の工程を経て製造されている、1,5−AGの添加方法としては原料乳に溶液状の1,5−AGや粉末1,5−AGを添加することが可能である。また、乾燥後の粉体に1,5−AGの粉末を混合することでも可能である。1,5−AGの添加方法はこれに限られるものではない。調整乳に混合するのに用いる1,5−AGとしては結晶1,5−AGや溶液状1,5−AGでもよく、1,5−AG製剤の固形分中の1,5−AG純度は90%(W/W)以上、好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上が良い。1,5−AG純度が低いと含まれる不純物自体の変色や栄養成分の変化などのリスクが高まる。特に不純物として1,5−AGの原料である1,5−アンヒドロ−D−フルクトース(以下1,5−AF)が多く含まれる場合は調整粉乳中のたんぱく質との反応による着色が認められる。
発明者らの測定によると市販の調製粉乳中の1,5−AGは4〜5μg/gであった。一方、ヒト母乳中の1,5−AG量に近づけるには粉乳中の1,5−AGの量は、少なくとも20μg/gとするのがよく、好ましくは20μg/g〜400mg/g、より好ましくは10mg/g〜100mg/gとするのがよい。
添加する1,5−AGはグルコースからの化学合成法や1,5−AFの化学的な水素添加法などその製造方法があり、その製法は限定されるものではないが、好ましくは化学的な製造工程がない次の方法が良い。1,5−AFを微生物的に発酵し、精製、濃縮、結晶化し製造したもので、食品製造に適しており、高純度のものが良い。
【実施例】
【0011】
実施例1 ヒト母乳中の1,5−AGの測定
鹿児島市内の産科で出産した方(10名)の出産後、約1週間および約1か月後の採取直後の母乳の提供を受け、高速液体クラマトグラフィーおよび高性能陰イオン交換クロマト グラフィーを用いて母乳中の1,5−AGを測定した。測定は以下の方法で行った。
採取母乳は1.5ml容の遠心チューブに入れ、測定まで−25℃の冷凍庫で保管した。測定前にその母乳を解凍した。300μLの母乳にアセトニトリル300μLを加え混合した後に10,000gで10分間、遠心分離し上澄を回収した。それを高速液体クロマトグラフ(分離カラム;LiChroCART Lichrospher 100 NH
2, カラム温度;30℃,溶離液;アセトニトリル:水=70:30、流速 1.0mL/min)に100μLを供し、分離カラムから溶出した液のうち1,5−D−アンヒドログルシトール(1,5−AG)が溶出する画分をすべて回収した。その回収画分を遠心エバポレーターに供し、80℃で乾固したのち、水100μLに溶解した。この試料を高性能陰イオン交換クロマトグラム(ダイオネックスICS5000+DC、分離カラム;Carbopac MA1,溶離液;400mM NaOH、流速0.4ml/min)に供し、1,5−AGを定量した。
その結果、表−1に示すようにヒト母乳中に1,5−AGが含まれることが解った。また、その量は2.6から12.3μg/mLであり、平均で6.0μg/mlであった。牛乳中の1,5−AG量は0.6μg/mlと報告(非特許文献1)されていることから、母乳中には牛乳中の10倍程度の1,5−AGが含まれることが判明した。また、市販の乳児用の調整粉乳(4製品)から処方に従って調整したミルクについても母乳と同様の操作で1,5−AGを定量した。その結果、いずれの粉ミルクも1μg/mL以下であった。
【0012】
【表1】
【0013】
実施例2 1,5−AGの安全性試験
哺乳類は体内で自ら1,5−AGを合成しているので、1,5−AGは食品として安全性の高い物質と考えられているため、これまでに食品素材としての観点から毒性に関して報告されていない。そこでマウスやラットや微生物を用いて1,5−AGの安全性を評価した。
【0014】
(1)急性経口毒性試験
1,5−AG結晶粉末(純度96%)を注射用水で溶解し、100mg/mlの試験液を調製した。6週齢のICR系雌雄マウスに1,5−AGの投与量が2,000mg/kg(対照群は注射水のみ)となるように単回経口投与し、14日間観察した。観察期間中に異常および死亡例は認められず、LD50値は雌雄ともに2,000mg/kg以上であることが解った。
【0015】
(2)変異原性試験
1,5−AG結晶粉末の突然変異誘起性を調べる目的で労働省告示第77号に準じ試験を実施した。Escherichia coli WP2uvr AおよびSalmonella typhimurium T4系4菌株を用いて代謝活性化を含む復帰突然変異試験を315〜5000μg/プレートの用量で行ったところ、いずれの場合においても復帰変異コロニー数の増加は認められなかった。突然変異誘起性は陰性であることが解った。
【0016】
(3)14日間の反復経口投与毒性試験
1,5−AG結晶粉末の1000及び2000mg・kg/dayを1群雌雄各6匹のCrl:CD(SD)ラットに14日間連日経口投与し、その反復投与毒性を調べた。対照群(雌雄各6匹)には注射用水を同様の方法で投与した。
いずれの群の動物にも死亡例は認められなかった。
一般状態、体重、摂餌量、摂水量、血液学的検査、血液生化学検査、尿検査、剖検、器官重量及び病理組織学的検査において、毒性学に意義のある変動は認められなかった。無毒性量は2,000mg/kg/day以上であると考えられた。
【0017】
実施例3 1,5−AGの静菌試験(納豆菌)
市販の調整乳粉末(和光堂(株)レーベンスミルク「はいはい」)に結晶1,5−AGを13:2の割合で混合し、1,5‐AGが添加された調製粉乳を得た(1,5−AG 130mg/g)。その調整乳粉末を15g(1,5−AGとして2g)とり、それを70℃の熱湯100mlで溶解した後、冷却し納豆菌(Bacillus natto)の培養液100μlを添加し、30℃で48時間、保管した。保管開始直後、24時間後、48時間後に一部サンプリングしミルク中の生菌数の変化を一般生菌数測定用の寒天培地を用いて測定した。また、1,5−AGの不添加区は調整粉乳を12gとり同様に調整し菌数の変化を調べた。その結果、調整後のミルクの1,5−AGが2%(調製粉乳中13.3%)で納豆菌の増殖が効果的に抑制された(図-1)。
【0018】
実施例4 1,5−AGの抗菌性試験(大腸菌)
市販の調整乳粉末(和光堂(株)レーベンスミルク「はいはい」)に結晶1,5−AGを10:5の割合で混合し、1,5−AGが添加された調製粉乳を得た(1,5−AG 330mg/g)。その調整乳粉末を15gとりそれに、70℃の熱湯100mlで溶解した後、冷却し大腸菌(Escherichia coli)の培養液を100μL添加し、30℃で50時間保管しミルク中の生菌数の変化を測定した。また、1,5−AGの不添加区は調整粉乳を10gとり同様に調整し菌数の変化を調べた。その結果、調整後のミルクの1,5−AGが5%の場合(調製粉乳中33.3%)は大腸菌の増殖が効果的に抑制された(図-2)。