【解決手段】基材の表面に硬質皮膜が被覆された刃径が4mm以下の被覆切削工具であって、前記基材の上にはWおよびTiを含む炭化物からなるa層が配置されており、前記a層の上には金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)が最も多く、Siの含有比率(原子%)が5%〜20%であるAlCrSi系の窒化物又は炭窒化物からなるb層が配置されており、前記b層はNaCl型の結晶構造であり、前記b層の上にはTiの含有比率(原子%)が50%以上であり、Siの含有比率(原子%)が1%〜30%である窒化物又は炭窒化物からなるc層が配置されており、
基材の表面に硬質皮膜が被覆された刃径が4mm以下の被覆切削工具であって、前記基材の上にはWおよびTiを含む炭化物からなるa層が配置されており、前記a層の上には金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)が最も多く、Siの含有比率(原子%)が4%〜20%であるAlCrSi系の窒化物又は炭窒化物からなるb層が配置されており、前記b層はNaCl型の結晶構造であり、前記b層の上にはTiの含有比率(原子%)が50%以上であり、Siの含有比率(原子%)が1%〜30%である窒化物又は炭窒化物からなるc層が配置されており、
前記a層の膜厚は2nm〜10nmであり、前記b層の膜厚は前記c層の膜厚よりも大きく、前記b層と前記c層の合計の膜厚は2.5μm〜5μmであることを特徴とする被覆切削工具。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明者は、高硬度材の高能率加工における被覆切削工具の損傷要因について検討し、硬質皮膜を形成する柱状粒界を起点に皮膜破壊が発生し易いことを確認した。一方で、柱状粒界を低減するために硬質皮膜の組織を微細化すると基材との密着性が低下するため被覆切削工具の耐久性が低下する。本発明者は、高硬度材を高能率加工するためには、耐熱性と耐摩耗性を兼ね備えた皮膜種を適用した被覆切削工具が有効であることを確認し、耐熱性と耐摩耗性が優れる皮膜種であるAlCrSi系の窒化物又は炭窒化物をベースに皮膜組織を微細化して破壊の起点となる結晶粒界を低減することを検討した。そして、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物が一定量のSi元素を含有することで皮膜組織が微細化して結晶粒界が低減することを確認し、硬質皮膜の組織が微細化することに起因する密着性の低下を補完するには特定の中間皮膜を設けることが有効であることを確認した。更に、高硬度材の切削加工においては、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物の上層にTiとSiを一定量含有する窒化物又は炭窒化物を配置することが有効であることを確認した。
そして、刃径が4mm以下のような小径工具においては、個々の膜厚を適切に調整した特定の皮膜構造を適用することで高負荷の切削環境下でもより優れた耐久性を発揮できることを確認して本発明に到達した。以下、本発明の詳細について説明する。
【0008】
まず、b層について説明する。b層は、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物で構成される。AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物は、被覆切削工具として優れた耐摩耗性と耐熱性が発揮できる膜種であり、より好ましくは窒化物である。そして、優れた耐熱性を確保するために、金属(半金属を含む)元素のうち原子%でAlの含有量を最も多くすることが重要である。Alは、耐熱性を付与する元素であり、金属(半金属を含む)元素の含有比率(原子%)でAl以外の元素が最も多くなると耐熱性が十分でない。
b層は、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)が50%以上とすることで、耐熱性に優れて好ましい。より好ましくは、Alの含有比率(原子%)は55%以上である。より優れた耐久性を発揮するためには、b層は、金属(半金属を含む)元素のうちAlの含有比率(原子%)を68%以下とすることが好ましい。なお、本発明における半金属とは、Si、Bである。
【0009】
b層は、結晶構造をNaCl型の結晶構造とし、被覆切削工具としての耐摩耗性を向上させるために、Crを含有することが必要である。b層は、金属(半金属を含む)元素のうちCrの含有比率(原子%)が20%以上であることで、耐摩耗性および耐熱性が高いレベルで両立されて好ましい。b層は、Crの含有比率(原子%)を20%以上とすることで、ZnS型の結晶構造が少なくなり、被覆切削工具の耐久性が向上する傾向にある。
本発明において、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物は、金属(半金属を含む)元素のうちAlとCrの合計の含有比率(原子%)が85%以上であることが、耐熱性および耐摩耗性の観点から好ましい。更には、AlとCrの合計の含有比率(原子%)は90%以上であることが好ましい。
【0010】
Siは、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物の組織を微細化するために重要な元素である。Siの含有量が少ないとAlCrSi系の窒化物又は炭窒化物は、皮膜の柱状粒子が粗大となり明確となる。柱状粒子が明確な組織形態では、皮膜破壊の起点となる結晶粒界が多くなるため逃げ面摩耗が増大する傾向にある。一方、一定量のSiを含有したAlCrSi系の窒化物又は炭窒化物は、組織が微細化しており断面観察において明確な柱状粒子が観察されない。このような組織形態の硬質皮膜は、破壊の起点となる柱状粒界が少なくなり逃げ面摩耗を抑制することができる。但し、Si含有量が多くなると非晶質およびZnS型の結晶構造が主体となり易くなり、被覆切削工具の耐久性が低下する。
よって、金属(半金属を含む)元素のうちSiの含有比率(原子%)を4%〜20%とすることが重要である。Siの含有比率(原子%)が4%未満であると、柱状粒子が粗大になり、耐久性が低下する場合がある。Siの含有比率(原子%)が20%を超えると、皮膜構造が非晶質となり易くなるため、NaCl型の結晶構造とすることが困難となり耐久性が低下する場合がある。Siの含有比率(原子%)としては、より好ましくは5%以上であり、更に好ましくは6%以上である。また、Siの含有比率(原子%)は、より好ましくは15%以下であり、更に好ましくは10%以下である。
【0011】
b層は、NaCl型の結晶構造であることが重要である。本発明においてNaCl型の結晶構造であるとは、例えば、X線回折においてNaCl型の結晶構造に起因する回折強度が最大強度を示すものである。ZnS型の結晶構造に起因する回折強度が最大強度を示すものは脆弱であるため被覆切削工具として耐久性が乏しくなる。特に湿式加工においては、耐久性が低下する傾向にある。
b層は、X線回折においてZnS型の結晶構造に起因する回折強度が確認されないことが好ましい。しかし、NaCl型の結晶構造に起因する回折強度が最大強度を示すのであれば、一部にZnS型の結晶構造および非晶質相を含有してもよい。
【0012】
但し、皮膜の被験面積が小さい場合には、上記X線回折によるNaCl型の結晶構造の同定が困難な場合がある。このような場合であっても、例えば透過電子顕微鏡(TEM)を用いた制限視野回折法による結晶構造の同定を行うことができる。
【0013】
b層のミクロ組織は、全体的なSi量に対して相対的にSi含有量の多い結晶相に、全体的なSi量に対して相対的にSi含有量が少ない結晶相が分散する組織形態である。b層がこのような組織形態になることで、皮膜により高い残留圧縮応力が付与されるとともに、クラックの進展がミクロレベルでも抑制される。これにより、優れた耐久性が発揮できると考えられる。一般的に、Si含有量が多くなると、AlCrSi系の窒化物又は炭窒化物は、非晶質相が主体の組織形態となり易く、靱性が低下する傾向にある。本発明では、b層の結晶性を高めるため、基材付近の磁束密度を高めて被覆をしている。具体的には、ターゲット中心付近の平均磁束密度が14mT以上である。また、ターゲット背面および外周に永久磁石を配備し、基材付近まで磁力線が到達するよう調整したカソードを用いて、b層を被覆している。
また、後述するTiボンバード処理によって形成されるa層の直上に、b層を被覆していることも、b層のミクロ組織がSi含有量の異なる結晶相を含む組織形態になることに影響していると考えられる。
【0014】
b層は、NaCl型の結晶構造に起因する回折強度が最大強度を示す範囲であれば、Al、Cr、Siの含有量を考慮して、周期律表の4a族、5a族、6a族(Crを除く)の金属元素およびBから選択される1種または2種以上の元素の合計を金属(半金属を含む)元素のうち原子比率で0〜10%含有することができる。これ以上の添加はb層の耐摩耗性及び耐熱性を低下させる傾向にある。
【0015】
前記b層の上にはTiの含有比率(原子%)が50%以上であり、Siの含有比率(原子%)が1%〜30%である窒化物又は炭窒化物からなるc層が配置する。より好ましくは窒化物である。Tiが主体でSiを一定量含有した窒化物又は炭窒化物は高い残留圧縮応力を有するため、耐摩耗性及び耐熱衝撃性に優れる傾向にある。特に湿式加工においては加熱冷却のサイクルにより硬質皮膜が剥離し易くなることから、高い残留圧縮応力を有するc層を設けることが有効である。c層のTiの含有比率(原子%)が50%未満であると耐摩耗性が低下する場合がある。また、c層のSiの含有比率(原子%)が1%未満であれば皮膜の残留圧縮応力が低くなり耐摩耗性及び耐熱衝撃性が低下する場合がある。また、c層のSiの含有比率(原子%)が30%よりも多くなれば皮膜の残留圧縮応力が高くなり過ぎて皮膜破壊が発生する場合がある。c層のTiの含有比率(原子%)は70%以上であることが好ましい。また、c層のSiの含有比率(原子%)は10%以上であることが好ましい。
【0016】
突発的な皮膜破壊や欠損が発生し易い刃径が4mm以下のような小径工具においては、b層とc層の膜厚の制御が重要となる。本発明者の検討によれば、残留圧縮応力が高いc層の膜厚が厚くなると皮膜剥離や欠損が発生する場合があることを確認した。そして、皮膜組織を微細化したb層の膜厚を厚くすることで、皮膜破壊が抑制されて優れた耐久性を発揮し易くなることを確認した。そのため、本発明では、b層の膜厚はc層の膜厚よりも厚膜とする。また、本発明ではb層とc層の合計の膜厚は2.5μm〜5μmとする。b層の膜厚をc層よりも厚膜としても、b層とc層の合計の膜厚が2.5μm未満であると耐摩耗性が十分でない場合がある。また、b層とc層の合計の膜厚が5μmよりも厚膜になると皮膜剥離や欠損が発生する場合がある。b層とc層の合計の膜厚の下限値は3.0μm以上であることが好ましい。
【0017】
続いてa層について説明する。b層は微細な組織形態であるため基材との密着性が乏しく、従来の窒化物からなる中間皮膜を介しては密着性を改善するには十分でなかった。また、特許文献2に記載のW改質相は、脱炭相が形成され易くなるだけでなく、工具基材の形状によっては形成され難い場合があり、エンドミルの場合、機能部である刃先にはW改質相は形成され難いことを確認した。
本発明者は様々な条件で切削試験を行い、WおよびTiを含む炭化物からなるa層を基材の上に設けることで、微細な組織形態であるb層との密着性が改善されて被覆切削工具の耐久性が向上することを確認した。つまり、基材とb層との間にa層を形成することにより、微細な組織形態であるb層の基材との密着性を改善したものである。
基材の上にあるa層がWを含んだ炭化物とすれば基材である超硬合金との親和性が強くなり密着性が優れると考えられる。また、a層がTiを含むことで、a層の上にある微細組織であるb層がNaCl型の結晶構造を維持し易くなる。そして、a層の近傍にあるb層の結晶性がより高まり、基材とb層の密着性がより高まると考えられる。そして、刃径が4mm以下のような小径工具の耐久性を高めるためには、a層の膜厚の制御が重要となる。つまり、刃径4mm以下の小径工具である本発明においては、a層の膜厚は2nm〜10nmとする。a層の膜厚が薄くなり過ぎれば基材との密着性が低下する場合がある。また、a層の膜厚が厚膜になり過ぎると皮膜剥離が発生する場合がある。より好ましくは、a層の膜厚は3nm以上である。また、より好ましくはa層の膜厚は7nm以下である。
a層は、WおよびTi以外に皮膜成分および母材成分を含有しても良い。a層の実測定においては、基材側のCoや硬質皮膜側のAl、Cr、Si、Nが含まれ得るが、WおよびTiを含む炭化物とすることで本発明の効果は発揮される。
a層は、透過型電子顕微鏡観察による断面観察、組成分析、ナノビーム回折パターンより確認することができる。
【0018】
基材の上にWおよびTiを含む炭化物を形成するためには、ターゲットの外周にコイル磁石を配備してアークスポットをターゲット内部に閉じ込めるような磁場構成としたカソード用いてTiボンバードを実施することが好ましい。このようなカソードを用いて炭化物を形成し易い元素種であるTiでボンバード処理することで、基材表面の酸化物が除去されて清浄化されるだけでなく、ボンバードされたTiイオンが基材表面のWCに拡散してWおよびTiを含む炭化物が形成され易くなる。本発明において、WおよびTiを含む炭化物であるa層は、機能部である刃先に形成されることで、刃先における基材と硬質皮膜の密着性が高まり被覆切削工具の耐久性を高める効果を得ることができる。
Tiボンバードの際に基材に印加する負圧のバイアス電圧およびターゲットへ投入する電流が低いとWおよびTiを含む炭化物が形成され難い。そのため、基材に印加するバイアス電圧は−1000V〜−700Vとすることが好ましい。また、ターゲットへ投入する電流は80A〜150Aとすることが好ましい。
ボンバードはアルゴンガス、窒素ガス、水素ガス、炭化水素系ガス等を導入しながら実施してもよいが、炉内雰囲気を1.0×10
−2Pa以下の真空下で実施することで基材表面が清浄化されるだけでなく、拡散層が形成され易くなり好ましい。
【0019】
工具の外周刃で被加工材を加工するスクエアエンドミルと違って、ボールエンドミルのチゼル部では、被加工材と常に接触しながら加工を行っているため、より優れた耐熱性と耐摩耗性が要求される。本発明の被覆切削工具は、ボールエンドミルに適用することで、特に優れた耐久性を示すため好ましい。特に40HRC以上の金型材の切削加工において、被覆切削工具の耐久性を向上させることができるので好ましい。更には、50HRC以上の金型材の切削加工に適用しても、優れた耐久性を発揮できるので好ましい。
本発明の被覆切削工具は、皮膜構造を最適化しているため刃径が4mm以下の小径工具において優れた耐久性を発揮することができる。本発明の被覆切削工具は、ボール半径が3mm以下のボールエンドミルに適用することで優れた耐久性を発揮できるので好ましい。更には、ボール半径2mm以下のような小径のボールエンドミルに適用することが好ましい。
【0020】
本発明の基材に適用する超硬合金の硬度は93.0HRA以上95.0HRA以下であることが好ましい。基材の硬度が低くなり過ぎれば耐摩耗性を改善するのに十分でない場合がある。また、基材の硬度が高くなり過ぎれば靱性が低下するためチッピングが発生する場合がある。優れた耐久性をより安定して発揮には、基材の硬度は93.5HRA以上であることがより好ましい。また、基材の硬度は、94.5HRA以下であることがより好ましい。
【実施例1】
【0021】
<成膜装置>
成膜には、アークイオンプレーティング方式の成膜装置を用いた。本装置は、複数のカソード(アーク蒸発源)、真空容器および基材回転機構を含む。
カソードは、ターゲット外周にコイル磁石を配備したカソードを1基(以下「C1」という。)と、ターゲット背面および外周に永久磁石を配備し、ターゲット表面に垂直方向の磁束密度がターゲット中央付近で14mT以上であるカソードを2基(以下「C2」、「C3」という。)搭載している。
C1には金属Tiのターゲットを設置した。C2にはAlCrSi合金のターゲットを設置した。C3にはTiSi合金のターゲットを設置した。
真空容器内は、内部を真空ポンプにより排気され、ガスは供給ポートより導入される。真空容器内に設置した各基材にはバイアス電源が接続され、独立して各基材に負圧のDCバイアス電圧を印加する。
基材回転機構は、プラネタリーとプラネタリー上のプレート状治具、プレート状治具上のパイプ状治具が取り付けられ、プラネタリーが毎分3回転の速さで回転し、プレート状治具、パイプ状治具は夫々自公転する。
【0022】
<基材>
物性評価および切削試験用に、基材として、組成がWC(bal.)−Co(8質量%)−Cr(0.5質量%)−VC(0.3質量%)、WC平均粒度0.6μm、硬度93.9HRA、からなる超硬合金製の2枚刃ボールエンドミル(日立ツール株式会社製)を準備した。
【0023】
<加熱および真空排気工程>
各基材をそれぞれ真空容器内のパイプ状冶具に固定し、成膜前プロセスを以下にように実施した。まず、真空容器内を8×10
−3Pa以下に真空排気した。その後、真空容器内に設置したヒーターにより、基材温度を600℃まで加熱して、真空排気を行った。そして、基材温度を600℃、真空容器内の圧力を8×10
−3Pa以下とした。
【0024】
<Arボンバード工程>
その後、真空容器内にArガスを導入し、0.67Paとした。その後、フィラメント電極に20Aの電流を供給、基材に−150Vのバイアス電圧を印加して、Arボンバードを4分間実施した。
【0025】
<Tiボンバード工程>
その後、真空容器内の圧力が8×10
−3Pa以下になるように真空排気した。続いて、基材に−750Vのバイアス電圧を印加して、C1に80Aのアーク電流を供給してTiボンバード処理を3分間実施した。
【0026】
<成膜工程>
Tiボンバード後、直ちにC1への電流供給を中断した。そして、真空容器内のガスを窒素に置き換え、真空容器内の圧力を5Pa、基材の設定温度を600℃とし、C2に100Aの電流を供給して、基材に印加するバイアス電圧を−150Vとして硬質皮膜を被覆した。その後、C3に100Aの電流を供給し、基材に印加するバイアス電圧を−50Vとして硬質皮膜を被覆した。その後、略250℃以下に基材を冷却して真空容器から取り出した。本発明例1〜3と比較例10〜13は成膜時間を調整して膜厚を変化させた。
比較例14は、Arボンバード工程の後にTiボンバードを実施せずに、C2及びC3に電流を供給して硬質皮膜を被覆した。
比較例15は、Arボンバード工程の後に基材に印加するバイアス電圧を−1000VとしてTiボンバードを4分間実施して、C2及びC3に電流を供給して硬質皮膜を被覆した。
比較例16は、Arボンバード工程の後に基材に印加するバイアス電圧を−800VとしてTiボンバードを1分間実施して、C2及びC3に電流を供給して硬質皮膜を被覆した。
比較例17は、Tiボンバードをせずに、Arボンバード工程の後にチタン窒化物を被覆した後に、C2及びC3に電流を供給して硬質皮膜を被覆した。
【0027】
株式会社日本電子製の電子プローブマイクロアナライザー装置(型番:JXA−8500F)を用いて、付属の波長分散型電子プローブ微小分析(WDS−EPMA)でb層とc層の皮膜組成を測定した。この皮膜組成の分析は、分析用の被覆切削工具を断面観察して、各層を加速電圧10kV、照射電流5×10
−8A、取り込み時間10秒、分析領域直径1μm、分析深さが略1μmで5点測定してその平均から組成を求めることにより行った。
【0028】
分析用の被覆切削工具を用いて透過電子顕微鏡(TEM)による断面解析を行った。装置は、日本電子株式会社製の電界放出型透過電子顕微鏡(型番:JEM−2010F型)を用いた。組成分析は付属のUTW型Si(Li)半導体検出器を用いてビーム径1nmで分析した。ナノビーム回折は、カメラ長50cmとし、2nm以下のビーム径で分析した。
【0029】
TEM観察により、基材と硬質皮膜の間には別層(a層)が形成されていることを確認した。EDSスペクトル分析結果から、基材の直上のa層には、WとTiが含まれていることを確認した。また、ナノビーム回折パターンからa層はWCの結晶構造に指数付けが可能であった。EDSスペクトル分析およびナノビーム回折パターンから、基材の直上にあるa層は、WCの一部にTiを含有した炭化物であることを確認した。また、a層は金属(半金属を含む)部分の原子比率でWを最も多く含有していた。なお、WおよびTi以外には硬質皮膜の成分であるAl、Cr、Si、Nを含有していた。また、基材成分であるCoも僅かに含有していた。a層の直上は、EDSスペクトル分析結果およびナノビーム回折パターンから、立方晶構造の窒化物からなる硬質皮膜であることを確認した。
Tiボンバード処理の条件を変えた比較例15は、本発明例よりも厚膜のa層が形成されていた。基材のクリーニングを目的とした短時間のTiボンバード処理を行った比較例16は、明確なa層は形成されていなかった。
【0030】
また、TEMを用いた制限視野回折法によってb層の結晶構造の同定を行った。本発明例のb層はNaCl型の結晶構造を有していることを確認した。
【0031】
作製した被覆切削工具を用いて切削試験を行った。表1に分析結果および切削試験結果を示す。切削条件は以下の通りである。
(条件)湿式加工
・工具:2枚刃超硬ボールエンドミル
・型番:EPDBE2010−6、ボール半径0.5mm、首下長さ6mm
・切削方法:底面切削
・被削材:HPM38(52HRC)(日立金属株式会社製)
・切り込み:軸方向、0.04mm、径方向、0.04mm
・切削速度:78.5m/min
・一刃送り量:0.0189mm/刃
・切削油:水溶性エマルション加圧供給
・切削距離:60m
・評価方法:切削加工後、走査型電子顕微鏡を用いて倍率150倍で観察し、工具と被削材が擦過した幅を実測し、そのうちの擦過幅が最も大きかった部分を最大摩耗幅とした。
【0032】
【表1】
【0033】
本発明例は摩耗幅が小さくなり、早期欠損も発生せずに優れた耐久性を示した。
比較例10はc層の膜厚がb層よりも厚膜であるため、本発明例に比べて摩耗幅が大きくなった。比較例11はb層とc層の膜厚が同じであるため、本発明例に比べて摩耗幅が大きくなった。比較例12はb層に含有するSiが少ないため皮膜組織が粗大であり、本発明例に比べて摩耗幅が大きくなった。比較例13はb層とc層の合計の膜厚が薄いため、本発明例に比べて摩耗幅が大きくなった。比較例14はTiボンバードを実施していないためa層が形成されておらず、基材とb層の密着性が弱く早期欠損した。比較例15はa層の膜厚が厚すぎるため本発明例に比べて摩耗幅が大きくなった。比較例16は基材のクリーニングを目的としたTiボンバードであるため、明確なa層が形成されておらず早期欠損した。比較例17は本発明例のa層の代わりに窒化チタンを形成したものであるが、窒化チタンでは基材と組織を微細化したb層との密着性を高める効果が不十分であり早期欠損した。