(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-174889(P2015-174889A)
(43)【公開日】2015年10月5日
(54)【発明の名称】防止剤溶液及び重合防止方法
(51)【国際特許分類】
C08F 2/40 20060101AFI20150908BHJP
C08L 71/02 20060101ALI20150908BHJP
C08K 5/46 20060101ALI20150908BHJP
【FI】
C08F2/40
C08L71/02
C08K5/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-50843(P2014-50843)
(22)【出願日】2014年3月13日
(71)【出願人】
【識別番号】000195616
【氏名又は名称】精工化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088616
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 一平
(74)【代理人】
【識別番号】100089347
【弁理士】
【氏名又は名称】木川 幸治
(74)【代理人】
【識別番号】100154379
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 博幸
(74)【代理人】
【識別番号】100154829
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 成
(72)【発明者】
【氏名】松本 梢
【テーマコード(参考)】
4J002
4J011
【Fターム(参考)】
4J002CH021
4J002EV316
4J002FD206
4J002GT00
4J011NA26
4J011NB01
4J011NB02
4J011NC01
(57)【要約】
【課題】重合系に容易に拡散し、重合禁止剤の成分が変化した固体が析出することがなく、作業者への有害性が少ない防止剤溶液を提供すること。
【解決手段】フェノチアジンと、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液と、を含有する防止剤溶液である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェノチアジンと、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液と、を含有する防止剤溶液。
【請求項2】
前記ポリオキシアルキレングリコールエーテルが、ポリエチレングリコールジメチルエーテルである請求項1に記載の防止剤溶液。
【請求項3】
前記ポリオキシアルキレングリコールエーテルの誘導体が、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルである請求項1に記載の防止剤溶液。
【請求項4】
前記溶液に対する前記フェノチアジンの溶解度が、室温で、少なくとも0.1g/mlである請求項1〜3のいずれか1項に記載のいずれかに記載の防止剤溶液。
【請求項5】
前記フェノチアジンの濃度が、10〜25質量%である請求項1〜4のいずれか1項に記載の防止剤溶液。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の防止剤溶液を、ラジカル重合下にある系に添加する工程を含む重合防止方法。
【請求項7】
前記ラジカル重合下にある系が、(メタ)アクリルモノマー、スチレン、アクリロニトリル、及び酢酸ビニルからなる群から選択される少なくとも1種のモノマーを含む請求項6に記載の重合防止方法。
【請求項8】
前記(メタ)アクリルモノマーが、(メタ)アクリル酸である請求項7に記載の重合防止方法。
【請求項9】
前記(メタ)アクリルモノマーが、(メタ)アクリル酸エステルである請求項7に記載の重合防止方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防止剤溶液及び重合防止方法に関する。更に詳しくは、ラジカル重合反応系に添加して重合反応を停止する防止剤溶液及びそれを用いた重合防止方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ラジカル重合反応に用いられるモノマーは、光や熱によって容易に重合する。そのため、その製造、輸送、或いは保存中の望まない重合を防止するために、種々の重合禁止剤が添加されている。このような重合禁止剤として、フェノール・キノン化合物やアミン化合物が広く用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
とりわけアクリル酸のモノマーは、低い確率でラジカルを発生し、そのラジカルを基点として意図しないラジカル重合反応が進行する場合がある。重合反応は発熱を伴い、温度が高いほど重合反応速度は大きくなる。それゆえ、重合禁止剤が添加されていても、短時間で重合禁止剤が消費される。その結果、重合反応が更に進行し、反応が暴走する場合がある。
【0004】
重合禁止剤が消費された状況で、重合反応又は暴走反応を抑制するためには、重合開始後でも有効な重合防止剤を新たに添加する必要がある。しかしながら、重合防止剤を新たに添加しても、重合防止剤が重合反応系に溶解する待機時間が必要である。従って、重合反応又は暴走反応を即座に停止することは困難であるという問題があった。
【0005】
また、使用する材料によっては、重合反応で生成したポリマーがモノマーに溶解することもある。重合反応で生成したポリマーがモノマーに溶解する場合、重合反応の進行とともに粘度が上昇する。そのため、除熱が困難になるという問題や、溶解した重合防止剤を重合反応系に拡散することが難しくなるという問題もあった。
【0006】
このような問題を踏まえて、重合反応又は暴走反応を抑制するために、N−アルキルピロリドンを含む溶液に、重合禁止剤、特にアミン系の重合禁止剤やフェノチアジンを溶解して調製した阻害剤溶液を使用する方法が開発されている(例えば、特許文献2及び3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−249308号公報
【特許文献2】特表2001−521046号公報
【特許文献3】特表2002−543223号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの防止剤溶液では、防止剤の濃度や保存状態によっては再溶解が難しい固体を形成する場合がある。形成した固体の結晶は再溶解性が低いので、タンク排出口の閉塞や移送時のラインの詰り等の現象を引きおこして、緊急時に防止剤溶液が即座に投入されないという問題が懸念される。また、固体の組成は、溶解した重合禁止剤とは異なる組成であり、種々のデータを測定したところ、この固体は重合禁止剤の酸化物であることが確認された。そのため、このような固体を形成した防止剤溶液では、有効成分の低下という問題も懸念される。
【0009】
また、N−アルキルピロリドン、例えば、N−メチルピロリドンは、目や皮膚に対する刺激性や呼吸器系への有害性も知られている。加えて、N−メチルピロリドンは、引火点が93℃とやや低いので、暴走反応等の火災の恐れがある反応系に添加するには安全性が十分とはいい難い。
【0010】
そのため、溶液に溶解しても重合禁止剤の成分が変化した固体が析出することがなく、作業者への有害性が少ない防止剤溶液の開発が望まれている。加えて、引火点が高い溶液を用いることができれば、暴走反応等の火災の恐れがある反応系に添加する際の安全性に資するので、より望ましい。
【0011】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものである。その課題とするところは、重合系に容易に拡散し、重合禁止剤の成分が変化した固体が析出することがなく、作業者への有害性が少ない防止剤溶液及びそれを用いた重合防止方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液に、フェノチアジンを溶解して調製することによって、上記課題を解決することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
即ち、本発明によれば、以下に示す防止剤溶液及び重合防止方法が提供される。
【0014】
[1]フェノチアジンと、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液と、を含有する防止剤溶液。
【0015】
[2]前記ポリオキシアルキレングリコールエーテルが、ポリエチレングリコールジメチルエーテルである前記[1]に記載の防止剤溶液。
【0016】
[3]前記ポリオキシアルキレングリコールエーテルの誘導体が、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルである前記[1]に記載の防止剤溶液。
【0017】
[4]前記溶液に対する前記フェノチアジンの溶解度が、室温で、少なくとも0.1g/mlである前記[1]〜[3]のいずれかに記載の防止剤溶液。
【0018】
[5]前記フェノチアジンの濃度が、10〜25質量%である前記[1]〜[4]のいずれかに記載の防止剤溶液。
【0019】
[6]前記[1]〜[5]のいずれかに記載の防止剤溶液を、ラジカル重合下にある系に添加する工程を含む重合防止方法。
【0020】
[7]前記ラジカル重合下にある系が、(メタ)アクリルモノマー、スチレン、アクリロニトリル、及び酢酸ビニルからなる群から選択される少なくとも1種のモノマーを含む前記[6]に記載の重合防止方法。
【0021】
[8]前記(メタ)アクリルモノマーが、(メタ)アクリル酸である前記[7]に記載の重合防止方法。
【0022】
[9]前記(メタ)アクリルモノマーが、(メタ)アクリル酸エステルである前記[7]に記載の重合防止方法。
【発明の効果】
【0023】
本発明の防止剤溶液は、重合系に容易に拡散し、重合禁止剤の成分が変化した固体が析出することがなく、作業者への有害性が少ないという効果を奏するものである。
【0024】
本発明の重合防止方法は、望まない重合反応や暴走反応を効果的に停止することができるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について説明する。しかしながら、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に含まれることが理解されるべきである。
【0026】
1.防止剤溶液:
本発明の防止剤溶液は、少なくとも、フェノチアジンと、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液と、を含有するものである。フェノチアジンが重合禁止剤として作用し、重合反応を停止することができる。フェノチアジンは、常温で固体の化合物である。ラジカル重合下にある系に添加する場合、フェノチアジンは溶解した後に反応停止剤として作用する。即ち、フェノチアジンは溶解するまで反応停止剤として作用しない。特に、フェノチアジンは、溶液によっては溶解性が良好ではない場合がある。そのため、望まない重合反応や暴走反応の状況下でフェノチアジンを添加しても、溶解するまでの待機時間が存在し、即座に反応を停止できない場合がある。
【0027】
本発明の防止剤溶液は、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液を用いているので、予めフェノチアジンを溶解している。ラジカル重合下に添加する場合、フェノチアジンが溶解するまでの待機時間が必要ないので、フェノチアジンは即座に反応停止剤として作用する。従って、本発明の防止剤溶液は、望まない重合反応や暴走反応を効果的に停止する重合防止方法に利用することができる。
【0028】
また、本発明の防止剤溶液は、N−アルキルピロリドンを用いた従来の防止剤溶液と同様、液体状態でフェノチアジンを含有する。そのため、フェノチアジンの酸化容易性に大きな違いはないものと考えられる。従って、従来の防止剤溶液と同様に、再溶解が難しい固体、即ち、フェノチアジンの酸化物を形成することが懸念される。
【0029】
しかしながら、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液を用いることで、本発明の防止剤溶液は、液体状態であっても、フェノチアジンの酸化を抑制することができるという、従来知られていない本発明者の鋭意検討による知見に基づいて完成されたものである。そのため、本発明は溶液の種類を置換しただけでは容易に想到し得ないものである。以下、各構成成分の詳細を説明する。
【0030】
1−1.重合禁止剤:
本発明の防止剤溶液は、少なくとも、フェノチアジンを含有する。しかしながら、本発明の防止剤溶液は、フェノチアジン以外にも重合禁止剤として作用する化合物を含有しても良い。このような化合物として、従来公知のものを使用することができる。例えば、ヒドロキノンやその誘導体、アミン化合物、ジアミン化合物、ニトロキシ化合物、ニトロソ基含有化合物、ヒドロキシルアミンがある。
【0031】
より具体的には、2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、メチル−p−ベンゾキノン、t−ブチル−p−ベンゾキノン、ベンゾキノン、メトキノン、ハイドロキノン、2,5−ジ−t−ブチル−ハイドロキノン、メチルハイドロキノン、t−ブチル−ハイドロキノン、ピロガロール、レソルシノール、フェナントラキノン、2,5−トルキノン、ベンジルアミノフェノール、2,4,6−トリメチルフェノール等のブチルヒドロキシトルエン(BHT)を含む種々のフェノール;o−ジニトロベンゼン、p−ジニトロベンゼン、m−ジニトロベンゼン等を含む種々のニトロベンゼン;N−フェニル−1−ナフチルアミン、N−フェニル−2−ナフチルアミン、クペロン、タンニン酸、p−ニトロソアミン、クロラニル、
【0032】
2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン、2,2,5,5−テトラメチル−1−オキシル−ピロリジン、4−オキソ−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン、4−ヒドロキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン、4−ヒドロキシ−2,6−ジフェニル−2,6−ジメチル−1−オキシル−ピペリジン、4−カルボキシ−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン、4−カルボキシ−2,6−ジフェニル−2,6−ジメチル−1−オキシル−ピペリジン、3−カルボキシ−2,2,5,5−テトラメチル−1−オキシル−ピロリジン、3−カルボキシ−2,5−ジフェニル−2,5−ジメチル−1−オキシル−ピロリジン、4−アセチル−2,2,6,6−テトラメチル−1−オキシル−ピペリジン、N,N’−ビス(1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−4−イル)−N,N’−ビスホルミル−1,6−ジアミノヘキサン、ビス(1−オキシル−2,2,6,6−テトラメチルピペリジン−4−イル)アジペート、
【0033】
4−ニトロソフェノール、ニトロソナフトール、ニトロソベンゼン、N−ニトロソ−N−メチル尿素、アルキル基がメチル、エチル、プロピルおよび/またはブチルであるニトロソ−N,N−ジアルキルアニリン、N−ニトロソジフェニルアミン、N−ニトロソフェニルナフチルアミン、4−ニトロソジナフチルアミン、p−ニトロソジフェニルアミン、N,N’−ビス−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン、N−ナフチル−N’−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン、
【0034】
N,N−ジメチル−p−フェニレンジアミン、N,N−ジエチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−メチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−エチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−プロピル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−イソプロピル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−ブチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−イソブチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−sec−ブチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−n−ペンチル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−n−ヘキシル−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−(1−メチルヘキシル)−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−(1,3−ジメチルブチル)−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−(1,4−ジメチルペンチル)−p−フェニレンジアミン、N−フェニル−N’−(1−メチルヘプチル)−p−フェニレンジアミン、p−フェニレンジアミン等を挙げることができる。
【0035】
フェノチアジンの濃度は、10〜25質量%であることが好ましい。フェノチアジンの濃度が10質量%未満であると、ラジカル重合反応の系中に本発明の防止剤溶液を添加しても、重合停止効果が不十分な場合がある。一方、フェノチアジンの濃度が25質量%超であると、低温で固体のフェノチアジンが析出している場合がある。そのため、タンク排出口の閉塞や移送時のラインの詰り等の現象による不具合が懸念される。
【0036】
1−2.溶液:
本発明の防止剤溶液は、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液を含有する。溶液に対するフェノチアジンの溶解度は、室温で、少なくとも0.1g/mlであることが好ましい。これは、フェノチアジンを溶解するのに多量の溶液を使用する必要がないので、望まないラジカル重合反応の系中に添加する際、反応容器から防止剤溶液があふれるといった問題が生じないからである。
【0037】
ポリオキシアルキレングリコールエーテルやその誘導体は、フェノチアジンの溶解性が高い溶液である。例えば、ポリオキシアルキレングリコールエーテルを溶液に用いた場合、フェノチアジンの溶解度は、室温で、少なくとも0.1g/mlである。
【0038】
ポリオキシアルキレングリコールエーテルやその誘導体として、具体的には、ポリエチレングリコールジメチルエーテルやポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルが挙げられる。これらは市販品として販売されている。ポリエチレングリコールジメチルエーテルとしては、例えば、ポリエチレングリコールジメチルエーテル250(メルク社製)、サンファインDM−200(三洋化成工業)、ハイソルブMPM(東邦化学工業社製)が知られている。ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルとしては、例えば、ユニルーブ50TG−32(日油社製)、アデカカーポールGH−5、同GH−10、同GH−200(ADEKA社製)、ニューポールGEP−2800(三洋化成工業社製)が知られている。
【0039】
ポリエチレングリコールジメチルエーテルは、引火点が約140℃であり、N−メチルピロリドンの引火点(93℃)よりも高い。また、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは、引火点が約300℃とポリエチレングリコールジメチルエーテルよりも更に高く、暴走反応等の火災の恐れがある反応系に添加する場合でも安全性に優れる。これに加え、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは、化粧品に使用されており、有害性の報告も確認されていない。そのため、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルが特に好ましい。
【0040】
本発明の防止剤溶液は、上記ポリオキシアルキレングリコールエーテルやその誘導体の他に、これと相溶性のある溶液を含有しても良い。ポリオキシアルキレングリコールエーテルやその誘導体は、フェノチアジンを良好に溶解し、酸化物として固体を析出することがないので、多量の溶液を必要とせず、タンク排出口の閉塞や移送時のラインの詰り等の現象を懸念することなく使用可能であるという効果を奏する。また、ポリオキシアルキレングリコールエーテルの誘導体は、引火点が特に高いことに加えて、人体への有害性が少ないために、暴走反応等の火災の恐れがある反応系に添加する際の安全性に資する上、作業者への有害性が少ないという効果を奏する。そのため、これらの効果を損なわない程度に、溶液の量や種類を選定すべきである。
【0041】
2.重合防止方法:
本発明の重合防止方法は、「1.防止剤溶液」に記載の防止剤溶液を、ラジカル重合下にある系に添加する工程を含む。防止剤溶液は、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを含む溶液にフェノチアジンを溶解している。そのため、望まない重合反応や暴走反応が進行するラジカル重合下にある系に防止剤溶液を添加すると、フェノチアジンが溶解するまでの待機時間を待つことなく、即座に拡散して、反応を停止させることを期待することができる。
【0042】
また、ポリオキシアルキレングリコールエーテルやその誘導体は、引火点が高いため、反応温度が上昇しているラジカル重合下にある系に添加する場合であっても、従来使用された溶液であるN−メチルピロリドンに比べて安全性の点で心配が少ない。更に、ポリオキシアルキレングリコールエーテルの誘導体は、人体に有害性が少ないので、密閉空間でこぼしても、二次災害の発生を懸念し難い。そのため、本発明の重合防止方法は、近年要求されている、望まない重合反応や暴走反応を停止する際に、効果的に利用することができる。
【0043】
本発明の重合防止方法を適用できる重合反応のモノマーは、特に限定されるものではない。例えば、(メタ)アクリルモノマー、スチレン、アクリロニトリル、及び酢酸ビニルからなる群から選択される少なくとも1種のモノマーのラジカル重合反応に適用することができる。
【0044】
中でも、(メタ)アクリルモノマーは、低い確率でラジカルを発生し、そのラジカルを基点として意図しないラジカル重合反応が進行する場合がある。そのため、(メタ)アクリルモノマーを含む場合に、本発明の重合防止方法を適用できるよう準備しておくことが望ましい。
【0045】
(メタ)アクリルモノマーとしては、特に限定されるものではない。例えば、(メタ)アクリル酸や(メタ)アクリル酸エステルがある。(メタ)アクリル酸エステルの具体例としては、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル等のアクリル酸エステル;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチル、メタクリル酸シクロヘキル、メタクリル酸2−エチルヘキシル、メタクリル酸ステアリル、メタクリル酸ラウリル等のメタクリル酸エステルが挙げられる。
【実施例】
【0046】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。しかしながら、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、参考例中の「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0047】
下記表1に以下の実施例で使用した溶液の種類を示す。
【0048】
【表1】
【0049】
ここで、使用した溶液、ポリエチレングリコールジメチルエーテル250(メルク社製)、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテル(ADEKA社製)、ポリエチレングリコール(和光純薬工業社製)、N−メチル−2−ピロリドンの物性を下記表2に記載する。
【0050】
【表2】
【0051】
上記表2からわかるように、ポリエチレングリコールジメチルエーテル250は、引火点が約140℃とN−メチルピロリドンの引火点(93℃)よりも高い。また、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは引火点が約300℃とポリエチレングリコールジメチルエーテル250よりも更に高い。従って、反応温度が上昇しているラジカル重合反応の系中に添加する場合であっても、従来使用された溶液であるN−メチルピロリドンを使用する場合に比べて安全性の点で心配が少ない。
【0052】
また、N−メチルピロリドンは、GHS分類において、皮膚および眼に対して可逆的な影響が観察されている。一方、本発明に使用している溶液のうち、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは、人体に対する有毒性が確認されていない。そのため、作業者への有害性が少ないものである。
【0053】
(実施例1〜5、比較例1〜2、参考例1〜2)
フェノチアジンと表3に記載の種類の溶液で、防止剤溶液を調製した。これを、表3に記載のそれぞれの温度で、1週間安置して経過を観察した。観察結果を表3に記す。なお、観測結果の評価判断を以下に記す。
【0054】
[溶液の安定性]:フェノチアジンが析出しない場合を「○」と評価し、フェノチアジンの粒子が析出する場合を「△」と評価した。フェノチアジンの酸化物の粒子が析出した上で、容器の底に付着及び積層した場合は「×」と評価した。なお、溶液が凍結し、判断できない場合は「−」と評価した。
【0055】
[溶液の流動性]:傾けることで容易に防止剤溶液が動く場合を「○」と評価し、傾けると防止剤溶液が動くが流れが悪いか、フェノチアジン結晶の析出により流動性が阻害される可能性がある場合を「△」と評価した。フェノチアジンの酸化物の粒子が析出し、容器の底に付着及び積層して防止剤溶液が排出されない場合、又は溶液の凍結には至らないが極端に流動性が低下している場合を「×」と評価した。溶液が凍結し、流動性が無くなっているものについては「−」と評価した。
【0056】
【表3】
【0057】
上記表3から明らかなように、ポリエチレングリコールジメチルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは、通常の保存温度下でもフェノチアジンを析出させることなく保存可能であることがわかる。従って、ポリエチレングリコールジメチルエーテルやポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルは、N−メチル−2−ピロリドンの代替品として使用可能であることがわかる。
【0058】
また、ポリエチレングリコールジメチルエーテルやポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルを用いた場合、N−メチル−2−ピロリドンとは異なり、フェノチアジンの酸化物の析出は観測されなかった。即ち、フェノチアジン成分の物性に変動を及ばさないことから、本発明の防止剤溶液は、防止剤溶液としての、N−メチル−2−ピロリドンを用いた場合よりも有用であることが期待できる。
【0059】
ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルを用いた実施例5について、溶液の流動性の評価が低温では「△」又は「×」であった。これは、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリセリルエーテルが高分子のため、温度の低下とともに流動性が極端に低下するためである。
【0060】
ポリエチレングリコール200を用いた場合(参考例1)、ファノチアジンの酸化物の固体を形成することはなかった。しかしながら、フェノチアジンの溶解性が十分ではないため、フェノチアジンの固体が析出した。そのため、タンク排出口の閉塞や移送時のラインの詰り等の現象による不具合が懸念される。
【0061】
ポリエチレングリコール300を用いた場合(参考例2)、ファノチアジンの酸化物の固体を形成することはなかった。しかしながら、20質量%の濃度であっても、低温でのフェノチアジンの溶解性が十分ではないため、フェノチアジンの固体が析出した。そのため、この防止剤溶液を低温で保存しておく場合に、タンク排出口の閉塞や移送時のラインの詰り等の現象による不具合が懸念される。
【0062】
示差熱・熱重量同時測定(TG−GTA)の密閉されたAlのパンに、重合禁止剤又は防止剤溶液を添加したアクリル酸エチルヘキシルを入れた。そして、160℃に加熱して、重合反応の発熱ピークが観測されるまでの誘導時間を測定した。ここで、アクリル酸に添加したフェノチアジンは、その量が20ppmとなるように重合禁止剤又は防止剤溶液を調製した。なお、測定結果はバラツキが大きいため、±10minはほぼ同一の性能と判断できる。結果を表4に示す。
【0063】
【表4】
【0064】
上記結果から、ポリオキシアルキレングリコールエーテル及びその誘導体の少なくともいずれかを用いて防止剤溶液を調製しても、重合禁止性能に影響がないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の防止剤溶液は、望まないラジカル重合反応や暴走反応を抑制することが可能であり、重合反応を行っている化学工業において、安全面の向上をもたらすことが期待できる。