(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-175055(P2015-175055A)
(43)【公開日】2015年10月5日
(54)【発明の名称】ニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法
(51)【国際特許分類】
C25F 3/26 20060101AFI20150908BHJP
【FI】
C25F3/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-54604(P2014-54604)
(22)【出願日】2014年3月18日
(71)【出願人】
【識別番号】000155470
【氏名又は名称】株式会社野村鍍金
(71)【出願人】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100085615
【弁理士】
【氏名又は名称】倉田 政彦
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 学行
(72)【発明者】
【氏名】早野 仁司
(72)【発明者】
【氏名】楳原 正敬
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ニオブまたはニオブ合金の表面を安全に効率よく平滑化する電解研磨方法を提供する。
【解決手段】ニオブまたはニオブ合金を塩基性電解液に浸漬し、電圧波形として周期的に極性が反転するPR波を印加することにより表面を平滑化する。PR波として、陽極電流密度が0.4〜1.0A/cm
2、継続時間が10〜50m秒、陰極電流密度が1.3〜4.0A/cm
2、継続時間が1〜6m秒のパルス波形を周期的に印加する。塩基性電解液は、アルカリ金属水酸化物のうち少なくとも1種類以上を合計3〜10%含む水溶液であり、電解液温度は30〜60℃とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩基性電解液に浸漬し、電圧波形としてPR波を印加することにより、表面を平滑化することを特徴とするニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法。
【請求項2】
PR波として、陽極電流密度が0.4〜1.0A/cm2 、継続時間が10〜50m秒、陰極電流密度が1.3〜4.0A/cm2 、継続時間が1〜6m秒のパルス波形を周期的に印加することを特徴とする請求項1記載のニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法。
【請求項3】
塩基性電解液は、アルカリ金属水酸化物のうち少なくとも1種類以上を合計3〜10%含む水溶液であり、電解液温度が30〜60℃であることを特徴とする請求項1または2記載のニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リニアモーターカー、核融合炉、粒子加速器など超伝導関連材料として利用される耐食性、耐酸化性に優れるニオブまたはニオブ合金の表面を安全に効率よく平滑化する電解研磨方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属表面の平滑化方法としては、研磨加工が一般的であり、手法として物理研磨法と化学研磨法とがある。化学研磨法を分類すると、金属表面を単に調整された薬液中に浸漬して平坦化する化学研磨法と、電流の助けを借りて電気化学的に実施する電解研磨法などがある。これらの研磨法はニオブの研磨加工にも適用できるが、ニオブは空気中で不動態となり、耐食性、耐酸化性に特に優れた材料として良く知られている。このため、ニオブの研磨加工では、フッ酸を含んだ強力な酸化液を使用し、化学研磨や電解研磨が行われてきた。
【0003】
ニオブの化学研磨法の一例は特許文献1(特開昭57−114669号公報)に開示されている。フッ酸、硫酸、水からなる酸の混合液中に、ニオブ材を浸漬し、研磨する方法が知られている。同様にフッ酸、硝酸、リン酸の混合溶液を用いた手法も周知である。
【0004】
また、特許文献2(特公昭55−12116号公報)には、ニオブ中空体の両端開口部を水平にした状態で、中空体の下半分を電解液中に部分浸漬して、中空体を陽極として通電することで、ニオブ中空体の内面に陽極酸化層を形成する方法が開示されており、陽極酸化の前にニオブ中空体の酸化すべき内面を化学的に又は電解的に研磨することがすすめられると記載されている。しかし、研磨液として上記のようにフッ酸に代表される鉱酸を使う方法は、フッ酸由来の有毒ガスを発生しやすい、あるいは皮膚などに付着すると容易に体内に浸透し骨を溶かすなどの問題がある。また硝酸の場合はNOxの発生、硫酸を併用する電解研磨の場合にはSOxの発生など安全管理に特段の配慮が必要となる。
【0005】
フッ酸を使わない方法としては、特許文献3(特開昭49−125239号公報)には、ニオブ板を酢酸などの電解溶液中で数十秒陽極酸化させて酸化皮膜を形成した後、苛性アルカリ水溶液で酸化皮膜を溶解させる方法が提案されている。この方法は、ニオブ板表面に、ある程度の深さを持った任意の形状(例えば目盛など)をエッチングにより形成する方法で、表面刻印に適してはいるが、表面を平滑化するには必ずしも適していない。
【0006】
また、特許文献4(米国出願特許US2014/0018244)では、ニオブ製の超伝導加速空洞内に希硫酸を充填し、ニオブを電極としパルス電流を印加するPR法(Periodic Reverse法)を用いた電解研磨法によりニオブの表面粗さRa=0.33μmを達成した例が開示されている。この方法では、フッ酸を使用せずニオブ表面をサブミクロンレベルに平滑化することが可能であることを示しているが、超伝導加速空洞の場合ではRa=100nm(0.1μm)以下の平滑化が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭57−114669号公報(第2頁)
【特許文献2】特公昭55−12116号公報(第1頁、第4頁)
【特許文献3】特開昭49−125239号公報(第2頁、実施例1)
【特許文献4】米国出願特許US2014/0018244号公報(0059)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明では、ニオブ表面を、有害なフッ酸を使用せず安全に、かつ効率良く、Ra=100nm以下の平滑面に電解研磨加工する方法を提案する。ニオブの化学研磨加工では、ごく表面を酸化させ、その酸化層を除去する方法が優れた平滑性を得る方法と考えられる。前述の特許文献3及び4に示されているように、硫酸や弱酸性溶液中で陽極酸化する方法が、フッ酸を使う方法に匹敵する方法として提案されている。しかし、これらの方法は、表面酸化が強く起こる傾向にあり、効率的ではあるが、酸化層の厚さや酸化領域の平面分布が不均一になり易い欠点があった。このためRa=100nm以下の平滑面を得るのが困難であった。
【0009】
一方、酸化層を除去する方法として、酸化層を形成したニオブを苛性アルカリ水溶液に浸漬し酸化層を溶解させる方法が、特許文献3に示されている。この方法では、酸化層の除去を苛性アルカリ水溶液で溶解する方法で、機械的な撹拌作用がないため、ニオブ表面に酸化層が残留しやすく、効率よく平滑な面を得ることが困難であった。また、酸化層を除去する他の方法として、陽極酸化と同じ硫酸溶液中で電極極性を反転させ、ニオブを陰極とすることで、酸化層を除去する方法が特許文献4に示されている。この方法では、ニオブが陰極になり陰極還元反応および表面で発生する水素気体のバブリング効果により、酸化層を効率よく除去する狙いがあった。しかし、酸性溶液中では水素発生が活発過ぎ、ニオブ肉厚の薄い場合には、吸蔵水素によりニオブ材が脆性破損する場合がある。また、硫酸溶液を使用した場合、ニオブ基板表面に硫黄成分が残留すると、二次電子放出により加速電界に影響するとの報告もある(引用文献F. Furuta et al.,The 5th Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan and the 33rd Linear Accelerator Meeting in Japan,August 6-8,2008,Higashihiroshima,Japan,p827-829.)。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、ニオブまたはニオブ合金を塩基性電解液に浸漬し、電圧波形として周期的に極性が反転するPR波を印加することにより、表面を平滑化することを特徴とする電解研磨方法である。
請求項2の発明は、請求項1記載のニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法において、PR波として、陽極電流密度が0.4〜1.0A/cm
2 、継続時間が10〜50m秒、陰極電流密度が1.3〜4.0A/cm
2 、継続時間が1〜6m秒のパルス波形を周期的に印加することを特徴とする。
請求項3の発明は、請求項1または2記載のニオブまたはニオブ合金の電解研磨方法において、塩基性電解液は、アルカリ金属水酸化物のうち少なくとも1種類以上を合計3〜10%含む水溶液であり、電解液温度が30〜60℃であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ニオブまたはニオブ合金を塩基性電解液に浸漬し、周期的に極性が反転するPR波を印加して電解研磨することにより、表面を安全に効率よく平滑化することができる。これにより、従来から多用されているフッ酸、硫酸などの有害物質の利用を排除でき、環境保全と電解研磨加工コストの大幅な低減を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の実施例1〜6、実施例11〜14、比較例1に用いた電解電圧の波形図である。
【
図2】本発明の実施例7に用いた電解電圧の波形図である。
【
図3】本発明の実施例8、15に用いた電解電圧の波形図である。
【
図4】本発明の実施例9に用いた電解電圧の波形図である。
【
図5】本発明の実施例10に用いた電解電圧の波形図である。
【
図7】比較例1の電解研磨後の試料表面の拡大写真である。
【
図8】実施例1の電解研磨後の試料表面の拡大写真である。
【
図9】電解研磨前後の試料表面の粗さ測定結果を示す図であり、(a)は電解研磨前、(b)は比較例1の電解研磨後、(c)は実施例1の電解研磨後の試料表面の粗さ測定結果をそれぞれ示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明では、作業者にとり非常に危険である濃硫酸や濃フッ酸を使用することなく、ニオブの極く表面のみを均質に効率よく酸化し、また、生成する酸化層を効率よく溶解する電解研磨方法を提案する。すなわち、適切な濃度の塩基性電解液中に被加工物であるニオブを浸漬して、これにPR波を付与して陽極側と陰極側のそれぞれの電解時間と電圧とを制御して、酸化層の形成量と形成速度、ならびにその除去速度と除去量とを最適化することにより、Ra=100nm以下の平滑面を得ることが可能になった。
【0014】
ニオブ表面の酸化層の厚みを薄く均質に制御するためには、ニオブの陽極酸化層の形成を緩やかに且つ厚みを薄く制御する必要がある。このために、ニオブの陽極酸化用の電解液として、フッ酸は勿論のこと、硫酸などの鉱酸を使わず、塩基性水溶液のみを用いる。また陽極酸化層の形成制御のためには塩基性水溶液の濃度を3〜10%に制御する必要がある。濃度が10%より大きい場合には、酸化層の形成より塩基性水溶液の作用による酸化層の溶解とニオブ基材の腐食の進行速度が速く、目的の表面粗さを実現できない。また、逆に濃度が3%より小さい場合には、陽極酸化層の厚みが不均一になり易く、Ra=100nm以下の良質な平滑面を得ることが困難である。アルカリ電解質濃度を3〜10%に制御することができれば、塩基性水溶液はLiOH、KOH、NaOHなどアルカリ金属の水酸化物のうちから1種以上を選ぶことができる。
【0015】
ニオブに陽極酸化層を形成する場合において、ニオブに印加する陽極電流密度は、0.4〜1.0A/cm
2 が好適である。ここで、0.4A/cm
2 未満では、陽極酸化層の形成が生じないか、あるいは形成速度が遅すぎて、加工効率的に不適当である。一方、陽極電流密度が1.0A/cm
2 より大きい場合には、酸化層の形成が活発になりすぎ、酸化層の厚みが不均一になり易く、良質な平滑面を得ることが困難となる。PR電解の場合には一般に、電圧条件を制御するが、本発明の電解方法では陽極酸化層の生成速度に直結する電流密度を条件として選定した。
【0016】
陽極酸化層を溶解する場合には、既に述べた如く、塩基性水溶液の濃度が大きいほど効率的に除去が進むが、ニオブ表面の酸化層の形成と、形成された酸化層の溶解とを短時間に繰り返し実施することで電解研磨を進める本方法では、ニオブ表面に形成される酸化層をムラなく均一に形成させることが最も重要で、そのための条件として、塩基性水溶液濃度が小さすぎる場合には、溶解効率が低下しすぎるのでムラを形成し易い。
【0017】
また、酸化層を除去する場合に、ニオブを陰極とし、印加する電流としては1.3〜4.0A/cm
2 が好適である。4.0A/cm
2 より大きい場合は、ニオブ表面での水素の形成が活発になり過ぎ、ニオブ表面にムラが発生し易いだけでなく、ニオブの肉厚が薄い場合には、ニオブ材自体のダメージが問題となる。一方、パルス電流が1.3A/cm
2 より小さい場合には、酸化層の溶出が緩やかになり、結果として不必要に電解研磨に要する時間が長くなり、作業効率の悪化を招く。
【0018】
電解研磨に適用するPR波の周波数およびプラスとマイナスの印加時間比率もニオブ表面の平滑性並びに加工効率に重要な影響を与える。まず、PR波のプラスとマイナスの印加時間比率は、一回のサイクルで形成される陽極酸化層の厚み並びに酸化層の溶解量に直接影響する。さらに酸化層の形成量(膜厚)と極性反転時に生ずるその溶出量は、PR電解に利用する電解液の種類、濃度とも密接な関係があり、電解液の状況との関係で印加時間比率を決定する。また、一回のサイクルで酸化・溶解させる厚みは薄いほど平滑化に好ましいと考えられるが、PR電解のサイクル時間が短すぎると、ニオブ表面に初期の段階で存在する凸部のみが強く電場の影響を受けるためか、平滑性の向上が見られなかった。これらのことから、ニオブを陽極として電圧を印加する時間が10〜50m秒、ニオブを陰極として電圧を印加する時間が1〜6m秒のPRパルス波形を周期的に印加するPR電解法が最も好適であった。
【0019】
また、塩基性電解液に適用する液温度は、陽極酸化層の形成や酸化層の溶出に直接影響する。つまり高温ほど活発な反応となるが、60℃以下で行うのが最も安定しており、下限温度は、ニオブ酸化物の溶解速度が工業的に現実的な速さである温度として30℃とした。
【0020】
以上の知見により、塩基性電解液を使い、ニオブまたはニオブ合金にPR波を印加し、その諸条件を最適化することにより、Ra=100nm以下の極めて優れる表面平滑化を達成できた。また本方法は、フッ酸、硫酸などの酸化性の強い危険な薬品を使うことなく、また従来の酸性電解液下で、電流を一定時間ごとに反転させない通常の陽極酸化という発想を転換し、塩基性電解水溶液中でゆるやかに陽極酸化層を形成させたり、除去したりすることで、安全にニオブ表面の平滑化が可能となるので、Ra=100nm以下の表面平滑化面を得る方法として極めて有効である。
【0021】
ニオブ材料が平板形状で、電解液中に浸漬できるものは、平滑化したい面以外をマスキングし、余分な反応が起きないようにする。平滑化したい面は、電解液に接しPR波の印加により、表面の平滑化が進む。また例えば、粒子加速器のようなニオブ中空体の内面を平滑化する場合は、特許文献2のように中空体を水平に設置し、中空部に電解液を半分強ほど満たし、中空体中心に配した電極と、中空体の両端開口部に蓋をするように中空体と電気的に接続した電極との間にPR波を印加する方法が適している。また、中空体を垂直方向に縦に設置し、中空部に電解液を満たし、水平配置の場合と同様に、中空体中心に配した電極と中空体の両端電極との間にPR波を印加する方法で実施してもよい。
【実施例】
【0022】
純度99.9%のニオブ板(10mm×10mm×2mmt)を、その片面が表面に出るように樹脂製の治具に埋め込んだ。ニオブ板裏面にリード線を接続し、電解液に接しないように引出し、PR電源と接続した。ニオブ板に対する対極としてサイズ20mm×30mm×1mmtのSUS304板をニオブ板から40mm離して平行になるように設置した。電解液は、表1のように3種類の塩基性電解水溶液を準備した。電解液の温度は、30℃〜60℃の範囲で変化させた。PR波は電流値条件、時間条件を
図1〜
図5に示すように設定し、表1に各テストで選択した設定条件を示した。以上の条件変更により、本発明の実施例1〜15を作製した。
【0023】
また、比較実験として、5%硫酸水溶液を電解液として使用した場合の電解研磨試験、および公知の技法である硫酸とフッ酸を含む溶液(96%の硫酸90容量%+40%のフッ酸10容量%)と通常のDC電流を用いた電解研磨試験を行った。これにより、比較例1、2を作製した。
【0024】
実施例および比較例の評価は、電解研磨後の表面粗さを面粗度計(東京精密社製サーフコム480A)で測定し、また、研磨に要した加工時間とともに表1に示した。実施例1〜12は、Ra=100nm以下の粗さを有する鏡面となった。また、実施例13〜15は、Ra=100nm以下の鏡面とするには至らなかったが、良質な面粗度のニオブを効率よく作成することができることを示した。
【0025】
図6は電解研磨前の試料表面、
図7は比較例1の電解研磨後の試料表面、
図8は実施例1の電解研磨後の試料表面の拡大写真である。
図9(a)は電解研磨前の試料表面、(b)は比較例1の電解研磨後の試料表面、(c)は実施例1の電解研磨後の試料表面の粗さ測定結果をそれぞれ示している。
【0026】
【表1】
【0027】
なお、本発明の電解研磨方法は、純ニオブの電解研磨のみならず、耐食性、耐酸化性がニオブと同等かそれ以下である他の金属とニオブとの合金の電解研磨にも適用できることは言うまでもない。