【課題】端子金具と電線導体の間の電気接続部が防食剤に被覆された端子付き被覆電線およびワイヤーハーネスにおいて、コネクタハウジングとの接着によって防食剤に剥離や割れが発生するのを抑制すること。
【解決手段】端子金具5と被覆電線2の電線導体3とが電気的に接続された電気接続部6を、2種以上の絶縁性樹脂組成物の層が積層された積層構造よりなる防食剤によって被覆し、被覆電線1を構成する。積層構造のうち、端子金具5に接触する最下層は、端子金具5表面に対する接着強度が0.1MPa以上であり、かつ伸びが10%以上である絶縁性樹脂組成物よりなる。最表層は、ポリブチレンテレフタレートに対する接着強度が0.1MPa未満であり、かつポリブチレンテレフタレートに対する接着部に引張せん断力を印加した際に界面破壊を起こす絶縁性樹脂組成物よりなる。また、そのような被覆電線1を含んでワイヤーハーネスを構成する。
前記最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物はそれぞれ、オレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂から選択される少なくとも1種を含んでなることを特徴とする請求項1または2に記載の端子付き被覆電線。
前記最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物はそれぞれ、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、湿気硬化性樹脂、嫌気硬化性樹脂、二液反応硬化性樹脂、および紫外線硬化性樹脂より選択される樹脂であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の端子付き被覆電線。
前記端子金具が銅または銅合金を母材として構成され、前記電線導体がアルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる素線を有することを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の端子付き被覆電線。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されているような端子金具と電線導体との間の電気接続部を被覆する防食剤は、端子金具表面に密着した緻密な膜を形成することで、電気接続部への水等の浸入を防止し、防食の機能を果たすことができる。しかし、端子付き被覆電線は、端子金具をポリブチレンテレフタレート(PBT)のような樹脂材料よりなるコネクタハウジングに挿入してコネクタとした状態で使用に供されることが一般的であり、防食剤の種類によっては、コネクタハウジングに挿入した状態で高温環境に晒されると、防食剤とコネクタハウジングの間に接着が起こってしまう場合がある。すると、コネクタハウジングの交換や端子付き被覆電線のメンテナンス等を目的としてコネクタハウジングから端子金具を抜き取る際に、防食剤が電気接続部から剥がれたり、防食剤に割れが生じたりする可能性がある。すると、防食剤が水等の浸入を阻止できなくなり、十分な防食性能が得られなくなる。
【0006】
本発明の解決しようとする課題は、端子金具と電線導体の間の電気接続部が防食剤に被覆された端子付き被覆電線およびワイヤーハーネスにおいて、コネクタハウジングとの接着によって防食剤に剥離や割れが発生するのが抑制された端子付き被覆電線およびワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため本発明に係る端子付き被覆電線は、端子金具と被覆電線の電線導体とが電気的に接続された電気接続部が、2種以上の絶縁性樹脂組成物の層が積層された積層構造よりなる防食剤に被覆され、前記積層構造のうち、前記端子金具に接触する最下層は、前記端子金具表面に対する接着強度が0.1MPa以上であり、かつ伸びが10%以上である絶縁性樹脂組成物よりなり、前記積層構造のうち、最表層は、ポリブチレンテレフタレートに対する接着強度が0.1MPa未満であり、かつポリブチレンテレフタレートに対する接着部に引張せん断力を印加した際に界面破壊を起こす絶縁性樹脂組成物よりなることを要旨とする。
【0008】
ここで、前記端子金具の表面には、スズまたはスズ合金が露出していることが好ましい。
【0009】
また、前記最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物はそれぞれ、オレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂から選択される少なくとも1種を含んでなるとよい。
【0010】
そして、前記最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物はそれぞれ、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、湿気硬化性樹脂、嫌気硬化性樹脂、二液反応硬化性樹脂、および紫外線硬化性樹脂より選択される樹脂であるとよい。
【0011】
また、前記端子金具が銅または銅合金を母材として構成され、前記電線導体がアルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる素線を有するとよい。
【0012】
本発明にかかるワイヤーハーネスは、上記の端子付き被覆電線を有することを要旨とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る端子付き被覆電線によれば、防食剤が、端子金具に接触する部位に、端子金具表面に対する接着強度が0.1MPa以上、伸びが10%以上である最下層を有することにより、端子金具の表面によく密着し、端子金具表面から剥離しにくい状態となっている。一方、端子金具をコネクタハウジングに挿入した際にコネクタハウジングと接触する最表面に、ポリブチレンテレフタレートに対する接着強度が0.1MPa未満であり、かつポリブチレンテレフタレートに対する接着部に引張せん断力を印加した際に界面破壊を起こす最表層を有することにより、ポリブチレンテレフタレートよりなるコネクタハウジングに対して接着を起こしにくい。また、防食剤とコネクタハウジングの間で接着が起こったとしても、引張せん断力を印加した際に、防食剤が、端子金具表面から剥離するよりも、コネクタハウジングの壁面から剥離しやすくなっている。このように、防食剤が特性の異なる2種の層を有することで、コネクタハウジングとの接着によって、端子金具表面から防食剤が剥離したり、防食剤に割れが生じたりすることが抑制される。
【0014】
ここで、端子金具の表面に、スズまたはスズ合金が露出している場合には、汎用的なスズめっき端子を用いて、コネクタハウジングとの接着に起因する防食剤の剥離や割れが抑制された端子付き被覆電線を構成することができる。
【0015】
また、最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物がそれぞれ、オレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂から選択される少なくとも1種を含んでなる場合には、高い防食性能が発揮されやすい。そして、最下層および最表層を構成する絶縁性樹脂組成物がそれぞれ、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、湿気硬化性樹脂、嫌気硬化性樹脂、二液反応硬化性樹脂、および紫外線硬化性樹脂より選択される樹脂である場合には、高効率に電気接続部を防食剤で被覆することができる。
【0016】
また、端子金具が銅または銅合金を母材として構成され、電線導体がアルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる素線を有する場合には、端子付き被覆電線の電気接続部において異種金属が接するので、適切な防食処理が施されなければ腐食が起こる確率が高くなるが、接着に起因する剥離や割れが抑制されていることにより、優れた防食性能を発揮する上記のような防食剤を用いた端子付き被覆電線とすることで、電気接続部の耐腐食性が向上し、接続信頼性に優れたものとなる。
【0017】
本発明にかかるワイヤーハーネスは、上記の端子付き被覆電線を有するので、コネクタハウジングとの接着に起因して、防食剤に剥離や割れが生じにくく、高い防食性能が維持されたワイヤーハーネスとなる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を詳細に説明する。
【0020】
<端子付き被覆電線>
(全体の構成)
図1は本発明の端子付き被覆電線の一例を示す外観斜視図であり、
図2は
図1におけるA−A線縦断面図である。
図1および
図2に示すように、本発明の端子付き被覆電線1は、電線導体3が絶縁体4により被覆された被覆電線2の電線導体3と、端子金具5が、電気接続部6により電気的に接続されてなる。
【0021】
端子金具5は、相手側端子と接続される細長い平板からなるタブ状の接続部51と、接続部51の端部に延設形成されているワイヤバレル52とインシュレーションバレル53とからなる電線固定部54を有する。
【0022】
電気接続部6では、被覆電線2の端末の絶縁体4を皮剥ぎして、電線導体3を露出させ、この露出させた電線導体3が端子金具5の片面側に圧着されて、被覆電線2と端子金具5が接続される。端子金具5のワイヤバレル52を被覆電線2の電線導体3の上から加締め圧着し、電線導体3と端子金具5が電気的に接続される。又、端子金具5のインシュレーションバレル53を、被覆電線2の絶縁体4の上から加締め圧着する。
【0023】
防食剤7が被覆している具体的な部分は、以下の部分である。
図1に示すように、被覆電線2の先端2a側は、電線導体3の先端から端子金具5の接続部51側に少しはみ出すように防食剤7で被覆する。端子金具5の先端5a側は、インシュレーションバレル53の端部から被覆電線2の絶縁体4側に少しはみ出すように防食剤7で被覆する。
図2に示すように、端子金具5の側面5bも防食剤7で被覆する。端子金具5の裏面5cは防食剤7で被覆しない。こうして、端子金具5と被覆電線2の外側周囲の形状に沿って、電気接続部6を防食剤7により所定の厚さで被覆する。被覆電線2の端末が皮剥ぎされて電線導体3が露出した部分は、防食剤7によって完全に覆われていて、外部に露出しないようになっている。なお、電気接続に影響を与えないのであれば、端子金具5の電線固定部54の裏面側(ワイヤバレル52およびインシュレーションバレル53の裏面側も含む)を、防食剤7により被覆してもよい。
【0024】
したがって、電気接続部6を被覆する防食剤7の周端のうち3方が端子金具5の表面に接し、一方が絶縁体4の表面に接する。つまり、防食剤7の周端の大部分が端子金具5の表面に接する。
【0025】
以下、端子付き被覆電線1を構成する被覆電線2、端子金具5、防食剤7の具体的構成について説明する。
【0026】
(被覆電線)
被覆電線2の電線導体3は、複数の素線3aが撚り合わされてなる撚線よりなる。この場合、撚線は、1種の金属素線より構成されていてもよいし、2種以上の金属素線より構成されていてもよい。また、撚線は、金属素線以外に、有機繊維よりなる素線などを含んでいてもよい。なお、1種の金属素線より構成されるとは、撚線を構成する全ての金属素線が同じ金属材料よりなることをいい、2種以上の金属素線より構成されるとは、撚線中に互いに異なる金属材料よりなる金属素線を含んでいることをいう。撚線中には、被覆電線を補強するための補強線(テンションメンバ)等が含まれていてもよい。
【0027】
上記電線導体3を構成する金属素線の材料としては、銅、銅合金、アルミニウム、アルミニウム合金、もしくはこれらの材料に各種めっきが施された材料などを例示することができる。また、補強線としての金属素線の材料としては、銅合金、チタン、タングステン、ステンレスなどを例示することができる。また、補強線としての有機繊維としては、ケブラーなどを挙げることができる。
【0028】
絶縁体4の材料としては、例えば、ゴム、ポリオレフィン、PVC、熱可塑性エラストマーなどを挙げることができる。これらは単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。絶縁体4の材料中には、適宜、各種添加剤が添加されていてもよい。添加剤としては、難燃剤、充填剤、着色剤等を挙げることができる。
【0029】
(端子金具)
端子金具5の材料(母材の材料)としては、一般的に用いられる黄銅の他、各種銅合金、銅などを挙げることができる。端子金具5の表面の一部(例えば接点)もしくは全体には、スズ、ニッケル、金またはそれらを含む合金など、各種金属によりめっきが施されていてもよい。
【0030】
以上のように、電線導体3および端子金具5は、いかなる金属材料よりなってもよいが、端子金具5が、銅または銅合金よりなる母材にスズめっきを施された一般的な端子材料よりなり、電線導体3がアルミニウムまたはアルミニウム合金よりなる素線3aを含んでなる場合のように、電気接続部6において異種金属が接触している場合には、水分との接触によって電気接続部6に特に腐食が発生しやすい。しかし、次に述べるような防食剤7が、電気接続部6の表面に密着して電気接続部6を被覆していることで、このような異種金属間腐食を高度に防止することができる。
【0031】
(防食剤)
上記のように、防食剤7は、緻密な膜を形成し、端子金具5と電線導体3の間の電気接続部6に密着して電気接続部6を被覆することで、外部からの水等の浸入を防止する。これにより、電気接続部6への水等の浸入による腐食を防止する役割を果たす。
図3は、防食剤7の断面を模式的に示した図である。このように、防食剤7は、端子金具5の表面に接触した(最)下層7aと、最表面に露出した(最)表層7bよりなっている。
【0032】
防食剤7を構成する下層7aおよび表層7bは、それぞれ絶縁性樹脂組成物よりなっている。そして、端子金具5の表面に対する下層7aの接着強度は、ポリブチレンテレフタレート(PBT)10に対する表層7bの接着強度よりも強くなっている。また、表層7bとPBT(10)の間の接着部に引張せん断力を印加した際には表層7bが界面破壊を起こす。
【0033】
具体的には、防食剤7の下層7aは、端子金具5の表面に対して、0.1MPa以上の接着強度を有する。また、下層7aは、伸びが10%以上であることが好ましい。
【0034】
下層7aが端子金具5の表面に対して0.1MPa以上の接着強度を有し、また10%以上の伸びを有することで、下層7aが端子金具5の表面に強く密着した状態が維持されやすい。これにより、防食剤7が引張せん断応力を受けても、下層7aが端子金具5の表面をはじめとする電気接続部6の表面から剥離しにくくなっている。端子金具5の表面に対する下層7aの接着強度は、好ましくは0.5MPa以上、さらに好ましくは3MPa以上である。また、下層7aの伸びは、好ましくは100%以上である。
【0035】
なお、端子金具5に対する下層7aの接着強度は、端子金具5を構成する金属材料の表面に下層7aを構成する樹脂組成物を接着させ、JIS K6850に準拠してせん断接着試験を行うことで、引張せん断接着強度として測定することができる。また、下層7aの伸びは、JIS K6251に準拠して測定される切断時伸びとして規定することができる。
【0036】
一方、防食剤7の表層7bは、PBT(10)表面に対して、0.1MPa未満の接着強度を有する。また、表層7bとPBT(10)との接着部において、引張せん断力を印加した際に生じる破壊面の破壊形態が、凝集破壊ではなく、界面破壊となっている。つまり、表層7bは、0.1MPa以下の引張せん断力が印加されると、PBT(10)との界面において、界面破壊を起こす。なお、接着強度が0.1MPa未満であるとは、接着を起こしていない状態も含む。
【0037】
表層7bがPBTとの間に、このような接着強度と破壊形態を有することで、防食剤7が表層7bにおいてPBT(10)と接触され、高温環境等で放置されても、表層7bとPBT(10)表面との間に接着が起こりにくくなっている。また、接着が起こったとしても、0.1MPa未満の小さい力で、表層7bに損傷を与えることなく界面の接着を解消することができる。
【0038】
なお、PBT(10)に対する表層7bの接着強度は、表層7bをPBT(10)に熱融着させ、熱融着部の接着強度を測定することによって、評価することができる。具体的には、表層7bをPBT板10に接触させ、加熱によってPBT板10の表面に熱融着させた後、室温にてJIS K6850に規定されるのと同様の引張せん断接着試験を行い、引張せん断接着強度を測定すればよい。熱融着時の温度は、例えば、通電時等の端子金具5の加熱温度として想定される250℃とすることができる。また、破壊形態は、この引張せん断接着試験において、破壊面を観察することで判定すればよい。
【0039】
以上のように、防食剤7は、端子金具5の表面に対して高い接着性を有して密着する下層7aと、PBT(10)に対してそれよりも弱い接着性しか示さず、しかも界面破壊を起こす表層7bとからなる。これにより、防食剤7aを下層7a側で端子金具5の表面に接着させ、表層7b側でPBT(10)に接触させた状態で加熱し、その後端子金具5とPBT(10)の間に引張せん断力を印加すると、防食剤7は、端子金具5の表面からは容易に剥離しない一方、PBT(10)表面には接着しにくく、また接着したとしても界面で容易に剥離させることができる。
【0040】
端子付き被覆電線1は通常、電気接続部6を含む端子金具5の部分を、PBTよりなる中空のコネクタハウジング(不図示)に挿入して使用に供される。一旦コネクタハウジングに挿入されて使用された後にも、コネクタハウジングの交換や端子付き被覆電線1のメンテナンス等を目的として、コネクタハウジングから端子金具5が抜き出されることがある。コネクタハウジングから端子金具5を抜き出すに際し、PBTよりなるコネクタハウジングの内壁面10と防食剤7に被覆された端子金具5との間の接触部に、せん断応力が印加される。上記のように、防食剤7が下層7aと表層7bを有し、端子金具5表面から剥離しにくく、PBT(10)表面に接着しにくくなっていることで、PBTよりなるコネクタハウジングに端子金具5を挿入し、高温環境等で放置しても、コネクタハウジングの内壁面10と防食剤7の間に接着が形成されにくく、防食剤7が端子金具5に密着した状態を維持したまま、内壁面10と防食剤7の間の接着による障害を受けずに、コネクタハウジングから端子金具5を抜き出すことができる。あるいは、高温環境等によってコネクタハウジングの内壁面10に防食剤7が接着してしまったとしても、端子金具5の抜き出し時に、防食剤7と端子金具5の間の接着を維持したまま、また防食剤7に凝集破壊に起因する割れ等の損傷を与えることなく、防食剤7とコネクタハウジング内壁面10との接着を解消することができる。このように、端子金具5のコネクタハウジングへの挿入と抜き出しを経た後にも、電気接続部6を被覆する防食剤7に、剥離や割れ等の損傷が発生しにくく、高い防食性能を維持することができる。
【0041】
もし防食剤7が、端子金具5の表面に対して高い接着強度を有し、大きな伸びを有する下層7aの樹脂組成物のみよりなっている場合にも、端子金具5によく密着するという意味においては、端子金具5からの防食剤7の剥離が抑制される。しかし、端子金具5の表面に対して高い接着強度を有する材料は通常、PBTのような樹脂材料に対しても高い接着性を示す。つまり、防食剤7が下層7aの材料のみよりなる場合には、コネクタハウジングに挿入した後に端子金具5を抜き出そうとすると、防食剤7がコネクタハウジングにも接着しており、端子金具5との間の剥離や凝集破壊に由来する割れが起こる可能性が高くなる。本端子付き被覆電線1においては、高い接着強度を有する下層7aの表面を、PBT(10)に対して弱い接着強度しか示さない表層7bで被覆することにより、端子金具5に対する密着とコネクタハウジングに対する密着の阻止とを両立している。
【0042】
防食剤7の下層7aおよび表層7bを構成する樹脂成分としては、それぞれ上記のような接着強度と伸び、破壊形態を与えるものであれば、どのようなものでもよい。具体的には、オレフィン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、フッ素樹脂などが挙げられる。各層7a,7bにおいて、これらは単独で用いても、2種以上組み合わせて用いてもよい。樹脂には、着色用顔料、粘度調整剤、老化防止剤、無機充填材、保存安定剤、分散剤など、添加剤が適宜加えられていてもよい。
【0043】
下層7aおよび表層7bは、それぞれ所定の物性を有していれば、たとえばともにアクリル樹脂よりなる場合のように、同系の樹脂よりなっても、たとえば下層7aはアクリル樹脂よりなり、表層7bはフッ素樹脂よりなる場合のように、異種の樹脂よりなってもよい。樹脂の接着強度および伸び、破壊形態は、具体的な樹脂の化学組成により、適宜選択することができる。また、無機充填剤等の添加剤の種類と量によっても、ある程度調節することができる。よって、下層7aおよび表層7bは、基本的には、それぞれどのような樹脂種よりなってもよいが、下層7aをシリコーン樹脂より形成すると、その表面は高い粘着性を示すことが多く、表層7bを積層しにくいので、下層7aは、上記で列挙したうち、シリコーン樹脂以外よりなることが好ましい。特に、金属表面に高い接着強度を示しやすいという点において、下層7aは、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、またはウレタン樹脂を含んでなることが好ましい。また、表層7bは、PBT(10)に対して低い接着強度を示しやすく、下層7aを構成するアクリル樹脂、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂等に密着しやすいという点において、シリコーン樹脂以外よりなることが好ましい。なかでも、PBT(10)に対して特に低い接着強度を示しやすいフッ素樹脂を含んでなることが好ましい。
【0044】
コネクタハウジングから端子金具5を抜き出す際に、下層7aと表層7bの間に剥離を発生させないという観点から、下層7aと表層7bの間の接着強度は、下層7aと端子金具5の間の接着強度および上層7bとPBT(10)の間の接着強度よりも高いことが好ましい。つまり、下層7aと表層7bの間の接着強度は、0.1MPa以上であることが好ましい。上記で列挙した各樹脂種より下層7aおよび表層7bを構成すれば、ほとんどの組み合わせにおいて、下層7aと表層7bの間で0.1MPa以上の接着強度を得ることができる。防食剤7は、下層7aと表層7bを備えてさえいれば、両者の間に適宜別の層を有していてもよいので、下層7aと表層7bの間に、中間層としてプライマー等を介在させれば、下層7aと表層7bの間の密着性を一層向上させることができる。
【0045】
防食剤7の下層7aおよび表層7bを構成する樹脂材料は、熱可塑性樹脂または硬化性樹脂であることが好ましい。硬化性樹脂としては、熱硬化性樹脂、湿気硬化性樹脂、嫌気硬化性樹脂、二液反応硬化性樹脂、および紫外線硬化性樹脂を例示することができる。各硬化方法は併用されてもよい。
【0046】
下層7aおよび表層7bが、熱可塑性樹脂または硬化性樹脂を含んでなる場合、防食剤7による電気接続部6の被覆を高効率で行い、電気接続部6に密着した緻密な防食剤7の膜を形成することができる。各層7a,7bが熱可塑性樹脂を含む場合は、加熱して可塑化した状態で電気接続部6に塗布した後、冷却すればよい。各層7a,7bが硬化性樹脂を含む場合は、未硬化の流動性の高い状態で電気接続部6に塗布した後、それぞれの硬化方法に応じた硬化操作を行えばよい。例えば、熱硬化性樹脂の場合は塗布した後に加熱すればよく、紫外線硬化性樹脂の場合は塗布した後に紫外線を照射すればよい。下層7aと表層7bをそれぞれ層状に積層するため、下層7aが硬化性樹脂よりなる場合には、下層7aを硬化させてから、表層7bを構成する樹脂をその表面に塗布し、硬化させることが好ましい。
【0047】
<ワイヤーハーネス>
本発明にかかるワイヤーハーネスは、上記本発明にかかる端子付き被覆電線1を含む複数の被覆電線よりなる。ワイヤーハーネスを構成する被覆電線の全てが本発明にかかる端子付き被覆電線1であってもよいし、その一部のみが本発明にかかる端子付き被覆電線1であってもよい。
【実施例】
【0048】
以下に本発明の実施例、比較例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0049】
1.試験片の作製
<防食剤の構成>
接着強度等の物性の異なる紫外線硬化性アクリル系樹脂A〜D、紫外線硬化性フッ素系樹脂A,Bを準備し、下層および表層としてこれらの樹脂を各種組み合わせることで、実施例1,2および比較例1〜4にかかる防食剤を構成した。なお、比較例2においては、防食剤をアクリル系樹脂Aよりなる1層のみより構成した。便宜上、この場合のアクリル系樹脂Aよりなる層を下層と称する。
【0050】
<対スズ接着試験片>
端子金具表面を構成するスズめっき銅板に対する防食剤の接着強度を見積もるために、JIS K6850に準拠した引張りせん断接着試験に使用する対スズ接着試験片を作製した。つまり、スズめっき銅板に、下層を構成する樹脂材料を厚さ0.1mmで塗布し、アクリル板と貼り合わせた。そして、アクリル板側から、水銀キセノンランプ(500mW/cm
2×6秒)を用いて紫外線照射を行って、防食剤を硬化させた。
【0051】
<対PBT接着試験片>
PBTに対する防食剤の接着強度を見積もるために、JIS K6850に準拠した引張りせん断接着試験に使用する対PBT接着試験片を作製した。
図4に、対PBT接着試験片の形状を示す。具体的には、最初に、表層7bを構成する樹脂材料を紫外線照射によって、厚さ0.1mmのシート状に硬化させた。そして、その表面に下層7aを構成する樹脂材料を塗布し、紫外線照射を行って硬化させ、厚さ0.2mmの層となるようにした。さらに、その表面に、表層7bを構成する樹脂材料を塗布し、紫外線照射を行って硬化させ、厚さ0.1mmの層となるようにした。このようにして、表層7b、下層7a、表層7bがこの順に積層されたシート体を得た。そして、得られたシート体を2枚のPBT板10,10(厚さ2mm)の間に挟み、PBT板10,10が水平になるように保持して、JIS C0021に規定されるとおりに、125℃で120時間放置した後、室温に放冷し、対PBT接着試験片とした。なお、比較例2については、下層7aのみでシート体を構成して、同様に試験片を作製した。
【0052】
<伸び試験片>
JIS K6251の伸び測定を行うために、防食剤シートを作製した。つまり、紫外線照射により、下層を構成する防食剤をシート状に硬化させ、JIS K6251 6号ダンベル形状を有する試験片を作製した。
【0053】
2.端子付き被覆電線の作製
ポリ塩化ビニル(重合度1300)100質量部に対して、可塑剤としてジイソノニルフタレート40質量部、充填剤として重炭酸カルシウム20質量部、安定剤としてカルシウム亜鉛系安定剤5質量部をオープンロールにより180℃で混合し、ペレタイザーにてペレット状に成形することにより、ポリ塩化ビニル組成物を調製した。次いで、50mm押出機を用いて、上記得られたポリ塩化ビニル組成物を、アルミ合金線を7本撚り合わせたアルミニウム合金撚線よりなる導体(断面積0.75mm)の周囲に0.28mm厚で押出被覆した。これにより被覆電線(PVC電線)を作製した。
【0054】
上記作製した被覆電線の端末を皮剥して電線導体を露出させた後、自動車用として汎用されている黄銅製のオス形状の圧着端子金具(タブ幅0.64mm)を被覆電線の端末に加締め圧着した。次いで、電線導体と端子金具との電気接続部に、表1に示す各防食剤を厚さ0.5mmで塗布して、露出している電線導体および端子金具のバレルを被覆した。そして、水銀キセノンランプを照射し(500mW/cm
2×6秒)、防食剤を硬化させて、端子付き被覆電線を得た。
【0055】
3.評価方法
<接着強度の測定>
上記で作成した対スズ接着試験片および対PBT接着試験片に対し、それぞれ、JIS K6850に準拠して、室温にて引張りせん断接着試験を行った。得られた接着強度(引張りせん断接着強度)の値を表1に示す。対PBT接着試験片を用いた試験においては、PBTとシート体の間の破壊形態の目視観察も合わせて行った。なお、いずれの防食剤についても、下層7aと表層7bに間には、剥離や破壊が生じなかった。
【0056】
<伸びの測定>
上記で作成した伸び試験片に対し、JIS K6251に準拠して、室温にて切断時伸びを測定した。表1に得られた値を示す。
【0057】
<損傷の評価>
上記で作成した各端子付き被覆電線をPBT製のコネクタハウジングに挿入した状態で、JIS C0021に規定されるとおり、高温での放置を行った。具体的には、端子付き被覆電線を125℃において120時間放置した後、室温に放冷した。その後、端子付き被覆電線をコネクタハウジングから取り出し、外観を目視にて観察した。防食剤に割れや剥離が発生していないものを合格「○」とし、割れまたは剥離が発生しているものを不合格「×」とした。
【0058】
<結果および考察>
表1に、各実施例および比較例にかかる試験試料についての損傷の評価の結果を、各物性値とともに示す。なお、比較例2においては、「表層」の欄に、「下層」であるアクリル系樹脂Aの物性値を示している。
【表1】
【0059】
比較例1においては、PBTに対する表層の接着強度が、0.1MPa以上の大きな値となっており、かつPBTとの間で凝集破壊を起こす。これにより、高温放置後にコネクタハウジングから端子金具を抜くと、表層とコネクタハウジングの接着による防食剤の損傷が見られている。比較例2においては、単一層よりなる防食剤のPBTに対する接着強度は0.1MPa未満となっているものの、凝集破壊を起こす。これにより、高温放置後にコネクタハウジングから端子金具を抜く際に、表層とコネクタハウジングとの接着部で凝集破壊が起こることで、防食剤に損傷が発生している。一方、比較例3においては、下層とスズ層との間の接着強度が0.1MPa未満となっており、また比較例4においては、下層の伸びが10%未満となっている。これらの場合には、端子金具に対する下層の密着性が十分でないため、加熱後にコネクタハウジングから端子金具を抜くと、端子金具と防食剤の間に剥離が見られている。
【0060】
これらに対し、実施例1,2においては、下層がスズ層に対して0.1MPa以上の接着強度を有し、かつ10%以上の伸びを有しており、端子金具に対して強固に密着している。また、表層がPBTに対して0.1MPa未満の接着強度しか有さず、界面破壊を起こすことから、PBTに対して接着を起こしにくく、また接着を起こしても損傷を受けることなくPBTから剥離されやすい。これらの結果として、加熱後にコネクタハウジングから端子金具を抜いた際、端子金具と防食剤の間の剥離も、PBTに対する防食剤の接着に由来する割れ等の損傷も、防食剤に生じていない。
【0061】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。なお、上記のように、端子付き被覆電線を収容するコネクタハウジングは、通常PBTより構成されるが、PBT以外の樹脂よりなる場合には、表層の接着強度および破壊形態を、PBTではなく、それぞれの樹脂種に対して規定することで、同様の効果を得ることができる。