【実施例】
【0022】
本実施例の薄膜製造方法では、
図1〜
図3に示すDCマグネトロンスパッタ型の薄膜製造装置10を用いた反応性スパッタリングを行う。薄膜製造装置10は、真空ポンプ(図示せず)により内部を真空にすることが可能な真空容器11と、真空容器11の真空室111内にプラズマ生成ガスを導入するプラズマ生成ガス導入管17と、真空容器11の天井に取り付けられたマグネトロンスパッタ用磁石12及びターゲットホルダ13と、真空室111内にターゲットホルダ13に対向して設けられた基板ホルダ14と、ターゲットホルダ13に電気的に接続された直流電源(バイアス電界生成部)15と、ターゲットホルダ13の側方に設けられた高周波アンテナ16を有する。
【0023】
マグネトロンスパッタ用磁石12には、従来のマグネトロンスパッタ装置で用いられている、永久磁石から成るものをそのまま適用している。このマグネトロンスパッタ用磁石12の下面(真空室111側の面)に、円板状のスパッタターゲット(以下、「ターゲット」と略記する)Tを取り付けるターゲットホルダ13が設けられている。直流電源15は、ターゲットホルダ13に、接地に対して500Vの負の直流電圧を印加するように接続されている。これらマグネトロンスパッタ用磁石12と直流電源15を合わせたものが、プラズマを生成する装置として機能する。また、直流電源15は、バイアス電界を生成する装置としても機能する。基板ホルダ14は真空容器11の壁を介して接地されている。
【0024】
高周波アンテナ16は上記誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を生成するためのものであり、
図3に示すようにU字形の線状導体から成る。この線状導体のうち「U」の字における縦の棒に相当する部分(2箇所)は、真空容器11の壁に設けられたフィードスルー161を介して、真空容器11の外まで延びている。真空容器11の外において、線状導体の一方の端は整合器162Aを介して高周波電源162に接続され、他方の端は接地(図示せず)されている。また、線状導体のうち「U」の字の底部に相当する部分及び前記の縦の棒の一部は、真空室111内に配置されている。これらの部分は、高周波電源162から高周波電流が供給されることによってターゲットTの近傍に誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を生成する部分である。以下では、真空室111内に配置された当該部分を「作用部16A」と呼ぶ。作用部16Aの周囲には、セラミックス製の保護管163が設けられている。高周波アンテナ16は、作用部16AがターゲットTを挟んで対向するように、横方向に2個(1対)設けられている。このようなU字形の高周波アンテナ16は、巻数が1回未満のコイルに相当し、巻数が1回以上である場合よりもインダクタンスが小さいため、所定の高周波電力を供給した際に高周波アンテナ16に発生する電圧を小さくすることができる。本実施例では、1個の高周波アンテナ16に対して1000Wの高周波電力を供給する。
【0025】
薄膜製造装置10の各部位の位置や寸法について述べる。真空室111は円筒状であり、直径が300mm、高さが141mmである。ターゲットホルダ13には、直径76.2mm(3インチ)の円板状のターゲットTが取り付けられる。2個の高周波アンテナ16は、互いに横方向に180mm離間するように配置されており、作用部16Aの長さは100mmである。また、作用部16AとターゲットTの高さ方向の距離は21mm、作用部16Aと基板ホルダ14の高さ方向の距離は55mmである。
【0026】
なお、この薄膜製造装置10ではバイアス電界を生成する装置として、プラズマを生成するためのDCスパッタリングにおける直流電界用の直流電源15を用いたが、その代わりに、(高周波アンテナ16に電流を供給する高周波電源とは別の)高周波電源を用いてもよい。また、この薄膜製造装置10では誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を生成する装置として、U字形の高周波アンテナ16を用いたが、半円形の高周波アンテナも、巻数が1周未満の低インダクタンス高周波アンテナとして好適に用いることができる。
【0027】
以下、この薄膜製造装置10を用いた本実施例の薄膜製造方法の操作を説明する。まず、ターゲットホルダ13に、板状のシリコン(電気抵抗率1000Ωcm)から成るターゲットTを取り付ける。また、基板ホルダ14に、パッシベーション膜が形成される前のα-IGZO薄膜が露出したα-IGZO-TFT(上記「第1薄膜」に相当。以下、「基板S」と呼ぶ。)を載置する。
【0028】
次に、アルゴンと窒素の混合ガスから成るプラズマ生成ガスをプラズマ生成ガス導入管17から真空室111内に導入する。なお、プラズマ生成ガスにおけるアルゴンと窒素の混合比については、
図5を用いて後述する。続いて高周波電源162から高周波アンテナ16に高周波電力を供給することにより、ターゲットTの表面近傍に誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を形成する。それと共に、直流電源15によってターゲットTと基板Sの間に、ターゲットT側を負とする電圧500Vの直流電界(バイアス電界)を形成する。
【0029】
この誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界及び直流電界により、プラズマ生成ガス中のガス分子(アルゴン原子、窒素分子)が陽イオンと電子に電離してプラズマが形成される。このように生成された電子が、該直流電界及びマグネトロンスパッタ用磁石12により生成された磁界から受ける力によりサイクロイド運動又はトロコイド運動をすることにより、ガス分子の電離を更に促進する。そして、これらの作用によって生成された陽イオンは該直流電界によってターゲットTの方に向けて加速され、ターゲットTの表面に衝突することにより、ターゲットTの表面からシリコンのスパッタ粒子が飛び出す。このシリコンのスパッタ粒子と窒素プラズマが反応して基板Sの表面に付着することにより、窒化シリコンから成るパッシベーション膜が基板Sの表面に形成される。ここまでに述べた直流電界及び磁界による作用は、従来のDCマグネトロンスパッタ装置によるものと同様である。
【0030】
本実施例では更に、ターゲットTの表面近傍に誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を形成することにより、ガス分子の電離が促進され、それによりプラズマ密度が一層高められる。そのため、直流電界(バイアス電界)のみを用いていた従来のマグネトロンスパッタ装置と比較して、直流電界の強さが同じであれば単位時間当たりにターゲットTの表面に衝突する陽イオンの数が増加しているため、該表面から飛び出すスパッタ粒子が増加して製膜速度が高まる。そして、従来のマグネトロンスパッタ装置と同じ製膜速度で製膜するならば、直流電界を従来よりも弱くすることができる。そうすると、スパッタ粒子や、ターゲットTに跳ね返された陽イオンのエネルギーが小さくなるため、それらの粒子が基板Sに衝突する際に、基板Sの表面に露出したα-IGZO薄膜が受けるダメージを小さくすることができる。
【0031】
次に、本実施例の薄膜製造方法に関する実験を行った結果を示す。まず、本実施例の薄膜製造方法によって窒化シリコンから成るパッシベーション膜を作製した際の、バイアス電界の電圧(以下、「バイアス電圧」とする)と、ターゲットに流れる電流(以下、「ターゲット電流」とする)の強度の関係を測定した結果を
図4に示す。ここでターゲット電流は、ターゲットに入射した陽イオンの数に比例するため、同じバイアス電圧で比較すると、ターゲット電流が大きいほど製膜速度が速いことを意味する。この実験では、高周波アンテナに供給する電力を(a)2kW、(b)1kW、(c)0kW((c)は比較例)とした。この実験結果から、同じバイアス電圧では比較例よりも本実施例の方がターゲット電流が大きく、すなわち製膜速度が速くなるといえる。
【0032】
次に、本実施例の薄膜製造方法において高周波アンテナに供給する電力を2kWとした場合における、窒化シリコンから成るパッシベーション膜を作製した際の製膜速度を測定した(
図5(a))。比較のために、薄膜製造装置10において前記誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を形成しない(高周波アンテナ16に高周波電力を供給しない従来の方式である)点を除いて本実施例と同様の操作を行った場合についても、製膜速度を測定した(
図5(b))。
図5には、プラズマ生成ガス中の窒素ガスの混合比(流量比)が異なる複数の実験結果を示した。これらの実験の結果、窒素ガスの混合比がいずれの値の場合にも、比較例(b)よりも本実施例(a)の方が、製膜速度が2倍以上速くなった。ここでは本実施例、比較例共にバイアス電圧を同じ値としたが、この実験結果から、本実施例では、比較例と同程度の製膜速度で実施する場合には、バイアス電圧を本実験よりも弱くできるといえる。
【0033】
また、この実験から、プラズマ生成ガス中の窒素ガスの混合比は、高すぎる(本実施例における混合比100%)と製膜速度が低下し、低すぎる(本実施例では混合比6%以下、比較例では混合比14%以下)と窒化シリコン膜に濁りが生じることが明らかになった。ここで窒化シリコン膜の濁りは、膜中の窒素原子の欠陥によるものであり、窒素プラズマから窒化シリコン膜に供給される窒素原子の量が不十分であることを意味している。
【0034】
次に、本実施例で得られた窒化シリコン膜の赤外吸収スペクトルを測定した結果を、
図6(a)を用いて説明する。比較例として、(
図5で示した比較例とは異なる膜である)プラズマCVD法で作製した窒化シリコン膜の赤外吸収スペクトルを
図6(b)に示す。本実施例、比較例共に、波数830cm
-1付近に吸収スペクトルが見られる。この吸収スペクトルは、窒化シリコンのSi原子とN原子の結合(Si-N結合)における伸縮振動に起因したものである。一方、比較例では1180cm
-1付近、2000cm
-1付近及び3250cm
-1付近にも吸収スペクトルが見られるのに対して、本実施例ではこれらの吸収スペクトルは見られない。これら比較例の吸収スペクトルのうち1180cm
-付近のものはN-H結合の変角振動に起因し、2000cm
-1付近のものはSi-H結合の伸縮振動に起因し、3250cm
-1付近のものはN-H結合の伸縮振動に起因している。すなわち、比較例で作製した窒化シリコン膜には水素原子が混入しているのに対して、本実施例で作製した窒化シリコン膜には測定精度の範囲内では水素原子の混入が見られない。このように、本実施例の方法により、従来のプラズマCVD法では作製することができなかった、水素原子がほとんど混入していない窒化シリコンから成るパッシベーション膜を作製することができるため、パッシベーション膜中の水素原子がα-IGZO薄膜内に混入して特性が低下することを防止することができる。
【0035】
本発明は上記実施例には限定されない。
例えば、上記実施例ではマグネトロンスパッタ用磁石12を1組のみ用いたが、
図7に示すように、マグネトロンスパッタ用磁石12を複数組用いてもよい。この場合、各マグネトロンスパッタ用磁石12にターゲットホルダ13を設け、各ターゲットホルダ13の側方に高周波アンテナ16を設けることが望ましい。これにより、高密度且つ均一なプラズマを広い領域に亘って形成することができるため、より大面積の製膜が可能になる。
【0036】
また、ターゲットTの表面近傍に形成する誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界とは別に、
図8に示すように、第2高周波アンテナ26を用いて、基板Sの近傍に第1薄膜活性化用高周波電磁界を形成してもよい。この第1薄膜活性化用高周波電磁界は、基板S(第1薄膜)の表面を活性化させ、該表面へのスパッタ粒子の付着を促進させる役割を有する。第2高周波アンテナ26には、上記高周波アンテナ16と同様に、U字形のものを好適に用いることができる。
【0037】
ここまではDCマグネトロンスパッタ法を用いて基板S(第1薄膜)とターゲットTの間にプラズマを生成する例を示したが、高周波マグネトロンスパッタ法を用いてもよい。また、マグネトロンを使用しないDCスパッタ法や高周波スパッタ法で用いられている方法によりプラズマを生成してもよい。その場合、バイアス電界がそのまま、プラズマを生成するための電界として機能するため、誘導結合プラズマ生成用高周波電磁界を生成する手段及びバイアス電界を生成する手段のみを用いればよい。