【解決手段】(a)アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られた試料に前記包埋媒体の除去処理を施し、試料を得るステップ、(b)ステップ(a)で得られた試料を2価カルボン酸化合物の存在下で熱処理し、試料を得るステップ、(c)ステップ(b)で得られた試料と細胞分散活性を有する酵素とを接触させ、ステップ(b)で得られた試料に含まれる複数の細胞を個々の細胞に分離して溶媒中に分散させた試料を得るステップ、(d)ステップ(c)で得られた試料中の細胞由来の光学情報を前記フローサイトメータによって取得するステップおよび(e)ステップ(d)で取得された光学情報に基づいて、細胞を分析するステップを含む細胞分析方法。
前記2価カルボン酸化合物が、アスパラギン酸、シュウ酸、リンゴ酸、シトラコン酸、マレイン酸、グルタル酸およびコハク酸からなる群より選ばれた少なくとも1種の2価カルボン酸である、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
前記アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られた試料が、厚さ50〜100μmの切片である、請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本実施形態に係る細胞分析方法は、フローサイトメータを用い、アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られる細胞を分析するための細胞分析方法であって、
(a)前記アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られた試料に前記包埋媒体の除去処理を施すことにより、組織を含み、かつ前記包埋媒体が除去された試料を得るステップ、
(b)前記ステップ(a)で得られた試料を2価カルボン酸化合物の存在下で熱処理することにより、組織を含む熱処理された試料を得るステップ、
(c)前記ステップ(b)で得られた試料と細胞分散活性を有する酵素とを接触させ、前記ステップ(b)で得られた試料に含まれる複数の細胞を個々の細胞に分離して溶媒中に分散させた試料を得るステップ、
(d)前記ステップ(c)で得られた試料中の細胞由来の光学情報を前記フローサイトメータによって取得するステップ、および
(e)前記ステップ(d)で取得された光学情報に基づいて、細胞を分析するステップ、
を含むことを特徴とする。
【0012】
本発明者らは、アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られる細胞をフローサイトメータで分析する際に、組織標本の包埋媒体を除去した後にクエン酸を含む溶液中で熱処理した場合、フローサイトメータで分析される試料には、後述の比較例でも示されるように、個々の細胞に分離されなかった多数の細胞塊が残存することを見出した。そして、本発明者らは、包埋媒体が除去された試料を、クエン酸を含む溶液中で熱処理するのではなく、2価カルボン酸化合物の存在下で熱処理することで、より高い分散効率で個々の細胞を溶媒中に分離・分散させることができることを見出した。
【0013】
本実施形態に係る細胞分析方法では、非水溶性の包埋媒体が除去された試料を2価カルボン酸化合物の存在下で熱処理するため、より高い分散効率で個々の細胞を溶媒中に分離・分散させることができる。そのため、フローサイトメータを用いて分析される試料に細胞塊が含まれてしまうことに起因する分析結果の誤差の発生を抑制することができる。したがって、本実施形態に係る細胞分析方法によれば、フローサイトメータを用いて、組織に含まれる細胞を精度よく分析することができる。
【0014】
本実施形態に係る細胞分析方法では、まず、アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られた試料に前記包埋媒体の除去処理を施すことにより、組織を含み、かつ前記包埋媒体が除去された試料を得る〔ステップ(A)〕。ステップ(A)を行なうことにより、3次元構造下でのみ保持されている細胞の本来の特徴を保存することができる。
【0015】
本実施形態において、「アルデヒド」は、組織を固定することができれば特に限定されない。本実施形態において、アルデヒドは、例えば、ホルマリン(ホルムアルデヒドともいう)、グルタルアルデヒドなどが挙げられる。本実施形態において、アルデヒドは、特に好ましくはホルマリンである。
【0016】
本実施形態において、「非水溶性の包埋媒体」は、天然の状態での検体の切片作製および載置を可能にするために用いられる公知の非水溶性の包埋媒体であればよく、特に限定されない。本実施形態において、非水溶性の包埋媒体は、例えば、パラフィン、セロイジン、カーボワックス、これらの少なくとも2種の混合物などが挙げられるが、特に限定されない。本実施形態において、非水溶性の包埋媒体は、好ましくはパラフィンである。
【0017】
本実施形態において、組織としては、例えば、固形腫瘍の組織(腫瘍組織)、非腫瘍病変組織、正常組織などの組織が挙げられる。
【0018】
本明細書において、「固形腫瘍」とは、腫瘍細胞と、線維芽細胞、細胞外基質などとからなる塊を作るものをいう。前記固形腫瘍の具体例としては、喉頭癌、食道癌、胃癌、結腸癌、大腸癌、直腸癌、小細胞肺癌、非小細胞肺癌、膵臓癌、腎臓癌、肝臓癌、胸腺癌、脾臓癌、甲状腺癌、副甲状腺癌、副腎癌、前立腺癌、膀胱癌、卵巣癌、子宮内膜癌、子宮頚癌、骨癌、皮膚癌、肉腫、骨肉腫、黒色腫、芽細胞腫、扁平細胞癌、非扁平細胞癌、脳腫瘍、口腔癌、癌腫、リンパ腫、線維腫、髄膜腫、胆道癌、褐色細胞腫、膵島細胞癌、リー・フラウメニ(Li−fraumeni)腫瘍、下垂体部腫瘍、多発性神経内分泌I型およびII型腫瘍、頭頸部癌、睾丸癌などが挙げられるが、特に限定されない。本明細書において、「非腫瘍病変組織」とは、腫瘍以外の病変組織をいう。非腫瘍病変組織としては、例えば、良性前立腺肥大、口腔白板症、大腸ポリープ、食道前、癌性増殖、良性病変などが挙げられるが、特に限定されない。前記正常組織としては、腫瘍組織および非腫瘍病変組織以外の組織であって、例えば、胃、肝臓、乳房、乳腺、肺、膵臓、膵臓腺、子宮、皮膚食道、喉頭、咽頭、舌、甲状腺などの器官から得られる組織などが挙げられるが、特に限定されない。
【0019】
アルデヒドで固定され、非水溶性の包埋媒体中に包埋された組織標本から得られた試料は、組織に含まれる分析対象の細胞の大きさよりも大きい幅となるように、前記組織標本を切ることによって得られる。したがって、切片の厚さは、細胞の本来の特徴を的確に分析する観点から、40〜100μmであることが好ましく、50〜70μmであることがより好ましい。組織標本の切片の作製は、例えば、ミクロトームを用いることなどによって行なうことができる。
【0020】
包埋媒体の除去処理は、包埋媒体の種類に応じて、公知の方法で行うことができる。例えば、包埋媒体がパラフィンの場合、脱パラフィン剤中において、パラフィン包埋された組織標本をインキュベーションすることによって行なうことができる。脱パラフィン剤は、パラフィン包埋された組織標本中の組織を損傷させることなく、当該パラフィン包埋された組織標本に含まれるパラフィンを溶解しうる試薬である。脱パラフィン剤としては、例えば、キシレン、ベンゼン、トルエンなどの有機溶剤が挙げられるが、特に限定されない。包埋媒体がパラフィンである場合、パラフィンの除去は、前記有機溶剤層にパラフィン包埋された組織標本を通過させることなどによって行なうことができる。包埋媒体の除去処理を行なう際の処理時間および処理温度は、分析対象の組織の種類などに応じて適宜決定することができる。
【0021】
また、細胞をより的確に分析する観点から、包埋媒体の除去処理後の切片を再水和させることができる(親水和処理)。例えば、包埋媒体がパラフィンである場合、脱パラフィン処理後の切片の再水和は、下降系列のエタノール溶液(用いる順に、例えば、100体積%エタノール、90体積%エタノール水溶液、80体積%エタノール水溶液および70体積%エタノール水溶液)中においてインキュベーションすることなどによって行なうことができる。なお、前記エタノール溶液の下降系列は、脱パラフィン後の切片の再水和が可能な系列であればよく、時に限定されるものではない。
【0022】
つぎに、前記ステップ(a)で得られた試料を2価カルボン酸化合物の存在下で熱処理することにより、組織を含む熱処理された試料を得る〔ステップ(b)〕。前記アルデヒドによって固定された組織を構成する細胞内および細胞表面のタンパク質は、細胞本来のタンパク質とは異なる架橋を有する場合がある。そこで、ステップ(b)を行なうことにより、前記架橋を外して細胞を構成するタンパク質の状態を元の状態に戻すことまたは当該タンパク質の状態をもとの状態に近付けることができる。
【0023】
ステップ(b)における熱処理は、例えば、前記ステップ(a)で得られた試料と2価カルボン酸化合物とが入った容器をインキュベータ内で所定の温度(熱処理温度)で所定の時間(熱処理時間)加熱することなどによって行なうことができる。
【0024】
本明細書において、「2価カルボン酸化合物」とは、2価カルボン酸、2価カルボン酸の塩および当該2価カルボン酸の無水物を包含する概念をいう。前記2価カルボン酸化合物は、ステップ(b)における熱処理後の操作の容易性を確保する観点から、易水溶性の2価カルボン酸化合物であることが好ましい。本明細書において、「易水溶性」とは、20℃の水100gあたりの溶解度が0.1g以上であることをいう。20℃の水に対する溶解度は、ステップ(b)における熱処理後の操作の容易性を確保する観点から、0.1g以上、好ましくは0.2g以上である。易水溶性の2価カルボン酸化合物としては、20℃の水100gに対する溶解度が0.1g以上である2価カルボン酸化合物であればよく、例えば、炭素数2〜7の2価カルボン酸化合物などが挙げられる。炭素数2〜7の2価カルボン酸化合物の炭素数は、ステップ(b)における熱処理後の操作の容易性を確保する観点から、7以下、好ましくは5以下、より好ましくは4以下である。炭素数2〜7の2価カルボン酸化合物は、具体的には、例えば、式(I):
HOOC−R
1−COOH (I)
(式中、R
1は直接結合、置換基を有していてもよい炭素数1〜5のアルキレン基、置換基を有していてもよい炭素数2〜5のアルケニレン基または置換基を有していてもよい炭素数2〜5のアルキニレン基を示す)
で表わされる化合物などが挙げられる。
【0025】
式(I)において、炭素数1〜5のアルキレン基としては、例えば、メチレン基、エチレン基、n−プロピレン基、イソプロピレン基、n−ブチレン基、tert−ブチレン基、n−ペンチレン基などが挙げられるが、特に限定されない。炭素数2〜5のアルケニレン基としては、例えば、ビニレン基、プロペニレン基、ブテニレン基、ペンテニレン基などが挙げられるが、特に限定されない。炭素数2〜5のアルキニレン基としては、例えば、エチニレン基、プロピニレン基、ブチニレン基、ペンチニレン基などが挙げられるが、特に限定されない。炭素数1〜5のアルキレン基、炭素数2〜5のアルケニレン基および炭素数2〜5のアルキニレン基が有していてもよい置換基としては、例えば、水酸基、アミノ基などが挙げられるが、特に限定されない。なお、置換基がアミノ基である場合、2価カルボン酸化合物は、細胞分散効率を向上させる観点から、カルボキシル基のα位にアミノ基を有しない化合物であることが望ましい。
【0026】
2価カルボン酸化合物は、ステップ(b)における熱処理後の操作の容易性を確保するとともに、細胞をより的確に分析する観点から、好ましくは炭素数2〜7の2価カルボン酸化合物、より好ましくはアスパラギン酸、シュウ酸、リンゴ酸、シトラコン酸、マレイン酸、グルタル酸およびコハク酸からなる群より選ばれた少なくとも1種である。
【0027】
ステップ(b)は、前記2価カルボン酸化合物を含む溶液中で、前記ステップ(a)で得られた試料を熱処理することによって行なわれる。2価カルボン酸化合物を含む溶液において、溶媒は、好ましくは不純物を含まない水、すなわち、純水であり、より好ましくは蒸留水、さらに好ましくは脱イオン水である。熱処理は、細胞本来の生理学的機能を反映し、細胞をより的確に分析する観点から、中性付近の条件で行なうことが好ましい。したがって、前記2価カルボン酸化合物を含む溶液のpHは、細胞本来の生理学的機能を反映し、細胞をより的確に分析する観点から、5以上、好ましくは6以上、より好ましくは7以上であり、同様の観点から、9以下、好ましくは8以下、より好ましくは7.5以下である。なお、前記2価カルボン酸化合物を含む溶液のpHは、水酸化ナトリウム水溶液などによって調整することができる。前記2価カルボン酸化合物を含む溶液における2価カルボン酸化合物の濃度は、細胞本来の生理学的機能を反映し、細胞をより的確に分析する観点から、0.02mg/mL以上、好ましくは0.5mg/mL以上であり、同様の観点から、20mg/mL以下、好ましくは1mg/mL以下である。
【0028】
熱処理を大気圧条件下で行なう場合、熱処理温度の下限は、細胞本来の生理学的機能を反映し、細胞をより的確に分析する観点から、好ましくは80℃以上、より好ましくは90℃以上である。この場合、熱処理温度の上限は、同様の観点から、2価カルボン酸化合物を含む溶液が沸騰しない温度であり、100℃以下、より好ましくは98℃以下である。なお、熱処理を加圧条件下に行なってもよい。この場合、大気圧条件下で熱処理を行なう場合よりも高い熱処理温度で熱処理を行なうことができる。
【0029】
熱処理時間は、分析対象の細胞の種類、熱処理温度などに応じて、適宜決定することができる。熱処理時間は、特に限定されないが、通常、20〜60分間である。
【0030】
つぎに、前記ステップ(b)で得られた試料と細胞分散活性を有する酵素とを接触させ、前記ステップ(b)で得られた試料に含まれる複数の細胞を個々の細胞に分離して溶媒中に分散させた試料を得る〔ステップ(c)〕。
【0031】
ステップ(c)は、例えば、前記ステップ(b)で得られた試料と細胞分散活性を有する酵素を含有する酵素液とが入った容器を当該酵素の反応を行なうのに適した条件(反応温度、反応時間)下にインキュベータなどでインキュベーションすることによって行なうことができる。
【0032】
本明細書において、「細胞分散活性」とは、前記ステップ(b)で得られた試料に含まれる組織中において、接着または凝集している細胞同士を分離する酵素活性をいう。細胞分散活性を有する酵素としては、コラゲナーゼ、ディスパーゼなどが挙げられるが、特に限定されない。かかる酵素は、それぞれ、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。かかる細胞分散活性を有する酵素は、組織からの細胞の分離を効率よく行う観点から、好ましくはコラゲナーゼおよびディスパーゼである。
【0033】
反応温度は、酵素の種類、酵素の使用量、熱処理された試料に含まれる組織の体積などに応じて適宜決定することができる。反応温度は、酵素を十分に作用させるとともに細胞の生理学的機能を維持する観点から、通常、生体内部の温度に近い温度、例えば、32〜38℃、好ましくは36〜37.5℃、より好ましくは37℃前後(例えば、37℃±0.2℃)である。
【0034】
反応時間は、酵素の種類、酵素の使用量、熱処理された試料に含まれる組織の体積、細胞分析に用いることができる時間などに応じて適宜決定することができる。反応時間は、通常、15〜60分間、好ましくは20〜30分間、より好ましくは20分間前後(例えば、20±2分間)である。
【0035】
ステップ(c)では、前記ステップ(b)で得られた試料に含まれる組織を十分に浸漬させることができる量の酵素液を用いることができる。この場合、酵素液における酵素濃度は、熱処理された試料に含まれる組織の体積、酵素の種類などに応じて、適宜決定することができる。より具体的には、例えば、酵素として、コラゲナーゼを用いる場合、酵素液におけるコラゲナーゼ濃度は、短時間で細胞分析に要する時間を短縮する観点から、好ましくは25ユニット/mL以上、より好ましくは30ユニット/mL以上であり、酵素の使用量を抑制する観点から、好ましくは1300ユニット/mL以下、より好ましくは1250ユニット/mL以下である。ここで、コラゲナーゼの1ユニットとはpH7.4の反応系において、25℃で1μgの4−フェニル−アゾベンジル−オキシカルボニル−Pro−Leu−Gly−Pro−D−Arg(配列番号:1)を基質として切断する酵素量をいう。酵素として、ディスパーゼを用いる場合、酵素液におけるディスパーゼ濃度は、短時間で細胞分析に要する時間を短縮する観点から、3ユニット/mL以上、好ましくは4ユニット/mL以上であり、酵素の使用量を抑制する観点から、200ユニット/mL以下、より好ましくは190ユニット/mL以下である。ここで、ディスパーゼの1ユニットとはpH7.5の反応系において、37℃で1分間あたり1μmolのチロシンに相当するカゼインからのフォリン酸陽性アミノ酸を遊離させる酵素量をいう。また、細胞1mm
3あたりの酵素量は、通常、好ましくは3〜8.5ユニットである。なお、酵素として、コラゲナーゼとディスパーゼとを併用する場合、コラゲナーゼ/ディスパーゼ(単位量あたりのユニット比)は、通常、好ましくは4〜10、より好ましくは6.5〜7.5である。また、酵素として、コラゲナーゼとディスパーゼとを併用する場合、両者を混合して熱処理された試料に添加してもよく、別々に熱処理された試料に添加してもよい。
【0036】
なお、本ステップ(c)で得られる試料に含まれる細胞は、分析用途、後述のフローサイトメータのレーザ光源の種類などに応じて、適切な標識物質によって標識することができる。標識物質としては、例えば、4’,6−ジアミジン−2’−フェニルインドールジハイドロクロライド(DAPI)、Hoechst33342、ヨウ化プロピジウム(PI)、ピロニンY(Pyronin Y)、7−アミノ−アクチノマイシンD(7−AAD)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、フィコエリスリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)、テキサスレッド(TR)、Cy3、Cy5、PerCO(登録商標)(BDバイオサイエンシーズ社製)、Alexa Fluor 405、Alexa Fluor 488、Alexa Fluor 647(登録商標)(ライフテクノロジー社製)などの蛍光物質が挙げられるが、特に限定されない。また、細胞の標識は、標識物質と分析用途に応じたマーカー分子などに特異的に結合する結合物質とを含む化合物または標識物質と結合物質とから形成された複合体を用いて行なうことができる。
【0037】
つぎに、前記ステップ(c)で得られた試料中の細胞由来の光学情報を前記フローサイトメータによって取得する〔ステップ(d)〕。具体的には、前記ステップ(c)で得られた試料をフローサイトメータのフローセルに供給する。つぎに、フローセルに供給された試料に、フローサイトメータの光源から光を照射する。そして、光が照射された試料中の細胞由来の光学情報を、フローサイトメータの検出器により検出する。このようにすることで、前記ステップ(c)で得られた試料中の細胞由来の光学情報を前記フローサイトメータによって取得する。
【0038】
光学情報としては、画像情報、散乱光情報および蛍光情報からなる群より選ばれた少なくとも1種が挙げられる。画像情報としては、反射光画像情報、透過光画像情報、および蛍光画像情報が挙げられる。散乱光情報としては、細胞の大きさを反映する前方散乱光情報および細胞の表面の煩雑さを反映する側方散乱光情報が挙げられる。蛍光情報は、用いられる標識物質の発する蛍光から得られる情報である。蛍光情報は、標識物質に応じた励起波長の光を測定用試料に照射して、標識物質より生じる蛍光を測定することによって得られる情報である。蛍光情報の具体例としては、標識物質が発する蛍光から検出した蛍光強度(測定値)、蛍光強度の最大値、蛍光強度の積分値、蛍光パルス幅などが挙げられるが、特に限定されない。
【0039】
ステップ(d)において、前記ステップ(c)で得られた試料における細胞濃度は、フローサイトメトリーにより、複数の細胞のなかから個々の細胞を電気化学的に識別して検出することができる濃度であればよい。前記ステップ(c)で得られた試料における細胞濃度は、特に限定されないが、通常、1×10
6〜1×10
7細胞/mLである。
【0040】
フローサイトメータによる光学情報の取得に際し、フローセルに導入される試料の流速は、フローサイトメトリーにより、複数の細胞のなかから個々の細胞を電気化学的に識別して検出することができる流速であればよい。前記フローセルに導入される試料の流速は、特に限定されないが、通常、10〜120μL/minである。
【0041】
その後、前記ステップ(d)で取得された光学情報に基づいて、細胞を分析する〔ステップ(e)〕。
【0042】
細胞の分析は、例えば、前記光学情報に基づいてスキャッタグラムを作成し、当該スキャッタグラムを解析することによって行なうことができる。スキャッタグラムは、分析用途に応じたものであればよい。かかるスキャッタグラムとしては、例えば、蛍光情報と前方散乱光情報とを二軸とするスキャッタグラム、前方散乱光情報と側方散乱光情報とを二軸とするスキャッタグラムなどが挙げられる。スキャッタグラムの解析は、例えば、コンピュータに、
(S−1)スキャッタグラムにおいて、所定の性質を有する細胞Aが検出される領域Aの境界を特定するステップ、
(S−2)前記領域A内に出現する細胞集団に含まれる細胞の数と、当該領域Aの外部に出現する細胞の数とを計数するステップ
を含むプロセスを実行させることなどによって行なうことができる。これにより、本実施形態に係る細胞分析方法によれば、腫瘍組織、非腫瘍性病変組織などを構成する細胞の定量的なポピュレーション情報などを提供することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例などにより、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、以下に用いられる化合物の20℃の水100gに対する溶解度は、以下のとおりである。
<20℃の水100gに対する溶解度>
シュウ酸: 10.2g
グルタル酸: 43g
リンゴ酸 5g
コハク酸 8g
マレイン酸 44g
シトラコン酸 10g以上
アスパラギン酸 0.45g
無水シトラコン酸 10g以上
酢酸 100g
2−ヒドロキシ酪酸 5g以上
3−メチルクロトン酸 2g以上
アミノブタン酸 5g以上
シトルリン 20g
【0044】
(実施例1〜7および比較例1〜5)
(1)FFPE組織標本からの、分散効率を検討するための試料の調製
FFPE組織標本として、ヒト肺胞基底上皮腺癌細胞であるA549細胞を担持した担癌マウスにおける前記癌細胞を含む組織のFFPE組織標本(5mm×5mm×5mm)を用いた。FFPE組織標本を厚さが50μmとなるように薄切し、薄切切片(5mm×5mm×50μm)を得た。
【0045】
得られた薄切切片を、キシレン中において、25℃で5分間インキュベーションすることを2回繰り返すことにより、当該薄切切片からパラフィンを除去した(包埋媒体の除去処理)。つぎに、包埋媒体の除去処理後の切片を、下降系列のエタノール溶液(用いる順に、100体積%エタノール、90体積%エタノール水溶液、80体積%エタノール水溶液および70体積%エタノール水溶液)中において5℃で3分間インキュベーションすることにより、当該包埋媒体の除去処理後の切片を再水和させた(親水化処理)。
【0046】
その後、親水化処理後の切片を被験溶液中において、98℃で20分間インキュベーションした(熱処理)。なお、被験溶液として、0.1質量%シュウ酸水溶液(pH7.3、実施例1)、0.1質量%グルタル酸水溶液(pH7.4、実施例2)0.1質量%リンゴ酸水溶液(pH7.2、実施例3)、0.1質量%コハク酸水溶液(pH7.4、実施例4)、0.1質量%マレイン酸水溶液(pH7.3、実施例5)、0.1質量%シトラコン酸水溶液(pH7.4、実施例6)、0.1質量%アスパラギン酸水溶液(pH7、実施例7)、0.1質量%酢酸水溶液(pH7.4、比較例1)、0.1質量%2−ヒドロキシ酪酸水溶液(pH7.4、比較例2)、0.1質量%3−メチルクロトン酸水溶液(pH7.4、比較例3)、0.1質量%アミノブタン酸水溶液(pH7.4、比較例4)および0.1質量%シトルリン水溶液(pH7.3、比較例5)を用いた。
【0047】
熱処理後の切片を酵素液〔125U/mLコラゲナーゼと18.28U/mLディスパーゼとを含む、リン酸緩衝生理的食塩水(PBS)、ハンクス平衡塩溶液(HBSS)またはヒト細胞株培養用培養液(いずれもpH7.4)〕中において、37℃で20分間インキュベーションした。得られた混合物をピペット操作によって軽く撹拌して、切片からの細胞の分離および分散を促進させ、分散効率を検討するための試料を得た。また、対照として、実施例1〜7および比較例1〜5の被験溶液を用いる代わりに、0.1質量%クエン酸水溶液(pH6)を用いたことを除き、前記と同様に操作を行ない、分散効率を検討するための試料を得た。
【0048】
(2)分散効率の検討
得られた各試料中の細胞の核をHoechst33342によって染色した後、蛍光顕微鏡で観察し、細胞群の数(単一細胞および細胞塊の合計)、単一細胞の数および細胞塊の数を計数した。なお、染色された核が2個以上重なって観察された塊を細胞が分散されていない「細胞塊」とし、染色された核が1個であるものを「単一細胞」とした。式(A):
【0049】
【数1】
【0050】
にしたがって、細胞群中の単一細胞の割合として分散効率を求めた。つぎに、式(B):
【0051】
【数2】
【0052】
にしたがって、クエン酸水溶液を用いたときの分散効率に対する被験溶液を用いたときの分散効率の割合(相対分散効率)を求めた。実施例1〜7および比較例1〜5の被験溶液を用いたときの相対分散効率を調べた結果を
図1に示す。図中、被験溶液1は0.1質量%シュウ酸水溶液(実施例1)、被験溶液2は0.1質量%グルタル酸水溶液(実施例2)、被験溶液3は0.1質量%リンゴ酸水溶液(実施例3)、被験溶液4は0.1質量%コハク酸水溶液(実施例4)、被験溶液5は0.1質量%マレイン酸水溶液(実施例5)、被験溶液6は0.1質量%シトラコン酸水溶液(実施例6)、被験溶液7は0.1質量%アスパラギン酸水溶液(実施例7)、被験溶液8は0.1質量%酢酸水溶液(比較例1)、被験溶液9は0.1質量%2−ヒドロキシ酪酸水溶液(比較例2)、被験溶液10は0.1質量%3−メチルクロトン酸水溶液(比較例3)、被験溶液11は0.1質量%アミノブタン酸水溶液(比較例4)および被験溶液12は0.1質量%シトルリン水溶液(比較例5)を示す。
【0053】
図1に示された結果から、被験溶液1〜7(実施例1〜7)それぞれを用いたときの相対分散効率は、110%以上であることがわかる。したがって、被験溶液1〜7(実施例1〜7)それぞれを用いたときの細胞の分散効率は、クエン酸水溶液を用いたときの細胞の分散効率と比べて、高いことがわかる。これらの結果から、FFPE組織標本の細胞を分散させる際に、シュウ酸、グルタル酸、リンゴ酸、コハク酸、マレイン酸、シトラコン酸またはアスパラギン酸の存在下に熱処理を行なうことにより、細胞の相対分散効率を向上させることができることがわかる。これに対し、被験溶液8〜12(比較例1〜5)を用いたときの細胞の分散効率は、クエン酸水溶液を用いたときの細胞の分散効率と同程度またはそれ以下であることがわかる。
【0054】
シュウ酸、グルタル酸、リンゴ酸、コハク酸、マレイン酸、シトラコン酸およびアスパラギン酸は、2つのカルボキシル基を有する易水溶性(20℃の水に対する溶解度:0.1g以上)の2価カルボン酸である。一方、クエン酸は3つのカルボキシル基を有する3価カルボン酸、酢酸、2−ヒドロキシ酪酸、3−メチルクロトン酸、アミノブタン酸およびシトルリンは1つのカルボキシル基を有する1価カルボン酸である。これらの結果から、FFPE組織標本の細胞を分散させる際に、2価カルボン酸の存在下に熱処理を行なうことにより、より高い分散効率で個々の細胞が溶媒中に分散した試料を得ることができることがわかる。
【0055】
(実施例8および比較例6)
実施例1〜7および比較例1〜5の(1)において、被験溶液として、0.05質量%シトラコン酸水溶液(pH7.4、実施例8)および0.05質量%クエン酸水溶液(pH6、比較例6)を用いたことを除き、実施例1〜7および比較例1〜5(1)と同様の操作を行ない、細胞の分散効率を求めた。実施例8および比較例6の被験溶液(0.05質量%シトラコン酸水溶液および0.05質量%クエン酸水溶液)を用いたときの細胞の分散効率を調べた結果を
図2に示す。図中、被験溶液1は0.05質量シトラコン酸水溶液(実施例8)、被験溶液2は0.05質量クエン酸水溶液(比較例6)を示す。
【0056】
図2に示された結果から、被験溶液1(実施例8)を用いたときの分散効率は、被験溶液2(比較例6)を用いたときの分散効率と比べて著しく高いことがわかる。これらの結果から、FFPE組織標本の細胞を分散させる際の熱処理において、2価カルボン酸を低い濃度で用いた場合であっても、高い分散効率で個々の細胞が溶媒中に分散した試料を得ることができることがわかる。
【0057】
(実施例9〜11および比較例7)
実施例1〜7および比較例1〜5の(1)において、被験溶液として、0.1質量%マレイン酸水溶液(pH7.3、実施例9)、0.1質量%シトラコン酸水溶液(pH7.4、実施例10)、0.1質量%無水シトラコン酸水溶液(pH7.4、実施例11)および0.1質量%クエン酸水溶液(pH6、比較例7)それぞれを用いて熱処理を行なったことを除き、実施例1〜7および比較例1〜5の(1)と同様の操作を行ない、フローサイトメトリーでの分析用試料を得た。
【0058】
得られたフローサイトメトリーでの分析用試料中の細胞からの前方散乱光および側方散乱光を、フローサイトメータを用いて測定し、スキャッタグラムを得た。0.1質量%マレイン酸水溶液(実施例9)、0.1質量%シトラコン酸水溶液(実施例10)、0.1質量%無水シトラコン酸水溶液(実施例11)および0.1質量%クエン酸水溶液(比較例7)それぞれを用いて熱処理を行なった場合の前方散乱光強度および側方散乱光強度をパラメータとするスキャッタグラムを
図3に示す。図中、(a)は0.1質量%マレイン酸水溶液(実施例9)を用いたときのスキャッタグラム、(b)は0.1質量%シトラコン酸水溶液(実施例10)を用いたときのスキャッタグラム、(c)は0.1質量%無水シトラコン酸水溶液(実施例11)を用いたときのスキャッタグラム、(d)は0.1質量%クエン酸水溶液(比較例7)を用いたときのスキャッタグラムである。
【0059】
前方散乱光は、一般的に、細胞の大きさの目安となり、側方散乱光は、細胞の表面の複雑さの目安となる。
図3に示される結果から、0.1質量%マレイン酸水溶液〔図中、(a)〕、0.1質量%シトラコン酸水溶液〔図中、(b)〕および0.1質量%無水シトラコン酸水溶液〔図中、(c)〕を用いたときのスキャッタグラムでは、枠で囲まれた範囲内に、細胞に対応するプロットのほとんどが観察されることがわかる。これらの結果から、マレイン酸、シトラコン酸および無水シトラコン酸それぞれの存在下で熱処理を行なうことにより、一定の大きさおよび一定の表面の状態を有する細胞(すなわち、単一の細胞)が高い分散効率で溶媒中に分散した試料が得られることがわかる。これに対し、0.1質量%クエン酸水溶液(比較例7)を用いたときのスキャッタグラムでは、細胞に対応するプロットが広範囲に観察される。この結果から、クエン酸の存在下に熱処理を行なうことにより、多数の細胞塊が残存した試料が得られることがわかる。
【0060】
一定の大きさおよび一定の表面の状態を有する細胞(すなわち、単一の細胞)が高い分散効率で溶媒中に分散した試料をフローサイトメトリーでの分析用試料として用いることで、細胞塊に由来する光学情報の混在に起因する分析結果の誤差の発生を抑制することができる。したがって、FFPE組織標本の細胞を分散させる際に、2価カルボン酸の存在下に熱処理を行なうことにより、フローサイトメータを用いて、組織に含まれる細胞を精度よく分析することができることが示唆される。