【課題】近傍に配置された可塑剤を含む樹脂材料から、光ファイバの外周に形成された被覆層へと可塑剤が移行するのを抑制し、高温に晒されても、光ファイバと被覆層の間の剥離が抑制されるとともに、良好な側圧伝送特性が維持される光ファイバ素線を提供する。
【解決手段】光ファイバ11の外周に接触して、150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有する架橋樹脂からなる被覆層12が設けられる光ファイバ素線10。また、被覆層12を構成する架橋樹脂は、150℃において50MPa以下の平衡弾性率を有する光ファイバ素線10。光ファイバの外周を被覆してなる層は、被覆層12のみからなる光ファイバ素線。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のような光ファイバ素線90が、車両において短距離通信に使用される場合、ポリ塩化ビニル(PVC)よりなる保護層を光ファイバ素線90の外周に密着させて形成した、いわゆるタイトコート構造を有する光ファイバ心線の形態や、PVCチューブの中に光ファイバ素線90をケブラー繊維などの抗張力体とともに収容した、いわゆるルースチューブ構造を有する光ファイバコードの形態で用いられることが多い。一般に、これらの用途に用いられるPVCには、柔軟性の確保等を目的として、可塑剤が添加されている。可塑剤を含むPVCが、被覆層92に接触して、あるいは被覆層92の近傍に配置された状態で、車載環境で長時間の加熱を受けると、可塑剤が被覆層92に移行する可能性がある。特に、軟質材よりなるプライマリ層92aは、可塑剤を吸収することで膨潤しやすい。このプライマリ層92aの膨潤と熱老化によって、プライマリ層92aと光ファイバ91の間の界面の接着力が極端に低下して、界面に空隙を生じる場合がある。膨潤が大きい場合には、応力集中によってプライマリ層92aに亀裂が発生することもある。また可塑剤の移行によってプライマリ層92aの弾性が低下(弾性率が上昇)することで、マイクロベンド損失が大きくなり、光ファイバ素線90の側圧伝送特性が低下する可能性がある。
【0006】
本発明の目的は、近傍に配置された可塑剤を含む樹脂材料から、光ファイバの外周に形成された被覆層へと可塑剤が移行するのを抑制し、高温に晒されても、光ファイバと被覆層の間の剥離が抑制されるとともに、良好な側圧伝送特性が維持される光ファイバ素線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため本発明に係る光ファイバ素線は、光ファイバの外周に接触して、150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有する架橋樹脂からなる被覆層が設けられていることを要旨とする。
【0008】
ここで、前記被覆層を構成する架橋樹脂は、150℃において50MPa以下の平衡弾性率を有することが好ましい。
【0009】
また、前記光ファイバの外周を被覆する架橋樹脂よりなる層は、前記被覆層1層のみよりなることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
上記発明に係る光ファイバ素線においては、光ファイバの外周を被覆する被覆層が150℃において、10MPa以上の平衡弾性率を有する架橋樹脂よりなっている。架橋樹脂の平衡弾性率が大きくなるほど、架橋点間距離が小さくなるので、架橋構造の中を可塑剤分子が通過しにくくなり、架橋樹脂が150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有することで、近傍に可塑剤を含む樹脂材料が配置された状態で加熱を受けた際にも、被覆層へと可塑剤が移行することを効果的に抑制することができる。その結果、光ファイバからの被覆層の剥離を抑制するとともに、高い側圧伝送特性を維持することができる。
【0011】
ここで、被覆層を構成する架橋樹脂が、150℃において50MPa以下の平衡弾性率を有する場合には、被覆層が適度な柔軟性を有して、緩衝効果を発揮するので、高い側圧伝送特性が一層獲得されやすい。
【0012】
また、光ファイバの外周を被覆する架橋樹脂よりなる層が、上記のような被覆層1層のみよりなる場合には、被覆層が、プライマリ層とセカンダリ層のような2層構造を有さないことになる。しかし、1層のみの被覆層が、150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有する材料よりなることで、プライマリ層とセカンダリ層の役割を兼ねることができ、1層のみの被覆層で高い側圧伝送特性を与える光ファイバ素線となる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を詳細に説明する。
図1(a)は、本発明の一実施形態にかかる光ファイバ素線10の断面を示している。光ファイバ素線10は、光ファイバ11の外周に接触して、被覆層12が設けられた構造を有する。
【0015】
光ファイバ(ガラスファイバ)11は、コアと、コアよりも低い屈折率を有しコアの外周を覆うクラッドによって構成されている。光ファイバ11のコアやクラッドには、石英ガラスやプラスチックなどが用いられる。本光ファイバ素線10を構成する光ファイバ11は、いかなる種類のものであってもよいが、車載用には、マルチモード型のものが多用される。
【0016】
被覆層12は、架橋樹脂、つまり架橋構造を有する樹脂の組成物より構成される。特に、光ファイバ11の外周に密着して被覆した構造を形成しやすいという観点から、被覆層12は、硬化性樹脂、なかでも光硬化性(特に紫外線硬化性)を有する樹脂の組成物よりなることが好ましい。架橋樹脂の具体的な樹脂種は、以下に規定するような平衡弾性率を与えるものであれば、特に限定されないが、紫外線硬化性樹脂の場合、ウレタンアクリレート、エポキシアクリレート、シリコーンアクリレート等、アクリレート系の紫外線硬化性樹脂を例示することができる。また、架橋樹脂は、適宜添加剤を含んでいてもよい。
【0017】
被覆層12を構成する架橋樹脂は、150℃において、10MPa以上の平衡弾性率を有する。好ましくは、この平衡弾性率は、35MPa以上であるとよい。一方、この平衡弾性率は、50MPa以下であるとよい。
【0018】
光ファイバ素線10は、車両等に搭載して使用されるに際し、外側がポリ塩化ビニル(PVC)よりなる保護層やチューブに被覆された形態とされることが多い。例えば、光ファイバ素線10は、
図1(b)に示す光ファイバ心線20として用いられる。ここでは、PVCよりなる保護層21が、光ファイバ素線10の外周に密着して形成された、いわゆるタイトコート構造が形成されている。あるいは、光ファイバ素線10は、
図1(c)に示す光ファイバコード30として用いられる。ここでは、PVCよりなる保護チューブ31の中に、光ファイバ素線10が、抗張力体32とともに収容された、いわゆるルースチューブ構造が形成されている。抗張力体32は、ケブラー繊維等の樹脂繊維よりなることが一般的である。保護チューブ31の中に収容される光ファイバ素線10は、複数本であってもよい。
【0019】
光ファイバ心線20の保護層21や、光ファイバコード30の保護チューブ31を構成するPVCは、通常、可塑剤が配合され、軟質PVCとされている。可塑剤としては、例えば、フタル酸ジオクチル(DOP)、フタル酸ジブチルフタル酸ジイソノニル(DINP)、フタル酸ジイソデシル(DIDP)等のフタル酸エステル系可塑剤、アジピン酸ジイソデシル(DIDA)、トリメリット酸トリオクチル(TOTM)等の非フタル酸系可塑剤等が挙げられる。中でもDINPおよびTOTMは、光ファイバ素線を被覆する保護層や保護チューブを構成するPVCに、一般的に添加されている可塑剤である。
【0020】
被覆層12を構成する架橋樹脂が、150℃において、10MPa以上の平衡弾性率を有することにより、保護層21や保護チューブ31が外側に形成された状態の光ファイバ素線10が車両に搭載され、車両の運転に伴う周辺部材の発熱等によって光ファイバ素線10が加熱を受けても、保護層21や保護チューブ31から被覆層12へ、可塑剤が移行しにくくなっている。
【0021】
もし、被覆層12を構成する架橋樹脂が、150℃において、10MPa未満の平衡弾性率を示すものであれば、加熱時に、保護層21や保護チューブ31から被覆層12への可塑剤の移行が容易に起こってしまう。すると、被覆層12を構成する架橋樹脂が、可塑剤を吸収して膨潤し、この膨潤と熱老化によって、被覆層12の光ファイバ11への接着性が低下してしまい、被覆層12と光ファイバ11の間に空隙を生じる可能性がある。特に膨潤が大きい場合には、応力集中によって、被覆層12に亀裂が発生してしまうこともある。加えて、可塑剤の移行によって、被覆層12の弾性が低下することや、軸線方向に沿って不均一に膨潤が起こることによって、光ファイバ素線10のマイクロベンド損失が大きくなり、側圧伝送特性(側圧を受けた状態での信号の伝送特性)が低下してしまう可能性がある。特に、従来一般の光ファイバ素線90におけるプライマリ層92aは、低い平衡弾性率を有し、このような可塑剤の移行による剥離や側圧伝送特性の低下が起こりやすい。プライマリ層92aの外周がセカンダリ層92bに被覆されていても、プライマリ層92aへの可塑剤の移行は、セカンダリ層92bを介して長い時間を経て進行する。なお、可塑剤を含むPVCは、車載用の電線の絶縁被覆としても多用されており、光ファイバ心線20や光ファイバコード30を電線と並走させて配策する場合には、電線に用いられているPVCからも光ファイバ素線10の被覆層12への可塑剤の移行が起こる可能性がある。このように、光ファイバ11に接触する被覆層12が低い平衡弾性率を有していれば、近傍に配置された可塑剤を含む樹脂材料から、被覆層12へと可塑剤が移行する可能性がある。
【0022】
これに対し、本実施形態にかかる光ファイバ素線10においては、被覆層12が150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有し、近傍に配置された可塑剤を含有する樹脂材料から被覆層12への可塑剤の移行が抑制されることで、加熱環境等での光ファイバ心線20や光ファイバコード30の使用を経ても、被覆層12が初期の特性を保ちやすい。これにより、加熱を経ても、被覆層12と光ファイバ11との界面での剥離が抑制されるとともに、高い側圧伝送特性が維持される。このような効果は、150℃における被覆層12の平衡弾性率が35MPa以上である場合に、一層高くなる。
【0023】
このように、被覆層12を構成する架橋樹脂が、高い平衡弾性率を有することで、可塑剤の移行に由来する側圧伝送特定の低下を回避することができるが、平衡弾性率が高すぎても、被覆層12の緩衝性が低下することで、側圧伝送特性が低下する可能性がある。被覆層12を構成する架橋樹脂の150℃における平衡弾性率が50MPa以下である場合には、被覆層12が比較的軟質な状態となり、高い緩衝性を有するので、高い側圧伝送特性が一層達成されやすい。
【0024】
架橋樹脂の平衡弾性率は、公知の方法によって測定すればよい。例えば、動的粘弾性測定による貯蔵弾性率の測定を、温度を変化させながら行う。そして、貯蔵弾性率が温度の上昇に対して急激に低下するガラス転移温度よりも高温の領域に存在する、貯蔵弾性率の対数値が緩やかにしか変化しない平坦領域における貯蔵弾性率の値を、平衡弾性率とすることができる。
【0025】
被覆層12は、150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有することに対応し、従来一般の2層構造を有する光ファイバ素線90におけるプライマリ層92aとセカンダリ層92bの中間に相当する硬さを有する場合が多く、1層のみで、プライマリ層92aとセカンダリ層92bの両方の役割を兼ねる、いわばセミハード層として機能することができる。これにより、被覆層12の外周に接触して別の架橋性樹脂よりなる層を設けることなく、単一の被覆層12のみで、マイクロベンド損失およびマクロベンド損失の両方を効果的に抑制することができる。この観点から、被覆層12は、常温にて200〜600MPaの範囲のヤング率を有することが好ましい。
【0026】
あるいは、上記のような被覆層12の外周に接触して、さらにセカンダリ層92bに対応する、被覆層12よりも硬質の架橋樹脂よりなる層を設けてもよい。この場合には、マクロベンド損失を一層効果的に抑制するとともに、光ファイバ素線10に強力な物理的保護を与えることができる。
【0027】
側圧伝送特性を維持する効果を高める観点から、被覆層12が形成された光ファイバ素線10の外径は、光ファイバ11の外径が125μmである場合に、おおむね245〜255μmであることが好ましい。
【0028】
以上のような被覆層12を有する光ファイバ素線10は、例えば、光ファイバ11を線引きによって形成しながら、被覆層12を、線引きされた光ファイバ11の外周に配置することで製造することができる。被覆層12を構成する架橋樹脂が紫外線硬化性を有する場合には、線引きされた直後の光ファイバ11の外周に、未硬化の状態の紫外線硬化性樹脂をコートし、直後に紫外線を照射して硬化させることで、長尺状の光ファイバ素線10を連続的に製造することができる。
【0029】
[被覆層の平衡弾性率と可塑剤移行の関係]
被覆層12を構成する架橋樹脂が150℃において10MPa以上の平衡弾性率を有することで、近傍に配置された可塑剤を含有する樹脂材料から被覆層12への可塑剤の移行が抑制され、その結果として、加熱を受けても被覆層12の剥離が起こりにくく、高い側圧伝送特性が維持されるということは、後に実施例において示すように、実験的に実証されるが、以下のように、モデルを用いた計算によっても、導くことができる。
【0030】
架橋樹脂の平衡弾性率は、架橋点密度との間に強い相関を有し、平衡弾性率が大きくなるほど、架橋点密度が高くなる。平衡弾性率E’(MPa)と架橋点密度n(mol/m
3)の間には、次の式(1)の関係が成り立つことが知られている。
n=E’/(3RT) (1)
ここで、Rは気体定数8.31(J/(K・mol))である。また、Tは平衡弾性率測定時の温度(K)であり、150℃(=423K)とすればよい。
【0031】
そして、架橋樹脂の架橋構造を立方格子状の網目の集合体と近似すると、平均の架橋点間距離d(nm)は、架橋点密度n(mol/m
3)と以下のような関係を有する。
n=(d・10
9)
3・N
A (2)
N
Aはアボガドロ数である。
【0032】
従って、式(1)および式(2)を用いることにより、(平均)架橋点間距離dと平衡弾性率E’との関係を見積もることができる。
図2に、T=150℃として見積もった、架橋点間距離dと平衡弾性率E’の関係を示す。これを見ると、架橋点間距離は、平衡弾性率E’に対して単調減少の挙動を示していることが確認される。
【0033】
被覆層12に可塑剤が移行しないようにするためには、上記で見積もられる架橋点間距離が、可塑剤のサイズよりも小さくなるようにすればよい。すると、可塑剤の分子が、架橋樹脂の網目状の架橋構造を通過することができず、被覆層12の表面から内部へと拡散できないことになる。
【0034】
図3に、上記で列挙したPVCに添加しうる可塑剤の代表として、(a)DINPおよび(b)TOTMについて、サイズの見積もりを示す。ここで、図示した各部位の長さは、結合1か所あたりの長さを、ベンゼン環におけるC−C結合長である0.139nmに近似して、幾何的な計算を行うことで見積もった。
【0035】
図3によれば、どちらの可塑剤においても、表示した各部の長さが約1〜2nmとなっている。被覆層12を構成する架橋樹脂の架橋点間距離が、この長さよりも短ければ、可塑剤は、被覆層12の架橋構造を通過することができないとみなすことができる。
図2によると、おおむね、平衡弾性率が10MPaの時に架橋点間距離が1nm程度となっており、見積もられた可塑剤のサイズと対応している。つまり、被覆層12を構成する架橋樹脂の平衡弾性率が10MPa以上であれば、上記のようなサイズを有する可塑剤が架橋構造を通過することができず、被覆層12の内部に移行するのが抑えられることになる。
【0036】
これは、後に実施例において示されるように、架橋樹脂の平衡弾性率が10MPa以上であれば、可塑剤の移行による被覆層12の剥離と側圧伝送特性の低下が効果的に抑制されるという実験結果と、よく一致している。つまり、上記モデルにおいては、架橋樹脂の架橋構造および可塑剤の分子サイズの見積もりを、単純化した近似モデルを用いて行っており、また架橋樹脂と可塑剤の間の化学的相互作用を考慮していないにもかかわらず、可塑剤の移行の抑制に必要な平衡弾性率を見積もることができている。
【実施例】
【0037】
以下に本発明の実施例および比較例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0038】
[試験試料の作製]
(実施例1〜5、比較例1〜3)
コアの外径が50μm、クラッドの外径が125μmのグレーテッドインデックス(GI)ファイバを光ファイバとして用い、その外周に、下記表1に示す各種平衡弾性率を150℃にて有するウレタンアクリレートからなる紫外線硬化性樹脂組成物をコートし、紫外線照射によって硬化させることで、1層よりなる被覆層を有する光ファイバ素線を作製した。光ファイバ素線の径は、190μmとした。そして、得られた光ファイバ素線の外周に、PVC押し出し機によって、PVCをタイトコートして保護層を形成し、外径0.9mmの光ファイバ心線とした。用いたPVCは、可塑剤としてDINPを30質量%含有するものである。以上のようにして、実施例1〜5および比較例1〜3にかかる光ファイバ心線を得た。
【0039】
(比較例4)
従来一般のプライマリ層とセカンダリ層を有する2層コートの光ファイバ素線(外径250μm)の外周に、上記と同様にPVCよりなる保護層を形成し、比較例4にかかる光ファイバ心線とした。
【0040】
[評価方法]
(平衡弾性率の測定)
各紫外線硬化性樹脂組成物を紫外線照射によって硬化させ、厚さ200μm、幅3mmのシートを形成して、動的粘弾性測定を行った。測定に際し、チャック間距離を30mm、歪みを±10μm、振動数を1Hz、昇温速度を2℃/min.とした。得られた貯蔵弾性率の対数値の温度依存性のグラフにおいて、150℃が平坦領域にあることを確認したうえで、150℃における貯蔵弾性率の値を、平衡弾性率とした。
【0041】
(被覆状態の評価)
各実施例および比較例にかかる光ファイバ心線を、ステンレス製のφ20mmの外径を有するマンドレルに、張力10gで50ターンにわたって巻き付けた。その状態で、120℃の恒温槽内に300時間放置して、老化させた。その後、PVC保護層を除去して、光ファイバ素線における被覆層の被覆状態を目視にて観察した。光ファイバの軸線方向に沿ってほぼ全域にわたって、光ファイバからの被覆層の剥離が観察されたものを、被覆状態が悪い「×」とした。軸線方向に沿って一部の領域において光ファイバからの被覆層の剥離が見られたが、大部分の領域においては被覆層に剥離や亀裂が観察されなかったものを、被覆状態が良い「○」とした。そして、軸線方向全域にわたって、被覆層に剥離も亀裂も観察されなかったものを、被覆状態が優れている「◎」とした。
【0042】
(側圧伝送特性の評価)
各実施例および比較例にかかる全長10mの光ファイバ心線を、φ300mmの束状態とし、120℃の恒温槽内に300時間放置して、老化させた。その後、側圧伝送特性を評価した。つまり、軸線方向に沿って長さ100mmの1対の金属平板で、光ファイバ心線の中途部位を挟み込み、一方の金属平板から光ファイバ心線に50kgの荷重を印加することで、側圧を与えた。側圧の印加による伝送損失の増加量として、側圧伝送特性を評価した。測定は、波長0.85μmにおいて行った。伝送損失の増加量が、0.5dB/100mm以上の場合は側圧伝送特性が悪い「×」とし、0.1dB/100mm以上〜0.5dB/100mm未満の場合は側圧伝送特性が良い「○」とし、0.1dB/100mm未満の場合は側圧伝送特性が優れている「◎」とした。
【0043】
<結果および考察>
表1に、各実施例および比較例にかかる試料について、150℃における平衡弾性率と評価結果をまとめて示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1によると、150℃における被覆層の平衡弾性率が10MPa未満である比較例1〜3においては、加熱後に被覆層と光ファイバの間の界面に剥離が発生している。プライマリ層の平衡弾性率が0.2MPaと特に低い比較例4にかかる2層コートの光ファイバ素線においては、被覆層と光ファイバの間の界面の剥離に加え、被覆層の亀裂が発生している。これらに対し、150℃における被覆層の平衡弾性率が10MPa以上である実施例1〜5においては、被覆層と光ファイバの間の界面で剥離が起こるのが抑制されている。特に、平衡弾性率が35MPa以上である実施例2〜5においては、軸線方向全域にわたり、剥離が観察されていない。この結果は、被覆層の150℃における平衡弾性率が10MPa以上であることにより、被覆層の外側に配置されたPVC保護層から被覆層への可塑剤の移行が抑制され、その結果、加熱を受けても、被覆層の光ファイバへの密着性が高く維持され、また被覆層の膨潤が抑えられるものと解釈される。
【0046】
そして、側圧伝送特性に着目すると、150℃における被覆層の平衡弾性率が35MPa以下の領域では、おおむね、平衡弾性率が大きくなるほど、側圧による伝送損失の低下が小さくなっている。この結果は、平衡弾性率が大きくなるほど、PVC保護層から被覆層への可塑剤の移行が抑制され、膨潤や弾性の低下による側圧特性の悪化が抑制されることを示しており、
図2に結果を示したモデルに基づく予測にも合致するものである。
【0047】
一方、150℃における被覆層の平衡弾性率が35MPaを超えている領域では、側圧による伝送損失が再び増加に転じている。これは、被覆層の柔軟性が低下することで、印加された側圧に対する緩衝性が低下するためであると解釈される。被覆層が150℃において10MPa以上50MPa以下の平衡弾性率を有する領域で、側圧による伝送損失の増加量が0.1dB/100mm以下に抑えられており、特に優れた側圧伝送特性が得られている。
【0048】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。また、上記においては、可塑剤の分子サイズの見積もりを、PVCへの添加に用いられる代表的な可塑剤であるDINPおよびTOTMを用いて行ったが、これらよりも著しく分子サイズの大きい、または小さい可塑剤を用いる場合には、適宜可塑剤のサイズを見積もったうえで、
図2に示した平衡弾性率と架橋点間距離の関係に基づき、その可塑剤のサイズに対応する架橋点間距離を与える平衡弾性率の値以上となるように、架橋樹脂の平衡弾性率を選択すればよい。