【実施例】
【0040】
(実施例1)
図1に示すように、本例の絶縁電線1は、導体2と、導体2の外周を被覆する絶縁体3とを有している。絶縁体3は、塩素含有樹脂と、塩素含有主鎖ポリマーに不飽和アルコキシシラン化合物がグラフトされてなるシラングラフトマーとを含む組成物の水架橋体より構成されている。また、シラングラフトマーは、塩素含有主鎖ポリマーに対する不飽和アルコキシシラン化合物のグラフト量が1質量%以上とされている。
【0041】
本例では、導体2は、複数本の金属素線(不図示)が撚り合わされてなる副金属撚り線20がさらに複数本撚り合わされて構成されている。金属素線は、具体的には、軟銅線である。また、塩素含有主鎖ポリマーは、クロロスルホン化ポリエチレン、塩素化ポリエチレン、塩素化ブチルゴム、エピクロロヒドリンゴム、および、クロロプレンゴムからなる群より選択される少なくとも1種である。
【0042】
以下、絶縁体の構成が異なる絶縁電線の試料を複数作製し、各種評価を行った。その実験例について説明する。
【0043】
(実験例)
−材料の準備−
絶縁体の材料として以下のものを準備した。
・塩化ビニル樹脂(1)[信越化学社製、「TK−1000」]
・塩化ビニル樹脂(2)[信越化学社製、「TK−1700E」]
・塩化ビニル樹脂(3)[大洋塩ビ社製、「TE−1050」]
・塩化ビニル樹脂(4)[大洋塩ビ社製、「TH−1700」]
・シラングラフトマー(1)
クロロスルホン化ポリエチレン[東ソー社製、「TS−830」]100質量部と、ビニルトリメトキシシラン[信越化学社製、「KBM−1003」]3質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パークミルD」]0.2質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、クロロスルホン化ポリエチレンにビニルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(1)を得た。シラングラフトマー(1)は、
1H−NMR法により測定されるクロロスルホン化ポリエチレンに対するビニルトリメトキシシランのグラフト量が、1.2質量%であった。
・シラングラフトマー(2)
塩素化ポリエチレン[昭和電工社製、「エラスレン301MA」]100質量部と、アリルトリメトキシシラン[東レダウコーニングシリコーン社製、「Z6825」]3質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パークミルD」]0.5質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、塩素化ポリエチレンにアリルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(2)を得た。シラングラフトマー(2)は、
1H−NMR法により測定される塩素化ポリエチレンに対するアリルトリメトキシシランのグラフト量が、1.5質量%であった。
・シラングラフトマー(3)
塩素化ブチルゴム[JSR社製、「JSR CHLOROBUTYL1068」]100質量部と、ビニルトリエトキシシラン[信越化学社製、「KBE−1003」]5質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パークミルD」]0.5質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、塩素化ブチルゴムにビニルトリエトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(3)を得た。シラングラフトマー(3)は、
1H−NMR法により測定される塩素化ブチルゴムに対するビニルトリエトキシシランのグラフト量が、3.6質量%であった。
・シラングラフトマー(4)
エピクロロヒドリンゴム[ダイソー社製、「エピクロマーC」]100質量部と、ビニルトリエトキシシラン[信越化学社製、「KBE−1003」]8質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パークミルD」]1質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、エピクロロヒドリンゴムにビニルトリエトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(4)を得た。シラングラフトマー(4)は、
1H−NMR法により測定されるエピクロロヒドリンゴムに対するビニルトリエトキシシランのグラフト量が、4質量%であった。
・シラングラフトマー(5)
クロロスルホン化ポリエチレン[東ソー社製、「TS−320」]100質量部と、ビニルトリメトキシシラン[信越化学社製、「KBM−1003」]10質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パークミルD」]2質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、クロロスルホン化ポリエチレンにビニルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(5)を得た。シラングラフトマー(5)は、
1H−NMR法により測定されるクロロスルホン化ポリエチレンに対するビニルトリメトキシシランのグラフト量が、6.2質量%であった。
・シラングラフトマー(6)
クロロプレンゴム[電気化学工業社製、「DCR−30」]100質量部と、アリルトリメトキシシラン[東レダウコーニングシリコーン社製、「Z6825」]15質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パーヘキシルD」]3質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、クロロプレンゴムにアリルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(6)を得た。シラングラフトマー(6)は、
1H−NMR法により測定されるクロロプレンゴムに対するアリルトリメトキシシランのグラフト量が、9質量%であった。
・シラングラフトマー(7)
クロロプレンゴム[電気化学工業社製、「DCR−30」]100質量部と、アリルトリメトキシシラン[東レダウコーニングシリコーン社製、「Z6825」]1質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パーヘキシルD」]0.1質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、クロロプレンゴムにアリルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(7)を得た。シラングラフトマー(7)は、
1H−NMR法により測定されるクロロプレンゴムに対するアリルトリメトキシシランのグラフト量が、0.3質量%であった。
・シラングラフトマー(8)
エピクロロヒドリンゴム[ダイソー社製、「エピクロマーC」]100質量部と、ビニルトリエトキシシラン[信越化学社製、「KBE−1003」]1.5質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パーヘキサV」]0.2質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、エピクロロヒドリンゴムにビニルトリエトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(8)を得た。シラングラフトマー(8)は、
1H−NMR法により測定されるエピクロロヒドリンゴムに対するビニルトリエトキシシランのグラフト量が、0.6質量%であった。
・シラングラフトマー(9)
クロロスルホン化ポリエチレン[東ソー社製、「TS−830」]100質量部と、ビニルトリメトキシシラン[信越化学社製、「KBM−1003」]1.5質量部と、有機過酸化物[日油社製、「パーブチルD」]0.3質量部とをバンバリーミキサーを用いて十分に混練した後、150℃にて10分間加熱した。これにより、クロロスルホン化ポリエチレンにビニルトリメトキシシランがグラフトされてなるシラングラフトマー(9)を得た。シラングラフトマー(9)は、
1H−NMR法により測定されるクロロスルホン化ポリエチレンに対するビニルトリメトキシシランのグラフト量が、0.8質量%であった。
・無機フィラー(1)(酸化マグネシウム)[宇部マテリアルズ社製、「UC95S」]
・無機フィラー(2)(水酸化マグネシウム)[宇部マテリアルズ社製、「UD−653」]
・シラノール縮合触媒(ジブチル錫ジラウレート)
・DINP(フタル酸ジイソノニル)
・DOP(フタル酸ジオクチル)
【0044】
―絶縁電線の作製―
軟銅線を9本拠り合わせてなる軟銅撚り線をさらに19本撚り合わせることにより、導体を準備した。なお、導体径は、5.3mm、導体断面積は、15mm
2である。
【0045】
次いで、シラノール縮合触媒を除いて表1、表2に示される所定の配合割合となるように各材料を二軸混練機を用いて200℃で混合した後、ペレタイザーを用いてペレット状に成形した。次いで、押し出し成形機を用いて、表1、表2に示される所定量のシラノール縮合触媒を各組成物に混合するとともに、導体の外周に、厚み1.1mmにて各組成物を押し出し被覆した。次いで、これを60℃×95%RHの湿熱環境下に12時間置くことにより、シラングラフトマー同士を水架橋し、上記組成物の水架橋体より構成される絶縁体を形成した。これにより、試料1〜24の絶縁電線を作製した。
【0046】
また、表3に示される所定の配合割合となるように各材料を二軸混練機を用いて200℃で混合した後、ペレタイザーを用いてペレット状に成形することにより、各組成物を得た。次いで、押し出し成形機を用いて、導体の外周に、厚み1.1mmにて各組成物を押し出し被覆することにより、上記組成物より構成される絶縁体を形成した。これにより、試料25〜30の絶縁電線を作製した。
【0047】
−柔軟性−
各試料の絶縁電線から長さ500mmの試験電線を採取した。次いで、一対の板状治具が取り付けられたロードセルの各板状治具間に、試験電線を横向きのU字状に湾曲させた状態で固定した。具体的には、各板状治具の表面に形成された各V字状の溝に、上記湾曲させた試験電線の各端部をそれぞれ嵌め込んで固定した。なお、各板状治具間の距離は200mmとした。次いで、ロードセルにて試験電線に圧縮方向の荷重を加え、各板状治具間の距離が100mmになるまで荷重を負荷したときの最大荷重[N]を測定した。最大荷重の値は、その値が小さい程、絶縁電線の柔軟性が良好であることを示す。
【0048】
−耐熱性−
各試料の絶縁電線から導体を抜き取り、得られた絶縁体を試験片とした。次いで、各試験片を150℃にて10日間恒温槽に入れて取り出した。その後、引張試験機を用い、恒温槽に入れる前の試験片と、恒温槽に入れた後の試験片について、標線間距離:20mm、引張速度:50mm/minの条件にて引張試験を行い、各試験片の伸びを測定した。恒温槽に入れる前の初期の伸びを100%とした場合に、恒温槽に入れた後の伸びが70%以上であった場合を、優れた耐熱性を有するとして「A+」、伸びが50%以上70%未満であった場合を、良好な耐熱性を有するとして「A」、伸びが50%未満であった場合を、耐熱性に劣るとして「C」とした。なお、本耐熱性の試験は、試料1〜24に対して行った。
【0049】
−耐摩耗性−
絶縁体の柔軟性が過度になると、絶縁体が摩耗し、電線特性の一つである耐摩耗性が低下することが考えられる。そこで、各試料の絶縁電線について、絶縁体の耐摩耗性の確認を行った。
【0050】
具体的には、社団法人自動車技術会規格「JASO D618」に準拠し、ブレード往復法によって絶縁体の耐摩耗性を評価した。すなわち、各試料の絶縁電線から長さ750mmの試験片を採取した。次いで、23±5℃の室温下、軸方向に10mm以上の長さ、毎分50回の速さにて、試験片の絶縁体表面上でブレードを往復させた。この際、ブレードにかかる荷重は7Nとした。そして、ブレードが導体に接するまでの往復回数を測定した。ブレードの往復回数が1500回以上2000回未満であった場合を耐摩耗性が良好であるとして「A」、ブレードの往復回数が2000回以上であった場合を耐摩耗性に優れるとして「A+」とした。
【0051】
表1〜表3に、各試料の絶縁電線における絶縁体の形成に用いた各組成物の配合(質量部)、絶縁体の柔軟性、耐熱性、および耐摩耗性の評価結果をまとめて示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
表1〜表3によれば、次のことがわかる。すなわち、表3に示されるように、試料25〜試料30の絶縁電線は、いずれも、絶縁体が、塩素含有樹脂に低分子量の可塑剤が配合されてなる組成物より構成されている。これらのうち、試料25〜試料29の絶縁電線は、表3に示される配合割合で可塑剤が配合されているものの、柔軟性試験における最大荷重が39[N]以上と大きく、柔軟性に劣っていることがわかる。また、絶縁体の柔軟性を向上させるため、さらに可塑剤が増量された試料30の絶縁電線は、絶縁体の表面に可塑剤のブルーミングが発生した。この結果から、可塑剤の増量による絶縁体の柔軟性向上には、限界があるといえる。また、試料25〜試料30の絶縁電線は、いずれも、低分子量の可塑剤が比較的多く含まれている。そのため、試料25〜試料30の絶縁電線は、絶縁電線が束で使用された場合に、他の絶縁電線が有する絶縁体に可塑剤が移行しやすく、他の絶縁電線の特性を劣化させることが懸念される。
【0056】
これらに対し、試料1〜試料16の絶縁電線は、絶縁体が、塩素含有樹脂と、塩素含有主鎖ポリマーに不飽和アルコキシシラン化合物がグラフトされてなるシラングラフトマーとを含む組成物の水架橋体より構成されている。つまり、試料1〜試料16の絶縁電線は、絶縁体の柔軟化を図るため、低分子量の可塑剤に比べて分子量が大きく、かつ柔軟な高分子化合物である上記シラングラフトマーを上記組成物に用いている。そのため、試料1〜試料16の絶縁電線は、試料25〜試料29の絶縁電線に比べ、柔軟性試験における最大荷重が小さく、柔軟性が向上されている。また、試料1〜試料16の絶縁電線は、柔軟性向上のために積極的に可塑剤が配合されていないので、可塑剤のブルーミングがなく、他の絶縁電線が有する絶縁体への可塑剤の移行も抑制することが可能であるといえる。また、試料1〜試料16の絶縁電線は、シラングラフトマーのブルーミングも認められなかった。これは、シラングラフトマーの分子量が大きいことや、シラングラフトマー同士の水架橋により、絶縁体中にてシラングラフトマーの自由な移動が効果的に抑制されたためである。
【0057】
次に、表2に示されるように、試料17〜試料24の絶縁電線は、試料1〜試料16の絶縁電線と同様に、上記組成物中にシラングラフトマーを含んでいる。しかし、試料17〜試料24の絶縁電線は、シラングラフトマーにおける塩素含有主鎖ポリマーに対する不飽和アルコキシシラン化合物のグラフト量が1質量%未満とされている。そのため、試料17〜試料24の絶縁電線は、絶縁体の耐熱性に劣っていた。これは、上記組成物の水架橋時にシラングラフトマー同士の架橋が十分に生じず、架橋度を向上させることができなかったためである。
【0058】
次に、試料1〜試料16の絶縁電線同士を比較する。試料1〜試料10の絶縁電線は、上記組成物におけるシラングラフトマーの含有量が、塩素含有樹脂100質量部に対して1質量部〜100質量部の範囲内とされている。そのため、試料1〜試料10の絶縁電線は、良好な柔軟性および耐熱性を確保しつつ、優れた耐摩耗性を有していることが確認された。特に、試料7、試料8、試料10の結果によれば、シラングラフトマーにおける主鎖ポリマーの種類や、1〜10質量%の範囲内での上記グラフト量の調整が最適に行われることにより、フィラーを併用することなく、良好な柔軟性、優れた耐熱性を確保しつつ、優れた耐摩耗性を発揮させることが可能であることがわかる。
【0059】
なお、試料11〜試料14の絶縁電線は、上記組成物におけるシラングラフトマーの含有量が100質量部以上とされている。そのため、試料11〜試料14の絶縁電線は、試料1〜試料10の絶縁電線に比べ、耐摩耗性が低下する傾向が見られた。これらに対し、試料15、試料16の絶縁電線は、柔軟性を損なわない範囲で上記組成物に無機フィラーが適量配合されている。そのため、試料15、試料16の絶縁電線は、試料11〜試料14の絶縁電線と比較して、優れた耐摩耗性を確保することができた。この結果から、上記組成物におけるシラングラフトマーの含有量が100質量部以上とされる場合でも、フィラーを適量併用することにより、良好な柔軟性、優れた耐熱性を確保しつつ、優れた耐摩耗性を発揮させることが可能であることがわかる。
【0060】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲内で種々の変更が可能である。