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特開2015-202107幹細胞分化を促進する方法、幹細胞分化促進剤、および心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-202107(P2015-202107A)
(43)【公開日】2015年11月16日
(54)【発明の名称】幹細胞分化を促進する方法、幹細胞分化促進剤、および心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20151020BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20151020BHJP
   C12N 5/074 20100101ALI20151020BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20151020BHJP
   C12N 5/0789 20100101ALI20151020BHJP
   A61K 36/18 20060101ALI20151020BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20151020BHJP
【FI】
   C12N5/00 202A
   C12N5/00 202C
   C12N5/00 202D
   C12N5/00 202H
   C12N5/00 202Q
   A61K35/78 C
   A61P9/10
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-26884(P2015-26884)
(22)【出願日】2015年2月13日
(31)【優先権主張番号】103113636
(32)【優先日】2014年4月15日
(33)【優先権主張国】TW
(71)【出願人】
【識別番号】390023582
【氏名又は名称】財團法人工業技術研究院
【氏名又は名称原語表記】INDUSTRIAL TECHNOLOGY RESEARCH INSTITUTE
(74)【代理人】
【識別番号】100108833
【弁理士】
【氏名又は名称】早川 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100162156
【弁理士】
【氏名又は名称】村雨 圭介
(72)【発明者】
【氏名】李 連滋
(72)【発明者】
【氏名】林 周文
(72)【発明者】
【氏名】林 錚
【テーマコード(参考)】
4B065
4C088
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AC20
4B065BB26
4B065BD43
4B065CA44
4C088AB30
4C088AC11
4C088BA09
4C088CA05
4C088NA14
4C088ZA36
(57)【要約】      (修正有)
【課題】効果的に幹細胞を心筋機能を有する細胞に分化させ、かつ副作用の発生を低減させることのできる幹細胞分化促進方法の提供。
【解決手段】幹細胞分化を生体外で促進する方法であって、前記幹細胞を培養する培地中に分化促進剤として、キキョウ科多年草植物の根を乾燥したものである党参の抽出物を添加する工程を含む方法、並びに、党参抽出物を活性成分として有する幹細胞分化促進剤。前記党参抽出物が80〜100℃の水で抽出したものである幹細胞分化促進剤。当該促進剤は、心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物の活性成分として使用することができる。
【選択図】図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
幹細胞分化を生体外で促進する方法であって、
前記幹細胞を培養する培地中に分化促進剤として党参抽出物を添加する工程を含む方法。
【請求項2】
前記党参抽出物が水抽出物である請求項1に記載の幹細胞分化を促進する方法。
【請求項3】
前記党参抽出物が80〜100℃の水で抽出したものである請求項1または2に記載の幹細胞分化を促進する方法。
【請求項4】
前記幹細胞が、心筋様活性(cardiomyogenic activity)を有する細胞に分化する請求項1〜3のいずれか1項に記載の幹細胞分化を促進する方法。
【請求項5】
前記幹細胞が胚性幹細胞または成体幹細胞を含む請求項1〜4のいずれか1項に記載の幹細胞分化を促進する方法。
【請求項6】
党参抽出物を活性成分として有する幹細胞分化促進剤。
【請求項7】
前記党参抽出物が水抽出物である請求項6に記載の幹細胞分化促進剤。
【請求項8】
前記党参抽出物が80〜100℃の水で抽出したものである請求項6または7に記載の幹細胞分化促進剤。
【請求項9】
前記党参抽出物が、幹細胞の心筋様活性を有する細胞への分化を促進する請求項6〜8のいずれか1項に記載の幹細胞分化促進剤。
【請求項10】
前記幹細胞が胚性幹細胞または成体幹細胞を含む請求項6〜9のいずれか1項に記載の幹細胞分化促進剤。
【請求項11】
党参抽出物を活性成分として有する心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物。
【請求項12】
前記党参抽出物が水抽出物である請求項11に記載の組成物。
【請求項13】
前記党参抽出物が80〜100℃の水で抽出したものである請求項11または12に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、党参抽出物の新規な用途に関し、特に党参抽出物の幹細胞分化促進剤としての用途、および心筋梗塞からの回復後のケアに利用するという用途に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は心臓構造または機能の異常によって引き起こされる現象であり、生命に関わる潜在的な危険もある。心不全をきたす原因は数多くある。心不全は心筋梗塞および心筋虚血に起因することがほとんどで、心筋組織の損傷ひいては死亡に至ることもある。産業が発達した国において心臓病に罹患する確率は、年齢や、例えば糖尿病や肥満などの危険因子の増加に伴って高まっている。
【0003】
現在、心不全の治療法は薬物投与および外科手術が主であるが、どちらにも効果の限界がある。これら治療法では、損傷した心筋組織を復元させることはできず、その他の副作用を生ずる可能性もある(非特許文献1)。よって、損傷した心筋組織を回復させる代替の方法も開発されている。
【0004】
幹細胞は、分化と再生の機能を有し、心不全の治療において潜在力を有すると考えられている(非特許文献2および3)。幹細胞は、生体外で誘導されて心筋前駆細胞(cardiac progenitor cells)となり心筋細胞に分化することができるため、梗塞が起こったまたは損傷を受けた心臓組織に置き換わってその機能を回復させるものとして利用できると考えられる。しかし、心筋前駆細胞でない細胞を移植することで腫瘍が形成されてしまうこともあり、生命に関わる問題が生じる可能性もある。また、幹細胞群の増殖(expansion)、注入された幹細胞のホーミング(homing)および消失(loss)、幹細胞の機能の統合、および幹細胞を注入するルートなどの問題も、解決が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Li S.C., Wang L.,Jiang H., Acevedo J., Chang A.C., and Loudo W.G.(2009) Stem cell engineering for treatment of heart diseases:Potentials and challenges. Cell Biol.Int.33,255−67.
【非特許文献2】Ruvinov E., Dvir T., Leor J. and Cohen S.(2008) Myocardial repair:from salvage to tissue reconstruction.Expert Rev.Cardiovasc.Ther.6,669−686;Segers V.F.and Lee R.T.(2008) Stem−cell therapy for cardiac disease.Nature 451,937−942
【非特許文献3】Zhang J., Wilson G.F., Soerens A.G., Koonce C.H., Yu J., Palecek S.P., Thomson J.A.and Kamp T.J.(2009) Functional cardiomyocytes derived from human induced pluripotent stem cells.Circulation Research 104,e30−e41.)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
よって、如何にして効果的に幹細胞を心筋機能を有する細胞に分化させ、かつ副作用の発生を低減させるかが、当該分野における重要課題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために創出された。本発明は、天然の生薬抽出物により幹細胞の分化を促進して、心筋梗塞または虚血などの原因により損なわれまたは壊死した心筋細胞に置き換わる、心筋様活性(cardiomyogenic activity)を有する細胞を形成させる。本発明ではさらに、動物モデルを通して、天然の生薬抽出物が梗塞後の心筋細胞の機能を改善することが分かった。
【0008】
より具体的には、次の発明を開示する。
(1)幹細胞を培養する培地中に分化促進剤として党参抽出物を添加する工程を含む生体外で幹細胞分化を促進する方法。
(2)(1)の発明において、党参抽出物は水抽出物である。
(3)(1)または(2)の発明において、党参抽出物は80〜100℃の水で抽出されたものである。
(4)(1)から(3)のいずれか1の発明において、幹細胞は心筋様活性を有する細胞に分化する。
(5)(1)から(4)のいずれか1の発明において、幹細胞は胚性幹細胞または成体幹細胞を含む。
(6)党参抽出物を活性成分として有する幹細胞分化促進剤。
(7)(6)の発明において、党参抽出物は水抽出物である。
(8)(6)または(7)の発明において、党参抽出物は80〜100℃の水で抽出されたものである。
(9)(6)から(8)のいずれか1の発明において、党参抽出物は、幹細胞の心筋様活性を有する細胞への分化を促進する。
(10)(6)から(9)のいずれか1の発明において、幹細胞は胚性幹細胞または成体幹細胞を含む。
(11)党参抽出物を活性成分として有する、心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物。
(12)(11)の発明において、党参抽出物は水抽出物である。
(13)(11)または(12)の発明において、党参抽出物は80〜100℃の水で抽出されたものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る党参抽出物は、幹細胞を、効果的に心筋機能を有する細胞に分化させ、かつ副作用の発生を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1A図1Aは、胚様体(embryoid body;EB)を形成した収縮性心筋細胞の明視野像(左の図)と緑色蛍光タンパク質(eGFP)の発現(中央図)とを示しており、両者を重ね合わせることにより(右の図)収縮性細胞群がeGFPを発現したことが示されている。
図1B図1Bは、免疫細胞化学法で染色した収縮性心筋細胞を示しており、eGFPを発現した収縮性細胞が心筋細胞であることが確認できる。
図2図2は、EMG8遺伝子導入幹細胞がEBを形成せずに自発的に心筋細胞に分化した明視野像(左の図)、およびeGFPの発現(中央図)を示しており、両者を重ね合わせることにより(右の図)分化した心筋細胞がeGFPを発現したことが確認できる。
図3A図3Aは、党参抽出物のEMG8遺伝子導入幹細胞の分化に対する影響を示しており、党参抽出物がEMG8遺伝子導入幹細胞の心筋細胞への分化を促進し得ることがわかる。
図3B図3Bは、党参抽出物のEMG8遺伝子導入幹細胞の分化に対する用量依存性を示している。
図4A図4Aは、党参抽出物の心筋梗塞ラットモデルの心臓機能における内径短縮率(Fractional shortening;FS)に対する影響を示している。
図4B図4Bは、党参抽出物の心筋梗塞ラットモデルの心臓機能における内腔収縮面積(Fractional area contraction;FAC)に対する影響を示している。
図4C図4Cは、党参抽出物の心筋梗塞ラットモデルの心臓機能における心室駆出率(ejection fraction;EF)に対する影響を示している。
図5図5は、本発明の一実施形態において構築したベクターpMGN22の構造を示している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態においては、党参(Codonopsis pilosula(France) Nannf.)抽出物を、幹細胞分化促進剤として、および心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物の活性成分として使用する。
【0012】
党参(Codonopsis pilosula(France) Nannf.)はキキョウ科(Campanulaceae)多年草植物の根を乾燥したもので、中国伝統医学においては補中益氣・健脾・健胃の効能があると認められており、よく用いられる漢方薬の一種である(林子超ら、キキョウ科植物党参の本草学的考察,J.Chin.Med 18(1,2):51−64,2007)。党参は、他の生薬と組み合わせて補気・健胃などの効能を持つ処方として投与されることが多い。しかし、党参の幹細胞分化促進における効果、および心筋梗塞治療後の回復を促進させる効果については、未だどの文献にも記載されていない。さらに、党参が動物体に対して毒性を生じる可能性について記載された文献も未だない。すでに長期にわたって使用され、かつ動物毒性が無いという観点から、党参を使用すれば、化学合成薬品によって引き起こされ得る副作用または毒性を低減または排除することができよう。
【0013】
本実施形態では、党参の抽出物を幹細胞分化促進剤として、および心筋梗塞からの回復後のケアに用いる組成物の活性成分として使用する。より具体的には、本実施形態で使用する党参抽出物は、党参の乾燥粉末を水で抽出してなるものであることが好ましい。党参の乾燥粉末と抽出用の水の量との割合に特に制限はなく、党参と水との重量比は1:5〜1:20(党参:水)とすることができる。一実施形態では、党参と水との重量比を1:10として抽出を行う。抽出の温度は通常は室温よりも高くし、80〜100℃とすることができる。一実施形態では、90〜100℃として抽出を行う。抽出の方法としては、例えば、加熱還流抽出法(hot backflow extraction)を採用することができ、2〜5時間行う。
【0014】
長期間安定して保存するために、本実施形態に係る党参抽出物をさらに濃縮、凍結乾燥して乾燥粉末の形態で保管することができる。使用前に水中に再溶解すれば使用できる。再溶解の濃度は10〜1000μg/mlとすることができ、本実施形態の一実施形態では、再溶解の濃度は100μg/mlである。
【0015】
本実施形態における幹細胞は、哺乳動物の胚性幹細胞または成体幹細胞、例えば臍帯血幹細胞、骨髄幹細胞、成人の末梢血幹細胞などであってよい。胚性幹細胞は、発生4〜5日の胚の中空で微小な胚盤胞(blastocyst)から得るものであり、各々に将来、1個の完全な個体に必要な全ての細胞組織に分化・発生する能力を有する(pluripotent)ため、分化させる対象として好ましい。また、本実施形態で使用可能な哺乳動物は、例えばネズミ、ウサギ、ブタ、ウシ、イヌ、ネコ、サル、類人猿、またはヒトなどであってよいが、特に限定はない。
【0016】
本実施形態では、党参抽出物の幹細胞分化促進効果を確認するべく、マウスα−心筋ミオシン重鎖(α−cardiac myosin heavy chain;α−MHC)遺伝子のプロモーターおよび緑色蛍光タンパク質遺伝子(eGFP gene)を有する遺伝子導入幹細胞株を特別に構築した。α−MHC遺伝子は、心臓の発生初期に発現する心筋細胞特異な遺伝子である。(Morkin E.(2000)Control of cardiac myosin heavy chain gene expression. Microsc. Res. Tech. 50,522−531.)。本実施形態にて構築した導入幹細胞株を用いれば、標識タンパク質eGFPの蛍光発現により、幹細胞が心筋様活性(cardiomyogenic activity)を有する細胞に分化したか否かを確認して、党参抽出物の幹細胞分化促進における効果を調べることができる。一実施形態によれば、上記導入幹細胞が胚様体(EBs)を形成するか否かにかかわらず、本実施形態に係る党参抽出物は、幹細胞の心筋様活性を有する細胞への分化を促進する効果を備える。なお、党参のその他の溶媒の抽出物(例えばエタノール)を使用すると、幹細胞分化促進の効果は生じないおそれがある(これに関する試験およびデータは本明細書では開示していない)。
【0017】
さらにまた、本実施形態は、心筋梗塞からの回復後のケアにおける党参抽出物の効果も開示する。一実施形態によれば、党参抽出物は心筋梗塞の動物モデルに対して心筋機能を改善する効果を有し、この効果は心臓の内径短縮率(fractional shortening;FS)、内腔収縮面積(fractional area contraction;FAC)、心室駆出率(ejection fraction;EF)などの指標データ上に表れる。
【0018】
本実施形態によれば、党参抽出物は心原性活性(cardiogenic activity)を呈し、幹細胞、特に胚性幹細胞が心筋様活性(cardiomyogenic activity)を有する細胞に分化するのを促進し、ひいては心筋細胞を生じさせることができ、細胞療法に利用可能である。さらに本実施形態によれば、党参抽出物は、急性心筋梗塞に罹患した後の損傷を受けた心臓に対し、心筋機能を改善する効果を有しており、心筋梗塞からの回復後のケアに有効な活性成分となり得る。
【0019】
以下に本発明の好ましい実施例を説明するが、説明を明瞭とするために、記載や図を適宜省略および簡略化することがある。また、本発明は記載された各実施例だけに限定されることはない。本発明の範囲において、当業者は、記載された実施例の各要素を容易に変更、追加および交換することができる。
【0020】
[実施例1]
ベクターの構築
【0021】
マウスα−MHCプロモーター(Jeffrey Robbins氏より入手 (Gulick J.,Subramaniam A.,Neumann J.and Robbins J.(1991) Isolation and characterization of the mouse cardiac myosin heavy chain genes. J.Biol.Chem.266,9180−9185.))をBamHI−SalIで切断し、α−MHCプロモーターの断片(5.5kb)を切り出して、pEGFP−1(Clontech)のマルチクローニングサイト(MCS)上の制限酵素BglII−SalIの切断部位に挿入し、ベクターpMGN22を構築した(図5)。
【0022】
遺伝子導入を含む幹細胞株の作製
操作マニュアルに従いlipofectamine 2000(Invitrogen)を用いてベクターpMGN22をマウス幹細胞株ES−D3細胞(ATCC)にトランスフェクションし、導入幹細胞株EMG8を作製した。
【0023】
具体的には、表面に0.1%ゼラチン(Millipore)を塗布した、フィーダー細胞フリーの幹細胞培地(ダルベッコ・フォークト変法イーグル最小必須培地(DMEM)(Gibco)、0.1mM非必須アミノ酸(Gibco)、0.15 mMのα−モノチオグリセロール(monothioglycerol)(ICN Biomedicals Inc.)、15%の幹細胞用ウシ胎仔血清(ES cell−qualified fetal bovine serum)(Gibco)、ペニシリンG(penicillin G.)(100U/ml)、ストレプトマイシン(streptomycin)(100μg/ml)、アンホテリシン(amphotericin B)(250ng/ml)、10U/mlのESGRO(Chemicon)を含む)中で、500μg/mlのG418(Sigma)存在下、上述にて作製した導入幹細胞株EMG8をスクリーニングした。次いで、スクリーニングして得られたEMG8導入幹細胞株を、5%CO、37℃で250μg/mlのG418を含む幹細胞培地で培養した。培地は毎日交換した。
【0024】
α−MHCは、心臓の発生初期に発現する心筋細胞特異な遺伝子である(Morkin E.(2000) Control of cardiac myosin heavy chain gene expression. Microsc.Res.Tech.50,522−531.)。上述にて構築された遺伝子導入幹細胞EMG8により、幹細胞が心筋細胞に分化する過程を可視化することができる。
【0025】
マウス幹細胞株の分化
上述にて得られたEMG8導入幹細胞株を、1ウェルあたりの細胞数2000として幹細胞分化培地(高グルコース量のDMEM培地(Gibco)、0.1mM非必須アミノ酸(Gibco)、0.1mMのβ−メルカプトエタノール(beta−mercaptoethanol)(Sigma)、20%のウシ胎仔血清(Gibco)、100U/mlペニシリンG(penicillin G.)、100μg/mlのストレプトマイシン(streptomycin)、250ng/mlのアンホテリシン(amphotericin B)、および250μg/mlのG418を含む)の入った、表面に0.1%ゼラチン(Millipore)を塗布した96ウェルマイクロプレート(Corning)に播種した。培地は毎日交換した。10日後にSpectraMax M2マイクロプレートリーダー(Molecular Devices)を用い、励起波長480nmおよび発光波長519nmにおける高感度緑色蛍光タンパク質(eGFP)の強度を測定した。
【0026】
また、上述にて得られたEMG8導入幹細胞株は自発的に分化し、胚様体(embryoid bodies;EBs)を形成した(Hescheler J., Fleischmann B.K., Lentini S., Maltsev V.A., Rohwedel J., Wobus A.M. and Addicks K.(1997)Embryonic stem cells:a model to study structural and functional properties in cardiomyogenesis.Cardiovasc.Res. 36,149−162;およびPuceat M.(2008)Protocols for cardiac differentiation of embryonic stem cells.Methods 45,168−171.)。簡単に言うと、5%CO、37℃で2日間培養した後、培地の入った培養プレート(SPL)のフタに懸滴状の胚様体(EBs)が形成され、25μlの幹細胞分化培地中に細胞が500個含まれていた。幹細胞分化培地中でさらに5日懸濁させた。次いで、その胚様体(EBs)を、幹細胞分化培地の入った、ゼラチンを塗布した6ウェルプレート(Nunc)に移し、引き続き分化させた。光学顕微鏡で胚様体(EBs)の収縮(contractile)、拍動(beating)の様子を観察した。Andor Luca−R EMCCDを備えたLeica DM IRBE顕微鏡を用い、緑色蛍光タンパク質(eGFP)を発現した胚様体(EBs)の収縮像を観察・記録した。
【0027】
党参抽出物の調製
党参(Codonopsis pilosula(France) Nannf.)粉末100gを、加熱還流抽出法(hot backflow extraction)により、95℃、1000mlの水で2.5時間抽出した。次いで、その粗抽出物を冷却し、吸着力のあるフィルターまたはクロマトグラフィーによりその粗抽出物中から清澄な抽出物を分離した後、濃縮、凍結乾燥して乾燥粉末とし、長期保存できるようにした。本実施例では、当該抽出物を脱イオン水に再溶解し100μg/mlの濃度にして、党参抽出物の心原性活性(cardiogenic activity)を確認した。
【0028】
免疫化学染色
ゼラチンを塗布したスライドガラスに播種し、15日分化培養したEMG8由来の上記胚様体(EBs)を、室温下4%ホルムアルデヒドで20分固定してから、0.5%Triton X−100で細胞透過処理(permeabilization)を5分行い、次いで、室温下5%正常ヤギ血清(NGS)/PBSで20分ブロックした。続いて、そのEBsを一次抗体(ウサギanti−Nkx2−5(1:150)(GeneTex)またはマウスanti−α−Actinin IgG1(1:200)(Enzo))と、4℃、1%NGS/PBSで一晩共培養した。次いで、PBSで2回洗浄して、上記EBsを室温下で二次抗体(ヤギ抗ウサギQdot655−コンジュゲートIgG(1:200)(Invitrogen)またはヤギ抗マウスTRITC−コンジュゲートIgG(1:200)(Jackson ImmunoResearch))と1時間共培養した。続いて、Andor Luca−R EMCCDを備えたLeica DM IRBE顕微鏡で染色像を観察した。
【0029】
実験動物
3カ月齢のウィスター系ラット(Wistar rat)(国立成功大学医学院実験動物センターより入手)を実験動物とした。すべての動物の操作手順は、国立成功大学実験動物管理・使用委員会および研究用動物資源協会(Institute of Laboratory Animal Resource)の実験動物の管理と使用の承認に従った。
【0030】
心筋梗塞のラットモデルの作製
麻酔室で上記実験用ラットにイソフルラン(isoflurane)を吸入させた後、16Gの採血管を挿入し、ハーバード型呼吸器で陽圧換気した。2%の吸入麻酔薬イソフルレンで麻酔を維持し、心電図(electrocardiograph;EKG)を作成し計測した。左前胸部および心膜を切開すると、第4肋間から心臓が見えた。7−0prolene糸で左冠動脈前下行枝(left anterior descending(LAD) artery)を結紮した(Kan C.D., Lee H.L., and Yang Y.J.(2010) Cell transplantation for myocardial injury:a preliminary comparative study.Cytotherapy 12,692−700.)。操作の過程において、目視およびEKGのST部分により心筋缺血現象を評価・確認した。そして、3−0Vicryl(Ethicon Co,Inc)および3−0Ethilon(Ethicon Co,Inc)を用い、肋骨および皮下と皮膚の傷口を縫合した。術後、すべての実験用ラットに同量の筋肉内抗生物質および麻酔薬を投与した。
【0031】
心筋機能の評価
左冠動脈前下行枝(LAD)を1週間結紮した後、心エコー(echocardiography)により心筋機能および影響を受けた心筋壁の体積を測定し、ベースライン(baseline)のデータとした。ラットに麻酔を施し、左側臥位にし、左心室(LV)乳頭筋レベル(mid−papillary level)の短軸2D像(2D fractional image)をデジタルループとして保存すると共に、心内膜境界(endocardial borders)をトレースし、収縮末期内腔面積(end−systolic(ESA) cavity area)および拡張末期内腔面積(end−diastolic(EDA) cavity area)を確認した。
【0032】
左心室拡張末期内径(LV end−diastolic dimension (LVEDD))から左心室収縮末期内径(LV end−systolic dimension(LVESD))を引き、さらに左心室拡張末期内径(LVEDD)で割ったM−mode像より、内径短縮率(fractional shortening;FS)を算出した。
【0033】
拡張末期内腔面積に対する拡張末期内腔面積と収縮末期内腔面積との差の比率 ((EDA−ESA)/EDA×100)により、内腔収縮面積(fractional area contraction;FAC)を算出した。
【0034】
1回心拍量と拡張末期容積の比率((SV/EDV)×100)により、心室駆出率(ejection fraction(EF))を算出した。1回心拍量(SV)は、拡張末期容積(end−diastolic volume;EDV)から収縮末期容積(end−systolic volume;ESV)を減じたものに相当する。
【0035】
測定は3回ずつ行い、平均値をとった。心エコー評価、LAD結紮後、ラットを任意に分けて2つの実験群とした(コントロール群と党参抽出物投与群)。上記実験処理について知らされていない観察者が、同じ心エコーで心筋機能を評価した。
【0036】
結果
胚様体(EBs)を形成した収縮性心筋細胞のeGFP発現
15日培養した後(懸滴培養2日、懸濁培養5日、および固定培養8日)、蛍光顕微鏡で胚様体(EBs)形成中のeGFP発現を観察した。その様子は図1Aおよび1Bに示されている。図1Aの左の図は明視野像であり、収縮性細胞群が丸で囲まれた領域内にあることが示されている。図1Aの中央の図はeGFPの緑色蛍光発現を示しており、左の図の明視野像と重ね合わせると(図1Aの右の図)、これら収縮性細胞群がeGFPを発現していることが分かる。
【0037】
eGFPを発現した収縮性細胞をさらに確認するため、免疫細胞化学法でEBの形成を可視化した。その結果は図1Bに示されている。eGFPを発現した収縮性細胞をanti−α−Actininおよびanti−Nkx2−5抗体で染色した後、α−ActininおよびNkx2−5は心筋細胞に特異的に存在するタンパク質であることからGFPを発現した収縮性細胞が心筋細胞であることが確認された
【0038】
自発的に分化したEMG8細胞中におけるeGFP発現心筋細胞の観察
EMG8細胞はEBを形成せず、幹細胞分化培地に直接播種すると自発的に分化した。9日後、落射蛍光顕微鏡(epifluroescence microscope)で分化した幹細胞におけるeGFPの発現を観察した。結果は図2に示すとおりであり、eGFP陽性細胞の存在は、EMG8細胞が自発的に心筋細胞に分化したことを示している。この結果より、党参抽出物を含む幹細胞分化培地にEMG8細胞を播種することで、党参抽出物の心原性活性を評価することができる。
【0039】
党参抽出物によるEMG8細胞の心原性分化の用量依存的促進
党参抽出物の心原性活性を観察するため、1ウェルあたりの細胞数2000とし、EMG8細胞を、幹細胞分化培地の入った、ゼラチンを塗布した96ウェルプレートに播種した(1日目)。2日目に、各ウェルに0.5mg/mlの党参抽出物を加えた。各サンプルに試料を5個ずつ作った。培地は毎日交換した。11日目に培地を除去し、96ウェルプレートを励起波長480nmおよび発光波長519nmに設定した蛍光マイクロプレートリーダーに移して測定した。結果は図3Aに示すとおりであり、党参抽出物の心原性活性は24.2%とコントロール群より高かった。さらに、党参抽出物のEMG8細胞に対する心原性活性は用量依存性を示していた(図3B)。
【0040】
また、胚様体(EBs)形成モデルを用い、党参抽出物の心原性活性を評価したところ、党参抽出物は拍動するEBの形成を促進し、EBを形成しない幹細胞分化モデルにおいて得られた結果(データは示していない)と同じであるということが分かった。この結果から、党参抽出物は、未分化のEMG8細胞の心原性分化を促進し得る潜在的成分を含んでいることが推測される。この点に基づき、党参抽出物について生体内動物モデルでの評価をさらに行った。
【0041】
党参抽出物による心筋梗塞ラットモデルの心臓機能の改善
左冠動脈前下行枝(LAD)を1日結紮した上記の実験用ラットに、1匹につき党参抽出物を10mgそれぞれ毎日、10日間連続で腹腔内注射した。3週間および6週間後に、処理ラットの内径短縮率(FS)、内腔収縮面積(FAC)および心室駆出率(EF)を計測した。
【0042】
下表1および図4A〜4Cの心エコーデータによれば、党参抽出物を1週間投与した後、ラットの心臓機能に明らかな改善はなかった。しかし3週間後、党参抽出物投与群(n=6)ではラットの心臓機能に顕著な改善が見られ、コントロール群(n=6)に比べ、FSは40.8%(p<0.05)、FACは59.1%(p<0.01)、およびEFは40.2%(P<0.01)であった。6週間後には、FSは22.6%、FACは35.3%(p<0.05)、EFは29.6%(P<0.05)改善した。3週目から6週目までに、党参抽出物投与群のFACおよびEFは低下したものの、コントロール群と比較してみると、損傷を受けた心臓に尚も顕著な機能的改善があった。この結果は、党参抽出物が梗塞後の心臓機能を改善・促進できることを証明している。
【0043】
【表1】
図3A
図3B
図4A
図4B
図4C
図5
図1A
図1B
図2