【課題】厚板の水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で、アーク状態が安定し、スパッタが少なく、スラグ被包性及びスラグ剥離性並びにビード形状が良好で、溶接欠陥がない各脚長が均等な大脚長のすみ肉溶接部が高能率に得られ、プライマ塗装鋼板の溶接でも耐気孔性に優れる2電極水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】先行電極に溶接用ソリッドワイヤ、後行電極に溶接用フラックス入りワイヤを用い、先行電極と後行電極との電極間距離を50mm以上、先行電極及び後行電極のトーチ角度を40〜60°、先行電極のワイヤの狙い位置をルート部から下板側に5〜10mm、後行電極のワイヤ狙い位置をルート部から上板側に3〜7mm、先行電極及び後行電極のワイヤ径を1.2〜2.0mmとすることを特徴とする。
【背景技術】
【0002】
近年、各種溶接構造物の製作において、ガスシールドアーク溶接方法が溶接能率向上を図ることができることから、その適用が増大している。特に、造船、鉄骨、橋梁等の構造物ではすみ肉溶接の割合が多く、板厚30mm以上の厚板での水平すみ肉溶接の場合、すみ肉溶接部の脚長は8mm以上が必要とされるため、高能率化の目的から、溶接用フラックス入りワイヤを用いる2電極水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法が適用されている。例えば、特許文献1や特許文献2には、2電極で行う水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法が開示されている。
【0003】
しかし、これらの溶接方法は、長尺部材で脚長4〜6mmの場合における高速化を目的としたもので、各電極で生じる溶融プールを合体させる2電極1プール方式で溶接ビードを形成しているため、すみ肉溶接部の脚長が8mm以上の大脚長が要求される30mm以上の板厚の場合、品質要求を十分に満足することは難しい。
【0004】
一方、溶接用フラックス入りワイヤの成分組成によって大脚長のすみ肉溶接部を得る技術として、特許文献3や特許文献4には、いずれも1電極溶接で脚長10mmの大脚長を1パス溶接で得られる溶接用フラックス入りワイヤが提案されている。しかし、これらの溶接用フラックス入りワイヤを用いて水平すみ肉溶接を行ったとしても、脚長が10mmを超えると、ルート部の溶け込み不足、ルート部近くのスラグ巻き込み及び上板側のアンダーカットが発生しやすくなる。
【0005】
また近年、耐錆性の目的から、鋼板表面にプライマが塗装されている鋼板が多く使用されているが、このようなプライマ塗装鋼板を溶接した場合、立板及び下板に塗装したプライマや鋼板表面の赤錆及び付着する水分が溶接時に蒸気化して蒸気ガスが発生するためにピットが発生し、この手直し溶接に時間を要するため、生産コストが高くなるという問題がある。
【0006】
これら問題を解決する方法として、特許文献5には、2電極1プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で、先行電極及び後行電極に用いる溶接用フラックス入りワイヤの構成成分を限定することにより、プライマ塗装鋼板を用いた場合の耐気孔性を改善する方法が開示されている。しかし、特許文献5に開示された溶接方法は、2電極1プール方式での水平すみ肉溶接に関するものであるため、耐気孔性を改善することができたとしても、脚長8mm以上の大脚長での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接では、すみ肉溶接部にアンダーカットやオーバーラップが発生しやすくなるという問題があった。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、前記課題を解決するため、2電極2プール方式のすみ肉ガスシールドアーク溶接での溶接施工条件について検討した。
【0014】
図1は、本発明における2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接において、溶接進行方向に向けて先行して溶接する先行電極T、及び当該先行電極Tに後行して溶接する後行電極Lの配置を示す模式図で、(a)はその断面図、(b)は側面図、(c)は斜視図である。また、
図2は、本発明の2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法により得られたすみ肉溶接部の断面形状を示す。
図1(a)及び(b)に示すように、2電極2プール方式の水平すみ肉ガスシールドアーク溶接は、下板1と上板2をT字型又はL字型に組んだ部材における隅部に相当するルート部3に対して、先行電極L及び後行電極Tで同時にガスシールドアーク溶接を行う。このとき、本発明におけるガスシールドアーク溶接方法では、
図1(c)に示すように、先行電極Lの溶融プール4と後行電極Tの溶融プール5を別々に形成し、2プール状態で溶接を行う。なお、先行電極Lおよび後行電極Tの溶接トーチには、安定したアーク状態及びすみ肉溶接部の優れたビード形状を得る目的から、
図1(a)に示すように、溶接進行方向と直交方向に傾斜(以下、トーチ角度θ
1という。)を設けた状態で溶接を行う。このトーチ角度θ
1における基準となる方向は、水平方向である。また、溶接進行方向と平行方向に対しては、
図1(b)に示すように、先行電極Lには鉛直方向から後方への傾斜(以下、後退角θ
2)を、後行電極Tには鉛直方向から前方への傾斜(以下、前進角θ
3)を設けた状態で溶接を行う。なお、後退角θ
2、前進角θ
3における基準となる方向は鉛直方向である。
【0015】
この溶接方法は、通常は両電極に溶接用フラックス入りワイヤが用いられるが、厚板の水平すみ肉ガスシールドアーク溶接では、すみ肉溶接部の脚長が8mm以上必要となるため、大電流域で2電極2プール方式で水平すみ肉ガスシールドアーク溶接した場合、先行電極Lに用いられている溶接用フラックス入りワイヤのアーク力は溶接用ソリッドワイヤに比べて弱く、内包するスラグも多いため、ルート部を完全に溶融させることが困難であり、溶け込み不良やスラグ巻き込みも発生し易くなる。また、
図1(c)に示すように、先行電極Lの溶融プール4と後行電極の溶融プール5を別々に形成させる必要があるため、大電流域での2電極2プール方式でのガスシールドアーク溶接では、先行電極Lと後行電極Tの極間D、先行電極L及び後行電極Tのワイヤ狙い位置等の溶接施工条件の調整が難しく、すみ肉溶接部の脚長が不均等になったり、アンダーカットやオーバーラップが発生し、ビード形状が不良になることが多い。
【0016】
本発明者らは、2電極2プール方式での水平すみ肉溶接において、
図2(a)に示すように、先行電極Lで形成される先行電極ビード10と後行電極Tで成形される後行電極ビード11のバランスが良く、下板脚長S1と上板脚長S2が均等で、かつ、大脚長が得られるすみ肉溶接部を得るために種々検討した結果、先行電極Lに溶接用ソリッドワイヤ、後行電極Tに溶接用フラックス入りワイヤを用い、後行電極Tの溶接用フラックス入りワイヤのスラグ形成剤の合計量を規定することで、先行電極Lの溶接用ソリッドワイヤで大脚長のすみ肉溶接部を形成するのに必要な溶着量を確保し、かつ、後行電極Tの溶接用フラックス入りワイヤで後行電極Tの溶融プール表面を溶融スラグで均一に被包させ、脚長8mm以上の大脚長でも良好なスラグ剥離性及びスラグ被包性が得られることを見出した。
【0017】
また、
図1(a)及び
図1(b)に示すように、先行電極L及び後行電極Tの溶接進行方向における極間Dを規定するとともに、ルート部3からの先行電極Lの下板側のワイヤ20の狙い位置(以下、ワイヤ狙い位置という。)の距離をA、ルート部3からの後行電極Tの上板1側のワイヤ30の狙い位置(以下、ワイヤ狙い位置という。)の距離をBとし、かつ、先行電極L及び後行電極Tのトーチ角度θ
1を規定することで、アーク状態が安定し、オーバーラップ、アンダーカット、溶け込み不良及びスラグ巻き込みがなく、脚長8mm以上の大脚長で下板脚長S1及び上板脚長S2が均等なすみ肉溶接部が得られることを見出した。
【0018】
また、先行電極Lの溶接用ソリッドワイヤから発生するアーク力が強いので、先行電極Lの溶融プールが攪拌されて蒸気ガスが放出し、ピットの発生を抑制することができることも見出した。
【0019】
以下に、本発明における2電極水平すみ肉ガスシールドアーク溶接方法の施工条件の限定理由を述べる。
【0020】
[先行電極に溶接用ソリッドワイヤ、後行電極に溶接用フラックス入りワイヤを用いる]
2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で先行電極Lに溶接用ソリッドワイヤを用いると、先行電極L及び後行電極Tともに溶接用フラックス入りワイヤを用いた場合に比べて、先行電極Lの溶接用ソリッドワイヤからのアーク力が強いので、溶接時にルート部を十分に溶融させることができ、スラグ量も少ないので、すみ肉溶接部の溶け込み不良やスラグ巻き込みを抑制することができる。また、先行電極Lの溶接用ソリッドワイヤは、溶接用フラックス入りワイヤに比べて溶着量も多いので、8mm以上の大脚長のすみ肉溶接部を得るための溶着量を十分に確保でき、良好なビード形状を得ることができる。また、後行電極Tに溶接用フラックス入りワイヤを用いているので、後行電極Tの溶融プール5表面を溶融スラグで均一に被包でき、スラグ被包性およびスラグ剥離性も良好にすることができる。
【0021】
さらに、プライマ塗装鋼板を用いて2電極2プール方式で水平すみ肉ガスシールドアーク溶接した場合、先行電極Lの溶融プールが攪拌され、プライマ塗装鋼板から発生した蒸気ガスが外に放出されるので、ピットを低減することもできる。
【0022】
一方、先行電極及L及び後行電極Tともに溶接用フラックス入りワイヤを用いた場合、先行電極Lのアーク力が溶接用ソリッドワイヤより弱いので、先行電極Lの溶融プールが十分に攪拌されず、ピットの発生を十分に抑えることができない。また、先行電極Lの溶着量を増加させた場合に、
図2(b)に示すように、ルート部3におけるスラグ巻き込み7が発生しやすくなる。
【0023】
先行電極L及び後行電極Tともに溶接用ソリッドワイヤを用いた場合、後行電極Tのアーク力も強いので、すみ肉溶接部のビード表面が凸状になり、ビード形状が不良になる。さらに、両電極から供給されるスラグ形成剤が極めて少ないので、溶融スラグが後行電極Tの溶融プールを全面被包できず、溶接ビードの垂れを支えきれなくなり、すみ肉溶接部の脚長が不均等となるとともに、スラグ被包性及びスラグ剥離性も不良となる。
【0024】
また、先行電極Lに溶接用フラックス入りワイヤ、後行電極Tに溶接用ソリッドワイヤを用いた場合、ビード形状を整える働きをする後行電極Tに溶接用ソリッドワイヤを用いているので、後行電極Tからのアークが強く、すみ肉溶接部のビード表面が凸状となり、ビード形状が不良となる。また、溶融スラグが後行電極Tの溶融プール5全面に均一に被包できないので、すみ肉溶接部の脚長も不均等となり、スラグ被包性及びスラグ剥離性が不良となる。
【0025】
したがって、先行電極Lには溶接用ソリッドワイヤ、後行電極Tには溶接用フラックス入りワイヤを用いるものとする。
【0026】
[先行電極と後行電極との電極間距離:50mm以上]
図1(a)に示す2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で大脚長のすみ肉溶接部を得るためには、
図1(b)及び
図1(c)に示す先行電極Lと後行電極Tとの電極間距離Dを適正にする必要がある。先行電極Lと後行電極Tの電極間距離Dが50mm未満であると、先行電極Lの溶融プール4が未凝固の状態で後行電極Tの溶融プール5が生成し、これらの溶融プールが重なっていびつな1プール状態となり、すみ肉溶接部の下板1側止端部にオーバーラップ、上板2側止端部にアンダーカットが生じ、ビード形状が不良になる。したがって、先行電極Lと後行電極Tとの電極間距離Dは50mm以上とする。なお、先行電極Lと後行電極Tとの電極間距離Dの上限は特に限定しないが、溶接作業の容易さ及び溶接装置の大きさから200mm以下であることが好ましい。
【0027】
[先行電極及び後行電極の下板に対するトーチ角度:40〜60°]
図1(a)に示す2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で、先行電極L及び後行電極Tの下板1に対するトーチ角度θ
1が40°未満であると、アークが下板1に近づきすぎてアーク状態が不安定になり、スパッタが多発する。さらに、
図2(c)に示すように、すみ肉溶接部の下板1側止端部にアンダーカット8が生じてビード形状が不良になるとともに、下板脚長S1が小さくなって脚長が不均等になる。一方、先行電極L及び後行電極Tの下板1に対するトーチ角度θ
1が60°を超えると、逆にアークが上板2に近づきすぎてアーク状態が不安定になり、スパッタが多発する。さらに、すみ肉溶接部の下板1側止端部にはオーバーラップ、上板2側止端部にアンダーカットが生じてビード形状が不良になるとともに、上板脚長S2も小さくなって脚長が不均等になる。したがって、先行電極L及び後行電極Tの下板1に対するトーチ角度θ
1は40°〜60°とする。
【0028】
[先行電極の狙い位置をルート部から下板側に5〜10mm]
先行電極Lの下板1側へのワイヤ狙い位置とは、先行電極Lにおけるワイヤ20の略延長線上と下板1との交点である。
図1(a)に示す先行電極Lの下板1側へのワイヤ狙い位置とルート部3との距離Aが5mm未満であると、
図2(d)に示すように、先行電極Lによって形成された先行電極ビード10が後行電極ビード11により完全に溶融されて覆われるため、下板脚長S1が小さくなるとともに、すみ肉溶接部の下板1側止端部のなじみが悪くなってオーバーラップ9が生じ、ビード形状が不良になる。一方、先行電極Lの下板1側へのワイヤ狙い位置とルート部3との距離Aが10mmを超えると、
図2(e)に示すように、先行電極ビード10と後行電極ビード11との重ねしろが少なく、ビード形状が不良になるとともに、上板脚長S2が小さくなり、8mm以上の脚長が得られなくなる。また、先行電極Lのワイヤ狙い位置がルート部3から離れすぎているので、後行電極Lのアークがルート部3を完全に溶融することができず、ルート部3に溶け込み不良6が生じる。したがって、先行電極Lの狙い位置はルート部3から下板1側に5〜10mmとする。
【0029】
[後行電極の狙い位置をルート部から上板側に3〜7mm]
後行電極Tの上板2側へのワイヤ狙い位置とは、後行電極Tにおけるワイヤ30の略延長線上と下板1との交点である。
図1(a)に示す後行電極Tの上板2側へのワイヤ狙い位置とルート部3との距離Bが3mm未満であると、上板脚長S2が小さくなる。また
図2(d)に示すように、すみ肉溶接部の下板1側止端部にオーバーラップ9が生じ、ビード形状が不良になる。一方、後行電極Tの上板2側のワイヤ狙い位置とルート部3との距離Bが7mmを超えると、
図2(f)に示すように、すみ肉溶接部の上板2側止端部にアンダーカット8が生じ、ビード形状が不良になる。また、先行電極ビード10と後行電極ビード11との重ねしろが少なく、ビード形状が不良になる。したがって、後行電極Tの狙い位置はルート部3から上板2側に3〜7mmとする。
【0030】
[先行電極及び後行電極のワイヤ径:1.2〜2.0mm]
先行電極L及び後行電極Tのワイヤ20、30のワイヤ径は、すみ肉溶接部の8mm以上の大脚長及び溶接速度に適応したワイヤ径を選定する必要がある。先行電極L及び後行電極Tの各ワイヤ20、30のワイヤ径が1.2mm未満であると、脚長8mm以上の大脚長のすみ肉溶接部を確保するためにはワイヤ送給速度を上限近くまで上げなければならず、アーク状態が不安定になり、スパッタが多発し、ビード形状も不良となる。一方、先行電極L及び後行電極Tのワイヤ径が2.0mmを超えると、通常のワイヤ送給装置ではワイヤが送給できず、専用のワイヤ送給装置を設置しなければならないので、設備コストが高くなる。したがって、先行電極及び後行電極のワイヤ径は1.2〜2.0mmとしている。
【0031】
[スラグ形成剤の合計:3.5〜8.5%]
前述の施工条件で2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接を行うことで、アーク状態が安定し、スパッタ及びピットの発生が少なく、スラグ被包性、スラグ剥離性が良好で、アンダーカットやオーバーラップのない均等な大脚長の溶接ビードが得ることができ、溶接の高能率化を達成することができる。一方、厚板での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接の場合、更にビード形状、スラグ被包性及びスラグ剥離性を良好にさせるため、後行電極Tに用いる溶接用フラックス入りワイヤのスラグ形成剤量を限定する必要がある。
【0032】
後行電極Tに用いる溶接用フラックス入りワイヤのスラグ形成剤は、2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接ですみ肉溶接部を形成する際、溶融スラグとなって後行電極Tの溶融プール全面を被包してすみ肉溶接部のビード形状を整えるとともに、溶融された金属が下板側に流れるのを防止し、脚長8mm以上の大脚長でもすみ肉溶接部の脚長を均等にする作用がある。ワイヤ全質量に対して、スラグ形成剤の合計が3.5質量%未満であると、スラグ生成量が不足して後行電極Tの溶融プール全面を均一に被包できないので、ビード形状が不良になるとともに、溶融スラグがビード表面に焼き付き、スラグ剥離性も不良となる。一方、スラグ形成剤の合計が8.5質量%を超えると、スラグ過多となってスラグ被包状態にムラが発生し、ビード形状が不良になる。したがって、スラグ形成剤の合計は、ワイヤ全質量に対して3.5〜8.5質量%とする。
【0033】
なお、スラグ形成剤は、TiO
2、SiO
2、ZrO
2、Na
2O、K
2O、Al
2O
3、FeO、Fe
2O
3、MgOなどの酸化物及びCaF
2、K
2SiF
6、Na
3AlF
6などの弗化物などの合計をいう。
【0034】
以上、本発明の後行電極Tに用いる溶接用フラックス入りワイヤの構成成分の限定理由を述べたが、残部は、鋼製外皮成分のC、Si、Mn、Fe及び不可避不純物、フラックス中の鉄粉、合金粉及び不可避不純物である。鉄粉は、溶着速度を高める目的から適量添加することができる。また、合金粉は、Si、Mn、Ti、Al、Mgなどの金属粉や、Fe−Si、Fe−Mn、Fe−Si−Mn、Fe−Al、Fe−Tiなどの鉄合金粉などをいい、溶接金属の機械的性質の向上などの目的から適量添加することができる。
【0035】
なお、上記の鋼製外皮は、フラックス充填した後の伸線加工性に優れる熱間圧延鋼帯で、鋼製外皮全質量に対して、質量%で、C:0.10%以下、Si:0.05%以下、Mn:0.20〜0.80%、P:0.050%以下、S:0.050%以下のものが適しており、特に、Cが0.005〜0.03%のものは、スパッタ低減及び低ヒューム化にも有効である。
【0036】
また、溶接用フラックス入りワイヤのワイヤ断面形状は、かしめタイプ又はシームレスタイプのどちらでもよいが、ワイヤ表面に銅めっきを施すことができるシームレスタイプは、チップの摩耗が少なく、安定したアーク状態が長時間維持することができ、溶接の高能率化を図ることができる。また、ワイヤに継ぎ目が無いので、吸湿性に優れており、長期間保管することができる。
【0037】
さらに、溶接用フラックス入りワイヤ中の水素量及び窒素量は、耐気孔性及び衝撃靭性の低下を防止するため、ワイヤ全質量に対して40ppm以下にするのが望ましい。
【0038】
また、スラグ剥離剤として、SをFeSなどの形態で故意に添加するのは有効であるが、Sがワイヤ全質量に対して質量%で0.030%を超えると、スラグ被包性が悪くなり、ビード形状が不良となる。
【0039】
また、シールドガスはCO
2が経済的であり通常使用されるが、ArとCO
2の混合ガスも使用できる。
【0040】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0041】
熱間圧延鋼帯の軟鋼外皮(C:0.02質量%、Si:0.01質量%、Mn:0.35質量%、Al:0.02質量%、N:0.0015質量%)に、表1に示すスラグ形成剤の含有率からなる各種フラックスをフラックス充填率17質量%で充填し、軟鋼外皮をパイプ状に成形して端面同士を溶接してシームレス状にした後、表3に示す各種ワイヤ径に縮径した溶接用フラックス入りワイヤを各種試作した。
【0042】
【表1】
表1に示す溶接用フラックス入りワイヤを後行電極に用い、先行電極には表2に示す溶接用ソリッドワイヤを用いて、表3に示す各種溶接施工条件で、2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接(1パス両側同時溶接)を行い、溶接作業性を調査した。なお、チップ母材間距離は25〜30mm、シールドガスはCO
2ガスを使用し、ガス流量25リットル/minで、溶接長750mmで溶接を行った。
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
試験体は、490N/mm
2級高張力鋼表面にプライマを塗装した鋼板(以下、プライマ鋼板という。プライマ膜厚は側面約15μm、端面はフライス加工、鋼板寸法:板幅100mm×長さ1000mm×板厚32mmを用い、下板と上板との隙間がない状態でT字に組んだものを使用した。
【0046】
T字型の試験体を、2電極2プール方式の水平すみ肉ガスシールドアーク溶接で、各試作ワイヤのアーク安定性、スパッタ発生量、スラグ被包性、スラグ剥離性、ピット発生数、ビード形状、脚長(実測値)について調査し、評価を行った。アーク安定性、スラグ被包性、スラグ剥離性、ビード形状については、目視観察により良好が否かを確認した。また、スパッタ発生量については、目視観察により多いか否かを、また、ピット発生量については、ピット発生の有無について確認し、ピットが発生していた場合にはその個数を測定した。脚長については、下板脚長S1及び上板脚長S2ともに脚長8mm以上で、かつ、JIS Z 3313に準拠し、各脚長の脚長差が0.5×Smin(下板脚長S1及び上板脚長S2の最小値)−0.5以下であるものを均等として合格とした。それら結果を表4にまとめて示す。
【0047】
【表4】
【0048】
表3、表4、中No.1〜7が本発明例、No.8〜20は比較例である。
【0049】
本発明例であるNo.1〜5は、先行電極に溶接用ソリッドワイヤ、後行電極に溶接用フラックス入りワイヤを用い、先行電極と後行電極の電極間距離、先行電極及び後行電極との下板に対するトーチ角度、先行電極及び後行電極の下板及び上板に対する狙い位置、先行電極及び後行電極のワイヤ径が適正で、さらに、前記溶接用フラックス入りワイヤラック入り中のスラグ形成剤の含有量が適正なので、プライマ塗装した厚鋼板での2電極2プール方式での水平すみ肉ガスシールドアーク溶接でのアーク状態が良好で、スパッタ発生量が少なく、ビード形状、スラグ被包性及びスラグ剥離性がいずれも良好で、ピットの発生もなく、両脚長が8mm以上で均等な大脚長のすみ肉溶接部を得ることができ、極めて良好な結果であった。
【0050】
なお、No.6は、後行電極に用いた溶接用フラックス入りワイヤ(記号F5)のフラックス形成剤の合計が3.5%未満であり少ないので、スラグ被包性及びスラグ剥離性並びにビード形状がやや悪かったが、すみ肉溶接部の品質上の問題は無かった。また、No.7は、後行電極に用いた溶接用フラックス入りワイヤ(記号F6)のフラックス形成剤の合計が8.5%超であり多いので、スラグ被包性及びビード形状がやや悪かったが、すみ肉溶接部の品質上の問題は無かった。
【0051】
比較例中No.8は、先行電極及び後行電極の両方に溶接用フラックス入りワイヤ(記号F2)を用いたので、すみ肉溶接部のルート部にスラグ巻き込みが発生し、耐気孔性が不良でピットが発生した。
【0052】
No.9は、先行電極に溶接用フラックス入りワイヤ、後行電極に溶接用ソリッドワイヤを用いたので、スラグ被包性及びスラグ剥離性並びにビード形状が不良であった。また、すみ肉溶接部の脚長も不均等であった。
【0053】
No.10は、先行電極及び後行電極の両方に溶接用ソリッドワイヤを用いたので、スラグ被包性及びスラグ剥離性並びにビード形状が不良で、すみ肉溶接部の脚長も不均等であった。
【0054】
No.11は、先行電極及び後行電極のワイヤ径が2.0mmを超えているので、通常のワイヤ送給装置ではワイヤが送給できず、専用のワイヤ送給装置を設置したので、設備コストが高かった。また、後行電極に用いた溶接用フラックス入りワイヤ(記号F6)のスラグ形成剤の合計が8.5%超であり多いので、スラグ被包性及びビード形状が不良であった。
【0055】
No.12は、先行電極と後行電極の電極間距離が50mm未満であり短いので、アーク状態が不安定で、スパッタ発生量が多かった。また、すみ肉溶接部の下板側止端部にオーバーラップ、上板側止端部にアンダーカットが生じ、ビード形状が不良であった。
【0056】
No.13は、先行電極の下板側のワイヤ狙い位置とルート部との距離が10mm超であり長いので、すみ肉溶接部のルートに溶け込み不良が生じ、ビード形状も不良であった。また、すみ肉溶接部の上板脚長が小さく、脚長が不均等であった。
【0057】
No.14は、先行電極の下板側のワイヤ狙い位置とルート部との距離が5mm未満であり短いので、すみ肉溶接部の下板側止端部にオーバーラップが生じ、ビード形状が不良であった。また、すみ肉溶接部の下板脚長が小さく、脚長が不均等であった。
【0058】
No.15は、後行電極の上板側のワイヤ狙い位置とルート部との距離が7mm超であり長いので、すみ肉溶接部の上板側止端部にアンダーカット6が生じ、ビード形状が不良であった。
【0059】
No.16は、後行電極の上板側のワイヤ狙い位置とルート部との距離が3mm未満であり短いので、すみ肉溶接部の下板止端部にオーバーラップが生じ、ビード形状が不良であった。また、すみ肉溶接部の上板脚長が小さく、脚長が不均等であった。
【0060】
No.17は、先行電極及び後行電極の下板に対するトーチ角度が40°未満であり低いので、アーク状態が不安定で、スパッタ発生量が多かった。また、すみ肉溶接部の下板側止端部にアンダーカットが生じてビード形状が不良で、下板脚長も小さく、脚長が不均等であった。
【0061】
No.18は、先行電極及び後行電極のワイヤ径が1.2mm未満であり細いので、アーク状態が不安定で、スパッタ発生量が多く、ビード形状も不良であった。
【0062】
No.19は、先行電極及び後行電極の下板に対するトーチ角度が60°超であり高いので、アーク状態が不安定で、スパッタ発生量が多かった。また、すみ肉溶接部の下板側止端部にオーバーラップ、上板側止端部にアンダーカットが生じてビード形状が不良で、上板脚長も小さく、脚長が不均等であった。
【0063】
No.20は、先行電極及び後行電極のワイヤ径が2.0mm超であり太いので、通常のワイヤ送給装置ではワイヤが送給できず、専用のワイヤ送給装置を設置しなければならないので、設備コストが高かった。また、後行電極に用いた溶接用フラックス入りワイヤ(記号F5)のスラグ形成剤の合計が3.5%未満と少ないので、スラグ被包性及びスラグ剥離性並びにビード形状が不良であった。