【解決手段】細胞付着性領域の周囲に細胞非付着性領域を有する基材表面を利用し、(1)当該細胞を分化誘導化培地下で基材表面の細胞付着性領域に付着させ、(2)その後、当該細胞を細胞付着性表面上でコンフルエントになるまで増殖させ、(3)培養をさらに継続し、当該細胞を細胞付着性領域周囲の細胞非付着性領域との境界部から3次元に重層化させ、及び、(4)最終的にその細胞付着性領域内に形成された複数の重層化部分を結合させ、細胞付着性領域全体を厚みのある細胞集合体を作製する胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
重層化が、細胞付着性領域内で増殖した細胞が細胞非付着性領域上へ侵入した後もそのまま増殖を続け、最終的に細胞非付着性領域上の細胞が膜状で細胞付着性領域内の細胞の上へ反り返えることによるものである、請求項1記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
細胞付着性領域において、周囲の細胞非付着性領域との境界部から形成した少なくとも2つの重層化部分が結合するまでの距離が300μm以下である、請求項1、2のいずれか1項記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
細胞付着性領域の基材表面に、接着性蛋白質及び/又は温度応答性ポリマーが被覆されている、請求項1〜3のいずれか1項記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
温度応答性ポリマーを含むものが被覆された細胞付着性領域の基材表面上で得られた細胞集合体を酵素処理を行わず、基材表面の温度を変えることだけで剥がすことを特徴とする請求項4、5のいずれか1項記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
細胞付着性領域へ細胞を播種後、細胞がコンフルエントになるまでの時間が8日以内である、請求項1〜6のいずれか1項記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、細胞付着性領域の周囲に細胞非付着性領域を有する基材表面を利用した胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法に関するものである。その際、被覆を施される細胞培養基材の材質は、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス、金属類など全て用いることができる。その形状は、ペトリ皿等の細胞培養皿に限定されることはなく、プレート、ファイバー、(多孔質)粒子であってもよい。また、一般に細胞培養等に用いられる容器の形状(フラスコ等)を有したものであっても差し支えない。
【0014】
本発明で示すところの細胞付着性領域、並びに細胞非付着性領域とはこの細胞培養基材表面に形成されたものである。その際、細胞付着性領域とは、細胞が付着する基材表面であれば特に限定されるものでなく、上述したような一般的な培養基材に使われるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外の高分子化合物、セラミックス、金属類でも良く、それらにグロー放電、コロナ放電などで表面処理を施したものでも良く、さらにこれらの表面へフィブロネクチン、ラミニン、コラーゲン等の細胞接着性蛋白質の1種、あるいはこれらの2種以上の混合物を被覆したものでも良い。一方、本発明に使用される細胞非付着性領域とは細胞を付着させない領域であり、上記培養基材上に細胞の付着を妨げる物質を被覆することによって得られる。この目的を達成するために好適な物質としてポリアクリルアミド、ポリエチレングリコール、澱粉のいずれか1種、もしくは2種以上が混合されたものが挙げられるが、その種類は、何ら制約されるものではない。
【0015】
細胞付着性領域、並びにその周囲の細胞非付着性領域の形態は、上部から観察して、例えば、(1)ラインとスペースからなるパターン、(2)水玉模様のパターン、(3)格子状のパターン、その他特殊な形のパターン、或いはこれらが混ざっている状態のパターンが挙げられるが、何ら限定されるものではない。また、被覆領域の大きさについても何ら限定されるものではないが、本発明では後述するように基材に付着し増殖した胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞が細胞付着性領域内でコンフルエントとなり、そのまま培養を継続することでオーバーコンフルエントの状態となり、細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界部付近から細胞が重層化し始めるものである。そのメカニズムは、細胞付着性領域内で細胞がコンフルエントになった後も、細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界部における細胞においてはコンタクトインヒビションがかからず、細胞増殖が抑制されないことに帰する。本発明では、目的とする細胞への高い分化効率を得るために、細胞付着性領域内で形成された複数の重層化した部分が速やかに結合することが必須である。従って細胞付着性領域、並びにその周囲の細胞非付着性領域の形態は、細胞付着性領域内の少なくとも一部でその結合が実現されることが必須であり、従って、細胞付着性領域において、周囲の細胞非付着性領域との境界部から形成した少なくとも2つの重層化部分が結合するまでの距離が300μm以下であることが好ましく、さらに好ましくは250μmであり、もっとも好ましくは200μm以下である。ここで2つの重層化部分が結合するまでの距離が300μmより長いと所定の培養時間内に重層化部分の結合が起こらず好ましくない。その際、重層化部分の重なりとは特に限定されないが、細胞付着性領域内で隣接して形成された重層化部分が重なったものでも良く、或いは細胞付着性領域の形態が円形の場合直径方向の両端に形成された重層化部分が重なったもの、さらには細胞付着性領域の形態がライン状の場合、ラインの幅方向の両端に形成された重層化部分が重なったものでも良い。
【0016】
本発明の細胞付着性領域、並びにその周囲の細胞非付着性領域の製造法としては、最終的に上記の構造を有するものであれば何ら制約されるものではないが、例えば、(1)細胞付着性基材表面上に細胞付着性領域をマスクして細胞非付着性領域になる部分だけに上述したポリマーを被覆する方法、(2)細胞付着性基材表面上に細胞非付着性ポリマーをオフセット印刷する方法、(3)あらかじめ細胞付着性ポリマー、並びに細胞非付着性ポリマーの2層を被覆しておき、超音波或いは走査型機器によりどちらかの層を削り取る方法(この場合、培養基材上に細胞付着性ポリマー及び細胞非付着性ポリマーの順に被覆しても、培養基材上に細胞非付着性ポリマー及び細胞付着性ポリマーの順に被覆してもよい)、(4)基材表面上全体にまず細胞非付着性領域を作製し、その後、最終的に細胞付着性領域を構成するものを噴霧して上乗せする方法、或いはそれを逆にした方法、等を単独または併用する方法が挙げられる。
【0017】
細胞培養基材への各種ポリマーの被覆方法は、基材と被覆物質を、(1)化学的な反応によって結合させる方法、(2)物理的な相互作用を利用する方法、を単独でまたは併用して行うことができる。すなわち、(1)化学的な反応によって結合させる場合は、電子線照射(electron beam;EB)、γ線照射、紫外線照射、プラズマ処理、コロナ処理等を用いることができる。さらに、支持体と被覆材料が適当な反応性官能基を有する場合は、ラジカル反応、アニオン反応、カチオン反応等の一般に用いられる有機反応を利用することができる。(2)物理的な相互作用による方法としては、被覆材料単独または支持体との相溶性のよいマトリックスを媒体とし(例えば、支持体を形成するモノマーまたは支持体と相溶性のよいモノマーと被覆材料とのグラフトポリマー、ブロックポリマー等)、塗布、混練等の物理的吸着を用いる方法等がある。
【0018】
本発明では細胞培養基材の細胞付着性領域に温度応答性ポリマーを被覆しても良い。その際、温度応答性ポリマーは、水溶液中で0℃〜80℃、より好ましくは20℃〜50℃の上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度を有する。上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が80℃を越えると細胞が死滅する可能性があるので好ましくない。また、上限臨界溶解温度または下限臨界溶解温度が0℃より低いと一般に細胞増殖速度が極度に低下するか、または細胞が死滅してしまうため、やはり好ましくない。本発明に用いる温度応答性ポリマーはホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このようなポリマーとしては、例えば、特開平2−211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際、培養、剥離されるものが細胞であることから、分離が5℃〜50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ−N−イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ−N−シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N−エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ−N,N−エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。本発明に用いられる共重合のためのモノマーとしては、ポリアクリルアミド、ポリ−N、N−ジエチルアクリルアミド、ポリ−N、N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロースなどの含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0019】
細胞付着性領域への温度応答性ポリマーの被覆量は、1.1〜2.3μg/cm
2の範囲が良く、好ましくは1.4〜1.9μg/cm
2であり、さらに好ましくは1.5〜1.8μg/cm
2である。1.1μg/cm
2より少ない被覆量のとき、刺激を与えても当該ポリマー上の細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に2.3μg/cm
2以上であると、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となる。
【0020】
本発明は、上述のような基材表面へ胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞を付着させることで分化誘導する方法である。その際、使用される細胞は胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞であれば良く、その入手先、作製方法は特に限定されるものではない。本発明の細胞は、例えば、動物、昆虫、植物等の細胞、細菌類が挙げられる。特に、動物細胞の由来として、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。
【0021】
本発明における胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法とは以下の通りである。まず、播種前の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞は非分化誘導化培地を用いて未分化性を維持したものとする。上述の基材表面へ播種する前後において分化誘導化培地に切り換え、本発明の基材表面へ播種させ、そのまま細胞を細胞付着性領域内でコンフルエントになるまで増殖させる。コンフルエントになった後も分化誘導化培地の状態で培養を継続し、細胞を細胞付着性領域周囲の細胞非付着性領域との境界部から3次元に重層化させる。そして、最終的にその細胞付着性領域内に形成された複数の重層化部分が結合し、細胞付着性領域全体を厚みのある細胞集合体となるまで培養を行うものである。得られた細胞集合体に対し酵素処理を行うことで目的とする分化誘導細胞を得ることができる。
【0022】
本発明で用いる非分化誘導化培地は、胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞を分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞、及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地や、ヒト胚性幹細胞、及びヒト人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているbasic FGFを含む培地等が挙げられる。逆に、分化誘導化培地は、胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞を分化誘導させる培地であれば特に限定されるものではないが、例えば、血清含有培地や、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地等が挙げられる。分化誘導培地には、さらに上述したようなレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は常法に従えば良く特に限定されるものではない。しかしながら、本発明では播種された細胞が細胞付着性領域内をコンフルエントになるまでの日数は、8日以内が良く、好ましくは7日以内、もっとも好ましくは6日以内が良い。コンフルエントになるまでの日数が9日以上となるとその後の重層化が十分に行えず、本発明に示される技術として好ましくないものとなる。従って、本発明においては、細胞を播種する細胞付着性領域の面積、並びに細胞播種量を調整してコンフルエントになるまでの日数を8日以内とすれば良いこととなる。
【0023】
本発明は、胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞が細胞付着性領域においてコンフルエントになった後も培養を継続するところに特徴がある。すなわち、細胞付着性領域内で細胞がコンフルエントになった後も、細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界部における細胞においてはコンタクトインヒビションがかからず、細胞増殖が抑制されないため、細胞付着性領域周囲の細胞非付着性領域まで増殖しようとするが、細胞非付着性領域に細胞が十分に付着できず、従って細胞付着性領域上の細胞とは結合するものの基材表面との接着が十分でなく中途半端な状態で細胞が増殖し培養面積を広げていくこととなる。そして最終的には、その基材表面と不安定な接着をしている培養細胞が細胞付着性領域と細胞非付着性領域との境界部付近から細胞付着性領域側に折れ畳んできたり、シート状になって細胞付着性領域と細胞非付着性領域との境界部付近から細胞付着性領域側に折れ畳んできたり、さらには細胞付着性領域と細胞非付着性領域との境界部付近から細胞付着性領域側へ盛り上がってくることとなる。同時にその境界部付近には行き場を失った細胞が重なり合う状態にもなっている。本発明ではこうした細胞が連なったものが折れ畳んでくることにより胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞が特定の環境に置かれることとなり、その結果、これらの幹細胞が分化誘導化するものと考えられる。その際、細胞の折れ畳まれ方は特に限定されるものでないが、シート状になった細胞が折れ畳まれるとその部分に空間ができその後の分化誘導化を効率良く進められ好都合である。そして、本発明ではその折れ畳まれた部分が心筋細胞に分化していることが判明した。また得られた細胞集合体の断面を見ると最外層に細胞が密度高く存在し、集合体の内部の細胞の密度は低いことも分かった。本発明の心筋細胞は内部に多く存在していた。集合体の外層と内部とでは細胞の分化の方向が違うことも示唆された。
【0024】
また、本発明の細胞付着性領域に温度応答性ポリマーが被覆されていれば、培養基材の温度を培養基材上の被覆ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって分化させた細胞を酵素処理なく剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いても良い。
【0025】
本発明に記載される分化誘導方法であれば、胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞を簡便な手法で目的の細胞へ誘導することができるようになる。従来、こうした作業には手間と作業者の技術を必要としていたが、本発明であればその必要がなくなり、細胞の大量処理ができるようになる。さらに本発明では、培養基材表面上における細胞接着性領域と細胞非接着性領域のパターンを設計することにより、胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の特定の細胞への高い分化誘導効率を実現しつつ、簡便に大量の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞を分化誘導できるようになる。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0027】
(試薬)
実施例1に使用した試薬を以下に列記する。3−methacryloxypropyltrimethoxysilane(MPTMS)は信越化学工業株式会社より購入した。g線ポジ型フォトレジスト(OFPR−800LB、34cP)、現像液(NMD−3)は東京応化工業株式会社より購入した。アクリルアミド、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、過硫酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、ピルビン酸ナトリウム、タウリン、水酸化ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸水素二カリウム、クレアチン、水酸化カリウム、パラホルムアルデヒドは和光純薬工業株式会社より購入した。N,N,N’,N’−tetramethylethylenediamine(TEMED)、グルコースは関東化学株式会社より購入した。D−PBS、Minimum Essential Medium Eagle Alpha Modification(α−MEM、製品番号M0644)、HEPES、Na2ATPはシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。フィブロネクチンはBiomedical Technologies Inc.より購入した。ウシ胎児血清は株式会社ニチレイサイエンスより購入した。2−mercaptoethanol、ペニシリン−ストレプトマイシン、TrypLE
TM Express、CellTrackerTM Orange CMTMR、SlowFade Gold antifade reagentはインビトロジェン株式会社より購入した。EDTA、EGTAは同仁化学研究所より購入した。コラゲナーゼ/ディスパーゼはロシュ・ダイアグノスティックス株式会社より購入した。
【0028】
(細胞パターン化培養基材の作製)
文献(Itoga K,Kobayashi J,Yamato M,Kikuchi A,Okano T.Maskless liquid−crystal−display projection photolithography for improved design flexibility of cellular micropatterns.Biomaterials 2006;27(15):3005−9)に基づき、細胞培養面に細胞付着性領域と細胞非付着性領域のパターンを有する培養基材の作製をおこなった。カバーガラス(24mm×50mm、厚さ0.12〜0.17mm、松浪硝子工業株式会社)にMPTMSを用いて蒸発法によりシラン処理を施した。シラン処理カバーガラス上にg線ポジ型フォトレジストをスピンコート(5000rpm、30秒)し、80℃で1時間プレベイクした。マスクレス露光装置を用いたフォトリソグラフィーにより、直径が100、200、300、または400μmの円形フォトレジストパターンが表面に300μmの間隔で正方配列した基材を作製した。これを80℃で1時間ポストベイクした。0.7mMのアクリルアミド、65μMのN,N‘−メチレンビスアクリルアミドにより構成される水溶液に窒素ガスを室温にて20分間バブリングして溶存酸素を取り除き、これを4℃に冷却し、過硫酸アンモニウムとTEMEDをそれぞれ2.2mM、11mMとなるように加え、その後すぐさまフォトレジストパターン基材をこの水溶液中に浸した。水溶液を静かに攪拌しつつ4℃で3時間静置し、基材上にてフォトレジストにコートされていないシラン化ガラス表面上にポリアクリルアミドを固定した。基材を約40℃の温水を用いて十分に洗浄してシラン化ガラス表面上に固定されていないポリアクリルアミドを除去し、引き続きアセトンで洗浄して基材表面の円形フォトレジストパターンを除去した。このようにして作製された基材表面は、シラン化ガラス表面からなる細胞付着性の円形領域と、ポリアクリルアミド表面からなる細胞非付着性領域により構成される。基材を脱イオン水で十分に洗浄して乾燥させ、24mm×20mmの大きさに切断し、これを直径35mmのペトリディッシュに入れ、エチレンオキサイドガスにより滅菌した。円形領域への細胞付着性を向上させるため、細胞を播種する前に30μg/mLのフィブロネクチンを含む2mLのD−PBS中に37℃で一晩基材を浸し、基材表面にフィブロネクチンをコートした。
【0029】
(細胞培養)
実験には心筋型α―ミオシン重鎖プロモーター制御下にEGFPが発現するように遺伝子導入されたマウスES細胞株EMG7(Yamashita JK,Takano M,Hiraoka−Kanie M,Shimazu C,Peishi Y,Yanagi K,et al.Prospective identification ofcardiac progenitors by a novel single cell−based cardiomyocyte induction.FASEB J 2005;19(11):1534−6)を用いた。未分化状態のES細胞をゼラチンコートされた培養皿上にて文献に記載された培養法に従い継代培養した。分化を誘導する際には、α―MEMに5%のウシ胎児血清、50μMの2−mercaptoethanol、5unit/mLのペニシリン、5μg/mLのストレプトマイシンが加えられた分化誘導培地を用いた。TrypLE
TM Express処理(37℃、5分)により回収され分化誘導培地に懸濁された未分化ES細胞を、上記の方法により作製された培養基材上に2×10
4cells/cm
2で播種し、37℃、5%の二酸化炭素、飽和水蒸気圧下において培養した。細胞を播種してから3時間後に1度培地交換をおこない、細胞非付着性領域に落ちているES細胞を取り除いた。その後は1日に1回培地交換をおこなった。対照実験として、ポリアクリルアミドの固定されていないシラン化カバーガラス表面上にて、同様の条件でES細胞の分化誘導培養をおこなった。培養された細胞は、HiSCA CCDカメラ(モデルC6790、浜松ホトニクス株式会社)が装備された倒立顕微鏡(Eclipse TE2000−U、株式会社ニコン)により観察し、顕微鏡画像は画像解析ソフトウェアAQUACOSMOS(浜松ホトニクス株式会社)により取得した。EGFP蛍光を観察する際には専用の光学フィルター(XF116−2、Omega Optical,Inc)を用いた。
【0030】
(細胞パターン化培養基材上におけるES細胞凝集体の形成と心筋細胞分化誘導)
直径200μmの細胞付着性領域を有する基材上にて分化誘導培養したES細胞の時系列顕微鏡観察を行った。
図1にその顕微鏡画像を示す。基材上に播種されたES細胞は円形の細胞付着性領域中にて増殖し、培養3日目にはコンフルエントに達して円形の細胞コロニーを形成した(
図1b、e)。拡大された顕微鏡画像(
図1e)に示されるように、円形の細胞コロニーの縁は非常にくっきりとしており、細胞のパターニングが精細に実現されていることが確認された。コンフルエントに達した後も細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界におけるES細胞はさらに増殖し続け、これらの増殖細胞が細胞付着性領域上に重層化することにより次第に立体的なES細胞凝集体が形成された(
図1c、d)。また最終的に形成されたES細胞凝集体の多くは細胞密度の高い最外層部分と細胞密度の低い内部からなる立体構造を有するものであった。培養7日目前後において心筋細胞への分化を示す明確なEGFP蛍光が観察され始め、EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の内のいくつかは拍動を呈し始めた。
図2に直径100、200、300、または400μmの細胞付着性領域を有する基材上にて分化誘導培養したES細胞の培養10日目における顕微鏡画像を示す。すべての基材において円形の細胞付着性領域上にてES細胞凝集体が形成され、心筋細胞への分化を示すEGFP蛍光と拍動が確認された。しかしながら細胞付着性領域の直径が100μmの場合においては、形成された細胞凝集体の半数以上は培地交換の際に基材上から解離して失われてしまった(
図2a)。また対照実験としてポリアクリルアミドの固定されていないシラン化カバーガラス表面上にて同様の条件で分化誘導培養したES細胞は、基材上にて立体的な凝集体を形成せず(
図2e)、EGFP蛍光と拍動はほとんど観察されなかった。顕微鏡観察により、分化誘導培養10日目において基材上にて形成されたすべての細胞凝集体のうち、EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の割合、及び拍動を呈する細胞凝集体の割合を解析した(
図3)。いずれの割合も細胞付着性領域の直径が大きくなるにつれて高くなり、直径300μmと直径400μmで最大に達した。EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の割合は最大約70%に達し、拍動を呈する細胞凝集体の割合は最大約45%に達した。
【0031】
(フローサイトメトリー)
分化したES細胞のフローサイトメトリーをおこなうため、文献(Wobus AM,Guan K,Yang HT,Boheler KR.Embryonic stem cells as a model to study cardiac, skeletal muscle,and vascular smooth muscle cell differentiation.Methods Mol Biol 2002;185:127−56)に記載された方法にいくらかの改変を加えた方法により、分化したES細胞凝集体からの単一細胞懸濁液の調製をおこなった。基材上にて分化誘導培養されたES細胞を低カルシウムイオン培地(120mMの塩化ナトリウム、5.4mMの塩化カリウム、5mMの硫酸マグネシウム、10mMのHEPES、5mMのピルビン酸ナトリウム、20mMのグルコース、20mMのタウリンにより構成され、水酸化ナトリウムを用いてpH6.9に調整された溶液)で洗い、1mg/mLのコラゲナーゼ/ディスパーゼと30μMの塩化カルシウムを加えた低カルシウムイオン培地に37℃で40分浸した。細胞を遠沈管に回収して遠心操作(100×g、5分)により細胞を沈殿させ上澄み液を取り除いた。引き続き、10%のTrypLE
TM Express、1mMのEDTA、20mMのタウリンを加えたD−PBS中に細胞を懸濁し、37℃で30分静置した。遠心操作(300×g、5分)により細胞を沈殿させ、上澄み液を注意深く取り除いた。続いて細胞をKB培地(85mMの塩化カリウム、30mMのリン酸水素二カリウム、5mMの硫酸マグネシウム、1mMのEGTA、5mMのNa
2ATP、5mMのピルビン酸ナトリウム、5mMのクレアチン、20mMのグルコース、20mMのタウリンにより構成され、水酸化カリウムを用いてpH7.2に調整された溶液)中に懸濁し、ピペットによる細胞懸濁液の吸引拍出を繰り返すことにより細胞塊にせん断応力を加えて単一細胞に分離した。さらにこの細胞懸濁液を35μmのナイロンメッシュに通して残存する細胞塊を取り除き、フローサイトメーターEPICS XL(Beckman Coulter,Inc.)を用いてフローサイトメトリーを行った。
【0032】
(心筋細胞への分化誘導効率)
分化誘導培養したES細胞凝集体から単一細胞懸濁液を調製し、フローサイトメトリーにより全細胞中におけるEGFP陽性細胞の割合を解析した(
図4)。対照実験においてポリアクリルアミドの固定されていないシラン化カバーガラス表面上にて分化誘導培養されたES細胞においてはEGFP蛍光がほとんど観察されなかったため、これをEGFP陰性対照として用いた(
図4a)。EGFP陽性細胞、すなわちES細胞から分化した心筋細胞の割合は、分化誘導培養10日目において細胞付着性領域の直径が100μm、及び200μmのときに最大となり、その値は1.5±0.5%(平均±標準偏差、サンプル数5)であった(
図5)。EGFP陽性細胞の割合は分化誘導培養10日目から12日目にかけてはむしろ減少したが、これは心筋細胞以外の細胞が増殖したことによるものと推測される。
【0033】
(コンフォーカル顕微鏡観察)
基材上にて分化誘導培養されたES細胞の細胞質を蛍光染色するため、37℃、5%の二酸化炭素、飽和水蒸気圧下において、10μMのCellTracker
TM Orange CMTMRを加えたα−MEM中で1時間培養し、引き続き分化誘導培地中で1時間培養した。この細胞を2%のホルマリンを含むD−PBSを用いて固定し(室温、15分)、D−PBSを用いて穏やかに洗った。封入剤(SlowFade Gold antifade reagent)で細胞をコートし、基材の縁に沿って厚み1.5mmのシリコンスペーサーを挟んでスライドガラス(76×26mm、松浪硝子工業株式会社)を被せて封入し、コンフォーカル顕微鏡LSM510(カールツァイス株式会社)を用いて観察をおこなった。
【0034】
(分化したES細胞凝集体の形態解析)
コンフォーカル顕微鏡観察により、直径200μm、及び400μmの細胞付着性領域上にて分化誘導培養され形成されたES細胞凝集体、及び対照実験においてポリアクリルアミドの固定されていないシラン化カバーガラス表面上にて分化誘導培養されたES細胞の形態解析をおこなった(
図6)。直径200μmの細胞付着性領域上にて分化誘導培養されたES細胞は、培養7日目においてすでに立体的な凝集体を形成し、EGFP蛍光が現れ始めていた(
図6a)。また培養10日目において細胞凝集体は細胞密度の高い最外層部分と細胞密度の低い内部からなる立体構造を形成しており、細胞密度の低い内部においてEGFP発現領域が拡大していた(
図6b)。一方、直径400μmの細胞付着性領域上にて分化誘導培養されたES細胞は、培養7日目において細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界付近のみにおいて細胞凝集体が形成され始めており(細胞付着性領域の縁から内側に向って約150μmまでの領域上)、形成された凝集体の内部においてEGFP蛍光が現れ始めていた(
図6c)。培養10日目においては直径400μmの細胞付着性領域上全体において立体的な細胞凝集体が形成されていたが、EGFP発現領域は細胞付着性領域の縁から内側に向って約120μmまでの領域上に限られていた(
図6d)。また一方、対照実験において分化誘導培養されたES細胞は、培養7日目において基材上にて立体的な凝集体は形成せずに単層構造を呈し(
図6e)、培養10日目において若干の厚み(約20μm)を有した層構造を呈したが(
図6f)、いずれの場合においてもEGFP蛍光は観察されなかった。
【実施例2】
【0035】
(試薬)
実施例2に使用した試薬を以下に列記する。3−methacryloxypropyltrimethoxysilane(MPTMS)は信越化学工業株式会社より購入した。g線ポジ型フォトレジスト(OFPR−800LB、34cP)、現像液(NMD−3)は東京応化工業株式会社より購入した。アクリルアミド、N,N‘−メチレンビスアクリルアミド、過硫酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウム、ピルビン酸ナトリウム、タウリン、水酸化ナトリウム、塩化カルシウム、リン酸水素二カリウム、クレアチン、水酸化カリウム、L−アスコルビン酸2−リン酸エステル三ナトリウムは和光純薬工業株式会社より購入した。N,N,N’,N’−tetramethylethylenediamine(TEMED)、グルコースは関東化学株式会社より購入した。D−PBS、Minimum Essential Medium Eagle Alpha Modification(α−MEM、製品番号M0644)、HEPES、Na
2ATPはシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。フィブロネクチンはBDより購入した。ウシ胎児血清は株式会社ニチレイサイエンスより購入した。2−mercaptoethanol、ペニシリン−ストレプトマイシン、TrypLE
TM Express、Trypsin−EDTAはインビトロジェン株式会社より購入した。EDTA、EGTAは同仁化学研究所より購入した。コラゲナーゼ/ディスパーゼはロシュ・ダイアグノスティックス株式会社より購入した。DNaseはWorthington Biochemical Corporationより購入した。
【0036】
(細胞パターン化培養基材の作製)
文献(Itoga K,Kobayashi J,Yamato M,Kikuchi A,Okano T.Maskless liquid−crystal−display projection photolithography for improved design flexibility of cellular micropatterns.Biomaterials 2006;27(15):3005−9)に基づき、細胞培養面に細胞付着性領域と細胞非付着性領域のパターンを有する培養基材の作製をおこなった。カバーガラス(24mm×50mm、厚さ0.12〜0.17mm、松浪硝子工業株式会社)にMPTMSを用いて蒸発法によりシラン処理を施した。シラン処理カバーガラス上にg線ポジ型フォトレジストをスピンコート(3000rpm、30秒)し、80℃で1時間プレベイクした。フォトリソグラフィーにより、直径が200μmの円形フォトレジストパターンが表面に50μmの間隔で正三角形配列した基材を作製した。これを80℃で1時間ポストベイクした。0.7mMのアクリルアミド、65μMのN,N’−メチレンビスアクリルアミドにより構成される水溶液に窒素ガスを室温にて20分間バブリングして溶存酸素を取り除き、これを4℃に冷却し、過硫酸アンモニウムとTEMEDをそれぞれ2.2mM、11mMとなるように加え、その後すぐさまフォトレジストパターン基材をこの水溶液中に浸した。水溶液を静かに攪拌しつつ4℃で3時間静置し、基材上にてフォトレジストにコートされていないシラン化ガラス表面上にポリアクリルアミドを固定した。基材を約40℃の温水を用いて十分に洗浄してシラン化ガラス表面上に固定されていないポリアクリルアミドを除去し、引き続きアセトンで洗浄して基材表面の円形フォトレジストパターンを除去した。このようにして作製された基材表面は、シラン化ガラス表面からなる細胞付着性の円形領域と、ポリアクリルアミド表面からなる細胞非付着性領域により構成される。基材を脱イオン水で十分に洗浄して乾燥させ、24mm×20mmの大きさに切断し、これを直径35mmのペトリディッシュに入れ、エチレンオキサイドガスにより滅菌した。円形領域への細胞付着性を向上させるため、細胞を播種する前に1μg/mLのフィブロネクチンを含む2mLのD−PBS中に室温で2時間以上基材を浸し、基材表面にフィブロネクチンをコートした。
【0037】
(細胞培養)
実験には、マウスES細胞株EB5(Hirai H,Ogawa M,Suzuki N,Yamamoto M,Breier G,Mazda O,et al.Hemogenic and nonhemogenic endothelium can be distinguished by the activity of fetal liver kinase (Flk)−1 promoter/enhancer during mouse embryogenesis.Blood 2003;101(3):886−93)、および心筋型α―ミオシン重鎖プロモーター制御下にEGFPが発現するようにEB5に遺伝子導入されたマウスES細胞株EMG7(Yamashita JK,Takano M,Hiraoka−Kanie M,Shimazu C,Peishi Y,Yanagi K,et al.Prospective identification ofcardiac progenitors by a novel single cell−based cardiomyocyte induction.FASEB J 2005;19(11):1534−6)を用いた。未分化状態のES細胞をゼラチンコートされた培養皿上にて文献に記載された培養法に従い継代培養した。分化を誘導する際には、α―MEMに20%のウシ胎児血清、0.5mMのL−アスコルビン酸2−リン酸エステル三ナトリウム、50μMの2−mercaptoethanol、5unit/mLのペニシリン、5μg/mLのストレプトマイシンが加えられた分化誘導培地を用いた。Trypsin−EDTA処理(0.5%、37℃、5分)により回収され分化誘導培地に懸濁された未分化ES細胞を、上記の方法により作製された培養基材上に3×10
4cells/cm
2で播種し、37℃、5%の二酸化炭素、飽和水蒸気圧下において培養した。細胞を播種してから3時間後に1度培地交換をおこない、細胞非付着性領域に落ちているES細胞を取り除いた。その後4日目までは1日に1回培地交換をおこない、4日目以降は2日に1回培地交換をおこなった。
【0038】
(細胞パターン化培養基材上におけるES細胞凝集体の形成と心筋細胞分化誘導)
基材上に播種されたES細胞は円形の細胞付着性領域中にて増殖し、培養3日目にはコンフルエントに達して円形の細胞コロニーを形成した。コンフルエントに達した後も細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界におけるES細胞はさらに増殖し続け、これらの増殖細胞が細胞付着性領域上に重層化することにより次第に立体的なES細胞凝集体が形成された。培養10日目前後において心筋細胞への分化を示す明確なEGFP蛍光が観察され始め、EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の内のいくつかは拍動を呈し始めた。
【0039】
(フローサイトメトリー)
分化したES細胞のフローサイトメトリーをおこなうため、文献(Wobus AM,Guan K,Yang HT,Boheler KR.Embryonic stem cells as a model to study cardiac, skeletal muscle,and vascular smooth muscle cell differentiation.Methods Mol Biol 2002;185:127−56)に記載された方法にいくらかの改変を加えた方法により、分化したES細胞凝集体からの単一細胞懸濁液の調製をおこなった。基材上にて分化誘導培養されたES細胞を低カルシウムイオン培地(120mMの塩化ナトリウム、5.4mMの塩化カリウム、5mMの硫酸マグネシウム、10mMのHEPES、5mMのピルビン酸ナトリウム、20mMのグルコース、20mMのタウリンにより構成され、水酸化ナトリウムを用いてpH6.9に調整された溶液)で洗い、1mg/mLのコラゲナーゼ/ディスパーゼと30μMの塩化カルシウムを加えた低カルシウムイオン培地に37℃で40分浸した。細胞を遠沈管に回収して遠心操作(200×g、3分)により細胞を沈殿させ上澄み液を取り除いた。引き続き、TrypLE
TM Express中に細胞を懸濁し、37℃で20分静置した。遠心操作(200×g、5分)により細胞を沈殿させ、上澄み液を注意深く取り除いた。続いて細胞を、600U/mLのDNaseが加えられたKB培地(85mMの塩化カリウム、30mMのリン酸水素二カリウム、5mMの硫酸マグネシウム、1mMのEGTA、5mMのNa
2ATP、5mMのピルビン酸ナトリウム、5mMのクレアチン、20mMのグルコース、20mMのタウリンにより構成され、水酸化カリウムを用いてpH7.2に調整された溶液)中に懸濁し、ピペットによる細胞懸濁液の吸引拍出を繰り返すことにより細胞塊にせん断応力を加えて単一細胞に分離した。さらにこの細胞懸濁液を35μmのナイロンメッシュに通して残存する細胞塊を取り除き、フローサイトメーターEPICS XL(Beckman Coulter,Inc.)を用いてフローサイトメトリーを行った。
【0040】
(心筋細胞への分化誘導効率)
12日間分化誘導培養したマウスES細胞株EMG7の凝集体から単一細胞懸濁液を調製し、フローサイトメトリーにより全細胞中におけるEGFP陽性細胞の割合を解析した(
図7)。同様の条件で分化誘導培養したマウスES細胞株EB5をEGFP陰性対照として用いた。EGFP陽性細胞、すなわちES細胞から分化した心筋細胞の割合は8.9±1.5%(平均±標準偏差、サンプル数3)であった。
【実施例3】
【0041】
(試薬)
実施例3に使用した試薬を以下に列記する。3−methacryloxypropyltrimethoxysilane(MPTMS)は信越化学工業株式会社より購入した。g線ポジ型フォトレジスト(OFPR−800LB、34cP)、現像液(NMD−3)は東京応化工業株式会社より購入した。アクリルアミド、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、過硫酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウム、L−アスコルビン酸2−リン酸エステル三ナトリウムは和光純薬工業株式会社より購入した。N,N,N‘,N‘−tetramethylethylenediamine(TEMED)、グルコースは関東化学株式会社より購入した。D−PBS、Minimum Essential Medium Eagle Alpha Modification(α−MEM、製品番号M0644)はシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。フィブロネクチンはBDより購入した。ウシ胎児血清は株式会社ニチレイサイエンスより購入した。2−mercaptoethanol、ペニシリン−ストレプトマイシン、TrypLE
TM Expressはインビトロジェン株式会社より購入した。
【0042】
(細胞パターン化培養基材の作製)
文献(Itoga K,Kobayashi J,Yamato M,Kikuchi A,Okano T.Maskless liquid−crystal−display projection photolithography for improved design flexibility of cellular micropatterns.Biomaterials 2006;27(15):3005−3009)に基づき、細胞培養面に細胞付着性領域と細胞非付着性領域のパターンを有する培養基材の作製をおこなった。カバーガラス(24mm×50mm、厚さ0.12〜0.17mm、松浪硝子工業株式会社)にMPTMSを用いて蒸発法によりシラン処理を施した。シラン処理カバーガラス上にg線ポジ型フォトレジストをスピンコート(3000rpm、30秒)し、80℃で1時間プレベイクした。フォトリソグラフィーにより、直径が200μmの円形フォトレジストパターンが表面に100μmの間隔で正三角形配列した基材を作製した。これを80℃で1時間ポストベイクした。0.7mMのアクリルアミド、65μMのN,N’−メチレンビスアクリルアミドにより構成される水溶液に窒素ガスを室温にて20分間バブリングして溶存酸素を取り除き、これを4℃に冷却し、過硫酸アンモニウムとTEMEDをそれぞれ2.2mM、11mMとなるように加え、その後すぐさまフォトレジストパターン基材をこの水溶液中に浸した。水溶液を静かに攪拌しつつ4℃で3時間静置し、基材上にてフォトレジストにコートされていないシラン化ガラス表面上にポリアクリルアミドを固定した。基材を約40℃の温水を用いて十分に洗浄してシラン化ガラス表面上に固定されていないポリアクリルアミドを除去し、引き続きアセトンで洗浄して基材表面の円形フォトレジストパターンを除去した。このようにして作製された基材表面は、シラン化ガラス表面からなる細胞付着性の円形領域と、ポリアクリルアミド表面からなる細胞非付着性領域により構成される。基材を脱イオン水で十分に洗浄して乾燥させ、24mm×24mmの大きさに切断し、これを直径35mmのペトリディッシュに入れ、エチレンオキサイドガスにより滅菌した。円形領域への細胞付着性を向上させるため、細胞を播種する前に5μg/mLのフィブロネクチンを含む2mLのD−PBS中に室温で1時間以上基材を浸し、基材表面にフィブロネクチンをコートした。
【0043】
(細胞培養)
実験には心筋型α―ミオシン重鎖プロモーター制御下にEGFPが発現するように遺伝子導入されたマウスES細胞株EMG7(Yamashita JK,Takano M,Hiraoka−Kanie M,Shimazu C,Peishi Y,Yanagi K,et al.Prospective identification ofcardiac progenitors by a novel single cell−based cardiomyocyte induction.FASEB J 2005;19(11):1534−6)を用いた。未分化状態のES細胞をゼラチンコートされた培養皿上にて文献(Hirai H,Ogawa M,Suzuki N,Yamamoto M,Breier G,Mazda O,et al.Hemogenic and nonhemogenic endothelium can be distinguished by the activity of fetal liver kinase (Flk)−1 promoter/enhancer during mouse embryogenesis.Blood 2003;101(3):886−93)に記載された培養法に従い継代培養した。分化を誘導する際には、α―MEMに20%、または10%のウシ胎児血清、0.5mMのL−アスコルビン酸2−リン酸エステル三ナトリウム、50μMの2−mercaptoethanol、5unit/mLのペニシリン、5μg/mLのストレプトマイシンが加えられた分化誘導培地を用いた。TrypLE
TM Express処理(37℃、7分)により回収され分化誘導培地に懸濁された未分化ES細胞を、上記の方法により作製された培養基材上の細胞付着性領域に対して3×10
4cells/cm
2となるように播種し、37℃、5%の二酸化炭素、飽和水蒸気圧下において培養した。培養4日目までは1日に1回培地交換をおこない、4日目以降は2日に1回培地交換をおこなった。また、培養6日目までは20%のウシ胎児血清を含む分化誘導培地を用い、6日目以降は10%のウシ胎児血清を含む分化誘導培地を用いた。培養された細胞は、HiSCA CCDカメラ(モデルC6790、浜松ホトニクス株式会社)が装備された倒立顕微鏡(Eclipse TE2000−U、株式会社ニコン)により観察し、顕微鏡画像は画像解析ソフトウェアAQUACOSMOS(浜松ホトニクス株式会社)により取得した。EGFP蛍光を観察する際には専用の光学フィルター(XF116−2、Omega Optical,Inc)を用いた。
【0044】
(細胞パターン化培養基材上におけるES細胞凝集体の形成と心筋細胞分化誘導)
基材上に播種されたES細胞は円形の細胞付着性領域中にて増殖し、培養3日目にはコンフルエントに達して円形の細胞コロニーを形成した。コンフルエントに達した後も細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界におけるES細胞はさらに増殖し続け、これらの増殖細胞が細胞付着性領域上に重層化することにより次第に立体的なES細胞凝集体が形成された。培養10日目前後において心筋細胞への分化を示す明確なEGFP蛍光が観察され始め、EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の内のいくつかは拍動を呈し始めた。
図8に、分化誘導培養12日目において基材上に形成された細胞凝集体の顕微鏡像を示す。EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の割合は約60%であった。
【実施例4】
【0045】
(試薬)
実施例4に使用した試薬を以下に列記する。3−methacryloxypropyltrimethoxysilane(MPTMS)は信越化学工業株式会社より購入した。g線ポジ型フォトレジスト(OFPR−800LB、34cP)、現像液(NMD−3)は東京応化工業株式会社より購入した。アクリルアミド、N,N’−メチレンビスアクリルアミド、過硫酸アンモニウム、炭酸水素ナトリウムは和光純薬工業株式会社より購入した。N,N,N’,N’−tetramethylethylenediamine(TEMED)、グルコースは関東化学株式会社より購入した。D−PBS、Minimum Essential Medium Eagle Alpha Modification(α−MEM、製品番号M0644)はシグマアルドリッチジャパン株式会社より購入した。フィブロネクチンはBiomedical Technologies Inc.より購入した。ウシ胎児血清は株式会社ニチレイサイエンスより購入した。2−mercaptoethanol、ペニシリン−ストレプトマイシン、TrypLE
TM Expressはインビトロジェン株式会社より購入した。
【0046】
(細胞パターン化培養基材の作製)
文献(Itoga K,Kobayashi J,Yamato M,Kikuchi A,Okano T.Maskless liquid−crystal−display projection photolithography for improved design flexibility of cellular micropatterns.Biomaterials 2006;27(15):3005−9)に基づき、細胞培養面に細胞付着性領域と細胞非付着性領域のパターンを有する培養基材の作製をおこなった。カバーガラス(24mm×50mm、厚さ0.12〜0.17mm、松浪硝子工業株式会社)にMPTMSを用いて蒸発法によりシラン処理を施した。シラン処理カバーガラス上にg線ポジ型フォトレジストをスピンコート(5000rpm、30秒)し、80℃で1時間プレベイクした。マスクレス露光装置を用いたフォトリソグラフィーにより、幅が100μmのライン状フォトレジストパターンが表面に300μmの間隔で配列した基材を作製した。これを80℃で1時間ポストベイクした。0.7mMのアクリルアミド、65μMのN,N’−メチレンビスアクリルアミドにより構成される水溶液に窒素ガスを室温にて20分間バブリングして溶存酸素を取り除き、これを4℃に冷却し、過硫酸アンモニウムとTEMEDをそれぞれ2.2mM、11mMとなるように加え、その後すぐさまフォトレジストパターン基材をこの水溶液中に浸した。水溶液を静かに攪拌しつつ4℃で3時間静置し、基材上にてフォトレジストにコートされていないシラン化ガラス表面上にポリアクリルアミドを固定した。基材を約40℃の温水を用いて十分に洗浄してシラン化ガラス表面上に固定されていないポリアクリルアミドを除去し、引き続きアセトンで洗浄して基材表面の円形フォトレジストパターンを除去した。このようにして作製された基材表面は、シラン化ガラス表面からなる細胞付着性の円形領域と、ポリアクリルアミド表面からなる細胞非付着性領域により構成される。基材を脱イオン水で十分に洗浄して乾燥させ、24mm×20mmの大きさに切断し、これを直径35mmのペトリディッシュに入れ、エチレンオキサイドガスにより滅菌した。細胞付着性を向上させるため、細胞を播種する前に30μg/mLのフィブロネクチンを含む2mLのD−PBS中に37℃で一晩基材を浸し、基材表面にフィブロネクチンをコートした。
【0047】
(細胞培養)
実験には心筋型α―ミオシン重鎖プロモーター制御下にEGFPが発現するように遺伝子導入されたマウスES細胞株EMG7(Yamashita JK,Takano M,Hiraoka−Kanie M,Shimazu C,Peishi Y,Yanagi K,et al.Prospective identification ofcardiac progenitors by a novel single cell−based cardiomyocyte induction.FASEB J 2005;19(11):1534−6)を用いた。未分化状態のES細胞をゼラチンコートされた培養皿上にて文献に記載された培養法に従い継代培養した。分化を誘導する際には、α―MEMに5%のウシ胎児血清、50μMの2−mercaptoethanol、5unit/mLのペニシリン、5μg/mLのストレプトマイシンが加えられた分化誘導培地を用いた。TrypLE
TM Express処理(37℃、5分)により回収され分化誘導培地に懸濁された未分化ES細胞を、上記の方法により作製された培養基材上に2×10
4cells/cm
2で播種し、37℃、5%の二酸化炭素、飽和水蒸気圧下において培養した。細胞を播種してから3時間後に1度培地交換をおこない、細胞非付着性領域に落ちているES細胞を取り除いた。その後は1日に1回培地交換をおこなった。培養された細胞は、HiSCA CCDカメラ(モデルC6790、浜松ホトニクス株式会社)が装備された倒立顕微鏡(Eclipse TE2000−U、株式会社ニコン)により観察し、顕微鏡画像は画像解析ソフトウェアAQUACOSMOS(浜松ホトニクス株式会社)により取得した。EGFP蛍光を観察する際には専用の光学フィルター(XF116−2、Omega Optical,Inc)を用いた。
【0048】
(細胞パターン化培養基材上におけるES細胞凝集体の形成と心筋細胞分化誘導)
基材上に播種されたES細胞はライン状の細胞付着性領域中にて増殖し、培養3日目にはコンフルエントに達した。コンフルエントに達した後も細胞付着性領域と細胞非付着性領域の境界におけるES細胞はさらに増殖し続け、これらの増殖細胞が細胞付着性領域上に反り返ってくることにより次第に立体的なES細胞凝集体が形成された。培養7日目前後において心筋細胞への分化を示す明確なEGFP蛍光が観察され始め、EGFP蛍光を呈する細胞凝集体の内のいくつかは拍動を呈し始めた。
図9に、分化誘導培養10日目において基材上に形成された細胞凝集体の顕微鏡像を示す。
細胞付着性領域において、周囲の細胞非付着性領域との境界部から形成した少なくとも2つの重層化部分が結合するまでの距離が300μm以下である、請求項1記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
温度応答性ポリマーを含むものが被覆された細胞付着性領域の基材表面上で得られた細胞集合体を酵素処理を行わず、基材表面の温度を変えることだけで剥がすことを特徴とする請求項1または2記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。
細胞付着性領域へ細胞を播種後、細胞がコンフルエントになるまでの時間が8日以内である、請求項1〜3のいずれか1項記載の胚性幹細胞或いは人工多能性幹細胞の分化誘導方法。