【課題を解決するための手段】
【0021】
本願発明者等は、上記課題について鋭意検討した結果、プレキャスト版からなる埋設型枠と、変形能力を持たせたコネクターを用いてコンクリート構造物の構築や補修等の埋設型枠施工をすれば上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成させた。
【0022】
本願発明の一つは、「コネクター付きプレキャスト版からなる埋設型枠を用いたコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法であって、既設コンクリート構造物躯体の劣化部分をはつり、所定の間隔で該躯体のはつり面に対向させて、対向面に、変形可能な非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターを、該非金属繊維メッシュ状体の網目面が版面に対して略直角方向になるように立設させたプレキャスト版からなる埋設型枠を設置し、前記はつり面と前記埋設型枠との間にセメント系無収縮モルタルを打設して前記埋設型枠を定着し前記既設コンクリート構造物を補修することを特徴とするコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法」である。
【0023】
本願発明でのコンクリート構造物は、その構築や補修をプレキャスト版からなる埋設型枠を用いて施工できれば特に限定されない。例えば、壁高欄、トンネル、橋脚、ボックスカルバート、建築構造物などである。
【0024】
埋設型枠を用いて新規壁高欄等の新規コンクリート構造物を構築する方法は増えつつあるが、例えば、既設壁高欄等の既存のコンクリート構造物の補修に埋設型枠を用いる方法は未だ数少ない。補修に埋設型枠を用いることによって施工効率の向上による施工期間の短縮化が図れるので、既設壁高欄の補修においては通行遮断等の交通障害期間を短くできる。また、埋設型枠は工場で製造されるので、劣化状況に応じた補修性能の向上も図れる。
【0025】
本願発明を用いた既設コンクリート構造物の補修でも、従来と同様、まずコンクリート構造物躯体の劣化部分をはつる。はつる方法は特に限定されないが、ウォータージェットによる方法が好ましい。
【0026】
はつり後、所定の間隔で前記躯体のはつり面に対向させてプレキャスト版からなる埋設型枠を設置するが、本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法では、プレキャスト版の裏面(はつり面の対向面)となる一面に変形可能な非金属繊維メッシュ状体(コネクター)を、該非金属繊維メッシュ状体の網目面が版面に対して略直角方向になるように立設させたものを用いることを特徴とする。このようなコネクターを用いることによって、プレキャスト版と該版に接して後打ちされる補修モルタルとの界面の付着強度を向上させることができ、例えば、コンクリート構造物が壁高欄である場合には、車両衝突時の衝撃や界面への水分浸透による凍結融解作用による界面剥離を防ぐことができる。
【0027】
本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法では、上記の通り、プレキャスト版に立設する硬さを有しかつ変形可能な柔軟性を有する非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターを用いる。ここで言う「変形可能な」とは、例えば、該コネクターが壁高欄等のコンクリート構造物に配筋されている鉄筋に接触すると鉄筋を押すことなく接触部分とその近傍が柔軟に折れ曲がったり湾曲したりする変形性能を有することを示す。該コネクターが変形することにより、コンクリート構造物の補修においては、埋設型枠を定着させコンクリート構造物躯体と一体化するために、コンクリート構造物躯体補修面と埋設型枠との間に打設される補修モルタルや補修コンクリートの充填性が低下するのを防げる。
【0028】
また、コネクターを非金属繊維メッシュ状体に限定するのは、金属製や金属繊維製であると引張耐力等の耐久性を維持しつつ変形性能を持たしたメッシュ状体にすることが難しいこと、また、金属製であれば発錆の可能性があり、劣化要因となるからである。非金属繊維としては変形可能なメッシュ状体にすることができる耐久性の高いものであれば特に限定されない。例えば、炭素繊維、ガラス繊維等の無機繊維、ポリプロピレン繊維、アラミド繊維、ビニロン繊維、ポリエステル繊維、ナイロン繊維等の有機合成繊維が挙げられる。
【0029】
有機合成繊維は、概して引張耐力等の耐久性があり、前記立設可能な適度な硬さと変形性能を有するものが多いので好ましい。中でも、硬質ポリプロピレン繊維は耐熱性、耐薬品性に優れる性質があるのでより好ましい。なお、ここで言う「メッシュ状体」とは、メッシュ、網、格子体、編体などの総称を意味する。
【0030】
本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法では、非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターを、この網目面がプレキャスト版面に対して略直角方向になるように立設させて用いる。該立設により、非金属繊維メッシュ状体の一部(下部)をプレキャスト版に埋設し、一部(上部)がプレキャスト版の版面から略垂直に突出した状態となる。このような立設は非金属繊維メッシュ状体の縦(高さ)方向より横(長さ)方向が長くなるようにして行うが、該立設の数や配置形態は特に限定されない。例えば、プレキャスト版の縦方向に複数立設させたり、横方向に複数立設させたり、複数の枠形状に立設したりすることができる。また、プレキャスト版面に対して必ずしも均一な配置形態にする必要はなく、剥離し易いと予想される箇所の立設密度を高めた不均一な配置形態にしてもよい。
【0031】
プレキャスト版は、コンクリート版、モルタル版、樹脂板等いずれでもよく特に限定されないが、中でも、耐久性能や価格の面からして高強度繊維モルタルからなるモルタル版が好ましく、特に、JIS A 1108による圧縮試験での圧縮強度が50N/mm
2以上の高強度モルタル版が好ましい。繊維モルタルにすることによって靭性が高められ、高強度モルタルにすることによって圧縮強度や付着強度が高まるので版厚を薄くでき建築限界の問題が解決される。プレキャスト版の版厚は15〜25mmが好ましい。15mm未満では品質・性能が良く安定したものが得難くなる。25mmを超えると建築限界の問題が生じる虞がある。
【0032】
また、前述の通り、コンクリート構造物の一つである壁高欄の劣化は冬季凍結防止用の塩化カルシウム路面散布等による塩害によっても促進される。したがって、様々なコンクリート構造物の構築や補修への適用を可能とすべく、プレキャスト版やこれに好適なモルタルは遮塩性の高い高耐久ものが好ましい。遮塩性能としては、コンクリート標準示方書設計編における塩害に対する照査方法による性能を満たせばよい。
【0033】
塩害に対する照査方法は、土木学会基準JSCE−G571−2007「電気泳動によるコンクリート中の塩化物イオンの実行拡散係数試験方法(案)」またはJSCE−G572−2007「浸せきによるコンクリート中の塩化物イオンの見掛の拡散係数試験方法(案)」により求めたプレキャスト版の塩化物イオンの拡散係数を求めて、フィックの第2法則として知られる拡散方程式を用いて、鋼材位置における塩化物イオンが鋼材腐食発生限界濃度(0.3〜2.4kg/m
3)に構造物係数を乗じた値以下であることを照査すればよい。
【0034】
本願発明では、高強度・高耐久繊維モルタルプレキャスト版を用いるのが最も好ましく、前記本願発明のコネクターを備えたこのプレキャスト版からなる埋設型枠を用いて壁高欄等のコンクリート構造物の補修を行えば、前記本願発明の目的が容易に達成でき、補修後の塩害防止効果も期待できる。
【0035】
前記高強度繊維モルタルとしては、「セメント55〜85重量%と、石灰石微粉末または高炉スラグ微粉末5〜50重量%と、シリカフューム3〜15重量%とからなるセメント組成物(A)と、前記セメントに対し外割りで1〜5重量%の膨張材(B)及び/又はセメントに対し外割りで0.5〜5.0重量%の収縮低減剤(C)と、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.05〜0.30重量%の有機系保水剤(D)と、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.07〜0.10重量%の高性能減水剤(E)と、混練水に対し体積置換率で5〜20体積%の尿素(F)と、前記セメント組成物(A)100重量部に対し50〜150重量部の細骨材(G)と、モルタル全体積に対し0.05〜0.7体積%の繊維(H)とを含み、前記セメント組成物(A)と前記膨張材(B)と前記収縮低減剤(C)の合量に対する混練水(W)の割合が重量比で混練水(W)/(セメント組成物(A)+膨張材(B)+収縮低減剤(C))=0.15〜0.35の無収縮繊維モルタル」が好ましい。
【0036】
また、この無収縮繊維モルタルにおいて、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.0005〜0.05重量%消泡剤(I)が添加されているのは強度増進と収縮低減の観点からして更に好ましい。
【0037】
このモルタルは無収縮繊維モルタルであり、特開2010−13343に開示される「チクソトロピー性を有する断面修復材」に準じたものである。この断面修復材は、コテ仕上げ性、乾燥収縮、強度の改善を目的に開発されたモルタルであるが、本願発明者等は、プレキャスト化しプレキャスト版として用いると、壁高欄等のコンクリート構造物の補修に用いられていた従来のコンクリートプレキャスト版より薄くできるとともに寸法安定性や遮塩性能も得られることを見出し本願発明における一つの技術要素に到達した。
【0038】
このモルタルはチクソトロピー性と無収縮性を有し、薄いプレキャスト版を製作する際にもセルフレベリング性、寸法安定性、保形性を保持できるため薄いプレキャスト版が製作し易い。また、繊維モルタルであるため、曲げ抵抗性、収縮抵抗性に優れ、薄く成形した場合もひび割れが発生し難い。以上の通り、本願発明者等は、コテ仕上げ性等が改善されたチクソトロピー性を有する断面修復材として知られていたモルタルをプレキャスト化すると、薄版にしても成形し易い高強度・高耐久(高遮塩性)の無収縮繊維モルタルからなる前記高強度・高耐久繊維モルタルプレキャスト版が容易に得られることを見出し、更に、これを埋設型枠を用いたコンクリート構造物の構築や補修における埋設型枠として用いれば施工効率を高められるだけでなく施工後の性能維持も図れることを見出し本願発明の達成を大きく前進させた。
【0039】
本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法では、コンクリート構造物における前記躯体のはつり面と所定の間隔で設置された前記プレキャスト版からなる埋設型枠との間にセメント系無収縮モルタルを打設して埋設型枠を定着させ、該躯体と該埋設型枠とを一体化して補修する。
【0040】
このセメント系無収縮モルタルは、充填性(流動性)と付着性能が良ければ従来からあるものでよく特に限定されない。例えば、特開平10−17342、特開平11−60316、特許第4638651号、特許第4910200号、特許第4938244号などに記載されるものである。
【0041】
また、これらのいずれかに高炉スラグ微粉末を15重量%程度添加し、流動性能、遮塩性能を高めたものを用いることは好ましい。遮塩性能を有する高強度モルタルとしては特開平05−345652に記載されるものがあるが、これを用いることもできる。
【0042】
上述の通り、上記本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法は、既設壁高欄等の既設コンクリート構造物の補修方法であるが、本願発明のコネクター付きプレキャスト版からなる埋設型枠を用いたコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法は必ずしも補修に限定されるものではなく、コンクリート構造物の新設施工にも用いることができる。
【0043】
コンクリート構造物の新設施工における本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法は、従来から行われている埋設型枠を用いたコンクリート構造物の構築方法と同様であり、従来の埋設型枠に代えて本願発明のコネクター付きプレキャスト版からなる埋設型枠を用いればよい。この埋設型枠の設置は、補修施工に限定した上記本願発明のコンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法に準じて行えばよい。
【0044】
例えば、壁高欄の新設施工は次のようにして行う。まず、本願発明のコネクター付きプレキャスト版からなる埋設型枠を用いて製作したプレキャスト壁高欄を床板とアンカー金具で固定してすべての壁高欄の架設終了後に調整ジャッキにて高さを調整してボルトで固定する。次に、床板と壁高欄の接合部に無収縮モルタルを注入充填して埋設型枠を定着させ床板と壁高欄とを一体化する。また、このような施工方法によらず、例えば、本願発明のコネクター付きプレキャスト版からなる埋設型枠を床板に設置し、場所打ちコンクリートを打設して施工してもよい。
【0045】
本願発明の他の一つは、「埋設型枠内面にセメント系材料を打設しコンクリート構造物を構築又は補修する際に用いる前記埋設型枠の版材である埋設型枠用プレキャスト版であって、前記埋設型枠内面となる前記プレキャスト版の裏面に、変形可能な非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターを、該非金属繊維メッシュ状体の網目面が版面に対して略直角方向になるように立設させたことを特徴とする埋設型枠用プレキャスト版」である。
【0046】
このプレキャスト版は、埋設型枠を用いてコンクリート構造物を構築あるいは補修する際に埋設型枠として用いるものであり、埋設型枠の裏面(内面)にモルタルやコンクリート等のセメント系材料を打設することにより埋設型枠が定着してコンクリート構造物と一体化されコンクリート構造物に取付けられる。
【0047】
プレキャスト版の版自体は、コンクリート版、モルタル版、樹脂板等いずれでもよく特に限定されないが、中でも、耐久性能や価格の面からして高強度繊維モルタルからなるモルタル版が好ましく、特に、JIS A 1108による圧縮試験での圧縮強度が50N/mm
2以上の高強度モルタル版が好ましい。繊維モルタルにすることによって靭性が高められ、高強度モルタルにすることによって圧縮強度や付着強度が高まるので版厚を薄くでき建築限界の問題が生じなくなる。プレキャスト版の版厚は15〜25mmが好ましい。15mm未満では品質・性能が良く安定したものが得難くなる。25mmを超えると施工場所によっては建築限界の問題が生じる虞がある。
【0048】
また、施工対象や施工場所によっては塩害の問題があるので、プレキャスト版を遮塩性の高い高耐久のものにしておくのは好ましい。遮塩性能としては、前述の通りであり、コンクリート標準示方書設計編における塩害に対する照査方法による性能を満たせばよい。
【0049】
このような遮塩性を備えた高強度繊維モルタルとしては特に限定されず従来からある高強度・高耐久繊維モルタルが使用できるが、上記壁高欄の補修方法において例示した「セメント55〜85重量%と、石灰石微粉末または高炉スラグ微粉末5〜50重量%と、シリカフューム3〜15重量%とからなるセメント組成物(A)と、前記セメントに対し外割りで1〜5重量%の膨張材(B)及び/又はセメントに対し外割りで0.5〜5.0重量%の収縮低減剤(C)と、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.05〜0.30重量%の有機系保水剤(D)と、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.07〜0.10重量%の高性能減水剤(E)と、混練水に対し体積置換率で5〜20体積%の尿素(F)と、前記セメント組成物(A)100重量部に対し50〜150重量部の細骨材(G)と、モルタル全体積に対し0.05〜0.7体積%の繊維(H)とを含み、前記セメント組成物(A)と前記膨張材(B)と前記収縮低減剤(C)の合量に対する混練水(W)の割合が重量比で混練水(W)/(セメント組成物(A)+膨張材(B)+収縮低減剤(C))=0.15〜0.35の無収縮繊維モルタル」が好ましい。
【0050】
また、この無収縮繊維モルタルにおいて、前記セメント組成物(A)に対し外割りで0.0005〜0.05重量%消泡剤(I)が添加されているのは強度増進と収縮低減の観点からして更に好ましい。これらの詳細は前述の通りであるので、繰返し記載するのは省略する。
【0051】
本願発明の埋設型枠用プレキャスト版では、型枠内面となるプレキャスト版裏面に、変形可能な非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターが、該非金属繊維メッシュ状体の網目面が版面に対して略直角方向になるように立設されていることを特徴とする。この非金属繊維メッシュ状体はコネクターの一種であり、付着強度を増大させてプレキャスト版裏面の界面付近が剥離するのを防止する役目をする。この非金属繊維メッシュ状体からなるコネクターの構成材料は立設可能な適度な硬さと変形性能を有するものであれば特に限定されないが、耐久性能や価格や品揃えの点から有機合成繊維が好ましい。その他の詳細は、上記コンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法のところで述べた通りであるので、繰返し記載するのは省略する。
【0052】
本願発明の埋設型枠用プレキャスト版は、埋設型枠を用いたコンクリート構造物の新設施工や、埋設型枠を用いた既設コンクリート構造物の補修施工に好適に用いることができる。該新設施工については前述の通りである。また、該補修施工については、本願発明との一つとして示す、上記コンクリート構造物施工における埋設型枠の定着方法のところで述べた通りである。