【解決手段】工作機械の変位補正方法は、X軸サーボモータの回転速度に対するY軸方向の変位データが予め定められており、工作機械が稼働している期間中にX軸サーボモータの回転速度を取得する工程と、X軸サーボモータの回転速度、作動時間、および変位データに基づいてY軸の位置を補正する工程とを含む。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(実施の形態1)
図1から
図7を参照して、実施の形態1における工作機械の変位補正方法および工作機械の制御装置について説明する。本実施の形態の工作機械は、複数の直線送り軸を有する数値制御式の工作機械である。
【0018】
図1は、本実施の形態における工作機械の概略斜視図である。工作機械11は、基台となるベッド13と、ベッド13の上面に立設されたコラム15とを備える。ベッド13の上側には、キャリッジ27が配置されている。キャリッジ27の上面には、ワーク1を保持するテーブル35が配置されている。
【0019】
コラム15の前面には、サドル17が配置されている。サドル17の前面には、主軸ヘッド21が配置されている。主軸ヘッド21の内部には主軸が配置されている。主軸には、ワーク1を加工する工具が取り付けられる。工具は、主軸の軸線の周りに回転する。
【0020】
本実施の形態における工作機械11は、互いに直交するX軸、Y軸およびZ軸の直線送り軸を有する。工作機械11は、工具とワーク1との相対位置を変更する移動装置を備えている。本実施の形態においては、主軸の軸方向をZ軸と称する。サドル17の移動方向に延びる軸をX軸と称する。また、キャリッジ27の移動方向に延びる軸をY軸と称する。移動装置は、X軸移動装置、Y軸移動装置およびZ軸移動装置を備え、それぞれの軸方向にワーク1に対して工具を相対的に移動させることができる。本実施の形態では、それぞれの軸の移動装置はボールねじ機構を含む。
【0021】
X軸移動装置は、コラム15の前面に形成されている一対のX軸ガイド部19a,19bを含む。サドル17は、X軸ガイド部19a,19bに沿って往復移動が可能に形成されている。X軸移動装置は、サドル17を移動させるためのX軸サーボモータ31を含む。主軸ヘッド21および工具は、サドル17と共にX軸方向に移動する。
【0022】
Y軸移動装置は、ベッド13の上面に配置されている一対の段差部であるY軸ガイド部29a,29bを含む。キャリッジ27は、Y軸ガイド部29a,29bに沿って往復移動が可能に形成されている。Y軸移動装置は、キャリッジ27を移動させるためのY軸サーボモータを含む。テーブル35およびワーク1は、キャリッジ27と共にY軸方向に移動する。
【0023】
Z軸移動装置は、サドル17の前面に形成されている一対の凹部であるZ軸ガイド部23a,23bを含む。主軸ヘッド21は、Z軸ガイド部23a,23bに沿って往復移動が可能に形成されている。Z軸移動装置は、主軸ヘッド21を移動させるためのZ軸サーボモータ32を含む。工具は、主軸ヘッド21と共にZ軸方向に移動する。更に、主軸ヘッド21の内部には、主軸を軸周りに回転させる回転駆動モータが配置されている。
【0024】
図2に、本実施の形態における工作機械のブロック図を示す。工作機械11は、制御装置50を備える。制御装置50は、演算処理装置を含む。演算処理装置は、演算処理等を行うマイクロプロセッサ(CPU)、記憶装置としてのROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)、およびその他の周辺回路を有する。
【0025】
制御装置50は、移動装置の各軸のサーボモータ55や主軸ヘッド21の内部の回転駆動モータに接続されている。制御装置50が各軸のサーボモータ55を制御することにより、ワーク1に対して工具を相対的に移動させることができる。本実施の形態において、各軸のサーボモータ55は、X軸サーボモータ31、Y軸サーボモータまたはZ軸サーボモータ32に相当する。また、制御装置50が主軸ヘッド21に取り付けられているモータを駆動することにより、工具を所望の回転速度で回転させることができる。
【0026】
制御装置50は、読取解釈部52、補間部53およびサーボ制御部54を含む。読取解釈部52は、加工プログラム51を読み込んで移動指令値を補間部53に送出する。補間部53は、移動指令値に基づいて所定の時間間隔ごとの位置指令値qrを出力する。サーボ制御部54は、位置指令値qrに基づいて各軸のサーボモータ55を駆動する。
【0027】
各軸のサーボモータ55は、軸送り機構56を介して機械構造物57を駆動する。機械構造物57は、工具を保持する構造物またはワーク1を保持する構造物に相当する。本実施の形態では、機械構造物57は、主軸またはテーブル35に相当する。軸送り機構56は、機械構造物57を駆動する機構に相当する。本実施の形態では、軸送り機構56は、各軸のサーボモータ55に接続されたボールねじ機構に相当する。軸送り機構56としては、ボールねじ機構の他に、リニアモータを例示することができる。
【0028】
それぞれの送り軸の移動装置を駆動すると、各軸のガイド部や軸送り機構56に摩擦熱が生じる。また、サーボモータ55自体が発熱する。そして、工作機械の構成部品の温度が上昇して熱膨張が生じる。この結果、ワークに対する工具の相対位置が変位する熱変位が発生する。次に、工作機械の熱変位について詳しく説明する。
【0029】
1つの送り軸の移動装置が駆動すると、熱変位によりこの送り軸の方向に相対位置が変化する。更に、1つの送り軸の移動装置が駆動すると、他の送り軸の方向にも相対位置が変化する。例えば、
図1を参照して、X軸方向にサドル17を移動させた場合には、X軸のボールねじ機構にて摩擦熱が生じる。また、サドル17とX軸ガイド部19a,19bとの摺動部分で摩擦熱が生じる。更に、X軸サーボモータ31自体が発熱する。これらの熱は、サドル17に伝達されてサドル17が熱膨張する。工具を保持している主軸ヘッド21は、矢印91に示す方向に変位する。すなわち、Y軸方向に熱変位が発生する。同様に、サドル17が熱膨張をすると、Z軸方向にも熱変位が発生する。このように、1つの送り軸の移動装置が駆動すると、他の送り軸の方向に熱変位が発生する。
【0030】
本実施の形態の工作機械の変位補正方法では、1つの送り軸のサーボモータが駆動した時に、この1つの送り軸の方向の熱変位量に加えて、他の送り軸の方向についても熱変位量を推定する。そして、それぞれの送り軸について、熱変位による誤差を補正する。熱変位は、それぞれの送り軸のサーボモータの動作に大きく依存する。本実施の形態では、送り軸のサーボモータの駆動に関するモータ情報に基づいて熱変位を補正する。
【0031】
サーボモータの駆動に関するモータ情報は、サーボモータの回転速度に基づく変数を含むことができる。回転速度に基づく変数としては、サーボモータの回転速度の他に、サーボモータの回転速度に対応するワークの送り速度や工具の送り速度を用いることができる。
【0032】
また、サーボモータの駆動に関するモータ情報としては、サーボモータのトルクに基づく変数を用いることができる。トルクに基づく変数としては、制御装置50におけるトルク指令値を用いることができる。
図2を参照して、制御装置50の補間部53からは、それぞれの送り軸に対する位置指令値qrが送出される。サーボ制御部54では、位置指令値qrに基づいて速度指令値wrが算出される。そして、速度指令値wrに基づいてトルク指令値τrが算出される。トルク指令値τrは、電流制御器に入力されてサーボモータに供給する電流が調整される。そして、サーボモータ55が駆動する。モータ情報としては、このようなトルク指令値τrが用いられても構わない。
【0033】
また、サーボモータの駆動に関するモータ情報は、サーボモータの電流値に基づく変数を用いることができる。サーボモータの電流値に基づく変数としては、たとえば、電流値の積算値を用いることができる。または、電流値に基づく変数として、サーボモータの熱シミュレーション値TSを用いることができる。熱シミュレーション値は、制御装置50の内部で計算され、例えば電流値の2乗の積算値に対応する。熱シミュレーション値は、熱容量に関連するパラメーターであり、サーボモータが駆動すると増加し、停止すると減少する。熱シミュレーション値が予め定められた判定値を超えると、サーボモータがオーバーヒートをする虞があると判別することができる。モータ情報としては、このような熱シミュレーション値を用いても構わない。
【0034】
図3に、本実施の形態における工作機械の熱変位を説明するタイムチャートを示す。ここでは、X軸移動装置を駆動したときのY軸方向の熱変位量を例示する。
図3には、X軸サーボモータ31の回転速度およびY軸方向の熱変位量が示されている。
【0035】
時刻t
0において、X軸サーボモータ31の駆動を開始している。この例では、サーボモータの回転速度を一定に維持している。X軸サーボモータ31を駆動すると、Y軸方向の熱変位量は急激に上昇する。熱変位量は、飽和変位量Sまで上昇すると、ほぼ一定になる。熱変位量が飽和変位量Sまで到達した後には、時刻t
2においてX軸サーボモータ31を停止している。X軸サーボモータ31を停止すると、熱変位量は急激に低下して零に近づく。
【0036】
図4に、サーボモータの回転速度を変化させたときの熱変位量のグラフを示している。
図4は、X軸サーボモータ31の回転速度を変化させたときのY軸方向の熱変位量を示している。最大の回転速度V
1から最小の回転速度V
5まで複数の回転速度で計測を行っている。回転速度が大きくなるほど、熱変位量の上昇速度が大きくなることがわかる。また、回転速度が大きくなるほど、飽和変位量Sが大きくなることが分かる。
【0037】
この測定では、所定の時間にX軸サーボモータ31を停止して、熱変位量を低下させている。いずれの回転速度においても
図3に示す熱変位量の挙動と同様の挙動を示している。このように、熱変位量は、サーボモータの回転速度に依存する。また、飽和変位量Sは、サーボモータの回転速度の他にも、工作機械の構成部品や工作機械の構造等にも依存する。
【0038】
本実施の形態では、それぞれの送り軸のサーボモータに関するモータ情報を取得し、モータ情報に基づいて、それぞれの送り軸の補正値を算出する。補正値の算出は、予め定められた周期ごとに実施することができる。また、補正の対象となる送り軸ごとに補正値の算出を行う。ここで、それぞれの送り軸の補正値の算出方法について説明する。
【0039】
初期の変位量S
0、飽和変位量S、および熱時定数Tを用いると、連続時間系での時刻tにおける熱変位量H(t)は、次の式(1)で表すことができる。
【0040】
H(t)=(S−S
0)・(1−exp(−t/T))+S
0 …(1)
【0041】
この式(1)を離散化して離散型方程式を得る。式(1)を(t+Δt)でテーラー展開した式、および(t+0)でテーラー展開した式に基づいて、次の式(2)を得ることができる。
【0042】
H(t+Δt)=S/T−H(t)・(1−Δt/T)) …(2)
【0043】
式(2)から所定の回数を示す整数nを用いて、離散型方程式である式(3)を得ることができる。
【0044】
H(n+1)=S/T+H(n)−H(n)/T …(3)
【0045】
ここで、熱変位量H(n)は今回の熱変位量を示し、熱変位量H(n+1)は次回の熱変位量を示す。
【0046】
熱時定数Tは、温度が上昇するときの上昇速度または温度が下降するときの下降速度に関する定数である。
図3を参照して、温度が上昇するときの熱時定数Tiは、熱変位量が飽和変位量Sの0.632倍になるまでの時刻t
0から時刻t
1までの時間長さである。また、温度が低下するときの熱時定数Tdは、時刻t
2において回転速度を零にしてから熱変位量が飽和変位量Sの0.632倍まで低下する時刻t
3までの時間長さである。本実施の形態の制御では、温度の上昇中には熱時定数Tiを用いて、温度の下降中には熱時定数Tdを用いる制御を実施する。
【0047】
飽和変位量Sは、サーボモータに関する回転速度等のモータ情報に依存する。飽和変位量Sは、モータ情報に基づいて算出することができる。たとえば、飽和変位量Sは、回転速度V、トルク指令値τr、または、熱シミュレーション値TSを用いて次の式にて算出することができる。
【0048】
S=K1・|V| …(4)
S=K2・τr
2 …(5)
S=K3・|TS| …(6)
【0049】
ここで、定数K1,K2,K3は、それぞれの変数から飽和変位量Sへの換算係数である。なお、飽和変位量Sは、計算により算出する方法に限られず、モータ情報の大きさごとに予め定められていても構わない。また、熱時定数Ti,Teは、モータ情報の大きさごとに予め定めておくことができる。
【0050】
以下の説明では、サーボモータに関するモータ情報のうち、モータの回転速度を例に取りあげて説明する。式(3)により、前回の熱変位量H(n)に基づいて、次回の熱変位量H(n+1)を算出することができる。この結果、任意の時刻における熱変位量を推定することができる。熱変位量H(n)を繰り返し計算している期間中に回転速度が変化した場合には、変化した後の回転速度に基づく飽和変位量Sおよび熱時定数Tを用いて計算することができる。式(3)において、飽和変位量Sおよび熱時定数Tはサーボモータの回転軸速度に依存して定まる。例えば、回転速度が所定の値から零になったときには飽和変位量Sは零に変更する。そして、熱時定数Tは、熱時定数Tiから熱時定数Tdに変更する。このように、モータ情報が変化する度に変位データを変更して熱変位量H(n)を計算することができる。
【0051】
熱変位量H(n)の推定方法は、1つの送り軸の移動装置が駆動したときの当該送り軸の熱変位量の推定に適用することができる。また、1つの送り軸の移動装置が駆動したときの他の送り軸の熱変位量の推定にも適用することができる。そして、熱変位量H(n)に基づいて各軸に関する補正値を設定することができる。
【0052】
ここで、式(3)にて熱変位量を推定するためには、それぞれの回転速度における飽和変位量S(係数K)や熱時定数Tを予め設定し、制御装置に記憶させておく必要がある。次に、このような熱変位量の推定に必要な値や係数を設定する方法について説明する。
【0053】
図5に、熱変位量を推定するために必要な値や係数を算出するための測定を実施している時の工作機械の概略斜視図を示す。主軸ヘッド21の主軸には、工具の代わりにテストバー41を取り付ける。テーブル35には、X軸方向の熱変位量を測定する変位センサ71と、Y軸方向の熱変位量を測定する変位センサ72と、Z軸方向の熱変位量を測定する変位センサ73とを配置する。変位センサ71〜73は、非接触型である。変位センサ71,72は、テーブル35の表面と平行に延びるように配置される。変位センサ73は、テーブル35の内部に、テーブル35の厚さ方向に延びるように配置される。
【0054】
例えば、X軸移動装置を駆動したときのそれぞれの送り軸における熱変位の特性を測定する場合には、矢印92に示すように、サドル17を一定の速度でX軸方向に往復移動させる。この時にY軸移動装置およびZ軸移動装置は停止した状態を維持する。往復移動は、例えば数十回から数百回行う。そして、往復移動を繰り返している期間中の予め定められた周期ごとに、変位センサ71〜73により、それぞれの送り軸の方向の熱変位量を測定する。熱変位量を測定するときには、矢印93に示すように、主軸ヘッド21を下降させて、変位センサ71〜73にテストバー41を近づけて測定する。
【0055】
この測定を行うことにより、X軸移動装置を駆動した時のX軸方向の熱変位、Y軸方向の熱変位およびZ軸方向の熱変位について、
図3に示すようなグラフを作成することができる。そして、測定結果から飽和変位量Sおよび熱時定数Ti,Teを設定することができる。次に、速度を変更した複数回の測定を行うことにより、
図4に示すようなグラフを作成することができる。それぞれの速度毎の飽和変位量Sや熱時定数Ti,Teを設定することができる。または、飽和変位量Sを算出するための定数K1〜K3を定めることができる。
【0056】
次に、X軸移動装置およびZ軸移動装置は停止した状態で、Y軸移動装置を駆動して同様の測定を実施する。さらに、X軸移動装置およびY軸移動装置は停止した状態で、Z軸移動装置を駆動して同様の測定を実施する。これらの測定を行うことにより、所定の送り軸のサーボモータを駆動したときのそれぞれの送り軸の熱変位量を推定するための値や係数を定めることができる。本実施の形態では、熱変位量または熱変位量を算出するための値や係数を変位データと称する。
【0057】
図2を参照して、制御装置50は、予め設定された熱変位に関する情報である変位データ61を取得する。制御装置50は、変位データ61を読み込む入力部62を含む。入力部62は、作業者が画面等に手入力で入力可能に形成することができる。または、入力部62は、変位データ61の電子ファイルを読み込むように形成されていても構わない。
【0058】
制御装置50は、入力された変位データ61を記憶する変位データ記憶部63を含む。制御装置50は、それぞれの送り軸の変位量を推定する変位量推定部64を含む。変位量推定部64は、変位データ記憶部63から変位データ61を読み込む。
【0059】
制御装置50は、回転速度等のモータ情報を取得するモータ情報取得部を備える。変位量推定部64は、モータ情報取得部に対応する。例えば、変位量推定部64は、サーボモータ55に取り付けられているエンコーダからサーボモータ55の回転速度を読み込むことができる。モータ情報としてトルク指令値τrや、熱シミュレーション値TSを用いる場合には、変位量推定部64は、サーボ制御部54からこれらの値を読み込むことができる。
【0060】
そして、変位量推定部64は、変位データおよびモータ情報に基づいて、それぞれの送り軸の変位量を推定する。変位量推定部64は、熱変位量に基づいて各軸の補正値を算出する。この補正値は、ワークに対する工具の相対位置の補正値である。
【0061】
変位量推定部64にて算出された補正値は、補間部53に送出される。本実施の形態では、各軸の補正値にて各軸の位置を補正する。補間部53は、所定の送り軸の変位量に基づいて、この送り軸の位置を補正する補正部として機能する。補間部53は、入力された補正値にて補正した位置指令値qrを生成する。例えば、補間部53は、入力された補正値に基づいて機械座標系の原点の位置を補正することができる。補正された位置指令値qrに基づいてサーボモータ55を駆動することにより、熱変位の影響を抑制することができる。この結果、高い精度で加工することができる。
【0062】
図6に、本実施の形態におけるそれぞれの送り軸の補正値を算出するときの説明図を示す。
図2および
図6を参照して、工作機械が稼働している期間中に、各軸のサーボモータ55においてモータ情報としての回転速度を検出する工程を実施する。すなわち、X軸サーボモータ31は回転速度vxを検出し、Y軸サーボモータは回転速度vyを検出し、Z軸サーボモータ32は回転速度vzを検出する。
【0063】
変位量推定部64は、それぞれの送り軸のサーボモータ55の回転速度vx,vy,vzを読み込む読み込み工程を実施する。変位量推定部64は、各軸の回転速度ごとに各軸の熱変位量を推定する熱変位量推定工程を実施する。そして、変位量推定部64は、熱変位量に基づいて補正値を計算する補正値算出工程を実施する。例えば、X軸サーボモータの回転速度vxに基づいて、X軸方向の補正値(DX)x、Y軸方向の補正値(DY)x、およびZ軸方向の補正値(DZ)xを前述の式(3)により算出する。Y軸サーボモータの回転速度vyに基づいて、X軸方向の補正値(DX)y、Y軸方向の補正値(DY)y、およびZ軸方向の補正値(DZ)yを前述の式(3)により算出する。同様に、Z軸サーボモータの回転速度vzに基づいて、それぞれの軸方向における補正値(DX)z,(DY)z,(DZ)zを算出する。
【0064】
次に、変位量推定部64は、それぞれの送り軸方向について個別に算出した補正値を加算する加算工程を実施する。例えば、X軸方向の全補正値は、(DX)x+(DX)y+(DX)zになる。Y軸方向の全補正値およびZ軸方向の全補正値についても同様の方法により算出することができる。そして、算出された補正値が補間部53に送出される。補間部53では、算出された補正値に基づいて、X軸方向の補正、Y軸方向の補正、およびZ軸方向の補正を行う補正工程を実施する。
【0065】
図7に、本実施の形態の工作機械の変位補正方法により補正を行ったときのグラフを示す。
図7では、X軸サーボモータを駆動したときの熱変位によるY軸方向の誤差のグラフが例示されている。変位補正を行わなかった場合には、熱変位による誤差が急激に増加している。これに対して、変位補正を行った場合には、誤差が抑制されてほぼゼロを維持している。
【0066】
このように、本実施の形態の変位補正方法では、第1送り軸のモータに関する第1モータ情報に対する第2送り軸の変位量が定められた変位データが予め定められている。変位量推定部64は、第1モータ情報、第1送り軸のモータの作動時間および変位データに基づいて、第2送り軸の変位量を推定している。そして、第2送り軸の変位量に基づいて第2送り軸の位置を補正している。すなわち、1つの送り軸のモータ情報に基づいて、他の送り軸の熱変位の補正も行っている。このために、熱変位の補正を精度よく行うことができる。
【0067】
また、本実施の形態の工作機械は、時間と共に変化する熱変位の影響を抑制することができる。このために、工作機械の暖機運転を行わなくても高い加工精度にて加工することができる。なお、第1送り軸は、任意の送り軸を選定することができる。第2送り軸は、第1送り軸と異なる任意の送り軸を選定することができる。
【0068】
また、本実施の形態では、大きさが異なる複数の第1モータ情報に関する変位データが予め定められている。モータ情報が回転速度の場合には、複数の回転速度に対する複数の飽和変位量Sや複数の熱時定数Ti,Tdが予め定められている。そして、工作機械が稼働している期間中に第1モータ情報を取得し、取得した第1モータ情報の大きさに対応する変位データに基づいて第2送り軸の変位量を推定している。例えば、X軸サーボモータの回転速度を取得し、取得した回転速度に対応する飽和変位量Sおよび熱時定数Ti,Tdを設定する。そして、Y軸方向の変位量を推定する。第1のモータ情報の複数の値に対する変位データを備えることにより、熱変位量の推定精度を向上させることができる。変位データとしては、この形態に限られず、回転速度に依らずに予め定められた一つの変位データが用いられても構わない。
【0069】
更に、本実施の形態では、第3送り軸のモータに関する第3モータ情報に対する第2送り軸の変位量が設定された変位データが予め定められており、第3モータ情報、第3送り軸のモータの作動時間、および変位データに基づいて第2送り軸の変位量を推定している。すなわち、複数の送り軸のモータ情報に基づいて、所定の軸方向の変位量を推定している。そして、第1モータ情報に基づく第2送り軸の変位量と、第3モータ情報に基づく第2送り軸の変位量とを加算して第2送り軸の全体の変位量を推定している。例えば、X軸サーボモータの回転速度に加えて、Z軸サーボモータの回転速度に基づいてY軸の変位量を推定している。また、X軸のモータ情報に基づいたY軸の変位量とY軸のモータ情報に基づいたY軸の変位量とを加算してY軸の変位量を推定することもできる。このように2つ以上の送り軸のモータ情報に基づいて、対象となる送り軸の熱変位量を推定することにより、熱変位の補正を精度よく行うことができる。
【0070】
また、本実施の形態においては、送り軸の方向の補正値を算出しているが、この形態に限られず、送り軸の傾きの補正を行うことができる。例えば、
図5を参照して、長いテストバー41を装着した測定と、短いテストバー41を装着した測定とを個別に実施する。テストバーの長さを変更した2つの測定を行うことにより、テストバーの傾き、すなわちZ軸の傾きを推定することができる。熱変位が生じたときの傾きについては、回転送り軸を回転させることにより補正することができる。
【0071】
本実施の形態においては、3つの直線送り軸を有する工作機械を例に取り上げて説明したが、この形態に限られず、複数の送り軸を有する任意の工作機械に本発明を適用することができる。
【0072】
(実施の形態2)
図8から
図11を参照して、実施の形態2における工作機械の変位補正方法および工作機械の制御装置について説明する。工作機械の送り軸として、3つの直線送り軸を有することは、実施の形態1の工作機械と同様である。本実施の形態の工作機械は、直線送り軸に加えて回転送り軸を有する。
【0073】
図8に、本実施の形態における工作機械のテーブルの部分の概略正面図を示す。本実施の形態の工作機械11は、ワーク1を回転テーブル46と共に旋回させるテーブル旋回型である。工作機械11は、X軸に平行に延びる軸線の周りのA軸を有している。工作機械11は、Z軸に平行に延びる軸線の周りのC軸を有している。
【0074】
工作機械11の移動装置は、A軸の軸線の周りにワーク1を回動させるA軸移動装置を備える。A軸移動装置は、回転テーブル46を支持するU字形の揺動支持部材48と、揺動支持部材48を支持するU字形のキャリッジ47とを含む。キャリッジ47は、X軸方向に離間された一対の支柱部47a,47bを有する。揺動支持部材48は、X軸方向の両側の端部が支柱部47a,47bに支持されている。揺動支持部材48は、A軸の軸線の周りに揺動可能に支持されている。A軸移動装置は、キャリッジ47に対して、A軸の軸線の周りに揺動支持部材48を回動させるA軸サーボモータを含む。
【0075】
また、工作機械11の移動装置は、C軸の軸線の周りにワーク1を回転させるC軸移動装置を備える。C軸移動装置は、ワーク1を回転させる回転テーブル46を含む。回転テーブル46は、揺動支持部材48に支持されている。C軸移動装置は、回転テーブル46を回転させるC軸サーボモータを含む。
【0076】
このように、本実施の形態の工作機械11は、互いに直交する3つの直線送り軸と、A軸の軸線及びC軸の軸線の周りに回転する回転送り軸とを有する。本実施の形態の工作機械11は、5軸制御の工作機械である。
【0077】
本実施の形態の工作機械は、X軸、Y軸およびZ軸のそれぞれの直線送り軸について、3つの直線送り軸の移動装置および2つの回転送り軸の移動装置が駆動したときの補正値を算出する。ここで、回転送り軸の移動装置が駆動したときの各軸の補正値の算出についても、実施の形態1と同様の方法により実施することができる。また、A軸およびC軸の回転送り軸について、回転送り軸の軸線の位置の補正値を算出する。軸線の位置の補正値についても、3つの直線送り軸の移動装置および2つの回転送り軸の移動装置が駆動したときの補正値を算出する。
【0078】
図9に、本実施の形態の変位データを取得するために測定を実施しているときの工作機械の概略斜視図を示す。回転テーブル46には基準球76を配置する。基準球76は、C軸の軸線上に配置する。主軸ヘッド21には、工具の代わりに位置検出装置74を装着する。位置検出装置74は、非接触型の変位センサであり、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の変位を一度に測定することができる。また、位置検出装置74は、A軸の軸線の変位およびC軸の軸線の変位を測定することができる。
【0079】
キャリッジ47の支柱部47aの上面には、基準球77を配置する。工作機械11のコラム15の前面には、位置検出装置75が取り付けられている。位置検出装置75は、非接触型の変位センサであり、Z軸方向に移動可能に形成されている。位置検出装置75は、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の変位を一度に測定することができる。位置検出装置75は、A軸の軸線の変位を検出することができる。
【0080】
変位データを取得するための測定では、3つの直線送り軸および2つの回転送り軸のうち、1つの送り軸について繰り返し往復移動させる。そして、予め定められた周期ごとに、回転テーブル46に配置した基準球76に対して位置検出装置74を近づけて、それぞれの送り軸の変位を計測する。また、位置検出装置75を基準球77に向かって移動することにより、A軸の軸線の変位を測定することができる。
【0081】
本実施の形態の工作機械の回転送り軸では、A軸がマスター軸になり、C軸がスレーブ軸になる。回転送り軸の軸線の変位については、C軸の軸線が変位してもA軸の軸線は変位しない。ところが、A軸の軸線が変位するとC軸の軸線も変位する。位置検出装置74の測定値では、A軸の軸線の変位またはC軸の軸線の変位を判別することが困難である。本実施の形態では位置検出装置75にて測定した測定値は、A軸の軸線の変位に相当する。そして、位置検出装置74にて測定した測定値から位置検出装置75にて測定した測定値を減算することにより、C軸の軸線の変位量を算出することができる。このように、本実施の形態では、A軸の軸線の変位およびC軸の軸線の変位を分離して個別に算出することができる。
【0082】
変位データを取得する測定では、1つの送り軸を駆動したときの、それぞれの送り軸の熱変位量を測定して、
図3および
図4に示すグラフのような熱変位を示す曲線を得ることができる。そして、これらの熱変位を示す曲線に基づいて、飽和変位量S(定数K)や熱時定数Ti,Td等の変位データを予め定めることができる。
【0083】
図10は、本実施の形態の工作機械の直線送り軸を補正する方法の説明図である。
図2および
図10を参照して、X軸方向、Y軸方向またはZ軸方向に移動装置を駆動した時の直線送り軸の補正値の算出方法は、実施の形態1と同様である。
【0084】
本実施の形態においては、各軸のサーボモータ55としてのA軸サーボモータにて回転速度vaを検出する。変位量推定部64は、A軸サーボモータの回転速度vaおよび変位データに基づいて、各直線送り軸の補正値(DX)a,(DY)a,(DZ)aを算出する。また、C軸サーボモータにて回転速度vcを検出する。変位量推定部64は、C軸サーボモータの回転速度vcおよび変位データに基づいて、各直線送り軸の補正値(DX)c,(DY)c,(DZ)cを算出する。
【0085】
次に、変位量推定部64は、直線送り軸のサーボモータを駆動した時の補正値に、回転送り軸のサーボモータを駆動した時の補正値を加算して、全補正値を算出する。このように、X軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の直線送り軸の補正値を算出することができる。補間部53は、算出された全補正値に基づいて、補正した位置指令値qrを生成することができる。
【0086】
図11は、工作機械の回転送り軸の軸線の位置を補正する方法の説明図である。
図2および
図11を参照して、始めに各軸のサーボモータ55において、モータ情報としての回転速度vx,vy,vz,va,vcを検出する。変位量推定部64は、各軸のサーボモータ55の回転速度に基づいて、回転送り軸の軸線に関するX軸方向、Y軸方向およびZ軸方向の補正値を算出する。本実施の形態では、A軸およびC軸の2つの回転送り軸を有するために、それぞれの回転送り軸の軸線に関する補正値を算出する。
【0087】
変位量推定部64は、X軸サーボモータの回転速度vxに基づいて、A軸の軸線のX軸方向の補正値(DAX)xを算出する。また、A軸の軸線のY軸方向の補正値(DAY)x、およびA軸の軸線のZ軸方向の補正値(DAZ)xを算出する。C軸についても、C軸の軸線の補正値(DCX)x,(DCY)x,(DCZ)xを算出する。
【0088】
同様に、変位量推定部64は、Y軸サーボモータの回転速度vyおよびZ軸サーボモータの回転速度vzに基づいて、A軸の軸線の補正値およびC軸の軸線の補正値を算出する。さらに、変位量推定部64は、A軸サーボモータの回転速度vaおよびC軸サーボモータの回転速度vcに基づいて、A軸の軸線の補正値およびC軸の軸線の補正値を算出する。
【0089】
次に、変位量推定部64は、全補正値の計算を行う。全補正値の計算では、A軸の軸線およびC軸の軸線について、直線送り軸を駆動した時のX軸方向の補正値と回転送り軸を駆動したときのX軸方向の補正値との総和により、X軸方向の全補正値を算出する。同様に、A軸の軸線およびC軸の軸線について、Y軸方向の全補正値およびZ軸方向の全補正値を算出する。次に、補間部53は、それぞれの軸方向の補正値に基づいて、A軸の軸線の位置およびC軸の軸線の位置を補正して位置指令qrを生成する。このように、回転送り軸を有する工作機械においても、回転送り軸の軸線の位置の補正を行うことができる。
【0090】
ところで、従来の工作機械にも、それぞれの回転送り軸の軸線の位置の補正値を入力し、入力した補正値に基づいて回転送り軸の軸線の位置を補正する機能を備えるものがある。ところが、従来の工作機械においては、設定する補正値は1つであり、加工期間中には補正値を変更することはできずに、熱変位量が変化しても常に1つの補正値にて補正が行われる。これに対して、本実施の形態の工作機械では、工作機械を駆動している期間中に、時間と共に変化する熱変位の影響を補正することができて、正確な補正を実施することができる。この結果、加工精度を向上させることができる。
【0091】
本実施の形態の工作機械は、回転送り軸が2つであるが、この形態に限られず、1つまたは3つ以上の回転送り軸を有する工作機械にも本発明を適用することができる。
【0092】
その他の構成、工程、作用および効果については、実施の形態1と同様であるので、ここでは説明を繰り返さない。
【0093】
上記の実施の形態は、適宜組み合わせることができる。上述のそれぞれの図において、同一または相等する部分には同一の符号を付している。なお、上記の実施の形態は例示であり発明を限定するものではない。また、実施の形態においては、特許請求の範囲に示される実施の形態の変更が含まれている。
第1モータ情報に対する第2送り軸方向の変位データを記憶する変位データ記憶部と、工作機械が稼働している期間中に第1モータ情報を取得するモータ情報取得部と、モータ情報取得部にて取得した第1モータ情報
および変位データ記憶部に記憶した変位データに基づいて第2送り軸の変位量を推定する変位量推定部と、推定した第2送り軸の変位量に基づいて第2送り軸の位置を補正する補正部とを備える。
ここで、定数K1,K2,K3は、それぞれの変数から飽和変位量Sへの換算係数である。なお、飽和変位量Sは、計算により算出する方法に限られず、モータ情報の大きさごとに予め定められていても構わない。また、熱時定数Ti,