【解決手段】本発明は、熱可塑性樹脂と強化繊維を含む繊維強化プラスチック成形体と、前記繊維強化プラスチック成形体の少なくとも一つの面に、熱可塑性樹脂からなる樹脂層を有する多層成形品であって、前記強化繊維は、前記繊維強化プラスチック成形体の中心面とほぼ平行であることを特徴とする多層成形品に関する。また、本発明は、強化繊維が、前記樹脂層に貫入して接合していることを特徴とする請求項1に記載の多層成形品に関する。
前記繊維強化プラスチック成形体に含まれる熱可塑性樹脂がポリエーテルイミド樹脂であり、前記樹脂層がポリカーボネート樹脂である請求項1〜3のいずれか1項に記載の多層成形品。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下において、本発明について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は「〜」前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0012】
(多層成形品)
本発明の一実施形態は、熱可塑性樹脂と強化繊維を含む繊維強化プラスチック成形体と、前記繊維強化プラスチック成形体の少なくとも一つの面に、熱可塑性樹脂からなる樹脂層を有する多層成形品である。また、繊維強化プラスチック成形体に含まれる強化繊維は、前記繊維強化プラスチック成形体の中心面とほぼ平行である。
【0013】
「繊維強化プラスチック成形体の中心面」とは、以下の通り求める(
図1参照)。まず、加熱加圧成形後の繊維強化プラスチック成形体(10)について、強化繊維配向方向(
図1(a)のB−B’線)を切り出した。加熱加圧成形後の繊維強化プラスチック成形体(10)の表面は、拡大すると強化繊維配向方向(
図1(b))に示すような凸凹があるので、凸凹の平均値から表面平均線(30、40)を求める。この表面平均線(30、40)の中間の線が中心線(50)となる。次に、もう一つの強化繊維配向方向(
図1(a)のC−C’線)を切り出し、同様にして、表面平均線及び中心線を求める。最後に、B−B’線断面の中心線と、C−C’線断面の中心線から繊維強化プラスチック成形体の中心面が求められる。
【0014】
また、「中心面とほぼ平行」とは、繊維強化プラスチック成形体の中心面と強化繊維がなす角が±20°以内に配向することを意味する。すなわち、本発明の繊維強化プラスチック成形体においては、強化繊維の全本数のうち80%以上が、繊維強化プラスチック成形体の表面となす角度が±20°以内となるように配向していることを特徴とする。
【0015】
これにより、本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体の強化繊維が中心面とほぼ平行になるよう繊維配向を制御しているので、多層成形品の成形時に、強化繊維が樹脂層を貫通することがない。これに対し、例えば、強化繊維が中心面に対し垂直方向に配向していると、多層成形品の成形時に、強化繊維が樹脂層を貫通してしまう可能性がある。
従って、本発明の一実施形態では、例えば、多層成形品に塗工をする際、塗料に含まれる溶剤が繊維強化プラスチック成形体に浸みこむのを、樹脂層により防止され、表面の膨れを抑えることができる。
【0016】
本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体の強化繊維が中心面とほぼ平行になるよう繊維配向を制御しているので、繊維強化プラスチック成形体の表面が繊維配向を制御していないものに比べ、表面が平滑である。そのため、繊維強化プラスチック成形体と樹脂層との接合面が大きくなり、接合性が良くなる。
【0017】
また、本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体の強化繊維が中心面とほぼ平行になるよう繊維配向を制御しているので、高い曲げ強度を有する。
【0018】
なお、繊維強化プラスチック成形体の第1方向の曲げ強度と、第1方向に直交する第2方向の曲げ強度の強度比は概ね3〜5以上に調整することができる。なお、第1方向とは、繊維強化プラスチック成形体用における強化繊維の配向方向をいい、第2方向とは、強化繊維の配向方向に直交する方向をいう。ここで、第1方向はMD方向であり、第2方向はCD方向であることが好ましい。これにより、特定方向の曲げ強度が十分に高められた多層成形品が得られる。また、強化繊維が一方向に配向しているため、表面にツヤがある意匠性の高い多層成形品が得られる。
【0019】
本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体に含まれる強化繊維が、樹脂層の一部に貫入して接合している。これにより、繊維強化プラスチック成形体と樹脂層の接合性を向上させることができる。
【0020】
本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体に含まれる熱可塑性樹脂と、樹脂層の熱可塑性樹脂の組成が異なるものである。異なる樹脂を接合する場合は、接合面の接合性が低くなるが、本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体に含まれる強化繊維が樹脂層の一部に貫入するため、所望の接合面の接合性が得られる。
【0021】
本発明の一実施形態によると、繊維強化プラスチック成形体に含まれる熱可塑性樹脂がポリエーテルイミド樹脂であり、樹脂層がポリカーボネート樹脂である。これにより、2種類の樹脂の特性を生かすことができる。例えば、樹脂層がポリカーボネート樹脂のため、アウトサート成形に好ましく用いられるポリカーボネート樹脂との接合性が高まり、多層成形品の加工性が高まる。また、繊維強化プラスチック成形体がポリエーテルイミド樹脂であるので、多層成形品の難燃性も維持され、加工性と難燃性を有する多層成形品を得ることができる。
【0022】
本発明の一実施形態によると、樹脂層の多層成形品に対する質量比が5%以上である。これにより、多層成形品の塗工によって発生する膨れを防止することができる。
【0023】
<繊維強化プラスチック成形体>
繊維強化プラスチック成形体用は、後述する繊維強化プラスチック成形用シートを加熱加圧することで得られる。繊維強化プラスチック成形体用シートは、1枚単独、或いは所望の厚さとなるように積層して熱プレスで加熱加圧成形したり、あらかじめ赤外線ヒーター等で予熱し、金型によって加熱加圧成形することができる。このように、一般的な繊維強化プラスチック成形体用シートの加熱加圧成形方法を用いて加工することができる。
【0024】
繊維強化プラスチック成形体用シートから繊維強化プラスチック成形体を成形する際には、繊維強化プラスチック成形体用シートを、熱可塑性樹脂繊維のビカット軟化温度以上の温度で加熱加圧成形することが好ましい。具体的には、繊維強化プラスチック成形体用シートを、温度がビカット軟化温度−50℃〜ビカット軟化温度+250℃、圧力が3〜40MPaとなるようにして、加熱加圧成形することが好ましい。なお、加熱温度は、熱可塑性樹脂が流動する温度であって強化繊維は溶融しない温度帯であることが好ましい。
以下に、繊維強化プラスチック成形体用シート及びその構成要素について記載する。
【0025】
−繊維強化プラスチック成形体用シート−
繊維強化プラスチック成形用シートは、強化繊維と、熱可塑性樹脂を含む。なお、必要に応じて、バインダー成分を含んでもよい。そして、本発明の一実施形態では、強化繊維は、繊維強化プラスチック成形体用シートの中心面とほぼ平行に配向している。なお、繊維強化プラスチック成形体用シートの強化繊維の配向は、繊維強化プラスチック成形体の強化繊維の配向とほぼ同様であるため、本発明では、繊維強化プラスチック成形体で繊維配向を評価している。
【0026】
−強化繊維−
強化繊維は、ガラス繊維、炭素繊維及びアラミド繊維から選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。これらの強化繊維は、1種のみを使用してもよく、複数種を使用してもよい。また、PBO(ポリパラフェニレンベンズオキサゾール)繊維等の耐熱性に優れた有機繊維を含有していてもよい。
【0027】
強化繊維として、例えば、炭素繊維やガラス繊維等の無機繊維を使用した場合、繊維強化プラスチック成形体用シートに含まれる熱可塑性樹脂繊維の軟化温度で加熱加圧処理することにより繊維強化プラスチック成形体を形成することが可能となる。
また、強化繊維として、アラミド繊維等の高耐熱性・高強度の有機繊維を使用した場合は、高度な平滑性の要求される精密な研磨用の機器に適する繊維強化プラスチック成形体用シートを得ることができる。アラミド等の有機繊維を強化繊維として含有する繊維強化プラスチック成形体用シートから形成される繊維強化プラスチック成形体は、一般的に強化繊維として無機繊維を使用した繊維強化プラスチック成形体用シートから形成される成形体よりも耐摩耗性に優れる。また、擦過等によって繊維強化プラスチック成形体の一部が削り取られたとしても、その削り粕が無機繊維よりも柔らかいので、被研磨物を傷つけるおそれが少ない。
【0028】
強化繊維の繊維長は、6〜60mmであることが好ましく、8〜30mmであることがよりこのましく、10〜20mmであることがさらに好ましい。強化繊維の繊維長を上記範囲内とすることにより、繊維強化プラスチック成形体用シートから強化繊維が脱落することを抑制することができ、かつ、曲げ強度に優れた繊維強化プラスチック成形体を形成することが可能となる。また、強化繊維の繊維長を上記範囲内とすることにより、強化繊維の分散性を良好にすることができる。これにより、加熱加圧成形後の繊維強化プラスチック成形体は高い曲げ強度と外観を有する。
【0029】
なお、強化繊維の繊維径は、特に限定されないが、一般的には炭素繊維、ガラス繊維共に繊維径が5〜25μm程度の繊維が好適に使用される。
【0030】
−熱可塑性樹脂−
熱可塑性樹脂は、熱可塑性樹脂繊維を含む。本明細書中、「熱可塑性樹脂繊維」とは、熱可塑性樹脂のうち繊維状のもののことを言う。熱可塑性樹脂は、さらに、熱可塑性樹脂繊維以外の熱可塑性樹脂を含んでいてもよい。熱可塑性樹脂としては、粉末やペレット、フレーク状、粒子状のもの、もしくは繊維状のものを用いることができる。この中でも、ウエブのハンドリング性や歩留まりを向上させる観点、ならびに、軟化した熱可塑性樹脂と強化繊維とを十分に絡ませ、曲げ強度と剛性を向上させる観点からは、繊維状のものが好ましい。熱可塑性樹脂繊維は、加熱加圧処理時に、熱可塑性樹脂、あるいは、繊維成分の交点に結着点を形成する。このような熱可塑性樹脂繊維を用いた不織布状の繊維強化プラスチック成形体用シートは、熱硬化性樹脂を使用したシートに比べて、オートクレーブ処理が不要で、加工する際の加熱加圧成形時間が短時間ですみ、生産性を高めることができる。
【0031】
熱可塑性樹脂繊維としては、ポリカーボネート(PC)、ポリアミド、ポリオレフィン(PO)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)等を例示することができる。なお、熱可塑性樹脂繊維としては、これらの繊維を単独で用いてもよく、これらの共重合体を用いてもよい。中でも、入手容易性とコスト、及び高い曲げ強度の繊維強化プラスチック成形体を得る観点から、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリオレフィン、ポリエーテルイミド及びそれらの共重合体から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましく、特に、耐衝撃性の点でポリカーボネートを用いることが好ましい。
【0032】
熱可塑性樹脂繊維の繊維長は、2〜60mmであることが好ましく、5〜40mmであることがより好ましく、10〜25mmであることがさらに好ましい。熱可塑性樹脂繊維の繊維長を上記範囲内とすることにより、繊維強化プラスチック成形体用シートから熱可塑性樹脂繊維が脱落することを抑制することができ、ハンドリング性に優れた繊維強化プラスチック成形体用シートを得ることができる。また、熱可塑性樹脂繊維の繊維長を上記範囲内とすることにより、熱可塑性樹脂繊維の分散性を良好にすることができるため、曲げ強度に優れた繊維強化プラスチック成形体を形成することが可能となる。これにより、加熱加圧成形後の繊維強化プラスチック成形体は高い曲げ強度と意匠性に優れた外観を有する。
【0033】
熱可塑性樹脂繊維は、一定の長さにカットされたチョップドストランドであることが好ましい。熱可塑性樹脂繊維は、このような形態であることにより、繊維強化プラスチック成形体用シート中に均一に混合することができる。また、繊維の断面形状は円形に限定されず、楕円形等、異形断面のものも使用できる。
【0034】
−強化繊維と熱可塑性樹脂の配合比−
本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートにおいて、強化繊維と熱可塑性樹脂繊維の質量比は10:90〜80:20であることが好ましく、20:80〜70:30であることがより好ましく、30:70〜70:30であることがさらに好ましい。強化繊維と熱可塑性樹脂繊維の質量比を上記範囲内とすることにより、軽量であり、かつ高い曲げ強度の繊維強化プラスチック成形体を得ることができる。
【0035】
−バインダー成分−
バインダー成分は、繊維同士を結着して繊維の脱落を抑制する機能を有する。本発明において、繊維強化プラスチック成形体用シートに含有されるバインダーとしては、一般的に不織布製造に使用されるアクリル樹脂、スチレン−アクリル樹脂、ポリエステル樹脂、変性ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、EVA樹脂、ウレタン樹脂、PVA樹脂等が使用できる。なお、これらのバインダー成分は、1種類を単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
また、これらの樹脂は、繊維形状或いは粒子形状にして、上記の強化繊維・熱可塑性樹脂繊維と混合し、湿式抄紙することもできるし、エマルジョンや水溶液にして、ウエブにスプレー若しくは含浸法によって付与することもできる。
この中でも、バインダー成分は、熱可塑性樹脂が加熱加圧成形で軟化する際に、その樹脂と相溶する樹脂成分であることが特に好ましい。このような樹脂成分をバインダーとした場合、加熱加圧成形後、熱可塑性樹脂とバインダー樹脂の間に界面が存在せず一体化するため高い曲げ強度となる。さらにバインダー成分に起因する熱可塑性樹脂のビカット軟化温度の低下が少ないという特徴を持つ。
【0036】
−繊維形状−
本発明で用いる熱可塑性樹脂繊維、強化繊維、バインダー繊維は、一定の長さにカットされたチョップドストランドであることが好ましい。また、繊維の断面形状は円形に限定されず、楕円形等、異形断面のものも使用できる。このような形態とすることにより、繊維強化プラスチック成形体用シート中で、各種繊維を均一に混合することができる。また、多層成形品の生産効率を高めることができる。
【0037】
<樹脂層>
樹脂層は、熱可塑性樹脂を含む。樹脂層に用いられる熱可塑性樹脂としては特に制限はない。樹脂層に用いられる熱可塑性樹脂の例としては、繊維強化プラスチック成形体の熱可塑性樹脂として用いられる熱可塑性樹脂繊維の熱可塑性樹脂の例と同じである。なお、樹脂層に用いられる熱可塑性樹脂としては、これらの熱可塑性樹脂を単独で用いてもよく、これらの共重合体を用いてもよい。中でも、入手容易性とコストの観点から、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリオレフィン、ポリエーテルイミド及びそれらの共重合体から選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましく、特に、耐衝撃性の点でポリカーボネートを用いることが好ましい。本発明の樹脂層は、通常のプラスチックの製造に使用される任意の成形法、例えば、射出成形、中空成形、押出成形、真空成形等によって成形される。また、熱可塑性樹脂を繊維化して乾式不織布法又は湿式不織布法でシート化後、熱プレス成形したものでもよい。さらに、市販の熱可塑性樹脂のフィルム、織物、編み物でもよい。
【0038】
(多層成形品用シート)
熱可塑性樹脂繊維と強化繊維を含む繊維強化プラスチック成形体用シートと、繊維強化プラスチック成形体用シートの少なくとも一つの面に、熱可塑性樹脂からなる樹脂層を有する多層成形品用シートであって、繊維強化プラスチック成形体用シートを加熱加圧して得られた繊維強化プラスチック成形体において、強化繊維は、繊維強化プラスチック成形体の中心面とほぼ平行である。
【0039】
(多層成形品の製造方法)
−繊維強化プラスチック成形体用シートの製造方法−
本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートの製造工程は、強化繊維と、熱可塑性樹脂繊維を含む熱可塑性樹脂と、必要に応じてバインダー成分とを混合し、湿式不織布法によって繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程を含む。
【0040】
また、本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する方法は、溶媒中に繊維を分散させた繊維スラリーから溶媒を除去してウエブを製造する湿式不織布法であることが好ましい。以下、湿式不織布法の好ましい条件について説明する。
湿式不織布法にて円網抄紙機を用いて抄紙を行う場合、円網抄紙機の円網の直径は50cm以上であることが好ましい。円網抄紙機の円網の直径を上記範囲とすることにより、80%以上の強化繊維を繊維強化プラスチック成形体の中心面とほぼ平行となるように配向させることが可能となる。
【0041】
円網抄紙機を用いて抄紙を行う場合の抄造速度は、3m/min以上であることが好ましく、5m/min以上であることがより好ましく、10m/min以上であることがさらに好ましい。抄造速度を上記範囲とすることにより、80%以上の強化繊維を繊維強化プラスチック成形体の中心面とほぼ平行となるように配向させることが可能となる。
【0042】
また、繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程では、円網抄紙機の他に、長網抄紙機又は傾斜ワイヤー抄紙機を用いてもよい。すなわち、本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートの製造工程において、繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程は、長網抄紙機又は傾斜ワイヤー抄紙機を用いて抄紙する工程を含むものであってもよい。ここで、長網抄紙機又は傾斜ワイヤー抄紙機を用いて抄紙する工程では、長網抄紙機又は傾斜ワイヤー抄紙機のワイヤーは、ジェットワイヤー比が0.98以下となるように走行することが好ましい。
ここで、ジェットワイヤー比とは、繊維のスラリー液のインレット内における流速とワイヤー走行速度の比であり、繊維のスラリー液のインレット内の流速/ワイヤー走行速度で表される。傾斜ワイヤー抄紙機では一般に、繊維のスラリー液の流速は白水循環量の調整によって行われる。ジェットワイヤー比が1よりも大きい場合は、繊維のスラリー液の供給速度がワイヤーの走行速度よりも速く、この場合を「押し地合」という。また、ジェットワイヤー比が1よりも小さい場合は、繊維のスラリー液の供給速度はワイヤーの走行速度よりも遅く、この場合を「引き地合」という。
上述のジェットワイヤー比が0.98以下となる状態は、「引き地合」の場合である。このような場合、繊維強化プラスチック成形体の中心面と強化繊維がなす角が±20°以内に配向させることが可能となる。
なお、繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程は、長網抄紙機又は傾斜ワイヤー抄紙機を用いて抄紙する工程を含むものであることが好ましく、傾斜ワイヤー抄紙機を用いて抄紙する工程を含むものであることが、繊維分散性の観点からより好ましい。
【0043】
本発明の一実施形態では、製造方法において、ジェットワイヤー比を調整することで、繊維を特定方向に配向させ、その方向への曲げ強度をより高めることができる。繊維を特定方向に配向させるためには、ジェットワイヤー比を小さくすればよい。すなわち、ジェットワイヤー比を0.75以下とすることで、繊維強化プラスチック成形体のMD方向の曲げ強度と、CD方向の曲げ強度の強度比は概ね3〜5以上に調整することも可能である。このように、本発明の製造方法では、ジェットワイヤー比を上記範囲とすることにより、強化繊維を特定の方向に配向させ、特定方向への曲げ強度と耐衝撃性をより高めることができる。
尚、このようにジェットワイヤー比を小さくする場合、傾斜ワイヤー抄紙機においては通常、白水循環量を少なくすることでインレット内の流速を遅くしつつ、抄速を速くする方向で抄造条件を調整する。この場合、あまりに白水循環量が少ないとインレット内における繊維分散性が悪化する傾向となるが、インレット内の液面の高さを可能な限り高くすることで、白水循環量を維持しつつ流速を遅くし、ジェットワイヤー比を小さくすることができる。
【0044】
さらに、繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程では、バインダー成分を含む溶液又はバインダー成分を含むエマルジョンを不織布シートに内添、塗布又は含浸させ、加熱乾燥させる工程を含むことが好ましい。すなわち、繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程は、湿式不織布法で繊維強化プラスチック成形体用シートを製造する工程と、バインダー成分を含む溶液等を不織布シートに内添、塗布又は含浸させる工程を含むことが好ましい。さらに、内添、塗布又は含浸後には、加熱乾燥させる工程を含む。このような工程を設けることにより、繊維強化プラスチック成形体用シートの表面繊維の飛散、毛羽立ちや脱落を抑制することができ、ハンドリング性に優れた繊維強化プラスチック成形体用シートを得ることができる。
【0045】
本発明の一実施形態では、多層成形品用シートを加熱加圧して得られる。これにより、
繊維強化プラスチック成形体用シートのシート密度が低い状態で加熱加圧するため、繊維強化プラスチック成形体用シートの面上の樹脂層が繊維強化プラスチック成形体用シートに貫入して接合するため、接合性が高くなる。
【0046】
加熱加圧の条件としては、特に限定されないが、熱可塑性樹脂が僅かに溶解または流動して接着できれば良い。例えば、ポリカーボネートを熱可塑性樹脂として含む場合は150〜200℃の範囲で軽く熱プレスするのが好ましい。
【実施例】
【0047】
以下に実施例と比較例を挙げて本発明の特徴をさらに具体的に説明する。以下の実施例に示す材料、使用量、割合、処理内容、処理手順等は、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0048】
(実施例1)
炭素繊維(東邦テナックス社製「HTC110」、カット長13mm)を水中に投入し、分散剤として予め0.6質量%濃度となるように溶解した商品名「エマノーン3199」(花王社製)を、固形分添加量として炭素繊維に対し1.0質量%となるように添加し、更に水を加えて炭素繊維スラリー濃度が0.5質量%となるように希釈した。更に、該スラリーをパルパーにて3分間攪拌し、炭素繊維を分散させた。
得られた炭素繊維スラリーを別容器に流送し、熱可塑性樹脂繊維であるポリカーボネート樹脂繊維(ダイワボウポリテックス社製、繊維径30μm、繊維長12mm)及び、バインダーである繊維状PVA(クラレ社製「VPB―105―2」)を、下記の質量比となるよう計量し、投入した。
炭素繊維/ポリカーボネート繊維/繊維状PVA=45/53/2
更に、このスラリーに、繊維スラリー濃度として0.5%となるよう水を投入し、攪拌し、繊維を混合・分散させた。
【0049】
この繊維スラリーを傾斜ワイヤーマシン(傾斜型抄紙機)に連続的に流送し、ウエットウエブを成形した。その後、当該抄紙機に備えられたヤンキードライヤー及び熱風ドライヤーを用いて140℃で加熱乾燥させることで坪量235g/m
2の繊維強化プラスチック成形体用シートを得た。なお、傾斜ワイヤーマシンに繊維スラリーを流送し、ウエットウエブを成形する際、アニオン性ポリアクリルアミド系増粘剤「スミフロック」(MTアクアポリマー社製)の水溶液を適宜添加し、スラリー粘度を1cps〜5cpsの範囲(B型粘度計測定)で調整しながら抄造した。また、白水循環流量、及び抄速を制御することにより、ジェットワイヤー比を0.98に調整し、抄造した。
得られた各繊維強化プラスチック成形体用シートを2枚重ねて、更に樹脂層として厚さ100μm(目付け120g/m
2)のポリカーボネートフィルム(東レ社製)を積層した。そして、その積層品を厚さ2mmのステンレス鋼版で上下を挟み、当該積層品の両サイドに590μm厚×15mm幅×200mm長のステンレス板をスペーサーとして配した。そして220℃、10MPaの熱プレスで5分間加熱加圧し、10MPaの圧をかけたまま70℃まで冷却することで、厚さが590μm、ポリカーボネート樹脂層の多層成形品に対する質量比率が20%であり、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
尚、前記2mm厚のステンレス鋼板は、JIS G4305 #400に準拠した表面仕上げを行った後、剥離剤としてフレコートFC55(HENKEL社製)を塗布したものである。
【0050】
(実施例2)
炭素繊維を、ガラス繊維(オーウエンスコーニング社製「CS13−JAJP195」、繊維長13mm、繊維径10μm)に変更した以外は実施例1と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0051】
(実施例3)
ポリカーボネート繊維をポリエーテルイミド繊維(クラレ社製 2.2dtex×12mm)に変更し、加熱加圧温度を300℃に変更した以外は、実施例1と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0052】
(実施例4)
抄造時のジェットワイヤー比を0.5に変更することにより、MD方向への繊維配向を高めた以外は、実施例3と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0053】
(実施例5)
樹脂層となるポリカーボネートフィルムの厚さを38μm(目付け 45.6g/m
2)に変更することでポリカーボネート樹脂層の多層成形品に対する質量比率を8.8%とし、スペーサーの厚さを516μmに変更することで、多層成形品の厚さを516μmとなるようにした以外は、実施例3と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0054】
(実施例6)
樹脂層となるポリカーボネートフィルムの厚さを11μm(目付け 13.2g/m
2)に変更することでポリカーボネート樹脂層の多層成形品に対する質量比率を2.7%とし、スペーサーの厚さを483μmに変更することで多層成形品の厚さを483μmとした以外は、実施例3と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0055】
(比較例1)
加熱加圧成形時にポリカーボネートフィルムを積層せず、繊維強化プラスチック成形品用シートを2枚重ね、スペーサーの厚さを470μmに変更することで、多層成形品の厚さを470μmとした以外は、実施例1と同様にして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0056】
(比較例2)
炭素繊維(東邦テナックス社製「HTC110」、カット長13mm)と、ポリカーボネート(PC)樹脂繊維(ダイワボウポリテックス社製、繊維径30μm、繊維長12mm)と、バインダーとして繊維状PVA(クラレ社製「VPB−105−2」)を用いて、これらの原料配合比が下記の質量比である坪量235g/m
2の繊維強化プラスチック成形品用シートを、エアレイド法によって製造した。
炭素繊維/ポリカーボネート繊維/繊維状PVA=45/53/2
得られたプラスチック成形品用シートを用いて、実施例1と同様に加熱加圧処理をして、密度が1.00g/cm
3である多層成形品を得た。
【0057】
(比較例3)
実施例3において、繊維強化プラスチック成形品用シートを得る際に、炭素繊維を使用せず、ポリエーテルイミド繊維と繊維状PVAを下記の質量比となるように変更した以外は、実施例3と同様にして多層成形品を得た。
ポリカーボネート繊維/繊維状PVA=98/2
【0058】
[評価]
(繊維配向の測定)
繊維配向は、以下の通り強化繊維の方向性を評価することで行った。
まず、加熱加圧成形後の繊維強化プラスチック成形体について、MD方向の断面(
図1(a)のB−B’線)を切り出した。MD方向の断面のイメージ図は
図1(b)に示した。この断面の強化繊維を、三次元計測X線CT装置(ヤマト科学社製:商品名「TDM1000−IS/SP」)で撮影し、三次元ボリュームレンダリングソフト(NVS社製:「VG−Studio MAX」)にて断面の画像を得た。そして、得られた断面画像について、Z軸方向に任意に10本の10μmのライン∨を引き、そのラインに接して見える繊維全てについて、ラインVに垂直に引いたラインH(点線)と強化繊維がなす角度を測定した。測定した繊維の本数は100〜130本程度とした。そして、測定した強化繊維の全本数に対する、繊維強化プラスチック成形体となす角度が±20°以内である繊維の占める繊維本数の割合を表1に示した。この割合が多いほうが、繊維強化プラスチック成形体に対して平行な繊維配合が多いこととなる。
なお、
図1(b)において、θ
1は、強化繊維と繊維強化プラスチック成形体となす角度が±20°以内であり、θ
2は、強化繊維と繊維強化プラスチック成形体となす角度が±20°の範囲を超えている。
この角度が20°以内である繊維の個数比率を繊維配向とし、表1に記載した。
尚、この方法によれば、
図2に示すとおりXY方向に50〜100μm程度の範囲で繊維配向を評価することができる。
図3に示すとおり、多層成形品が曲面形状に加工されていたとしても、このような狭い範囲で曲面加工することは困難であるため、この方法によれば、曲面形状に加工されていたとしても多層成形品の繊維配向性を適切に評価することができる。
【0059】
(曲げ強度の測定)
得られた多層成形品を、JIS K 7074「炭素繊維強化プラスチックの曲げ試験方法」に従って、繊維の配向方向(マシンディレクション、以下MDとする)及び繊維の配向と直角方向(クロスディレクション、以下CDとする)について測定した。MD方向及びCD方向の曲げ強度、MD方向とCD方向の曲げ強度比及び、下式にて求めた曲げ強度の相乗平均値を表1に示した。
曲げ強度の相乗平均値=√(MD方向強度×CD方向強度)
【0060】
(膨れの評価)
得られた多層成形品の表面に、トルエンをスポイトを用いて0.05g滴下し、3秒後に拭き取った。そして、トルエン滴下部分の膨れが全く観察されないものはA、膨れが僅かに確認されるが膨れ発生部の境界がはっきりせず直径を測定できないものをB、膨れが明らかに観察され、ノギスで測定した場合の直径が20mm以上のものはCとして評価し、表1に示した。
【0061】
(接合面の接合性)
JAPAN TAPPI No.18に準拠した方法で多層成形品のZ軸方向引張強さを測定した後の測定片において、剥離面全面が繊維強化プラスチック成形体層内で破壊が発生したものをA、剥離面の90%以上が繊維強化プラスチック成形体層内で剥離が発生したものをB、剥離面全面において繊維強化プラスチック成形体と樹脂層の接合面が剥離したものをCとして評価し、表1に示した。
尚、この方法は多層成形品の両表面に両面粘着テープで2個の金属ブロックを接着し、この金属ブロックを引張試験機に取り付け、引張試験を行う方法である。接合面の接合性が高い場合は、樹脂層が剥離しないため繊維強化プラスチック成形体層が破壊されて破断し、接合面の接合性が低い場合は接合面が剥離する。
【0062】
【表1】
【0063】
表1に示したとおり、本発明による多層成形品は、いずれもトルエン滴下部分の膨れ発生がなく、接合面の接合性も高い。また、接合面の接合性も高い。更に、ジェットワイヤー比を0.5に設定した実施例4は、特にMD方向の曲げ強度が高まっている。
一方、樹脂層を有さない比較例1ではトルエン滴下部分の膨れが激しい。
また、上述した方法で測定した繊維配向が20°以内である繊維が少なく、繊維強化プラスチック成形体に対する角度が平行となっていない繊維が多い比較例2においても、同様にトルエン滴下部分の膨れが激しい。
更に、強化繊維を含有しない比較例3においては、曲げ強度が低い上、樹脂層とプラスチック成形体層の剥離強度が非常に弱く、実用にならなかった。