特開2015-219026(P2015-219026A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-219026(P2015-219026A)
(43)【公開日】2015年12月7日
(54)【発明の名称】光音響分光方法および光音響分光装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/00 20060101AFI20151110BHJP
【FI】
   G01N29/00 501
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-100295(P2014-100295)
(22)【出願日】2014年5月14日
(71)【出願人】
【識別番号】000002004
【氏名又は名称】昭和電工株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(74)【代理人】
【識別番号】100163496
【弁理士】
【氏名又は名称】荒 則彦
(74)【代理人】
【識別番号】100146879
【弁理士】
【氏名又は名称】三國 修
(72)【発明者】
【氏名】大谷 文章
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 舞
(72)【発明者】
【氏名】新田 明央
(72)【発明者】
【氏名】黒田 靖
【テーマコード(参考)】
2G047
【Fターム(参考)】
2G047AA05
2G047BC11
2G047CA04
2G047GD02
(57)【要約】
【課題】少量の試料で、簡便かつ高精度に電子トラップの深さの密度分布を測定できる光音響分光方法および光音響分光装置を得ることを目的とする。
【解決手段】本発明の光音響分光方法は、電子供与体が存在する雰囲気4下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長で断続的な断続光2とを、試料3に照射し、前記試料3からの光音響信号を検出することを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子供与体が存在する雰囲気下で、
波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長で断続的な断続光とを、試料に照射し、
前記試料からの光音響信号を検出することを特徴とする光音響分光方法。
【請求項2】
前記試料が、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛、チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする請求項1に記載の光音響分光方法。
【請求項3】
前記電子供与体が、メタノール、トリメチルアミン、トリエタノールアミンからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の光音響分光方法。
【請求項4】
波長を可視光波長の長波長側から短波長側へ変化させながら連続的に出射する連続光源と、
一定波長の光を断続的に出射する断続光源と、
試料を電子供与体が存在する雰囲気で密閉する密閉セルと、
試料からの光音響信号を検出するマイクロフォンとを備えることを特徴とする光音響分光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光音響分光方法および光音響分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、高感度マイクロフォンの開発をはじめとするエレクトロニクスの進化とともに、光音響分光法(Photoacoustic spectroscopy:PAS)に注目が集まっている。光音響分光法は、試料に断続光を照射し、試料内に生じた周期的な熱発生・放出により生じる体積変化を音波として検出する方法である。試料の熱発生・放出は、光吸収した試料が脱励起する際に生じる。また、熱発生・放出により生じる体積変化は、試料が熱により膨張または収縮することで発生する。
この試料から発生される音波を検出することで、試料の吸収スペクトル等の様々な情報を測定することができる。このような光音響分光法は、光散乱等の影響を受けないため、粉末試料や生体試料も測定することができる。
【0003】
しかし、光音響分光法は経時的に変化しない試料の情報を得ることができるが、光反応に伴う試料の経時的な変化の情報を得ることはできなかった。例えば、光触媒等が光反応を生じる際における光吸収の変化等を測定することができなかった。
そこで、発明者らは光音響分光法を応用し、二重励起光音響分光法(Double−beam PAS:DB−PAS)を開発した(非特許文献1)。この方法は、光反応を生じさせる波長の光を連続的に照射しながら、断続的な光を照射することで、光反応に伴う試料の経時的な変化の情報を得るものである。試料に照射される連続光は、例えば300nm〜400nmの高エネルギーの光であり、この光が照射されることで光触媒等の光反応が進行する。一方で、断続光は波長を変化させながら断続的に試料に照射される。連続光は紫外線照射による光触媒反応を進めるが、断続光による可視光波長での光反応には影響を及ぼさない。したがって、二重励起光音響分光法における光音響信号は、断続的な光によってのみ生じ、連続的な光の影響を受けない。つまり、二重励起光音響分光法では、連続光の波長での光反応に伴う経時的な試料の変化を測定することができる。
【0004】
また、二重励起光音響分光法を用いると、例えば光触媒物質における電子トラップの総密度を測定することができる。電子トラップの総密度を二重励起光音響分光法で測定する具体的な方法について説明する。
ここで、電子トラップは、励起された電子がトラップされる準位を意味する。すなわち、価電子帯と伝導帯との間に存在する準位であり、このような電子トラップは、結晶格子欠陥に起因する準位であると考えらえている。そのため、電子トラップの総密度を測定することは、物質としては結晶格子欠陥の密度を意味する。
二重励起光音響分光法では、この電子トラップを試料内の価数の異なる原子として測定する。
【0005】
試料として酸化チタン、電子供与体としてメタノール蒸気を用いる場合を例に具体的に説明する。酸化チタンに光が照射されると、光反応により電子と正孔が発生する。通常、この電子と正孔は再結合するが、系内に加えた電子供与体であるメタノール蒸気と正孔は不可逆的に反応する。そのため、行き場を失った電子は、結晶格子欠陥(エネルギー的には電子トラップ)に捕捉される。捕捉された電子は、酸化チタン中の四価のチタンイオンを三価のチタンイオンに変える。この反応は電子トラップに捕捉されて生じるため、三価のチタンイオンを測定することで物質における電子トラップの総密度を測定することができる。そこで、二重励起音響分光法では、三価のチタンイオンが吸収する光を断続的に照射することで、電子トラップの総密度を測定することができる。
【0006】
この電子トラップの総密度、すなわち結晶格子欠陥密度を測定できることは、以下のような意味がある。
光触媒反応は広範囲の応用が進められているが、その作用の詳細については不明な点が多い。特に反応速度論については不明な点が多く、励起された電子と正孔の再結合等が主な要因であると考えられている。この励起された電子と正孔の再結合は、主に結晶格子欠陥で生じると考えられているため、この結晶格子欠陥を定性的および定量的に評価できることは、光触媒反応の理解に大いに意味がある。
【0007】
一方、発明者らの鋭意検討の結果、光触媒反応を十分に理解するためには、電子トラップの総量(総密度)のみではなく、電子トラップの深さも重要であることが分かった。電子トラップの深さとは、励起された電子がトラップされる準位の深さを意味する。
図1に示すように、伝導帯Bおよび価電子帯Bの間に、励起された電子がトラップされる準位(電子トラップ)が複数ある。これらの電子トラップの深さは、伝導帯Bに近い浅い電子トラップTと、伝導帯Bから遠い深い電子トラップTに大別される。
伝導帯Bに近く比較的に浅い電子トラップTに、励起された電子がトラップされた場合、この励起された電子は熱等のより伝導体Bへ容易にホッピングすることができる。一方、伝導帯Bから遠く比較的に深い電子トラップTに励起された電子がトラップされた場合、この励起された電子は伝導帯Bやその他の準位へホッピングすることが難しく、正孔との再結合が生じる。
そのため、電子トラップの浅い電子トラップTの密度が高く、深い電子トラップTの密度が低いものは高活性な物質となる。つまり、物質における電子トラップの深さの密度分布を知ることが、物質の活性度を評価する指標となる。
また、このような励起された電子がトラップされる準位の密度は、色素増感型太陽電池における色素から負極への電子注入特性や、燃料電池における電極材料の指標としても有用である。
【0008】
しかしながら、電子トラップの深さの密度分布は、二重励起光音響分光法では得ることができなかった。
この電子トラップの深さの密度分布を得る手段として、光化学法によるエネルギー分解測定法が知られている(非特許文献2)。
この方法は、無酸素下で光触媒物質の水懸濁液に紫外光を照射し、この水懸濁液にメチルビオロゲン溶液を加えることで、光触媒物質からメチルビオロゲンへの電子移動を分光測定する。このメチルビオロゲン溶液を加えた水懸濁液のpHを調整することで、電子トラップの深さを測定することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ohtani,B.et al.J.Phys.Chem.C 2007,111,11927−11935.
【非特許文献2】Ikeda, S.; Sugiyama, N.; Murakami, S.-y.; Kominami, H.; Kera, Y.; Noguchi, H.; Uosaki, K.; Torimoto, T.; Ohtani, B. Phys. Chem. Chem. Phys. 2003, 5, 778-783.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、非特許文献2の方法は、多量の試料と長時間の光照射が必要であった。また無酸素下で処理する必要があり、グローブボックス内での慎重な実験操作が必要であった。さらに、エネルギー分解能を向上するためには、多数の実験を繰り返す必要があった。これらの課題により、実用的に利用することができなかった。
【0011】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、少量の試料で、簡便かつ高精度に電子トラップの深さの密度分布を測定できる光音響分光方法および光音響分光装置を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、電子供与体が存在する雰囲気下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長で断続的な断続光とを、試料に照射し、前記試料からの光音響信号を検出することで、非常に簡便に電子トラップの深さの密度分布を測定することができることを見出した。
すなわち、本発明は以下に示す構成を備えるものである。
【0013】
〔1〕電子供与体が存在する雰囲気下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長で断続的な断続光とを、試料に照射し、前記試料からの光音響信号を検出することを特徴とする光音響分光方法。
〔2〕前記試料が、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛,チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする〔1〕に記載の光音響分光方法。
〔3〕前記電子供与体が、メタノール、トリメチルアミン,トリエタノールアミンからなる群から選択された少なくとも一種であることを特徴とする〔1〕または〔2〕のいずれかに記載の光音響分光方法。
〔4〕波長を近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ変化させながら連続的に出射する連続光源と、一定波長の光を断続的に出射する断続光源と、試料を電子供与体が存在する雰囲気で密閉する密閉セルと、試料からの光音響信号を検出するマイクロフォンとを備えることを特徴とする光音響分光装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明の一態様に係る光音響分光方法においては、電子供与体が存在する雰囲気下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光と、一定波長で断続的な断続光とを、試料に照射し、前記試料からの光音響信号を検出することにより、少量の試料で、簡便かつ高精度に電子トラップの深さの密度分布を測定することができる。
【0015】
本発明の一態様に係る光音響分光装置においては、波長を近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ変化させながら連続的に出射する連続光源と、一定波長の光を断続的に出射する断続光源と、試料を電子供与体が存在する雰囲気で密閉する密閉セルと、試料からの光音響信号を検出するマイクロフォンとを備えることで、少量の試料で、簡便かつ高精度に電子トラップの深さの密度分布を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】光照射により励起された電子がトラップされる準位を模式的に示したエネルギー図である。
図2】本発明の一実施形態に係る光音響分光方法を模式的に示した断面模式図である。
図3】断続光と連続光とを試料に照射した際に生じるエネルギー変化を模式的に示した図である。
図4】本発明の一実施形態に係る光音響分光装置を模式的に示した図である。
図5】実施例1のマイクロフォンが検出した音波から計測したアナタース型酸化チタンのPAスペクトルである。
図6】実施例1および比較例2の電子トラップ密度のエネルギー分布を示す。
図7】(a)は、実施例2の酸化チタン(Evonik社製P25)のPAスペクトルであり、(b)は、実施例3および4の酸化チタン(P25から単離したアナタース型酸化チタンおよびルチル型酸化チタン)のPAスペクトルである。
図8】(a)は、実施例2の電子トラップ密度のエネルギー分布であり、(b)は実施例3および実施例4の電子トラップ密度のエネルギー分布である。
図9】(a)は、実施例5のPDB−PAスペクトルであり、(b)は、実施例5のPAスペクトルと電子トラップ密度のエネルギー分布の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の実施形態についてその構成を説明する。本発明は、その要旨を変更しない範囲で適宜変更して実施することが可能である。
【0018】
(光音響分光方法)
図2は、本発明の光音響分光方法を模式的に示した図である。
本発明の一実施形態に係る光音響分光方法は、電子供与体が存在する雰囲気4下で、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長で断続的な断続光2とを、試料3に照射し、前記試料3からの光音響信号を検出する。ここで近赤外光可視光および紫外光波長とは、1000nm〜300nm程度の波長を意味する。
【0019】
試料3に、波長が可視光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長で断続的な断続光2とを照射することで、試料3の電子トラップの深さの密度分布を測定する原理について説明する。図3は、連続光1と断続光2とを試料に照射した際に生じるエネルギー変化を模式的に示した図である。
【0020】
連続光1は、波長が可視光波長の長波長側から短波長側へ変化しながら、連続的に試料3に照射される。この連続光1を試料3に照射すると、試料3から電子が価電子帯Bから矢印aで示すように電子トラップへ励起される。このとき、連続光1は波長を長波長側から変化させているため、連続光1のエネルギーは低エネルギーから高エネルギーへ変化する。そのため、連続光1が試料3に照射されると、励起された電子は、価電子帯Bに近い電子トラップから順に埋まっていく。すなわち、深い電子トラップTから順に、浅い電子トラップTまで埋まっていく。
上述のように、連続光1の照射は、図3の矢印aで示すエネルギー変化を生じさせ、連続光の波長が長波長の時は深い電子トラップTへの遷移を主に示し、連続光の波長が短波長の時は浅い電子トラップTへの遷移を主に示す。
【0021】
一方、断続光2は、一定の波長で断続的に試料3に照射される。一定の波長は、励起された電子によって生じるイオンが吸収する波長領域に設定することができる。例えば、試料3を酸化チタンとした場合は、励起された電子によって生じる三価のチタンイオンが吸収する波長領域を設定することができる。この吸収波長範囲は紫外から赤外の波長に広がるものでその吸収強度は、電子トラップにトラップされる電子の深さによらず一定であると考えることができる。
そのため、断続光2を照射することで、連続光1によって電子トラップに励起された電子を伝導帯Bへ励起する(矢印b)。また、断続光2が照射されていない時は、電子トラップへ緩和過程で熱が発生する。このとき、試料3が膨張収縮し、音波が発生する。
【0022】
すなわち、長波長の連続光1を照射した際には、価電子帯Bから深い電子トラップTへ励起する。このとき同時に断続光2が照射されていることで、深い電子トラップTから伝導帯Bへ遷移する。また、連続光1の波長を短波長に変化させていくと、連続光1により価電子帯Bから浅い電子トラップTへの励起が生じる。このときも、同時に断続光2が照射されていることで、浅い電子トラップTから伝導帯Bへ遷移に基づく光吸収が生じる。これを断続光による光音響信号として測定することができる。
すなわち、波長が近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ連続的に変化する連続光1と、一定波長で断続的な断続光2とを照射することで、試料3の電子トラップを深い方から順次埋めたときのトラップ密度の累積値を測定することができる。 また、これを微分することにより累積値の変化量として、電子トラップのその深さごとの密度分布を求めることが可能となる。
これは、断続光が連続光より低強度である条件では、電子トラップに蓄積した電子のごく一部だけが断続光により伝導帯に励起し、再度電子トラップにトラップされるときにPA信号が発生するが、その信号強度がトラップされた電子の蓄積量に比例するからである。
【0023】
このとき試料1は、光照射により電子が励起される半導体材料であれば特に制限はされない。酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛,チタン酸ストロンチウム等を用いることができる。中でも、酸化チタン、酸化タングステン、酸化亜鉛,チタン酸ストロンチウムおよびこれらに異種元素をドープしたものからなる群から選択された少なくとも一種は光触媒として一般に用いられており、これらの物質の特性を得ることができることは非常に有用である。たとえば、異種金属としてはSr、Cr、V、Mn、Fe、Co、Ni、Zn等を用いることができる。
【0024】
また電子供与体4は、電子供与性すなわち正孔受容性を有するため、光照射により発生した正孔を捕捉する。そのため電子供与体4が存在する雰囲気下で処理を行うことで、電子トラップに捕捉された電子と正孔が反応して消滅することを抑制することができる。
電子トラップに捕捉された電子と正孔により電子トラップに捕捉された電子が消滅すると電子トラップの密度を精密に測定できない。電子供与体4が存在する雰囲気下は、図2で示すように密閉セル5で試料3を囲むことで実現することができる。
【0025】
電子供与体4は、光照射により生じる正孔を捕捉することができれば、特に限定されない。例えば、メタノール、エタノール,2−プロパノール,トリエチルアミン,トリメチルアミン,トリエタノールアミン等を用いることができる。中でもメタノール、トリエチルアミン,トリエタノールアミンからなる群から選択された少なくとも一種は安価かつ容易に生成することができるため好ましい。
【0026】
また、試料は電子受容体が存在しない環境下で光音響分光法を行うことが好ましい。励起された電子のほとんどは物質内の電子トラップに遷移するが、電子受容体が存在すると電子トラップに捕捉された電子の一部が電子受容体と反応する。電子の一部が捕捉されて電子トラップの電子が消滅すると光吸収すなわち光音響信号が弱くなるため、電子トラップの深さの密度分布を精密な測定が難しくなる。電子受容体としては、例えば白金、パラジウム等が挙げられる。
【0027】
(光音響分光装置)
図4は、本発明の一実施形態に係る光音響分光装置を模式的に示した図である。
本発明の光音響分光装置100は、波長を近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ変化させながら連続的に出射する連続光源10と、一定波長の光を断続的に出射する断続光源20と、試料3を電子供与体4が存在する雰囲気で密閉する密閉セル5と、試料3からの光音響信号を検出するマイクロフォン6とを備える。連続光源10からの連続光1と、断続光源20からの断続光2とは、密閉セル5内の試料3に照射されている。
光音響分光装置100は、当該構成とすることで、少量の試料で簡便かつ高精度に電子トラップの深さ密度を測定することができる。また、本発明は当該構成に限定されず、要旨を変更しない範囲でその他の素子等を加えてもよい。
【0028】
連続光源10は、波長を近赤外光、可視光および紫外光波長の長波長側から短波長側へ変化させながら連続的に出射することができれば特に制限はされない。また、図4に示すように光源11から出射した光をモノクロメータ12で分光し連続光1を出射することができる。光源11は、例えば、キセノンランプ、ハロゲンランプ等を用いることができる。このときモノクロメータ12で分光する光の波長を長波長側から変化させることで、連続光1の波長を長波長側から変化させることができる。
【0029】
断続光源20は、一定波長の光を断続的に出射することができれば、特に制限はされない。例えば、図4に示すように光源21から出射した光をモノクロメータ22で分光する。この分光された光は、チョッパー23を通過することで、一部が遮断され断続光2となる。光源21は、光源11と同様のものを用いることができる。
【0030】
これら連続光源10からの連続光1と、断続光源20からの断続光2とは、密閉セル5の試料3に照射される。密閉セル5内には、電子供与体4が存在する。連続光1および断続光2が、試料3に照射されると光音響分光方法の説明で記載したように音波を生じる。この音波は、マイクロフォン6で光音響信号(PAスペクトル)として検出される。
またマイクロフォン6で検出された信号は微弱なことがあるため、プリアンプ31で増幅し、ロックインアンプ32で増幅された信号を検出してもよい。
参照試料として、近赤外光、可視光および紫外光の波長範囲で光吸収をもち、かつ、連続光を照射しても光吸収が変化しない黒鉛などを用いて同様の測定を行って、光強度の波長依存性を補正する。
【実施例】
【0031】
(実施例1)
長波長650nmから短波長350nmまで変化する連続光と、三価のチタンイオンが吸収する波長(625nm)の断続光とを、メタノール蒸気の雰囲気下で、アナタース型酸化チタン(TIO−11:触媒学会参照触媒)に照射した。このとき発生する音波をマイクロフォン(パナソニック社製小型エレクトレットコンデンサマイクロフォンWM−61A)で、光音響信号(以下、PA信号という。)を検出した。PA信号を連続光波長に対してプロットして逆二重励起光音響スペクトル(以下,RDB−PAスペクトルという。)が得られる。
【0032】
(比較例1)
実施例1と同じアナタース型酸化チタンを、従来の光音響分光法(PAS)を用いてPAスペクトルを計測した。具体的には、連続光を照射せずに、断続光のみを照射した。
【0033】
図5は、実施例1のマイクロフォンが検出した音波から計測したアナタース型酸化チタンのRDB−PAスペクトルである。
図5に示すように、本来酸化チタンが吸収しない波長において光音響信号が検出され、540nm、450nm、および360nm付近にピークが確認できる。この信号は625nmの断続光により生じるもので、連続光の照射により試料に625nmにおける光吸収が生じたことを示している。この光吸収は電子トラップの捕捉された電子によるものであり,連続光の照射によりBから電子トラップへの励起が起こり三価のチタンイオンとして電子が蓄積されたことがわかる。
また、図5に示すように、実施例1のアナタース型酸化チタンに白金を担持させた(参考例1)場合に、そのピークが無くなっている。このことからも当該結果は確認できる。白金は、励起された電子による水素発生を促進させる。本来励起された電子は、電子トラップによって捕捉され、三価のチタンイオンを生み出すが、白金を担持させることにより励起された電子が水素発生に消費される。そのため、三価のチタンイオンが発生せず、ピークが消滅したものと考えられる。なお、通常白金を担持させて処理を行うことはないが、適切なRDB−PAスペクトルを検出できているかを確認するために当該検討を行った。
【0034】
また図6は、実施例1および比較例1の電子トラップ密度のエネルギー分布を示す。電子トラップ密度のエネルギー分布は、図5のような光音響信号の連続光波長依存性であるスペクトルを長波長側から微分することで得ることができる。
実施例1の光音響分光法を用いることで電子トラップ密度のエネルギー分布が得られているのに対し、比較例1の従来の光音響分光法では,試料の本来の光吸収スペクトルに相当するスペクトルは得られるが,電子トラップ密度のエネルギー分布を得ることができなかった。
酸化チタンは、比較例1のスペクトルに示されるように約400nm以下の紫外光を吸収する。図6の実施例1にみられる400nm付近のピークは伝導帯の底から浅い位置にある浅いトラップTに対応し、450nmより長波長側にあるピークは深いトラップTに対応する。そのため図6では、短波長側に浅い電子トラップに伴うエネルギー準位と、長波長側に深い電子トラップに伴うエネルギー準位とを測定していることが分かる。すなわち、電子トラップの密度分布を測定していることが分かる。
【0035】
(実施例2)
試料を高活性であるアナタース型とルチル型の酸化チタンであるP25(Evonic社製)に変えた以外は実施例1と同様の方法で、RDB−PAスペクトルを検出した。
【0036】
(実施例3)
試料を高活性であるアナタース型とルチル型の酸化チタンであるP25(Evonic社製)から、アナタース型の酸化チタンのみを単離したものに変えた以外は実施例1と同様の方法で、RDB−PAスペクトルを検出した。
【0037】
(実施例4)
試料を高活性であるアナタース型とルチル型の酸化チタンであるP25(Evonic社製)から、ルチル型の酸化チタンのみを単離したものに変えた以外は実施例1と同様の方法で、RDB−PAスペクトルを検出した。
【0038】
図7(a)は、実施例2の酸化チタン(P25)のRDB−PAスペクトルであり、図7(b)は、実施例3および4の酸化チタン(P25)から単離したアナタース型酸化チタンおよびルチル型酸化チタン)のRDB−PAスペクトルである。
このときのRDB−PAスペクトルは、実施例1のRDB−PAスペクトルとほぼ同様のスペクトルを得ることができた。すなわち、電子トラップに捕捉された電子を3価のチタンイオンの形で計測することができた。
また、図7(a)のRDB−PAスペクトルと図7(b)のRDB−PAスペクトルを比較すると、P25から単離したアナタース型酸化チタンおよびルチル型の酸化チタンのPAスペクトルを合成すると、P25のPAスペクトルをほぼ一致することが分かる。すなわち、本発明の光音響分光法では、混合結晶中のそれぞれの成分のRDB−PAスペクトルを合成して測定することができる。
【0039】
図8(a)は、実施例2の電子トラップ密度のエネルギー分布であり、図8(b)は実施例3および実施例4の電子トラップ密度のエネルギー分布である。
また、図8(a)において、短波長側で浅い電子トラップに伴うエネルギー分布を測定し、長波長側で深い電子トラップに伴うエネルギー分布を測定していることが分かる。すなわち、電子トラップ密度のエネルギー分布を測定していることが分かる。
また図8(b)において、P25から単離したアナタース型およびルチル型の酸化チタンは共に、吸収端よりやや長波長側に浅い電子トラップが存在していることが分かる。また深い電子トラップはそれぞれ密度と深さが異なり、P25から単離したアナタース型の酸化チタンでは密度が低く、P25から単離したルチル型では深い位置に大きな密度を有することが分かる。
なお、実施例1と実施例3では、同じアナタース型酸化チタンでも異なるグラフが得られている。これは結晶構造が同一でも、その他の構造特性や活性が異なっているためである。この結果を比較することで、より高性能の材料の設計や開発指針を得ることもできると考えられる。
【0040】
(実施例5)
試料を酸化タングステンに変えた以外は実施例1と同様の方法で、RDB−PAスペクトルを検出した。図9(a)は、その結果を示したグラフであり、図9(b)は、実施例5のPAスペクトルと、PDB−PAスペクトルから求めた電子トラップ密度のエネルギー分布の模式図である。
【0041】
図9では、460nmおよび600nm付近にピークが確認できる。それぞれが浅い電子トラップおよび深い電子トラップに対応している。
【符号の説明】
【0042】
1…連続光、2…断続光、3…試料、4…電子供与体が存在する雰囲気、5…密閉セル、6…マイクロフォン、10…連続光源、11、21…光源、12、22…モノクロメータ、23…チョッパー、31…プリアンプ、32…ロックインアンプ

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9