【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、農林水産省、新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【解決手段】 野生鹿を捕獲場所に誘引して捕獲するための誘引設備であって、前記捕獲場所に、捕獲補助器具として複数体の鹿のデコイを配置し、前記デコイを配置した領域に、緑色の人工芝を配置し、前記鹿のデコイとして、雄鹿のAgonised callを発する音声発生装置を備えたデコイを使用することを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(デコイを利用する誘引:1)
野生鹿を含む哺乳類のコミュニケーションの到達範囲は、聴覚>視覚≧嗅覚>触覚の順位に広いとされている。本発明に係る野生鹿の誘引設備は、局所的な捕獲場所に野生鹿を誘引することにより、効率的に野生鹿を捕獲することを目的とする。
鹿が社会性の動物であるという特徴を利用した誘引法としては、鹿の等身大の模型(デコイ)を利用する方法が北米を中心に行われている。北米で鹿のデコイが利用される理由は、狩猟者が単独で鹿を待ち伏せし、捕獲する猟法が採用されていることが挙げられる。しかしながら、デコイに対する野生鹿の行動反応や誘引効果については、科学的に証明されていない。
【0013】
以下では、鹿のデコイを利用して野生鹿を誘引した例について実験した結果について説明する。
実験地区は、長野県下伊那郡大鹿村「向山農場」と、北海道大学北方生物圏フィールド化学センター静内研究牧場である。
【0014】
試験方法:向山農場
野生鹿が高頻度で出没する牧区を選定し、異なる10個所に春季は6個所、秋季は4個所の5m×5mの試験区を設定し、春季は各試験区に4〜5体、秋季は5体の雌鹿のデコイを置いて試験した。
春季に設置したデコイはいずれも立位姿勢、秋季は5体中3体を伏臥姿勢、2体を立位姿勢とした。デコイには雌のデコイを使用した。雌は群れを形成する傾向が強いからである。
野生鹿の観察は、各試験区の全体が撮影できるように赤外線センサーカメラを2〜3台ずつ設置し、野生鹿の行動を観察した。
【0015】
試験方法:静内研究牧場
事前に野生鹿の頻繁な出没を確認した牧区から5個所を選定し、それぞれ5m×5mの試験区を選定し、各々の試験区に鹿のデコイを1体ずつ設置した。5個所の試験区のうち3個所については伏臥姿勢、2個所については立位姿勢とした。
この牧場に出没する鹿はホンシュウジカよりも大型のエゾシカであるため、向山牧場とは異なり、雄のオグロジカのデコイを使用し、このデコイから角を除去し、外観を雌と見立てて使用した。赤外線センサーカメラは試験区全体が撮影できるように、各試験区に1台設置した。
【0016】
試験結果:
撮影された写真をもとに、野生鹿の撮影頭数、設置したデコイに対する行動反応について、休息行動、探査行動、敵対行動、性行動、その他の行動に分けて、回数を記録した。これらの行動反応の記録に用いたエソグラムを表1に示す。
【表1】
【0017】
向山牧場では春季と秋季を合わせて、延べ415頭の野生鹿が撮影された。これらの野生鹿のうち、デコイに対して行動反応を示したものは147頭であり、行動反応を示した鹿の割合は35.4%であった。とくに、行動反応を示した鹿のうち95.9%が雌であった。
静内牧場では、延べ143頭の野生鹿が撮影された。これらの野生鹿のうち16頭がデコイに対して行動反応を示した。行動反応を示した鹿の割合は11.2%であり、そのうち雌は75%であった。
表2に、デコイに対し行動反応を示した野生鹿の頭数を示す。
【表2】
【0018】
図1は、行動反応が確認された野生鹿について、行動反応の内容を、休息行動、探査行動、敵対行動、性行動、その他の行動に分けて円グラフで示したものである。
図1(a)は向山牧場(春季)、
図1(b)は向山牧場(秋季)、
図1(c)は静内牧場についての結果である。
向山牧場の行動反応についてみると、探査行動を示した個体は春季で39%、秋季では46%であった。デコイからの回避及び逃避行動(敵対行動)を示した個体は春季のみで3%であった。デコイの側で休息行動を示した個体は、春季では5%、秋季では28%であった。
【0019】
また、静内牧場での行動反応についてみると、探査行動を示した個体は行動反応を示した個体のうち73%を占めた。また、デコイからの回避および逃避行動は観察されなかったものの、デコイの頭部に頭突き押しし、デコイを破壊した雌鹿が1頭観察された。
また、デコイに対する野生雄鹿による性行動(陰部嗅ぎ、乗駕)が3回(14%)観察された。デコイの側で休息行動をした個体は確認されなかった。
【0020】
図2は、両牧場においてデコイへの接触が確認された写真をもとにその探査部位を分析した結果を示す。探査部位の接触割合は次のとおりである。A:頭部(鼻または耳)59%、B:胸部または腹部12%、C:脚部12%、D:臀部17%。
デコイに接触した個体の多くが頭部を探査している。視覚による個体の認識は、識別個体の顔が最も重要な認識要素とされている。試験区に出没した鹿は、そこに置かれたデコイの頭部を探査することで、顔を認識しようと試みたものと考えられる。
【0021】
また、鹿の休息行動について、向山牧場において休息行動を示した鹿の撮影頻度をデコイ設置数との関係で比較したところ、デコイを1体設置したとき(0.7±2.2回/100カメラ日)よりも、複数体設置したとき(35.4±58.2回/100カメラ日)の方が有意に頻度が高かった(P<0.05)。
このようにデコイを複数体設置した試験区で休息行動が多く観察されたという試験結果は、上述した探査部位の観察結果と合わせて、鹿がデコイを同種個体として社会的に認識し、1体よりも複数体設置した試験区において社会的安寧度が高くなたものと考えられる。
【0022】
一般的に野生動物は開けた場所に出る前に、強く警戒する。上記試験結果は、牧場に設置した鹿のデコイに対してほとんどの鹿が警戒心を抱くことなく、さまざまな行動反応を示すこと、行動反応の多くが探査行動であり、野生鹿がデコイを同種個体として社会的に認識することを示している。すなわち、鹿のデコイは広大な生息地の中で野生鹿を局所的な場所に誘引できる有効な捕獲補助器具として利用でき、デコイを複数体設置することにより、鹿の社会的安寧度を高め、誘引場所に一定時間、鹿を留めておことができることから効率的に鹿を捕獲することが可能である。
【0023】
(デコイを利用する誘引:2)
上述した試験結果は、野生鹿を誘引する方法として鹿のデコイを利用する方法が有効であることを示している。しかしながら、デコイを設置して野生鹿を誘引する方法は、主には視覚によるものであるため、デコイを設置した場所から離れている鹿を誘引する作用は弱い。そこで、鹿の遠距離コミュニケーション手段として用いられている鳴き声を利用する誘引方法について試験を行った。以下、鹿の鳴き声を利用する誘引方法について説明する。
【0024】
実験施設:
供試個体は大学で飼養管理しているニホンジカ、成獣雌4頭(A〜D)である。実験期間は野生鹿の交尾期間(11月)中の10日間とした。
図3に実験施設の平面図を示す。2つのエリアに分かれた鹿の飼育施設の一方を待機エリアとし、もう一方を実験エリアとした。待機エリアに設置したスターティングボックス(1.8mx 0.9m)に連結してY字型迷路を設けた。Y字型迷路は、スターティングボックスと、仕切り壁を挟んで2体の鹿のデコイをそれぞれ設置するスペースまで通じる通路を設け、供試個体が、いずれかの鹿を選択できるようにした。
【0025】
2つのデコイの設置スペースのうち、一方には、交尾期における雄ジカのAgonised call(うなり声)を出力するデコイ(ACデコイ)を、他方にはホワイトノイズ(WNデコイ)を出力するデコイを立位姿勢で配置した。使用したデコイは、胴部、首部(頭部を含む)、脚部に分解できるもので、これらを組み立てて使用した。デコイの頭部に有害捕獲によって採取されたシカの角を取り付けた。
【0026】
デコイの構成:
図4にACデコイの組み立て写真を示す。
ACデコイとWNデコイは外観はまったく同一である。ただし、ACデコイがAgonised call(うなり声)を出すスピーカーを内蔵するため、WNデコイとは内部構造が相異する。
図4(a)は、銅部と首部と脚部を組み合わせて立位姿勢とした状態である。胴部から脚部を外した状態にすると、伏臥した鹿の状態になる。
【0027】
図4(b)は首部にスピーカを取り付けた状態である。デコイの首部は胴部の前部に設けた嵌合孔に首部の基部を嵌入して連結する構造となっている。実験では、首部の胴部の連結部分に対向する面にスピーカーを取り付けた。このようにスピーカーを取り付けたのは、デコイの首部の基部を胴部に嵌入して首部と胴部を連結することにより、胴部内にスピーカーが収容されるようにするためである。
図4(c)は、デコイの首部の頸部に孔をあけた状態を示す。スピーカーの音は、胴部に収容した状態でも外部から聞こえるが、より聞こえやすくするため、頸部に複数個の孔を設けた。
【0028】
ACデコイに使用したAgonised call(うなり声)は、事前に録音したエゾシカの音声を使用した。交尾期の雌鹿は、体格が大きく、低周波の鳴き声を持つ雄鹿に誘引されるという報告がある。使用したエゾシカの声は、低周波の鳴き声をもつエゾシカを選んで録音したものである。
スピーカーは胴部内に設置した駆動制御回路に接続し、電源としてカーバッテリーを使用した。駆動制御回路は、野生雄鹿を模倣するため、1回あたり3.5秒間続くAgonised callを1分間に3回、ランダムに出力するようにプログラムした。音量は100dBである。音声を出力しないときは、無音状態である。
【0029】
本実験において使用したACデコイは、空洞の胴部内にスピーカーを収容する構造としたことにより、スピーカーから出力される低周波のAgonised callが胴部内で共鳴して低温が強調されるという利点がある。
ACデコイに付設したスピーカーは誘引用の音声を出力する発音部であり、スピーカー、、駆動制御回路、電源がmAgonised callを出力する音声発生装置を構成する。
【0030】
WNデコイは、ホワイトノイズを出力させるため、胴部内にポータブルCDラジオを収納し、全周波数音が均一に含まれるホワイトノイズが100dBで出力されるようにした。CDラジオは実験中は継続してホワイトノイズが出力されるように設定した。WNデコイも頸部に複数個の孔を設けた
【0031】
実験方法:
まず、供試個体群をスターティングボックスへ誘導した。そして、供試個体4頭のうち、いずれかの1頭が実験エリア内に入ったとき、実験を開始した。
次に、単離した供試個体が、どちらかのアーム(デコイの設置スペース)へ進入した時点を「選択」として、実験を終了した。
実験を開始してから、 30分を経過しても供試個体が選択しなかった場合は、実験エリア内に観察者が静かに進入し、どちらかのアームを選択するように誘導した。
【0032】
実験では、供試個体の馴れを防ぐため、1頭について1日に1試行または2試行とした。また、ACデコイとWNデコイの左右の偏向性を排除するため、乱数表にしたがって、デコイの設置位置を入れ替えながら試験した。
供試個体の行動を記録するため、2台のデジタルビデオカメラを使用した。実験では、供試個体がACデコイを選択した場合を「正解」と定義し、正解を選択した回数の有意性を解析した。さらに1〜5試行、6〜10試行、11〜15試行についてそれぞれの平均正解率を算出して比較した。
【0033】
実験結果:
図5に、ACデコイの選択を正解としたときの正解率を示す。
図5は、実験中、神経質だった供試個体Dを除いて解析した結果である。
3頭の供試個体は1〜5試行目については、有意にACデコイを選択した(P<0.05)。また、この3頭の1〜5試行における平均正解率は、6〜10試行における平均正解率よりも有意に高く(P<0.05)、平均正解率は試行回数が進むにつれて低下する傾向が見られた。
【0034】
アカシカの研究では、雄ジカのRoaring(交尾期特有の鳴き声)を提示することにより、雌ジカの排卵が促進され、Roaringした雄ジカに誘引されることが知られている。
本実験結果は、視覚的に同ーのデコイであっても、Agonised callを発するACデコイに誘引されたことを意味している。したがって、Agonised callを発するデコイは交尾期間中に広大な生息域から局所的に雌ジカを誘引するために有効な捕獲補助器具となることが示唆された。
ただし、ACデコイの選択率は試行回数が進むに従って低下したことから、ACデコイのみによる誘引効果は一時的であるという懸念もある。したがって、ACデコイを捕獲補助器具として使用する際には、他の誘引作用を奏する設備との併用が考えられる。
【0035】
(人工芝による誘引)
野生鹿は社会的なコミュニケーションと同様に、視覚や嗅覚、味覚などの感覚情報を用いて餌資源を判別している。したがって、嗜好性の高い牧草繁茂地に見立てた人工芝を提示することによって野生鹿を誘引する方法が考えられる。
【0036】
実験施設:
供試個体は大学で飼養管理しているニホンジカ、雌5頭である。
下草がない飼育施設内に、
図3に示したY字型迷路と同様の構成を備える実験エリアを設定し、仕切り壁で仕切られた一方のスペースに緑色の人工芝を設置し、他方のスペースに地面の色に近づけるため茶色の人工芝を設置した。緑色の人工芝は、市販の濃い緑色のままの人工芝を使用し、茶色の人工芝は、緑色の人工芝にカラースプレー(ダークブラウン)で茶色に塗ったものである。設置スペースに2.6m×2.6mの人工芝マットをそれぞれ2枚設置した。
比較実験は、同じ草丈(草高9cm)で緑色と茶色の人工芝を供試試料とした場合と、緑色の人工芝で草丈9cmのものと、草丈0.5cmのものを供試試料としたものについて行った。
【0037】
実験方法:
実験は1頭ずつ、スターティングボックスに導入し、いずれのアームを選択するかを観察することで行った。
緑色と茶色の比較実験では、1試行目のみ、緑色あるいは茶色の人工芝を選択した後も供試個体を待機エリアに戻さず、人工芝に対する探査行動(嗅ぐ、噛む)の回数を記録した。2試行目以降は、人工芝への馴化を防ぐため、人工芝のアームを選択した後は、人工芝に接触する前に実験を終了した。1頭につき計10試行とし、1頭ずつ実験した。
草丈の比較実験では、4頭を対象とし、1頭につき15試行行った。
【0038】
緑色と茶色の色の実験では、緑色の人工芝を選択した場合を「正解」として平均正解率を算出した。草丈の比較実験では、9cmの人工芝を選択した場合を「正解」として平均正解率を算出した。
人工芝を選択したとする指標は、人工芝から1.8mの間隔をあけて引いたラインよりも人口芝側に脚を踏み入れた時点で選択したとした。
実験を開始してから、30分を経過しても供試個体が選択しなかった場合は、どちらかのアームを選択するように誘導した。
また、人工芝の左右の配置位置の偏向性を排除するため、乱数表にしたがって人工芝の配置位置を入れ替えて実験した。
【0039】
実験結果:
図6は、人工芝の色の相違による実験での、試行回数ごとの平均正解率を示す。
供試個体は1〜5試行において緑色の人工芝を有意に選択した(P<0.05)結果が得られた。
また、1〜10試行においても、供試個体は緑色の人工芝を多く選択した傾向が見られた(P=0.07)。また、1〜5試行と、6〜10試行における平均正解率に有意な差は見られなかったが、供試個体の平均正解率は、1試行目で100%を示した後、2試行目以降はおよそ60%で推移し、10試行目では33%となった。また、1試行目において、5頭中3頭が人工芝に対し、嗅ぐ、噛むなどの探査行動を示し、この試行における平均探査行動回数は5.7回/頭であった。
【0040】
図7は、人工芝の草丈の相違による実験での、試行回数ごとの平均正解率を示す。供試個体は全15試行において、有意に草丈9cmの人工芝を選択した(P<0.05)結果が得られた。
緑色と茶色の色の相違による誘引実験、草丈の相違による誘引実験の結果から、緑色で草丈の長い人工芝によって鹿が誘引されることがわかる。
図8は、鹿が人工芝を摂食している様子を示す。このように繁茂させた牧草と同様に牧草のダミーとして人工芝を利用して鹿を誘引することができる。
【0041】
オジロジカは、青から青緑領域までの色を識別することができ、植物の種類や部位までも判別できることが報告されている。本実験では、供試個体が緑色の人工芝を選択し、人工芝に対して探査行動を示したことから、緑色の人工芝は牧草過繁パッチに替わる誘引物として利用できることが示唆された。
【0042】
上述した各実験結果から、野生鹿を誘引する設備としては、捕獲補助器具として鹿のデコイが有効に利用でき、とくに雄鹿のAgonised callを発する音声発生装置を備えたデコイは、鹿の誘引に好適に利用することができる。また、デコイの設置と合わせて、デコイを設置した近傍領域に、緑色で草丈の長い人工芝を配置することにより、鹿の嗜好性を利用して効果的に鹿を誘引することができる。
すなわち、デコイは視覚的に鹿を誘引する作用がある一方、人工芝は嗜好性の点で鹿を誘引する作用を有する。これらの異なる誘引作用は、デコイにより鹿が誘引され、その場所で人工芝により鹿が留まるように作用することから、効果的な誘引作用が働き、野生鹿を効率的に捕獲することが可能になる。
また、音声発生装置を備えたデコイは、音声によることで、灌木や草木に妨げられてデコイが直接視認することができない場所にいる鹿や、遠く離れた場所にいる鹿に対しても誘引する作用があるという利点もある。