【解決手段】本発明のコラーゲン(ヒアルロン酸、セラミド)の合成促進剤は葛花処理物を含有する。本発明のコラーゲン合成促進剤は、皮膚におけるCOL1A1及びCOL3A1の発現を促進するものである。また、本発明のヒアルロン酸合成促進剤は、皮膚におけるヒアルロン酸合成酵素であるHas2の遺伝子発現を増強させるものである。本発明のセラミド合成促進剤は、セラミドの合成酵素であるSPTの遺伝子発現を増強させるものである。
【背景技術】
【0002】
コラーゲンは、生体たんぱく質の約30%を占める生体骨格の主たる構造たんぱく質である。コラーゲンは、生体の支持組織として構造維持に重要な役割を果たしているほか、皮膚、血管、腱、骨、歯など体内の殆どの組織に存在して細胞を保護し、細胞間因子として細胞の結合など重要な生理的役割を果たしている。体内に存在するコラーゲンのうち、特に皮膚に存在するコラーゲンについては、これまで美容や皮膚疾患や皮膚傷害の治療との関連から多く研究されている。皮膚は表皮と、表皮の下部に存在する真皮より構成され、真皮は皮膚の中でも最も領域の広い部分である。その真皮の90%以上を細胞外マトリックスが占めるところ、コラーゲンはこの細胞外マトリックスを構成する主要成分である。皮膚に存在するコラーゲンとしてはI型コラーゲンやIII型コラーゲンが挙げられ、I型コラーゲンは、大人の真皮に存在する全コラーゲンの80%を占めるといわれている。I型コラーゲンは、2つのα1鎖と1つのα2鎖からなり、骨や皮膚を形成し、弾力性をもたせる役割を有するといわれている。このα1鎖をコードする遺伝子として、COL1A1が知られている。また、III型コラーゲンは、3本の同一のα1(III)鎖を含むホモ三量体コラーゲンである。III型コラーゲンは、比較的細い繊維で、細網線維と呼ばれる細い網目状の構造を形成し、細胞などの足場を作っているほか、組織に柔軟性を与えるとされる。このα1(III)鎖をコードする遺伝子としてCOL3A1が知られている。
【0003】
ヒアルロン酸は、皮膚における表皮及び真皮、軟骨、関節液などに存在する高分子多糖類であり、細胞間隙への水分の保持、組織内にジェリー状のマトリックスを形成することに基づく細胞の保持、組織の潤滑性と柔軟性の保持、機械的障害等の外力に対する抵抗、及び細菌感染の防止など、多くの機能を有している。ヒアルロン酸は、コラーゲンと共に皮膚、特に真皮中の細胞外マトリックスに多量に存在し、水分を保持する能力が非常に高く、肌のみずみずしさ、ハリ、弾力性に深く関わっている。ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸合成酵素により生成される。哺乳類のヒアルロン酸合成酵素としては、Has1、Has2及びHas3が存在することが知られている。Has2はヒトの真皮における主要なヒアルロン酸合成酵素であり、保湿力の高い高分子ヒアルロン酸の合成に関与するといわれている。
【0004】
セラミドは、表皮の中でも、最も外側に位置する角質層における角質間細胞脂質の主要成分であり、体内の水分の蒸発を抑える役割を担っている。具体的には、セラミドは、皮膚の最外層を覆う角層細胞間脂質の主成分として特異的に存在し、皮膚本来がもつ生体と外界とのバリア膜としての機能維持に重要な役割を果たしている。角層の構造はレンガとモルタルに例えられ、約15層ほどに積み重なった角層細胞を細胞間脂質が繋ぎ止める形で強固なバリア膜を形成している。角層細胞は、アミノ酸を主成分とする天然保湿因子を細胞内に含有することによって水分を保持し、一方、角質細胞間脂質は、約50%のセラミドを主成分とし、コレステロール、脂肪酸等の両親媒性脂質から構成されており、疎水性部分と親水性部分が交互に繰り返される層板構造、いわゆるラメラ構造を特徴としている。セラミドは、表皮細胞の角化の過程において、セリンとパルミトイル−CoAを基に、セラミド合成の律速酵素として知られるセリンパルミトイルトランスフェラーゼをはじめとした酵素の働きにより生成される。
【0005】
コラーゲン、ヒアルロン酸、セラミドについては、加齢や紫外線暴露、乾燥、酸化等の様々な原因により減少することが知られている。例えば皮膚中のI型コラーゲンが低減することは、皮膚や骨等の強度を低減させ、III型コラーゲンが低減することは皮膚の水分を低減させる等といわれている。皮膚においてI型コラーゲン及びIII型コラーゲンが低減することは、皮膚のシワやタルミの原因となることが知られている。また、皮膚中のヒアルロン酸が減少することは、皮膚の乾燥、皮膚のハリの衰え、弾性の低下、皺の原因となるほか、関節の機能異常等に関係することが知られている。また、セラミドについても、角質層の間における脂質(つまり、角質間細胞脂質)としてセラミドの分泌が損なわれると皮膚が水分を保てなくなり、アトピー性皮膚炎など、水分不足に起因して様々な皮膚疾患を発症するといわれている。
【0006】
また近年、高脂肪食の摂取により、皮膚のI型コラーゲンやヒアルロン酸の量がその構成遺伝子又は合成酵素の遺伝子発現量と共に低減することが報告されており(非特許文献1)、皮膚の萎縮や創傷治癒の遅れ、床ずれの悪化等との関係が指摘されている。
【0007】
コラーゲン、ヒアルロン酸、セラミドの産生を促進する作用を有する組成物としてこれまでに様々なものが提案されている。例えば、特許文献1には、葛の根であるカッコンの抽出物及び抽出分画より選択した1種又は2種以上を含有して成る、コラーゲン産生促進剤が記載されている。また特許文献2には、ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を含有するヒアルロン酸合成促進剤が記載されており、特許文献3には、乳塩基性タンパク質画分及び/又は乳塩基性タンパク質画分分解物を有効成分とするヒアルロン酸産生促進剤が記載されており、特許文献4には、卵殻膜を有効成分として含有するヒアルロン酸産生促進剤が記載されている。更に、特許文献5には、コメ、クズ、アンズ、スイカズラ、ユキノシタ、テンチャ、ラフマ、サンザシ、イザヨイバラ、エゾウコギ、ナツメ、シソ、オウレン、サイシン、コガネバナ、キハダ、クワ、ボタン、シャクヤク、チンピ、ムクロジ、チョウジ、ユリ、ダイズ及びシロキクラゲの抽出物から選ばれる1種又は2種以上を含有するセラミド合成促進剤が記載されており、クズとしてクズの根を用いることが記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明する。本発明はコラーゲン合成促進剤、コラーゲン遺伝子発現促進剤、ヒアルロン酸合成促進剤、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子発現促進剤、セラミドの合成促進剤及びセラミド合成酵素遺伝子発現促進剤に関するものである。以下、これらの剤を総称して本発明の剤ともいう。以下の説明は、特に断らない限り、本発明の剤のいずれにも当てはまる。
【0014】
本発明の剤は、葛花処理物を含有することを特徴の一つとする。好ましくは葛花処理物を有効成分として含有し、より好ましくは葛花抽出物を有効成分として含有する。葛はマメ科の大形蔓性の植物であり、葛花は葛の花部である。葛花は、葛の花弁の他、雌しべ、雄しべ、がく片、花軸、苞葉等を含んでもよい。本発明においては、蕾から全開した花までのいずれの段階で採取した葛花を用いてもよく、複数の段階で採取した葛花を混合して用いてもよい。本発明においては、蕾の段階の葛花を用いることが好ましい。葛の種類としては、プエラリア・トムソニイ(Pueraria thomsonii)、プエラリア・ロバータ(Pueraria lobata)、プエラリア・スンバーギアナ(Pueraria thunbergiana)等を例示でき、これら1種又は2種以上を混合して用いることができる。特に、プエラリア・トムソニイ(Pueraria thomsonii)を用いることが好ましい。
【0015】
本明細書において「葛花処理物」とは、上記葛花の処理物である。葛花処理物は、葛花に乾燥処理、粉砕処理及び抽出処理のうちの少なくとも1種の処理を行って得られる処理物であることが好ましく、葛花の乾燥物、葛花破砕物、葛花の乾燥粉砕物(以下、葛花粉末ともいう)及び葛花抽出物から選ばれる何れか1種以上であることが更に好ましい。ここでいう葛花抽出物には、葛花そのもの、葛花破砕物、葛花乾燥物又は葛花粉末から抽出処理を行って得られる抽出物;該抽出物の濃縮及び/又は精製物が含まれる。本発明においては、使用時の効果の顕著性や品質の安定性の観点から葛花抽出物を用いることが好ましい。葛花抽出物の形状としては、液状、ペースト状、粉状、細粒状、顆粒状等を挙げることができる。
【0016】
以下、葛花処理物の例として葛花乾燥物、葛花粉末、及び葛花抽出物の調製方法について説明する。
【0017】
葛花乾燥物は、葛花を、日干し、熱風乾燥などの方法により乾燥することで得ることができる。水分含有量としては、10質量%以下となるまで乾燥させることが好ましい。
【0018】
葛花粉末(乾燥粉末)は、上記葛花乾燥物を粉砕して得ることができる。粉末化は、当業者が通常用いる方法、例えば、ボールミル、ハンマーミル、ローラーミルなどを用いて行うことができる。あるいは、葛花粉末(乾燥粉末)は、採取した葛花を、マスコロイダー、スライサー、コミトロールなどを用いて破砕して葛花破砕物を得、この葛花破砕物を乾燥することによっても得ることができる。
【0019】
葛花抽出物は、例えば、葛花、葛花破砕物、葛花乾燥物、または葛花粉末(乾燥粉末)に溶媒を添加し、必要に応じて加温して、抽出を行い、遠心分離または濾過により抽出液を回収することによって得ることができる。葛花抽出物は葛花乾燥物又はその粉砕物(葛花粉末)の抽出物であることが好ましい。
【0020】
葛花抽出物を得るために用い得る溶媒としては、水、有機溶媒、含水有機溶媒などが挙げられる。有機溶媒としては、例えば、メタノール、エタノール、n−プロパノール、n−ブタノール、アセトン、ヘキサン、シクロヘキサン、プロピレングリコール、エチルメチルケトン、グリセリン、酢酸メチル、酢酸エチル、ジエチルエーテル、ジクロロメタン、食用油脂、1,1,1,2−テトラフルオロエタン、1,1,2−トリクロロエテンなどが挙げられる。これらの中で好ましくは極性有機溶媒、より好ましくは水、エタノール、n−ブタノール、メタノール、アセトン、プロピレングリコール、及び酢酸エチルであり、最も好ましくは水及び/又はエタノールである。
【0021】
抽出方法としては、加温抽出法、超臨界抽出法などが挙げられる。これらの抽出方法において、必要に応じて加圧して加温を行ってもよい。加温する場合、葛花に添加した溶媒が揮発するのを防ぐ必要がある。加温する場合、抽出温度は、好ましくは50℃以上、より好ましくは70℃以上、最も好ましくは90℃以上であり、好ましくは130℃以下、より好ましくは100℃以下である。
【0022】
抽出時間は、抽出原料から十分に可溶性成分が抽出される時間であればよく、抽出温度などに応じて適宜設定すればよい。好ましくは30分以上48時間以下である。例えば、抽出温度が50℃未満の場合は、6時間以上48時間以下であることが好ましく、50℃以上の場合は、30分以上24時間以下であることが好ましい。
【0023】
得られた抽出液は、そのまま液状の葛花抽出物としてもよい。また必要に応じ、得られた抽出液を減圧濃縮や凍結乾燥等の当業者が用いる方法により濃縮することにより、液状、ペースト状又は粉末の葛花抽出物としてもよい。なお、粉末状の葛花抽出物を抽出エキス末ということがある。
【0024】
具体的に好ましい態様を挙げれば、葛花、葛花破砕物、葛花乾燥物、または葛花粉末(乾燥粉末)の100質量部(乾燥物換算)に対して、1質量部以上10000質量部以下の熱水を混合して混合物を得、該混合物を、温度を50℃以上130℃以下に維持しつつ30分以上48時間以下で加熱することにより葛花の可溶性成分の抽出を行い、この抽出により得られた抽出液を遠心分離にて濾別した後、噴霧乾燥で乾燥して、粉末状の葛花抽出物を得ることが好ましい。
【0025】
前記のようにして得られた葛花抽出物はそのまま本発明の剤に含有させてもよい。あるいは、この抽出物に、イソフラボン類等の特定の成分の含有量を高めるように、更なる抽出、濃縮、分画、分離及び精製から選ばれる1種以上の処理を施したものを、本発明の剤に含有させても良い。分画あるいは精製処理としては、合成吸着剤(ダイアイオンHP20やセファビースSP825、アンバーライトXAD4、MCIgelCHP20P等)やデキストラン樹脂(セファデックスLH−20など)を用いた処理が挙げられる。このような精製(或いは分画)により、フラボノイドやサポニンなどの濃度が高い葛花抽出物となる。
【0026】
本発明の剤は、上記に説明した葛花処理物を含有するものである。
【0027】
本発明の剤においては、葛花処理物のみからなるものであってもよいが、葛花処理物以外に、他の素材を配合することに特に制限はなく、必要に応じて、薬学的に許容される基材や担体を添加して、公知の製剤方法によって、例えば粉末状、粒状、顆粒状、錠状、棒状、板状、ブロック状、固形状、丸状、液状、飴状、ペースト状、クリーム状、ハードカプセルやソフトカプセルのようなカプセル状、カプレット状、タブレット状、ゲル状、ゼリー状、グミ状、ウエハース状、ビスケット状、クッキー状、チュアブル状、シロップ状、スティック状等の形態にして、これを飲食品や経口剤(医薬品や医薬部外品を含む)として利用することができる。
【0028】
また、本発明の剤は、葛花処理物をティーバッグ状に分包し、お湯に成分を浸出させてから飲むものであってもよい。また、その服用形態としては、水、お湯、牛乳などに溶いて飲むようにしたり、飲食品等に添加して摂取したりしてもよい。
【0029】
本発明の剤においては、葛花処理物以外に、他の素材として、例えば、ビタミン類、タンパク質、水溶性食物繊維、オリゴ糖、ミネラル類、ムコ多糖類、乳製品、豆乳製品、植物又は植物加工品、乳酸菌、納豆菌、酪酸菌、麹菌、酵母などの微生物を配合することができる。更に必要に応じて通常食品分野で用いられる、アスコルビン酸、トコフェロール、リボフラビン、β-カロテン、葉酸、ビオチンなどのビタミン類;カルシウム、マグネシウム、セレン、鉄などのミネラル類;タウリン、ニンニクなどに含まれる含硫化合物;ヘスペリジン、ケルセチンなどのフラバノイド類やフラボノイド類;難消化性デキストリン、アルギン酸、キチン、キトサン、グアーガムなどの食物繊維;大豆蛋白、コラーゲンなどのタンパク質;ペプチド;アミノ酸;乳脂肪、ラード、牛脂、魚油などの動物性油脂;大豆油、菜種油などの植物性油脂;オレンジ、レモン、グレープフルーツ、いちごなどの果実及びその果汁Fローヤルゼリー、プロポリス、はちみつ、還元麦芽糖、乳糖、糖アルコール、液糖;これら以外の賦形剤、結合剤、滑沢剤、安定剤、希釈剤、増量剤、増粘剤、乳化剤、着色料、香料、食品添加物、調味料などを挙げることができる。その他の成分の含有量は、本発明の剤の剤形や求められる効果のレベルや内容等に応じて適宜選択することができる。
【0030】
本発明の剤は上述したように飲食品や経口剤(医薬品、医薬部外品を含む)として用いられていてもよい。例えば、本発明の剤を、葛花処理物に加えて脂質を含有させてここでいう飲食品等の形態として用いた場合、特に、脂質の摂取に伴う皮膚のコラーゲン、ヒアルロン酸、セラミドの減少を、効果的に防止することが可能でありうるため好ましい。この場合、飲食品等の形態である本発明の剤において、脂質100質量部に対し、葛花処理物の含有量が0.5質量部以上、特に1質量部以上であることが上記の観点から好ましい。
【0031】
本発明の剤において、上記に説明した葛花処理物の含有量は、使用する葛花処理物の処理方法、剤の用途や剤形、摂取方法の違いや求められる効果のレベル等によっても異なるが、一般に、本発明の剤の固形分中、上記葛花処理物が0.001質量%以上50質量%以下であることが好ましく、0.005質量%以上20質量%以下であることが更に好ましい。
【0032】
本発明の剤の投与形態としては、体の中から作用させるため経口的に摂取することが特に好ましい。本発明の剤の経口投与量は特に制限はないが、典型的に経口摂取する場合には、上記葛花処理物の乾燥物換算で、成人1日当りおよそ0.1g以上30g以下であることが好ましく、0.3g以上10g以下であることがより好ましい。
【0033】
本発明の剤は、後述する実施例で示すように、これを経口摂取することにより、皮膚におけるI型コラーゲンの構成成分をコードする遺伝子であるCOL1A1及び/又はIII型コラーゲンの構成成分をコードする遺伝子であるCOL3A1の発現を促進することを通じて、コラーゲンの合成を促進するものである。このため、本発明の剤は、コラーゲン合成促進剤としてだけでなく、コラーゲン遺伝子発現促進剤、特に、I型コラーゲン遺伝子及び/又はIII型コラーゲン遺伝子発現促進剤、具体的には、COL1A1及び/又はCOL3A1の発現促進剤としても用いることができる。このような本発明の剤は体内、特に皮膚や骨のコラーゲン減少に伴う様々な障害、疾患、疾病等の機能低下を予防又は改善することができる。例えば、皮膚のターンオーバーを促して皮膚のハリ及び弾力性を改善すると共に潤いを与え、皮膚のたるみ、かさつき、肌荒れ、シワ等の皮膚トラブルを予防又は改善する効果を奏しうる。
【0034】
また、本発明の剤は、後述する実施例で示すように、これを経口摂取することにより、ヒアルロン酸合成酵素であるHas2をコードする遺伝子の発現を促進することを通じて、ヒアルロン酸の合成を促進するものである。このため、本発明の剤は、ヒアルロン酸合成促進剤としてだけでなく、ヒアルロン酸合成酵素遺伝子発現促進剤、特に、具体的には、Has2遺伝子の発現促進剤としても用いることができる。このようにヒアルロン酸合成酵素の遺伝子発現を通じてヒアルロン酸合成促進を図ることにより、本発明の剤は体内、特に皮膚のヒアルロン酸減少に伴う様々な障害、疾患、疾病等の機能低下を防止することができる。例えば、皮膚の保湿を促して皮膚のハリ及び弾力性を改善すると共に潤いを与え、皮膚の肌荒れ、シワ、かさつき等の皮膚トラブルを予防又は改善したり、関節障害、関節軟膏損傷等を予防又は改善する効果を奏しうる。特に本発明の剤は、真皮のヒアルロン酸を合成する主要酵素であり、ヒアルロン酸合成酵素の中でも比較的保湿性の高い高分子ヒアルロン酸を産出するといわれるHas2の遺伝子発現を促進することで、高い美容効果を奏しうるものである。
【0035】
また、本発明の剤は、後述する実施例で示すように、これを経口摂取することにより、セラミド合成酵素であるセリンパルミトイルトランスフェラーゼ(SPT)をコードする遺伝子の発現を促進することを通じて、セラミドの合成を促進するものである。このため、本発明のセラミド合成促進剤は、セラミド合成酵素遺伝子発現促進剤、特に、具体的には、SPT遺伝子の発現促進剤としても用いることができる。このようにSPTの遺伝子発現を通じてセラミド合成促進を図ることにより、本発明の剤は皮膚、特に表皮におけるセラミド減少に伴う様々な障害、疾患、疾病等の機能低下を防止することができる。例えば、皮膚の保湿を促して、乾燥肌、荒れ肌、アトピー性皮膚炎、乾癬など、様々な皮膚症状の予防・改善を効果的に行えるようになることが期待される。
【0036】
更に本発明の剤は、コラーゲン、ヒアルロン酸、セラミドの各成分の合成を促進することによる相乗効果により、有効な経口摂取用の皮膚改善剤、とりわけシワ又はタルミの防止又は改善剤、皮荒れの予防又は改善剤等に用いることができる。本発明の剤は、ヒト及びヒト以外の動物(哺乳類等)のいずれを対象にしてもよい。
【0037】
更に、後述する実施例で示すように、高脂肪食摂取時においては皮膚においてCOL1A1の発現が低下する傾向にあるところ、本発明の剤を摂取すると、この遺伝子発現の低下を抑制し、普通食と同等の発現量が得られる。従って、本発明の剤は、高脂肪食摂取時における、体内、特に皮膚におけるコラーゲン遺伝子の発現低下抑制剤やコラーゲンの減少抑制剤(特にI型コラーゲンの減少の抑制剤)として用いることができる。ここでいう高脂肪食の例としては、脂質のエネルギー比率が20%以上の飲食品を挙げることができる。なお、COL3A1については、摂取脂肪量に関わらず、本発明の剤を摂取することによる遺伝子発現増加が認められる。
同様に、高脂肪食摂取時においては皮膚のHas2遺伝子の発現が低下傾向にあるところ、本発明の剤を摂取すると、この遺伝子発現の低下を抑制し、普通食よりも更に高い発現量が得られる。従って、本発明の剤は、高脂肪食摂取時における、体内、特に皮膚におけるヒアルロン酸合成遺伝子の発現低下抑制剤や、ヒアルロン酸低下抑制剤、特に皮膚(真皮)中のヒアルロン酸の量の低下を抑制剤としても用いることができる。
同様に、本発明の剤は、高脂肪食摂取においては皮膚のセラミド量及びSPT遺伝子の発現が低下傾向にあるところ、本発明の剤を摂取すると、このセラミド量及び遺伝子発現の低下を抑制することができる。したがって、本発明の剤は、高脂肪食によるセラミド量及びセラミド合成酵素遺伝子発現量の低下の抑制剤としても用いることができる。
このような本発明の剤は、特に、例えば高脂肪食下における皮膚の萎縮や創傷治癒の遅れ、床ずれの悪化等の治療等にも有効でありうる。
【0038】
更に、本発明の剤は、これを経口摂取することにより、上述した各種の効果以外に、解熱、鎮痛、鎮痙、発汗などの症状の改善や、肝障害改善効果、肝中脂質蓄積抑制効果、二日酔い予防効果、尿窒素代謝改善、体脂肪低減効果、抗肥満効果、血流改善効果などの葛花による公知の効果を得ることが可能である。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。しかし本発明の範囲はかかる実施例に限定されない。以下、特に断らない場合「%」は質量%、「部」は質量部を表す。
【0040】
〔参考例1〕
AIN-76Gに準拠した標準食を、参考例1のサンプル食とした。参考食1の脂質のエネルギー比率は12%であった。
参考例1のサンプル食の組成を下記表1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
〔参考例2〕
高脂肪食のモデルとして、ショ糖の量を50.0部から30.0部に減らし、また、コーン油5.0部の代わりにラード25.0部を配合して、参考例2のサンプル食とした。参考食2の脂質のエネルギー比率は46%であった。
【0043】
〔実施例1〕
葛花処理物として、粉末状の葛花抽出物を用いた。この葛花抽出物は、蕾の段階で採取した葛花(プエラリア・トムソニイ、部位:花弁)の乾燥粉末の熱水抽出により得たものであった。参考例2のサンプル食100部に対し1部添加し、混合して、実施例1のサンプル食とした。
【0044】
〔実施例2〕
前記の葛花抽出物を、参考例2のサンプル食100部に対し2部添加し、混合した以外は、実施例1と同様にして、サンプル食を得た。
【0045】
〔実施例3〕
前記の葛花抽出物を、参考例2のサンプル食100部に対し5部添加し、混合した以外は、実施例1と同様にして、サンプル食を得た。
【0046】
<<試料の調製>>
参考例1及び2並びに実施例1〜3のサンプル食を以下の(1)のようにしてラットに摂取させた後、このラットから(2)の背部角質層の採取、及び(3)のcDNAの調製を行った。
【0047】
(1)サンプル食の摂取
4週齢SD系雄性ラット30匹を参考例1のサンプル食にて、1週間馴化飼育後、6匹ずつ、参考例1のサンプル食の摂取群、参考例2のサンプル食の摂取群、実施例1のサンプル食の摂取群、実施例2のサンプル食の摂取群、実施例3のサンプル食の摂取群の計5群に分けて4週間飼育した。食餌は、午後4時から翌午前10時まで供与し、水は自由摂取とした。
【0048】
(2)背部角質層を採取
4週間飼育したラットについて、餌抜きし、ソムノペンチルで麻酔後、これらのラットの背部毛を剃り、その部分に瞬間接着剤を塗布したスライドグラスを付着させた後、スライドグラスを皮膚から引きはがすことにより背部角質層を採取した。
【0049】
(3)RNAの抽出及びcDNAの調製
背部角質層を採取後のラットの背部の皮膚を抜き取った。この皮膚からRNAを抽出した。皮膚切片を液体窒素下で破砕後、SV Total RNA Isolation System(Promega社)を用いてtotal RNAを抽出した。得られたRNAについて濃度を測定後、アガロース電気泳動にてRNAが分解されていないことを確認した。このtotal RNAをHigh Capacity cDNA Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems社)を用いてcDNA化した。
【0050】
<<試料の評価>>
参考例1及び2並びに実施例1及び2の摂取群のラットについて(3)で得られたcDNAについて、以下の(4)の遺伝子発現量測定を行った。また、参考例1及び2並びに実施例3の摂取群のラットについて(3)で得られたcDNAについて、以下の(5)の遺伝子発現量測定を行った。また参考例1及び2並びに実施例3の摂取群のラットについて(2)で得られた背部角質層について、以下の(6)のセラミド量測定を行った。
【0051】
(4)COL1A1、COL3A1、Has2遺伝子の発現量測定
参考例1及び2並びに実施例1及び2の摂取群のラットから(2)の方法で得られたcDNAを鋳型として、下記のプライマー及びプローブを用い、リアルタイムPCRにより、COL1A1、COL3A1、Has2遺伝子のそれぞれの発現量(mRNA量)を定量した。リアルタイムPCRは、Applied Biosystems社のreal time PCR Systemにより行った。
各遺伝子の発現量は、β-actinを内部標準として算定して求めた。
【0052】
プライマー及びプローブの配列
ラットCOL1A1(Genbank accession number:Z78279)
Mol. Nutr. Food. Res. 2010, 54, S53-S61(上記非特許文献1)のTable2に記載のプライマー及びプローブを用いた。
ラットCOL3A1
Forward primer: 5’-TTGGGATGCAACTACCTTGGT-3’/配列番号1
Reverse primer: 5’-TCCCCACTCCCACACACAT-3’/配列番号2
Probe: FAM-TGACATGGTTCTGGCTTCCAGACATCTCT-TAMRA/配列番号3の配列の5’末端を6-FAMで修飾し、3’末端をTAMRAで修飾したもの
ラットHas2遺伝子(Genbank accession number:AF008201)
非特許文献1のTable2に記載のプライマー及びプローブを用いた。
ラットβ−actin遺伝子(Genbank accession number:V01217)
非特許文献1のTable2に記載のプライマー及びプローブを用いた。
【0053】
COL1A1及びCOL3A1の発現量の平均値の結果を表2に、Has2遺伝子の発現量の平均値の結果を表3に示す。これらの表において各遺伝子の発現量は、参考例1の摂取群における発現量を1とした場合の相対値として示している。
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
(5)セラミド合成酵素遺伝子の発現量測定
参考例1及び2並びに実施例3の摂取群のラットから(3)の方法で得られたcDNAを鋳型として、発現量測定対象遺伝子に係るプライマー及びプローブとして、COL1A1、COL3A1、Has2に係るプライマー及びプローブの代わりに以下のプライマー及びプローブを用いた以外は(4)と同様の方法で、SPT遺伝子の発現量を求めた。得られた発現量の平均値を下記の表4に示す。
【0057】
ラットSPT遺伝子
Forward primer: 5’-CAGTGCAGCCTGCTTTGCTA-3’/配列番号4
Reverse primer: 5’-GCCTTTCGAGGATTCTTTTGATC-3’/配列番号5
Probe: FAM-CCAGAAAGGACTACAGGCATCACGCAG-TAMRA/配列番号6の配列の5’末端を6-FAMで修飾し、3’末端をTAMRAで修飾したもの
【0058】
(6)セラミド量の測定
(2)で得られたラット背部角質層をヘキサン:エタノール(体積比95:5)溶液に浸し、超音波処理を施し、背部角質層から脂質を抽出した。得られた抽出液から窒素ガスにて溶媒を蒸発させ、角質層の脂質を得た。クロロホルムにて脂質濃度を一定にした後、シリカゲルプレート (メルク社、HPTLC Silica gel 60F)にスポッティングし、クロロホルム:メタノール:酢酸(体積比192:7:1)で展開した。展開後、硫酸銅・リン酸溶液(リン酸8g及び硫酸銅(II)・五水和物15.63gを水に溶解し、100mlにした溶液)を噴霧し、乾燥後、150℃にて10分間加熱し、脂質を発色させた。セラミドのスポットを蛍光・発光画像解析装置LAS-3000(富士フィルム社製)にて数値化した。結果を表4に示す。
【0059】
【表4】
【0060】
表2の結果から、葛花処理物を含有しない場合、高脂肪食を摂取した参考例2では、普通食を摂取した参考例1に比べて皮膚におけるCOL1A1の発現量が低下する傾向が示されるところ、葛花処理物を含有する高脂肪食を摂取した実施例1及び2は、皮膚のCOL1A1の発現量が参考例2に比べて高いことが判る。
また、表2の結果から、葛花処理物を摂取した実施例1及び2、特に実施例2におけるCOL3A1の発現量は、葛花処理物を含有しない参考例1及び2の何れに比べても高いことが判る。
以上の結果から、葛花処理物を含有する本発明の剤が、COL1A1及びCOL3A1の発現促進を通じて、体内、特に皮膚のコラーゲンの合成を促進することが判る。また、葛花処理物を含有する本発明の剤が、COL1A1の発現促進を通じて、高脂肪食摂取によるコラーゲン合成量の低下を抑制することが判る。
【0061】
表3の結果から、高脂肪食下において、葛花処理物を含有している実施例1及び2では、葛花処理物を含有していない参考例2に比べてHas2遺伝子の発現量が高いことが判る。特に、葛花処理物の含有量が高い実施例2では、葛花処理物を含有していない普通食を摂取した参考例1に比べても、Has2遺伝子の発現量が高いことが判る。
以上の結果から、葛花処理物を含有する本発明の剤が、Has2遺伝子の発現促進を通じて、体内、特に皮膚のヒアルロン酸の合成を促進することが判る。また、葛花処理物を含有する本発明の剤が、Has2遺伝子の発現促進を通じて、高脂肪食摂取によるヒアルロン酸合成量の低下を抑制することが判る。
【0062】
表4の結果から、葛花処理物を含有していない高脂肪食を摂取した参考例2は、葛花処理物を含有していない普通食を摂取した参考例1に比べて皮膚におけるSPT遺伝子の発現量が低いのに対し、高脂肪食と共に葛花処理物を摂取した実施例3では、参考例2に比べてSPT遺伝子の発現量が高いことが判る。また表4の結果から、高脂肪食を摂取した参考例2では、普通食を摂取した参考例1よりも表皮のセラミド量が低いのに対し、実施例3では、参考例2に比べて表皮のセラミド量が高いことが判る。
以上の結果から、葛花処理物を含有する本発明の剤が、SPT遺伝子の発現促進を通じて、体内、特に皮膚のセラミドの合成を促進することが判る。また、葛花処理物を含有する本発明の剤が、SPT遺伝子の発現促進を通じて、高脂肪食摂取によるセラミド合成量の低下を抑制することが判る。