【課題】本件発明の課題は、密着性に優れ、且つ、広い波長範囲及び広い入射角範囲の光線に対して優れた反射防止特性を有し、且つ、実用上十分な耐久性を有する反射防止膜及び光学素子を提供することである。
【解決手段】上記課題を解決するため、基材20上に無機材料から成る無機下地層11と、無機酸化物等から成り、物理的膜厚が0.1nm以上150nm以下である表面改質層12と、アクリル樹脂等の樹脂又は有機ケイ素化合物から成り、物理的膜厚が0.1nm以上150nm以下の層である密着層13と、湿式成膜法により成膜され、中空シリカ粒子が前記バインダにより結着されて成ると共に、中空シリカ粒子の少なくとも一部が密着層13内に埋め込まれた低屈折率層14とを光学干渉層として備えた反射防止膜10及び光学素子100を提供する。
前記無機下地層は、屈折率が1.35以上2.35以下であり、透明無機材料から成る薄層が一層以上積層された光学膜である請求項1又は請求項2に記載の反射防止膜。
前記低屈折率層の表面に、屈折率が1.30以上2.35以下であり、且つ、物理的膜厚が1nm以上30nm以下の機能層を備える請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の反射防止膜。
入射角0度で入射する波長400nm以上700nm以下の光に対する反射率が0.5%以下であり、入射角0度以上45度以下で入射する波長400nm以上700nm以下の光に対する反射率が1.0%以下である請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の反射防止膜。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明に係る反射防止膜及び光学素子の実施の形態を説明する。
【0024】
1.反射防止膜10
まず、
図1を参照して本件発明に係る反射防止膜10の構成を説明する。本件発明に係る反射防止膜10は、基材20上に設けられる複数の光学干渉層(11、12、13、14)を備えた反射防止膜10であり、光学干渉層として、無機下地層11、表面改質層12、密着層13、及び、低屈折率層14を備えている。本件発明において、光学干渉層とは、入射光に対する界面反射光の位相変化を所定の値とすべく、薄膜の特性マトリックスに基づいて、屈折率と光学膜厚とが所定の値となるように光学設計された光学薄膜をいう。本件発明では、無機下地層11、表面改質層12、密着層13、及び、低屈折率層14の4層の光学干渉層を基材20上に当該順序で積層している。これにより、広帯域の波長域の光線が幅広い入射角範囲で入射した場合であっても、各界面において発生する界面反射光を利用して、光の干渉作用により表面反射光を相殺することができ、広い波長域及び広い入射角度範囲において低反射を達成することができる。また、本件発明では、低屈折率層14は、
図2(a)、(b)に示すように、中空シリカ粒子141がバインダ142で結着された構成を有し、湿式成膜法により成膜された層である。以下に説明するように、無機下地層11上に低屈折率層14を直接積層するのではなく、無機下地層11上に表面改質層12及び密着層13を介して低屈折率層14を積層することにより、反射防止膜10の基材20に対する密着性及び成膜性を良好なものとしている。以下、基材20及び各層について説明する。
【0025】
(1)基材20
まず、反射防止膜10が設けられる基材20について説明する。本件発明では、当該反射防止膜10が設けられる基材20として光学素子基材を用いることができる。光学素子基材は、ガラス製であってもよいし、プラスチック製であってもよく、その材質に特に限定はない。例えば、レンズ、プリズム(色分解プリズム、色合成プリズム等)、偏光ビームスプリッター(PBS)、カットフィルタ(赤外線用、紫外線用等)など各種の光学素子基材20を用いることができる。本件発明に係る反射防止膜10は、後述する通り、成膜性及び密着性に優れるため、レンズ曲率の大きい小型のレンズ等についても基材20として良好に用いることができる。
【0026】
(2)無機下地層11
次に、無機下地層11について説明する。無機下地層11は、基材20の表面に真空成膜法により成膜される無機材料から成るサブ層を1層以上積層した光学薄膜(単層膜又は多層膜(等価膜を含む))であり、当該反射防止膜10において光学干渉層として機能する。無機下地層11は、真空成膜法により基材20の表面に成膜されるため、基材20の表面に対して優れた密着性を有する。ここで、サブ層とは、無機下地層11を構成する物理的な一層を指す。本件発明では、無機下地層11を少なくとも1層以上のサブ層を積層した構成とし、各々のサブ層をそれぞれ光学干渉層として機能させて、当該反射防止膜10の低反射率を実現する。
【0027】
ここで、無機材料としては、屈折率が1.35〜2.35の透明無機材料が好ましい。このような透明無機材料として、例えば、Al
2O
3、ZrO
2+Al
2O
3、SiN、SiC、SiO、MgO、La
2O
3+Al
2O
3、Y
2O
3、In
2O
3+SnO
2、La
2Ti
2O
7、SnO
2、Ta
2O
5、HfO
2、ZrO
2、CeO
2、WO
3、ZrO
2+TiO
2、Ta
2O
5、Ta
2O
5+ZrO
2、Ta
2O
5+TiO
2、Ti
3O
5、Ti
4O
7、TiPr
6O
11+TiO
2、TiO、TiO
2、Nb
2O
5、TiO
2+La
2O
3、Pr
6O
11+TiO
2、SiO
2、SiO
xN
y、CeO
2、MgF
2、ZnS、YF
3を挙げることができる。
【0028】
本件発明において、真空成膜法として、物理的蒸着法及び化学的蒸着法のいずれも好適に用いることができる。物理蒸着法としては、真空蒸着法、スパッタ法、イオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法を挙げることができる。また、化学蒸着法としては、CVD法(プラズマCVD法を含む)を挙げることができる。これらの中でも、特に、真空蒸着法、スパッタ法、CVD法を好適に採用することができる。
【0029】
無機下地層11は、屈折率が1.35〜2.35の範囲を有する無機材料から成るサブ層を積層した単層膜又は多層膜である。光学的な観点からは、下地層、表面改質層、密着層及び低屈折率層を備えた反射防止膜10全体としてみることにより、通常の反射防止膜を設計する場合と同様にサブ層の屈折率と膜厚の設計をマトリクス法により行える。無機下地層11を構成するサブ層の積層数を増やすことにより、より高い反射防止性能をもつ反射防止膜10を得ることができる。
【0030】
より広帯域、且つ、より低反射の反射防止膜10を得るには、各サブ層の光学膜厚はそれぞれ150nm以下であることが好ましい。各サブ層の光学膜厚が150nmを超える場合、必要のないリップルの多い設計となり当該反射防止膜10の平均反射率を低く保つことができないため、好ましくない。
【0031】
(3)表面改質層12
次に、当該反射防止膜10の第二層目の光学干渉層として機能する表面改質層12について説明する。表面改質層12は、無機下地層11上に真空成膜法により成膜され、無機酸化物、又は、無機有機複合材料、若しくは、これらの少なくとも一の材料を含む混合物から成り、次層である密着層13を形成する際に用いる塗工液に対して濡れ性を有する層である。表面改質層12は、無機下地層11と同様に真空成膜法により成膜されるため、無機下地層11の表面に対する密着性が良好である。また、当該表面改質層12は、密着層13を形成する際に用いる塗工液に対して濡れ性を有する。このため、表面改質層12の表面に、密着層13を湿式成膜法により良好に成膜することができ、表面改質層12と密着層13との密着性を良好にすることができる。なお、真空成膜法は、無機下地層11において説明した方法と同様の方法を採用することができる。このため、ここでは真空成膜法についての説明を省略する。
【0032】
ここで、上記塗工液に対して濡れ性を有するとは、当該表面改質層12に対する上記塗工液の接触角が45°未満であることをいう。当該接触角が45°以上である場合、塗工液は表面改質層12の表面に濡れ難く、密着層13を成膜することは困難になる。一方、当該接触角が45°未満であれば、塗工液が表面改質層12の表面に濡れるようになり、この接触角が低いほど、塗工液が表面改質層12によく濡れ、表面改質層12の表面にムラの無い、均一な密着層13を成膜することができるようになる。これと同時に表面改質層12と密着層13との密着性もより良好なものとすることができる。当該観点から、当該接触角は、30°以下であることが好ましく、10°以下であることがより好ましく、5°以下であればさらに好ましい。
【0033】
表面改質層12を形成する際に用いる成膜材料として、上記接触角が上述した範囲内となる無機酸化物、或いは、無機有機複合材料であれば、いずれも好ましく用いることができる。また、後述するUV洗浄等の表面処理を行なえば、無機酸化物としてNb
2O
5、ZrO
2、Al
2O
3やTiO
2など多くの材料を成膜材料として選択することができる。ただし、表面処理を行っても、経時的に接触角が表面処理前の接触角に戻ることが知られている。従って、長時間、良好な接触角を維持するにはSiを含む材料を成膜材料として用いることが好ましい。例えば、Siを含む無機酸化物としては、真空蒸着でつけることのできるSiO
2、SiOを好適に用いることができる。また、Siを含む無機有機複合材料として、例えば、ヘキサメチルジシロキサン(HMDSO)を好適に用いることができる。これらの材料を用いることにより、上記塗工液との濡れ性に優れた表面改質層12を得ることができる。なお、ヘキサメチルジシロキサン等の有機ケイ素酸化物を用いて、CVD法により表面改質層12を成膜した場合、炭化水素を含むSiO
2層(有機酸化ケイ素膜)となる。
【0034】
このとき、表面改質層12の表面に対して、UV表面処理、プラズマ処理等を施してもよい。これらの表面処理を行うことにより、表面改質層12の濡れ性をより向上することができる。表面改質層12に対する上記塗工液の接触角範囲は表面処理を施さない場合の値であってもよいし、表面処理を施した後の値であってもよい。いずれの場合であっても、密着層13を形成する際に、表面改質層12上記塗工液に対する接触角が上記範囲内であることが好ましい。また、上述した様に、接触角が低い方が成膜性及び密着性がより良好なものとなるため、成膜後の表面改質層12自体の接触角が上記範囲内の値を示す場合であっても、上記表面処理により、当該表面改質層12の接触角をより低くしてもよいのは勿論である。
【0035】
ここで、表面処理としてUV表面処理を採用した場合、膜の表面を粗面化することなく、膜の表面に濡れ性を与えることができる。また、このとき、UV表面処理として、いわゆるUV洗浄処理を施せば、表面改質層12の表面に付着する有機汚染物等の汚れ等を除去することができる。これにより、表面改質層12の表面を清浄にし、密着層13の成膜性をより良好なものとすることができる。例えば、アイグラフィックス社製のUV洗浄器を用いて、180秒程度、UV洗浄処理を行うことにより、常温保管時に15°〜30°であったSiO
2層の上記塗工液に対する接触角を、10°以下に低下させることができる。
【0036】
また、上記プラズマ処理としては、減圧装置等を要しないという観点から大気圧プラズマ処理が好ましい。プラズマ処理を施すことにより、UV洗浄処理を施す場合と同様に、表面改質層12の表面に付着する有機汚染物等の汚れ等を除去することができる。また、プラズマ処理を施すことにより、表面改質層12の表面の濡れ性を改善し、表面改質層12と密着層13との密着性を優れたものとすることができる。例えば、日本電子株式会社製のプラズマ銃を用いて、Ar、O
2雰囲気下、放電電流25A〜38A、放電電圧120V、真空度1.6×10
−2Pa〜2.0×10
−2Paにおいてプラズマ処理を実施した場合、常温保管で10°〜30°であったSiO
2層の上記接触角を5°以下に低下させることができる。
【0037】
次に、表面改質層12の物理的膜厚について説明する。表面改質層12の物理的膜厚は、0.1nm以上150nm以下であることが好ましい。表面改質層12の物理的膜厚が0.1nm未満である場合、凹凸曲面を有するレンズ等を基材20として採用した場合、このような凹凸曲面に対して、当該表面改質層12を均一に、且つ、ムラ無く成膜することは困難であり、好ましくない。凹凸曲面に対しても、均一でムラのない膜を成膜するという観点において、表面改質層12の物理的膜厚は1nm以上であることがより好ましい。一方、表面改質層12の物理的膜厚が150nmを超える場合、光学干渉層としての表面改質層12に要求される光学特性を満たすように膜設計を行うことが困難になる。すなわち、上記位相変化が適切な値となるように反射防止膜10の光学設計を行うことが困難になり、その結果、反射防止膜10の反射防止性能の低下を招く恐れがあり、好ましくない。当該観点から、表面改質層12の物理的膜厚は120nm以下であることがより好ましい。
【0038】
(4)密着層13
次に、当該反射防止膜10の第三層目の光学干渉層として機能する密着層13について説明する。密着層13は、表面改質層12上に湿式成膜法により上記塗工液を用いて成膜され、次層である低屈折率層14を形成する際に用いるバインダ142と密着性を有する材料から成る層である。ここで、低屈折率層14は、
図2(a)、(b)を参照して、既に説明したように、中空シリカ粒子141がバインダ142により結着されてなる層である。密着層13を、このバインダ142と密着性を有する材料から構成することにより、密着層13に対してバインダ142が密着し、バインダ142を介して中空シリカ粒子141を密着層13に密着させることができる。
【0039】
ここで、上記バインダ142に対する密着性を有する材料として、バインダ142と同一の材料を用いてもよいし、バインダ142とは異なる材料であるがバインダ142と密着性を有する材料を用いてもよい。バインダ142に対する密着性をより強固なものとするという観点から、バインダ142と同一の材料を用いることが好ましい。このような材料として、具体的には、アクリル樹脂、ポリメタクリル酸メチル樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、シクロオレフィン樹脂(例えば、ZEONEX(登録商標、以下同じ)等)及び有機ケイ素化合物を挙げることができる。また、有機ケイ素化合物として、有機ケイ素酸化物であるHMDSOを用いることができる。また、シラン系カップリング剤を用いてもよい。これらの材料は、熱硬化性、紫外線硬化性、常温硬化性の化合物であることが好ましく、後述するゲル層131を作製するという観点からは熱硬化性又は紫外線硬化性の化合物であることが好ましい。なお、中空シリカ粒子141のバインダ材としては、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、有機ケイ素化合物が用いられることが多く、上記列挙した材料はいずれもこれらのバインダ材との密着性に優れている。密着層13をこれらの材料から成る層とすることにより、低屈折層14を成膜する際の作業性を良好なものとすることができる。
【0040】
密着層13は、上述した通り、湿式成膜法により形成される。湿式成膜法として、例えば、ディップコート法、スピンコート法、スプレーコート法、ロールコーティング法、スクリーン印刷法を挙げることができる。基材20の形状、成膜する膜厚等に応じて、適宜、適切な手法を採用することができる。
【0041】
密着層13を形成する際に用いる塗工液は、上記バインダ142に対する密着性を有する材料自体又はその単量体化合物(以下、「重合硬化成分」という)を溶剤により適当な濃度及び粘度となるように希釈し、必要に応じて架橋剤又は重合開始剤等の硬化剤を添加したものである。密着層13を形成する際には、表面改質層12の表面に当該塗工液が適当な厚みとなるように塗工される。そして、この塗工膜に対して熱処理又は紫外線照射を施すことにより、塗工膜が硬化する。この硬化反応と同時に、或いは、事後的に、溶剤を除去することにより、塗工膜が硬化した密着層13を得ることができる。
【0042】
ここで、熱処理を行う場合には、90℃以上350℃以下で行うことが好ましく、150℃以下であることがより好ましい。例えば、樹脂基材等の熱膨張係数の比較的高い材料から成る基材20を用いる場合でも、当該温度範囲で行う熱処理であれば、基材20の熱膨張変形を防止することができる。なお、熱処理に関しては、他の層の形成時においても同様である。また、熱処理を行う際には、比熱の高い基材が多いため、基材に対して均一に加熱を行なうにはホットプレートのような熱伝導を利用する手法よりも、クリーンオーブンやイナートガスオーブンのような基材全体を加熱する手法がより好ましい。
【0043】
また、熱処理により、塗工膜を硬化する際には、90℃以上200℃以下で、10秒以上600秒以下プレベークを行った後、90℃以上350℃以下で、10分以上24時間以下でポストベークを行うことが好ましい。塗工膜をプレベークすることにより、比較的低温で塗工膜中の溶剤をゆっくりと揮発させることができる。そして、その後、ポストベークにより、塗工膜中の重合成分を重合架橋させると共に、溶剤を揮発させることで、緻密でムラのない膜を形成することができる。
【0044】
ここで、塗工膜に対してプレベークを施すと、塗工膜はゲル状態になる。本件発明において、低屈折率層14の成膜前の段階では、塗工膜を完全に硬化せず、ゲル状態の塗工膜の表面に低屈折率層14を成膜し、その後、塗工膜を完全に硬化させることも好ましい態様である。ゲル状態の塗工膜の表面に低屈折率層14を成膜すると、例えば、
図3に示すように、低屈折率層形成用の塗工液中の中空シリカ粒子141が自重により塗工膜(密着層13)内に沈降する。この状態で、ポストベーク、或いは、紫外線照射を行うと、塗工膜中の重合成分が重合又は架橋し、中空シリカ粒子141の一部が密着層13に埋め込まれた状態で密着層13が硬化する。
【0045】
このように中空シリカ粒子141の一部が密着層13に埋め込まれた状態とすることにより、既に硬化させた密着層13上に低屈折率層14を成膜する場合(
図2(b)参照)に比して、中空シリカ粒子141と密着層13とがバインダ142を介して密着する面積を増加させることができる。これにより、中空シリカ粒子141をバインダ142を介して密着層13により強固に密着させることができる。
【0046】
低屈折率層14をゲル状態の塗工膜の表面に成膜する場合、
図3に示すように、密着層13全体をゲル層131として構成してもよいし、
図4に示すように、密着層13をゲル状態のゲル層131と、塗工膜中の重合成分を硬化した硬化層132とを備える構成とし、密着層13の表面側にゲル層131を配置する構成を採用してもよい。但し、ゲル層131とは、低屈折率層14の成膜直前の段階においてゲル状態にある領域若しくは層を指し、硬化層132とは低屈折率層14の成膜直前の段階において完全に硬化した状態にある領域若しくは層を指す。
【0047】
低屈折率層14の成膜直前の段階において、密着層13全体をゲル層(131)とするか、密着層13をゲル層131と硬化層132との二層構成とするかは、密着層13に要求される物理的膜厚に応じて、適宜、いずれかの構成を採用することができる。いずれの構成を採用した場合であっても、ゲル層131の物理的膜厚は、0.1nm以上30nm以下であることが好ましい。ゲル層131の物理的膜厚が0.1nm未満である場合、均一で、ムラのないゲル層131を成膜することが困難になる。一方、ゲル層131の物理的膜厚が30nmを超えると、中空シリカ粒子141の粒径にもよるが、中空シリカ粒子141が密着層13内に沈降する度合いにバラツキが生じ、その結果、反射防止膜10の量産バラツキ及び品質バラツキが生じる場合がある。これに対して、ゲル層131の物理的膜厚が30nm以下の場合、中空シリカ粒子141が密着層13内に沈降する度合いを概ね均一にすることができ、量産バラツキ及び品質バラツキが生じるのを防止することができる。
【0048】
ここで、密着層13全体の物理的膜厚は0.1nm以上150nm以下であることが好ましい。密着層13全体の物理的膜厚が0.1nm未満である場合、例えば、基材20がレンズである場合に、湿式成膜法により、凹凸曲面である基材20の表面(光学面)に対してこのような薄い膜を均一に、且つ、ムラ無く成膜するのは困難であるため好ましくない。均一でムラのない膜を成膜するという観点において、密着層13の物理的膜厚は1nm以上であることがより好ましい。また、密着層13と低屈折率層14との密着性を良好なものとするという観点からは、密着層13の物理的膜厚は厚い方が好ましく、5nmよりも厚いことが好ましい。
【0049】
一方、密着層13の物理的膜厚が150nmを超える場合、密着層13に要求される光学干渉層としての光学特性を発揮することが困難になる。すなわち、表面改質層12の場合と同様に、上記位相変化が適切な値となるように、反射防止膜10の光学設計を行うことが困難になる。その結果、反射防止膜10の反射防止性能が低下する恐れがあり、好ましくない。当該観点から、密着層13の物理的膜厚は120nm以下であることがより好ましい。
【0050】
また、上述した通り、ゲル層131の物理的膜厚は、30nm以下であることが好ましいため、密着層13全体の物理的膜厚を30nmより厚くする場合であって、ゲル層131を設ける場合には、密着層13をゲル層131と硬化層132との二層構成とすることが好ましい。なお、硬化層132は、物理的に一層である必要はなく、完全に硬化させた薄膜を複数層積層したものであってもよい。
【0051】
(5)低屈折率層14
次に、第四層目の光学干渉層である低屈折率層14について説明する。低屈折率層14は、既に述べた通り、上記密着層13上に湿式成膜法により成膜される層であり、中空シリカ粒子141が前記バインダ142により結着されて成る層である。
【0052】
ここで、本件発明において、中空シリカ粒子141とは、バルーン構造(中空構造)を有するシリカ粒子を指し、具体的には、
図2(a)に模式的に示すように、シリカから成る外殻部141aと、この外殻部141aに周囲が完全に囲まれた中空部141bとから構成されたシリカ粒子を指す。本件発明では、低屈折率層14の構成成分として、中空部141bを有する中空シリカ粒子141を主たる成分として採用することにより、低屈折率層14の屈折率をシリカ自体の屈折率(1.48)よりも低減可能とした。また、シリカ粒子内に細孔を多数有する多孔質シリカの集合体から構成された低屈折率層14等に比して、
図2(b)に示すように、外殻部141aにより周囲が完全に包囲された中空シリカ粒子141をバインダ142により結着した層とすることにより、当該低屈折率層14を密着層13に強固に密着させて、耐擦傷性や耐久性に優れた反射防止膜10とすることができる。
【0053】
ここで、本件発明において、中空シリカ粒子141は、バインダ142によりその外側(外殻部141aの外側)が被覆された状態で、互いに結着されていることが好ましい。中空シリカ粒子141の外側がバインダ142により被覆された状態で、中空シリカ粒子141同士が互いにバインダ142を介して結着されることにより、密着層13との密着性が増す。これに伴い、反射防止膜10の耐久性や耐擦傷性も向上する。また、中空シリカ粒子141の外側をバインダ142により被覆することにより、中空シリカ粒子141内の中空部141bや、低屈折率層14内の空隙部143に対して、水や他の液体が吸着するのを抑えることができる。
【0054】
更に、
図3及び
図4を参照して説明した通り、中空シリカ粒子141の一部が密着層13内に埋め込まれていることがより好ましい。これにより、上述した通り、中空シリカ粒子141が密着層13内に埋め込まれていない場合(
図2(b)に示す場合)と比較すると、密着層13と低屈折率層14との密着性が更に良好になるためである。ここで、中空シリカ粒子141の一部が密着層13内に埋め込まれるとは、例えば、
図3及び
図4に示すように、当該反射防止膜10の厚み方向において、複数の中空シリカ粒子141が積み重なっている場合に、密着層13と低屈折率層14との界面に位置する中空シリカ粒子141(一粒子)の一部のみが埋め込まれていてもよいし、一粒子以上の中空シリカ粒子141が密着層13内に埋め込まれていてもよい。一粒子以上の中空シリカ粒子141が密着層13内に埋め込まれた場合、密着層13と低屈折率層14との界面には、密着層13の屈折率よりも高く、低屈折率層14の屈折率よりも低い屈折率を有する中間屈折率領域が設けられる。中空シリカ粒子141を密着層13内に埋め込む割合は、反射防止膜10の光学設計に基づいて、適宜設計することができる。但し、中空シリカ粒子141が一粒子以上密着層13内に埋め込まれる場合、本件発明において低屈折率層14とは、上記中間屈折率領域を除いた領域(層)を指すことになる。
【0055】
以上のように構成された低屈折率層14において、その屈折率は、1.15以上1.24以下であることが好ましい。低屈折率層14の屈折率が1.15未満である場合、中空シリカ粒子141をバインダ142により被覆し、且つ、中空シリカ粒子141をバインダ142により被覆した状態で十分に結着することが困難になる。従って、低屈折率層14の屈折率が1.15未満の場合、低屈折率層14の耐久性等が低下するため、好ましくない。当該観点から、低屈折率層14の屈折率は1.17以上であることがより好ましい。一方、低屈折率層14の屈折率が1.24を超える場合は、設計中心波長における反射率が高くなるため好ましくない。従って、当該観点から、低屈折率層14の屈折率は上記範囲内において低い方が好ましく、1.23以下であることがより好ましい。
【0056】
また、低屈折率層14内には、
図2(b)、
図3及び
図4に示すように、中空シリカ粒子141の中空部141b以外の空隙部143が存在することが好ましい。低屈折率層14内に、中空シリカ粒子141内の中空部141b以外の空隙部143が存在することにより、低屈折率層14の屈折率をシリカ自体の屈折率よりも更に低減することができる。本件発明では、上述した通り、真空成膜法で成膜される無機下地層11上に、真空成膜法で成膜される表面改質層12と、湿式成膜法で成膜される密着層13とを介して、低屈折率層14を湿式成膜法で成膜することにより、この空隙部143をバインダ材等により充填することなく、低屈折率層14の密着性を良好なものとしている。このため、低屈折率層14の屈折率を1.20とした場合であっても、実用上十分な耐久性及び耐擦傷性を維持することができる。
【0057】
低屈折率層14において中空シリカ粒子141が占める体積は、30体積%以上99体積%以下であることが好ましい。ここでいう中空シリカ粒子141が占める体積とは、低屈折率層14において、中空シリカ粒子141の外殻部141aと、この中空部141bに囲まれる中空部141bとを含む中空シリカ球の全体積を意味する。低屈折率層14において中空シリカ粒子141が占める体積が30体積%未満である場合、低屈折率層14の耐久性や耐擦傷性が低下するため好ましくない。また、中空シリカ粒子141の占める体積が30体積%未満である場合、低屈折率層14においてバインダ142が占める体積率が増加する。その結果、低屈折率層14の屈折率を上記範囲内の値になるようにすることが困難になる場合がある。これらの観点から、低屈折率層14において中空シリカ粒子141が占める体積は60体積%以上であるとより好ましい。一方、低屈折率層14において中空シリカ粒子141が占める体積が99体積%を超える場合、中空シリカ粒子141同士を結着するバインダ142が占める体積比が低く、中空シリカ粒子141同士を十分に結着することができず、その結果、低屈折率層14を形成することが困難になる。中空シリカ粒子141同士を十分に結着し、低屈折率層14内に存在する空隙部143の比率を増加させるという観点から、低屈折率層14において中空シリカ粒子141が占める体積は90体積%以下であることがより好ましい。
【0058】
低屈折率層14の構成材料としての中空シリカ粒子141は、その平均粒径D
50が5nm以上100nm以下であることが好ましい。中空シリカ粒子141の平均粒径D
50が5nm未満である場合、低屈折率層14内に中空シリカ粒子141の中空部141b以外の空隙部143を設けることが困難になる。一方、中空シリカ粒子141の平均粒径が100nmを超える場合、光の散乱(ヘイズ)が発生する場合があり好ましくない。光の散乱が発生した場合、当該中空シリカ粒子141を用いた反射防止膜10は、撮像素子に要求される反射防止性能を満たすことができず、好ましくない。さらに、中空シリカ粒子141の平均粒径が100nmを超える場合、低屈折率層14の物理膜厚を数nm単位で精密に制御することが極めて困難になる。
【0059】
一方、バインダ142としては、樹脂材料又は金属アルコキシドを採用することができる。樹脂材料としては、例えば、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、フッ素樹脂、シリコーン樹脂、シクロオレフィン樹脂(例えば、ZEONEX(登録商標)等或いはこれらの単量体化合物を挙げることができる。これらの樹脂材料は紫外線硬化性、常温硬化性、又は熱硬化性の化合物であることが好ましく、特に紫外線硬化性又は常温硬化性の化合物であることが好ましい。樹脂基材等の熱膨張係数の高い基材20を用いる場合に、熱処理を行わなくとも低屈折率層14の形成が可能であれば、基材20の熱膨張変形を防止することができるためである。具体的な層形成方法として、例えば、これらの材料と、中空シリカ粒子141とを混合して、必要に応じて重合開始剤や架橋剤等を添加し、溶剤等により適切な濃度に希釈して塗工液を調製し、ディップコート法、スピンコート法、スプレー法、ロールコーティング法、スクリーン印刷法等の湿式法を採用することができる。これらの方法により無機下地層11の表面に塗工液を適切な厚みとなるように塗布し、その後、紫外線照射、或いは熱処理を施すことなどにより重合架橋して、溶媒を揮発させること等により低屈折率層14を形成することができる。
【0060】
また、金属アルコキシドを溶媒に溶解または懸濁して、ゾルを形成し加水分解・重合によりゲルが生成される材料であることが好ましく、例えば、アルコキシシラン又はシルセスキオキサン等の加水分解・重合によりシリカゲルが生成される材料を用いることが好ましい。これらの材料と、中空シリカ粒子141とを、溶媒に溶解又は懸濁してゾルゲル剤を調製し、無機下地層11の表面にゾルゲル剤をスプレーコート法、スピンコート法、ディップコート法、フローコート法、バーコート法等により塗布し、加水分解により中空シリカ粒子141を含むゲルを作成し、溶媒を揮発させること等により、低屈折率層14を形成することができる。
【0061】
また、低屈折率層14の光学膜厚は、100nm以上180nm以下の範囲内であることが好ましい。但し、光学膜厚とは、当該層の屈折率×物理膜厚(nm)により得られる値を指す(以下、同じ)。低屈折率層14の光学膜厚が100nm未満である場合や180nmを超える場合、上記位相変化を適切な値とすることが困難になり、反射防止膜10の反射防止性能が低下する恐れがあるため、好ましくない。
【0062】
(6)機能層16
本件発明においては、
図1に示すように、低屈折率層14の表面に、屈折率が1.30以上2.35以下であり、且つ、物理的膜厚が0.1nm以上30nm以下の機能層16を設けてもよい。本件発明に係る反射防止膜10は、基材20上に設けられる無機下地層11、表面改質層12、密着層13及び低屈折率層14とから成る光学的四層構造を反射防止機能に関する主たる構成としている。機能層16は、これらの光学的四層構造により得られる反射防止効果に光学的な影響を与えない透明な極薄い膜であって、反射防止膜10の表面の硬度、耐擦傷性、耐熱性、耐候性、耐溶剤性、撥水性、撥油性、防曇性、親水性、耐防汚性、導電性等の向上等の機能を有する層を指す。
【0063】
ここで、機能層16の屈折率が1.30以上2.35以下であって、且つ、物理的膜厚が0.1nm以上30nm以下であれば、本件発明に係る反射防止膜10による反射防止効果に対する光学的な影響を無視することができる。屈折率が上記範囲を超える場合、当該反射防止膜10の反射防止特性に光学的に影響を及ぼす恐れがある。また、膜厚が1nm未満であると、機能層16を設けても当該機能層16に要求される機能を発揮することができず好ましくない。また、膜厚が30nmを超える場合、屈折率が上記範囲内であっても、当該反射防止膜10の反射防止特性に光学的な影響を及ぼす恐れがあるため、好ましくない。
【0064】
機能層16を構成する材料としては、屈折率が1.30以上2.35以下の透明材料を用いることができる。屈折率が当該範囲内であって透明な材料であれば、反射防止膜10の表面に付与すべき機能に応じて、適宜、適切な材料を選択すればよい。例えば、屈折率が当該範囲内の透明な無機材料として、SiO
xN
y/SiO
2/SiO
x/Al
2O
3/ZrO
2とTiO
2との混合物/La
2O
3とTiO
2との混合物/SnO
2/ZrO
2/La
2O
3とAl
2O
3との混合物/Pr
2O
5/ITO(酸化インジウムスズ)/AZO(酸化亜鉛アルミニウム)などを挙げることができる。また、DLC(ダイアモンドライクカーボン)/HMDSO(ヘキサメチルジシロキサン)/エポキシ系の樹脂/アクリル系の樹脂(特に、PMMA樹脂(ポリメタクリル酸メチル樹脂)/フッ素系の樹脂等を用いることができる。また、これらの材料を含む各種ハードコート剤を用いてもよい。機能層16の形成に際しては、材料及び膜厚に応じて適宜、適切な成膜方法を採用することができる。
【0065】
機能層16を低屈折率層14の表面に設ける場合、低屈折率層14の光学膜厚と機能層16の光学膜厚とを合計した全光学膜厚が100nm以上180nm以下とすることが求められる。この範囲を超えると、当該反射防止膜10の反射防止効果が低下する場合があり好ましくない。
【0066】
(7)反射率
以上の構成を有する反射防止膜10では、下地層11、表面改質層12、密着層13、及び、低屈折率層14の各層の物理的膜厚を上述した好ましい範囲内とすることにより、入射角0度で入射する波長400nm以上800nm以下の光に対する反射率が0.5%以下にすることができ、入射角0度以上45度以下で入射する波長400nm以上700nm以下の光に対する反射率が1.0%以下にすることができる。
【0067】
2.光学素子
本件発明に係る光学素子100は、上記記載の反射防止膜10を備えることを特徴とする。光学素子100としては、撮影光学素子や投影光学素子を挙げることができ、具体的には、レンズ、プリズム(色分解プリズム、色合成プリズム等)、偏光ビームスプリッター(PBS)、カットフィルタ(赤外線用、紫外線用等)などを挙げることができる。また、レンズとして、例えば、一眼レフカメラの交換レンズやデジタルカメラ(DSC)に搭載されるレンズ、携帯電話機に搭載されるデジタルカメラ用のレンズ他、各種のレンズが挙げられる。なお、
図1に示す光学素子100は、本件発明の一例であり、層構成等を模式的に示したものに過ぎない。
【0068】
以上説明した上記実施の形態によれば、既に述べた通り、基材20上に真空成膜法により成膜された無機下地層11上に、真空成膜法で成膜されると共に、密着層13を形成する際に用いる塗工液に対して濡れ性を有する表面改質層12と、低屈折率層14を形成する際に用いるバインダ142との密着性を有する密着層13とを介して、中空シリカ粒子141がバインダ142で結着されて成る低屈折率層14を備えるため、基材20との密着性に優れた反射防止膜10を得ることができる。また、密着層13と低屈折率層14とは、それぞれ湿式成膜法により成膜されるが、それぞれ濡れ性のよい表面又は密着性のよい表面に成膜されるため、これらの成膜性についても良好なものとすることができる。さらに、低屈折率層14は、密着層13に密着しているため、中空シリカ粒子141の脱落等が防止されている。中空シリカ粒子141自体は耐久性等に優れる材料であるため、反射防止膜10の表面側に中空シリカ粒子141の層を設けることにより、当該反射防止膜10の耐久性等を優れたものとすることができる。更に、本件発明に係る反射防止膜10において、無機下地層11、表面改質層12、密着層13及び低屈折率層14はいずれも光学干渉層として機能するため、各層間或いは基材との界面において生じる界面反射光を利用して、光の干渉作用により、広い波長範囲及び広い入射角範囲の光線に対して優れた反射防止特性を示す。
【0069】
以上説明した本実施の形態は、本件発明に係る反射防止膜10及び光学素子100の一態様であり、本件発明の趣旨を逸脱しない範囲において、適宜変更可能であるのは勿論である。具体的には、本件発明に係る反射防止膜10は、無機下地層11と、表面改質層12とは物理的に別の層として説明したが、例えば、真空成膜法で成膜する無機下地層11と、表面改質層12とはその構成可能な材料が一部重複している。従って、単層から成る無機下地層11又は、複数のサブ層からなる無機下地層11の最表層に配置されるサブ層を、表面改質層12の成膜材料としても使用可能な材料を用いて成膜した場合、必要に応じて表面処理を施すことにより、当該無機下地層11の表面は密着層13を形成する際に用いる塗工液に対して十分な濡れ性を有する。従って、表面改質層12を設ける手間を省力することができる場合もある。これらのような場合であっても、本件発明に含めることができる。以下、実施例を挙げて本件発明をより具体的に説明するが、本件発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0070】
実施例1では、基材20として、株式会社オハラ製のS−LAH66光学ガラス製のレンズ(屈折率n=1.77)を用いた。そして、この基材20の表面に、表1に示す積層構造を有する反射防止膜10を設けた。具体的には、次のようにして反射防止膜10を作製した。まず、基材20の表面に、無機下地層11を株式会社シンクロン社製の真空成膜装置(RAS1100A)を用いて反応性スパッタ法により成膜した。無機下地層11は、表1に示すように、極薄膜のSiO
2層(屈折率1.48)と、極薄膜のNb
2O
5層(屈折率2.35)とを交互に三層ずつ積層した6層から成る混合膜とした。無機下地層11を構成する各層の屈折率及び物理的膜厚は表1に示す通りである。このように得た無機下地層11の表面に、表面改質層12として、物理的膜厚が5nmのSiO
2膜を無機下地層11と同じ方法で成膜した。なお、本件明細書において、単に「SiO
2」と記載した場合には、中空構造を有しない通常のシリカを指す。
【0071】
次に、この表面改質層12の表面をUV洗浄した。そして、アクリル樹脂をPGMEA(プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート)で希釈した溶液を塗工液として用いて、ミカサ社製のMS−A150を用いてスピンコート法により塗工膜を成膜した。なお、UV洗浄後の表面改質層12の塗工液に対する接触角は、5°以下であった。その後、塗工膜をクリーンオーブンにより90℃で12秒加熱(プレベーク)した後、150℃で1時間加熱(ポストベーク)して塗工膜中の重合成分の重合架橋を行うと共に溶媒を揮発した。これにより、塗工膜を完全に硬化し、屈折率が1.54、物理的膜厚が30nmの密着層13を得た。
【0072】
次に、この硬化させた密着層13の表面に、低屈折率層14を成膜した。低屈折率層14の成膜に際して、溶剤に中空シリカ粒子141と、バインダ成分としてのアクリル樹脂を溶解、懸濁、調製した塗工液を用いて、密着層13と同様にスピンコート法により成膜した。そして、密着層13と同様の熱処理を施し、これにより中空シリカ粒子141がアクリル樹脂(バインダ141)で結着して成る低屈折率層14を得た。当該低屈折率層14の屈折率は、1.20であり、その物理的膜厚は116nmであった。
【0073】
【表1】
【実施例2】
【0074】
実施例2では、密着層13を硬化層とゲル層との二層構造を採用し、層構成及び各層の厚みを表2に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここでは、実施例1における反射防止膜10の成膜方法と異なる点についてのみ説明する。
【0075】
実施例2では、次のようにして密着層13を成膜した。まず、UV洗浄を施した表面改質層12の表面に、膜厚が80nmとなるようにアクリル樹脂から成る硬化層132を形成した。硬化層132の形成に際しては、実施例1における密着層13の成膜方法と同じ方法を採用した。そして、硬化層132の表面に、硬化後のゲル層131の膜厚が20nmになるように、ゲル層131を成膜した。ゲル層131の成膜は、ポストベークを行わなかった以外は、実施例1における密着層13の成膜方法と同じ方法を採用した。そして、ゲル層131の表面に、実施例1と同じ方法で低屈折率層14を膜厚が116nmになるように成膜し、その後、ポストベークを行ってゲル層131及び低屈折率層14を硬化して、反射防止膜10を得た。なお、プレベーク及びポストベークの条件は、実施例1と同じ条件を採用した。
【0076】
【表2】
【実施例3】
【0077】
実施例3では、無機下地層11として、表3に示す3層のサブ層からなる構成を採用し、各層の厚みを表3に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を得た。無機下地層11を構成する各サブ層は、株式会社シンクロン社製の真空蒸着装置(BMC1300)を用いて真空蒸着法により成膜した。
【0078】
【表3】
【実施例4】
【0079】
実施例4では、低屈折率層14を成膜する前の段階において、密着層13全体をゲル層131とし、層構成及び各層の厚みを表4に示す通りとした以外は、実施例1及び実施例2と同様にして反射防止膜10を得た。ゲル層131の成膜は、実施例2で説明した方法と同じ方法で行い、硬化後のゲル層131の厚みが30nmになるようにして成膜した。但し、本実施例では、低屈折率層14を成膜する際に低屈折率層14の溶媒がゲル層131の膜厚に影響を与えるため、ゲル層13の物理膜厚にバラツキが発生することがわかった。当該物理膜厚をコントロールすることが困難であったため、他の実施例と異なり、反射率測定用のサンプルを3つ作製した。なお、物理膜厚を測定した結果、20±5nmの範囲内であることがわかった。
【0080】
【表4】
【実施例5】
【0081】
次に、実施例5では、基材20として、SCHOTT AG社製のN−BK7を採用し、層構成及び各層の厚みを表5に示す通りとし、表面改質層12をHMDSDOを用いてCVD法により成膜した炭化水素を含むSiO
2層(有機ケイ素酸化物層)とした以外は、実施例1と同様にして実施例5の反射防止膜10を作製した。
【0082】
【表5】
【実施例6】
【0083】
実施例6では、層構成及び各層の厚みを表6に示す通りとし、低屈折率層14の屈折率を1.20から1.24に変更した以外は、実施例5と同様にして実施例6の反射防止膜10を作成した。なお、低屈折率層14の屈折率は、塗工液に含まれるアクリル樹脂の量を増やすことにより、調整した。
【0084】
【表6】
【実施例7】
【0085】
実施例7では、実施例5と同じ基材20を用いて、層構成及び各層の厚みをそれぞれ表7の通りとした以外は、実施例1と同様にして、実施例7の反射防止膜10を作製した。ここで、表7に示す通り、表面改質層12であるSiO
2層の厚みが他の実施例と比較すると、100nmと厚くなっている。また、密着層13として、シリコーン樹脂層を採用した。
【0086】
【表7】
【実施例8】
【0087】
実施例8では、実施例5と同じ基材を用いて、各層の構成及び各層の厚みを表8に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして実施例8の反射防止膜10を作製した。ここで、表8に示すように、実施例8では、表面改質層12としてTiO
2層を採用し、密着層12としてPMMA樹脂層を採用した。また、PMMA樹脂層は、塗工液として、トルエンにPMMA樹脂を溶解したものを用いた。
【0088】
【表8】
【実施例9】
【0089】
実施例9では、層構成及び各層の厚みを表9に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここで、表9に示す通り、実施例9では、密着層13として、物理的膜厚が1nmの極薄いシラン系カップリング剤層を採用した。
【0090】
【表9】
【実施例10】
【0091】
実施例10では、層構成及び各層の厚みを表10に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここで、表10に示す通り、実施例10では、密着層13として、物理的膜厚が1nmの極薄いエポキシ樹脂層を採用した。
【0092】
【表10】
【実施例11】
【0093】
実施例11では、層構成及び各層の厚みを表11に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここで、表11に示す通り、実施例11では、密着層13として、物理的膜厚が1nmの極薄いZEONEX E48R(登録商標)から成る層を採用した。
【0094】
【表11】
【実施例12】
【0095】
実施例12では、表12に示す層構成及び各層の厚みを有する反射防止膜10を作製した。表12に示すように、実施例12では、SiO
2層単層から成る無機下地層11を備え、表面改質層12は無機下地層11と兼用されている。そして、基材20上に設けられたSiO
2層の表面に、アクリル樹脂から成る密着層13を成膜した。密着層13の表面には、アクリル樹脂をバインダ142とした中空シリカ粒子141を含む低屈折率層14を成膜した。なお、各層の成膜方法は、実施例1と同様の方法を採用した。
【0096】
【表12】
【実施例13】
【0097】
実施例13では、層構成及び各層の厚みを表13に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここで、表13に示す通り、実施例13では、密着層13として、物理的膜厚が150nmのアクリル樹脂層を採用した。
【0098】
【表13】
【実施例14】
【0099】
実施例14では、層構成及び各層の厚みを表14に示す通りとした以外は、実施例1と同様にして反射防止膜10を作製した。ここで、表14に示す通り、実施例14では、表面改質層12として、物理的膜厚が160nmのSiO
2層を採用し、密着層13として、物理的膜厚が172nmのアクリル樹脂層を採用した。
【0100】
【表14】
【0101】
[比較例1]
比較例1の反射防止膜として、層構成及び各層の厚みを表15に示す通りとし、密着層13を設けなかったこと以外は、実施例1と同様にして基板20上に反射防止膜を作製した。
【0103】
[比較例2]
比較例2の反射防止膜として、層構成及び各層の厚みを表16に示す通りとし、表面改質層12を設けなかったこと以外は、実施例1と同様にして基板20上に反射防止膜を作製した。
【0105】
[比較例3]
比較例3の反射防止膜として、基材(N−BK7)上にハードコート層を介して、中空シリカ粒子をアルクリル樹脂で結着した低屈折率層を設けたものを作製した。具体的な層構成及び各層の厚みは表16に示す通りである。なお、ハードコート層を成膜する際には、ディップ法によりシリコーン系熱硬化型ハードコート材を、表13に示す通り、物理的膜厚が8604nmになるように成膜した。また、ハードコート層を硬化させるために、UV照射を行った。
【0107】
[評価]
1.評価方法
上記実施例1〜実施例14で得られた各反射防止膜10と、比較例1〜比較例3の反射防止膜の反射防止特性、外観、耐久性及び耐擦傷性について評価した。なお、以下において、実施例で作製した反射防止膜10と、比較例で作製した反射防止膜とを同時に指すときは、反射防止膜(10)と記載する。
【0108】
(1)反射防止特性
上記各反射防止膜(10)に対する光線の入射角を0度及び45度とし、各入射角において入射光の波長域を400nm〜700nmの範囲で、各反射防止膜(10)の分光反射率を測定した。分光反射率の測定に際しては、株式会社日立ハイテクノロジーズ社製の分光光度計U4000を用いた。
【0109】
(2)外観
成膜後の上記各反射防止膜(10)の外観をそれぞれ目視により評価した。
【0110】
(3)洗浄に対する耐久性
各反射防止膜(10)に対して、超音波洗浄を実施した。具体的には、超音波洗浄機として、ソニックフェロー株式会社製の8槽式洗浄機(洗剤槽、IPA槽、ベーパー槽を含む)を使用し、超音波の出力を二段階で弱、強と調整したものを使用した。
【0111】
(4)耐擦傷性
また、上記各反射防止膜(10)の耐擦傷性について評価した。当該評価では、椿本興業株式会社製のアルティワイプを用いて、所定の荷重を負荷して、各反射防止膜(10)の表面を往復で10回擦ったときの、各反射防止膜(10)の外観の変化の有無をそれぞれ観察した。但し、各反射防止膜(10)の表面を擦るときの荷重は、20g、100g、500gとした。なお、荷重20gは、反射防止膜(10)の表面をなでる程度の負荷に等しく、荷重100gは、反射防止膜(10)の表面を軽く拭く程度の負荷に等しく、荷重500gは、反射防止膜(10)の表面を強く拭く程度の負荷に等しい。
【0112】
2.評価結果
(1)反射特性
図5〜
図19に、それぞれ実施例1〜実施例14で作製した反射防止膜10の測定結果を示す。また、
図20〜
図22に、それぞれ比較例1〜比較例3で作製した反射防止膜の測定結果を示す。また、入射光の波長域が400nm〜700nmである場合において、入射角0°及び入射角45°における反射率の最大値を表18に示す。実施例1〜実施例14で製造した反射防止膜10では、入射光の波長域が400nm〜700nmである場合において、入射角0°の場合、分光反射率の最大値は0.1%〜0.4%の範囲内であった。一方、当該波長範囲において密着層13と表面改質層12の膜厚が好ましい範囲にある実施例1〜実施例12で製造した反射防止膜10では、入射角が45°の場合、分光反射率の最大値は、0.4%〜1.0%の範囲内であった。このように、本件発明に係る反射防止膜10は、広い波長範囲において優れた反射特性を示し、入射角0度の波長400nm〜700nmの光に対する反射率が0.5%以下であり、入射角45°の波長400nm〜700nmの光に対する反射率が1.0%以下であることが確認された。
【0113】
次に、比較例についてみると、比較例1及び比較例2で作製した反射防止膜では、
図20、
図21及び表18に示すように、入射角が0°の場合の最大値が0.1%、入射角が45°の場合の最大値が0.6%と、広い波長範囲において低反射率を達成することが可能であった。一方、比較例3で作製した反射防止膜は、
図22に示す通り、例えば、入射角0°で入射する550nm付近の波長の光線に対しては、0.2%以下の反射率を示している。しかしながら、その短波長側では反射率が増加する程度が高く、400nmの波長の光線に対する反射率は2.0%であった。また、例えば、入射角45°で入射する450nm付近の構成に対しては、0.2%以下の低い反射率を示している。しかしながら、入射する光線の波長が450nmから離れるにつれて、反射率は増加し、波長700nmの光線に対する反射率は2.0%であった。
【0114】
ここで、実施例1〜実施例14、比較例1及び比較例2でそれぞれ作製した反射防止膜(10)は、無機下地層11、低屈折率層14の他、表面改質層12及び/又は密着層13を備え、複数の光学干渉層を備えている。その結果、上述した様に、広い波長範囲において低反射率を達成することが可能になったと考えられる。一方、比較例3で作製した反射防止膜は、基材20上にハードコート層を介して中空シリカ粒子141とバインダ142とから成る低屈折率層14を設けたものである。ハードコート層は基材と低屈折率層との密着性を確保し、低屈折率層14の耐久性を向上するためにのみ用いられる層である。表17及び表18に示すように、ハードコート層の物理的膜厚は8604nmと厚く、ハードコート層には光学干渉層としての機能はない。従って、比較例3の反射防止膜は、低屈折率層14一層の光学干渉層から成るものであり、狭い波長範囲内でしか0.5%以下若しくは、1.0%以下の低い反射率を示すことができない。以上より、より広い波長範囲に亘って低い反射率を達成するには、当該低屈折率層14と共に複数の光学干渉層を設けることが有効であることが確認された。
【0115】
また、実施例13で作製した反射防止膜10の密着層13の物理的膜厚は150nmである。この膜厚は、実施の形態で説明した密着層13の物理的膜厚の好ましい範囲の上限値である。
図18を参照すると、実施例13の反射防止膜10では、光線の入射角が0°である場合には、400nm〜700nmの波長範囲において0.3%以下の低い反射率を達成することができている。一方、入射角45°で光線が入射した場合は、当該反射防止膜10の反射率の最大値は1.03%である。上述したように、密着層13の物理的膜厚が150nmを超えると、密着層13に要求される光学特性を満たすように膜設計を行うことが困難になり、反射防止性能が低下する。従って、密着層13の物理的膜厚の上限値は上述した通り、150nmであることが好ましい。
【0116】
また、実施例14で作製した反射防止膜10では、表面改質層12の物理的膜厚が160nmであり、密着層13の物理的膜厚が172nmである。これらの物理的膜厚はいずれも上述した好ましい範囲の上限値(150nm)を超えている。これらの層の物理的膜厚が当該上限値を超えた場合、入射角0°で光線が入射した場合には、その全域で反射率0.4%以下の低反射率を維持することができているが、入射角45°で入射した場合、入射光の波長によっては反射率が1.0%を超えてしまい、上記波長範囲内における最大値は1.6%を示した。従って、本件発明に係る反射防止膜10において、表面改質層12及び密着層13の物理的膜厚は、反射防止特性を向上するという観点から上述した好ましい範囲内とすることが好ましい。
【0117】
(2)外観
表18に、各実施例及び各比較例で作製した反射防止膜(10)の外観を評価した結果を示す。表18において、「○」は反射防止膜(10)の外観が良好であることを示し、「×」は反射防止膜の外観が良好ではないことを示している。表18に示すように、表面改質層12を設けなかった比較例2の反射防止膜を除いて、他の反射防止膜(10)の外観は良好であることが確認された。比較例2で作製した反射防止膜の表面には異物が多数観察された。このことより、無機下地層11上に表面改質層12を設けることにより、湿式成膜法で成膜される密着層13及び/又は低屈折率層14の成膜性が向上し、外観上、ムラのない均一な反射防止膜10が得られることが確認された。これに対して、表面改質層12を設けなかった場合には、無機下地層11に対して、湿式成膜法で成膜される密着層13の塗工液の濡れ性が悪く、密着層13を秀麗に成膜することができず、その結果、低屈折率層14の成膜性も低下し、反射防止膜の外観も劣化した。
【0118】
(3)洗浄に対する耐久性
表18に、各実施例及び各比較例で作製した反射防止膜(10)の洗浄に対する耐久性を評価した結果を示す。表18において、「○」は当該評価試験の前後において外観に変化が見られなかったことを示す。すなわち、「○」は、洗浄に対する耐久性が良好であることを示す。また、「×」は、評価試験の後に外観が劣化し、洗浄に対する耐久性が良好ではないことを示す。表18に示すように、超音波の出力を弱くした場合には、いずれの反射防止膜(10)についても外観に変化が見られなかった。一方、超音波の出力を強くした場合には、比較例1で作製した反射防止膜の外観が劣化した。具体的には、反射防止膜の剥離に伴うキズが観察された。比較例1の反射防止膜は、基材20上に無機下地層11、表面改質層12を備え、密着層13を設けずに、表面改質層12上に直接低屈折率層14を設けたものである。光学素子は組立工程の洗浄ラインを通る場合が多い。このため、密着層13を設けなかった場合には、反射防止膜10の耐久性が弱く、洗浄ラインで反射防止膜にキズがつく場合がある。また、実用上の使用に耐えられない恐れもある。
【0119】
(4)耐擦傷性
表18に、各実施例及び各比較例で作製した反射防止膜(10)の耐擦傷性を評価した結果を示す。表18において、「○」は当該評価試験の前後において外観に変化が見られなかったことを示す。すなわち、「○」は、耐擦傷性が良好であることを示す。また、「×」は、評価試験の後に外観が劣化し、耐擦傷性が良好ではないことを示す。さらに、「△」は微小なキズが一部の領域にのみ観察されたことを示す。表18に示すように、負荷が20gである場合には、いずれの反射防止膜(10)についても外観に変化がなく、反射防止膜(10)の表面にキズ等が付着しなかったことが分かる。負荷を100gにして耐擦傷性の評価試験を行った場合には、評価試験の後で比較例1の反射防止膜の表面にはキズが多数観察された。また、荷重を500gにして耐擦傷性の評価試験を行った場合には、評価試験の後で、この比較例1の反射防止膜では表層である低屈折率層が剥離した。これらのことから、密着層13を介して低屈折率層14を設けることにより、低屈折率層14の密着性が良好になり、且つ、反射防止膜10の耐久性や耐擦傷性も向上することが分かる。一方、荷重を500gにした場合、密着層13の層厚が5nm、1nmと比較的膜厚が薄い実施例3、実施例9、実施例10、実施例11の反射防止膜10の表面には微小なキズが一部の領域にのみ観察された。従って、密着層13の物理的膜厚が厚い方が耐擦傷性を向上するという観点から好ましく、5nmよりも厚いことが好ましいことが分かる。