【実施例】
【0014】
図3は、伸線加工前の被覆層14及び炭素繊維の集合体からなる素線13を示す模式図である。
図3に示すように、実施例では、炭素繊維の集合体からなる素線13としてPAN系の炭素繊維線の束を、アルミニウム合金のテープで覆い、このテープを溶接して被覆層14としてのパイプ17(管状体)を形成することで、炭素繊維の集合体からなる素線13がパイプ17内に通されたパイプ体18を作製した。この状態のパイプ体18のサイズは、外径11.0mm、内径10.4mmであり、炭素繊維の集合体からなる素線13の径(集合体全体の直径)はパイプ体18の内径よりも小さく、パイプ体18の内周部と炭素繊維の集合体からなる素線13との間には空間が存在する。
【0015】
図4は、パイプ体18を伸線して心線12を得るための伸線工程を示す図である。パイプ体18に対し、ダイスを用いた伸線加工を複数回行い、パイプ17の外径を4.5mmとした。各回の伸線加工のダイス通過の前後におけるパイプ17の減面率は、約20%である。また、初期状態の外径11.0mmから外径4.5mmまでの総減面率は、60%である。本実施例では、減面率は、各回(1パス)の伸線加工の前のパイプ体あるいは心線の断面積(長手方向に垂直な断面)をS1、伸線加工後のパイプ体あるいは心線の断面積(長手方向に垂直な断面)をS2としたとき、(S1−S2)*100/S1で求められる。なお、総減面率は、初期状態である外径11.0mmの状態を基準とした減面率である。
次いで、減面率7%の伸線加工を行い、パイプ17の外径を4.5mmから4.2mmとした。パイプ17の外径が4.5mmの状態で、減面率を17%及び12%として伸線加工を行った場合、炭素繊維の集合体からなる素線13に断線が生じた。
【0016】
炭素繊維の集合体からなる素線13は、蒸着や浸漬等によるアルミニウムの層によってまとめられておらず、各炭素繊維間に隙間が存在することで径方向に膨らんだ状態でパイプ17内に設けられている。パイプ17の外径が4.5mmの状態では、径方向に膨らんでいる炭素繊維の集合体からなる素線13は、パイプ17の内周面に接している。この状態で、大きな減面率でパイプ17を伸線加工すると、パイプ17の内側の急激な断面積の変化によって炭素繊維の集合体からなる素線13が断線することがある。本実施例では、総減面率が60%以上の状態において、減面率7%以下の小さな減面率で伸線加工することで、完全にはまとめられていない炭素繊維の集合体からなる素線13がパイプ17に通されている構成であっても、炭素繊維の集合体からなる素線13に断線を生じさせないでパイプ17を伸線加工できることが明らかとなった。
【0017】
続いて、減面率約6%の伸線加工を行い、パイプ17の外径を4.2mmから3.95mmとした。パイプ17の外径が4.5mmの状態で、減面率を8%として伸線加工を行った場合、炭素繊維の集合体からなる素線13に断線が生じた。すなわち、本工程においても、減面率7%以下とすることで、炭素繊維集合体14に断線を生じさせずにパイプ17を伸線加工できた。
その後、減面率7%の伸線加工を行い、パイプ17の外径を3.95mmから3.7mmとした。パイプ17の外径が3.95mmの状態で、減面率を10%として伸線加工を行った場合、炭素繊維集合体14に断線が生じた。
【0018】
最後に、減面率約6%の伸線加工を行い、パイプ17の外径を3.7mmから3.5mmとし、心線12を完成させた。この最後の伸線工程によって、炭素繊維の集合体からなる素線13は、各炭素繊維が密に詰まった状態でまとまるとともに、パイプ17(被覆層14)の内周面14aは炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aにほとんど隙間なく密着する。パイプ17の初期状態の外径11.0mmから最終状態の外径3.5mmまでの総減面率は、70%である。また、この状態において、テンションメンバ13の横断面での面積割合は、炭素繊維集合体14が60%であり、パイプ17が40%である。
【0019】
本実施例では、初期状態の外径が11.0mmのパイプ体18に対し、伸線加工の1パスあたりの減面率が7%以下の工程を含む伸線加工を繰り返すことで、総減面率が70%の心線12を得た。この心線12では、被覆層14は、内周面14aを含む全体が伸線加工で加工硬化された層となっており、炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aと被覆層14の内周面14aとの間には、蒸着や浸漬等により形成される固着層は存在していない。
【0020】
図5は、心線12の疲労強度を示す図表である。
本実施例では、直径3.5mmまで伸線加工された総減面率が70%の心線12について種々の繰り返し応力で回転曲げ疲労試験を行った。疲労試験は、中村式回転曲げ振動疲労試験機で行った。回転数は2000〜4000rpm、温度は室温(20℃)、応力は線径を変えることで調整した。発明者らは、
図5において、「破断あり」の試験結果の近似曲線Fに基づき、繰返し回数が10
7回以上の場合の心線12の疲労限応力が、63MPaであることを明らかにした。また、繰り返し応力を61.8MPaとして試験を複数回行った結果、繰返し回数が10
7回以上でも、被覆層14及び炭素繊維の集合体からなる素線13の両方に損傷は生じておらず、心線12は破壊されなかった。従って、繰返し回数が10
7回以上の場合の心線12の疲労限応力が63MPaであるとしたことは、妥当であると言える。
【0021】
架空送電線の電線材料は、電気学会技術報告(II部)第129号のP.62に記述されているように、繰り返し数:10
7における疲労限応力が61.8MPa以上必要であることが知られている。本実施例では、繰り返し数:10
7回での疲労限応力は約64MPaであり、61.8MPaを上回っているため、心線12は架空送電線用として十分な疲労限応力を備えていると言える。
【0022】
以上説明したように、本発明を適用した実施の形態によれば、架空送電線10は、炭素繊維の集合体からなる素線13に、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる被覆層14を設けた心線12によって構成される心線部11と、外層素線16によって構成される外層素線部15とを有し、心線12は、回転曲げ疲労試験による10
7回の繰り返し数での疲労限応力が、61.8MPa以上である。すなわち、炭素繊維の集合体からなる素線13及びアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる被覆層14を備えた心線12の10
7回の繰り返し数での疲労限応力が61.8MPa以上であるため、架空送電線10の所望の疲労強度を満足できる。
【0023】
また、架空送電線10は、炭素繊維の集合体からなる素線13及びこれを被覆する被覆層14を備えた心線12からなる心線部11と、外層素線16から形成される外層素線部15とを備え、被覆層14は、伸線加工により形成され、伸線加工された内周面14aが炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aに接触するように被覆されている。このため、被覆層14の全体を伸線加工で疲労強度が高められた層とすることができ、架空送電線10の疲労強度を向上できる。
【0024】
さらに、架空送電線10の製造方法では、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる管状体であるパイプ17の内部に炭素繊維の集合体からなる素線13を設け、パイプ17の内周面14aと炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aとを接触させるようにパイプ17を伸線加工することで、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる被覆層14を設けた心線12を形成する。
このため、炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aに設けられる被覆層14の全体を、伸線加工で疲労強度が高められた層とすることができ、架空送電線10の疲労強度を向上できる。また、被覆層14の伸線加工と同時に、固着層が無い状態で被覆層14を炭素繊維の集合体からなる素線13に簡単に被覆できる。
また、伸線加工は、1パスあたりのパイプ17の減面率を7%以下とし、パイプ17の総減面率が70%以上である。このため、炭素繊維を断線させずに高い減面率まで伸線加工できるとともに、加工硬化によって高い疲労応力を得ることができる。
【0025】
なお、上記実施の形態は本発明を適用した一態様を示すものであって、本発明は上記実施の形態に限定されるものではない。
上記実施の形態では、炭素繊維の集合体からなる素線13を、アルミニウム合金のテープで覆い、このテープを溶接してアルミ被覆層15としてのパイプ17を形成するものとして説明したが、これに限らず、パイプ17は他の方法によって形成されても良い。例えば、コンフォーム押出装置に、炭素繊維の集合体からなる素線13を通し、炭素繊維の集合体からなる素線13の周囲にアルミニウム(アルミニウム合金)をパイプ状に連続的に押し出してパイプを形成しても良い。
また、上記実施の形態では、被覆層14の内周面14aは、伸線加工の際に縮径されることで、炭素繊維の集合体からなる素線13の最外周面13aに密着するものとして説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、被覆層14の内周面14aが、炭素繊維の集合体からなる素線13をまとめることができる程度に外周面13aに接触している構成としても良い。