【解決手段】 本発明にかかるミシン10は、ミシンモータ14の駆動力を縫針Nに伝達するために軸回転するミシン主軸15と、糸駒Cに巻き取られた上糸Tを縫針Nに供給するための上糸供給装置100と、を備え、上糸供給装置100は、ミシン主軸15の軸回転に連動して糸駒Cを回転駆動するとともに上糸Tが糸駒Cから引き出されて弛むのを阻止するべく糸駒Cを上糸の巻き取り方向に付勢する糸駒駆動機構110を含む。
【発明の概要】
【0004】
(発明が解決しようとする課題)
ところが、特許文献1に開示の技術の場合、糸駒とモータ軸が固定されているため、裁縫中に上糸が釜や天秤などに絡んで上糸が突発的に糸駒から強引に引き出されると上糸の糸切れが発生することが想定される。上糸の糸切れが発生した場合、再度上糸を配ろうとしても、裁縫のための所定長さの上糸を縫針に供給する分しかモータ軸が回転できないため、上糸配りに必要な長さの上糸が糸駒から確実に引き出せないような不具合が発生し得る。このような不具合に対処するには、モータ軸の制御を解除してモータ軸がフリー回転可能となるように設定したり糸駒をモータ軸から取り外したりする必要があるため作業が煩わしく面倒である。また、上糸が突発的に糸駒から強引に引き出されてモータ軸が慣性によって回転した場合には、糸駒がオーバラン回転して上糸が弛むため、所定長の上糸を縫針に円滑に供給できないうえに、弛んでいる余分な上糸が糸案内などに絡むことが想定される。また、特許文献1に開示の技術によれば、アクチュエータである駆動モータを利用して上糸の供給量を縫い目に合わせて細かく制御する必要があるため制御が複雑化してコストアップになる。
【0005】
そこで本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、ミシンにおいて糸駒から縫針に所定長の上糸を確実に供給するための構造を低コストで実現することである。
【0006】
(課題を解決するための手段)
上記目的を達成するため、本発明に係るミシンは、駆動モータの駆動力を縫針に伝達するために軸回転するミシン主軸と、糸駒に巻き取られた上糸を縫針に供給するための上糸供給装置と、を備える。上糸供給装置は、糸駒をミシン主軸の軸回転に連動して回転駆動するとともに上糸が糸駒から引き出されて弛むのを阻止するべく糸駒を上糸の巻き取り方向に付勢する糸駒駆動機構を含む。
【0007】
上記構成の糸駒駆動機構によれば、糸駒から上糸が引き出されて弛むのを阻止することができる。具体的には、この糸駒駆動機構は、上糸が突発的に糸駒から引き出された場合には、引き出された余分な上糸を糸駒に巻き取るように糸駒を巻き取り方向に付勢することができる。その結果、所定長の上糸を縫針に円滑に供給できるとともに、弛んでいる余分な上糸が糸案内などに絡むのを阻止できる。また、上糸が弛んだ状態が形成されないため糸駒を再度セットしなくても所定長の上糸を縫針へ速やかに供給することができる。
【0008】
上記構成のミシンでは、糸駒駆動機構は、糸駒が取付けられる糸駒軸と、ミシン主軸の軸回転と同期して間欠的に回転する回転体と、糸駒軸と回転体とを相対回転可能に弾性連結することによって糸駒を上糸の巻き取り方向に弾性付勢する弾性部材と、を含むのが好ましい。この場合、糸駒を上糸の巻き取り方向に付勢するのに弾性部材を用いることにより、糸駒駆動機構の構造の簡素化を図ることができる。また、糸駒軸は弾性部材の弾性付勢力に応じて回転体に対して任意の回転角度で相対回転できるため、通常の裁縫時に所定長の上糸を供給している際に上糸供給量の誤差などによって所定長を上回る長さの上糸が必要となった場合には、糸駒の引き出し方向の回転動作を許容することができる。その結果、上糸供給量の誤差を吸収するのに効果的である。
【0009】
上記構成のミシンでは、弾性部材は、回転体に収容されるとともに回転体の回転平面上において弾性の高い素材が渦巻状に巻かれた巻きバネとして構成されるのが好ましい。これにより、糸駒軸と回転体とを相対回転可能に弾性連結する構造を、回転体の回転平面と交差する方向の寸法についてコンパクトに設計することができる。
【0010】
上記構成のミシンでは、糸駒駆動機構の糸駒軸は、弾性材料からなり、且つ糸駒の挿入穴に挿入された状態で糸駒との間に生じる摩擦力を利用して糸駒を保持する摩擦保持構造を備えるのが好ましい。この摩擦保持構造によれば、裁縫中の糸切れ等によって再度上糸配りを行う場合に、糸駒を糸駒軸に対してスリップするように相対回転させて上糸を糸駒から引き出すことができるため、上糸配りを容易に行うことが可能になる。
【0011】
上記構成のミシンでは、上糸供給装置の糸駒駆動機構はミシンハウジングに収容されるのが好ましい。この場合、糸駒駆動機構は駒から縫針に至る、上糸の供給経路上に介在するものではないため、この糸駒駆動機構において上糸をセットするような余分な作業が発生しない。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、ミシンにおいて糸駒から縫針に所定長の上糸を確実に供給するための構造を低コストで実現することが可能になった。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態を図面を参照しながら説明する。
【0015】
図1には、本発明に係るミシン10の外観が示されている。なお、この
図1及び他の図面において、ミシン10をユーザが裁縫時に位置する前方側から視た場合、ミシン10の左右方向を矢印Xで示し、ミシン10の前後方向を矢印Yで示し、ミシン10の上下方向を矢印Zで示している。
【0016】
図1に示すように、ミシン10は、ミシンベッド11、ミシンアーム12及び脚柱部13によって構成されるミシンフレームを備えている。このミシン10は、糸駒Cに巻き取られた上糸Tを縫針Nに供給するための上糸供給装置100を備えている。この上糸供給装置100が本発明の「上糸供給装置」に相当する。ミシンベッド11の一端部11aには、ミシン10の駆動源としてのミシンモータ(「駆動モータ」ともいう)14が収容されている。ミシンアーム12には、ミシンモータ14の駆動力を縫針Nに伝達して縫針Nを矢印Z方向に沿って上下動させるべく軸回転するミシン主軸15と、上糸供給装置100を構成する糸駒駆動機構110(
図1中の二点鎖線で示す機構)が収容されている。ミシン主軸15の回転に連動して縫針Nが上下動することによって被裁縫物(「被縫製物」ともいう)を裁縫することができる。
【0017】
本実施の形態のミシン10は、被裁縫物をジグザグ縫いするための機能を有するミシン、所謂ジグザグミシンである。このため、ミシンアーム12には、更に被裁縫物のジグザグ縫い(千鳥縫い)の機能を果たす揺動機構16が収容されている。この揺動機構16は、被裁縫物のジグザグ縫いにおいて縫針を左右方向Xに揺動可能に構成するために、針棒腕(図示省略)に連結されたリンク17と、このリンク17を介して針棒腕を駆動する駆動源としてのステッピングモータ18と、を備えている。この揺動機構16の更なる詳細な構造については、例えば特開2009−172020号公報に開示の針棒揺動機構の構造が参照される。尚、ジグザグ縫いのために揺動機構16は必要に応じて省略することもできる。
【0018】
脚柱部13には、ミシンモータ14の動力をミシン主軸15に伝達するための動力伝達機構19が収容されている。ミシンベッド11の他端部11bの上面11cには針板20が設けられている。また、この針板20に開閉可能に設けられた針板蓋21の下方には、ボビン40が収容される水平釜機構30が設けられている。ミシンアーム12の端部12aから下方へ突出するミシン頭部12bには、ミシンベッド11の針板20に対向するように、被裁縫物を押えるための押え装置50が設けられている。
【0019】
上記構成の糸駒駆動機構110は、糸駒Cをミシン主軸15の軸回転に連動して回転駆動するとともに上糸Tが糸駒Cから引き出されて弛むのを阻止するべく糸駒Cを上糸の巻き取り方向に付勢する機能を果たす。この糸駒駆動機構110が本発明の「糸駒駆動機構」に相当する。この糸駒駆動機構110は、上糸Tが巻き付けられた糸駒Cが取付けられる糸駒軸111を備えている。この糸駒軸111が本発明の「糸駒軸」に相当する。糸駒Cは、その挿入穴(後述の挿入穴C1)に糸駒軸111が挿入されることによって保持される。糸駒Cから引き出された上糸Tは、上糸供給装置100を構成する糸案内101、糸調子調整機構102、天秤機構103、糸案内104及び糸案内105を順次経由して縫針Nに至るまでの上糸供給経路に延在している。糸調子調整機構102は、上糸Tの張りの強さを調整する機能を果たす。天秤機構103は、ミシン主軸15の回転による糸締め作用によって縫針Nの上下動に連係して上下動するように構成され、下方に下がることによって上糸Tを弛ませて余裕をもたせる一方で、上方に上がることによって上糸Tを引き上げる機能を果たす。天秤機構103によって上糸Tが間欠的に引き上げられると、糸駒Cに巻き付けられている上糸Tが巻出し方向、即ち糸案内101に向かう方向に引っ張られて所定長の上糸Tが引き出される(繰り出される)。
【0020】
以下、上記構成の糸駒駆動機構110の具体的な構造を
図2〜
図9を参照しつつ説明する。
【0021】
図2に示されるように、糸駒駆動機構110は、各構成要素が組み付けられるベース部材110aを備えている。このベース部材110aは、ミシンハウジング(ミシン本体)を構成するミシンアーム12に収容されて、ミシンアーム12に取付け固定されるプレート状の取付け板として構成される。このベース部材110aには、ゼネバ駆動軸120、ゼネバ従動軸130及び糸立て棒軸140がそれぞれの軸周りに回転自在となるように設けられている。
【0022】
ゼネバ駆動軸120は、上下方向Zに沿って延在する長軸部材である。このゼネバ駆動軸120は、ベース部材110aに固定されたブラケット110bの上下に延在する2つのブラケット片のそれぞれに設けられた嵌合穴に嵌合し、且つ下側の端部が既知のEリングを介してベース部材110aに回転自在に取り付けられている。このゼネバ駆動軸120には、従動ねじギヤ121及びゼネバ駆動体122のそれぞれが同軸状に固定されている。従動ねじギヤ121は、ミシン主軸15の軸周りに設けられた駆動ねじギヤ15aに螺合するように構成されたギヤ部材である。ゼネバ駆動体122は、後述のゼネバ従動体132とともに、公知のゼネバ機構(ジェネバ機構)を構成するものであり、ゼネバ駆動軸120との固定位置(ゼネバ駆動軸120の軸中心)から径方向に外れた位置にゼネバ駆動ピン122aを備える円盤状の部材である。このような構成によれば、ミシン主軸15の軸回転によって従動ねじギヤ121がゼネバ駆動軸120の軸周りに回転する結果、ゼネバ駆動体122もゼネバ駆動ピン122aとともにゼネバ駆動軸120の軸周りに回転する。
【0023】
ゼネバ従動軸130は、上下方向Zに沿って延在する長軸部材である。このゼネバ従動軸130は、ベース部材110aに固定された円筒状の軸受けブッシュ131の筒内に嵌合した状態でベース部材110aに回転自在に取付けられている。このゼネバ従動軸130には、ゼネバ従動体132及び調整ギヤ体133のそれぞれが同軸状に固定されている。
【0024】
図2及び
図3が参照されるように、ゼネバ従動体132は、周方向に等間隔で形成されそれぞれがゼネバ駆動体122のゼネバ駆動ピン122aに係合可能な複数の係合溝(スロット)132aを備えている。このため、ゼネバ駆動体122がゼネバ駆動軸120の軸周りに1回転する毎にゼネバ駆動ピン122aが複数の係合溝132aに順番に係合する。ゼネバ駆動ピン122aに係合する係合溝132aが切り替わることによって、ゼネバ従動体132は、ミシン主軸15の前述の糸締め作用と調時してゼネバ従動軸130の軸周りに間欠的に回転する。この場合、1周の角度である360度を係合溝132aの数で除した値がゼネバ従動体132の1ステップの回転角度になる。ゼネバ従動体132が回転すると、このゼネバ従動体132に同期して調整ギヤ体133もゼネバ従動軸130の軸周りに一体的に回転する。
図4に示されるように、ゼネバ駆動体122が例えば左回転するとゼネバ従動体132が右回転する。
【0025】
図2及び
図4が参照されるように、調整ギヤ体133は、上下方向Zについて互いに離間して配置された第1調整ギヤ133a及び第2調整ギヤ133bを備えている。第1調整ギヤ133a及び第2調整ギヤ133bはいずれも、外周に複数のギヤ歯を備えるギヤ部材として構成されている。この調整ギヤ体133では、第1調整ギヤ133aのギヤ径が第2調整ギヤ133bのギヤ径を下回るように構成されている。この場合、
図5に示されるように、ゼネバ従動体132が例えば右回転すると調整ギヤ体133も右回転する。
【0026】
図2及び
図4が参照されるように、糸立て棒軸140は、上下方向Zに沿って延在する長軸部材である。この糸立て棒軸140は、ベース部材110aに固定された円筒状の軸受けブッシュ141の筒内に嵌合した状態で既知のEリングによってベース部材110aに回転自在に取付けられている。この糸立て棒軸140に切替ギヤ体142が同軸状に固定されている。
【0027】
切替ギヤ体142は、互いに一体的に構成された第1切替ギヤ142a及び第2切替ギヤ142bを備えている。第1切替ギヤ142a及び第2切替ギヤ142bはいずれも、外周に複数のギヤ歯を備えるギヤ部材として構成されている。特に、第1切替ギヤ142aのギヤ歯が第1調整ギヤ133aのギヤ歯に噛み合い可能に構成され、第2切替ギヤ142bのギヤ歯が第2調整ギヤ133bのギヤ歯に噛み合い可能に構成されている。この切替ギヤ体142のボス部は、糸立て棒軸140に設けられた切替えピン140aに係合するように糸立て棒軸140の軸方向に長手状に開口形成された長溝142cを備えている。また、この切替ギヤ体142には、当該切替ギヤ体142を糸立て棒軸140の軸方向に沿って上方へ弾性付勢するための切替えギヤ付勢バネ143が割り当てられている。このため、切替ギヤ体142は、長溝142cにおいて切替えピン140aによってガイドされた状態で切替えギヤ付勢バネ143を介して糸立て棒軸140の軸方向(上下方向Z)に沿って第1のギヤ設定位置と第2のギヤ設定位置との間を移動可能に構成されている。
【0028】
切替ギヤ体142は、第1切替ギヤ142aと第2切替ギヤ142bとの上下方向Zの間隔(
図4中の間隔d1)が、調整ギヤ体133の第1調整ギヤ133aと第2調整ギヤ133bとの上下方向Zの間隔(
図4中の間隔d2)を下回るように構成されている。このため、
図4中の二点鎖線で示されるように、切替ギヤ体142が第1のギヤ設定位置にあるとき、第1切替ギヤ142aのギヤ歯が第1調整ギヤ133aのギヤ歯に噛み合う一方で、第2切替ギヤ142bのギヤ歯は第2調整ギヤ133bのギヤ歯との噛み合いが解除される。この場合、ゼネバ従動体132の回転は、第1調整ギヤ133aと第1切替ギヤ142aとの噛み合い比(「第1の噛み合い比」ともいう)に応じて切替えピン140aを介して糸立て棒軸140に伝達される。これに対して、
図4中の実線で示されるように、切替ギヤ体142が第2のギヤ設定位置にあるとき、第1切替ギヤ142aのギヤ歯は第1調整ギヤ133aのギヤ歯との噛み合いが解除される一方で、第2切替ギヤ142bのギヤ歯が第2調整ギヤ133bのギヤ歯に噛み合う。この場合、ゼネバ従動体132の回転は、第2調整ギヤ133bと第2切替ギヤ142bとの噛み合い比(「第2の噛み合い比」ともいう)に応じて切替えピン140aを介して糸立て棒軸140に伝達される。その結果、糸立て棒軸140は、ミシン主軸15が軸回転して天秤機構103によって上糸Tが間欠的に引き上げられる動作に連動して間欠的に回転し、特に第1の噛み合い比或いは第2の噛み合い比でゼネバ従動体132と同期して間欠的に回転する。本実施の形態では、切替ギヤ体142が第2のギヤ設定位置にあるときの糸立て棒軸140の回転数は、切替ギヤ体142が第1のギヤ設定位置にあるときの糸立て棒軸140の回転数を下回るように構成されている。
【0029】
図4に示されるように、切替ギヤ体142の第1切替ギヤ142aには切替レバー144が割り当てられている。この切替レバー144は、ユーザによって操作される切替えツマミ144aと、ベース部材110aに開口形成された開口部110cに挿入され且つ第2切替ギヤ142bの上面に係合する係合アーム144bと、を備えている。
【0030】
図6に示されるように、この切替レバー144は、上下方向Zに互いに離間して開口形成された上ガイド溝145及び下ガイド溝146を備えている。上ガイド溝145は、ベース部材110aに設けられた上ガイドピン110dに嵌合し、下ガイド溝146は、ベース部材110aに設けられた下ガイドピン110eに嵌合している。このため、切替レバー144は、上ガイドピン110d及び下ガイドピン110eの双方によってガイドされた状態で、上ガイドピン110dとの間に設けられた切替えレバー付勢バネ147を介して糸立て棒軸140の軸方向に第1のレバー設定位置と第2のレバー設定位置との間を移動可能に構成されている。
【0031】
切替レバー144がユーザによる切替えツマミ144aの下向きの押圧荷重によって切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力に抗して第1のレバー設定位置(「レバー初期位置」ともいう)から第2のレバー設定位置(「レバーロック位置」ともいう)へと移動すると、切替ギヤ体142の第2切替ギヤ142bはベース部材110aの開口部110cを下方へと移動する係合アーム144bによって下方へ押し下げられる。このとき、切替ギヤ体142は、切替えギヤ付勢バネ143の弾性付勢力に抗して第1のギヤ設定位置から第2ギヤ設定位置へと移動する。これに対して、ユーザによる切替えツマミ144aの下向きの押圧荷重が解除されると、切替レバー144は、切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力にしたがって第1のレバー設定位置へと復帰する。このとき、係合アーム144bがベース部材110aの開口部110cを上方へと移動することによって係合アーム144bによる第2切替ギヤ142bの押し下げが解除されるため、切替ギヤ体142は切替えギヤ付勢バネ143の弾性付勢力にしたがって第2ギヤ設定位置から第1のギヤ設定位置へと復帰する。この切替レバー144の切り替え操作によれば、上糸Tの供給量の大小に応じて糸駒軸111の間欠回転量を変更することができる。
【0032】
切替レバー144には、当該切替レバー144を第1のレバー設定位置或いは第2のレバー設定位置に保持するためのレバー保持機構148が割り当てられている。このレバー保持機構148は、切替レバー144のうちベース部材110aの上ガイドピン110dに係合する上ガイド溝145によって構成されている。
図6に示されるように、この上ガイド溝145は、糸立て棒軸140の軸方向に沿って延在する第1溝部145aと、第1溝部145aから当該第1溝部145aと直交する方向に延出する第2溝部145bとによって略L字状に形成されている。
【0033】
上記構成のレバー保持機構148によれば、切替レバー144が第1のレバー設定位置(
図6に示す位置)にあるときには、切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力にしたがって付勢された状態で上ガイド溝145のうち第1溝部145aの溝端が上ガイドピン110dに当接することによってその設定位置が第1のレバー設定位置に保持される。
【0034】
切替レバー144の設定位置を第1のレバー設定位置から第2のレバー設定位置へと切り替えるときには、ユーザは切替レバー144の切替えツマミ144aを
図6中の白抜き矢印で示されるように切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力に抗して糸立て棒軸140の軸方向に沿って下方に押し込み(
図7参照)、更に
図7中の白抜き矢印で示されるようにこの切替えツマミ144aを左方向にスライドさせる(
図8参照)。これにより、上ガイド溝145の第2溝部145bに上ガイドピン110dが係合した係合状態が形成される。この係合状態では、上ガイドピン110dが第2溝部145bに引っ掛かって係止されるため、切替レバー144が切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力によって
図8中に矢印B方向に移動しようとする動作がロックされる。その結果、切替レバー144はレバー保持機構148によってその設定位置が第2のレバー設定位置に保持される。
【0035】
これに対して、切替レバー144の設定位置を第2のレバー設定位置から第1のレバー設定位置へと切り替えるときには、ユーザは切替レバー144の切替えツマミ144aを
図6中の右方向にスライドさせて、上ガイド溝145のうち第2溝部145bから第1溝部145aへと上ガイドピン110dを移動させる。これにより、切替レバー144は、切替えレバー付勢バネ147の弾性付勢力にしたがって第2のレバー設定位置から第1のレバー設定位置へと復帰する。
【0036】
図4に戻り、糸立て棒軸140には糸立て体150が固定されている。糸立て体150は、ミシン主軸15の軸回転と同期して間欠的に回転する部材として構成される。この糸立て体150が本発明の「回転体」が構成される。また、糸駒軸111は、糸立て体150に巻きバネ151を介して弾性連結されている。この場合、巻きバネ151は、糸駒軸111と糸立て体150とを相対回転可能に弾性連結する弾性部材であり、本発明の「弾性部材」に相当する。
【0037】
図9に示されるように、巻きバネ151は、回転体である糸立て体150に収容されるともに当該糸立て体150の回転平面上において弾性の高い素材が渦巻状に巻かれたバネ、所謂、「渦巻きバネ」或いは「ぜんまいばね」と称呼される。この巻きバネ151は、その一端部151aが糸立て体150のバネ係止溝150aに係止され、且つその他端部151bが糸駒軸111のバネ係止溝111aに係止されている。即ち、糸立て棒軸140に固定された糸立て体150は、巻きバネ151を介して糸駒軸111に対して相対回転可能に構成されている。巻きバネ151は、糸駒軸111に糸立て棒軸140の間欠回転を上回るような過剰な回転が付与されていない通常運転時においては弾性変形しないように、その弾性付勢力が設定されている。
【0038】
このため、通常運の縫製時には糸立て棒軸140(糸立て体150)は、巻きバネ151を介して糸駒軸111と同方向に一体的に回転する。このとき、所定長の上糸Tを供給している際に上糸供給量の誤差などによって所定長を上回る長さの上糸Tが必要となった場合には、所定長を上回る長さの上糸Tを供給するように糸駒軸111は巻きバネ151の弾性付勢力に抗して糸立て棒軸140に対して巻出し方向に相対回転して、糸駒Cの引き出し方向の回転動作を許容する。これに対して、糸駒軸111に糸立て棒軸140の回転を上回るような過剰な回転が付与された過剰回転時(上糸Tが突発的に糸駒Cから引き出された場合)には、糸駒軸111は巻きバネ151の弾性付勢力に抗して糸立て棒軸140に対して巻出し方向に相対回転する。即ち、過剰回転時には、糸駒軸111と糸立て棒軸140との相対回転位置が初期状態から変化する。これにより、糸駒Cからの上糸Tの付加的な引き出しによって糸駒軸111が過剰に回転した場合でも、糸駒軸111が糸立て棒軸140に対して巻出し方向に相対回転することによって、このような上糸Tの付加的な引き出しに対処できる。その結果、上糸Tに過剰な張力が作用することによって生じ得る糸切れの発生を阻止できる。この場合、糸立て体150と糸駒軸111とを巻きバネ151を介して相対回転可能に弾性連結する構造によって、糸駒Cを上糸Tの巻き取り方向に付勢する上糸付勢機構160が構成されている。この場合、上下方向Zの寸法が抑えられた巻きバネ151を用いることによって、上糸付勢機構160を、糸立て体150の回転平面と交差する方向(上下方向Z)の寸法についてコンパクトに設計することができる。
【0039】
その後、糸駒軸111の過剰な回転が解除された場合には、糸駒軸111が巻きバネ151の弾性付勢力にしたがって糸立て棒軸140に対して巻取り方向に相対回転することによって、糸駒軸111と糸立て棒軸140との相対回転位置が初期状態に戻る。この場合、糸駒Cから引き出されて弛んでいる余分な上糸Tを糸駒Cに巻き取ることができる。その結果、所定長の上糸Tを縫針Nに円滑に供給できるとともに、弛んでいる余分な上糸Tが糸案内101などに絡むのを阻止できる。
【0040】
また、上記構成の糸駒軸111は、糸駒Cの挿入穴C1に挿入された状態で糸駒Cとの間に生じる摩擦力を利用して糸駒Cを保持する摩擦保持構造113を備えている。この摩擦保持構造113が本発明の「摩擦保持構造」に相当する。具体的に説明すると、前述の過剰回転時に糸駒軸111は、巻きバネ151の弾性付勢力に抗して糸立て棒軸140に対して巻出し方向に相対回転するが、この糸駒軸111の更なる過剰な回転に対しては、糸駒軸111と糸駒Cとが相対回転可能となるように、糸駒軸111の外表面と糸駒Cの挿入穴C1の内壁面との間の摩擦係数が設定されている。
【0041】
この目的のため、糸駒軸111は、硬質の樹脂やゴムなどの弾性材料からなり、且つ糸駒Cの挿入穴C1に隙間無く嵌合するように構成されるのが好ましい。例えば、
図4が参照されるように、糸駒軸111は、軸径が拡張された拡径部112を備え、この拡径部112の外径が糸駒Cの挿入穴C1の内径を若干上回るように構成される。この摩擦保持構造113によれば、糸駒Cの貫通穴C1に糸駒軸111が挿入される際に、糸駒軸111は径方向に押し縮められるように弾性変形することにより糸駒Cを高い摩擦保持力で保持することができる。これにより、糸駒Cが所定値を下回る荷重を受けた場合には、糸駒Cは糸駒軸111とともに一体となって捩れ回転する。この場合、糸駒軸111は、上糸Tが糸駒Cから引き出されて弛むのを阻止するべく糸駒Cを上糸Tの巻き取り方向に付勢する機能を果たす。従って、この摩擦保持構造113も一つの局面では上糸付勢機構160と同様の機能を果たすことになる。一方で、上糸Tに過剰な張力が作用して糸駒Cが所定値以上の荷重を受けた場合には、糸駒Cは糸駒軸111から摩擦力を受けつつ糸駒軸111に対して相対回転する。これにより、裁縫中の糸切れ等によって再度上糸配りを行う場合に、糸駒Cを糸駒軸111に対してスリップするように相対回転させて上糸Tを糸駒Cから引き出すことができるため、上糸配りを容易に行うことが可能になる。
【0042】
上記構成の糸駒駆動機構110によれば、糸駒Cから縫針Nに所定長の上糸Tを確実に供給することができる。具体的に説明すると、上糸Tが突発的に強引に引き出された場合、上糸付勢機構160の巻きバネ151によって引き出された余分な上糸Tを糸駒Cに巻き取るように糸駒Cを巻き取り方向に弾性付勢することができる。その結果、所定長の上糸Tを縫針Nに円滑に供給できるとともに、弛んでいる余分な上糸Tが糸案内101などに絡むのを阻止できる。また、上糸Tが弛んだ状態が形成されないため糸駒Cを再度セットしなくても所定長の上糸Tを縫針Nへ速やかに供給することができる。尚、上糸Tが突発的に強引に引き出される容要因として、典型的には、上糸Tに外部から不用意な荷重が作用した場合や、上糸Tの消費速度が速い裁縫作業の場合、例えば被裁縫物のジグザグ縫いを高速で行う場合などが挙げられる。この場合、糸駒駆動機構110は、モータアクチュエータであるミシンモータ14の複雑な制御を利用することなく機械的(物理的)な構造を利用しているため、ミシンモータ14を利用して上糸Tの供給量を縫い目に合わせて細かく制御する必要がなく、糸駒Cから縫針Nに所定長の上糸Tを確実に供給するための構造を低コストで実現することができる。特に、糸駒Cを上糸Tの巻き取り方向に付勢するのに弾性部材である巻きバネ151を用いることにより、糸駒駆動機構110の構造の簡素化を図ることができる。
【0043】
また、上記構成の糸駒駆動機構110によれば、糸駒軸111は巻きバネ151の弾性付勢力に応じて糸立て体150に対して任意の回転角度で相対回転できるため、通常の裁縫時に所定長の上糸Tを供給している際に上糸供給量の誤差などによって所定長を上回る長さの上糸Tが必要となった場合には、糸駒Cの引き出し方向の回転動作を許容することができる。その結果、上糸供給量の誤差を吸収するのに効果的である。尚、上糸供給量の誤差は、典型的には被裁縫物の厚みが変わったり縫い模様の種類などが変更されたりした場合に発生し得る。
【0044】
また、上記構成の糸駒駆動機構110によれば、糸駒軸111による糸駒Cの摩擦保持構造113と、巻きバネ151を利用した糸駒軸111の上糸付勢機構160との協働によって、糸駒軸111に対して糸駒Cが相対回転可能な範囲を増やすことができ、上糸Tの過剰な巻出しや余分な弛みに対応することができる。とりわけ、糸駒Cの近傍にて発生した上糸Tの余分な弛みを吸収することができるため、当該上糸Tが糸駒軸111などに巻き付くのを阻止することができ、その結果、縫製を安定させるのに効果的である。
【0045】
また、上記構成の糸駒駆動機構110では、糸駒Cの挿入穴に糸駒軸111が隙間無く嵌合する構成であり、特に高速での裁縫時に問題となる糸駒Cと糸駒軸111との間の摺動音の発生を防止できる。
【0046】
また、上記構成の糸駒駆動機構110は、ミシンハウジングを構成するミシンアーム12に収容されており、糸駒Cから縫針Nに至る、上糸Tの供給経路上に介在するものではないため、この糸駒駆動機構110において上糸Tをセットするような余分な作業が発生しない。
【0047】
本発明は、上記の典型的な実施形態のみに限定されるものではなく、種々の応用や変形が考えられる。例えば、上記実施の形態を応用した次の各形態を実施することもできる。
【0048】
上記実施の形態では、摩擦保持構造113及び上糸付勢機構160を兼ね備えた糸駒駆動機構110について記載したが、本発明では、必要に応じて摩擦保持構造113及び上糸付勢機構160のうちの少なくとも一方が省略された構造の糸駒駆動機構を採用することもできる。
【0049】
上記実施の形態では、糸駒Cを上糸Tの巻き取り方向に付勢する上糸付勢機構160を巻きバネ151を用いて構成する場合について記載したが、本発明では、糸駒Cを上糸Tの巻き取り方向に付勢する手段として、巻きバネ151を用いた構造に代えて或いは加えて、巻きバネ151以外のバネ、例えばコイルバネや板バネを用いた構造や、バネ以外の弾性体を用いた構造を採用することもできる。