(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-229617(P2015-229617A)
(43)【公開日】2015年12月21日
(54)【発明の名称】化学剥離グラフェン膜製造用グラフェン剥離剤およびグラフェン膜の製造方法。
(51)【国際特許分類】
C01B 31/02 20060101AFI20151124BHJP
【FI】
C01B31/02 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-116896(P2014-116896)
(22)【出願日】2014年6月5日
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100072039
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 洵
(74)【代理人】
【識別番号】100123722
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 幹
(74)【代理人】
【識別番号】100157738
【弁理士】
【氏名又は名称】茂木 康彦
(74)【代理人】
【識別番号】100158377
【弁理士】
【氏名又は名称】三谷 祥子
(72)【発明者】
【氏名】谷池 俊明
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AA02
4G146AB07
4G146AD22
4G146AD23
4G146AD24
4G146AD28
4G146AD32
4G146CB09
4G146CB10
4G146CB35
4G146CB36
(57)【要約】
【課題】化学剥離法によるグラフェン製造に用いる新規なグラフェン剥離剤の提供。
【解決手段】2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含む、グラフェン剥離剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含む、グラフェン剥離剤。
【請求項2】
グラフェンと、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含むグラフェン剥離剤とを含む、グラフェン分散液。
【請求項3】
以下の工程1,2,3を含む、グラフェンの製造方法。
工程1:2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含むグラフェン剥離剤と、グラファイト粉末とを混合してグラファイト懸濁液を得る工程。
工程2:工程1で得られたグラファイト懸濁液を超音波処理してグラフェンを剥離する工程。
工程3:工程2の後、沈降画分を除いて上記剥離剤とグラフェンとを含む分散液を回収する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン剥離剤、グラフェン分散液、グラフェン膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素は人類が最も長く使用してきた材料の一つである。炭素材料としては、木炭やコークスなどの燃料、カーボンブラックや活性炭、黒鉛などの一般材料、炭素繊維やガラス状炭素などの機能性材料など、様々な製品が知られている。そして近年は最も新しい炭素材料として、フラーレン、カーボンナノチューブ、グラフェンが注目されている。これらはいわゆるナノテクノロジーに関連したナノマテリアルとして盛んに研究されている。
【0003】
中でもグラフェンは興味深いナノマテリアルである。まず、グラフェンの形状が特殊である。グラフェンはそれ自体が地球上最も薄い材料である。グラフェンを構成する炭素原子は、二次元方向にハニカム格子状に共有結合している。グラフェンの厚みは、理論上は炭素原子1個分にすぎない。そして、グラフェンの物性も特殊である。グラフェンは、他のカーボンナノマテリアル、例えばカーボンナノチューブと比べても、より大きな表面積、より高い導電性、より高い熱伝導性、優れた機械的安定性、より高い耐熱性、より低い密度を有する。このような独自の形状や物性を持つグラフェンには、従来の炭素系材料では実現できなかった微細な工業製品への応用が可能である。例えば、薄膜形状の電極、充填剤、触媒担体、センサーなど、様々な分野での応用が期待されている。
【0004】
しかしながら、低コストの製造が困難であることが、グラフェンの実用化にとって大きな障壁となってきた。この問題は、カーボンナノチューブやフラーレンに存在する問題と同様である。今日、欠陥が少なく長期保存可能なグラフェンを安価に製造できる方法を求め、世界的な競争が始まっている。
【0005】
ナノマテリアルの場合、理論的には、より小さな部位からより大きな部位へ成長させることによって目的物を製造する方法、いわゆるボトムアップ法と、より大きな部位からより小さな部位を抽出することによって目的物を製造する方法、いわゆるトップダウン法の両方が検討されている。グラフェンの場合はトップダウン的法製造方法として、グラファイト結晶からグラフェン膜を剥離する方法が検討されてきた。グラファイトは比較的安価で大量に生産されている炭素材料である。理論上は、大量のグラファイトの積層結晶を単層に分離すれば、大量のグラフェンが得られる。したがって、グラファイトをグラフェンに剥離する方法は実用化が期待される方法として盛んに検討されている。このようなグラフェンの剥離方法として、以下のように、これまで多種多様な方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A.K. Geim and K.S. Novoselov, Nature Mater., 2007, 6, 183.
【非特許文献2】W.S. Hummers et al., J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 1339.
【非特許文献3】化学技術振興機構 平成25年1月10日 共同発表
【非特許文献4】S.P. Economopoulos et al., ACS Nano, 2010, 4, 7499.
【非特許文献5】Y.Hemandez et al., Nature Natotechnology, 2008, 3, 563-568
【非特許文献6】R. Hao et al., Chem. Commun., 2008, 48, 6576-6578"
【0007】
トップダウン法によるグラフェンの製造方法として、世界で最初に確立された方法が、粘着テープを用いてグラファイト単結晶から薄膜を剥離させる、機械剥離法である(非特許文献1)。この方法によって、世界で初めて分析可能な面積を有するグラフェン膜を剥離、転写することが可能となり、グラフェンの様々な物性が明らかになった。この方法の開発者であるA.K. Geim、 K.S. Novoselovは、2010年のノーベル物理学賞を受賞した。しかし、この方法では、グラフェンの大量生産は不可能である。
【0008】
酸化還元法では、まず強力な酸化剤を使用して酸化グラフェンの分散液を調製し、次に酸化グラフェンを化学的・熱的に還元してグラフェンを調製する(非特許文献2)。しかし、この方法では、危険薬物や中和剤を大量に使用しなければならない。しかも、得られたグラフェンに含まれる物理的あるいは化学的な欠陥が多い。
【0009】
超臨界流体を用いたグラフェン量産化技術も報告されている(非特許文献3)。この方法では、超臨界状態にある有機溶媒流体を使ってグラファイトからグラフェンを剥離する。この方法では、大きなスケールで、しかも高い収率で、グラフェンが得られる。しかし、この方法では、複雑で大きな装置が必要であり、安定性が保証されていない。
【0010】
化学剥離法では、グラファイトを特定の剥離剤中で超音波処理することにより、剥離剤をグラファイト結晶の層間に侵入させる(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6)。層間が拡大した結果、グラフェン各層が剥離する。この方法では、欠陥が少ないグラフェンを含む安定な分散液を大スケールで生産することができる。この意味で、化学剥離法は、上述の機械的剥離法、酸化還元法、超臨界流体を用いる方法よりも、工業的に優れると言える。しかし、これまで有効性が確認された剥離剤はわずかで、o−ジクロロベンゼン、ベンジルアミン、2−エチルヘキサノール、N,N−ジメチルホルムアミドなどに限られている。そして、グラフェンの剥離効率は工業的効要求を満たす程には高くない。ベンジルアミンはこれまで知られた最良の剥離剤であるが、ベンジルアミンとグラファイトの混合物を超音波処理して得られるグラフェンの濃度は、分散液中の濃度として0.5ml/mlに過ぎない。
【0011】
さらに、グラファイト層間に化学物質を侵入させ、層間剥離を引き起こすための物理的刺激方法として、より機械的剪断性の高い手段を用いる方法も提案されている。
【0012】
このように、グラファイトからグラフェンを剥離する方法としては、様々な方法が知られているが、そのいずれでも、商業生産に見合うほどの大スケールで高効率のグラフェン製造は達成されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の発明者は、従来提案されているトップダウン的グラフェンの製造方法のうち、比較的低コストで行うことのできる化学剥離法に注目した。本発明は、従来の化学剥離法の問題点を解決し、より実用化可能性の高い化学剥離法を提供することを目的としている。
【0014】
本発明の発明者は、従来の化学剥離法の問題点として、特に、限られた種類の剥離剤しか知られていないことを問題視した。既知の剥離剤を用いた場合のグラフェン収率は工業的な実用性からみればまだ低い。より強力な剥離剤が要求されている。ベンジルアミン、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミドのような既知の剥離剤には毒性の強いものが含まれており、価格も比較的高い。より安全で低価格の剥離剤が求められている。その一方で、剥離剤の化学構造と剥離剤の剥離能力との関係は、未だ法則化されていない。非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6にもこの関係について開示されていない。このため有効な剥離剤の拡充は不十分なままである。世界的にみても、実際のところ、新たな剥離剤を見出す努力はほとんどなされていない。
【0015】
化学剥離法によって、グラフェンは剥離剤に分散した形態で生産される。グラフェンの加工や応用の手段としては、グラフェンと剥離剤からなる分散液を基材に塗布して剥離剤を乾燥除去することによって、基材上にグラフェン膜とを形成する方法、上記分散液をさらに他の物質と複合化して新たなナノマテリアルを創出する方法などが想定可能である。上記分散液の化学的性質が、このような加工や応用の可能性に影響するであろう。グラフェンを様々に加工・応用するためにも、より多様な剥離剤を用いて多様な化学的性質を有するグラフェン分散液を生産することが、好ましい。グラフェンの加工や応用にとっても、より多くの剥離剤を見出す意義は大きい。
【課題を解決するための手段】
【0016】
そこで、発明者は、新規な剥離剤の獲得を目標として、膨大な薬剤のスクリーニングを行った。その結果、驚くべきことに、ある種の化合物が優れたグラフェン剥離能力を有することを見出した。
【0017】
すなわち本発明は以下のものである。
【0018】
(発明1)2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含む、グラフェン剥離剤。ただし、上記クロロベンジルアミンは異性体であるo−クロロベンジルアミン、p−クロロベンジルアミン、m-クロロベンジルアミンの総称である。
【0019】
(発明2)グラフェンと、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかのグラフェン剥離剤とを含む、グラフェン分散液。
【0020】
(発明3)以下の工程1,2,3を含む、グラフェンの製造方法。
工程1:2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含むグラフェン剥離剤と、グラファイト粉末とを混合してグラファイト懸濁液を得る工程。
工程2:工程1で得られたグラファイト懸濁液を超音波処理してグラフェンを剥離する工程。
工程3:工程2の後、沈降画分を除いて上記剥離剤とグラフェンとを含む分散液を回収する工程。
【0021】
本発明の発明者は、新たに、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンが優れたグラフェン剥離能力を有することを見出した。本発明のグラフェン剥離剤は、グラフェン化学剥離の有効成分として2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含む。以下、便宜上、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンを、剥離剤と言う。剥離剤には、有効成分の機能が損なわれない範囲で増量剤を加えることができる。最終的に得られるグラフェン分散液を塗布剤として用いる場合に必要な充填剤や顔料などの各種添加剤を加えることもできる。
【0022】
本発明のグラフェン剥離剤を用いて、以下の工程でグラフェンを製造することができる。
【0023】
(工程1)本発明のグラフェン剥離剤と、グラファイト粉末を混合してグラファイト懸濁液を作成する。グラファイト粉末の濃度は、剥離剤100mlに対して200〜2000mgが適当である。
【0024】
(工程2)得られたグラファイト懸濁液を超音波処理することによって、グラファイトの層状結晶からグラフェンが剥離し、剥離剤中に分散する。超音波処理の条件は、周波数、温度、処理時間の組合せによって、グラフェンの収率が最大になるように調節される。周波数は28〜68kHzの範囲から選択できるが、繊細な対象物の洗浄に用いられる40kHzが一般的である。温度は10〜60℃の範囲から選択できる。処理時間は長いほどグラフェンの剥離が進行し、グラフェンの収率が高くなる。しかし、グラフェン膜の欠陥を防ぐために、処理時間は1〜3時間が一般的である。
【0025】
(工程3)工程2の後、グラフェンが剥離せずグラファイト状態を維持した画分は、やがて沈降する。沈降した画分を除き、剥離剤とグラフェンを含む分散液を回収する。
【0026】
本発明で見出されたグラフェン剥離剤は、既知の剥離剤と同等以上の剥離能力を有する。新たに見出された剥離剤の中で、特にクロロベンジルアミン、N−メチルベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミンは、これまで最良の剥離剤と認識されてきたベンジルアミンを上回るグラフェン収率をもたらす。
【0027】
新たに見出された剥離剤の中で、クロロベンジルアミン、2−フルオロベンジルアミンは、ハロゲン基とアミン基を有する剥離剤であり、既知の剥離剤のいずれとも同種・同類の化合物とは言い難い。クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミンの剥離剤としての能力が既知の剥離剤よりも格段に優れることは、驚くべき結果である。
【0028】
新たに見出された剥離剤の中で、2−メトキシエタノールは、−O−構造を有する点で、既知のいずれの剥離剤と比べても特異な剥離剤である。2−メトキシエタノールのグラフェン剥離能は、既知の剥離剤からは予想できないものであった。新たに見出された剥離剤の中で、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンも、基本骨格が既知の剥離剤と異なる。これらのグラフェン剥離能も、既知の剥離剤からは予想できないものであった。また、テトラエトキシチタニウムは、金属アルコキシドである点で、特異である。金属アルコキシドがグラフェン剥離能を有することは、これまで全く予想・提言されていなかった。
【0029】
その一方、本発明に至る過程で、既知剥離剤であるベンジルアミン、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミドと類似の構造を有するにもかかわらず、全くグラフェン剥離能力を有さない薬剤も多数認められた。本発明の研究によっても、なお、グラフェン剥離剤の化学的特徴とグラフェン剥離能力との関係は明らかではない。
【0030】
しかしながら、確かに、本発明は、より多様なグラフェン剥離剤を提供することに成功した。本発明は、より強力なグラフェン剥離剤を提供することにも成功した。本発明によって、化学剥離法によるグラフェンの製造方法の実用性が向上した。さらに本発明は、より多様なグラフェン分散液を提供することにも貢献した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図2】グラフェンの化学剥離法を模式的に表した図。(a)は原料であるグラファイトを表す。(b)はグラファイトと剥離剤を混合することによってグラファイトの層間に剥離剤が侵入した状態を表す。(c)はグラフェンと剥離剤の混合物に超音波処理することによってグラフェンが剥離した状態を表す。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(剥離剤のスクリーニング)以下の手順で各種有機溶媒のグラフェン剥離能を評価した。
【0033】
まず、表1、表2に示す合計60種類の有機溶媒5mlをグラファイト粉末40mgと混合し、グラファイト懸濁液を作成した。
図3は、有機溶媒としてベンジルアミンを用いた場合の懸濁液を示す。いずれの有機溶媒を用いた場合も、得られた混合物は
図3と同様の状態を示した。
【0034】
次に、得られた懸濁液を40kHz,50℃、2時間の条件で超音波処理し、処理後の懸濁液の上部の溶液を採取し、溶液の色によって各種溶媒のグラフェン剥離能を評価した。評価は、剥離能無し(−)、剥離能有り(+)、剥離能が特に高い(++)の3段階で評価した。
図4に、代表的な溶液の様子を示す。右:溶媒としてエタノールを用いた場合。グラフェン剥離能が認められない(−)。グラフェンがほとんど存在しないために液は透明である。中:溶媒として2−メトキシエタノールを用いた場合。グラフェン剥離能が認められる(+)。分散したグラフェンにより灰色を示す。左:溶媒としてベンジルアミンを用いた場合。特に高いグラフェン剥離能力が認められる(++)。高濃度で分散したグラフェンにより黒色を示す。60種類の有機溶媒とそのグラフェン剥離能の評価結果を、表1、表2に示す。
【0037】
この結果から、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンは新規な剥離剤として機能することが明らかとなった。これらに構造が一見類似しているもののグラフェン剥離能が全くない化合物が存在することは、注目に値する。例えばテトラエトキシチタニウムと同じ金属アルコキシドであるテトラエトキシシランは、グラフェン剥離能を示さない。
【0038】
N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミンは特にグラフェン剥離能が高い。これらのグラフェン剥離能を、既知の剥離剤のグラフェン剥離能と詳細に比較した。表2に示す既知の剥離剤あるいは本発明の剥離剤であるN−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミンとグラファイトを用いて得られるグラファイトナノプレート懸濁液とグラフェン分散液について、紫外可視光(波長550nm)の吸光度を測定し、その比較からグラフェン分散液中のグラフェン濃度を求めた。それぞれのグラフェン分散液のグラフェン濃度を表3に示す。
【0040】
N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミンは、既知の剥離剤よりも優れたグラフェン剥離能を有することが明らかとなった。これまで最良のグラフェン剥離剤の一つとして知られてきたベンジルアミンよりも格段に優れた剥離剤が本発明で見出されたことは、画期的である。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明では、2−メトキシエタノール、N−メチルベンジルアミン、クロロベンジルアミン、3−フェニルプロピルアミン、2−フルオロベンジルアミン、テトラエトキシチタニウム、ピロリジン、ピペリジン、塩化ベンゾイル、ピリジンのいずれかを含む、新規なグラフェン剥離剤を提供することに成功した。本発明の剥離剤は、既知の剥離剤の構造から理論的に予想することができなかった。しかも、本発明は、従来品よりも格別に優れたグラフェン剥離剤を提供することができる。本発明によって、化学剥離法によるグラフェンの製造におけるグラフェン収率が格段に向上した。
【0042】
本発明の剥離剤とグラファイトを含むグラファイトナノプレート懸濁液は、グラファイト層の剥離をもたらす物理的刺激として超音波を用いる典型的な化学剥離法以外にも使用できる可能性がある。例えば、超臨界流体や機械的剪断力を用いるグラフェン剥離法への利用も検討され得る。このように、本発明によって、グラファイトからグラフェンを分離する手段が追加された。このことは、より多様な性質を持つグラフェン分散液が使用可能となったことを意味する。本発明は、従来想定不可能であったグラフェン含有材料の加工や応用を可能にする。
【0043】
本発明によって、グラフェンの様々な技術への実用化が進むと期待される。本発明は、例えば、薄型ディスプレイやタッチパネルなどに用いる透明電極、帯電防止膜、耐熱性素子、二次電池、水素吸蔵剤、軽量構造材といった、様々な製品へのグラフェンの応用に貢献する。
【符号の説明】
【0044】
1 グラフェン
2 剥離剤
3 グラファイト