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特開2015-229618化学剥離グラフェン膜製造用グラフェン剥離剤およびグラフェン膜の製造方法。
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-229618(P2015-229618A)
(43)【公開日】2015年12月21日
(54)【発明の名称】化学剥離グラフェン膜製造用グラフェン剥離剤およびグラフェン膜の製造方法。
(51)【国際特許分類】
   C01B 31/02 20060101AFI20151124BHJP
【FI】
   C01B31/02 101Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-116897(P2014-116897)
(22)【出願日】2014年6月5日
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100072039
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 洵
(74)【代理人】
【識別番号】100123722
【弁理士】
【氏名又は名称】井澤 幹
(74)【代理人】
【識別番号】100157738
【弁理士】
【氏名又は名称】茂木 康彦
(74)【代理人】
【識別番号】100158377
【弁理士】
【氏名又は名称】三谷 祥子
(72)【発明者】
【氏名】谷池 俊明
【テーマコード(参考)】
4G146
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AB07
4G146AD22
4G146AD23
4G146AD24
4G146AD28
4G146AD32
4G146AD37
4G146CB10
4G146CB19
4G146CB21
4G146CB35
(57)【要約】      (修正有)
【課題】化学剥離法によるグラフェン製造に用いる新規なグラフェン剥離剤の提供。
【解決手段】以下の混合物(1)〜(5)から選ばれるグラフェン剥離剤。(1)2-メトキシエタノール及びメタノール(2)N,N−ジメチルホルムアミドとエタノール又はメタノール又はモノクロロベンゼン又は1,2-ジクロロベンゼン(3)ベンジルアミンとエタノール又はモノクロロベンゼン又は1,2-ジクロロベンゼン又は1,2,4-トリクロロベンゼン又はN,N−ジメチルホルムアミド(4)2−エチルヘキサノールとベンジルアミン又は1,2,4-トリクロロベンゼン又はo−クロロベンジルアミン(5)2−エチルヘキサノールと(A)モノクロロベンゼン及びベンジルアミン(B)1,2-ジクロロベンゼン及びベンジルアミン(C)1,2,4-トリクロロベンゼン及びベンジルアミン(D)o−クロロベンジルアミン及びベンジルアミン
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の混合物(1)〜(17)から選ばれるグラフェン剥離剤。
(1)2-メトキシエタノール 及び メタノール
(2)N,N−ジメチルホルムアミド 及び エタノール
(3)N,N−ジメチルホルムアミド 及び メタノール
(4)N,N−ジメチルホルムアミド 及び モノクロロベンゼン
(5)N,N−ジメチルホルムアミド 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(6)ベンジルアミン 及び エタノール
(7)ベンジルアミン 及び モノクロロベンゼン
(8)ベンジルアミン 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(9)ベンジルアミン 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(10)ベンジルアミン 及び N,N−ジメチルホルムアミド
(11)2−エチルヘキサノール 及び ベンジルアミン
(12)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(13)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン
(14)2−エチルヘキサノール 及び モノクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(15)2−エチルヘキサノール 及び 1,2-ジクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(16)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(17)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン 及び ベンジルアミン
【請求項2】
グラフェンと、以下の混合物(1)〜(17)から選ばれるグラフェン剥離剤とを含む、グラフェン分散液。
(1)2-メトキシエタノール 及び メタノール
(2)N,N−ジメチルホルムアミド 及び エタノール
(3)N,N−ジメチルホルムアミド 及び メタノール
(4)N,N−ジメチルホルムアミド 及び モノクロロベンゼン
(5)N,N−ジメチルホルムアミド 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(6)ベンジルアミン 及び エタノール
(7)ベンジルアミン 及び モノクロロベンゼン
(8)ベンジルアミン 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(9)ベンジルアミン 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(10)ベンジルアミン 及び N,N−ジメチルホルムアミド
(11)2−エチルヘキサノール 及び ベンジルアミン
(12)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(13)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン
(14)2−エチルヘキサノール 及び モノクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(15)2−エチルヘキサノール 及び 1,2-ジクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(16)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(17)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン 及び ベンジルアミン"
【請求項3】
以下の工程1,2,3を含む、グラフェンの製造方法。
工程1:以下の混合物(1)〜(17)から選ばれるグラフェン剥離剤と、グラファイト粉末とを混合してグラファイト懸濁液を得る工程。
(1)2-メトキシエタノール 及び メタノール
(2)N,N−ジメチルホルムアミド 及び エタノール
(3)N,N−ジメチルホルムアミド 及び メタノール
(4)N,N−ジメチルホルムアミド 及び モノクロロベンゼン
(5)N,N−ジメチルホルムアミド 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(6)ベンジルアミン 及び エタノール
(7)ベンジルアミン 及び モノクロロベンゼン
(8)ベンジルアミン 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(9)ベンジルアミン 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(10)ベンジルアミン 及び N,N−ジメチルホルムアミド
(11)2−エチルヘキサノール 及び ベンジルアミン
(12)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(13)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン
(14)2−エチルヘキサノール 及び モノクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(15)2−エチルヘキサノール 及び 1,2-ジクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(16)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(17)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン 及び ベンジルアミン
工程2:工程1で得られたグラファイト懸濁液を超音波処理してグラフェンを剥離する工程。
工程3:工程2の後、沈降画分を除いて上記グラフェン剥離剤とグラフェンとを含む分散液を回収する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェン剥離剤、グラフェン分散液、グラフェン膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素は人類が最も長く使用してきた材料の一つである。炭素材料としては、木炭やコークスなどの燃料、カーボンブラックや活性炭、黒鉛などの一般材料、炭素繊維やガラス状炭素などの機能性材料など、様々な製品が知られている。そして近年は最も新しい炭素材料として、フラーレン、カーボンナノチューブ、グラフェンが注目されている。これらはいわゆるナノテクノロジーに関連したナノマテリアルとして盛んに研究されている。
【0003】
中でもグラフェンは興味深いナノマテリアルである。まず、グラフェンの形状が特殊である。グラフェンはそれ自体が地球上最も薄い材料である。グラフェンを構成する炭素原子は、二次元方向にハニカム格子状に共有結合している。グラフェンの厚みは、理論上は炭素原子1個分にすぎない。そして、グラフェンの物性も特殊である。グラフェンは、他のカーボンナノマテリアル、例えばカーボンナノチューブと比べても、より大きな表面積、より高い導電性、より高い熱伝導性、優れた機械的安定性、より高い耐熱性、より低い密度を有する。このような独自の形状や物性を持つグラフェンには、従来の炭素系材料では実現できなかった微細な工業製品への応用が可能である。例えば、薄膜形状の電極、充填剤、触媒担体、センサーなど、様々な分野での応用が期待されている。
【0004】
しかしながら、低コストの製造が困難であることが、グラフェンの実用化にとって大きな障壁となってきた。この問題は、カーボンナノチューブやフラーレンに存在する問題と同様である。今日、欠陥が少なく長期保存可能なグラフェンを安価に製造できる方法を求め、世界的な競争が始まっている。
【0005】
ナノマテリアルの場合、理論的には、より小さな部位からより大きな部位へ成長させることによって目的物を製造する方法、いわゆるボトムアップ法と、より大きな部位からより小さな部位を抽出することによって目的物を製造する方法、いわゆるトップダウン法の両方が検討されている。グラフェンの場合はトップダウン的法製造方法として、グラファイト結晶からグラフェン膜を剥離する方法が検討されてきた。グラファイトは比較的安価で大量に生産されている炭素材料である。理論上は、大量のグラファイトの積層結晶を単層に分離すれば、大量のグラフェンが得られる。したがって、グラファイトをグラフェンに剥離する方法は実用化が期待される方法として盛んに検討されている。このようなグラフェンの剥離方法として、以下のように、これまで多種多様な方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】A.K. Geim and K.S. Novoselov, Nature Mater., 2007, 6, 183.
【非特許文献2】W.S. Hummers et al., J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 1339.
【非特許文献3】化学技術振興機構 平成25年1月10日 共同発表
【非特許文献4】S.P. Economopoulos et al., ACS Nano, 2010, 4, 7499.
【非特許文献5】Y.Hemandez et al., Nature Natotechnology, 2008, 3, 563-568
【非特許文献6】R. Hao et al., Chem. Commun., 2008, 48, 6576-6578"
【0007】
トップダウン法によるグラフェンの製造方法として、世界で最初に確立された方法が、粘着テープを用いてグラファイト単結晶から薄膜を剥離させる、機械剥離法である(非特許文献1)。この方法によって、世界で初めて分析可能な面積を有するグラフェン膜を剥離、転写することが可能となり、グラフェンの様々な物性が明らかになった。この方法の開発者であるA.K. Geim、 K.S. Novoselovは、2010年のノーベル物理学賞を受賞した。しかし、この方法では、グラフェンの大量生産は不可能である。
【0008】
酸化還元法では、まず強力な酸化剤を使用して酸化グラフェンの分散液を調製し、次に酸化グラフェンを化学的・熱的に還元してグラフェンを調製する(非特許文献2)。しかし、この方法では、危険薬物や中和剤を大量に使用しなければならない。しかも、得られたグラフェンに含まれる物理的あるいは化学的な欠陥が多い。
【0009】
超臨界流体を用いたグラフェン量産化技術も報告されている(非特許文献3)。この方法では、超臨界状態にある有機溶媒流体を使ってグラファイトからグラフェンを剥離する。この方法では、大きなスケールで、しかも高い収率で、グラフェンが得られる。しかし、この方法では、複雑で大きな装置が必要であり、安定性が保証されていない。
【0010】
化学剥離法では、グラファイトを特定の剥離剤中で超音波処理することにより、剥離剤をグラファイト結晶の層間に侵入させる(非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6)。層間が拡大した結果、グラフェン各層が剥離する。この方法では、欠陥が少ないグラフェンを含む安定な分散液を大スケールで生産することができる。この意味で、化学剥離法は、上述の機械的剥離法、酸化還元法、超臨界流体を用いる方法よりも、工業的に優れると言える。しかし、これまで有効性が確認された剥離剤はわずかで、o−ジクロロベンゼン、ベンジルアミン、2−エチルヘキサノール、N,N−ジメチルホルムアミドなどに限られている。そして、グラフェンの剥離効率は工業的効要求を満たす程には高くない。ベンジルアミンはこれまで知られた最良の剥離剤であるが、ベンジルアミンとグラファイトの混合物を超音波処理して得られるグラフェンの濃度は、分散液中の濃度として0.5ml/mlに過ぎない。
【0011】
さらに、グラファイト層間に化学物質を侵入させ、層間剥離を引き起こすための物理的刺激方法として、より機械的剪断性の高い手段を用いる方法も提案されている。
【0012】
このように、グラファイトからグラフェンを剥離する方法としては、様々な方法が知られているが、そのいずれでも、商業生産に見合うほどの大スケールで高効率のグラフェン製造は達成されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の発明者は、従来提案されているトップダウン的グラフェンの製造方法のうち、比較的低コストで行うことのできる化学剥離法に注目した。本発明は、従来の化学剥離法の問題点を解決し、より実用化可能性の高い化学剥離法を提供することを目的としている。
【0014】
本発明の発明者は、従来の化学剥離法の問題点として、特に、限られた種類の剥離剤しか知られていないことを問題視した。既知の剥離剤を用いた場合のグラフェン収率は工業的な実用性からみればまだ低い。より強力な剥離剤が要求されている。ベンジルアミン、N−メチルピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミドのような既知の剥離剤には毒性の強いものが含まれており、価格も比較的高い。より安全で低価格の剥離剤が求められている。その一方で、剥離剤の化学構造と剥離剤の剥離能力との関係は、未だ法則化されていない。非特許文献4、非特許文献5、非特許文献6にもこの関係について開示されていない。このため有効な剥離剤の拡充は不十分なままである。世界的にみても、実際のところ、新たな剥離剤を見出す努力はほとんどなされていない。
【0015】
化学剥離法によって、グラフェンは剥離剤に分散した形態で生産される。グラフェンの加工や応用の手段としては、グラフェンと剥離剤からなる分散液を基材に塗布して剥離剤を乾燥除去することによって、基材上にグラフェン膜とを形成する方法、上記分散液をさらに他の物質と複合化して新たなナノマテリアルを創出する方法などが想定可能である。上記分散液の化学的性質が、このような加工や応用の可能性に影響するであろう。グラフェンを様々に加工・応用するためにも、より多様な剥離剤を用いて多様な化学的性質を有するグラフェン分散液を生産することが、好ましい。グラフェンの加工や応用にとっても、より多くの剥離剤を見出す意義は大きい。
【0016】
そこで、発明者は、新規な剥離剤の獲得を目標として、種々の薬剤のグラフェン剥離能を評価したが、数々のスクリーニングにもかかわらず、剥離剤の化学構造とグラフェン剥離能との間にある法則は、未だ見出されていない。
【0017】
また、上記スクリーニングの結果、低価格のエタノールやメタノールはグラフェン剥離能が無く、剥離剤として使用可能な化合物は比較的高価で毒性が高いものが多いことを、改めて確認した。
【課題を解決するための手段】
【0018】
そこで、本発明の発明者は、新たに、新規剥離剤の獲得手法として、既知の剥離剤を含む、2種以上の薬剤の混合物の試作と評価を行った。本発明では、これまでの単品の剥離剤をスクリーニングする手法では達成できない、優れた剥離剤の創出を期待した。その結果、本発明では、特定の10種の混合物が、優れたグラフェン剥離能を有することを見出した。
【0019】
すなわち本発明は以下のものである。
【0020】
(発明1)以下の混合物(1)〜(17)から選ばれる、グラフェン剥離剤。
(1)2-メトキシエタノール 及び メタノール
(2)N,N−ジメチルホルムアミド 及び エタノール
(3)N,N−ジメチルホルムアミド 及び メタノール
(4)N,N−ジメチルホルムアミド 及び モノクロロベンゼン
(5)N,N−ジメチルホルムアミド 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(6)ベンジルアミン 及び エタノール
(7)ベンジルアミン 及び モノクロロベンゼン
(8)ベンジルアミン 及び 1,2-ジクロロベンゼン
(9)ベンジルアミン 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(10)ベンジルアミン 及び N,N−ジメチルホルムアミド
(11)2−エチルヘキサノール 及び ベンジルアミン
(12)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン
(13)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン
(14)2−エチルヘキサノール 及び モノクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(15)2−エチルヘキサノール 及び 1,2-ジクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(16)2−エチルヘキサノール 及び 1,2,4-トリクロロベンゼン 及び ベンジルアミン
(17)2−エチルヘキサノール 及び o−クロロベンジルアミン 及び ベンジルアミン"
【0021】
(発明2)グラフェンと、上記グラフェン剥離剤とを含む、グラフェン分散液。
【0022】
(発明3)以下の工程1,2,3を含む、グラフェンの製造方法。
工程1:上記グラフェン剥離剤と、グラファイト粉末とを混合してグラファイト懸濁液を得る工程。
工程2:工程1で得られたグラファイト懸濁液を超音波処理してグラフェンを剥離する工程。
工程3:工程2の後、沈降画分を除いて上記剥離剤とグラフェンとを含む分散液を回収する工程。
【0023】
本発明のグラフェン剥離剤は、上述の17種の混合物から選ばれる。本発明の混合物(1)〜(17)に含まれる2つあるいは3つの成分の量割合は、任意でよい。それぞれの混合物における最適な成分比は、混合物全体のグラフェン剥離能が最良となるように、適宜設定可能である。後述のように、いずれの組み合わせでも、少なくとも従来の剥離剤と同等の剥離能が発現する。これらの混合物の組成について、単一化合物からなる従来の剥離剤は何のヒントも与えていない。そして、本発明では、従来の、エタノールやメタノールのような単独では剥離剤能をもたない成分を使用できるという、驚くべき特徴を有する。そして後述のように、本発明のグラフェン剥離剤(1)〜(17)の中には、混合物とすることによって剥離剤としての性能が相乗的に向上する場合がある。このような相乗効果は、従来の単一化合物からなる剥離剤の性能からは予想できなかった。
【0024】
本発明のグラフェン剥離剤を用いて、以下の工程でグラフェンを製造することができる。
【0025】
(工程1)本発明のグラフェン剥離剤と、グラファイト粉末を混合してグラファイト懸濁液を作成する。グラファイト粉末の濃度は、剥離剤100mlに対して200〜2000mgが適当である。
【0026】
(工程2)得られたグラファイト懸濁液を超音波処理することによって、グラファイトの層状結晶からグラフェンが剥離し、剥離剤中に分散する。超音波処理の条件は、周波数、温度、処理時間の組合せによって、グラフェンの収率が最大になるように調節される。周波数は28〜68kHzの範囲から選択できるが、繊細な対象物の洗浄に用いられる40kHzが一般的である。温度は10〜60℃の範囲から選択できる。処理時間は長いほどグラフェンの剥離が進行し、グラフェンの収率が高くなる。しかし、グラフェン膜の欠陥を防ぐために、処理時間は1〜3時間が一般的である。
【0027】
(工程3)工程2の後、グラフェンが剥離せずグラファイト状態を維持した画分は、やがて沈降する。沈降した画分を除き、剥離剤とグラフェンを含む分散液を回収する。
【0028】
本発明で見出されたグラフェン剥離剤は、既知の剥離剤と同等以上の剥離能力を有する。新たに見出された剥離剤の中で、特に(7)ベンジルアミン及びモノクロロベンゼンからなる剥離剤、(8)ベンジルアミン及び1,2−ジクロロベンゼンからなる剥離剤、(9)ベンジルアミン及び1,2,4−トリクロロベンゼンからなる剥離剤を用いた場合、ベンジルアミン、モノクロロベンゼン、1,2-ジクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼンを単独で用いた場合に比べ、グラフェン収率は格段に優れる。本発明のグラフェン剥離剤では、ベンジルアミン、モノクロロベンゼン、1,2−ジクロロベンゼン、1,2,4−トリクロロベンゼンのそれぞれのグラフェン剥離能が、相乗的に発揮されていると考えられる。
【0029】
しかしながら、本発明に至る過程で、複数の既知剥離剤を混合することによって剥離機能が失われた例が度々見出された。本発明で得られた相乗効果は、限られた剥離剤の組合せのみで発現したと考えられる。剥離剤の組合せと、混合物としての剥離剤の性能との間には、未だ明確な法則を見出すことができない。本発明で得られたグラフェン剥離剤の組成、性能は、既知の剥離剤に関する知見を参考にしても、実に特異であると言える。
【0030】
しかしながら、確かに、本発明は、より多様なグラフェン剥離剤を提供することに成功した。本発明は、より強力なグラフェン剥離剤を提供することにも成功した。本発明によって、化学剥離法によるグラフェンの製造方法の実用性が向上した。さらに本発明は、より多様なグラフェン分散液を提供することにも貢献した。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】グラフェンの構造を模式的に表した図。
図2】グラフェンの化学剥離法を模式的に表した図。(a)は原料であるグラファイトを表す。(b)はグラファイトと剥離剤を混合することによってグラファイトの層間に剥離剤が侵入した状態を表す。(c)はグラフェンと剥離剤の混合物に超音波処理することによってグラフェンが剥離した状態を表す。
図3】グラファイト懸濁液の写真。
図4】グラフェン分散液の写真。
【発明を実施するための形態】
【0032】
(構成成分)本発明では、表1に挙げた各種有機溶媒を用いた。以下の手順で各種有機溶媒のグラフェン剥離能を評価した。
【0033】
まず、表1に示す各種有機溶媒5mlをグラファイト粉末40mgと混合し、グラファイト懸濁液を作成した。図3は、有機溶媒としてベンジルアミンを用いた場合の懸濁液を示す。いずれの有機溶媒を用いた場合も、得られた混合物は図3と同様の状態を示した。
【0034】
【表1】
【0035】
次に、得られた懸濁液を40kHz,50℃、2時間の条件で超音波処理し、処理後の懸濁液の上部の溶液を採取し、溶液の色によって各種溶媒のグラフェン剥離能を評価した。評価は、剥離能無し(−)、剥離能有り(+)、剥離能が特に高い(++)の3段階で評価した。図4に、代表的な溶液の様子を示す。右:溶媒としてエタノールを用いた場合。グラフェン剥離能が認められない(−)。グラフェンがほとんど存在しないために液は透明である。中:溶媒として2−メトキシエタノールを用いた場合。グラフェン剥離能が認められる(+)。分散したグラフェンにより灰色を示す。左:溶媒として1,2−ジクロロベンゼンを用いた場合。特に高いグラフェン剥離能力が認められる(++)。高濃度で分散したグラフェンにより黒色を示す。各種有機溶媒とそのグラフェン剥離能の評価結果を、表1に示す。
【0036】
次に、表1に挙げた有機溶剤を、表2、表3、表4に示す33通りで混合し、そのグラフェン剥離能を評価した。混合比率は1:1(体積比)あるいは1:1:1(体積比)とした。グラフェン剥離能の評価方法は、単独の有機溶媒を評価した手法と同じである。33種の混合物の評価結果を表2、表3、表4に示す。
【0037】
【表2】
【0038】
【表3】
【0039】
【表4】
【0040】
表2、表3、表4に示すように、混合物番号11〜14、16、17、19〜22、27〜33の17例のみが、グラフェン剥離能を示した。混合物番号20、21、22の剥離能は、構成成分が単独で発揮する剥離能よりも優れる。この3例では、剥離剤の構成成分が相乗的な効果をもたらしている。
【0041】
混合物番号11〜14では、単独では剥離機能が無い有機溶媒が半分量含まれているにもかかわらず、グラフェン剥離能を示すという、意外な結果を示す。これらの混合物は、半分量が比較的低価格で比較的毒性の低い材料から構成されており、グラフェン製造のコスト低減にも貢献できる。
【0042】
混合物番号6、9、15、25、26では、単独で剥離効果がある有機溶媒を混合しているにもかかわらず、混合物では剥離能が失われるという、意外な結果を示した。剥離剤の混合によって剥離能が維持されるか、相乗的に向上するか、あるいは剥離能が失われるかを予想できる、傾向や法則は今のところ見出されていない。
【0043】
混合物番号19、20、21、30〜33では、特に濃い黒色を示すグラフェン分散液が得られた。混合物番号19、20、21、30〜33では、構成成分のグラフェン剥離能がよく維持されている、あるいは、上述の相乗効果が発現していると推測された。そこで、混合物番号19、20、21、30〜33のグラフェン剥離能を、これらを構成する剥離剤の単独のグラフェン剥離能と詳細に比較した。それぞれの剥離剤を用いて得られるグラファイト懸濁液とグラフェン分散液について、紫外可視光(波長550nm)の吸光度を測定し、その差からグラフェン分散液中のグラフェン濃度を求めた。それぞれのグラフェン分散液のグラフェン濃度を表5に示す。
【0044】
【表5】
【0045】
表5の結果から、混合物番号19,20,21、30〜33では、混合物を構成する個々の剥離剤の性能が維持されているか、あるいは相乗的に発揮されていることを確認できる。特に混合物20,31,32では成分の混合によりグラフェン剥離の相乗効果が顕著である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
以上の結果から、優れたグラフェン剥離剤を得るための手法として、未検討の化合物を評価する手法に加え、検討済みの化合物からなる混合物の評価も、有望であることが明らかとなった。このような手法は従来提案されていない。そして本発明では、この混合物を用いた新しい手法によって、従来の剥離剤よりも格段に性能の優れる剥離剤を見出すことができた。本発明によって、化学剥離法によるグラフェンの製造におけるグラフェン収率が格段に向上した。
【0047】
本発明の剥離剤とグラファイトを含むグラファイトナノプレート懸濁液は、グラファイト層の剥離をもたらす物理的刺激として超音波を用いる典型的な化学剥離法以外にも使用できる可能性がある。例えば、超臨界流体や機械的剪断力を用いるグラフェン剥離法への利用も検討され得る。このように、本発明によって、グラファイトからグラフェンを分離する手段が追加された。このことは、より多様な性質を持つグラフェン分散液が使用可能となったことを意味する。本発明は、従来想定不可能であったグラフェン含有材料の加工や応用を可能にする。
【0048】
本発明によって、グラフェンの様々な技術への実用化が進むと期待される。本発明は、例えば、薄型ディスプレイやタッチパネルなどに用いる透明電極、帯電防止膜、耐熱性素子、二次電池、水素吸蔵剤、軽量構造材といった、様々な製品へのグラフェンの応用に貢献する。
【符号の説明】
【0049】
1 グラフェン
2 剥離剤
3 グラファイト"
図1
図2
図3
図4