【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上述べたように、当時の電解加工技術は、研究成果は得られていたが工業製品としては未熟であったといえる。その問題点について以下に詳述するが、その前に当時の超硬合金の電解加工技術について説明を加える。
【0008】
超硬合金がどのような電気化学反応によって加工されるのかを以下に説明する。超硬合金は、WC、Coを主成分とし、TiC、TaCを含むものもある。それぞれの成分がどのような電気化学反応によって溶出除去されるかを述べる。電解液はNaCl水溶液、あるいは、NaCl+NaOH水溶液を使用するものと想定している
【0009】
まず、超硬合金の主成分である炭化タングステン(WC)の反応について見る。超硬合金を正極にすると、表面が陽極酸化されて青らん色の膜を生ずる。これはWCが酸化されて生成したWO
3である。ついで超硬合金を負極にすると、WO
3がNaイオンにふれることにより、表面すなわちWO
3からガスが激しく発生し超硬合金の地肌色になる。この反応を化学式で示すと以下のようになる。
(陽極)WC+9/2[O] → WO
3+1/2CO+1/2CO
2 ―(1)
(陰極)WO
3+2NaOH → Na
2WO
4+H
2O ―(2)
電解加工液は、NaClの代わりにNaNO
3を置きかえて加工することも可能である。
【0010】
次にコバルト(Co)の溶出について述べる。Coは通常の金属であるので、超硬合金が正極のときに以下のように反応し、溶出する。
Co+2Cl
-−2e
- → CoCl
2 ― (3)
CoCl
2は水に可溶性をもち、CoCl
2は数時間の時間経過の後、電解液中の水(H
2O)と反応し、Co(OH)
2となりClを放出しNaイオンと反応しNaClを生ずる。
【0011】
次に炭化チタン(TiC)の溶出について述べる。TiCは以下の化学反応で溶出すると考えられている。
(陽極)TiC+7/2[O] → TiO
2+1/2Co+1/2Co
2 ―(4)
(陰極)TiO
2+2H
2O → Ti(OH)
2 ―(5)
この、上記一連の化学反応式は、実験にもとづき反応生成物を分析等によって検討して、想定した反応式である。TiO
2がTi(OH)
2に化学反応するにはTiCl
2の過程がある。
炭化タンタル(TaC)の場合も、TiCの場合と同様の反応と考えられている。
なお、電解加工液としては、NaCl水溶液を基本とし、それにNaOHを添加した場合を想定しているが、硝酸ナトリウム(NaNO
3)を使用する場合も、Clの代わりにNO
3を置き換えればよい。
【0012】
超硬合金の電解加工において問題になるのは、あまり議論されることがなかったが、超硬合金の構成成分であるコバルト(Co)が選択的に溶出されて材料強度が低下してしまい金型としての使用に耐えないということである。
図3は超硬合金を(電解加工ではなく)水に約8時間浸漬して放置したときの超硬合金表面の写真である。この写真はワイヤ放電加工の問題点を調べるための試験として行ったものであり、浸漬した液体は水であり、電解液に比べてCoの溶出は少ないにも関わらず、Coが抜けて材料が劣化していることがわかる。(ただし、現在のワイヤ放電では、コバルトの溶出を抑えるための技術が開発されており、このようにコバルトが溶出するわけではない。)多くの超硬合金ユーザーが超硬合金を導電性の液体に触れさせることに対して嫌悪感を持っていることも忘れてはいけない。
【0013】
一般的に、電解加工に用いる電解液には、NaClやNaNO
3等の水溶液が用いられる。非特許文献1では、NaOHを含んだ電解液を使用することで、WC(WO
3)を溶出できることが示されているが、取扱い上NaOHを避けるためNaCl主体の電解液を使用して、超硬合金を加工することも提案している。
電解加工を行う際には、加工面の品質劣化がないことはもちろん重要であるが、直接の加工面でなくても電解液に触れる部分があり、それらの部分の品質劣化がないことも重要である。まず、加工面以外の電解液に触れる部分への影響の調査として、NaCl、NaOHを電解液として浸漬試験を行った。NaOHを用いたのは、NaCl溶液でCoが溶出する反応が、
H
2O+1/2O
2+2e
- → 2OH
-
Co → Co
2++2e
-
(Co+2Cl
- → CoCl
2+2e
-)
の反応であり、OH
-を増せば、Coの溶出を防止できるのではないかと考えたからである。
図4は、NaCl、NaOH、NaCl+NaOHのそれぞれの溶液に超硬合金を18時間浸漬したときの超硬合金表面のSEM写真である。使用した溶液は、表1の通りで、(a) NaCl溶液、(b) NaOH溶液、(c) NaCl+NaOH溶液(2:1) 、(d) NaCl+NaOH溶液(1:2)である。それぞれ溶液中100ml中に超硬合金(粒径約0.8μm、WC約87wt%、Co約13wt%)(5mm×5mm×30mm)を18時間浸漬した。試験片は、5mm×5mmの面を研磨紙で乾式研磨した後、ダイヤモンドペーストで仕上げた。HIP処理を行った材料ではないので、細かな空隙は存在している。比較のため研磨したままの状態の超硬合金の写真を(o)に示す。SEM観察したのは、研磨した5mm×5mmの面である。同じ溶液中に110時間浸漬したときの写真を
図5に示す。
図4より、NaCl溶液中に超硬合金を浸漬すると、電圧を印加しなくてもCoだけが選択的に溶出することがわかる。一方で、NaOH溶液の場合にはCoの溶出現象が抑えられていることがわかる。さらに、NaCl+NaOH溶液の場合でも、Coの溶出は抑えられているように見える。しかし、長時間の浸漬試験では、表面のSEM写真で黒い部分が増えており、Coの溶出が起きているように見える。
図6は磨いた状態の表面の元素分析結果、
図7は
図5(c)の表面の元素分析結果である。Coが溶出しているように見える。
NaCl溶液に長時間浸漬した試験片の表面は、変色しておりSEM観察がうまくできなかった。付着物が表面についているようにも見えるが、よくわかっていない。
電解液としては極端な場合であるNaOH溶液ではCoの溶出現象が抑えられているようであるがCoを電解加工することができない可能性があり、また、衛生上も問題がある。NaOH主体の溶液でない電解液を使用し、Coの選択的な溶出を防止することが望ましい。
表1 浸漬試験の溶液
【0014】
本発明では、これらの超硬合金の電解加工技術の問題点を解決し、高速で高品位・高精度な加工技術を確立することを目的とする。
【0015】
尚、これまでの説明はNaClを主成分とする電解加工液について行ったが、NaNO
3等、他の電解加工液でも同様の議論ができる。電解液の成分として一般的であるNaNO
3水溶液でも同じ浸漬試験(18時間)を行った。その結果を
図8に示す。NaCl水溶液を使用した場合と同様、超硬合金表面のCoが溶出している様子が観察される。
【課題を解決するための手段】
【0016】
第1の発明に係る超硬合金の電解加工方法は、電極と工作物である超硬合金との間に、電極を負極として電圧を印加し電流を流すことで工作物である超硬合金の成分である炭化タングステン(WC)を陽極酸化させて酸化タングステン(WO
3)とすると同時にコバルト(Co)を電解溶出し、電極を負極として電圧を印加し電流を流すことで、陽極酸化して生成した酸化タングステン(WO
3)を化学的に溶解させることにより加工を行う超硬合金の電解加工において、電解加工液として、食塩水(NaCl水溶液)又は硝酸ソーダ水溶液(NaNO
3)を主成分とした水溶液を用い、該電解加工液にコバルトイオン(Co
2+)を加えることにより、電解加工中および電解加工終了後に電解加工液にふれた超硬合金から構成成分であるコバルト(Co)が電解加工液中に溶出する現象を防止することを特徴とするものである。
【0017】
第2の発明に係る超硬合金の電解加工方法は、電極と工作物である超硬合金との間に、電極を負極として電圧を印加し電流を流すことで工作物である超硬合金の成分である炭化タングステン(WC)を陽極酸化させて酸化タングステン(WO
3)とすると同時にコバルト(Co)を電解溶出し、電極を負極として電圧を印加し電流を流すことで、陽極酸化して生成した酸化タングステン(WO
3)を化学的に溶解させることにより加工を行う超硬合金の電解加工において、電解加工液として、食塩水(NaCl水溶液)又は硝酸ソーダ水溶液(NaNO
3)を主成分とした水溶液を用い、該電解加工液にコバルトイオン(Co
2+)を加え、電解加工中には、電極と工作物間に電解液が循環するようにフラッシングを行い、
電極を負極として流す電流の電荷量を、電極を正極として流す電流の電荷量よりも多くしたことを特徴とするものである。