【発明が解決しようとする課題】
【0004】
昨今の自動車用エンジンは、燃費向上のため、起動停止が頻繁に繰り返される傾向にある。また、オイルのせん断抵抗を低減するためにエンジンオイルの低粘度化も進んでいる。こういったエンジンの場合、軸−軸受間の油膜が不足ぎみとなり、境界潤滑状態での摺動が多くなる。その結果、摺動中の摩擦係数が増加し、軸受において軸と接触する樹脂組成物層にかかる負荷が高くなる。
樹脂組成物層への負荷が高くなることによって、樹脂組成物層に限界を超えた変形が生じ、樹脂組成物自体が破壊されたり、樹脂組成物が基材から剥離したりするおそれが生じる。その結果、軸受の基材(合金層)と軸との固体接触が生じ、過剰に発熱して軸受基材と軸とが溶着して、焼付損傷の原因となりかねない。
特許文献1及び2で紹介される技術は樹脂組成物層を改良して、耐焼付性を改善している。
【0005】
しかしながら、下記の理由により、軸受の樹脂組成物層には更なる耐焼付性が求められている。
近年、ガソリンエンジンだけでなく、大型トラックのようなディーゼルエンジンも、低燃費化のために、起動停止の繰り返される頻度を高くする要請が高まってきた。ディーゼルエンジンの軸受には、ガソリンエンジンに比べ、低周速・高面圧の負荷がかかるため、その軸−軸受間の油膜を維持することがより困難になる。更には、ディーゼルエンジンを搭載する車両は、ガソリンエンジン搭載車に比べ、一般的にメンティナンス間における走行距離が長いので、軸−軸受間に異物が混入する可能性が高くなる。この点においても、油膜を維持することが困難となる。更には、軸の低コスト化を狙い、軸粗さが従前よりも粗い鋳鉄軸も登場してきており、これも油膜維持を困難とする一因となっている。
勿論、ディーゼルエンジン用の軸受には大きな負荷がかかるので、軸受の摺動面を構成する樹脂組成物には高い耐摩耗性が要求されている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、例えば車両エンジン用の軸受に採用される樹脂組成物の耐摩耗性を維持しつつ、その耐焼付性を向上させることを目的とする。
樹脂バインダ、固体潤滑剤及び前記樹脂バインダより硬い粒子の凝集体からなる保護強化剤を含む摺動用樹脂組成物であって、
前記粒子の平均粒径は10nm以上100nm以下であり、組成物全体において1vol.%以上20vol. %以下配合され、
前記凝集体はその平均粒径をA及びその標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下であり、
前記凝集体の平均粒径が前記固体潤滑剤の平均粒径の40%以下とする、摺動用樹脂組成物。
【0007】
このように規定される第1の局面の摺動用樹脂組成物によれば、樹脂バインダより硬い粒子(この明細書において、樹脂バインダより硬い粒子を「保護強化一次粒子」ということがある)が配合されているので、摺動用樹脂組成物全体に高い耐摩耗性が得られる。
ここに、保護強化一次粒子の凝集体には、単体(即ち、一次)の粒子同士が直接連結してなる二次粒子、更にこの二次粒子が連結してなる三次粒子というように粒子が直接結合してなる多次粒子(二次以上の粒子)の態様、一次粒子の連結が樹脂バインダを介してなされる態様、更には一次粒子の連結が樹脂バインダによりサポートされる態様が考えられる。
かかる凝集体は樹脂バインダより脆い。即ち、凝集体の限界応力が樹脂バインダのそれより小さい。ここに、限界応力とは樹脂組成物を構成する各要素に負荷がかけられたとき、各要素が塑性変形したり破壊されたりせずに耐え得る最大限度の応力をいう。限界応力の小さいものほど崩れやすく脆さが大きい。
従って、強い負荷が樹脂組成物にかけられたとき、この負荷は凝集体にもかかり、この凝集体は樹脂バインダより脆いので、樹脂バインダが変形する前に凝集体が変形ないし崩壊する。これにより、樹脂バインダの応力が緩和され、その結果、摺動用樹脂組成物の骨格とも言える樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことを避けることができる。
換言すれば、凝集体に負荷がかかると、樹脂バインダが変形する前に、粒子同士のずれが生じて変形し、ひいては凝集した状態の崩壊が生じる。即ち、樹脂組成物にかかる負荷が凝集体の限界応力を超えると、凝集体を構成する粒子同士のずれが非可逆的に生じ、このずれが更に大きくなると凝集体自体が崩壊し、凝集体として連結されていた粒子の一部が分離される。凝集体のこの限界応力を樹脂バインダのそれより小さくしておくことで、樹脂バインダの応力が緩和される。
樹脂組成物の摺動面に表出する凝集体の中には、与えられた負荷が当該凝集体の限界応力を超えたとき、その一部が崩壊して分離し、摺動面に微小な凹部を形成する。この凹部は潤滑油溜まりとなり、当該摺動面上の油膜維持に寄与する。
【0008】
ここに各要素の硬さは耐摩耗性の指標となり、例えばビッカース硬さで表すことができる。
保護強一次粒子化剤の硬さは樹脂バインダのそれに比べて、ビッカース硬さで10〜100倍の差がある。
また、各要素の脆さはその限界応力で表すことができる。
【0009】
樹脂組成物に配合される固体潤滑剤は樹脂組成物の表面の摩擦係数を低減してそのすべり特性を向上させる。一般的に固体潤滑剤は樹脂バインダより軟らかくく(硬度が小さく)、また樹脂バインダや保護強化剤としての凝集体より脆い(限界応力が小さい。
【0010】
凝集体を摺動用樹脂組成物に配合したとき、当該凝集体にその特性、特に耐焼付性を向上させる保護強化剤としての機能を確実に奏させるため、凝集体及び凝集体を構成する保護強化一次粒子は次の要件を備える。
なお、保護強化一次粒子の成形材料が樹脂バインダの成形材料より硬質であることは既述の通りである。
(保護強化一次粒子の要件1)
保護強化一次粒子の配合量は、樹脂組成物全体に対して1vol. %以上20vol. %以下とする。保護強化一次粒子の配合量が樹脂組成物全体に対して1vol. %以上とすると、樹脂組成物に十分な耐摩耗性を与えられる。他方、保護強化一次粒子の配合量が樹脂組成物全体に対して20vol.%以下であると、樹脂バインダの粘度が製造に適したものとなる。
なお、かかる配合量(vol.%=体積%)は、原料時点での比較により特定できることはもとより、主事組成物のバルクをICPにより化学分析して特定可能である。
【0011】
(保護強化一次粒子の要件2)
保護強化一次粒子の平均粒径は10nm以上100nm以下とする。
平均粒径が10nm以上100nm以下である保護強化一次粒子を採用することにより、樹脂組成物内において単体の(即ち、一次の)粒子同士が凝集しやすくなる。
かかる保護強化一次粒子の粒径は、例えば、その摺動面に垂直な摺動用樹脂組成物の切断面に現れる保護強化一次粒子を楕円に近似し、その楕円の長軸をもって粒径とすることができる。
ここに、保護強化一次粒子の量を前述のようにしてかつその平均粒径を10nm以上とすると、樹脂組成物内に配合された保護強化一次粒子間の凝集が過剰に進行することを抑えることができる。平均粒子径が10nm未満となると保護強化一次粒子の凝集が過剰に進行し、樹脂組成物において保護強化剤の存在しない部分が大きくなり、保護強化剤による樹脂組成物改良が不十分になるおそれがある。
【0012】
また、保護強化一次粒子の配合量を前述のようにしてかつその平均粒径を100nm以下とすると、保護強化一次粒子が分散し過ぎることなく適切な凝集体を確実に形成することができる。平均粒子径が100nmを超えると樹脂バインダ中に保護強化一次粒子が単体で分散し過ぎてしまうおそれがあり、そうすると、保護強化一次粒子の凝集体の変形若しくは崩壊によって樹脂バインダの応力を緩和するという凝集体に求められる保護機能が十分に奏されないおそれがある。
保護強化一次粒子の凝集体の変形ないし崩壊を適切に起こさせることができると、樹脂バインダに応力が蓄積されことを効率的に抑えることができるので、樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことがない。その結果、樹脂組成物の耐焼付性は向上する。
別の観点から、凝集体を形成すべき保護強化一次粒子の平均粒径を15nm以上50nm以下とすることもできる。
【0013】
(凝集体の要件1)
保護強化一次粒子の凝集体はその平均粒径をA及びその標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下とする。
ここに、凝集体の形状は球とは限らないので、この明細書では、摺動用樹脂組成物をその摺動面に対して垂直方向に切断したとき得られる切断面に現れる凝集体の径を採用する。更に詳しくは、観察された凝集体を楕円近似してその楕円の長軸を凝集体の径とする。摺動用樹脂組成物にはその摺動面に対して垂直方向により強い負荷がかかるので、摺動面に対して垂直方向の切断面を測定視野とした。また、該垂直方向の負荷を受ける凝集体の幅(=凝集体を摺動面に投影したときの長さ)がその限界応力に大きく関与するので、凝集体を規定する径にはその近似楕円の長軸を採用した。
【0014】
凝集体の大きさを上記の範囲に収めると、負荷に対して樹脂組成物より先に変形若しくは崩壊するというそれ自体の保護機能が確保され、かつ樹脂組成物中に均等に分散する。
上記A−1σの値が60nm以上であると、樹脂組成物中において粒子の凝集度合が十分となる。もって、粒子間のずれに起因する限界応力が、樹脂バインダのそれに比べて小さくなる。また、上記A+1σの値が400nm以下であると、粒子の凝集体の分散度合いが十分であり樹脂組成物において保護強化剤の偏在領域がなくなる。
【0015】
上記のように規定される凝集体につき、この発明では更に下記の要件を規定する。即ち、凝集体の平均粒径を固体潤滑剤の平均粒径の40%以下とする。
また、固体潤滑剤、凝集体及びの樹脂バインダの限界応力は次の関係にある。
固体潤滑剤≦凝集体<樹脂バインダ
ここに、凝集体の平均粒径が固体潤滑剤の平均粒径の40%以下とすることにより、固体潤滑剤に比べて凝集体が十分に小さくなる。これにより、樹脂組成物中において凝集体の分散が促進され、凝集体による樹脂バインダの応力緩和硬化を樹脂組成物の全域において確保できる。
凝集体の平均粒径は、「これをAとしたときの標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下」と規定されているので、上記の要件を満足するには固体潤滑剤の粒径を調整する必要がある。
他方、凝集体の平均粒径が固体潤滑剤の平均粒径の40%を超えると、凝集体の分散時にこれが固体潤滑剤と干渉し、分散の抵抗となるおそれがある。
また、固体潤滑剤を短くして、その平均粒径に対して凝集体の平均粒径の比が40%を超えるようにすることは固体潤滑剤の潤滑性能(劈開性能等)に支障が生じるおそれがある。
【0016】
凝集体のサイズの調整は、保護強化一次粒子の表面処理方法及びその程度、保護強化一次粒子を分散させる分散媒の種類及び粘度、分散媒中における保護強化一次粒子の濃度などを適宜調節し、更には、この分散系をホモジナイズすることにより行える。