【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明は、かかる課題を解決すべくなされたものであり、例えば車両エンジン用の軸受に採用される樹脂組成物の耐摩耗性を維持しつつ、その耐焼付性を向上させることを目的とする。
樹脂バインダ、固体潤滑剤及び前記樹脂バインダより硬い粒子の凝集体からなる保護強化剤を含む摺動用樹脂組成物であって、
前記粒子の平均粒径は10nm以上100nm以下であり、組成物全体において1vol.%以上20vol. %以下配合され、
前記凝集体はその平均粒径をA及びその標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下であり、
前記凝集体のうちの5.0%以上により、二以上の前記固体潤滑剤の端部が連結されている摺動用樹脂組成物。
【0007】
このように規定される第1の局面の摺動用樹脂組成物によれば、樹脂バインダより硬い粒子(この明細書において、樹脂バインダより硬い粒子を「保護強化一次粒子」ということがある)が配合されているので、摺動用樹脂組成物全体に高い耐摩耗性が得られる。
ここに、保護強化一次粒子の凝集体には、単体(即ち、一次)の粒子同士が直接連結してなる二次粒子、更にこの二次粒子が直接連結してなる三次粒子というように粒子が直接結合してなる多次粒子(二次以上の粒子)の態様、一次粒子の連結が樹脂バインダを介してなされる態様、更には一次粒子の連結が樹脂バインダによりサポートされる態様が考えられる。
かかる凝集体は樹脂バインダより脆い。即ち、凝集体の限界応力が樹脂バインダのそれより小さい。ここに、限界応力とは樹脂組成物を構成する各要素に負荷がかけられたとき、各要素が塑性変形したり破壊されたりせずに耐え得る最大限度の応力をいう。限界応力の小さいものほど崩れやすく脆さが大きい。
従って、強い負荷が樹脂組成物にかけられたとき、この負荷は凝集体にもかかり、この凝集体は樹脂バインダより脆いので、樹脂バインダが変形する前に凝集体が変形ないし崩壊する。これにより、樹脂バインダの応力が緩和され、その結果、摺動用樹脂組成物の骨格とも言える樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことを避けることができる。
換言すれば、凝集体に負荷がかかると、樹脂バインダが変形する前に、粒子同士のずれが生じて変形し、ひいては凝集した状態の崩壊が生じる。即ち、樹脂組成物にかかる負荷が凝集体の限界応力を超えると、凝集体を構成する粒子同士のずれが非可逆的に生じ、このずれが更に大きくなると凝集体自体が崩壊し、凝集体として連結されていた粒子の一部が分離される。凝集体のこの限界応力を樹脂バインダのそれより小さくしておくことで、樹脂バインダの応力が緩和される。
樹脂組成物の摺動面に表出する凝集体の中には、与えられた負荷が当該凝集体の限界応力を超えたとき、その一部が崩壊して分離し、摺動面に微小な凹部を形成する。この凹部は潤滑油溜まりとなり、当該摺動面上の油膜維持に寄与する。
【0008】
ここに各要素の硬さは耐摩耗性の指標となり、例えばビッカース硬さで表すことができる。
保護強化一次粒子の硬さは樹脂バインダのそれに比べて、ビッカース硬さで10〜100倍の差がある。
また、各要素の脆さはその限界応力で表すことができる。
【0009】
樹脂組成物に配合される固体潤滑剤は樹脂組成物の表面の摩擦係数を低減してそのすべり特性を向上させる。一般的に固体潤滑剤は樹脂バインダより軟らかく(硬度が小さく)、また樹脂バインダや保護強化剤としての凝集体より脆い(限界応力が小さい。
【0010】
凝集体を摺動用樹脂組成物に配合したとき、当該凝集体にその特性、特に耐焼付性を向上させる保護強化剤としての機能を確実に奏させるため、凝集体及び凝集体を構成する保護強化一次粒子は次の要件を備える。
なお、保護強化一次粒子の成形材料が樹脂バインダの成形材料より硬質であることは既述の通りである。
(保護強化一次粒子の要件1)
保護強化一次粒子の配合量は、樹脂組成物全体に対して1vol. %以上20vol. %以下とする。保護強化一次粒子の配合量が樹脂組成物全体に対して1vol. %以上とすると、樹脂組成物に十分な耐摩耗性を与えられる。他方、保護強化一次粒子の配合量が樹脂組成物全体に対して20vol.%以下であると、樹脂バインダの粘度が製造に適したものとなる
なお、かかる配合量(vol.%=体積%)は、原料時点での比較により特定できることはもとより、主事組成物のバルクをICPにより化学分析して特定可能である。
【0011】
(保護強化一次粒子の要件2)
保護強化一次粒子の平均粒径は10nm以上100nm以下とする。
平均粒径が10nm以上100nm以下である保護強化一次粒子を採用することにより、樹脂組成物内において単体の(即ち、一次の)粒子同士が凝集しやすくなる。
かかる保護強化一次粒子の粒径は、例えば、その摺動面に垂直な摺動用樹脂組成物の切断面に現れる保護強化一次粒子を楕円に近似し、その楕円の長軸をもって粒径とすることができる。
ここに、保護強化一次粒子の量を前述のようにしてかつその平均粒径を10nm以上とすると、樹脂組成物内に配合された保護強化一次粒子間の凝集が過剰に進行することを抑えることができる。平均粒子径が10nm未満となると保護強化一次粒子の凝集が過剰に進行し、樹脂組成物において保護強化剤の存在しない部分が大きくなり、保護強化剤による樹脂組成物改良が不十分になるおそれがある。
【0012】
また、保護強化一次粒子の配合量を前述のようにしてかつその平均粒径を100nm以下とすると、保護強化一次粒子が分散し過ぎることなく適切な凝集体を確実に形成することができる。平均粒子径が100nmを超えると樹脂組成物中に保護強化一次粒子が単体で分散し過ぎてしまうおそれがあり、そうすると、保護強化一次粒子の凝集体の変形若しくは崩壊によって樹脂組成物の応力を緩和するという凝集体に求められる保護機能が十分に奏されないおそれがある。
保護強化一次粒子の凝集体の変形ないし崩壊を適切に起こさせることができると、樹脂バインダに応力が蓄積されことを効率的に抑えることができるので、樹脂バインダが一気に大きく破壊されてしまうことがない。その結果、樹脂組成物の耐焼付性は向上する。
別の観点から、凝集体を形成すべき保護強化一次粒子の平均粒径を15nm以上50nm以下とすることもできる。
【0013】
(凝集体の要件1)
保護強化一次粒子の凝集体はその平均粒径をA及びその標準偏差をσとしたとき、A−1σが60nm以上、A+1σが400nm以下とする。
ここに、凝集体の形状は球とは限らないので、この明細書では、摺動用樹脂組成物をその摺動面に対して垂直方向に切断したとき得られる切断面に現れる凝集体の径を採用する。更に詳しくは、観察された凝集体を楕円近似してその楕円の長軸を凝集体の径とする。摺動用樹脂組成物にはその摺動面に対して垂直方向により強い負荷がかかるので、摺動面に対して垂直方向の切断面を測定視野とした。また、該垂直方向の負荷を受ける凝集体の幅(=凝集体を摺動面に投影したときの長さ)がその限界応力に大きく関与するので、凝集体を規定する径にはその近似楕円の長軸を採用した。
【0014】
凝集体の大きさを上記の範囲に収めると、負荷に対して樹脂組成物より先に変形若しくは崩壊するというそれ自体の保護機能が確保され、かつ樹脂組成物中に均等に分散する。
上記A−1σの値が60nm以上であると、樹脂組成物中において粒子の凝集度合が十分となる。もって、粒子間のずれに起因する限界応力が、樹脂バインダのそれに比べて小さくなる。また、上記A+1σの値が400nm以下であると、粒子の凝集体の分散度合いが十分であり樹脂組成物において保護強化剤の偏在領域がなくなる。
【0015】
上記のように規定される凝集体につき、この発明では更に下記の要件を規定する。即ち、凝集体のうちの5.0vol.%以上により、二以上の前記固体潤滑剤の端部が連結されている。
ここに、凝集体の%は次のようにして求める。摺動用樹脂組成物をその摺動面に対して垂直方向に切断したとき得られる切断面の所定の測定視野に現れる凝集体全カウント数に対する固体潤滑剤に密着する若しくは近傍に存在する凝集体のカウント数を対比する。
また、固体潤滑剤、凝集体及びの樹脂バインダの限界応力は次の関係にある。
固体潤滑剤≦凝集体<樹脂バインダ
ここに、固体潤滑剤の先端に凝集体が密着していると、負荷を受けて最初に変形又は劈開若しくは崩壊する(以下、単に「変形」と略することがある)固体潤滑剤の影響がその先端に密着した凝集体に伝搬する。
例えば、劈開する固体潤滑剤の端部へこれを覆うように凝集体が密着しているとき、固体潤滑剤の劈開がこの凝集体をせん断する力となり、この凝集体の変形を誘発する。即ち、樹脂バインダの応力を緩和する固体潤滑剤と凝集体とが連動し、負荷の増加にともない限界応力の小さな固体潤滑剤に最初に変形生じ、それに続いて比較的限界応力の大きい凝集体が変形する。このように、負荷の増加に対して応力緩和のギャップが生じることを防止できる。
更にこの発明では、1つの凝集体が二以上の固体潤滑剤の先端に密着し、これらを連結している。これにより、各固体潤滑剤の変形が一つの凝集体に集中するので、固体潤滑剤の変形に伴う凝集体に付加される力が大きくなり、凝集体がより確実に変形ないし崩壊する。
更には、凝集体でつながれた固体潤滑剤の集合体は、既述のように凝集体が変形ないし崩壊しやすくなったので、当該集合体自体が一つの固体潤滑剤として作用する。換言すれば、当該集合体がより広い範囲の樹脂バインダをカバーしてその応力を緩和する。これにより、樹脂バインダの崩壊や脱離をより確実に防止できる。
【0016】
固体潤滑剤の端部どうしを連結する凝集体は、凝集体全体の5.0%以上とする。5.0%以上の凝集体が二以上の固体潤滑剤の端部どうしを連結していると、凝集体に対して二以上の固体潤滑剤の変形の影響が直接的に及ぶので、凝集体はより確実に変形ないし崩壊して応力緩和機能を奏する。よって、負荷の増大に対して連続的に即ち何らギャップなく、固体潤滑剤と凝集体とが連動して応力を緩和する。
他方、固体潤滑剤の端部どうしを連結する凝集体が凝集体全体の5.0%未満となると、固体潤滑剤と凝集体との連動が不充分になるが、何ら固体潤滑剤と凝集体との機能を阻害するものではない。
なお、固体潤滑剤の端部をつなぐ凝集体の体積割合には特に上限が定められるものではない。固体潤滑剤の端部どうしを連結すべく凝集体と固体潤滑剤とを配合したときには、固体潤滑剤の他の部分(側部)にも凝集体が連結する可能性が高い。従って、樹脂組成物の摺動面に表出する凝集体を確保する見地から、その上限を25%とすることができる。
凝集体の体積割合も樹脂組成部の切断面に現れる面積の割合から求めることができる。
【0017】
固体潤滑剤と凝集体との位置関係の調節は両者の化学的性質、両者の混合手順や混合時の加えるエネルギー(混合の回転速度)、更には溶媒の粘度等を制御して行う。例えば、相互になじみやすい固体潤滑剤の一部と凝集するまえの保護強化一次粒子とを予め長時間かけて混合して二以上の固体潤滑剤の両端を凝集体で連結する。両者の密着を促進し、その後残りの固体潤滑剤と凝集体とを足して再度混合する。