【実施例】
【0030】
1. 培地馴化法による無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞株の樹立
以下のようにして、培地馴化法を用い、2種類のCHO細胞株を樹立した。
【0031】
(1)細胞
培地馴化法のために用いたCHO−K1細胞は、欧州細胞カルチャーコレクション(European Collection of Cell Cultures;ECACC)より購入した。この細胞は、10%ウシ胎児血清(Fetal bovine serum;FBS)を添加したダルベッコ改変イーグル(Dulbecco’s Modified Eagle’s MEM;DMEM)培地(極東製薬工業)で維持培養を行った。
【0032】
(2)培地
CHO細胞に培地馴化法を試みるに当って、培地としては、表1に示すDMEM培地(極東製薬工業)及びNPL培地を使用した。
【0033】
各培地は、それぞれの所定の最終濃度になるように所定の成分を蒸留水に溶解し、ろ過滅菌することにより調製した。
【0034】
【表1】
【0035】
(3)培地馴化法
(3−1)DMEM培地による馴化
DMEM培地による馴化は次の手順に従った(
図1、パネルA)。まず、元株細胞の維持培地である10%FBS添加DMEM培地から、血清濃度が3%になるまで、順次、血清濃度を下げて約1週間培養を行った。さらに1ヶ月の間、1%FBS添加DMEM培地で培養を継続した。細胞増殖性が安定するまで1%FBS添加DMEM培地で培養を行い、安定した段階で血清の添加を止めて培養した。
【0036】
無血清のDMEM培地による培養で細胞の増殖が著しく悪くなった場合には、再度1%の血清を添加して、状態が回復するまで培養を行い、安定した段階で再度、無血清化を試みた。最終的には無血清状態で安定的に培養ができるまでこの操作を繰り返した。この間の培養はすべて37℃、5%CO
2条件で行った。
【0037】
DMEM培地によって馴化した細胞株を「DMAd CHO細胞」と名付けた。DMAd CHO細胞は、馴化後30継代以上経過したものを以下の実験において用いた。
【0038】
なお、馴化による株細胞の定義としては、増殖速度が安定した段階で、生存率90%以上の細胞を10万個/mLの細胞密度で25cm
2のカルチャーフラスコに播種し、3継代以上、増殖速度と細胞形態が変化しないことを持って馴化株とした。
【0039】
(3−2)NPL培地による馴化
NPL培地による馴化は次の手順に従った(
図1、パネルB)。まず、元株細胞の維持培地である10%FBS添加DMEM培地から、血清濃度が3%になるまで、順次、血清濃度を下げてDMEM培地で約1週間培養を行った。さらに2週間の間、1%FBS添加NPL培地に移し替えて培養を継続した。細胞増殖性が安定するまで1%FBS添加NPL培地で培養を行い、安定した段階で血清の添加を止めて培養した。
【0040】
無血清のNPL培地による培養で細胞の増殖が著しく悪くなった場合には、再度1%の血清を添加して、状態が回復するまで培養を行い、安定した段階で再度、無血清化を試みた。最終的には無血清状態で安定的に培養ができるまでこの操作を繰り返した。この間の培養はすべて37℃、5%CO
2条件で行った。NPL培地によって馴化した細胞株を「NPLAd CHO細胞」と名付けた。NPLAd CHO細胞は馴化後200継代以上経過したものを以下の実験において用いた。
【0041】
(4)結果
DMEM培地及びNPL培地のいずれを用いた場合も、馴化細胞株を樹立することができた。樹立した馴化株の細胞と元株の細胞の形態を
図2に示す。継代培養中のNPLAd CHO細胞(パネルA)及びDMAd CHO細胞(パネルB)、ならびに元株のCHO−K1細胞株(パネルC)を、倒立位相差顕微鏡で観察した(倍率100倍)。元株であるCHO細胞は敷石状に増殖するのに対して(パネルC)、無タンパク質・無脂質培地に馴化したDMAd CHO細胞(パネルB)及びNPLAd CHO細胞(パネルA)は、単一で又は集塊状に浮遊していた。通常、CHO細胞の浮遊化には振とうや、界面活性剤などの浮遊剤の添加が必要であるが、馴化株の細胞はこのような操作を加えなくとも集塊状に浮遊培養することができた。
【0042】
CHO細胞は血清より供給される脂質類、増殖因子が増殖に必要であるとされているが、馴化細胞は、馴化の過程においてこのような物質を自己生産できるようになったものと考えられる。さらに2株の馴化細胞株は共に元株のCHO細胞と異なり、何ら浮遊状態にする処理を加えていないのにもかかわらず、集塊状の浮遊状態へと形質が変化し、浮遊剤等なしに浮遊状態で増殖可能となった。
【0043】
本発明の馴化細胞株の増殖速度は、上記のようにフラスコ中で静置培養した場合、元株のCHO細胞より若干劣っていた。DMAd CHO細胞は1週間〜10日でコンフルエントになったのに対して、NPLAd CHO細胞は5日でコンフルエントになり継代が必要となった。したがって、NPLAd CHO細胞の増殖速度はDMAd CHO細胞と比較して速い。元株のCHO細胞の継代間隔は3〜4日間であるから、NPLAd CHO細胞、DMAd CHO細胞のいずれも、元株と比較すると増殖速度はやや遅くなっていた。
【0044】
これは、無タンパク質・無脂質培地馴化株は細胞の増殖に自己増殖因子のみに依存しているため、自己増殖因子以外の因子が不足している可能性や、長期間のタンパク質及び/又は脂質の欠損状態による細胞機能の低下など、幾つかの原因が考えられる。しかし、スピン培養法やバイオリアクター型の培養装置は効率的に栄養成分の交換や酸素供給などができるため、静置培養と比較して増殖速度が早いとされており、また、静置培養と比較して高細胞密度で培養することが可能である。したがって、この程度の細胞増殖速度の違いは培養法の選択や改良で十分補うことができると考えられる。
【0045】
上記で樹立したNPLAd CHO細胞は、NPLAd001として、2013年6月28日に、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)に寄託され、受託番号NITE P−01641が付与された。
【0046】
2. 無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞の接着性に関する検討
一般的に血清を用いて培養されている接着系細胞では、自らが出しているインテグリンなどの細胞接着因子でフィブロネクチンなどの血清中のECMを介して結合することで培養器壁に接着する。馴化細胞の培養形態が接着性から浮遊形態に至った原因は、無タンパク質・無脂質培地からECMが供給されていないことである可能性がある。そこで、フィブロネクチン、I型コラーゲン等のECM及びアルブミンでコートしたプレートにNPLAd CHO細胞を播種、培養することにより、NPLAd CHO細胞が接着形態に戻るかを観察した。
【0047】
(1)培養基質
以下の培養基質を用いた:(1)フィブロネクチンコート24ウェルプレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製、「フィブロネクチンコート24ウェルプレート」)、(2)I型コラーゲンコート24ウェルプレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製、「I型コラーゲンコート24ウェルプレート」)、(3)アルブミンコート24ウェルプレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製の24ウェルプレートに、1mg/mLのウシ血清アルブミン(Bovine Serum Albumin;BSA)/リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate Buffered Saline;PBS)1mLを注入して37℃で2時間インキュベート後、2回PBSでリンスして余分なBSAを洗い流し、クリーンベンチ内で無菌乾燥したもの)、及び(4)無処理プレート(日本ベクトン・ディッキンソン社製の24ウェルプレート)。
【0048】
(2)実験方法
細胞はNPLAd CHO細胞を用い、培地はNPL培地を使用した。NPL培地で維持しているNPLAd CHO細胞を、NPL培地で2回洗浄した。洗浄後、NPL培地で懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。生存率が90%以上であることが確認した後、NPL培地で5万個/mLになるように細胞数を調整し、フィブロネクチンコート24ウェルプレート、I型コラーゲンコート24ウェルプレート、アルブミンコート24ウェルプレート及び無処理の24ウェルプレートに、1mL/ウェルの量で播種した。
【0049】
播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で5日間培養し、培養中の各細胞の接着の有無を倒立位相差顕微鏡下で観察した(倍率40倍)。
【0050】
(3)結果
各プレートで培養5日目の細胞形態を
図3に示す。細胞の形態は、フィブロネクチンコートプレート(パネルB)、I型コラーゲンコートプレート(パネルC)及びアルブミンコートプレート(パネルD)のいずれも、無処理のプレート(パネルA)と同様に集塊状の形態を示し、接着せずに浮遊しており、差は見られなかった。細胞が一度培養基に接着し、その後コンフルエントになって培養基から細胞が剥離している可能性も否定できなかったので、継続的な観察を行なった。しかし、NPLAd CHO細胞は培養初期から培養基に接着することなく、増殖していることが観察された。以上の結果から、馴化細胞株の浮遊化はECMの不足によるものではないと考えられた。
【0051】
馴化細胞における接着性の消失がECMの欠乏に起因するものではない場合、インテグリンなどの細胞接着因子の形成不良が考えられる。次に考えられることは細胞膜構造の変化である。リン脂質を含む脂質類は、糖から生合成されるもののほか、血液中の担体タンパク質であるアルブミンを介して細胞内に取り込まれて細胞膜などで利用される。馴化細胞株の場合、長期間の脂質欠損により細胞膜構造が変化し、このことが細胞の接着性に影響を与えた可能性が考えられる。
【0052】
3. 無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞の形質変化の可逆性の検証
元株のCHO細胞は、無タンパク質・無脂質培地では増殖することができないが、馴化細胞株は、培地に馴化したことにより貧栄養状態でも増殖することが可能になっている。この形質の変化は、ある遺伝子変異により増殖可能になったクローンの細胞が培養に伴ってドミナントになり形質が変化したためである可能性がある。CHO細胞の形質変化が遺伝子変異によるものならば、遺伝子のポイント変異、染色体の一部脱落による遺伝子の欠失や染色体の欠損等で予測できない形質転換を伴う可能性があり、細胞機能そのものに障害が起こる場合も考えられる。そのような細胞は生産系の細胞として安定性が保証されない。さらに、同じ手法を用いても同様の性質を持つ株が得られるとは限らず、培地馴化法の再現性も保証されないことになる。そこで、樹立した馴化細胞株の形質変化は遺伝子変異を伴っているかを検証するため、この形質変化が可逆的であるか、すなわち馴化細胞株を再度血清添加の培地に戻し、元株のCHO細胞と同様な形態、増殖速度に戻るかを検討した。
【0053】
(1)実験方法
(1−1)DMAd CHO細胞、NPLAd CHO細胞の逆馴化培養
細胞は樹立後30継代を越えたDMAd CHO細胞、及び樹立後280継代を越えたNPLAd CHO細胞を用い、培地は10%FBS添加DMEM培地を使用した。
【0054】
DMAd CHO細胞及びNPLAd CHO細胞をDMEMで2回洗浄後、DMEM培地で懸濁して細胞集塊を分散させた後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。その後、10万個/mLの細胞数になるように10%FBS添加DMEM培地を用いて希釈した。この細胞希釈液を25cm
2のカルチャーフラスコに5mL播種し、37℃、5%CO
2条件で培養を行った。コンフルエントになった段階で、同様の手順で継代培養を行った。
【0055】
細胞が接着していた場合には、浮遊していた細胞を回収後に、トリプシンを用いて細胞を剥離、分散した。特定の傾向を持つ細胞を選択しないようにするため、細胞の再播種には浮遊細胞と接着細胞を混合して用いた。この逆馴化培養を経たDMAd CHO細胞及びNPLAd CHO細胞を、それぞれ逆馴化DMAd CHO細胞及び逆馴化NPLAd CHO細胞と名付けた。
【0056】
(1−2)逆馴化細胞株の増殖率測定
元株のCHO細胞、DMAd CHO細胞及び逆馴化培養を25継代以上した逆馴化DMAd CHO細胞を用いた。培地は、元株のCHO細胞及び逆馴化DMAd CHO細胞には10%FBS添加DMEM培地を、DMAd CHO細胞にはDMEMを用いた。
【0057】
元株のCHO細胞及び逆馴化DMAd CHO細胞は接着しているので、トリプシンで剥離、分散させ、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。DMAd CHO細胞はDMEM培地で懸濁し細胞集塊を解した後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0058】
元株のCHO細胞、DMAd CHO細胞及び逆馴化DMAd CHO細胞は各々の継代培地で5万個/mLの細胞数になるように希釈し、すべての細胞を24ウェルプレートに1mL/ウェルの量で播種した。播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で7日間培養し、一定期間毎に細胞数を改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。NPLAd CHO細胞及び逆馴化NPLAd CHO細胞についても同様に培養し、生存率を算定した。
【0059】
(2)結果
元株のCHO細胞、DMAd CHO細胞及びNPLAd CHO細胞、血清入りDMEM培地で逆馴化培養した逆馴化DMAd CHO細胞及び逆馴化NPLAd CHO細胞の形態を
図4に示す。細胞形態の変化を、倒立位相差顕微鏡にて倍率40倍で観測した。逆馴化培養を開始したDMAd CHO細胞及びNPLAd CHO細胞は、培地に血清を加えて培養を開始した直後から、一部に接着した細胞が観察された。継代培養を継続することで接着性の細胞形態へと移行し、3継代目逆馴化DMAd CHO細胞(パネルB)及び2継代目逆馴化NPLAd CHO細胞(パネルE)では接着形態と球状の浮遊形態の細胞が混在した。20継代目の逆馴化DMAd CHO細胞(パネルC)、9継代目逆馴化NPLAd CHO細胞(パネルF)は、元株のCHO細胞(パネルG)と比較して形態的な差異は見られなかった。
【0060】
それぞれの細胞の増殖率を
図5に示す。逆馴化DMAd CHO細胞(‐●‐)及び元株のCHO細胞(‐○‐)はDMAd CHO細胞(‐×‐)よりも細胞増殖率が高く、ほぼ匹敵する細胞増殖率を示した。逆馴化DMAd CHO細胞と元株のCHO細胞は、培養3日目までの立ち上がりは増殖率が一致しており、培養7日目では僅かに逆馴化DMAd CHO細胞の増殖が良好であるが、有意な差はなかった。NPLAd CHO細胞においても同様の結果が得られた(データ未記載)。
【0061】
樹立した無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞株の形質の変化は可逆的なものであり、血清を加えて培養することで元株のCHO細胞と同等の細胞形態及び増殖性に戻すことが可能であった。使用したDMAd CHO細胞株及びNPLAd CHO細胞は、それぞれ樹立後30継代及び樹立後280継代を越えたものであり、この形質の変化が長期間継代培養しても固定化されることがないことが確認できた。さらには、400継代を過ぎたNPLAd CHO細胞においても血清添加による逆馴化により元株の形態に戻ることが確認された(データ未記載)。このことから樹立した無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞株の形質の変化は、遺伝子の変異を伴う不可逆な変化ではないものと考えられる。
【0062】
本発明の馴化細胞株は、遺伝子変異を伴っておらず、偶然に得た形質である可能性が低く、本発明の方法により同様の形質の細胞株を再現性よく樹立することができると考えられる。したがって、本発明の馴化細胞及びその製造方法は、組換えタンパク質、さらにはバイオ医薬品の生産における安全性や生産性の点で重要な、遺伝子変異による想定できない形質の変化無しに望ましい形質を実現したものであり、安定的なバイオ医薬品の生産のための細胞株及びそれを作り出す方法として有用である。
【0063】
4. 無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞の細胞増殖因子に対する反応性
産業用途に用いられる細胞株では高増殖能、高物質産生能が求められる。本発明の馴化細胞株の細胞増殖速度を向上させるために、細胞増殖因子に対する応答性を検討した。
【0064】
一般的に、CHO細胞は培地中の血清や生体成分中から供給される増殖因子に依存して増殖しているとされているが、馴化培養に用いた無タンパク質・無脂質培地は血清や生体成分を全く含んでいないので、培地からこれらの増殖因子は供給されない。そのため、馴化細胞株はオートクリン的に増殖因子を産生し、増殖していると考えられる。また、馴化細胞は無タンパク質・無脂質培地によって馴化されてきた長期間の脂質の欠損状態により、膜構造の変化が起きている可能性がある。したがって、馴化細胞株の増殖能は、細胞の増殖因子の発現を増大させるか、あるいは、膜構造を正常化し増殖因子のシグナルを十分に受け取るようにすることで改善できる可能性が考えられる。
【0065】
そこでまず、馴化細胞株におけるオートクリン因子の関与を検討するため、中和抗体による増殖因子の受容体への阻止試験を行った。馴化株のオートクリン因子としてはEGFに着目した。これはCHO細胞を含む多くの上皮系細胞でEGFが増殖因子として働いているとの報告があるためである(Fisherら,Mead Johnson Symp Perinat Dev Med., 1988; 33-40.)。そこで、抗EGF中和抗体によってEGFが受容体に結合することを阻害することで増殖が制御されるかを検討した。EGF中和抗体によって増殖性が阻害されるならば、EGFがオートクリン因子として馴化株の増殖に関与していると判断できる。
【0066】
次に、馴化細胞株のさらなる増殖を誘導するためエンドクリン因子の添加を考えた。エンドクリン因子としてはインスリンに着目した。インスリンは膵臓のランゲルハンス島のβ細胞によって産生される典型的なエンドクリン因子であり、多くの細胞にとって不可欠な成長因子であり、CHO細胞にとってもインスリンが増殖に寄与するという報告がある(Chunら,Biotechnol Prog., 2003; 19: 52-7.)。
【0067】
インスリンは、増殖因子であると同時に糖尿病の治療薬として1922年に製品化されている(Rosenfeld,Clin Chem., 2002; 2270-88.)。遺伝子組換え医薬品としては最も古くからあるものの1つであり、他のタンパク質性の増殖因子より安定性が高く、生産量が多いため他の遺伝子組換えの増殖因子と比較して安価である。これらの理由から本検討においてインスリンを使用した。
【0068】
(1)抗EGF中和抗体によるNPLAd CHO細胞の増殖の影響及びインスリンによる細胞増殖誘導
抗EGF中和抗体(R&D Systems, Inc.)及び遺伝子組換えインスリン(Sigma-Aldrich)は市販のものを使用した。
【0069】
細胞はNPLAd CHO細胞を、培地はNPL培地を用いた。NPL培地で維持しているNPLAd CHO細胞を、NPL培地で2回洗浄した。洗浄後、NPL培地で懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。生存率が90%以上であることを確認した後、NPL培地で5万個/mLになるように細胞数を調整し、24ウェルプレートに1mL/ウェルの量で播種した。細胞を播種したウェルの半数に抗EGF中和抗体を5mg/mLになるように加えた。
【0070】
抗EGF中和抗体添加又は不添加の細胞播種ウェルに、各々インスリンを0、1、2、5、又は10mg/Lになるように加えた。播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で5日間培養し、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0071】
(2)インスリン添加NPLAd CHO細胞と元株のCHO細胞の増殖比較
元株のCHO細胞及びNPLAd CHO細胞を用いた。NPLAd CHO細胞には10mg/Lのインスリン(Sigma-Aldrich)を添加したNPL培地を用いた。また、元株のCHO細胞には10%FBS添加DMEM培地を用いた。
【0072】
元株のCHO細胞は接着細胞なので、トリプシンで剥離、分散させ、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。NPLAd CHO細胞は懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0073】
元株のCHO細胞は10%FBS添加DMEM培地で、NPLAd CHO細胞はインスリン添加NPL培地で、それぞれ5万個/mLの細胞数に希釈し、すべての細胞を24ウェルプレートに1mL/ウェルの量で播種した。播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で5日間培養し、細胞数を改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。細胞数の有意差検定にはスチューデントのt検定を用いた。
【0074】
(3)結果
EGF、及びCHO細胞に対して増殖誘導の効果があるとされているインスリンが馴化細胞の増殖に与える影響を検討した。NPLAd CHO細胞の培養5日目のインスリン濃度依存的細胞増殖を
図6に示す。
【0075】
NPL培地に抗EGF中和抗体を添加した場合(−○−)、インスリンの添加濃度に関係なくNPLAd CHO細胞の増殖が抑制された。特に、インスリンを不添加で、抗EGF中和抗体を添加した場合、その細胞数(−●−のインスリン濃度0mg/L)は23.5万個/mLであるのに対して、インスリンを不添加で、抗EGF中和抗体を加えた場合の細胞数(−○−のインスリン濃度0mg/L)は15.5万個/mLであり、約35%増殖が抑制された。この結果は、インスリンの有無に関係なく、NPLAd CHO細胞の増殖はEGFに依存していることを示している。また、NPL培地はEGFを含んでいないので、抗EGF中和抗体によって受容体への結合が阻害されたEGFは、NPLAd CHO細胞自身が産生したもの、いわゆるオートクリン増殖因子であることが示唆された。しかし、抗EGF中和抗体によって結合を阻害しても、細胞播種数(5万個/mL)に対して、培養5日目で3倍程度の細胞増加が見られることから、EGF以外のオートクリン因子が増殖に関与することが考えられる。
【0076】
NPLAd CHO細胞はインスリンの濃度依存的に増殖した(−●−)。細胞数は、インスリン濃度が2mg/Lでは40万個/mL、10mg/Lでは53万個/mLとなり、インスリン不添加の細胞数に対して10mg/Lの濃度で2倍以上の細胞の増加が見られた。インスリンを添加することによって元株のCHO細胞と比較してどの程度まで増殖が増大するのかを検証した。その結果、培養5日目で10mg/Lのインスリンを添加したNPL培地を用いたNPLAd CHO細胞では55万個/mL程度まで増大したが、元株のCHO細胞の細胞数は80万個/mLを超えていた(P<0.005)(
図7)。この結果から、NPLAd CHO細胞の増殖速度はNPL培地にインスリンを添加しただけでは元株のCHO細胞の増殖速度には及ばないことが示唆されたものの、インスリンの濃度依存的にNPLAd CHO細胞の増殖を誘導する効果が確認できた。
【0077】
以上のとおり、NPLAd CHO細胞株は、パラクリン因子であるインスリンの添加濃度に依存的に細胞増殖性が上がることを見出し、更に培地にEGFを添加していないにもかかわらず、EGF中和抗体によって細胞の増殖が抑制されることが見出された。また、インスリン刺激によって誘導される細胞増殖においても、EGFを中和抗体で阻害することで細胞増殖が抑制される事も明らかになった。培地にEGFを添加していないので、EGF中和抗体によって受容体への結合が中和されたEGFは馴化細胞株自身から産生されているオートクリンの増殖因子であり、EGF−EGF受容体のオートクリンループをなして自己の増殖を誘導しているものと考えられる。
【0078】
EGFは53アミノ酸残基より成る6,045Daの分子量を持つタンパク質であり、細胞表面に存在するEGF受容体に結合して細胞の増殖を制御している。上皮系細胞を含む様々な細胞においてオートクリン増殖因子としてEGF−EGF受容体のオートクリンループをなして自己の増殖を誘導していると報告されている(Shvartsmanら,Am J Physiol Cell Physiol., 2002; 282: C545-59;DeWittら,J Cell Sci., 2001; 114: 2301-13.)。EGFを含むEGFファミリーの増殖因子は最初から分泌型として合成されるのではなく、細胞内で前駆体として発現される。翻訳後、膜を貫通して細胞表面に出てきた後、細胞表面でプロテアーゼによって切断されて、分泌型の増殖因子になるとされている。
図8に示すように、細胞内で生成されたEGFは細胞膜に埋め込まれた膜貫通タンパク質として細胞表面に存在(膜結合型EGF)する。プロテアーゼに切断されると、細胞外ドメインが遊離し、分泌型EGFとなってEGF受容体に結合する。EGF受容体に分泌型EGFが結合することにより、EGF受容体の膜貫通ドメインを介して細胞内へシグナル伝達が行われ、細胞増殖が誘導される。本検討で用いた抗EGF中和抗体はEGFに直接結合して受容体への結合を阻害するので、抗EGF中和抗体によって馴化細胞株の細胞増殖の抑制が生じたのは、受容体からの増殖シグナルの伝達が行われなくなったためと推察される(
図8)。さらに、本発明の馴化細胞株におけるEGF中和抗体の増殖抑制は自己の増殖のみではなく、パラクリン増殖因子であるインスリンによる増殖も抑制している。したがって、馴化細胞株においてEGFのオートクリンな産生は自己の増殖のために非常に重要で要素である。
【0079】
以上のように、馴化細胞株にとってはEGFのシグナル伝達が細胞増殖にとって重要であると考えられた。そこで、以後の検討ではEGFのシグナル伝達効率を上げることで馴化細胞株の増殖速度を促進できないかを検討した。
【0080】
なお、EGF以外のオートクリン因子のうち、IGF−1(Insulin-like Growth Factor-1)はCHO細胞の増殖を誘導するとの報告がある(Pakら,Cytotechnology, 1996; 22: 139-46.)。そこで、NPLAd CHO細胞では抗IGF−1中和抗体による結合阻害を行なったが、細胞増殖の抑制は見られなかったことから、馴化株のオートクリン的な増殖に対してIGF−1の関与はないと考えられる。しかし、抗EGF中和抗体によって結合を阻害しても、馴化細胞株の細胞増殖が完全に抑制されなかったという結果から、IGF−1以外の増殖因子がオートクリン因子として馴化細胞株の増殖に関与している可能性は十分に考えられる。
【0081】
5. 無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞の増殖に対するGM3の影響
細胞膜は、主にホスファチジルコリン、スフィンゴミエリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン等のリン脂質が無数に並んで形成される脂質二重膜層より成っており、その間に膜貫通タンパク質やアンカータンパク質等の各種タンパク質などが絡んで形成されている。脂質ラフトは、特にスフィンゴ脂質、スフィンゴ糖脂質及びコレステロールを多く含む膜の構造物であり、受容体の膜貫通タンパク質が集中していることから、細胞内に情報伝達を行なっているとされている(
図9)。特に、脂質ラフトのスフィンゴ糖脂質であるガングリオシドがシグナル伝達の制御に関与するという報告は多い。さらに、EGFの受容体も脂質ラフトに局在していることが報告されている(Balbisら,J Cell Biochem., 2010; 109(6): 1103-8.)。したがって、この脂質ラフトの形成が不十分な場合には、受容体からの情報伝達が十分に行われない可能性がある。
【0082】
上記のように、無タンパク質・無脂質培地で長期に継代された馴化細胞株は脂質類の不足によって細胞膜構造が変化した可能性があり、馴化細胞株は脂質ラフトの形成が不十分で、EGF受容体からの情報伝達が十分に行われていない可能性が考えられる。そこで、脂質ラフトの構成に重要な役割をはたしているスフィンゴ糖脂質であるガングリオシドGM3に着目し、GM3の添加が馴化細胞の細胞形態及び増殖速度に与える影響について検討した。すなわち、GM3を添加することにより細胞膜構造が再構築され、細胞接着性が回復する可能性、GM3の有無や添加濃度による細胞形態の変化、特に接着性細胞の増加や細胞集塊の大きさの変動がある可能性を調べた。
【0083】
(1)無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞の形態に対するGM3の影響
ガングリオシドGM3(Neu5A, Enzo Life Sciences)は市販のものを使用した。細胞はNPLAd CHO細胞を用いた。NPLAd CHO細胞はNPL培地で懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0084】
NPLAd CHO細胞は、10mg/Lになるようにインスリンを加えたNPL培地で5万個/mLの細胞数になるように希釈し、すべての細胞を24ウェルプレートに1mL/ウェルの量で播種した。その後、細胞播種プレートにガングリオシドGM3を、0、250、1,250、又は2,500ng/mLになるように加えた。
【0085】
播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で5日間培養し、細胞の形態変化を倒立位相差顕微鏡下で観察した。次いで、細胞数を改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で計測し、生存率を算定した。細胞数の有意差の検定にはスチューデントのt検定を用いた。
【0086】
(2)インスリン及びGM3添加NPLAd CHO細胞と元株のCHO細胞との増殖速度の比較
細胞は、NPLAd CHO細胞と元株のCHO細胞を用いた。元株のCHO細胞は、接着しているので、トリプシンで剥離分散させ、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。NPLAd CHO細胞は、NPL培地で懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0087】
元株のCHO細胞は10%FBS添加DMEM培地で、NPLAd CHO細胞は10mg/Lのインスリン及び2,500ng/mLのGM3を加えたNPL培地で、それぞれ5万個/mLの細胞数になるように希釈し、すべての細胞を24ウェルプレートに1mL/ウェルの量で播種した。播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で5日間培養し、一定期間ごとに細胞数を改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。細胞数の有意差の検定にはスチューデントのt検定を用いた。
【0088】
(3)結果
GM3の添加による細胞形態の変化についての観察結果を
図10に示す。GM3の添加の有無及び濃度(2,500ng/mLまで)にかかわらず、接着性細胞の増加や細胞集塊の大きさの変動等の形態の変化は観察されなかった。
【0089】
GM3の添加による細胞増殖に対する影響の結果を
図11に示す。NPLAd CHO細胞の培養液にGM3を1,250ng/mL加えると、不添加に比べ有意に細胞数が増加した(P<0.05)。この効果はGM3の濃度依存的であった。GM3を2,500ng/mLで添加した場合、不添加の約2倍である100万個/mL程度に細胞数が増加した。したがって、GM3にはNPLAd CHO細胞の増殖を誘導する効果があることが明らかになった。
【0090】
次に、インスリンとGM3の添加による増殖促進を検証した。結果を
図12に示す。NPL培地にインスリン(10mg/L)とGM3(2,500ng/mL)を加えた場合、NPLAd CHO細胞(−○−)は血清添加培地の元株のCHO細胞(−●−)とほぼ同程度の細胞増殖率を示した。したがって、NPLAd CHO細胞は、培地にインスリンとGM3を添加することでCHO細胞に匹敵する増殖速度を得ることが示された。
【0091】
以上のとおり、GM3の添加によってNPLAd CHO細胞の増殖が誘導され、さらに、インスリンとの併用により静置培養においても元株のCHO細胞と同程度まで増殖速度を上げることができた。一方、細胞形態には変化は見られなかった。したがって、細胞浮遊化に関してはGM3の欠失は関与していないと考えられる。
【0092】
GM3は脂質ラフトの主要構成成分であると同時に、細胞のシグナル伝達にも関与するとされている。しかし、GM3のシグナル伝達の関与に関しては抑制的にも誘導的にも働くといった矛盾した報告が成されている。BremerらはEGF受容体を過剰に発現したA431細胞やKB細胞において、外因性のGM3の添加がEGF受容体のチロシンキナーゼの自己リン酸化を抑制することでシグナル伝達を制御して、EGF依存性の細胞増殖を抑えるため、GM3はEGF受容体の制御因子であるとしている(Bremerら,J Biol Chem., 1986; 261: 2434-40)。一方、Jiらは同じA431細胞に対して、生細胞表面のスフィンゴ糖脂質を生理的条件下で切断できるエンドグリコセラミダーゼを用いて、細胞表面のガングリオシドを除去すると、EGF受容体のチロシンキナーゼのEGF受容体の自己リン酸化が低下することを報告している(Jiら,Glycobiology, 1995; 5: 343-50)。また、Swiss 3T3線維芽細胞にグリコシルセラミドの合成阻害剤であるD−PPPP(D-l-threo-1-phenyl-2-hexadecanoylamino-3- pyrrolidino-1-propanol-HCl)塩酸を用いて、ガングリオシドを除くと、EGF受容体のみならず、FGF、IGF−1、PDGFなどの増殖因子及びその受容体のチロシンキナーゼの活性が阻害され、増殖が抑制されるが、外因性のガングリオシドを加えると抑制が解除されて増殖が戻るという報告もある(Liら,J Biol Chem., 2000; 275: 34213-23)。上記の一見矛盾した報告から、ガングリオシドは増殖因子と受容体の機能発現には欠くべからざる要素で、特にガングリオシドが欠乏すると各種増殖因子の受容体の機能が損なわれるが、EGF受容体が過剰に発現をしているような細胞株において、外因性のGM3を加えることは機能を抑制する方向で働くものと考える。近年の糖尿病研究において、TNF−α刺激によるGM3合成亢進が脂質ラフトの機能異常を引き起こし、インスリンの代謝性シグナルを選択的に抑制するという報告がある(Tagamiら,J Biol Chem., 2002; 277: 3085-92;井ノ口,肥満研究, 2006; 12: 260-2)。これは、過剰なGM3はインスリン抵抗性を惹起するというものである。このような事実から、脂質ラフト形成に必要な量のGM3は増殖に対して促進的に働くが、過剰のGM3は抑制的に働くと考えられる。
【0093】
本発明の無タンパク質・無脂質培地馴化細胞株は、長期に渡って脂質類、特にガングリオシドの欠損状態に曝されており、脂質ラフト上の受容体が影響を受けた可能性が考えられる。脂質欠乏状態の馴化細胞株ではGM3を加えることによって、脂質ラフト上の受容体の機能が正常化し、増殖を誘導する方向に働くものと考えられる(
図13)。
【0094】
6. 無タンパク質・無脂質培地馴化CHO細胞における遺伝子組換えタンパク質の生産
物質の生産系の検証にトランジェント法を用い、無タンパク質・無脂質培地馴化細胞株が元株のCHO細胞に対してどの程度の遺伝子組換えタンパク質の生産能力があるかを、
図14に示す手順にしたがって分泌型ルシフェラーゼの発現を指標に比較検討した。
【0095】
(1)実験方法
(1−1)分泌型ルシフェラーゼ遺伝子発現ベクターの導入
元株のCHO細胞は、10%FBS添加DMEM培地で培養した。DMAd CHO細胞は、DMEM培地で培養した。NPLAd CHO細胞は、インスリン(10mg/L)添加NPL培地、又はインスリン(10mg/L)+GM3(2,500ng/mL)添加NPL培地のいずれかで培養した。
トランスフェクション試薬として「TransIT-LT1 Transfection Reagent」(タカラ、MIR2304)、分泌型ルシフェラーゼ発現ベクターとして「NanoLuc(登録商標)reporter vector pNL1.3.CMV [secNluc/CMV]」(プロメガ、N1101)(
図15)をそれぞれ使用した。
【0096】
元株のCHO細胞はトリプシンで単離後、10%FBS添加DMEM培地で2回洗浄した。洗浄後、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。DMAd CHO細胞はDMEM培地で、NPLAd CHO細胞はインスリン(10mg/L)添加NPL培地及びインスリン(10mg/L)+GM3(2,500ng/mL)添加NPL培地で、それぞれ洗浄後、NPL培地で懸濁して細胞集塊をほぐした後に、改良ノイバウェル血球計算盤とトリパンブルーを用いた色素排除法で細胞数を計測し、生存率を算定した。
【0097】
生存率が90%以上であることを確認した後、各々の培地で40万個/mLになるように細胞数を調整し、24ウェルプレートに0.5mL/ウェルの量で播種した。播種したプレートを37℃、5%CO
2条件で24時間培養した。
【0098】
700μLのDMEM培地に1μg/μLの「NanoLuc reporter vector pNL1.3.CMV」を7μL加えて混和後、「TransIT-LT1 Transfection Reagent」を21μL加えてさらに混和した。室温で30分間放置し、トランスフェクションコンプレックス(Transfection Complex)を調製した。また、対照として、「NanoLuc reporter vector pNL1.3.CMV」の代わりにTE緩衝液を加えたダミーコンプレックス(Dummy Complex)を同様に調製した。
【0099】
細胞播種プレートに調製済みのトランスフェクションコンプレックスを52μLずつ、細胞と培地の組み合わせ毎に各3ウェル分滴下し、緩やかに揺すって混合した。また、同様にダミーコンプレックスを細胞と培地毎に各1ウェル分滴下し、緩やかに揺すって混合した。混合後、37℃、5%CO
2条件で5日間培養した。
【0100】
以後、インスリン(10mg/L)添加NPL培地で培養し、トランスフェクションしたNPLAd CHO細胞を「GM3非添加NPLAd CHO細胞」と、インスリン(10mg/L)+GM3(2,500ng/mL)添加NPL培地で培養し、トランスフェクションしたNPLAd CHO細胞を「GM3添加NPLAd CHO細胞」とそれぞれ呼ぶ。
【0101】
(1−2)ルシフェラーゼ比活性の測定
ルシフェラーゼアッセイキットとして、「Nano-Glo Luciferase Assay System」(プロメガ、N1110)を使用した。
細胞を播種し、トランスフェクションの終わったプレートから5、24、48、72及び120時間毎に上清を10μL分取し、上清中の分泌型ルシフェラーゼの活性を「Nano-Glo Luciferase Assay System」を用いて、ルミノメーターで測定した。
(1−3)ルシフェラーゼ比活性の算定
ルシフェラーゼ比活性は経時的にサンプリングした中の元株のCHO細胞の培養上清の発光量に対して、培養条件毎の馴化細胞株の培養上清の発光量を比較したもので、計算法は以下のとおりとした。
【0102】
【数1】
【0103】
実験を3回繰り返し、データは全実験間のルシフェラーゼ比活性の平均±SDで示し、有意差の検定にはスチューデントのt検定を用いた。
【0104】
(1−4)細胞毎の発光量比較
細胞毎の発光量比較はトランスフェクション後に経時的にサンプリングした各細胞の培養上清の発光量を、同じ細胞を用いて、同一培地組成、培養条件で培養した際の経時的な細胞の増加数で割っており、細胞当たりの発光量を推定的に算出した。
【0105】
(2)結果
馴化細胞株のタンパク質生産性を検討する目的で、CMVプロモーターの下流に分泌型ルシフェラーゼcDNAを組み込んだプラスミドpNL1.3.CMVベクターをリポフェクション法でトランスフェクションし、馴化細胞株と元株のCHO細胞の培地に分泌されるルシフェラーゼ活性を発光量定量比較した。結果を
図16に示す。GM3添加NPLAd CHO細胞は、トランスフェクション直後の産生の立ち上がりは遅いものの、120時間後には元株のCHO細胞に対するルシフェラーゼ比活性に有意差は見られなかった。最終的な産生量は元株のCHO細胞と同等であった(−●−)。また、DMAd CHO細胞(−▲−)及びGM3非添加NPLAd CHO細胞(−○−)はトランスフェクション後120時間で元株のCHO細胞の3倍以上のルシフェラーゼ比活性(有意差は各々p<0.05、p<0.005)を示した。したがって、樹立した細胞株のタンパク質生産性は元株のCHO細胞より高いものと考えられた。
【0106】
また、細胞当たりの発光量として換算するために、
図16において測定した経時的な発光量を、同一培地組成、培養条件で培養した際の経時的な細胞の増加数で割ることで、細胞当たりの発光量を推定的に算出した(
図17)。結果として、トランスフェクション後120時間のDMAd CHO細胞(−△−)は、GM3非添加NPLAd CHO細胞(−○−)の細胞当たりの発光量とほぼ同等であり、元株のCHO細胞(−×−)の約4倍程度の発光量であると見積もられる。また、やはりトランスフェクション後120時間後にはGM3添加NPLAd CHO細胞の細胞当たりの発光量(−●−)は、元株のCHO細胞とほぼ同等であると見積もられた。
【0107】
これらの結果から、馴化細胞株はいずれも元株のCHO細胞と同等以上の遺伝子組換えタンパク質の生産が可能であることが示された。DMAd CHO細胞及びGM3非添加NPLAd CHO細胞が元株のCHO細胞と比較して3倍以上のルシフェラーゼ産生を行なっていた(
図16)。また、細胞当たりのルシフェラーゼ活性を推定すると、トランスフェクション120時間後でDMAd CHO細胞及びGM3非添加NPLAd CHO細胞で元株のCHO細胞と比べて4倍活性が高く、GM3添加NPLAd CHO細胞は元株のCHO細胞とほぼ同等であった(
図17)。
【0108】
馴化細胞株が元株のCHO細胞より高いルシフェラーゼの生産性を示す原因については明確にわかっていないが、馴化細胞株の膜構造の変化による影響による可能性が考えられる。上述のように、馴化細胞株は無タンパク質・無脂質培地による継代培養で長期間の脂質の欠損状態に曝されたために細胞膜の構造に変化が生じ、それによりトランスフェクションの効率が上がった可能性がある。また、細胞内で合成されたタンパク質の膜透過性が亢進したため、より多くのルシフェラーゼタンパク質が分泌される可能性も考えられる。
【0109】
これらの結果から、トランスフェクション前の培養において、GM3及びインスリンを添加して十分な量の細胞数を確保した後、GM3を除いてトランジェント法でトランスフェクションを行うことにより、効率的な組換えタンパク質生産が可能であることがわかった。