【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
(1)過活動膀胱治療薬の評価方法
本発明の過活動膀胱治療剤の評価方法は、動物の摘出膀胱標本を材料として使用し、特に動物の摘出全膀胱(尿道付き)を使用することが好ましい。使用する動物は、特に限定はないが、好ましくは哺乳動物であり、さらに好ましくは、ラット、マウス、モルモットなどのげっ歯類である。
【0010】
本発明の評価方法は、低酸素負荷後に酸素化処理を行うことを特徴とする。
ここで低酸素負荷とは、酸素欠乏状態(低酸素または無酸素)に膀胱標本をさらすことを意味し、その手法については特に制限はないが、酸素除去した栄養液、例えば、95%N
2-5%CO
2混合ガスで飽和した栄養液(Krebs液など)を満たした容器に膀胱標本を設置することにより実施できる。
酸素化処理とは、膀胱標本を一定時間低酸素負荷した後、高酸素分圧状態へさらすことを意味し、その手法については特に制限はないが、酸素を豊富に含む栄養液、例えば、95%O
2-5%CO
2混合ガスで飽和した栄養液(Krebs液など)を満たした容器に膀胱標本を設置することにより実施することができる。
【0011】
膀胱自発性収縮は、Yuen-Keng らの方法(American Journal of Physiology - Regulatory,Integrative and Comparative Physiology 291巻、R1049-R1059頁、2006年)に準じて、膀胱内圧を測定することにより評価することができる。例えば、尿道付き全膀胱標本を摘出し、尿道から栄養液(あらかじめ保温(26〜37℃)、混合ガスを飽和)を充填したカニューレを膀胱頸部に挿入・固定し、栄養液(あらかじめ保温、混合ガスを飽和)で満たした器官浴槽(organ bath)内に設置する。挿入したチューブ(カニューレ)を介して膀胱内に 栄養液(保温、混合ガスを飽和)を少量注入した後、観察される律動的な膀胱内圧変化を記録・測定する。この際に観察される律動的な膀胱内圧変化は、テトロドトキシン及びムスカリン拮抗薬処置によって影響を受けないことから、筋原性の自発性収縮であることが確認できる。膀胱内圧のデーターは、膀胱頸部に固定したのとは反対側のチューブ端を(三方活栓を介して)圧トランスデューサー及び血圧測定用アンプに接続することにより測定することができる。栄養液としては、Krebs液、Krebs-HenseleitやTyrode液などを使用することができる。注入する栄養液の量は、使用する動物によって異なるが、例えば、ラットでは0.1〜0.4mLが好ましく、モルモットでは0.5〜1.0mLが好ましい。
【0012】
膀胱標本への低酸素負荷は、酸素欠乏状態の栄養液に膀胱標本をさらすことによって実施することができる。例えば、摘出した膀胱標本を95%N
2-5%CO
2混合ガスで飽和した栄養液(保温)中で一定時間放置する(放置中、適宜栄養液を交換する)。低酸素負荷時間は、用いる栄養液の酸素欠乏状態(酸素分圧)によるが、例えばラットで95%N
2-5%CO
2混合ガスで飽和した栄養液を用いる場合、2.5時間以上が望ましい。低酸素負荷後酸素化処置は、膀胱標本を一定時間無酸素負荷後、酸素を豊富に含む(高酸素分圧)栄養液に切り替えることにより達成することができる。例えば、膀胱標本を一定時間酸素欠乏状態の栄養液中で放置した後、95%O
2-5%CO
2混合ガスで飽和した栄養液(保温)に切り替えて放置する。
【0013】
被験薬物の摘出膀胱標本への処置は、被験薬物を作用させることができれば特に限定はないが、器官浴槽(organ bath)内に被験薬物を添加し、反管腔側(abluminal)から作用させることが好ましい。また、被験薬物の添加は、酸素化後、自発性収縮増大が安定する10〜60分の間に行うことが好ましい。
【0014】
低酸素負荷後酸素化処理した際の自発性収縮増大は、低酸素負荷中(好ましくは酸素化前)及び酸素化後の一定時間の自発性収縮を比較することによってできる。自発収縮活性の比較は、平均振幅(収縮圧、amplitude)、収縮頻度(frequency)及び膀胱内圧の曲線下面積(Area Under the Curve:AUC)などのパラメータに基づいて行うことが好ましい。これらパラメータを用いた評価法の例としては、Yuen-Kengらの方法(American Journal of Physiology - Regulatory,Integrative and Comparative Physiology 291巻、R1049-R1059頁、2006年)が挙げられる。
【0015】
同様に被験薬物処置による自発性収縮への影響は、異なる標本を用いた被験薬物無処置と被験薬物処置における酸素化後の一定時間の自発収縮活性の比較、または同一の標本を用いた酸素化後の被験物質処置前と被験物質処置後の一定時間の自発収縮活性を比較することによってできる。これらの比較も、一定時間の自発性収縮の平均振幅(収縮圧、amplitude)、収縮頻度(frequency)及び膀胱内圧の曲線下面積(Area Under the Curve:AUC)などのパラメータに基づいて行うことが好ましい。
【0016】
被験薬物処理による自発性収縮増大に対する抑制効果は、たとえば低酸素負荷後酸素化による自発性収縮増大において、被験薬物処置前の一定時間の自発性収縮を100%としたときの被験物処置後の一定時間の自発収縮活性のパーセンテージを算出することによって評価できる。
【0017】
評価を行う被験薬物としては、公知の合成化合物、ペプチド、蛋白質などの他に、例えば温血哺乳動物の組織抽出物、細胞培養上清などが用いることができるが、好ましくは低分子の薬物である。
【0018】
(2)膀胱虚血再灌流由来の自発性収縮の過剰活性化抑制剤
TRPA1アンタゴニストは、TRPA1チャンネルのアンタゴニスト活性を有すれば限定されるものではなく、選択的アンタゴニストであっても、非選択的アンタゴニストであっても良い。例えば以下の化合物がある。
(i) 1,2,3,6-テトラヒドロ-1,3-ジメチル-N-(4-イソプロピルフェニル)-2,6-ジオキソ-7H-プリン-7-アセトアミド(HC-030031,CAS349085-38-7)
【0020】
(ii) 4-(4-クロロフェニル)-3-メチル-3-ブテン-2-オンオキシム(AP-18,CAS55224-94-7)
【0022】
(iii) 2-1,3 -ジメチル-2,6 -ジオキソ-1,2,3,6-テトラヒドロ-7H-プリン-7-イル)-N-[4 -(1 -メチルプロピル)フェニル]アセトアミド(CAS332117-28-9)
【0024】
(iv) (1E,3E)-1-(4-フルオロフェニル)-2-メチル-1-ペンテン-3-オン オキシム(A-967079,CAS1170613-55-4)
(v) Ruthenium red (CAS11103-72-3)
自発性収縮の過剰活性化の抑制効果は、非選択的TRPアンタゴニストRuthenium red 、選択的TRPA1アンタゴニストHC-030031、AP-18 という構造の異なる3種のTRPA1アンタゴニストにおいて確認されている(実施例2)。また、イソチアン酸アリル(AITC)またはシンナムアルデヒド(CNA)という2種類のTRPA1アゴニストを用いて脱感作を誘導することにより酸素化による自発性収縮増大は著しく低下した(実施例3)。以上のことから、無酸素負荷後酸素化処置による自発性収縮増大にTRPA1チャンネル活性化が関与し、これを阻害することにより収縮増大が抑制されることが予想される。
【0025】
(3)過活動膀胱治療剤
過活動膀胱治療剤とは、下部尿路閉塞(前立腺肥大、尿道狭窄、膀胱頸部狭窄、尿道括約筋排尿筋強調不全など)に伴う過活動膀胱(蓄尿症状)を治療する薬剤を意味する。
【0026】
次に、本発明を参考例及び実施例に基づいて更に具体的に説明するが、本発明は当該実施例に限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)ラット摘出全膀胱標本を用いた無酸素負荷後酸素化による膀胱自発性収縮増大
イソフルラン麻酔下でラットを頚椎脱臼により安楽死させた後、正中切開により開腹し、実体顕微鏡下で膀胱近傍の左右輸尿管を結紮後、尿道付き全膀胱を摘出した。尿道からKrebs液を充填したポリエチレンチューブ(SP70、ID;10mm、OD;1.5mm、夏目製作所製)を挿入し、3-0絹糸により膀胱頸部で縛り固定した。膀胱内を36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs液により数回洗浄した後、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs液(36 ± 1℃加温) 10 mLを満たした器官浴槽(organ bath)内に膀胱標本を設置した。膀胱頸部に固定したのと反対側のチューブ端は三方活栓を介して圧トランスデューサー(DX-300:日本光電工業社製)及び血圧/心内心音用アンプ(AP-630G:日本光電工業社製)に接続した。膀胱内圧のデーターはPowerLabシステム(AD instruments社製)を用いて200/秒のsampling rateで取得した。膀胱内圧はあらかじめ血圧/心内心音用アンプからPower Labシステムへ送信した校正波によりキャリブレーションした。ポリエチレンチューブを介して膀胱内に0.3 mLの Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)をゆっくりと注入した。膀胱内に0.3 mLのKrebs液を注入してから膀胱内圧のデーターの記録を開始した。摘出膀胱標本を5時間無酸素負荷した後、95%O
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs(36 ± 1℃加温、10 mL)した栄養液に切り替えて、酸素化処置を行った。酸素化前の無酸素負荷中、Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)で標本を適宜洗浄した。5時間無酸素負荷後の酸素化処置により膀胱自発性収縮の著しい増大が観察された。図の縦軸及び横軸は、それぞれ膀胱内圧(mmHg)及び時間(分)を示す。この結果から、無酸素負荷後酸素化処置により、膀胱自発性収縮は著しく増大することが明らかとなった。
【0028】
(実施例2)ラット摘出全膀胱標本を用いた無酸素負荷後酸素化による膀胱自発性収縮増大に対するTRPA1アンタゴニストの抑制効果
イソフルラン麻酔下でラットを頚椎脱臼により安楽死させた後、正中切開により開腹し、実体顕微鏡下で膀胱近傍の左右輸尿管を結紮後、尿道付き全膀胱を摘出した。尿道からKrebs液を充填したポリエチレンチューブ(SP70、ID;10mm、OD;1.5mm、夏目製作所製)を挿入し、3-0絹糸により膀胱頸部で縛り固定した。膀胱内を36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs液により数回洗浄した後、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKreb液(36 ± 1℃加温) 10 mLを満たした器官浴槽(organ bath)内に膀胱標本を設置した。膀胱頸部に固定したのと反対側のチューブ端は三方活栓を介して圧トランスデューサー(DX-300:日本光電工業社製)及び血圧/心内心音用アンプ(AP-630G:日本光電工業社製)に接続した。膀胱内圧のデーターはPowerLabシステム(AD instruments社製)を用いて200/秒のsampling rateで取得した。膀胱内圧はあらかじめ血圧/心内心音用アンプからPower Labシステムへ送信した校正波によりキャリブレーションした。ポリエチレンチューブを介して膀胱内に0.3 mLの Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)をゆっくりと注入した。膀胱内に0.3 mLのKrebs液を注入してから膀胱内圧のデーターの記録を開始した。摘出膀胱標本を5時間無酸素負荷した後、95%O
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs(36 ± 1℃加温、10 mL)した栄養液に切り替えて、酸素化処置を行った。酸素化前の無酸素負荷中、Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)で標本を適宜洗浄した。5時間無酸素負荷後の酸素化処置により膀胱自発性収縮は著しく増大した。酸素化から15〜20分後、非選択的TRPアンタゴニストであるRuthenium Red、選択的TRPA1アンタゴニストであるHC-030031またはAP-18を累積処置した。図の縦軸及び横軸は、それぞれ膀胱内圧(mmHg)及び時間(分)を示す。酸素化後の自発性収縮増大は非選択的TRPアンタゴニスト及び選択的TRPA1アンタゴニストの累積処置により、濃度依存的に抑制された。いずれの薬物も試験した最高濃度で酸素化後の自発性収縮増大に対してほぼ完全な抑制効果が認められた。これらの結果から、無酸素負荷後酸素化による自発性収縮増大には、TRPA1チャンネル活性化が関与し、TRPA1アンタゴニストによって効果的に抑制される可能性が示唆された。
【0029】
(実施例3)ラット摘出全膀胱標本を用いた無酸素負荷後酸素化による膀胱自発性収縮増大に対するTRPA1チャンネル脱感作の影響
イソフルラン麻酔下でラットを頚椎脱臼により安楽死させた後、正中切開により開腹し、実体顕微鏡下で膀胱近傍の左右輸尿管を結紮後、尿道付き全膀胱を摘出した。尿道からKrebs液を充填したポリエチレンチューブ(SP70、ID;10mm、OD;1.5mm、夏目製作所製)を挿入し、3-0絹糸により膀胱頸部で縛り固定した。膀胱内を36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs液により数回洗浄した後、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs液(36 ± 1℃加温) 10 mLを満たした器官浴槽(organ bath)内に膀胱標本を設置した。膀胱頸部に固定したのと反対側のチューブ端は三方活栓を介して圧トランスデューサー(DX-300:日本光電工業社製)及び血圧/心内心音用アンプ(AP-630G:日本光電工業社製)に接続した。膀胱内圧のデーターはPowerLabシステム(AD instruments社製)を用いて200/秒のsampling rateで取得した。膀胱内圧はあらかじめ血圧/心内心音用アンプからPower Labシステムへ送信した校正波によりキャリブレーションした。ポリエチレンチューブを介して膀胱内に0.3 mLの Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)をゆっくりと注入した。膀胱内に0.3 mLのKrebs液を注入してから膀胱内圧のデーターの記録を開始した。摘出膀胱標本を5時間無酸素負荷した後、95%O
2-5%CO
2ガスを飽和したKrebs(36 ± 1℃加温、10 mL)した栄養液に切り替えて、酸素化処置を行った。酸素化前の無酸素負荷中、Krebs液(36±1℃加温、95%N
2-5%CO
2ガスを飽和)で標本を適宜洗浄した。図の縦軸及び横軸は、それぞれ膀胱内圧(mmHg)及び時間(分)を示す。酸素化25〜40分前にVehicle、TRPA1アゴニストであるイソチアン酸アリル(AITC, 0.3mM)またはシンナムアルデヒド(CNA, 3mM)を15〜30分処置し、その後さらに脱感作が起こっていることを確認するため同薬物処置を10分間行った(AITC及びCNA処置では1回目の処置で認められたベースラインの膀胱内圧の上昇及び自発性収縮増大が2回目の処置で認められないことから、TRPA1チャンネルの脱感作が誘発されていることが確認できる)。Vehicel処置では4時間無酸素負荷後の酸素化により膀胱自発性収縮は著しく増大した。一方、AITCまたはCNA処置では、Vehicle処置と比較して酸素化による自発性収縮増大は著しく低下した。これらの結果も実施例2の結果と合わせて、無酸素負荷後酸素化処置による自発性収縮増大にTRPA1チャンネル活性化が関与している可能性を示唆していると考えられた。