【実施例】
【0018】
本発明が検査対象とする製品は、使用状態で振動を発生する物であれば種類は問わないが、ディファレンシャル装置を具体例として、以下説明する。
【0019】
図1に示すように、製品としてのディファレンシャル装置10は、デフケース11の球形室12に、一対のデフピニオン13、14及び、一対のデフサイドギヤ15、16を収納し、デフピニオン13とデフケース11の間にピニオンワッシャ17を介在させ、デフピニオン14とデフケース11の間にピニオンワッシャ18を介在させ、デフサイドギヤ15とデフケース11の間にサイドワッシャ19を介在させ、デフサイドギヤ16とデフケース11の間にサイドワッシャ20を介在させ、一対のデフピニオン13、14をピニオンシャフト21でデフケース11に回転自在に支持した装置である。
【0020】
なお、ピニオンシャフト21は、ローラピン22でデフケース11からの抜け止めが施される。また、デフケース11は、図示せぬ外部構造物に連結するためのフランジ23を有する。
【0021】
次に製品を検査する検査装置の構成を説明する。
図2に示すように、検査装置30は、デフケース11に形成される一方のインボード24をチャックするチャック爪31と、デフケース11に形成される他方のインボード25、特に段部に押圧する押圧片32と、デフサイドギヤ16に設けられる雌スプライン16aまで挿入される軸部材33と、軸部材33を回転させる回転手段34と、振動波形を測定する振動測定手段35と、合格基準を保存する合格基準保存部36と、振動測定手段35で得た測定データに基づいてマハラノビス距離を求めるなどの処理及び演算を行う演算部37と、この演算部37で演算した値を合格基準保存部36で保存する合格基準に基づいて合否判定する合否判定部38と、合否判定結果を表示する表示部41と、合否判定結果、特に不合格情報を音情報又は光情報で発するアナウンス部42とからなる。
【0022】
なお、演算部37は、合否判定部38と別置きすることも、合否判定部38に内蔵することも可能である。
【0023】
図2に示すように、チャック爪31、31で、デフケース11の下部(インボード24)をチャックし、押圧片32でデフケース11の上部(インボード25)を押圧する。これでデフケース11は上端及び下端が固定される。反面、上端及び下端から遠い部位(ピニオンシャフト21の近傍やフランジ23)は、拘束力が低く、振幅が大きくなる。
【0024】
次に、軸部材33をデフケース11に挿入し、回転手段34により軸部材33を回すと、上方のデフサイドギヤ16が回転する。このデフサイドギヤ16に噛み合うデフピニオン13、14も連れ回り、こられのデフピニオン13、14に噛み合うデフサイドギヤ15も連れ回わり、使用状態となる。
【0025】
回転させるとギヤの噛み合い部位が変化するため、不可避的に振動が発生する。この振動はディファレンシャル装置10全体を振動させ、この振動がフランジ23を介して振動測定手段35で検出される。
【0026】
このような検査装置30を用いて、マハラノビス−タグチ法に基づくマハラノビス距離を導き出す。この導出過程を詳しく説明する。
○良品準備:
図1で説明したディファレンシャル装置10と同じ構造で且つ部品検査、バックラッシ検査など既存の検査方法で検査され、良品と確認されたディファレンシャル装置10を、10個準備する。準備した10個を、テスト品A〜Jと呼ぶ。
【0027】
○良品の振動波形の測定:
テスト品Aを
図2の要領で検査したところ、
図3に示す波形
図Aが得られた。テスト品Bを検査したところ、
図3に示す波形
図Bが得られた。同様に、テスト品C〜Jを検査したところ波形
図C〜Jが得られた。
【0028】
○良品の特徴量の抽出:
図3の波形
図Aに、複数の標本線を引く。この例では、2本の標本線(1)、(2)を引く。標本線(1)は振動波に2箇所で交わっている(交点を小丸で示す。)。標本線と振動波の交点の数を「変化量」と定義する。この変化量は2となる。
交点間の距離(ただし、波形の下側のみ。複数の場合は累積)を、「存在量」と定義する。2つの小丸の間の距離は16である。
よって、波形
図Aの右側にテーブルで示すように、テスト品Aは、標本線(1)にて、変化量が2、存在量が16であった。
すなわち、特徴量は、この例では、変化量と存在量からなる。
【0029】
図3の波形
図Bについて、同様に調べると、テスト品Bは、標本線(1)にて、変化量が3、存在量が20であった。
テスト品C〜Jについても
図3に示すような変化量と存在量が得られた。
テスト品A〜Jの変化量を合計し、10で割ると、2.2となった。この2.2は平均値xaveである。テスト品A〜Jの変化量に対する標準偏差σは0.75であった。
存在量では、平均値xaveが17.4で、標準偏差σが3.41であった。
【0030】
次に、
図4に示すように、波形
図Aに標本線(2)を引き、この標本線(2)に対する変化量と存在量を調べる。テスト品Aでは変化量が10で存在量が300であった。
詳しい説明は省略するが、テスト品B〜Jについても波形
図B〜Jに標本線(2)を引き、変化量と存在量を調べる。
【0031】
○基準化:
ところで、
図3では変化量の標準偏差σが0.75であり、存在量の標準偏差σが3.41であって、変化量と存在量が検査するための同じ土俵に乗っているとは言い難い。
そこで、変化量については、標準偏差が1.00になるように、10個の変化量を調整することにする。この調整は、((テスト品A〜Jの何れかの変化量−テスト品A〜Jの変化量の平均値xave)/テスト品A〜Jの変化量の標準偏差σ)の計算で実施できる。例えば、テスト品Aの変化量2については、(2−2.2)/0.75=−0.267となり、基準化された変化量は、−0.267となる。
【0032】
同様に、存在量についても、標準偏差が1.00になるように、10個の存在量を調整することにする。この調整は、((テスト品A〜Jの何れかの存在量−テスト品A〜Jの存在量の平均値xave)/テスト品A〜Jの存在量の標準偏差σ)の計算で実施できる。例えば、テスト品Aの存在量16については、(16−17.4)/3.41=−0.410となり、基準化された存在量は、−0.410となる。
【0033】
以上の基準化処理を、(テスト品B〜J)にも施す。結果を表1に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
表1のテスト品Aの行には、変化量に−0.267が記載され、存在量に−0.410が記載されている。
表1は標本線(1)に係るものであった。標本線(2)についても同様の基準化処理を施す。結果を表2に示す。
【0036】
【表2】
【0037】
○相関係数の算出:
表2では変化量と存在量が同じ土俵に載っていると見なせる。
さらに相関係数rを求めることで、変化量と存在量の相関が明らかになる。相関係数rの演算式を次に示す。
【0038】
【数1】
【0039】
Yは表2に示す変化量又は存在量である。pは1〜n(この例ではn=10)である。iは行番号、jは列番号であり、i、jに自然数を代入すると表3に示すようになる。
【0040】
【表3】
【0041】
r
11は、表2における列番号1に示す値同士の積の和をnで割ったものである。すなわち、Σ((−0.267)×(−0.267)+1.069×1.069+・・・)/10=1となる。
r
12は、表2における列番号1と列番号2の値の積の和をnで割ったものである。すなわち、Σ((−0.267)×(−0.410)+1.069×0.762+・・・)/10=0.830となる。
r
21は、列番号2と列番号1の値の積の和をnで割ったものであって、r
12と同じで0.830になる。
結果、次に示す行列を得ることができる。
【0042】
○相関行列:
対称行列である相関行列Rを次に示す。
【0043】
【数2】
【0044】
○逆行列:
行列Rには、掛けると単位行列となる逆行列R
−1が存在する。
簡単な行列の例を次に示す。
【0045】
【数3】
【0046】
この行列の逆行列を次に示す。
【0047】
【数4】
【0048】
この簡単な例に示すように、行列から逆行列を求める(決める)ことができる。
上述した相関行列Rに対する逆行列R
−1は次に示すとおりである。
【0049】
【数5】
【0050】
○マハラノビス距離:
測定項目をk、基準化した判別データをY、このYの転置行列をY
Tとすると、マハラノビス距離は次式で定義される。
【0051】
【数6】
【0052】
○良品のマハラノビス距離:
例えば、テスト品Aは、表2にて特徴量の数が4であるため、kは4となり、Yは表2から与えられる。よって、テスト品Aのマハラノビス距離は、次のように求められる。
【0053】
【数7】
【0054】
○単位空間:
テスト品B〜Jも同様にマハラノビス距離を求めることができる。
良品であるテスト品A〜Jのマハラノビス距離群で構成される空間を単位空間と呼ぶ。
図5に示すように、テスト品A〜Jで単位空間が構成された。
【0055】
○不良品(1)を準備:
次に、部品検査、バックラッシ検査など既存の検査方法で検査され、不良品と確認されたディファレンシャル装置10を、3個準備する。準備した3個を、テスト品K〜Mと呼ぶ。
【0056】
○不良品(1)の振動波形測定及び特徴量抽出:
これらのテスト品K〜Lについて、良品と同手順で、振動波形を測定し、特徴量である変化量と存在量を調べた。結果を表4に示す。
【0057】
【表4】
【0058】
○基準化:
基準化には、平均値と標準偏差が必要であるが、ここでは上述の良品の基準化に使用した平均値と標準偏差を使用する。平均値と標準偏差を表5に示す。
【0059】
【表5】
【0060】
基準化処理を行った後の変化量及び存在量を表6に示す。
【0061】
【表6】
【0062】
○不良品(1)のマハラノビス距離:
例えば、テスト品Kは、表6にて特徴量の数が4であるため、kは4となり、Yは表6から与えられる。よって、テスト品Kのマハラノビス距離は、次のように求まる。
【0063】
【数8】
【0064】
テスト品L、Mについても同様の手順でマハラノビス距離を求めた。結果を表7に示す。
【0065】
【表7】
【0066】
図6に示すように、単位空間でのマハラノビス距離が1以下であるのに対して、テスト品K〜Mのマハラノビス距離は格段に大きい。よって、この例に限っては、良品と不良品の差別化が図れそうである。
【0067】
○不良品(2)を準備:
上述の不良品の数は3であったため、単位空間と比較対照するには少なすぎる。そこで、人為的不良品を作成すると共に数を大幅に増やすことにした。不良品(2)は、テスト品1〜テスト品19からなり、不良箇所は表8に示すとおりである。
【0068】
【表8】
【0069】
例えば、ケース球径は、
図1に示す球形室12の径を意味し、過大は球形室12の径が基準寸法より大きいことを意味する。また、上下は
図2に示す試験姿勢での向きを意味する。
【0070】
○不良品(2)のマハラノビス距離:
詳細は省くが、テスト品1〜テスト品19について、振動波形を測定し、特徴量を抽出し、基準化し、マハラノビス距離を求めた。結果を次図に示す。
【0071】
図7で、上向き矢印は、マハラノビス距離が6を越えていることを示す。
テスト品2、3、8、15は、マハラノビス距離が1未満であって、単位空間との差別化が困難であることが判明した。
すなわち、同一項目に一つの条件を設定して求めた場合、良品と不良品の判別が困難になった。
【0072】
その対策を提供することが、本発明の目的となる。
本発明者らは、この目的を達成するために、種々の試みを行ったところ、同一項目で異なる二つ以上の条件で振動波を測定し、処理し、マハラノビス距離を求めることで、目的を達成することができることを知見した。以下、その内容を説明する。
【0073】
○同一項目:
項目は、
図2に示す軸部材33の回転数とする。
○異なる二つ以上の条件:
第1の回転数
第2の回転数は、第1の回転数より大きな回転数とする。
【0074】
○良品での特徴量:
テスト品A〜Jについて、振動波形を測定し、特徴量(変化量と存在量)を抽出し、表9を得た。
【0075】
【表9】
【0076】
この表に基づいて、基準化し、相関係数を算出し、相関行列を求め、この相関行列から逆行列を求める。
【0077】
【数9】
【0078】
○良品のマハラノビス距離:
テスト品Aのマハラノビス距離は次の手順で求めることができる。
【0079】
【数10】
【0080】
同様に、テスト品B〜Jについてもマハラノビス距離を求める。結果を表10に示す。
【0081】
【表10】
【0082】
○単位空間:
テスト品A〜Jのマハラノビス距離群から、新しい単位空間を構成する。この単位空間は
図8で説明する。
【0083】
○不良品(2)での特徴量:
テスト品1〜19について、振動波形を測定し、特徴量(変化量と存在量)を抽出し、表11を得た。
【0084】
【表11】
【0085】
○不良品(2)のマハラノビス距離:
テスト品2のマハラノビス距離は次の手順で求めることができる。
【0086】
【数11】
【0087】
同様に、テスト品1〜19についてもマハラノビス距離を求める。結果を表12に示す。
【0088】
【表12】
【0089】
表10と表12をグラフ化する。
図8に示すように、単位空間では、マハラノビス距離は0.5程度であった。一方、テスト品1〜テスト品19では、全てが10を遥かに越えている。内、テスト品5と、テスト品9のマハラノビス距離が、比較的小さくて92であった。
【0090】
○合格基準の設定:
単位空間のマハラノビス距離約0.5と、テスト品1〜19の最小マハラノビス距離92の間に合格基準を設定すればよいことになる。
ただし、不良品の形態によってはマハラノビス距離が、10程度になる可能性はある。
そこで、合格基準を4.0又は5.0とすることが推奨される。
【0091】
なお、仮に、表9及び表11に、第3の回転数を加えると、列の数は4×3=12で、12に増加し、単位空間とテスト品1〜nの差別化の信頼性が高まることが予想される。
同一項目(この例では回転数)は、異なる二つ以上(少なくとも二つ)の条件であればよい。
【0092】
以上の検査に基づいて完成させた試験方法を次に説明する。
図9は基準作成工程を示すフロー図であり、製品と同等品であって別の手法で合格が確認されたテスト品を複数個準備する(ST01)。なお、良品テスト品は、合格が確認された製品であってもよく、便宜上、テスト品と呼称する。
【0093】
テスト品の1つを検査装置にセットし(ST02)、第1の回転数で回し、
図2に示す振動測定手段35により振動波形を測定する(ST03)。
得られた振動波形から、
図2に示す演算部37で特徴量(変位量、存在量)を抽出する。これを第1の特徴量として記憶させる(ST04)。
【0094】
続いて、第1の回転数と異なる回転数である第2の回転数で回し、振動波形を測定する(ST05)。
得られた振動波形から、特徴量(変位量、存在量)を抽出する。これを第2の特徴量として記憶させる(ST06)。
ST07により、準備したテスト品の全数が終わるまでは、テスト品を交換しつつST02〜ST06を繰り返す。
【0095】
ST07がNOになったら、
図2に示す演算部37で単位空間を求める(ST08)。単位空間を求める方法は、第1の特徴量及び第2の特徴量を基準化し、相関係数を算出し、相関行列Rを求める。
演算部37で、この相関行列Rに基づく逆行列R
−1を求め、逆行列R
−1を用いてテスト品毎のマハラノビス距離を演算する。この逆行列R
−1は、
図10で説明する合否安定工程でも使用される重要な値である。
この単位空間に検査実績を加味して、合格基準(例えば、マハラノビス距離4.0)を定め、
図2の合格基準保存部36に保存する(ST09)。
【0096】
以上で合格基準が定まったので、この合格基準に基づいて、製品の合否判定が可能となった。
図10は合否判定工程のフロー図であり、逆行列R
−1を読込み(ST21)、合格基準を読込む(ST22)。
製品を検査装置にセットし(ST23)、第1の回転数で回し、
図2に示す振動測定手段35により振動波形を測定する(ST24)。
得られた振動波形から、
図2に示す演算部37で特徴量(変位量、存在量)を抽出する。これを第1の特徴量として記憶させる(ST25)。
【0097】
続いて、第1の回転数と異なる回転数である第2の回転数で回し、振動波形を測定する(ST26)。
得られた振動波形から、特徴量(変位量、存在量)を抽出する。これを第2の特徴量として記憶させる(ST27)。
次に、
図2に示す演算部37で、製品の第1の特徴量及び第2の特徴量を基準化し、読込んだ逆行列R
−1を用いてマハラノビス距離D
2を演算する(ST28)。
【0098】
演算で得たマハラノビス距離D
2が、合格基準以下であるかを調べ(ST29)、YESであれば、合格と判定し、
図2の表示部41に「合格」と表示させる(ST30)。又は、NOであれば、表示部41に「不合格」と表示させ(ST31)、アナウンス部42で合図音を吹鳴させるかパトライト(登録商標)を点滅させる。
以上により、製品1個毎に合否判定が行える。
【0099】
表8に示す19種の不良要素について、検査を実施する場合、従来であれば、多数の検査装置を並べ、多数の検査員で検査する必要があった。これに対して、本発明では、1基の検査装置で、第1・第2の回転数で検査を施すことで、合否判定が可能となり、検査装置の数の大幅な削減と、検査員の大幅な削減と、検査時間の大幅な低減が図れる。
【0100】
なお、本発明は、表8に示すような極めて多数の不良要素が想定されるディファレンシャル装置の検査に好適であるが、歯車減速機やロータリーポンプなどの回転式製品であれば、何れも検査対象物とすることができる。
【0101】
また、ピストン及びピストンロッドを往復移動させるシリンダユニットも検査対象とすることができ、使用状態で振動が発生する製品であればよく、検査対象物は任意である。
【0102】
また、実施例では同一項目を、回転数としたが、シリンダユニットであればピストンの移動速度が、それに相当する。すなわち、同一項目は、製品毎に適宜決定され、回転数に限定されるものではない。