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特開2015-47086分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-47086(P2015-47086A)
(43)【公開日】2015年3月16日
(54)【発明の名称】分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20150217BHJP
【FI】
   C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-179143(P2013-179143)
(22)【出願日】2013年8月30日
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124291
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】山内 豊彦
(72)【発明者】
【氏名】平川 聡史
(72)【発明者】
【氏名】青島 正浩
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QQ91
4B063QR77
4B063QS28
4B063QS36
4B063QS39
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】短時間で定量的な評価が可能な、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法の提供。
【解決手段】分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法であって、分子標的薬を皮膚系細胞に接触させる工程と、皮膚系細胞の頂点高さを測定する工程と、を含み、皮膚系細胞の頂点高さを、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性の指標とする、方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法であって、
分子標的薬を皮膚系細胞に接触させる工程と、
皮膚系細胞の頂点高さを測定する工程と、
を含み、
皮膚系細胞の頂点高さを、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性の指標とする、方法。
【請求項2】
前記指標は、分子標的薬の存在下の皮膚系細胞の頂点高さが分子標的薬の非存在下の皮膚系細胞の頂点高さよりも高い場合に、当該分子標的薬は皮膚系細胞の傷害性を有すると判断する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記皮膚系細胞が、リンパ管内皮細胞、血管内皮細胞又は角化細胞である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
皮膚系細胞の頂点高さの測定を定量位相顕微鏡で行う、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子標的薬は、特定の標的(タンパク質、細胞等)に特異的に作用する薬剤であり、癌、自己免疫疾患、臓器移植等の治療に用いられている。一方、分子標的薬にも副作用が報告されている。
【0003】
例えば、血管内皮増殖因子(VEGF)の阻害薬剤であるソラフェニブ(sorafenib)(商品名:ネクサバール)は、日本では2008年に認可された癌治療の分子標的薬である。その機序として、腫瘍細胞の増殖に働くMAPキナーゼ経路を直接阻害する点に加え、血管新生に働くVEGF受容体、PDGF受容体活性を併せて阻害することにより、優れた臨床効果を発揮するとされている。一方、ソラフェニブには手足症候群や剥脱性皮膚炎という副作用もある。これらの副作用には、何らかの形で血管内皮細胞やリンパ管内皮細胞の傷害が関与していることが示唆されている。
【0004】
このような分子標的薬の副作用を評価する方法として、従来、細胞数のカウントによる方法が用いられている。例えば、非特許文献1には、スニチニブを培養血管内皮細胞に24時間添加した後に、顕微鏡で観察し、高倍率4視野中のアポトーシス細胞数を計測する方法により細胞傷害性を検討したことが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Osuskyら,Angiogenesis,vol.7,2004年,pp.225−233.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の方法では、アポトーシス細胞数を計測することによる評価であるため、分子標的薬との反応に時間がかかるうえ、被検細胞の状態、培養液等の因子の影響を受けやすく、定量的な評価は困難である。
【0007】
本発明は、短時間で定量的な評価が可能な、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、分子標的薬添加後の皮膚系細胞を三次元的に観察したところ、分子標的薬により傷害を受けた皮膚系細胞の形態が変化することを初めて見出した。具体的には、分子標的薬により傷害を受けた皮膚系細胞は頂点高さが高くなり、接着面積が小さくなっていくという形態変化を示すことが分かった。この知見に基づき、皮膚系細胞の頂点高さの変化を利用することで、迅速かつ正確に分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価することが可能であると本発明者らは考え、発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法であって、分子標的薬を皮膚系細胞に接触させる工程と、皮膚系細胞の頂点高さを測定する工程と、を含み、皮膚系細胞の頂点高さを、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性の指標とする、方法を提供する。
【0010】
上記指標は、分子標的薬の存在下の皮膚系細胞の頂点高さが分子標的薬の非存在下の皮膚系細胞の頂点高さよりも高い場合に、当該分子標的薬は皮膚系細胞の傷害性を有すると判断する指標とすることができる。
【0011】
上記皮膚系細胞は、リンパ管内皮細胞、血管内皮細胞又は角化細胞であってもよい。
【0012】
上記方法において、皮膚系細胞の頂点高さの測定を定量位相顕微鏡で行うことが好ましい。定量位相顕微鏡を用いることで、正確かつ簡便に頂点高さを測定することが可能となる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法によれば、分子標的薬の添加後短時間(例えば、添加後1時間)の間に、皮膚系細胞に対する傷害性のある分子標的薬と、傷害性のない分子標的薬との間で有意な差が観察されるため、短時間で評価することが可能となる。また、従来よりも低濃度の分子標的薬で細胞傷害性を評価することができる。
【0014】
さらに、本発明に係る分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法によれば、皮膚系細胞の頂点高さを指標として細胞傷害性を評価しているため、定量性があり、また細胞傷害性の大小を数値化して比較することも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】分子標的薬により傷害を受けた皮膚系細胞の形態変化を模式的に表した図である。
図2】分子標的薬添加による皮膚系細胞の頂点高さの変化(平均値)を表す図である。縦軸は、分子標的薬添加時の頂点高さで標準化した頂点高さの変化を表す。横軸は、分子標的薬添加時を0秒としたときの経過時間(秒)を表す。
図3】分子標的薬添加時の皮膚系細胞の頂点高さで標準化した、分子標的薬添加から1時間後の皮膚系細胞の頂点高さのボックスプロットを表す図である。
図4】分子標的薬添加試験における血管内皮細胞(対照)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図5】分子標的薬添加試験における血管内皮細胞(ソラフェニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図6】分子標的薬添加試験における血管内皮細胞(ゲフィチニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図7】分子標的薬添加試験におけるリンパ管内皮細胞(対照)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図8】分子標的薬添加試験におけるリンパ管内皮細胞(ソラフェニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図9】分子標的薬添加試験におけるリンパ管内皮細胞(ゲフィチニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図10】分子標的薬添加試験における角化細胞(対照)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図11】分子標的薬添加試験における角化細胞(ソラフェニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
図12】分子標的薬添加試験における角化細胞(ゲフィチニブ添加)の形態変化を示す定量位相画像である。(A)分子標的薬添加前、(B)分子標的薬添加から1時間後。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
【0017】
〔分子標的薬による皮膚系細胞の形態変化〕
分子標的薬による皮膚系細胞の形態変化を図1に沿って説明する。図1(a)は分子標的薬添加前の皮膚系細胞を表す。図1(b)は分子標的薬により傷害を受けた皮膚系細胞を表す。
【0018】
分子標的薬が皮膚系細胞に対して傷害性を有する場合、図1(a)の状態から図1(b)の状態への形態変化が生じる。分子標的薬を皮膚系細胞に接触させた直後から皮膚系細胞の頂点高さが高くなりはじめ、少なくとも接触1時間後まで頂点高さは高くなり続ける。また、頂点高さが高くなるに連れて、皮膚系細胞の接触面積が小さくなる。一方、分子標的薬が皮膚系細胞に対して傷害性を有しない場合、図1(a)の状態から図1(b)の状態への形態変化は生じない。この形態変化の差異に基づいて、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を評価する。
【0019】
〔分子標的薬〕
皮膚系細胞に対する傷害性を評価する分子標的薬として、任意の分子標的薬を用いてよい。具体的には、例えば、低分子化合物からなる低分子医薬、及び抗体からなる抗体医薬から選ばれる分子標的薬であってよい。
【0020】
低分子医薬としては、これに限定されるものではないが、例えば、イマチニブ、ゲフィチニブ、エルロチニブ、ダサチニブ、バンデタニブ、スニチニブ、ラバチニブ、ニロチニブ、クリゾチニブ、ソラフェニブ、ボルテゾミブ、レゴラフェニブ、アキシチニブ、パゾパニブ及びカボザンチニブが挙げられる。
【0021】
抗体医薬は、モノクローナル抗体であってもよく、ポリクローナル抗体であってもよい。また、キメラ抗体、ヒト化抗体、完全ヒト抗体のいずれであってもよい。抗体医薬として、具体的には例えば、リツキシマブ、セツキシマブ、インフリキシマブ及びバシリキシマブ等のキメラ抗体、アダリムマブ、ウステキヌマブ、トシリズマブ、トラスツズマブ、ベバシズマブ、オマリズマブ、メポリズマブ、ゲムツズマブオゾガマイシン、パリビズマブ、ラニビズマブ、セルトリズマブ、オクレリズマブ、モガムリズマブ及びエクリズマブ等のヒト化抗体、パニツムマブ、オファツムマブ、ゴリムマブ及びイピリムマブ等のヒト抗体を挙げることができる。
【0022】
〔皮膚系細胞〕
皮膚系細胞は、マウス、ラット、ウシ及びヒト等の哺乳類由来の皮膚系細胞を用いることができる。ヒトに投与した場合の分子標的薬の評価を適切に行うことが可能であることから、ヒト由来の皮膚系細胞を用いることが好ましい。
【0023】
皮膚系細胞としては、例えば、角化細胞、メラノサイト(メラニン産生細胞)、ランゲルハンス(Langerhans)細胞、メルケル(Merkel)細胞、線維芽細胞、組織球、肥満(マスト)細胞、形質細胞、真皮樹状細胞、血管内皮細胞、血管周皮細胞及びリンパ管内皮細胞を挙げることができる。皮膚系細胞として、表皮細胞の大部分を占める角化細胞、血液又はリンパ液に直接接する血管内皮細胞又はリンパ管内皮細胞を用いてもよい。
【0024】
ヒト由来の角化細胞は、成人由来でも新生児由来でも構わない。角化細胞は、公知の方法により動物から採取し単離することができる。また、細胞バンクから入手することも可能である。角化細胞の培養方法は当業者にとって周知であり、例えば、市販の角化細胞用培地を用いて、37℃、5%COインキュベータ―で、培養することが可能である。
【0025】
ヒト由来の血管内皮細胞は、皮膚微小血管内皮細胞、臍帯静脈血管内皮細胞及び大静脈血管内皮細胞等を利用することができる。血管内皮細胞は、成人由来でも新生児由来でも構わない。血管内皮細胞は、公知の方法により動物から採取し単離することができる。また、細胞バンクから入手することも可能である。血管内皮細胞の培養方法は当業者にとって周知であり、例えば、市販の血管内皮細胞用培地を用いて、37℃、5%COインキュベータ―で、培養することが可能である。
【0026】
ヒト由来のリンパ管内皮細胞は、皮膚微小リンパ管内皮細胞、肺微小リンパ管内皮細胞等を利用することができる。リンパ管内皮細胞は、成人由来でも新生児由来でも構わない。リンパ管内皮細胞は、公知の方法により動物から採取し単離することができる。また、細胞バンクから入手することも可能である。リンパ管内皮細胞の培養方法は当業者にとって周知であり、例えば、市販のリンパ管内皮細胞用培地を用いて、37℃、5%COインキュベータ―で、培養することが可能である。
【0027】
〔分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を定量評価する方法〕
皮膚系細胞をディッシュに播種し、十分に接着するまで培養する。培養期間は好ましくは24時間である。
【0028】
次に、分子標的薬を培地に添加して、分子標的薬を皮膚系細胞に接触させる。分子標的薬は適切な溶媒に溶かした溶液として添加することが好ましい。溶媒は好ましくは培地である。分子標的薬が培地に溶解し難い場合は、分子標的薬を溶解する溶媒に溶解した後に培地で希釈してもよい。なお、この際、分子標的薬を含まない溶媒のみを培地に添加したサンプルをネガティブコントロールとしてもよい。
【0029】
分子標的薬添加後、皮膚系細胞の頂点高さを測定する。三次元イメージング装置を用いることで、頂点高さを測定することができる。三次元イメージング装置として、定量位相顕微鏡、低コヒーレンス干渉顕微鏡、デジタルホログラフィ顕微鏡、トモグラフィック位相顕微鏡及び走査型プローブ顕微鏡等が挙げられ、定量位相顕微鏡が好ましい。
【0030】
定量位相顕微鏡は、例えば特許第4090244号公報及び特開第2010−48619号公報に開示される。定量位相顕微鏡を用いることにより、位相シフト干渉法を用いて光場の位相を定量的に測定することができる。定量位相顕微鏡を用いることにより、皮膚系細胞の三次元的な形態を1ミクロン以下の分解能で得ることができ、それにより皮膚系細胞の頂点高さを正確に測定することが可能である。
【0031】
定量位相顕微鏡は位相シフト法を用いることにより、測定対象物を透過した光の受ける位相変化を分布的に求めることができる。光学的な厚さ(Optical Thickness)=OTとは、測定対象物を透過した光の受ける位相変化をφとしたときに、(1)式で与えられる指標である。ここでλは光の波長を表す。
OT=λ×φ/2π (1)
【0032】
光学的な厚さは、測定対象物の屈折率をn1、測定対象物の周囲の媒質の屈折率をn0、測定対象物の高さをhとしたときに、(2)式で記述される。したがって、光学的な厚さを測定することにより、測定対象物の高さに比例する値を近似的に求めることができる。
OT=h×(n1−n0) (2)
【0033】
皮膚系細胞の頂点とは、単一の皮膚系細胞における高さが最も高い点をいう。高さとは、培養容器に接着している皮膚系細胞の底面から、培養容器に接着していない皮膚系細胞表面までの距離をいう。皮膚系細胞の頂点高さは、実高さであっても光学的厚さであってもよい。
【0034】
皮膚系細胞の頂点高さの測定は、分子標的薬添加後の任意の時点で行ってよい。皮膚系細胞の頂点高さは分子標的薬添加直後から上昇し、その後上昇速度が落ち着くものの、少なくとも1時間後までは上昇し続ける。測定精度を上げるためには、分子標的薬添加後ある程度の時間が経過した後に測定を行うことが好ましい。また、測定効率を上げるためには、短時間で測定を行うことが好ましい。したがって、皮膚系細胞の頂点高さの測定は、分子標的薬添加直前から断続的に測定し続け、少なくとも分子標的薬添加後10分後まで測定するのが好ましく、分子標的薬添加後1時間後まで測定するのがより好ましい。測定結果を保持するためのデータ量を少なくし、測定を簡略化するためには、分子標的薬添加直前及び添加10分後又は1時間後の2点でのみ測定を行うことで、断続的な測定の結果を模擬することも可能である。
【0035】
測定した皮膚系細胞の頂点高さに基づいて、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を評価する。単一の皮膚系細胞の頂点高さに基づく指標であってもよく、複数の皮膚系細胞の頂点高さの平均値に基づく指標であってもよい。より具体的には、分子標的薬の存在下の皮膚系細胞の頂点高さが分子標的薬の非存在下の皮膚系細胞の頂点高さよりも高い場合に、当該分子標的薬は皮膚系細胞に対する傷害性を有すると判断することができる。
【0036】
また、分子標的薬添加前の皮膚系細胞の頂点高さを予め測定しておき、分子標的薬添加後の任意の時点で測定した皮膚系細胞の頂点高さを当該分子標的薬添加前の皮膚系細胞の頂点高さに基づいて標準化してもよい。標準化は、例えば、分子標的薬添加後の任意の時点で測定した皮膚系細胞の頂点高さを当該分子標的薬添加前の皮膚系細胞の頂点高さで除して求めた比であってもよい。この標準化した指標に基づいて分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を評価することにより、より定量性の高い評価が可能である。
【0037】
別の実施形態において、皮膚系細胞の頂点高さの測定に加えて、皮膚系細胞の接着面積の測定を行ってもよい。分子標的薬が皮膚系細胞に対する傷害性を有する場合、皮膚系の接着面積が小さくなるため、より正確な評価が可能となる。皮膚系細胞の接着面積とは、培養容器に接着している皮膚系細胞の底面の面積をいう。3次元イメージング装置を用いることで、皮膚系細胞の頂点高さとともに接着面積も測定することができる。皮膚系細胞の接着面積の測定は、分子標的薬添加後の任意の時点で行ってよい。好ましくは、皮膚系細胞の頂点高さの測定と一緒に接着面積の測定を行う。
【0038】
測定した皮膚系細胞の頂点高さ及び接着面積に基づいて、分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を評価する。単一の皮膚系細胞の頂点高さ及び接着面積に基づく指標であってもよく、複数の皮膚系細胞の頂点高さの平均値及び接着面積の平均値に基づく指標であってもよい。より具体的には、分子標的薬の存在下の皮膚系細胞の頂点高さが分子標的薬の非存在下の皮膚系細胞の頂点高さよりも高く、かつ分子標的薬の存在下の皮膚系細胞の接着面積が分子標的薬の非存在下の皮膚系細胞の接着面積よりも小さい場合に、当該分子標的薬は分子標的薬の皮膚系細胞に対する傷害性を有すると判断することができる。
【実施例】
【0039】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
〔材料及び方法〕
(1)皮膚系細胞
正常ヒト皮膚微小血管内皮細胞(新生児)(高純度)(HMVEC)(タカラバイオ株式会社,製品コードCC−2813)、正常ヒト微小リンパ管内皮細胞(新生児)(LEC)(タカラバイオ株式会社,製品コードCC−2812)及び正常ヒト新生児表皮角化細胞(NHEK)(倉敷紡績株式会社,製品番号KK−4001)を用いた。
【0041】
(2)被検分子標的薬
ソラフェニブ(商品名:ネクサバール,Bayer社製)及びゲフィチニブ(gefitinib)(Cipla社製)を用いた。ソラフェニブ及びゲフィチニブは下記式(1)及び(2)でそれぞれ表される化合物である。ゲフィチニブは上皮成長因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼを選択的に阻害する内服抗がん剤であり、日本では2002年に認可された。ソラフェニブと異なり、ゲフィチニブにおいては、手足症候群や剥脱性皮膚炎の副作用の発生頻度が低いことが知られている。
【化1】

【化2】

ソラフェニブ及びゲフィチニブは、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解したうえで培地に溶解させた。対照としてDMSOのみを培地に添加したものを用いた。DMSOの最終濃度は0.1%(v/v)である。以下、ソラフェニブ及びゲフィチニブをそれぞれSRF及びGFTと略記することもある。
【0042】
(3)分子標的薬の皮膚系細胞への接触
皮膚系細胞を前培養した後、下記の装置にセットし、顕微鏡観察を開始した。前培養の培養液は、HMVEC及びLECについては、培養液EBM−2(Lonza社製)を用いた。NHEKについては、培養液Epi Life(Gibco社製)に100倍希釈した添加液Supplement S7(Gibco社製)及び1000倍希釈した添加液「ゲンタマシン、アンフォテリシンB」(クラボウ社製)を加えたものを用いた。実験はすべて、分子標的薬の添加前に5分間の事前計測を行い、撮像開始5分後に被検分子標的薬を最終濃度10μMになるよう添加するというプロトコルで行った。
【0043】
(4)皮膚系細胞の頂点高さを測定する装置
反射型定量位相顕微鏡を、ガラス底面反射による透過モードで用いて、サンプルをタイムラプス撮像した。干渉画像1枚の露光時間=50ミリ秒。位相ステップの時間間隔=100ミリ秒。位相シフト法=5点法の往復(10点)。位相画像1枚の撮像時間=1秒。タイムラプスの時間間隔=12秒。対物レンズは水没型の20倍とした(Nikon,CFI Fluor 20xW,NA=0.5)。
【0044】
(結果)
図2は、分子標的薬添加による皮膚系細胞の頂点高さの変化(平均値)を表す図である。縦軸は、分子標的薬添加時の頂点高さで標準化した頂点高さの変化を表す。横軸は、分子標的薬添加時を0秒としたときの経過時間(秒)を表す。
【0045】
図2から明らかなように、SRFを添加した場合のHMVEC細胞及びLEC細胞の頂点高さは顕著に上昇した。一方、GFTを添加した場合のHMVEC細胞及びLEC細胞、並びにHMVEC細胞及びLEC細胞の対照群の頂点高さはほとんど上昇しなかった。また、NHEK細胞はいずれの処理によっても頂点高さの上昇は認められなかった。
【0046】
分子標的薬添加から1時間後の皮膚系細胞の頂点高さを分子標的薬添加時の皮膚系細胞の頂点高さを基準に標準化したものを図3のボックスプロット及び表1にまとめた。表1中、数値はパーセンテージを表す。また、各処理群間でのt検定の結果を表2にまとめた。
【表1】

【表2】
【0047】
以上の結果から、SRFがHMVEC細胞とLEC細胞に対する顕著な細胞傷害性を有していることが分かった。GFTはHMVEC細胞とLEC細胞に対する有意な細胞傷害性を示さなかった。この結果は、SRFのみが手足症候群や剥脱性皮膚炎の副作用がある事実と一致している。また、SRFのLEC細胞に対する細胞傷害性は、HMVEC細胞に対するものよりも大きかった。
【0048】
図4〜12は、分子標的薬添加試験における皮膚系細胞の形態変化を示す定量位相画像である。図4〜12において、(A)は分子標的薬添加前の定量位相画像を、(B)は分子標的薬添加から1時間後の定量位相画像を示す。また、高さが高くなるほど黒色が濃くなるように調整してある。
図4:HVMEC細胞(対照)
図5:HVMEC細胞(SRF)
図6:HVMEC細胞(GFT)
図7:LEC細胞(対照)
図8:LEC細胞(SRF)
図9:LEC細胞(GFT)
図10:NHEK細胞(対照)
図11:NHEK細胞(SRF)
図12:NHEK細胞(GFT)
【0049】
図4〜12から明らかなように、SRFを添加したHVMEC細胞(図5)及びLEC細胞(図8)においてのみ、黒色が濃くなり細胞の頂点高さが有意に高くなる様子が観察された。また、細胞の頂点高さが高くなると共に細胞間隙が広く(細胞の接着面積が小さく)なる様子も観察された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12