(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2015-57984(P2015-57984A)
(43)【公開日】2015年3月30日
(54)【発明の名称】虚血モデル動物の作製法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20150303BHJP
【FI】
A01K67/027
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-194266(P2013-194266)
(22)【出願日】2013年9月19日
(71)【出願人】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】独立行政法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100081422
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 光雄
(74)【代理人】
【識別番号】100084146
【弁理士】
【氏名又は名称】山崎 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(72)【発明者】
【氏名】馬原 淳
(72)【発明者】
【氏名】山岡 哲二
(57)【要約】
【課題】簡便で、動物の死亡率が低く、実際の病態に類似した病態を有した動物が安定的に得られる虚血モデル動物の作製方法を提供する。
【解決手段】シャントチューブを動脈に挿入することを特徴とする、虚血モデル動物(ヒトを除く)の作製方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シャントチューブを動脈に挿入することを特徴とする、虚血モデル動物(ヒトを除く)の作製方法。
【請求項2】
動脈が冠動脈であり、虚血が心筋梗塞である請求項1記載の方法。
【請求項3】
動脈が左冠動脈前下行枝である請求項2記載の方法。
【請求項4】
動物がブタである請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載の方法により得られる虚血モデル動物(ヒトを除く)。
【請求項6】
シャントチューブを構成成分として含む、虚血モデル動物(ヒトを除く)を作製するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な虚血モデル動物の作製方法、ならびにそれにより得られる虚血モデル動物に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血は、動脈が血栓などによって閉塞されたり、圧迫されたり、あるいは動脈硬化によって内腔が狭窄することによって、組織や臓器に流れ込む動脈血量が減少するために生じる。虚血の例としては、心筋梗塞や狭心症などの心筋虚血、脳虚血、腎虚血、肝虚血、下肢虚血などが挙げられる。
【0003】
心筋虚血の1つである心筋梗塞は、心臓が栄養としている冠動脈が閉塞や狭窄などを起こして血液の流量が下がり、心筋が虚血状態になり壊死に至る疾患である。心筋梗塞の治療薬や予防薬の開発および治療方法の確立のための研究が盛んに行われており、これらの研究には心筋梗塞モデル動物が用いられている。
【0004】
これまで心筋梗塞モデル動物は、冠動脈に結紮を施す、あるいはアメロイドリングや血管オクルーダーなどの器具を用いて血管を閉塞させることにより作製されてきた(特許文献1、2)。しかし、これらの方法では、熟練した手技が要求される、動物の致死率が高い、得られる病態が必ずしも実際の病態に近いものではない、安定的に同様の病態を持つ動物を得ることができない等の問題がある。
【0005】
心臓疾患において、医薬品開発や臨床における再生医療技術の飛躍的な展開が期待される中、とりわけ大動物における有効性試験はますます重要な知見になっている。したがって、簡便で、動物の死亡率が低く、実際の病態に類似した病態を有した動物が安定的に得られる心筋梗塞モデル動物の作製方法が必要とされている。
【0006】
また、心筋虚血のみならず、閉塞性動脈硬化症や脳虚血などの広範な虚血に対する治療薬や予防薬の開発およびそれらの治療方法の確立においても、実際の病態に近い病態を有した虚血モデル動物を安定的に供給できる簡便な作製方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2006/030737
【特許文献2】特開2005−229927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
簡便で、動物の死亡率が低く、実際の病態に近い病態を有した虚血モデル動物が安定的に得られる作製方法を開発することが、本発明の課題であった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記課題を解決せんと鋭意研究を重ねた結果、シャントチューブを動脈に挿入することにより、簡便かつ安定的に虚血モデル動物を作製できることを見いだし、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1)シャントチューブを動脈に挿入することを特徴とする、虚血モデル動物(ヒトを除く)の作製方法。
(2)動脈が冠動脈であり、虚血が心筋梗塞である(1)記載の方法。
(3)動脈が左冠動脈前下行枝である(2)記載の方法。
(4)動物がブタである(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載の方法により得られる虚血モデル動物(ヒトを除く)。
(6)シャントチューブを構成成分として含む、虚血モデル動物(ヒトを除く)を作製するためのキット。
【発明の効果】
【0011】
本発明の特徴は、標的とする血管内部で自家血の凝固により閉塞が誘導されることである。したがって、血栓形成による閉塞を安定に誘導した虚血モデル動物を作製できる。また、本発明は、標的部位における血栓形成を閉塞の原理とするため、心筋梗塞をはじめとする広範な虚血の病因メカニズムと極めて類似したモデルを作製でき、医薬品の性能評価や医療材料・医療機器の検討において精度の高い評価モデルを提供することができる。さらに、血栓形成から血液凝固による閉塞、その後の慢性期に至るまで、虚血における初期から遠隔期までの病因メカニズムを再現できるため、各タイムスケールにおいて虚血モデルの評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明による心筋虚血モデルの作製方法の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、本発明による処置後のブタの心臓の超音波診断画像である。丸で囲んだ部分が左心室壁である。(A)梗塞作製から1週間後、(b)梗塞作製から1ヶ月後、(C)コントロール(正常な心臓)。
【
図3】
図3は、本発明による処置後のブタの心臓の断面写真である。A、B、Cは
図1における心尖部からの位置を示す。丸で囲んだ部分に組織の壊死が認められる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、シャントチューブを動脈に挿入することを特徴とする、虚血モデル動物(ヒトを除く)の作製方法に関するものである。シャントチューブは術中に血流を確保するために用いられる器具であり、様々な用途、サイズ、材質のものが市販されており、当業者に公知である。その一例として塩化ビニル製の冠動脈シャントチューブが挙げられる。本発明においては、シャントチューブを動脈内に挿入するという簡便な手技により、血液とチューブ界面の接触により自家血凝固塊が形成され、動脈の閉塞が緩やかに誘導される。
【0014】
シャントチューブを挿入する動脈は、所望の虚血に応じて選択することができる。例えば、心筋梗塞などの心筋虚血モデル動物を作製する場合には、冠動脈にシャントチューブ(冠動脈シャントチューブ)を挿入する。シャントチューブを挿入する冠動脈の好ましい部位としては右冠動脈(Right coronary artery; RCA)、左冠動脈前下行枝(Left anterior descending coronary artery; LAD)、左冠動脈回旋枝(Left circumflex coronary artery; LCX)が挙げられるが、安定性の面から左冠動脈前下行枝(LAD)がより好ましい。LADのなかでも6番〜8番(LAD#6〜LAD#8)が好ましく、最も好ましくはLAD#7である。LADに冠動脈シャントチューブを挿入することによる心筋虚血モデルの作製法を
図1に示す。また、下肢虚血モデル動物を作製する場合には、大腿動脈や膝窩動脈にシャントチューブを挿入することもできる。
【0015】
シャントチューブのサイズは動脈の内径に適合するサイズとすることが好ましい。様々なサイズ(径、長さ)、材質のシャントチューブが公知であり市販されており、自作も可能である。また、シャントチューブ界面の材質を選択することで自家血凝固時間を人為的にコントロールすることができるので、多様な動脈閉塞性疾患を提供することができる。
【0016】
モデル動物の種類は特に限定されないが、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ラット、マウスなどが例示される。本発明は、ブタ、ウシ、ウマ、サルなどの大動物に適用可能である。好ましい大動物は、ヒトの組織に類似した組織を有するブタである。
【0017】
従来までの虚血モデル動物を作製するための手法は、縫合糸による結紮、アメロイドリングや血管オクルーダによる血管径の縮小により血栓形成を誘導している。動脈閉塞性疾患では、血管内部で血栓形成や組織の過増殖により閉塞が誘導されるため、結紮などとは異なり緩やかに閉塞が生じている。このため、従来の手法を用いて虚血モデル動物を作製した場合は、閉塞部位の状況やそれに伴う周囲組織への影響は、必ずしも虚血疾患とは類似しない。また、閉塞する時間やその程度も術者の手技によるところが大きく、安定したモデルを継続的に作製するためには熟練した手技が要求される。これに対して、本発明における手法は、チューブを挿入することによる血栓形成の惹起をメカニズムとしているため、閉塞する部位や凝固時間は、チューブを挿入する部位や自家血の凝固に依存するため、安定的な閉塞モデルを作製できる。さらに、本発明によれば、心筋梗塞や閉塞性動脈硬化症などの実際の病態に類似した閉塞が得られるため、周囲組織への影響や、閉塞初期から遠隔期に至るまでの詳細な治療効果を評価できるモデル動物が得られる。本発明の方法を用いて虚血性モデル動物を作製する場合の動物の致死率は非常に低い。
【0018】
さらに本発明は、本発明の方法により得られる虚血モデル動物(ヒトを除く)に関する。上で説明したように、本発明の方法により得られる虚血モデル動物は、実際の病態に近い病態を有するものあり、品質も安定しバラツキが少ないという特徴を有する。これらの特徴は従来の虚血モデル動物には見られなかったものである。
【0019】
さらに本発明は、シャントチューブを構成成分として含む、虚血モデル動物(ヒトを除く)を作製するためのキットに関する。キットは複数種類のサイズまたは材質の異なるシャントチューブを含んでいてもよい。キットには取扱説明書が添付されるのが普通である。
【0020】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0021】
塩化ビニル製の冠動脈シャントチューブ(Medtronic,USA、IAC 冠動脈シャントチューブ、JMDNコード34896100,サイズ1.5〜2.5から選択)を、ブタの左冠動脈前下行枝(LAD)7番(#7)へ挿入し(
図1)、術式の検討ならびに誘導される心筋梗塞モデルを心エコーにより評価した。
【0022】
実験方法(ブタ心臓のLAD#7へのチューブの挿入):正中開胸によりブタの心臓を露出させた後に、ACT(Activated clotting time)が200程度となるようにヘパリン(約200IU/kg)を耳下静脈ラインから投与した。その後、スカルペル等を使用することにより冠動脈を露出させた。一時的に鑷子により冠動脈を閉塞させている間、冠動脈に切り口を開け(約1−2mm程度)そこへ冠動脈シャントチューブを挿入した。挿入までにかかる時間は約2分以内とした。その後、心室細動や不整脈が無いことを確認し金属ワイヤーにより閉胸した。
1週間、1か月後に超音波画像診断装置により拍動ならびに左室内径短絡率(%FS)を観察し、心臓摘出後に左心室壁を切り出し観察した。
【0023】
実験結果:LAD#7へ冠動脈シャントチューブを挿入した結果、重篤な拍動の異常も認められず安定に手術を終了した。これまでに10頭を処置したが、術中における死亡例は全く認められなかった。次いで、1週間後に超音波診断装置により心臓の拍動ならびに%FSを評価した結果、左心室壁を中心として拍動の異常が認められ、%FSもほとんどの動物において25%を下回った(
図2、表1)。摘出した心臓の断面を観察した結果、挿入したチューブの内部には血栓形成が認められた。さらに、挿入部位から心尖部にかけての左心室壁には組織の壊死が広範囲で認められた(
図3)。以上の結果より、冠動脈シャントチューブをLADに挿入することで生存率を低下させること無く、自家血凝固による閉塞により心筋梗塞を誘導できることが確認できた。
以下の表に全例の結果を示す。10頭中、処置による死亡例は無く、70%の効率でブタ心筋梗塞モデルを作製することが可能であった。
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、虚血の治療や予防に関連する分野、特に虚血に対する医薬品開発の分野において利用できる。