【課題を解決するための手段】
【0010】
  本発明者は、従来の真空アーク蒸着技術において、大口径の陰極を用いた場合、陰極表面において陰極材料の消耗を均一に保つことが難しくなる原因について、種々の実験に基づいて鋭意検討を行った。その結果、従来の真空アーク蒸着技術では、大口径の陰極を用いた場合、アークスポットを正確に制御することができないため、陰極材料の均一な消耗を図ることが困難となっていたことが分かった。
【0011】
  即ち、大口径の陰極を用いる場合には、磁場を用いてより正確にアークスポットを制御する必要があるため、陰極の裏側中心位置近傍に磁場発生機構が配置されることがある。
図6は、このような磁場発生機構の配置の一例を説明する図であり、磁場発生機構11が陰極2の裏側中心位置近傍に配置されて、回転することにより、アークスポットが正確に制御されるようになっている。なお、
図6において、(a)は側面図、(b)は(a)のA−A’矢視図である。
【0012】
  しかしながら、このように磁場発生機構11を陰極2の裏側中心位置近傍に配置した場合には、
図5の場合と異なり、
図7に示すように、電源7から陰極2に負電位を印加するための電流導入端子8を、バッキングプレート6や陰極2の中央近傍に配置することができなくなる。
【0013】
  このように電流導入端子が陰極の中央近傍に配置されていない場合、放電電流が電流導入端子に流れる際に発生する磁場が陰極表面に漏れる。そして、この漏れた磁場が強いと、アークスポットを制御するために磁場発生機構により形成された磁場に影響を及ぼし、電流導入端子の付近で磁場の局所的な変化を生じさせる。具体的には、2つの磁場が干渉することにより、アークスポットを制御するための磁場が局所的に弱められて、アークスポットの速度が他の箇所に比べて遅くなり、その箇所における陰極材料の消耗が激しくなる。
【0014】
  この結果、アークスポットの制御が不正確になり、陰極表面において陰極材料の均一な消耗を図ることが困難となって、陰極の利用効率が低下する。
【0015】
  そこで、本発明者は、放電電流によって、電流導入端子の付近に発生して陰極の表面側に漏れる磁場を弱くして、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響を小さくする方法について、種々の実験を行って鋭意検討した。
【0016】
  その結果、電流導入位置である電流導入端子を複数箇所に配置することにより、電流導入端子の付近に発生して陰極の表面側に漏れる磁場を弱くすることができ、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響を小さくすることができ、アーク放電時、アークスポットを正確に制御することができることを見出した。
【0017】
  即ち、電流導入端子を複数箇所に配置することにより、電流導入端子が1箇所の場合に比べて、電流導入端子1箇所当たりに流れる放電電流が小さくなる。それに合わせて、放電電流により電流導入端子付近に発生する磁場も弱くなり、陰極表面に漏れる磁場も弱くなる。この結果、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響が小さくなって、アークスポットを制御するために磁場に生じる局所的な変化が小さくなるため、アークスポットをほぼ正確に制御することができ、陰極表面において陰極材料を略均一に消耗させることができる。
【0018】
  そして、電流導入端子は多く配置されているほど、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響を小さくすることができ、陰極表面をより均一に消耗させることができ、陰極の利用効率をより向上させることができることが分かった。
【0019】
  また、これら複数の電流導入端子の配置については、陰極表面に漏れた磁場が磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響を小さくすることができる限り、対称性、非対称性に限定されないことが分かった。
【0020】
  次に、本発明者は、上記した複数の電流導入端子のより好ましい配置箇所について検討を行った。
【0021】
  その結果、単に複数箇所に電流導入端子を配置するのではなく、正四角形や正五角形などの正多角形の頂点に配置した場合、各電流導入端子の付近に発生して陰極の表面側に漏れる磁場が、空間的に均一になり、アークスポットを制御するために磁場に生じる局所的な変化をより小さくさせることができるため、アークスポットの制御においてより好ましいことが分かった。
【0022】
  具体的には、例えば、電流導入端子を正四角形の頂点に配置する場合には、陰極の中心を通り互いに直交する2つの直線に対して対称な位置に電流導入端子を配置すればよい。なお、上記した「正多角形」は、厳密な正多角形に限定されず、略正多角形であってもよい。
【0023】
  そして、電流導入端子を配置するに際しては、電流導入端子を点状に配置するのではなく、円状や弧状などの一定の大きさの面積を有する面状に形成された電流導入端子を配置することが好ましい。面積が大きい面状に形成された電流導入端子を配置した場合、電流導入端子と陰極との接触面積を増やすことができるため、電流導入端子付近に発生する磁場がさらに弱くなって、陰極表面に漏れる磁場がさらに弱くなる。この結果、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響がさらに小さくなる。
【0024】
  また、電流導入端子の面積をさらに広げて陰極表面を広く覆うように、帯状に電流導入端子が形成されている場合には、1つの電流導入端子であっても電流導入端子と陰極との接触面積を増やすことができるため、複数箇所に電流導入端子を配置する必要がなくなると共に、電流導入端子から陰極表面に漏れ出る磁場を弱くすることができる。また、電流導入端子をこのような大面積で形成することにより、陰極表面において磁場が均一に漏れるため、磁場発生機構により形成される磁場に及ぼす影響を一層小さくすることができる。このような帯状に形成された電流導入端子としては、リング状の形状またはリング状の一部が欠けた形状の電流導入端子や、略正多角形状の周縁部に沿った形状または略正多角形状の周縁部に沿った形状の一部が欠けた形状の電流導入端子を挙げることができる。
【0025】
  請求項1〜12に記載の発明は、この知見に基づくものであり、
  請求項1に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着法であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子を複数箇所に配置して、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成する
ことを特徴とする真空アーク蒸着法である。
【0026】
  そして、請求項2に記載の発明は、
  前記電流導入端子を、前記電流導入端子の中心が略正多角形の頂点に一致するように配置することを特徴とする請求項1に記載の真空アーク蒸着法である。
【0027】
  請求項3に記載の発明は、
  前記電流導入端子が、面状に形成された電流導入端子であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の真空アーク蒸着法である。
【0028】
  請求項4に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着法であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子として、リング状の形状またはリング状の一部が欠けた形状を有する帯状に形成された1つの電流導入端子を配置して、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成する
ことを特徴とする真空アーク蒸着法である。
【0029】
  請求項5に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着法であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子として、略正多角形状の周縁部に沿った形状または略正多角形状の周縁部に沿った形状の一部が欠けた形状を有する帯状に形成された1つの電流導入端子を配置して、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成する
ことを特徴とする真空アーク蒸着法である。
【0030】
  また、請求項6に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着装置であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子が複数箇所に配置されており、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成するように構成されている
ことを特徴とする真空アーク蒸着装置である。
【0031】
  そして、請求項7に記載の発明は、
  前記電流導入端子が、前記電流導入端子の中心が略正多角形の頂点に一致するように配置されていることを特徴とする請求項6に記載の真空アーク蒸着装置である。
【0032】
  請求項8に記載の発明は、
  前記電流導入端子が、面状に形成された電流導入端子であることを特徴とする請求項6または請求項7に記載の真空アーク蒸着装置である。
【0033】
  請求項9に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着装置であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子として、リング状の形状またはリング状の一部が欠けた形状を有する帯状に形成された1つの電流導入端子が配置されており、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成するように構成されている
ことを特徴とする真空アーク蒸着装置である。
【0034】
  請求項10に記載の発明は、
  アーク放電によって陰極材料を蒸発させることにより、基材上に成膜を行う真空アーク蒸着装置であって、
  陰極に電流を導入するための電流導入端子として、略正多角形状の周縁部に沿った形状または略正多角形状の周縁部に沿った形状の一部が欠けた形状を有する帯状に形成された1つの電流導入端子が配置されており、前記陰極材料に放電電流を流すことによりアーク放電を行って、前記基材上に蒸着膜を形成するように構成されている
ことを特徴とする真空アーク蒸着装置である。
【0035】
  次に、請求項11に記載の発明は、
  請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の真空アーク蒸着法を用いて基材上に成膜されていることを特徴とする薄膜である。
【0036】
  これらの真空アーク蒸着法を用いることにより、前記したように、陰極の利用効率を向上させて極めて安価にコーティングを行うことが可能となるため、コーティングコストが安価な薄膜を提供することができる。
【0037】
  次に、請求項12に記載の発明は、
  請求項11に記載の薄膜を備えていることを特徴とする物品である。
【0038】
  コーティングコストが安価な薄膜が基材上に形成されているため、機械部品、自動車部品、金型などの物品を安価に提供することができる。
【0039】
  次に、請求項13に記載の発明は、
  請求項12に記載の物品が使用されていることを特徴とする製品である。
【0040】
  安価な機械部品、自動車部品、金型などの物品が使用されているため、機械、自動車、その他のシステムなどの製品を安価に提供することができる。