【解決手段】N−オキシル化合物、臭化物またはヨウ化物、及び酸化剤を含む反応系を用いる酸化セルロースの製造方法において、酸化剤を、セルロースの酸化反応中に、反応系内に一定の時間をかけながら徐々に添加する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
セルロース原料の酸化触媒としてTEMPOまたはTEMPO誘導体などのN−オキシル化合物を用いることで酸化セルロースを製造することができる。この際、製造された酸化セルロース中にN−オキシル化合物が多量に残留すると酸化パルプの退色などの問題が発生することがある。このため、N−オキシル化合物の使用量は少ない方が好ましいといえるが、単に使用量を削減すると、セルロース原料に所望の量のカルボキシル基を導入できなかったり、酸化セルロースの製造時間が長くなるという問題がある。
【0006】
そこで、本発明は、少ないN−オキシル化合物の使用量でも効率よく所望の量のカルボキシル基が導入された酸化セルロースを製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討した結果、酸化セルロースの製造時に用いる酸化剤を、従来のように反応の最初にすべて一括で添加するのではなく、反応の間に徐々に添加するようにすること(逐次添加)によって、N−オキシル化合物の使用量が少なくても、比較的短時間で効率よくセルロース原料にカルボキシル基を導入することができることを見出した。本発明は、以下の[1]、[2]を含む。
[1](1)N−オキシル化合物、
(2)臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物、並びに
(3)酸化剤
を含む反応系を用いてセルロース原料を酸化することを含む酸化セルロースの製造方法において、
該酸化剤を、セルロース原料の酸化反応中に、反応系内に一定の時間をかけながら徐々に添加することを特徴とする、酸化セルロースの製造方法。
[2]前記酸化剤の添加速度がセルロース原料1gに対して0.01〜50mmol/分である、[1]に記載の酸化セルロースの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、N−オキシル化合物の使用量が少なくても、比較的短時間で効率よくカルボキシル基をセルロース原料に導入することができる。また、本発明の方法は、得られる酸化セルロースの回収率が高いという利点も有する。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、(1)N−オキシル化合物、(2)臭化物、ヨウ化物及びこれらの混合物からなる群から選択される化合物、並びに(3)酸化剤を含む反応系を用いてセルロース原料を酸化することを含む酸化セルロースの製造方法に関し、ここで、酸化剤を反応系内に最初に一括ですべて添加するのではなく、セルロース原料の酸化反応中に、一定の時間をかけながら徐々に添加することを特徴とする。このような添加方法を、以下では「逐次添加」と呼ぶことがある。
【0010】
本発明の酸化剤の逐次添加によって、少ないN−オキシル化合物の使用量であっても効率良く酸化セルロースを製造できる理由については、以下のように推察している。通常、酸化剤(例えば、次亜塩素酸ナトリウム水溶液)は強アルカリ性のため、N−オキシル化合物(例えば、TEMPO)、並びに臭化物またはヨウ化物(例えば、臭化ナトリウム)を含むセルロース原料の酸化反応用の反応系に酸化剤を一括添加すると、反応系のpHが酸化反応にとって好ましいpHの範囲よりも高くなり、酸化剤添加直後は酸化反応があまり進行しないと考えられる。一方で、例えば次亜塩素酸イオンやヒドロキシルラジカル等に起因するN−オキシル化合物(例えば、TEMPO)の分解や、セルロースの低分子化等の副反応は起こりやすい環境にあると考えられる。このため、従来の酸化剤を一括で添加する方法では、反応系内で副反応によりN−オキシル化合物の一部が分解されると考えられる。本発明の酸化剤の逐次添加方法では、反応初期において反応系内の酸化剤の量が少ないために、副反応が抑えられ、結果としてN−オキシル化合物の分解が抑えられ、N−オキシル化合物の使用量が少なくても効率よく酸化セルロースを製造できたと推測される。
【0011】
(1)N−オキシル化合物
N−オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいい、本発明では、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、N−オキシル化合物として、下記一般式(式1)で示される化合物が挙げられる。
【0013】
(式1中、R
1〜R
4は同一又は異なる炭素数1〜4程度のアルキル基を示す。)
式1で示される物質のうち、2,2,6,6−テトラメチル−1−ピペリジン−N−オキシラジカル(TEMPO)は好ましい。また、下記式2〜5のいずれかで表されるN−オキシル化合物、すなわち、4−ヒドロキシTEMPOの水酸基をアルコールでエーテル化、またはカルボン酸若しくはスルホン酸でエステル化し、適度な疎水性を付与した4−ヒドロキシTEMPO誘導体、あるいは4−アミノTEMPOのアミノ基をアセチル化し、適度な疎水性を付与した4−アセトアミドTEMPOは安価であり、かつ均一な酸化セルロースを得ることができるため、好ましい。
【0015】
(式2〜4中、Rは炭素数4以下の直鎖又は分岐状炭素鎖である。)
さらに、下記式6で示されるN−オキシル化合物、すなわち、アザアダマンタン型ニトロキシラジカルは、短時間で効率よくセルロース原料を酸化でき、また、セルロース鎖の切断も起こりにくいため、好ましい。
【0017】
(式6中、R
5及びR
6は同一又は異なる水素又は炭素数1〜6の直鎖若しくは分岐鎖アルキル基を示す。)
N−オキシル化合物の使用量は、セルロース原料を酸化できる触媒量であれば特に限定されず、通常は、例えば、絶乾1gのパルプに対して、0.01〜10mmol、好ましくは0.01〜1mmol、さらに好ましくは0.01〜0.5mmol程度である。本発明では、比較的少ない量のN−オキシル化合物を用いた場合であっても、比較的短時間で効率良くセルロース原料にカルボキシル基を導入することができる。
【0018】
(2)臭化物、ヨウ化物、またはこれらの混合物 臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物、ヨウ化物またはこれらの混合物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.1〜100mmol、好ましくは0.1〜10mmol、さらに好ましくは0.5〜5mmol程度である。
【0019】
(3)酸化剤
本発明に用いられる酸化剤としては、セルロース原料の酸化反応を推進し得る酸化剤であれば、いずれの酸化剤も使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸や過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などが挙げられる。酸化セルロースの生産コストの観点からは、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが好適である。酸化剤の最終的な使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.5〜500mmol、好ましくは0.5〜50mmol、さらに好ましくは2.5〜25mmol程度である。
【0020】
(4)セルロース原料
セルロース原料とは、セルロースを主体とした様々な形態の材料をいい、パルプ(晒又は未晒木材パルプ、晒又は未晒非木材パルプ、精製リンター、ジュート、マニラ麻、ケナフ等の草本由来のパルプなど)、酢酸菌等の微生物によって生産されるセルロース等の天然セルロース、セルロースを銅アンモニア溶液、モルホリン誘導体等の何らかの溶媒に溶解した後に紡糸された再生セルロース、及び上記セルロース原料に加水分解、アルカリ加水分解、酵素分解、爆砕処理、振動ボールミル等の機械的処理等をすることによってセルロースを解重合した微細セルロースなどが例示される。
【0021】
(5)酸化反応
本発明におけるセルロース原料の酸化とは、セルロースの一級水酸基を、カルボキシル基へと酸化することをいう。酸化反応における反応温度は15〜30℃程度の室温でよい。セルロースにカルボキシル基が生成するに伴って、反応系のpH低下が認められるが、酸化反応を効率良く進行させるためには、反応系のpHを9〜12、好ましくは10〜11程度に維持することが望ましい。反応系の媒体としては、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、特に限定されないが、例えば、0.5〜6時間、好ましくは1〜5時間、さらに好ましくは1〜4時間程度である。本発明では、酸化反応が効率良く進行するため、比較的短時間でもカルボキシル基量の高い酸化セルロースを製造することができる。
【0022】
(6)酸化セルロース
本発明において酸化セルロースとは、セルロースの1級水酸基がカルボキシル基へと酸化されたセルロースをいう。酸化セルロースのカルボキシル基量は特に限定されるものではないが、酸化セルロースの質量に基づいて、0.5mmol/g以上となるように反応条件を設定することが好ましい。より好ましくはカルボキシル基量が1.0mmol/g〜3.0mmol/g、さらに好ましくは1.4mmol/g〜2.8mmol/g、特に好ましくは1.5mmol/g〜2.5mmol/gである。カルボキシル基量が上記範囲内となる酸化セルロースは、セルロースナノファイバーの原料として優れている。カルボキシル基量は、酸化反応時間、酸化反応温度、酸化反応時のpH、N−オキシル化合物、臭化物、ヨウ化物、及び酸化剤の添加量などを調整することにより調整できる。本発明では、N−オキシル化合物の使用量が少なかったり、また、比較的短時間であっても、カルボキシル基量の高い酸化セルロースを製造することができる。
【0023】
なお、酸化セルロース中のカルボキシル基量は、以下の手順で測定することができる:
酸化セルロースの0.5質量%スラリーを60ml調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出する:
カルボキシル基量〔mmol/g酸化セルロース〕= a〔ml〕× 0.05/酸化セルロース質量〔g〕。
【0024】
(7)酸化剤の逐次添加
本発明のセルロース原料の酸化方法は、(1)N−オキシル化合物、並びに(2)臭化物、ヨウ化物又はそれらの混合物を含む反応系に、セルロース原料の酸化反応中、酸化剤を一定の時間をかけて徐々に添加すること(逐次添加)を含む。本発明では、酸化剤の全量を反応系内に一括で投入するのではなく、徐々に添加する。
【0025】
酸化剤の逐次添加の方法としては、送液ポンプ等の一般的な装置を用いて一定の時間をかけながら少量ずつ添加すること(例えば、少量ずつの滴下、または所定の添加速度での連続添加など)、または複数回に分けて通常の方法で少量ずつ添加すること等が挙げられる。酸化剤の添加速度は酸化反応を促進できる範囲で選択できる。例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.01〜50mmol/分、好ましくは0.05〜15mmol/分、さらに好ましくは0.1〜5mmol/分程度である。添加速度が遅すぎると、所定の添加量を添加するのに時間がかかりすぎ、また、添加速度が速すぎると、酸化剤を逐次添加することの効果が発揮されにくい。酸化剤の添加にかかる時間は、酸化剤の最終的な使用量(全量)と、添加速度とに基づいて決定される。
【0026】
なお、本発明において、酸化剤は、反応系内に一括で全量投入されるのではなく、徐々に添加されればよく、添加速度は必ずしも反応時間全体を通して一定でなくてもよい。また、酸化剤の逐次添加に先立って、酸化剤の最終的な使用量(全量)の一部(例えば10%程度の量)を、反応系内に予め添加しておいてもよい。
【実施例】
【0027】
次に実施例に基づき、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0028】
[実施例1]
針葉樹由来の漂白済み未叩解パルプ(日本製紙)5g(絶乾)を、TEMPO(東京化成)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム(和光純薬)756mg(7.35mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。ここに次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬)2.3mmolを水溶液の形態で加え、次いで、次亜塩素酸ナトリウムをパルプ1g当たり0.23mmol/分の添加速度となるように送液ポンプを用いて徐々に添加し、パルプの酸化を行った。次亜塩素酸ナトリウムの全添加量が22.5mmolとなるまで添加を継続した。反応中は系内のpHは低下するが、3N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。水酸化ナトリウム水溶液を添加し始めてから(すなわち、酸化反応が開始されてpHの低下が見られた時点から)、添加を終了するまで(すなわち、酸化反応が終了してpHの低下が見られなくなった時点まで)の時間を反応時間とした。反応後の液をガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。
【0029】
[実施例2]
針葉樹由来の漂白済み未叩解パルプ(日本製紙)5g(絶乾)を、TEMPO(東京化成)20mg(0.125mmol)と臭化ナトリウム(和光純薬)356mg(3.75mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。ここに次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬)2.3mmolを水溶液の形態で加え、次いで、次亜塩素酸ナトリウムをパルプ1g当たり0.45mmol/分の添加速度となるように送液ポンプを用いて徐々に添加し、パルプの酸化を行った。次亜塩素酸ナトリウムの全添加量が22.5mmolとなるまで添加を継続した。反応中は系内のpHは低下するが、3N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。実施例1と同様にして反応時間を計測した。反応後の液をガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。
【0030】
[実施例3]
次亜塩素酸ナトリウムの添加速度をパルプ1g当たり0.08mmol/分に変更した以外は、実施例2と同様にして、酸化処理したパルプを得た。
【0031】
[実施例4]
次亜塩素酸ナトリウムの添加速度をパルプ1g当たり2.06mmol/分に変更した以外は、実施例2と同様にして、酸化処理したパルプを得た。
【0032】
[実施例5]
次亜塩素酸ナトリウムの添加速度をパルプ1g当たり10.10mmol/分に変更した以外は、実施例2と同様にして、酸化処理したパルプを得た。
【0033】
[比較例1]
針葉樹由来の漂白済み未叩解パルプ(日本製紙)5g(絶乾)を、TEMPO(東京化成)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム(和光純薬)756mg(7.35mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。ここに次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬)22.5mmolを水溶液の形態で一括で添加し、パルプの酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、3N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。実施例1と同様にして反応時間を計測した。反応後の液をガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。
【0034】
[比較例2]
一括で添加する次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬)の量を32.5mmolに変更した以外は、比較例1と同様にして、酸化処理したパルプを得た。
【0035】
[比較例3]
針葉樹由来の漂白済み未叩解パルプ(日本製紙)5g(絶乾)をTEMPO(東京化成)59mg(0.375mmol)と臭化ナトリウム(和光純薬)356mg(3.75mmol)を溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで攪拌した。ここに次亜塩素酸ナトリウム(和光純薬)32.5mmolを水溶液の形態で一括で添加し、パルプの酸化反応を開始した。反応中は系内のpHは低下するが、3N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。実施例1と同様にして反応時間を計測した。反応後の液をガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することで酸化処理したパルプを得た。
【0036】
(酸化処理したパルプのカルボキシル基量の測定)
酸化パルプのカルボキシル基量は、上述した通り、次の方法で測定した:
酸化パルプの0.5質量%スラリーを60ml調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出した:
カルボキシル基量〔mmol/g酸化パルプ〕= a〔ml〕× 0.05/酸化パルプ質量〔g〕。
【0037】
(酸化処理したパルプの回収率の測定)
酸化パルプの回収率は下式を用いて算出した:
Y=(Wr*S/100)/Wp*100
Y;回収率(%)、Wr;回収した酸化パルプのスラリーの質量(g)、S;回収した酸化パルプのスラリーの固形分(%)、Wp;仕込みパルプ絶乾質量(g)。
【0038】
【表1】
【0039】
表から明らかなように、同触媒量で比較した場合(実施例1、比較例1)、逐次添加法(実施例1)ではより多くのカルボキシル基が導入でき、また、酸化パルプの回収率も高かった。比較例2では、次亜塩素酸ナトリウムの添加量を増やすことでカルボキシル基量を増やすことはできたが実施例1には及ばず、実施例1に比べて反応時間も長くなり、回収率も低かった。また、同反応時間で比較した場合(実施例2、比較例3)、逐次添加法(実施例2)ではN−オキシル化合物(TEMPO)の使用量が少なくてもより多くのカルボキシル基を導入でき、また、酸化パルプの回収率も高かった。酸化剤の添加速度を変えた場合(実施例3、4、5)についても、少ないN−オキシル化合物の使用量で比較例と同程度のカルボキシル基を導入でき、また、高い酸化パルプの回収率を達成することができた。