【課題】 製造時の初期欠陥および燃料電池運転環境下で進展する電解質膜の劣化を精度よく診断することを可能とする燃料電池、その診断方法、及び運転方法を提供すること。
【解決手段】 水素イオン電導性の高分子電解質膜を酸化剤極と燃料極により挟持した燃料電池単位セルを複数積層し、当該単位セルの間に酸化剤流路及び燃料流路を有する電気伝導性セパレータを挿入して締結してなる積層体を有する燃料電池。前記積層体は、第1の測定条件で測定された単位セルの水素リーク電流と、前記第1の測定条件よりも前記高分子電解質膜の含水率が低くなるように設定された第2の測定条件で測定された単位セルの水素リーク電流とを比較し、第2の測定条件で測定された水素リーク電流<第1の測定条件で測定された水素リーク電流となる単位セルを積層してなることを特徴とする。
水素イオン電導性の高分子電解質膜を酸化剤極と燃料極により挟持した燃料電池単位セルを複数積層し、当該単位セルの間に酸化剤流路及び燃料流路を有する電気伝導性セパレータを挿入して締結してなる積層体を有する燃料電池であって、前記積層体は、第1の測定条件で測定された単位セルの水素リーク電流と、前記第1の測定条件よりも前記高分子電解質膜の含水率が低くなるように設定された第2の測定条件で測定された単位セルの水素リーク電流とを比較し、第2の測定条件で測定された水素リーク電流<第1の測定条件で測定された水素リーク電流となる単位セルを積層してなることを特徴とする燃料電池。
前記第1の測定条件は、前記酸化剤極及び燃料極のいずれか一方に相対湿度90%以上に加湿された不活性ガスを、他方に相対湿度90%以上に加湿された水素ガスを供給する条件であり、前記第2の測定条件は、前記酸素極及び燃料極のいずれか一方に相対湿度50%以下に加湿された不活性ガスを、他方に相対湿度50%以下に加湿された水素ガスを供給する条件であることを特徴とする燃料電池。
前記水素リーク電流は前記積層体もしくは単位セルに一定の変化速度の三角波状の電位を印加した際の電流応答から算出することを特徴とする請求項1または2に記載の燃料電池。
水素イオン電導性の高分子電解質膜を酸化剤極と燃料極により挟持した燃料電池単位セルを複数積層し、当該単位セルの間に酸化剤流路及び燃料流路を有する電気伝導性セパレータを挿入して締結してなる積層体を有する燃料電池の診断方法であって、第1の測定条件で測定された水素リーク電流と、前記第1の測定条件よりも前記高分子電解質膜の含水率が低くなるように設定された第2の測定条件で測定された水素リーク電流とを比較することにより、前記高分子電解質膜の健全性を診断すること特徴とする燃料電池の診断方法。
前記第1の測定条件は、前記酸化剤極及び燃料極のいずれか一方に相対湿度90%以上に加湿された不活性ガスを、他方に相対湿度90%以上に加湿された水素ガスを供給する条件であり、前記第2の測定条件は、前記酸素極及び燃料極のいずれか一方に相対湿度50%以下に加湿された不活性ガスを、他方に相対湿度50%以下に加湿された水素ガスを供給する条件であることを特徴とする請求項5に記載の燃料電池の診断方法。
前記水素リーク電流は前記積層体もしくは単位セルに一定の変化速度の三角波状の電位を印加した際の電流応答から算出することを特徴とする請求項5または6に記載の燃料電池の診断方法。
前記燃料電池の運転前および運転開始後の所定の時期に、前記第1の測定条件で測定された水素リーク電流と前記第2の測定条件で測定された水素リーク電流を比較して、前記高分子電解質膜の健全性を診断することを特徴とする請求項5〜8のいずれかに記載の燃料電池の診断方法。
請求項9に記載の燃料電池の診断方法において、前記第2の測定条件で測定された水素リーク電流<前記第1の測定条件で測定された水素リーク電流である場合に、当該燃料電池の運転を継続することを特徴とする燃料電池の運転方法。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は酸化剤(例えば空気)と燃料(例えば水素を含む混合ガス)を電気化学的に反応させることにより発電するエネルギ変換装置であって、高効率で環境負荷の少ない発電装置として近年脚光を浴びており、性能向上、コスト低減そして高耐久化のための研究・開発が活発に進められている。
【0003】
燃料電池本体は電解質膜(例えば固体高分子膜)を酸化剤極(カソード)と燃料極(アノード)で挟持してなる単位セルから構成され、所要の電圧を得るために多数の単位セルを電気的に直列に接続して積層し、両端から締付けた積層電池として用いられる。積層電池に反応ガスや冷却水の取合いや電力の取出しタップ、計装線等を取り付けたものを燃料電池スタックと称する。
【0004】
燃料電池発電システムの普及には耐久性の向上が必須であり、そのためには燃料電池スタックの寿命向上が極めて重要である。燃料電池スタックの寿命向上には、性能劣化の抑制と構造健全性の維持が必要である。性能劣化の抑制には、主に、反応促進のために酸化剤極及び燃料極の表面に設けられた触媒層に於ける触媒活性低下、物質移動低下、抵抗増加の抑制等が必要であり、一方、構造健全性の維持に最も重要なのが、電解質膜におけるシール性の維持である。
【0005】
電解質膜は、イオン伝導とともに燃料ガスと酸化剤ガスの混合を防止する機能を担っているため厚さが数μm〜数十μmの高分子樹脂膜でありながら、酸素・水素の存在下で60℃〜80℃において10年間の耐久性が期待されている。また、単位セルはプレス工程等によって製作されるが、その過程において電解質膜に微小な損傷を与える可能性もある。
【0006】
電解質膜はまた、燃料電池の運転環境下で用いられていることに起因するストレスに晒されており、これが劣化を加速する。劣化を加速するストレスの1つが化学劣化と呼ばれるもので、触媒反応の副生物である過酸化水素が分解して発生したヒドロキシラジカルによって樹脂の分子が攻撃されて分解することにより、薄膜化や脆化を生じることである。劣化を加速するストレスのもう1つは、機械的劣化と呼ばれるもので、湿度変化・温度変化等によって膜に機械的なストレスが加わることにより、欠陥や破断を生じるものである。通常、電解質には両方のストレスが同時に加わることで劣化が加速され、電解質を貫通するガスリークが増大する。さらに、燃料極へリークする酸素が増加することにより、上記化学劣化がさらに加速される。前述のように、初期に欠陥がある場合にはさらに寿命を縮めることになる。
【0007】
このようにしてガスリークが増加すると、発電性能の著しい低下やシステム内の熱・物質のアンバランスを生じて、発電が困難になる。
【0008】
したがって、製造品質および運転管理の両方の観点から電解質膜を貫通するガスリーク増大の兆候を感度良く検出することが望ましい。また、感度の良い評価手法を得ることは、製品の運用だけでなく開発段階における電解質膜のスクリーニングや耐久性評価を効率的に行う点でも重要である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施形態1に係る燃料電池の初期欠陥診断方法を説明する図。
【
図2】実施形態1に係る燃料電池の初期欠陥診断方法に基づく印加電圧のプロファイルおよび測定される水素リーク電流を示す特性図。
【
図3】実施形態1に係る燃料電池の初期欠陥診断方法に基づく単位セル製造時の水素リーク電流の差を示す特性図。
【
図4】実施形態1に係る燃料電池の初期欠陥診断方法における健全膜の内部状態を示す模式図。
【
図5】実施形態1に係る燃料電池の高分子電解質薄膜における相対湿度と電解質膜の含水率との関係を示す特性図。
【
図6】実施形態1に係る燃料電池の初期欠陥診断方法における初期欠陥膜の内部状態を示す模式図。
【
図7】実施形態1に係る燃料電池の高分子電解質薄膜における相対湿度と電解質膜の水体積比との関係を示す特性図。
【
図8】実施形態1に係る燃料電池の高分子電解質薄膜における相対湿度と電解質膜の水体積比の変化率との関係を示す特性図。
【
図9】実施形態1に係る燃料電池の高分子電解質薄膜における相対湿度と飽和加湿状態を基準とした電解質膜の収縮量との関係を示す特性図。
【
図10】実施形態1に係る燃料電池の高分子電解質薄膜における相対湿度と収縮に伴う電解質膜の内部拘束力との関係を示す特性図。
【
図11】健全な単位セルおよび製造時に欠陥を生じた単位セルについて、第1の条件および第2の条件での水素リーク電流を比較して示す特性図。
【
図12】実施形態2に適用される燃料電池スタックを示す図。
【
図13】実施形態2に係る燃料電池の診断方法の結果を示す特性図。
【
図14】実施形態2に係る燃料電池の診断方法における劣化膜の内部状態を示す模式図。
【
図15】3種類の劣化サンプルについて、第1の条件および第2の条件での水素リーク電流を比較して示す特性図。
【
図16】
図15に示す劣化サンプルにさらに劣化を進めたサンプルについて、第1の条件および第2の条件で測定した水素リーク電流を縦軸に、疲労試験回数を横軸に示した特性図。
【
図17】公知文献におけるガス透過速度と相対湿度との関係を示す特性図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、実施形態に係る燃料電池およびその診断方法について、図面を参照して説明する。
【0014】
(実施形態1)
図1は、本実施形態に係る燃料電池の初期欠陥診断方法を説明する図であり、
図2は、本実施形態に係る燃料電池の初期欠陥診断方法に基づく印加電圧のプロファイルおよび測定される水素リーク電流を示す。また、
図3は、本実施形態に係る燃料電池の初期欠陥診断方法に基づく単位セル製造時の水素リーク電流の差を示す。
【0015】
まず、本実施形態の診断方法を実施するための装置構成について以下に説明する。
【0016】
図1は、試料セル1の電解質膜2の貫通ガスリーク量を測定するための装置構成を示す図である。試料セル1は、電解質膜2を酸化剤極3及び燃料極4により挟持してなる単位セルである。
図1に示すように、酸化剤極3に窒素ガスを、燃料極4に水素ガスをそれぞれ導入する。窒素ガスは、窒素ガス供給源5から、遮断弁6、減圧弁7、マスフローコントローラー8、及び加湿器9を経て、酸化剤極3へ導入される。水素ガスは、水素ガス供給源10から、遮断弁11、減圧弁12、マスフローコントローラー13、及び加湿器14を経て燃料極4へ導入される。
【0017】
本実施形態においては、不活性ガスとして窒素ガスを用いているが、窒素ガスのほかに、アルゴンガスあるいはヘリウムガス等を用いても良い。また、本実施形態では純水素を用いているが、純水素を不活性ガス、例えば窒素で希釈したガスを用いても良い。
【0018】
試料セル1の酸化剤極3には電位ピン15a,15bが、燃料極4には電位ピン16a,16bがそれぞれ設けられている。電位ピン15a,16aは電位測定用子として用いられポテンショスタット18の電位制御部(左側)に、電位ピン15b,16bは通電用端子として用いられ電流測定部(右側)に、それぞれ接続されている。
図1には試料セル1として単位セルが示してあるが、電位ピンを有するものであれば電池スタックにも適用することができる。
【0019】
加湿器9および加湿器14は温水との直接接触式の加湿器であり、各々に温水が導入されており、加湿器出口のガスの露点が目標値と一致するように温水の温度が制御されている。
【0020】
試料セル1にはヒータ19が設けられ、セルの温度が制御されている。試料セル1に供給される窒素ガスおよび水素ガスの試料セル1の入口における相対湿度は、下記式によって定義される。
【0021】
相対湿度
=加湿器出口の露点における飽和蒸気圧/供試体セル1の温度における飽和蒸気圧
次に、本実施形態に係る診断試験の手順について説明する。
【0022】
試料セル1に水素ガスおよび窒素ガスを供給しながら、セル温度および加湿器の露点を所定値に設定する。本実施形態ではセル温度として80℃を用いているが、一貫性をもって他の温度で実施しても良い。
【0023】
本実施形態では2水準のガス相対湿度で測定を行う。第1の条件は相対湿度100%であり、加湿器9,14の出口の露点を試料セル1の温度と同じ80℃とする。第2の条件は相対湿度42%であり、加湿器9,14の出口の露点を60℃とする。
【0024】
第1の条件の相対湿度は90%以上、第2の条件の相対湿度は50%以下、特に40〜50%であれば良く、また後述するように試料セルに使用されている電解質膜の含水特性の変曲点の位置にもとづいて定めれば良い。
【0025】
第1の条件での測定と第2の条件での測定では、露点が静定したのを確認した後、1時間程度保持している。
【0026】
次に、水素リーク電流を測定する手順について説明する。
【0027】
本実施形態の診断方法では、ポテンショスタット18を用いて試料セルの電位ピン15a,16a電位差を一定値に保持し、電位ピン15b,16bを流れる電流を計測する。接続に際して水素流通側の極(燃料極4)の電位ピン16a,16bをポテンショスタット18のマイナス側に、窒素流通側の極(酸化剤極3)の電位ピン15a,15bをポテンショスタット18のプラス側にそれぞれ接続し、
図2に示す電位プロファイル20のように電位を印加する。
【0028】
本実施形態では、印加電圧のランプレートを100mV/s、保持電圧を0.45Vとした。電流は、
図2に示す電流プロファイル21におけるように、触媒からの水素脱離および電気二重層の充電に伴う変動を示した後、一定値に静定する。この収束値を水素リーク電流として読み取る。
【0029】
本実施形態では、印加電圧をランプ入力した後、一定電位で保持し、定常電流である水素リーク電流を検出したが、その代わりにスイープレートを0.5mV/s以下として三角波状の電位を印加し、その際の電流応答から水素リーク電流を算出してもよい。
【0030】
次に、本実施形態の診断方法における、水素リーク電流の評価方法について説明する。
【0031】
図3は、健全な単位セルと製造時に欠陥を生じた単位セルについて、本実施形態の診断方法を用い、42%RH(第2の条件)で測定した水素リーク電流から100%RH(第1の条件)で測定した水素リーク電流を差し引いた差を示したものである。本実施形態に係る診断方法においては、差が負値をとっている健全な単位セルのみが健全性を保持していると判断できる。
【0032】
次に、本実施形態に係る診断方法の作用とその原理について説明する。
【0033】
図4は、電解質膜内部における水素分子およびプロトンの移動経路を示す模式図である。健全な電解質膜において、高加湿下(条件1)では、(a)に示すように、プロトンおよび水中に溶解している水素分子は親水性クラスタ部22を通り移動する。これにより、健全な状態にあっても、僅かながら膜を貫通する水素分子(水素ガス)が存在する。一方、疎水部23を透過する水素分子も存在するがその量は少ないと考えられている。
【0034】
低加湿下(条件2)において、含水量が減少すると、(b)に示すように、親水性クラスタ部22が縮小するためプロトンおよび水素分子の移動路が縮小し、水素ガスのリーク量が減少するとともにプロトンの移動抵抗が増加する。また、親水性クラスタ部22が収縮するため、その外側の疎水部23に内部応力24が加わる。電解質膜を構成するポリマーが健全であればこの内部応力24による拘束力が加わっても、疎水部23に欠陥が生じることはない。
【0035】
本実施形態で用いられている、パーフルオロスルホン酸系の電解質膜においては、膜表面の湿度(相対湿度)と膜内部の含水量(含水率λ:含まれている水分子とスルホン基の比率)の関係は、
図5に示すとおりである。
図5に示すように、膜表面の湿度の増加とともに、膜内部の含水率λは増加し、特に湿度が90%以上では急激に増加している。本実施形態に採用されている以外のパーフルオロスルホン酸系の電解質膜においてもほぼ同様であることが確かめられている。したがって、試料セル1へ供給するガスの湿度を制御することにより、試料セル1の電解質膜2内部の親水性クラスタ部分22の大きさを変化させることができる。
【0036】
このように、健全セルの場合、高加湿(第1の条件)での水素リーク電流と低加湿(第2の条件)での水素リーク電流とを比較すると、第2の条件での水素リーク電流の方が小さくなる。
【0037】
次に、製造プロセス等で初期欠陥を生じた電解質膜内部における水素分子およびプロトンの移動経路を示す模式図を
図6に示す。この状態で本実施形態による診断を行った場合、高加湿下(第1の条件)での水素リーク電流は、(a)に示すように、疎水部23の欠陥25の存在により増加する。低加湿下(第2の条件)では、(b)に示すように、親水性クラスタ部22の縮小により親水部を通過する水素分子は減少するものの、親水性クラスタ部22の収縮に伴って疎水部23の構造に加わる内部応力24により、疎水部23の欠陥25が拡大し、疎水部23を通過する水素分子が大きく増加する。
【0038】
したがって、初期欠陥を有するセルの場合、高加湿(第1の条件)での水素リーク電流と低加湿(第2の条件)での水素リーク電流とを比較すると、健全セルとは逆に第2の条件での水素リーク電流の方が大きくなる。
【0039】
以上のように、加湿レベルの異なる点で測定した水素リーク電流の差を用いて診断を行うことで、初期欠陥を検出することができる。
【0040】
以上の診断方法における適切な加湿レベルは、試料セル1の電解質膜の吸水特性、すなわち
図5に示す湿度と膜内部の含水率λから定めることができる。
図5に示す関係およびスルホン基の含有量の尺度である等価質量EW、及び密度から、親水性クラスタの体積比率は、下記式(1)、(2)、(3)に示すように推定される。
【数1】
【数2】
【数3】
【0041】
親水性クラスタの体積比率と湿度の関係を
図7に、相対湿度に対する微係数の変化を
図8にそれぞれ示す。
【0042】
診断に用いる二つの加湿条件については、以下を考慮して定めている。
【0043】
(1)湿度に対する親水性クラスタの変化が大きい範囲であること。
【0044】
(疎水部に加わる内部応力の差が十分大きくなること)
(2)測定に支障のない程度のプロトン伝導性を維持できる親水性クラスタサイズを維持すること。
【0045】
本実施形態では、親水性クラスタの体積比率(
図7)とその相対湿度に対する微係数の変化(
図8)から、十分なプロトン伝導度を確保できる40%RH以上で、感度が大きくなる変曲点よりも大きい点として42%RHを第2の条件、親水クラスタ体積比率のもっとも大きくなる100%RHを第1の条件とした。
【0046】
参考として、親水性クラスタの体積変化に伴う親水性クラスタ部の収縮量(
図9)と収縮に伴う拘束力(内部応力)(
図10)の推定も併せて行い、第1の条件と第2の条件で内部応力に有意な相違がつけられることを見出した。
【0047】
本実施形態では、第1の条件として100%RH、第2の条件として42%RHを採用しているが、水素ガス透過量と相対湿度にみられる関係、たとえば、文献「固体高分子形燃料電池の劣化機構解析と劣化現象の解明」燃料電池基盤技術研究懇話会・燃料電池実用化推進協議会編(平成21年1月、p16)(
図17に示す)において、正常な電解質膜では50%RH以下では水素の透過量はほぼ一定であり、それに対して、90%RHでの水素の透過量は有意に大きいことから、第1の条件として90%RH以上、第2の条件として50%RH以下を採用しても同等の検出感度が得られることがわかる。なお、
図17は、ナフィオン112中の水素及び酸素の透過速度の湿度依存性を示している。
【0048】
図11は、健全な単位セルおよび製造時に欠陥を生じた単位セルについて、100%RH(第1の条件)および42%RH(第2の条件)での水素リーク電流を比較して示したものである。
図11には初期正常値のばらつきの上限レベルも図示してある。
【0049】
従来は第1の条件あるいは第2の条件のいずれか一方での水素リーク電流の値のみで燃料電池の劣化を判断していたが、その方法では、例えば
図11に示す場合では、第1の条件では両者とも正常、第2の条件でもばらつきの範囲内とみなされことになる。
【0050】
これに対し、本実施形態の診断方法では、健全品では、第1の条件下での水素リーク電流よりも第2の条件下での水素リーク電流が低いため、劣化なしと診断され、初期欠陥品では、第1の条件下での水素リーク電流よりも第2の条件下での水素リーク電流が高いため、劣化ありと診断することができ、検出感度を上げることができる。
【0051】
(実施形態2)
次に、第2の実施形態について、以下に説明する。第1の実施形態が初期品質の向上に資するものであるのに対し、第2の実施形態は、運転に伴う劣化に対する検出感度の向上に資するものである。
【0052】
本実施形態の構成は基本的に第1の実施形態と同様であり、測定系の系統図も
図1に示す通りである。第1の実施形態では単位セル1を対象としているが、第2の実施形態では単位セルだけでなく
図12に示すように、燃料電池スタックに適用することも可能である。
【0053】
即ち、燃料電池スタックに組み込まれた1つの単位セルの電位ピン15a,15bをポテンショスタット18のプラス側に、電位ピン16a,16bをポテンショスタット18のマイナス側にそれぞれ接続し、
図2に示す電位プロファイル20に示すように電位を印加し、リーク電流を測定する。
【0054】
また、第1の実施形態ではヒータ19によって温度制御を実施しているが、本実施形態では、冷却プレートに温水を循環させることによって温度を制御しても良い。また、電位の印加方法および水素リーク電流の測定方法は第1の実施形態と同様である。
【0055】
次に、本実施形態の診断方法における、水素リーク電流を用いた劣化評価方法について説明する。
【0056】
図13は、劣化度の異なる3種類の劣化サンプル1〜3について、本実施形態による診断方法の結果を示す図である。即ち、各劣化サンプルについて、42%RH(第2の条件)で測定した水素リーク電流から100%RH(第1の条件)で測定した水素リーク電流を差し引いた差を示したものである。
【0057】
劣化サンプル1〜3は、予め開路電圧保持試験を実施し、化学的ストレスを与えた後、乾湿サイクルを与えて機械的ストレスを与えたものである。劣化程度の違いは疲労試験回数の相違による。本実施形態に係る診断方法においては、
図13においてリーク電流の差が負の値をとっている劣化サンプル1のみが健全性を保持しているものと判断できる。
【0058】
燃料電池の運転環境下で劣化した電解質膜内部における水素分子およびプロトンの移動経路を示す模式図を
図14に示す。燃料電池の運転環境下で劣化した電解質膜では、ポリマーの化学的劣化による減耗による厚さの減少、疎水部23での欠陥25の発生、弾力の低下(脆化)が進行する。この状態で本実施形態による診断を行った場合、高加湿下(第1の条件)での水素リーク電流は、(a)に示すように、厚さの減少と疎水部23の欠陥25の存在により増加する。低加湿下(第2の条件)では、(b)に示すように、親水性クラスタ部分22の縮小により親水部22を通過する水素分子は減少するものの、親水性クラスタ部分22の収縮に伴って疎水部23の構造に加わる内部応力24により、組織の脆化とあいまって、疎水部23の欠陥25が拡大し、疎水部23を通過する水素分子が大幅に増加する。
【0059】
図15は、前記の3種類の劣化サンプル1〜3について、100%RH(第1の条件)および42%RH(第2の条件)での水素リーク電流を比較して示したものである。
図15には運転に適さないと判断される判定レベルと初期正常値のばらつきの上限レベルも図示してある。
【0060】
また、
図16は、
図15に示した劣化サンプル1〜3にさらに劣化を進めたサンプルについて、第1の条件および第2の条件で測定した水素リーク電流を縦軸に、疲労試験回数を横軸に示したものである。
【0061】
従来は第1の条件あるいは第2の条件のいずれか一方における水素リーク電流の値のみで判断していたが、その方法では、例えば
図16に示す場合では、第1の条件ではすべての劣化サンプルが正常、第2の条件では劣化サンプル3は劣化が認められるものの、劣化サンプル2についてはばらつきの範囲内とみなされことになる。
【0062】
これに対し、本実施形態の診断方法では、劣化サンプル1では、第1の条件下での水素リーク電流よりも第2の条件下での水素リーク電流が低いため、劣化なしと診断され、劣化サンプル2及び劣化サンプル3では、第1の条件下での水素リーク電流よりも第2の条件下での水素リーク電流が高いため、劣化ありと診断することができ、検出感度を上げることができる。
【0063】
以上のように、本実施形態に係る診断方法により、燃料電池運転環境下における特異的な電解質膜の劣化の兆候を早期に検出することが可能となり、現地での製品の運用の効率化と開発段階における電解質膜のスクリーニングや耐久性評価の効率化を図ることができ、これによって燃料電池の商品価値の向上に寄与することができる。
【0064】
以上、本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。