【実施例】
【0038】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0039】
実施例1:サラシア・オブロンガ由来の本発明抽出物の製造
インド最南部東側のタミールナダで自生しているサラシア・オブロンガの根部を平成22年に採取し、自然乾燥させておいた。当該乾燥根部を粗切りした後、7質量倍の50v/v%エタノール水溶液に時々振り混ぜつつ常温で5時間浸した。その後、濾過により固形分を除去した。得られた固形分に対して、同様の抽出操作をさらに2回繰り返した。各抽出液を混ぜ合わせ、45℃以下で減圧濃縮し、サラシア・オブロンガの根部抽出物を得た。使用したサラシア・オブロンガ乾燥根部に対する抽出収率は20質量%であった。抽出物中のマンギフェリン含有量をHPLC定量法(Huang et al.,Diabetes obesity & Metabolism,2008,10,pp.574-585)に準じて測定すると、2.1質量%であった。
【0040】
実施例2:動物実験
(1) 血漿中脂質などの測定
体重210〜230gの雄性Sprague−Dawleyラットを、室温21±1℃、湿度55±5%、12時間毎に明暗を切り替えた飼育室で、固形飼料と水を自由に摂取させつつ1週間予備飼育した。次いで、24匹のラットを任意に6匹ずつ4グループに分けた。第1群(水対照群)には水のみを与えた。第2群(果糖対照群)には、水の代わりに10%果糖水を与えた。第3群(果糖+本発明抽出物5mg/kg投与群)には、果糖水に加えて上記実施例1の本発明抽出物5mg/kgを経口投与した。第4群(果糖+本発明抽出物20mg/kg投与群)には、果糖水に加えて上記実施例1の本発明抽出物20mg/kgを経口投与した。本発明抽出物は、5質量%アラビアゴム水溶液に懸濁し、10週間にわたり1日1回強制的に経口投与した。第1群と第2群には、5質量%アラビアゴム水溶液のみ経口投与した。ストレスを避け、より精密に果糖の摂取を監視するため、1つのゲージで飼育するラットは2匹ずつとした。固形飼料と水または果糖水は、自由に摂取させた。飼育中、水または果糖水と飼料の摂取量を毎日測定した。果糖の摂取量がほぼ一定になるように、前3日間における果糖対照群の果糖摂取量データをもとに、3日間に一度、第3群と第4群に与える果糖水の濃度を微調整した。70日目に絶食させたが、水(第1群)と果糖水(第2〜4群)は一晩自由に摂取させた。
【0041】
次いで、血液サンプルをエーテル麻酔のもと採取した。血液サンプルから血漿を分離し、総コレステロール濃度、中性脂肪濃度、遊離脂肪酸(NEFA)濃度、グルコース濃度およびインスリン濃度を、以下のキットを用いて測定した。
総コレステロール濃度 − Kexin Institute of Biotechnology,Shanghai,China製キット
中性脂肪濃度 − Wako,Osaka,Japan製「Triglycerid-E kit」
遊離脂肪酸(NEFA)濃度 − Wako,Osaka,Japan製「NEFA-C kit」
グルコース濃度 − Kexin Institute of Biotechnology,Shanghai,China製キット
インスリン濃度 − Morinaga Biochemical Industries,Tokyo,Japan製キット
【0042】
上記測定後、各ラットの体重を直ちに測定した。さらに屠殺し、肝臓を取り出して重量を測定した。重量測定後、肝臓切片を液体窒素で凍結し、遺伝子の発現と中性脂肪量の測定まで−80℃で保存した。
【0043】
また、肝臓中の中性脂肪を以下のとおり測定した。肝組織100mgを採取し、ホモジナイズ後、イソプロピルアルコール2mLで抽出した。得られた抽出液を3,000rpmで遠心分離し、前記測定キットを使って上清に含まれる中性脂肪量を測定した。
【0044】
まず、各群の果糖総摂取量、飼料総摂取量および体重変化を
図1に示す。果糖総摂取量を
図1Aに、飼料総摂取量を
図1Bに、体重変化を
図1Cに示す。また、
図1中、「*」は、分散分析(ANOVA)において果糖投与群に対してp<0.05で有意差がある場合を示し、「SOR」は実施例1で調製したサラシア・オブロンガ抽出物を示す。
【0045】
図1の結果のとおり、果糖の総摂取量はいずれの群にも差異が認められなかった。飼料に関しては、第1群(水対照群)より、果糖を摂取した群で摂取量の減少が見られたが、第2〜4群間での差異は認められなかった。体重に関しては、群間の差異は認められなかった。
【0046】
また、採取した血液サンプルに関して、血漿中の総コレステロール濃度を
図2A、中性脂肪濃度を
図2B、NEFA濃度を
図2C、グルコース濃度を
図2D、インスリン濃度を
図2Eに示す。なお、
図2中、「*」は、分散分析(ANOVA)において果糖投与群に対してp<0.05で有意差がある場合を示す。
【0047】
図2の結果のとおり、血漿中の総コレステロール濃度、中性脂肪濃度、グルコース濃度およびインスリン濃度は、果糖の摂取により水対照群(水のみ摂取)に対して有意に上昇した。一方、NEFA濃度に関しては対照群よりも低下した。本発明抽出物(SOR)の投与は、血漿中の総コレステロール濃度、中性脂肪濃度、グルコース濃度およびインスリン濃度の何れに対しても大きく影響を与えなかった。
【0048】
実験開始から70日目に摘出した肝臓に関して、肝重量を
図3A、肝重量/体重比を
図3B、総コレステロール量を
図3C、中性脂肪量を
図3Dに示す。なお、
図3中、「*」は、分散分析(ANOVA)において果糖投与群に対してp<0.05で有意差がある場合を示す。
【0049】
図3の結果のとおり、果糖の投与は肝臓中総コレステロール量に大きく影響を与えなかったが、肝重量/体重比の値は有意に上昇した。肝臓中中性脂肪量は対照群に対して3倍の値を示し、顕著に上昇した。それに対して本発明抽出物(SOR)の投与により、肝重量、肝重量/体重比および肝臓中総コレステロール量に関して有意差は出なかったが、本発明抽出物20mg/kgの経口投与により肝臓中中性脂肪量が顕著に低下した。
【0050】
(2) 組織観察
上記で得られた肝切片を10%ホルマリン液で固定し、パラフィンに包埋し、3μm片にカットした。ヘマトキシリン・エオジン染色し、正立型研究用システム顕微鏡(オリンパス社製,BX−51)を用いて肝臓組織の形状を観察した。肝組織の拡大写真を
図4に示す。
【0051】
図4(B)のとおり、水のみ投与した対照群(
図4(A))に比して、果糖を負荷した場合、肝細胞内に脂質が蓄積し、空洞化が観察された。本発明抽出物20mg/kgを経口投与した場合、
図3(D)で肝臓中中性脂肪量の減少が測定されたのと一致して、
図4(C)のとおり、空洞化箇所が減少された。
【0052】
さらに、肝切片中の油滴量を定量するために、6μmの凍結切片をオイルレッドO染色した。3切片の40分野の中から分析するものをランダムに選び、オイルレッドO染色面積および全組織を画像解析ソフトウェア(NIH社製,ImageJ 1.43)を用いて測定した。オイルレッドO染色した肝切片像を
図5(A)〜(C)に、染色面積の定量値のグラフを
図5(D)に示す。なお、
図5における「*」は分散分析(ANOVA)においてp<0.05で有意差がある場合を示す。
【0053】
図5(A)〜(C)と
図5(D)からも、果糖を負荷した場合には肝組織中に脂肪滴が蓄積されることが観察された。また、果糖の摂取により水対照群(水のみ摂取)に対してオイルレッドO染色面積が有意に増加した。本発明抽出物20mg/kgを経口投与した場合、
図5(C)および
図5(D)のとおり、果糖によるオイルレッドO染色面積が有意に減少された。
【0054】
(3) リアルタイムPCR
RNA抽出用試薬(Takara社製,TRIzol(登録商標))を使い、肝臓から総RNAを抽出した。得られた総RNAから、M−MLV RTase cDNAシステムキットを用いてcDNAを合成した。得られたcDNA、CFX96リアルタイムPCR検出システム(Bio−rad Laboratories社製,Hercules,CA,USA)およびリアルタイムPCR専用試薬(タカラバイオ社製,SYBR(登録商標)PremixEX TaqTMII)を用い、リアルタイムPCRを行った。使用したプライマーの配列を表1に示す。なお、各サンプルの遺伝子発現は2回行い、対照のβ−actinに対して標準化した。結果を
図6と
図7に示す。
図6の(A)はSREBP−1c、(B)はFAS、(C)はACC−1、(D)はSCD−1の結果を示す。また、
図7の(A)はChREBP、(B)はLPK、(C)はPPAR−γ、PPAR−α、CPT−1a、ACOおよびCD36の結果を示す。
【0055】
【表1】
【0056】
SREBP−1/1cは、肝臓脂質合成を制御する主要な転写因子である。FAS、ACC−1およびSCD−1は、SREBP−1c−応答性の脂質合成酵素である。より詳しくは、FASは細胞がアポトーシスを開始するシグナル伝達のリガンドとなる脂肪酸合成酵素である。ACC−1は肝臓や脂肪組織など脂質合成を行う臓器に発現する酵素である。SCD−1は不飽和脂肪酸生合成酵素の一つである。ChREBPは解糖系・脂質合成系の合成酵素の遺伝子発現を促進する糖質応答転写因子である。LPKはChREBPの標的遺伝子であり、肝臓にある解糖系でピルビン酸とATP(アデノシン三リン酸)を合成する酵素である。PPARは細胞の核内に存在するホルモン受容体タンパク質の一種であり、PPAR−γは脂肪合成や免疫応答に、PPAR−αは肝臓における脂質代謝に関係していると考えられる。CPT−1a、ACO、CD36をコードする遺伝子は、PPARの標的となる。CPT−1aはミトコンドリアの膜タンパク質である。ACOは脂肪酸代謝、α−リノレン酸代謝酵素の一つである。CD36は脂肪細胞やマクロファージ、肝細胞などの細胞の表面に存在する膜タンパク質である。
図6と
図7のとおり、水対照群(水のみ投与)に比して、果糖を負荷した場合、SREBP−1c、FAS、ACC−1およびSCD−1は過度に発現している。果糖対照群(果糖のみ投与)と比較すると、遺伝子の発現に伴うmRNAは、第4群(果糖+本発明抽出物20mg/kg投与群)でSREBP−1/1c、FAS、ACC−1およびSCD−1が有意に低減されている。それに対し、ChREBP、LPK、PPAR−γ、PPAR−α、CPT−1a、ACOおよびCD36の発現に関しては作用しなかった。これらの結果が示唆するのは、肝臓のSREBP−1cが本発明抽出物の重要な分子標的であり、本発明抽出物によりSREBP−1c遺伝子の過度な発現が阻害されるということである。
【0057】
(4) ウェスタンブロット解析
本発明抽出物によるSREBP−1遺伝子の発現抑制作用を確認するために、ウェスタンブロットでタンパク質の発現を検討した。核タンパク質を、NE-PER nuclear and cytoplasmic extraction reagent kit(Pierce Biotechnology,Roskford,IL,USA)を用いて肝臓からそれぞれ抽出した。タンパク質濃度を、ウシ血清アルブミンを標準として用いて、Bradford法(Bio-rad Laboratories社製,Hercules,CA,USA)で求めた。また、核タンパク質(30μg)につき、10%ゲル上でSDS−PAGE分析を行った。得られたゲル上のタンパク質をポリフッ化ビニリデン膜(Amersham,Buckinghamshire,UK)に電子移動させた。SREBP−1c(dilution 1:200,Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA,USA)、ChREBP(dilution 1:1000,Novus Biologicals,Littleton,CO,USA)、SCD−1(dilution 1:200,Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA,USA)は、ヤギポリクローナル抗体とウサギポリクローナル抗体を用いてそれぞれ検出した。
【0058】
標的とする各タンパク質のシグナルの検出は、二次抗体として抗ヤギおよび抗ウサギの西洋ワサビペルオキシダーゼ結合IgG抗体(dilution 1:5,000,Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA,USA)を用い、ECLウェスタンブロット検出キット(Pierce Biotechnology,Roskford,IL,USA)で検出した。ポリクローナウサギラミンAおよびC抗体(dilution 1:1000,cell Signaling Technologies,Beverly,MA,USA)を、核のSREBP−1cおよびChREBPタンパク質に関して得られた信号を標準化するコントロールを読み込むために用いた。核のSREBP−1と核のChREBPについては、対照のラミニンA/C(dilution 1:1000,Cell Signaling Technologies,Beverly,MA,USA)に対して標準化した。但し、SCD−1については、β−Actin(dilution 1:1000,Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz,CA,USA)に対して標準化した。免疫反応性バンドはオートラジオグラフィーを用いて可視化し、密度はImageJ 1.43. Levelsを用いて定量し、水のみを与えたラットに任意の1の値を割り当てた。結果を
図8に示す。
図8の(A)は核のSREBP−1の発現、(B)はSCD−1量の発現、(C)は核のChREBPの発現を示す。
【0059】
水のみに比して、果糖は、肝臓細胞核のSREBP−1、SCD−1および核のChREBPの発現を刺激した。本発明抽出物20mg/kgは果糖により核のSREBP−1およびSCD−1の過度な発現を有意に低減させた。しかしながら、核のChREBPの過度な発現に対しては有意な影響を与えなかった。
【0060】
これらの結果により、果糖由来の脂肪肝改善において、本発明抽出物の重要な分子標的となるのが肝臓の脂質合成転写因子SREBP−1cをコードする遺伝子であることを見出した。また、本発明抽出物にはSREBP−1cの遺伝子の過剰発現を抑制する効果が見出されたことから、脂肪肝をはじめとするメタボリック・シンドロームに対応したSREBP−1c遺伝子発現を抑制することに由来する、合成の医薬品にも天然物にも従来全く認められなかった新規メカニズムの薬剤であることが明らかとなった。