【課題】バネ材を外側に広げようとする力が強力な場合や、その力が繰り返し加わった場合であっても、炭素繊維間の剥離が生じるのを抑制することができるコイルバネを提供することを目的としている。
【解決手段】軸孔及び螺旋溝が設けられた円筒状の炭素繊維強化炭素複合材料製のコイルバネであって、前記炭素繊維強化炭素複合材料は、前記軸孔の方向と垂直をなす水平方向の一方向に並べて延設された第一の炭素繊維群と、前記第一の炭素繊維群の延設方向と水平方向に30°以上90°以下の角度をなして水平方向の一方向に延設された第二の炭素繊維群とを含み、且つ、前記第一の炭素繊維群と前記第二の炭素繊維群とが複数積層されると共に、積層された炭素繊維群の層間に炭素質マトリックスが設けられていることを特徴とする。
前記2つの炭素繊維群の層間における少なくとも一部の層間に、炭素繊維フェルト層が設けられ、前記炭素繊維フェルトの炭素繊維の一部が前記炭素繊維群を貫通している、請求項1又は2に記載のコイルバネ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、軸孔及び螺旋溝が設けられた円筒状のC/Cコンポジット製のコイルバネであって、前記C/Cコンポジットは、前記軸孔の方向と垂直をなす水平方向の一方向に並べて延設された第一の炭素繊維群と、前記第一の炭素繊維群の延設方向と水平方向に30°以上90°以下の角度をなして水平方向の一方向に延設された第二の炭素繊維群とを含み、且つ、前記第一の炭素繊維群と前記第二の炭素繊維群とが複数積層されると共に、積層された炭素繊維群の層間に炭素質マトリックスが設けられていることを特徴とする。
【0011】
炭素質マトリックスにより積層された炭素繊維群が一体化(強固に固定)されると共に、第一の炭素繊維群の延設方向と第二の炭素繊維群の延設方向とがなす角度が30°以上90°以下であれば、少なくとも一方の炭素繊維群では当該外側に広げようとする力の全部が、剥離が生じる方向に加わらない(少なくとも一部の力は炭素繊維群の延設方向〔剥離を抑制する方向〕に加わる)ので、剥離が生じるのを抑制することができる。
【0012】
具体的には、以下の通りである。
図1に示すように、炭素繊維群が一方方向に延設されている場合に、例えば点Aで応力Fが加わると、応力Fの方向は炭素繊維の延設方向と平行な方向であるため、炭素繊維間の剥離は生じない(点Aの近傍〔例えば、点A´〕でも略同様である。但し、点A´では、炭素繊維の延設方向と直角方向に若干の分力が生じる)。しかしながら、例えば点Bで応力Fが加わると、応力Fの方向は炭素繊維の延設方向と直角方向であるため、炭素繊維間の剥離が生じ易くなる(点Bの近傍〔例えば、点B´〕でも略同様である。但し、点B´では、炭素繊維の延設方向と直角方向に若干の分力が生じる、即ち、炭素繊維の延設方向と直角方向に働く力が、点Bよりも若干小さくなる)。尚、
図1において、1は軸孔、3はコイルバネである。
【0013】
そこで、
図2に示すように、炭素繊維が一方方向に延設されている第一の炭素繊維群4と、この第一の炭素繊維群4の炭素繊維と所定の角度(
図2の場合は90°)を成すように炭素繊維が延設されている第二の炭素繊維群5とを複数積層し、積層された炭素繊維群の層間に炭素質マトリックスを設けたものに、
図3に示すように、軸孔1及び螺旋溝(図示せず)を設けてコイルバネ3を形成する。このような構造のコイルバネ3であれば、炭素繊維群4、5のうち少なくとも一方の炭素繊維群では、コイルバネを外側に広げようとする力(応力F)の全部が、剥離が生じる方向に加わらない(少なくとも一部の力は炭素繊維群の延設方向〔剥離を抑制する方向〕に加わる)。
【0014】
例えば、A点における第一の炭素繊維群4では、
図4に示すように、炭素繊維間の剥離が生じる方向に応力Fが働くが、A点における第二の炭素繊維群5では、
図5に示すように、炭素繊維間の剥離が生じる方向に応力Fが働かない。また、B点における第二の炭素繊維群5では、
図5に示すように、炭素繊維間の剥離が生じる方向に応力Fが働くが、B点における第一の炭素繊維群4では、
図4に示すように、炭素繊維間の剥離が生じる方向に応力Fが働かない。
【0015】
そして、積層された炭素繊維群の層間には炭素質マトリックスが設けられて、炭素質マトリックスにより積層された炭素繊維群が一体化(隣接する炭素繊維群間は強固に固定)されている。したがって、隣接する炭素繊維群のうち少なくとも一方の炭素繊維群において、バネ材を外側に広げようとする力(応力F)の全部が、剥離が生じる方向に加わらなければ、両炭素繊維群において、炭素繊維間の剥離が生じ難くなる。
【0016】
ここで、第一の炭素繊維群4の延設方向と第二の炭素繊維群5の延設方向とがなす角度とは、
図6に示すように、角度θが90°の場合、及び、
図7に示すように、角度θが鋭角の場合をいい、
図7に示す角度θ´ように、鈍角の場合は含まない(例えば、第一の炭素繊維群4の延設方向と第二の炭素繊維群5の延設方向とがなす角度が110°の場合、180°―110°=70°の場合と同一視できるからである)。
【0017】
また、第一の炭素繊維群の延設方向と第二の炭素繊維群の延設方向とがなす角度を30°以上に規制するのは、以下に示す理由による。
図8に示すように、第一の炭素繊維群4の延設方向と第二の炭素繊維群5の延設方向とがなす角度θが30°の場合、A点でどのような力が加わるかについて述べる。第一の炭素繊維群4では、
図4で示したように、バネ材を外側に広げようとする力(応力F)の全部が、剥離が生じる方向に加わる。一方、第二の炭素繊維群5では、
図9及び
図10に示すように、バネ材を外側に広げようとする力(応力F)は、剥離が生じる方向の力(分力F
2)と、第二の炭素繊維群5の延設方向〔剥離を抑制する方向〕の力(分力F
1)とに分けられる。具体的には、分力F
1=F×sin30°=(1/2)Fとなり、分力F
2=F×cos30°=(√3/2)Fとなる。
【0018】
そして、角度θが30°より小さくなると、分力F
1は(1/2)Fより小さくなる一方、分力F
2は(√3/2)Fより大きくなる。このように、角度θが小さくなり過ぎると、剥離が生じる方向の力(分力F
2)が大きくなる一方、炭素繊維群の延設方向の力(分力F
1)が小さくなるため、第一の炭素繊維群4の延設方向と第二の炭素繊維群5の延設方向とを異ならしめる意義が小さくなるからである。
【0019】
上記説明では、炭素繊維群として1Dクロスを例に説明したが、後述するように、炭素繊維群として2Dクロス(織布)を用いても良い。一方向に延設される炭素繊維群(1Dクロス)には、PAN系、ピッチ系またはレーヨン系等の炭素繊維を用いることができる。1Dクロスは、ナイロン等により炭素繊維間が接合されていることにより、布状の状態を保持できる。1Dクロス中に炭素質マトリックスを形成する際には、フェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を含浸させてプリプレグとしてから積層する方法と、1Dクロスを積層させてからフェノール樹脂を含浸させる方法とがあるが、前者の方法(プリプレグ)の方が含浸ムラを生じ難いので、製法として好ましい。
【0020】
また、所望する厚みのC/Cコンポジットを得るには、炭素繊維群を適宜の層数重ねれば良いが、この場合の重ね方としては、第一の炭素繊維群と第二の炭素繊維群とを交互に積層するのが好ましい。また1Dクロスを用いる場合は、第一の炭素繊維群の延設方向と第二の炭素繊維群の延設方向とがなす角度は、60°以上、特に80°以上としておくのが好ましく、その中でも90°としておくのが最も好ましい。
【0021】
前記第一の炭素繊維群と前記第二の炭素繊維群とが織布として一体化されていることが望ましい。
2つの炭素繊維群が織布として一体化されていることで、炭素質マトリックスが含浸された際に、炭素繊維群の層間の接着力が一層高められ、更に剥離を抑制することができる。
尚、織布の場合には、
図11に示すように、一方の炭素繊維10の集合体により第一の炭素繊維群4を構成し、他方の炭素繊維11の集合体により第二の炭素繊維群5を構成する。また、炭素繊維群を織布として用いる場合、例えば6000本の炭素繊維を束とした炭素繊維ロービングを平織り、綾織り、朱子織り等した適宜の織物が使用できる。織布を用いる場合でも、第一の炭素繊維群の延設方向と第二の炭素繊維群の延設方向とがなす角度は、直角又はそれに近い角度としておくのが好ましい。
【0022】
前記2つの炭素繊維群の層間における少なくとも一部の層間に、炭素繊維フェルト層が設けられ、前記炭素繊維フェルトの炭素繊維の一部が前記炭素繊維群を貫通していることが望ましい。
炭素繊維フェルト層は繊維方向がランダムであり、あらゆる方向からの応力に対抗することが可能となるので、剥離を一層抑制することができる。また、炭素繊維フェルト層は炭素繊維群を貫通しているため、炭素繊維群と一体化されることで、炭素繊維フェルト層と炭素繊維群との固定強度が高められ、更に剥離を抑制することができる。よって、コイルバネの耐久性が向上する。
【0023】
尚、繊維層間を繊維が貫通している構造のC/Cコンポジットとしては、上述の炭素繊維群の間に炭素繊維フェルト層を配しニードルパンチなどの手法により炭素繊維群間にフェルトを貫通させた2.5DC/Cコンポジットが挙げられる。しかし、繊維層間を繊維が貫通している構造のC/Cコンポジットは2.5Dに限定されるものではなく、3次元編み物である3DC/Cコンポジットであっても良い。但し、上記2.5DC/Cコンポジットの方が繊維の体積分率を上げやすく、しかも弾性率などの機械的特性に優れたものが得やすいため、2.5DC/Cコンポジットを用いる方が特に好ましい。
【0024】
前記炭素質マトリックスの少なくとも一部が気相熱分解炭素により構成されていることが望ましい。
炭素質マトリックスの少なくとも一部が気相熱分解炭素からなることで、材料としての緻密化が図られ、コイルバネの特性として重視される物理的な剛性を高めることができる。また、気相熱分解炭素は形成量の調整が容易であり、これによって容易にバネ定数を調整することが可能となるため、生産面での利点が大きい。
【0025】
尚、上記炭素質マトリックス(気相熱分解炭素に限らない)の原料としては、熱硬化性樹脂、ピッチ、炭化水素ガス等を適宜用いることができ、公知の方法によりこれら原料を炭化して炭素質マトリックスとすればよい。
特に、炭化水素ガスを気相中で熱分解させるCVD法(化学的気相沈積法)により、少なくとも一部の炭素マトリックスを構築した場合には、気相で発生した炭素を直接C/Cコンポジット上に沈積することができるため、緻密かつ機械的特性に優れたC/Cコンポジットが得られるため好ましい。
【0026】
但し、CVD法による炭素は表面近傍に多く沈積する傾向があり、内部は低密度になりがちである。しかし、特定の条件下でのCVD法はCVI法(化学的気相含浸法)とよばれ、表面近傍だけでなく材料の内部も炭素を沈積、緻密化することができる。したがって、コイルバネ形状に加工後、CVI法により緻密化すれば、特に優れた機械的特性のコイルバネを得ることができる。
尚、これら緻密化による密度向上は、コイルバネの耐久性やバネ定数に大きな影響を与える。緻密化の程度は、上記処理方法の違いのみならず、前記ピッチや熱硬化性樹脂の含浸回数、或いは、CVD法もしくはCVI法における処理時間を変化させることによってもコントロールすることが可能である。
【0027】
かさ密度が1.4Mg/m
3以上であることが望ましい。
かさ密度が1.4Mg/m
3未満となるとバネ定数が非常に低くなって、耐久性が著しく低下するため、コイルバネとしての機能を損なうことがあるが、1.4Mg/m
3以上であれば、このような不都合が発生するのを抑制できる。このようなことを考慮すれば、かさ密度は1.5Mg/m
3以上、特に1.6Mg/m
3以上であることが望ましい。このように規制すれば、バネ定数が高く、耐久性に優れたコイルバネを提供することができる。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
炭素繊維群の原料として、PAN系炭素繊維の平織クロス(東レ(株)製のトレカT−300 6Kであって、第一の炭素繊維群と第二の炭素繊維群とが織布として一体化された炭素繊維織布〔2Dクロス〕)を用いた。先ず、この炭素繊維織布にフェノール樹脂(液状)を浸漬、含浸させた後、絞りローラにて樹脂量を調整し、70℃に加熱したオーブン中で乾燥させて、プリプレグシートを得た。次いで、このプリプレグシートを裁断、積層した後、熱圧プレスにて200℃、50kg/cm
2の力で成形し、繊維含有率約50%の成形体を得た。この後、この成形体を、昇温速度10℃/hrにて1000℃まで焼成して、焼成体を得た。
【0029】
しかる後、上記焼成体に、更にピッチ含浸を行い、電気炉で窒素注入しながら10℃/hrの昇温で1000℃まで昇温し焼成を行った。このようなピッチ含浸、焼成工程を2回繰り返して緻密化した後、不活性ガス雰囲気下、2000℃で高温処理することによりC/Cコンポジットを得た。
【0030】
最後に、上記C/Cコンポジットを切削加工することにより、
図12に示すような軸孔1と螺旋溝2とを有するコイルバネ3を作製した。
このようにして作製したコイルバネを、以下、コイルバネA1と称する。
尚、上記コイルバネA1は外径50mm、内径20mm、自由長40mmで、かさ密度は1.58Mg/m
3、バネ定数は34N/mmであった。
【0031】
(実施例2)
上記実施例1で得たコイルバネA1に、温度が約1000℃で、圧力が約1.3kPaの条件下、水素とプロパンとの混合気流中(水素とプロパンとの体積比は、約90:10となっている)に約100時間保持した。これにより、マトリックス成分である気相熱分解炭素を沈積させてコイルバネを作製した。
このようにして作製したコイルバネを、以下、コイルバネA2と称する。
上記コイルバネA2のかさ密度は1.65Mg/m
3、バネ定数は54N/mmであった。
【0032】
尚、上記コイルバネA2の外径、内径、自由長は上記コイルバネA1と同様である。また、後述のコイルバネA3、Z1、Z2においても、各コイルバネの外径、内径、自由長は上記コイルバネA1と同様である。
【0033】
(実施例3)
実施例1で用いた平織クロスを炭素繊維群として用い、炭素繊維フェルトとしてPAN系炭素繊維が約25mmにカットされ炭素繊維がランダムに配向した1mm厚のフェルト材(かさ密度:約0.1Mg/m
3)を用いた。先ず、上記平織クロスと上記炭素繊維フェルトとを交互に積層して積層体を作製した後、この積層体に、逆とげを有する針を全層に平均約2mm間隔で貫通させて、各層を結合し、2.5Dプリフォームを得た。次に、上記実施例2と同条件で100時間処理し、気相熱分解炭素を沈積させてC/Cコンポジットを得た。最後に、上記C/Cコンポジットを上記実施例1と同じ形状に切削加工し、再度実施例2と同条件で100時間処理を行って、気相熱分解炭素を沈積させてコイルバネを作製した。
このようにして作製したコイルバネを、以下、コイルバネA3と称する。
上記コイルバネA3のかさ密度は1.69Mg/m
3、バネ定数は27N/mmであった。
【0034】
(比較例1)
6000本の炭素繊維からなるトウを10本集め、60,000本とした後、フェノール樹脂(液状)に含浸し、フィラメントワインディング法により直径10mmの円筒状シャフト上に巻き付けて、約200℃の条件で硬化し、繊維含有率約50%の筒状の成形体を得た。この成形体を実施例1と同条件で焼成、含浸緻密化、高温処理した後、切削加工により実施例1と同一形状に加工して、コイルバネを作製した。
このようにして作製したコイルバネを、以下、コイルバネZ1と称する。
上記コイルバネZ1のかさ密度は1.58Mg/m
3、バネ定数は12N/mmであった。
【0035】
(比較例2)
上記コイルバネZ1に、実施例2と同条件で気相熱分解炭素を沈積させてコイルバネを作製した。
このようにして作製したコイルバネを、以下、コイルバネZ2と称する。
上記コイルバネZ2のかさ密度は1.65Mg/m
3、バネ定数は48N/mmであった。
【0036】
(実験)
上記コイルバネA1〜A3、Z1、Z2について、軸孔方向に15kgfの荷重をかけた状態で1200℃、5時間静置する加圧・加熱試験を行い、試験前のバネ定数と試験後のバネ定数、及び、試験後のコイルバネの外観を調べたので、それらの結果を下記表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
コイルバネZ1では、試験後に剥離による破壊が生じ、また、コイルバネZ2では、外観上の変化はないものの、バネ定数が大きく低下した。尚、コイルバネZ2でバネ定数が大きく低下したのは、外観状の変化はないものの、コイルバネの内部で微細な剥離が生じたことに起因するものと考えられる。
これに対して、コイルバネA1、A2で、試験後にバネ定数が若干低下しているだけであり、また、コイルバネA3では、試験後でもバネ定数は低下していなかった。また、コイルバネA1〜A3では、外観上の変化もなかった。