【解決手段】本発明に係る非加熱食肉製品の製造方法は、肉塊を、食塩、塩化カリウム又はこれらの組み合わせである塩分を15重量%以上の濃度で含有する水溶液である塩漬液に121〜240時間浸漬する塩漬工程1と、塩漬工程1後の肉塊を72〜264時間熟成させる熟成工程1とを少なくとも含む。
【背景技術】
【0002】
近年、食文化の発達に伴い、優れた食味を有する生ハムが嗜好されるようになってきた。従来からの生ハム製法には、肉塊を塩漬する方法として乾塩漬法と湿塩漬法とがある。
【0003】
乾塩漬法では食塩等を含む混合物を肉塊に直接擦りこみ、水分活性が低下するまでタンク中で保存し、その後乾燥、燻煙処理などを行う。乾塩漬法では、肉塊に対して前記混合物を均等に接触させるために塩漬工程においてタンク中の肉塊を手作業で並べ替え(手返し)する必要があった。このように、乾塩漬法は手間が多くかかるため工業的な規模での実施には適さないという問題があった。
【0004】
一方、湿塩漬法は、食塩等の塩分を含む水溶液(塩漬液)中に肉塊を浸漬させた状態で水分活性が低下するまで保存し、その後乾燥、燻煙処理などを行う方法である。湿塩漬法では乾塩漬法における上記の問題がなく工業的利用に適している。しかしながら湿塩漬法を用いた場合であっても、1つの肉塊内での各部位での塩濃度と水分活性を均一にすることは難しい。肉塊内での塩濃度のばらつきを抑制するための手段として種々の技術が従来から提案されているが、いずれも満足できるものではなかった。
【0005】
例えば特許文献1では、生ハムを製造するに当たり、生ハム原料肉塊の湿塩漬終了点を塩漬液の塩分濃度の変化で評価し、その後所定の溶液に浸漬することによって肉塊内部の部位による塩分濃度のバラツキの縮小を促進させる、あるいはそのまま放置することによって肉塊内部の部位による塩分濃度のバラツキを縮小させることを特徴とする生ハムの製造方法が開示されている。この方法は、生ハム原料肉塊の湿塩漬終了点を塩漬け液の塩分濃度の変化で評価するという煩雑な工程を含むという問題がある。
【0006】
特許文献2では、塩分濃度の均一化のために、塩漬後の肉塊を半透膜で包装し、包装後それを浸透圧の高い脱水溶液に浸漬することにより脱水を行う、という生ハム様食品の製造方法が開示されている。また、特許文献3では、高食塩濃度で塩漬した豚原科肉の塩抜きを食塩濃度1〜4%の塩水の循環で行うことを特徴とする生ハムの製造方法が開示されている。特許文献4では、豚肉塊と塩漬ピックルとをマッサージング機械に投入してマッサージングを行い、豚肉塊に塩漬ピックル成分を浸透させる工程に特徴がある生ハムの製造方法が開示されている。特許文献2〜4に記載の方法はいずれも複雑な工程や特殊な機器の使用を必要とし実施が容易でないという問題がある。
【0007】
また、湿塩漬法による生ハムの製造方法では塩漬の完了に時間がかかるという技術課題も従来から認識されており、そのための解決手段として種々の技術が提案されている。例えば特許文献5では、衛生的かつ短期間で生ハム類製造における塩漬処理を完了させる方法として、原料食肉を塩漬剤で塩漬処理した後、脱気包装機により真空パックして、その状態を維持することにより塩漬・熟成を施すことが開示されている。この文献では塩漬の期間として48〜96時間という非常に短い時間が記載されているが、湿塩漬法においてこのような短時間の塩漬を行ったとしても、十分な品質の生ハムを得ることは難しいと考えられる。
【0008】
一方、生ハム等の非加熱食肉製品では水分活性を0.940未満とすることにより、リステリア・モノサイトジェネスの増殖が抑制できることが報告されている(非特許文献1)。一般的な非加熱食肉製品の製造のための湿塩漬法は、原料肉塊を塩漬液に水分活性0.97未満となるまで浸漬した後、低温で燻煙し又は燻煙しないで乾燥して肉塊中の水分活性を0.95未満とする、というものであり、リステリア・モノサイトジェネスの増殖を阻止することは考慮されていなかった。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.材料
本発明において非加熱食肉製品とは、生の肉塊に塩漬および熟成を施して製造される製品を指す。原料とする生の肉塊は、ブタ、ウシ、ラム、マトン、ウマ、ニワトリ、七面鳥、鴨、ダチョウ等の畜肉の種々の部位から得ることができるが、好ましくは、ブタの肩肉、ブタのロース肉、ブタのもも肉の肉塊である。
【0021】
非加熱食肉製品は生ハム、生ベーコン、生サラミ等であることができ、好ましくは生ハムである。生ハムには、ラックスハム、骨付きハム等が包含される。ラックスハムとしては、ブタの肩肉、ブタのロース肉またはブタのもも肉の肉塊を必要に応じて整形し、塩漬および熟成(低温での燻煙処理を含む)を行ったものや、それをブロック、スライスまたはその他の形状に切断したものが挙げられる。骨付きハムとしては、ブタのもも肉の肉塊を骨付きのまま、必要に応じて整形し、塩漬および熟成(低温での燻煙処理を含む)を行ったものや、それをブロック、スライスまたはその他の形状に切断したものが挙げられる。
【0022】
原料として用いる肉塊の寸法、形状は特に限定されない。例えば豚のロース肉としては、長さ55〜65cm、最大周囲長25〜35cm、短手方向の最大幅8〜12cm程度の太い棒状の肉塊を用いることが好ましい。
【0023】
原料肉塊は凍結状態で流通されるので、解凍を行う必要があるが、この解凍は通常、塩漬工程の前に飲用適の水で流水することによって行われる。その際、解凍完了時の肉塊の温度が−1〜+8℃となるように解凍条件を調整することが好ましい。
【0024】
本発明で用いる「塩漬液」は、水中に、食塩、塩化カリウム又はこれらの組み合わせである塩分を少なくとも含有する水溶液である。塩漬液中の前記塩分の濃度(以下「塩分濃度」ということがある)は15重量%以上であり、塩分濃度の上限は特に限定されないが、通常は20重量%以下である。前記塩分は食塩、又は食塩及び塩化カリウムの組み合わせが好ましく、この場合、食塩の濃度が塩漬液の15重量%以上であることがより好ましい。
【0025】
塩漬液は砂糖類、香辛料、食品添加物を含有することができる。
砂糖類としては、砂糖、ぶどう糖、果糖、ぶどう糖果糖液糖、果糖ぶどう糖液糖、高果糖液糖、砂糖混合ぶどう糖果糖液糖、砂糖混合果糖ぶどう糖液糖、砂糖混合高果糖液糖、乳糖、麦芽糖、水あめ、還元水あめ、はちみつ等が挙げられる。砂糖類の濃度は特に限定されないが、典型的には、塩漬液全量に対して5〜40重量%とすることができる。
【0026】
食品添加物としては、調味料、結着補強剤、発色剤、酸化防止剤、甘味料、香辛料抽出物、くん液、pH調整剤等が挙げられる。
【0027】
調味料としては、好ましくは、5’−イノシン酸二ナトリウム、塩化カリウム、5’−グアニル酸二ナトリウム、L−グルタミン酸ナトリウム、コハク酸二ナトリウム、乳酸ナトリウム及び5’−リボヌクレオチド二ナトリウムのうち1種以上を使用することができ、より好ましくは、前記調味料のうち3種以下を使用することができ、更に好ましくは、5’−イノシン酸二ナトリウム、塩化カリウム、5’−グアニル酸二ナトリウム及びL−グルタミン酸ナトリウムのうち3種以下を使用することができる。
【0028】
結着補強剤としては、好ましくは、ピロリン酸四カリウム、ピロリン酸二水素二ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ポリリン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウム、メタリン酸カリウム及びメタリン酸ナトリウムのうち1種以上を使用することができ、より好ましくは、前記結着補強剤のうち3種以下を使用することができる。より好ましくは、塩漬液は結着補強剤を含まない。
【0029】
発色剤としては、好ましくは、亜硝酸ナトリウム、硝酸カリウム及び硝酸ナトリウムのうち1種以上を使用することができ、より好ましくは、前記発色剤のうち2種以下を使用することができる。塩漬剤は200ppm以上の亜硝酸ナトリウムを含むことが好ましい。更に、最終的な非加熱食肉製品1kgあたりの亜硝酸根の量が0.070g(すなわち70ppm)以下であるように、塩漬液中の亜硝酸ナトリウム濃度を適宜調整することが好ましい。
【0030】
酸化防止剤としては、好ましくは、L−アスコルビン酸、L−アスコルビン酸ナトリウム、エリソルビン酸、エリソルビン酸ナトリウム、dl−α−トコフェロール及びミックストコフェロールのうち1種以上を使用することができ、より好ましくは前記酸化防止剤のうち2種以下を使用することができ、更に好ましくは、L−アスコルビン酸ナトリウム、エリソルビン酸、エリソルビン酸ナトリウム、dl−α−トコフェロール及びミックストコフェロールのうち2種以下を使用することができる。
【0031】
甘味料としてはカンゾウ抽出物等の公知の甘味料を使用することができる。
塩漬液は好ましくはくん液を含まない。
pH調整剤としては好ましくは乳酸ナトリウム等を使用することができ、より好ましくは乳酸ナトリウム以外のpH調整剤を使用しない。
【0032】
2.各工程
次に本発明の方法の各工程について説明する。
(塩漬工程)
塩漬工程1では、原料である生の肉塊を、塩漬液に121〜240時間浸漬する。
塩漬工程2では、原料である生の肉塊を、塩漬液に、肉塊内の平均的な水分活性が0.940未満となるまで浸漬する。
【0033】
塩漬工程において生の肉塊を塩漬液に漬ける前に通常は肉塊の表面をエタノールにより殺菌する。塩漬前に肉塊を整形することができるが、その場合は、整形の前と後で肉塊の表面をエタノールで殺菌することが好ましい。
【0034】
塩漬工程において塩漬液と肉塊との比率は特に限定されないが、肉塊100重量部に対して、塩漬液が通常は50重量部以上であり、好ましくは80重量部以上であり、より好ましくは100重量部以上である。肉塊100重量部に対し塩漬液が50重量部以上であれば、容器と肉塊の形状を適切に選択する限り、肉塊を十分に塩漬液に漬けることができる。肉塊100重量部に対し塩漬液が80重量部以上であれば、肉塊を塩漬液中に浸した状態で、肉塊と塩漬液とを撹拌することが容易である。塩漬工程では肉塊に対する塩漬液の割合を高めるほど、後述する系内塩分濃度を浸漬開始時の塩漬液の塩分濃度に近づけられるとともに、肉塊から排出された水により塩漬液が希釈される影響を緩和することができる。肉塊に対する塩漬液の割合の上限は特に限定されないが、経済性及び作業性の観点も考慮して、例えば肉塊100重量部に対し塩漬液を200重量部以下とすることができる。
【0035】
塩漬工程においては、使用する肉塊と塩漬液との合計重量に対する塩漬液由来の前記塩分の割合(「系内塩分濃度」という場合がある)が6重量%以上であることが好ましく、7重量%以上であることがより好ましく、7.5重量%以上であることが更に好ましく、8重量%以上であることが最も好ましい。このとき前記塩分は食塩、又は食塩及び塩化カリウムの組み合わせが好ましく、更に、肉塊と塩漬液との合計重量に対する塩漬液由来の食塩の割合(「系内食塩濃度」という場合がある)が、系内塩分濃度について述べた前記範囲であることがより好ましい。理論的には、塩漬工程を長くするほど肉塊中の塩分濃度が系内塩分濃度に近づく。
【0036】
適切な寸法、形状の容器に塩漬液と肉塊とを仕込む。塩漬液と肉塊との混合物を適宜撹拌することができる。塩漬工程では肉塊から排出された水分により肉塊近傍の塩漬液が希釈され成分濃度が不均質となるが、撹拌により塩漬液の成分濃度を均質化することができる。撹拌は任意の手段で行うことができ、手作業で行ってもよいし、機械を用いて自動的に行ってもよい。撹拌の頻度は1日〜数日(例えば3日)に1回程度とすることができる。
【0037】
塩漬工程1では、塩漬時間は121〜240時間、より好ましくは132〜228時間、更に好ましくは144〜192時間、最も好ましくは156〜180時間とする。塩漬時間が121時間未満の場合、水分活性の低下が十分に進まず好ましくない。また塩漬時間が240時間を超えると水分活性の更なる低下は進まないうえに、浸漬時間が長くなるほど肉塊の水分値が高くなり肉塊の形状が崩れ易い傾向がある。塩漬時間が上記の範囲であれば肉塊中の水分活性を十分に低減させることが可能であるとともに、肉塊の水分値を適切な範囲に保持することができるため好ましい。更に浸漬時間を144〜192時間、好ましくは156〜180時間とすると、塩漬開始〜終了までの作業を中6日間で行うことができ1週間サイクルの作業が可能である。
塩漬工程2における塩漬時間は、好ましくは、塩漬工程1について上述した範囲である。
【0038】
塩漬工程における塩漬液の温度は2〜8℃の範囲が好ましく、2〜5℃の範囲がより好ましい。塩漬液の温度を8℃以下、好ましくは5℃以下とすることで、細菌等の有害な微生物の増殖を抑制することができるため好ましい。塩漬液の温度が低い場合、肉塊への塩分の浸透が遅くなる傾向があるが、2℃以上であれば十分に速い速度で肉塊中に塩分を浸透させることができる。肉塊内部の温度は、塩漬工程の開始直後では解凍後の温度(−1〜8℃)であるが、時間の経過とともに塩漬液の温度に近づくと考えられる。
【0039】
上記の塩漬工程後の肉塊の水分活性は、肉塊内での平均的な水分活性の値として、好ましくは0.940未満となる。肉塊中での塩分濃度は、肉塊内での平均的な塩分濃度の値として通常は5重量%以上となる。肉塊内での平均的な水分活性又は塩分の平均値を求めるためには、肉塊全体を分析試料として用いて水分活性又は塩分を求めてもよいし、肉塊のうち肉塊全体の平均的な水分活性又は塩分を反映する部位(例えば肉塊を輪切りにした部位。具体的には、肉塊が太い棒状の形状である場合には、該肉塊を、その短手方向の幅が最も大きい部分の近傍で長手方向に略垂直な方向に沿って輪切りにした部位)を分析試料として用いて水分活性又は塩分を求めてもよい。
【0040】
塩漬工程での又は塩漬工程後の肉塊の水分活性は、コンウェイユニット法(測定温度25℃)、電気抵抗式測定法(ロトロニック社製水分活性測定器使用、測定温度25℃)等の方法で測定することができる。
【0041】
本発明において塩分濃度は、肉塊の試料の水による抽出液を調製し、塩分分析計を用いて、電量滴定法により塩化物イオン量を測定して前記抽出液中の塩化物イオン量を求め、それに基づき各試料中の塩分を塩化ナトリウム量として換算して算出することにより求めることができる。抽出及び測定は室温で行う。各試料の総重量(水分を含む湿重量)に対する塩分重量(塩化ナトリウム換算)の百分率を塩分(w/w%)とする。
【0042】
(熟成工程)
熟成工程1は、塩漬工程1後の肉塊を72〜264時間熟成させる工程である。
熟成工程2は、塩漬工程2後の肉塊を、肉塊内の任意の部位の水分活性が0.940未満となるまで熟成させる工程である。
【0043】
熟成工程は、塩漬工程において肉塊中に吸収された塩分を肉塊の全体に行き渡らせることを目的とする。
熟成工程では、塩漬工程後の肉塊を適当な温度条件、例えば2℃以上の温度条件下に置くことで熟成を進行させることが好ましい。
【0044】
熟成工程1の時間は好ましくは72〜264時間、より好ましくは84〜252時間、更に好ましくは96〜192時間、更に好ましくは108〜180時間、最も好ましくは108〜156時間とする。熟成時間が72時間以上であれば、熟成期間中に塩分及び水分活性を肉塊内で十分に平均化することができる。熟成時間が264時間以内であれば、好ましくない微生物が増殖する懸念が小さい。
熟成工程2における熟成時間は、好ましくは、熟成工程1について上述した範囲である。
【0045】
本発明において熟成工程1は、塩漬工程1を経た肉塊を脱気包装して48〜240時間放置し熟成させる脱気熟成工程1を少なくとも含むことが好ましい。本発明において熟成工程2は、塩漬工程2を経た肉塊を脱気包装して熟成させる脱気熟成工程2を少なくとも含むことが好ましい。「塩漬工程1(又は2)を経た肉塊」とは、上記の塩漬工程1(又は2)を完了後他の処理を施していない肉塊と、上記の塩漬工程1(又は2)を完了後に後述する燻煙工程1(又は2)等の他の処理を適宜施した肉塊との両方を含む。
【0046】
脱気包装は、実質的に空気を透過しない包装材に、塩漬工程を経た肉塊を入れ、包装材内を脱気し、密閉することにより行うことができる。脱気の程度は特に限定されず、一般的な食品加工分野での脱気包装と同程度に包装材内の空気を排出し包装すればよい。
【0047】
脱気熟成工程では、脱気包装した状態で肉塊を放置することにより、塩分及び水分活性の肉塊内での部位間のばらつきを平均化させる。
【0048】
脱気熟成工程1において、脱気包装した状態で熟成させる時間は好ましくは48〜240時間、より好ましくは60〜228時間、更に好ましくは72〜168時間、更に好ましくは84〜156時間、最も好ましくは84〜132時間とする。脱気熟成時間が48時間以上であれば、塩分及び水分活性が肉塊内で十分に平均化することができる。脱気熟成時間が240時間以内であれば、好ましくない微生物の増殖を抑制することができる。
脱気熟成工程2の時間は、好ましくは、脱気熟成工程1について上述した範囲である。
【0049】
脱気熟成工程の温度は2〜8℃の範囲が好ましく、2〜5℃の範囲がより好ましい。脱気熟成工程での温度が2℃以上であれば十分に速い速度で肉塊内の塩分及び水分活性を均質化することができるため好ましい。一方、脱気熟成工程での温度を8℃以下、好ましくは5℃以下とすることで、細菌等の有害な微生物の増殖を抑制することができるため好ましい。
【0050】
熟成工程1は、脱気熟成工程1の前又は後に肉塊を燻煙処理する燻煙工程1を更に含むことが好ましい。同様に、熟成工程2は、脱気熟成工程2の前又は後に肉塊を燻煙処理する燻煙工程2を更に含むことが好ましい。
【0051】
燻煙処理を必ずしも施す必要はないが、燻煙処理を行う場合の温度範囲として、好ましくは5〜20℃、より好ましくは8〜20℃、最も好ましくは10〜15℃の低温である。このような低温の燻煙に肉塊を曝す時間は、目的とする風味に応じて適宜決定でき、例えば10〜120分間、好ましくは15〜90分間、最も好ましくは20〜70分間とすることができる。
【0052】
燻煙工程1は、肉塊を燻煙に曝す工程(以下「燻煙曝露工程1」と言う)に加えて、燻煙曝露工程1に先立ち肉塊を乾燥する乾燥工程1を更に含むことが一般的である。同様に燻煙工程2は、肉塊を燻煙に曝す工程(以下「燻煙曝露工程2」と言う)に加えて、燻煙曝露工程2に先立ち肉塊を乾燥する乾燥工程2を更に含むことが一般的である。乾燥工程の目的は塩漬工程後又は脱気熟成工程後の肉塊に付着した余剰水分を除去し、肉塊の表面を燻煙処理に適した状態にすることである。典型的には乾燥前の肉塊の湿重量に対して95〜99重量%程度となるまで乾燥を行う。乾燥工程は好ましくは5〜30℃、より好ましくは8〜20℃、最も好ましくは10〜15℃の温度の乾燥庫内にて肉塊を乾燥させる工程である。
【0053】
燻煙工程が乾燥工程と燻煙曝露工程とを連続して行う工程である場合、燻煙工程全体の時間(前記2工程を合わせた時間)は、例えば6〜44時間、好ましくは12〜36時間とすることができる。
【0054】
熟成工程において、燻煙工程は、脱気熟成工程の前又は後に行うことができ、より好ましくは、脱気熟成工程の前に行うことができる。燻煙工程に引き続いて肉塊を脱気包装して脱気熟成工程を行う場合、燻煙工程にて肉塊の表面から吸収された、香り成分等の燻煙由来成分が脱気熟成の期間中に肉塊全体に浸透することができ、尚且つ、脱気包装により燻煙の成分が肉塊から脱離しないために、優れた風味の最終製品を得ることができる。また、燻煙工程を行った後で脱気熟成工程を行う場合、製品が目標とする水分活性に達しているか否かの成分検査を脱気熟成工程中に行い、検査の結果水分活性が合格値に達していれば脱気包装された肉塊をそのまま凍結して非加熱食肉製品とすることができる。
【0055】
燻煙工程は、肉塊を気液透過性のケーシングに充填し、乾燥工程及び/又は燻煙曝露工程を行う庫内に吊り下げた状態で行うことが好ましい。肉塊のケーシングへの充填は、後述する実施例では、塩漬工程終了の後かつ燻煙工程の前に行っているが、これには限定せず、燻煙工程開始時までの任意の時点で行えばよい。例えば、塩漬工程の前に肉塊をケーシングに充填し、充填した状態の肉塊を用いて塩漬工程を行い、塩漬工程終了に引き続き燻煙工程を行うこともできる。熟成工程において、燻煙工程を先に行い、脱気熟成工程を後に行う場合は、燻煙工程終了後に肉塊からケーシングを剥離してから脱気包装を行うことが好ましい。このとき、肉塊からケーシングを剥離してから脱気包装用の包装材に肉塊を収容するまでの間に、肉塊の表面をエタノールを用いて殺菌することが好ましい。肉塊の充填には、非加熱食肉製品の製造に用いることができる気液透過性のケーシングを用いる。
【0056】
上記の熟成工程後の肉塊の任意の部位の水分活性は、好ましくは0.940未満となる。ここで「肉塊の任意の部位の水分活性が0.940未満」であるとは、肉塊のどの部分を分析試料として用いて水分活性を測定した場合でも、水分活性が0.940未満であることを意味する。分析試料の大きさは特に限定されないが、好ましくは、一辺1cmの立方体を少なくとも内包する大きさの試料とする。すなわち、上記の熟成工程後の肉塊では、一辺1cmの立方体を少なくとも内包する大きさの試料を肉塊のどの部分から切り出して取得したとしても、当該試料の水分活性が好ましくは0.940未満となる。
【0057】
熟成工程での又は熟成工程後の水分活性は、塩漬工程に関して説明したと同様の方法により測定することができる。ただし熟成工程においてエタノール殺菌を行う場合、エタノール殺菌後の肉塊の水分活性は、エタノールの影響を受けにくい電気抵抗式測定法(ロトロニック社製水分活性測定器使用、測定温度25℃)により測定することが好ましい。
【0058】
上記の熟成工程後の肉塊の塩分濃度は、肉塊の任意の部位の塩分濃度が、5.0重量%以上となる。ここで「肉塊の任意の部位の塩分濃度が5.0重量%以上」であるとは、肉塊のどの部分を分析試料として用いて塩分濃度を測定した場合でも、塩分濃度が5.0重量%以上であることを意味する。分析試料の大きさは特に限定されないが、好ましくは、一辺1cmの立方体を少なくとも内包する大きさの試料とすることが好ましい。すなわち、上記の熟成工程後の肉塊では、一辺1cmの立方体を少なくとも内包する大きさの試料を肉塊のどの部分から切り出して取得したとしても、当該試料の塩分濃度が5.0重量%以上となる。塩分濃度の測定法については塩漬工程に関して説明した通りである。
【0059】
熟成工程後の肉塊は非加熱食肉製品としてそのまま凍結し保存することができる。熟成工程において先に燻煙工程を行い、後に脱気熟成工程を行う場合、脱気包装された肉塊をそのまま凍結して保存することができるため好ましい。凍結保存された非加熱食肉製品は、適宜解凍し、必要に応じて適当な形状に切り出して喫食に供することができる。
【実施例】
【0060】
1.材料
1.1.豚肉原料
豚ロース肉塊(長さ:約56cm、太さ:約9cm、周囲長:約28cmの棒状のロース肉塊)を用いた。以下、この豚ロース肉塊を単に肉塊と呼ぶ場合がある。
【0061】
肉塊を赤身側から見た模式図を
図1(a)に示し、主にシルバースキンが覆う表面から見た模式図を
図1(b)に示す。
図1(a)(b)では、肉塊1のもも側端11が左に、肉塊1の肩側端12が右にそれぞれ位置するように描写した。
図1(b)ではシルバースキン13が肉塊1の表面を覆っている。なお、面A〜Fは肉塊1の長手方向に対し垂直な仮想面を指す。
【0062】
肉塊1のうち、長手方向中央よりも、もも側端部11に近い位置で、面AとBとに沿って輪切りし切り出した幅約3cmの部位を「もも全体」試料101とした。もも側端部11から面Aまでの距離は約5cmとした。
【0063】
肉塊1のうち、試料101に隣接する、面BとCとに沿って輪切りして切り出した幅約6cmの部位を、もも側各部位分析用試料102とした。もも側各部位分析用試料102からシルバースキン13を剥離した。シルバースキン13が剥離されて現れる面を面13’とした。もも側各部位分析用試料102のうち、面13’以外の表面及びその近傍の厚さ約1cmの部位を「もも表面」試料203とし、「もも表面」試料203よりも内側の厚さ約1.5cmの部位を「もも周囲」試料202とし、「もも周囲」試料202よりも内側の部位を「もも中心」試料201とした。
【0064】
肉塊1のうち、長手方向中央よりも、肩側端部12に近い位置で、面FとEとに沿って輪切りし切り出した幅約3cmの部位を「肩全体」試料104とした。肩側端部12から面Fまでの距離は約5cmとした。
【0065】
肉塊1のうち、試料104に隣接する、面EとDとに沿って輪切りして切り出した幅約6cmの部位を、肩側各部位分析用試料103とした。肩側各部位分析用試料103からシルバースキン13を剥離した。シルバースキン13が剥離されて現れる面を面13’とした。肩側各部位分析用試料103のうち、面13’以外の表面及びその近傍の厚さ約1cmの部位を「肩表面」試料303とし、「肩表面」試料303よりも内側の厚さ約1.5cmの部位を「肩周囲」試料302とし、「肩周囲」試料302よりも内側の部位を「肩中心」試料301とした。
【0066】
1.2.塩漬液
塩漬液として以下の組成のものを調整した。
【0067】
2.分析方法
2.1.水分活性
各時点での肉塊から上記の各試料を採取し、フードカッターで粉砕し水分活性の測定に用いた。各試料の水分活性は、塩漬工程終了までの試料についてはコンウェイユニット法により測定し、脱気熟成工程開始後の試料については電気抵抗式測定法(ロトロニック社製水分活性測定器使用)により測定した。水分活性の測定は25℃の温度条件で行った。
【0068】
2.2.塩分
各時点での肉塊から上記の各試料を採取し、フードカッターで粉砕し塩分の測定に用いた。各試料の水による抽出液を調製し、東亜ディーケーケー株式会社製塩分分析計SAT−210を用いて、電量滴定法(終点は電位差検出)により塩化物イオン量を測定して前記抽出液中の塩化物イオン量を求め、それに基づき各試料中の塩分を塩化ナトリウム量として換算し算出した。抽出及び測定は室温で行った。各試料の総重量(水分を含む湿重量)に対する塩分重量(塩化ナトリウム換算)の百分率を塩分(w/w%)とした。
【0069】
2.3.塩分の浸透度
塩分の浸透度(以下、単に「浸透度」と称する場合がある)は、各時点での前記各試料について、以下の算式に従い算出した。
(浸透度)(%)=(もも又は肩側の各部位の試料の塩分)/(もも又は肩側の「全体」試料の塩分)×100
塩分が各部位に浸透し部位間での塩分のばらつきが小さくなるほど、各部位の浸透度が1に近づく。
【0070】
3.生ハムの製造
[実施例1]
塩漬液は作成後一晩4.5〜5.0℃に冷却したものを用いた。
肉塊は、凍結した肉塊を解凍し−1〜8℃にしたものを用いた。
【0071】
内部空間が立方体に近い形状のタンク中に肉塊240kgと塩漬液240kgとを加え、タンクを設置した冷蔵室内の温度を4.5℃に保持して塩漬を行った。このとき、肉塊と塩漬液とを1:1の重量比で配合したため、肉塊と塩漬液との合計重量を基準とする塩漬液由来の食塩の濃度(系内食塩濃度)は8.5重量%であった。1日1回は手で撹拌を行い、肉塊から浸み出した水により部分的に希釈された塩漬液の塩濃度を均一化した。本明細書では、肉塊と塩漬液とを混合した日(塩漬開始日とする)の翌日を「1日後」、翌々日を「2日後」のように呼ぶこととする。塩漬開始から5日後、6日後、7日後はそれぞれ中4日経過後、中5日経過後、中6日経過後、に相当する。5、6、7日後に一部の肉塊を抜き取って水分活性と塩分を測定した。
【0072】
塩漬開始から7日後に以下の操作を行った。肉塊を塩漬液から引き揚げて塩漬工程を終了し、次いで気液透過性のケーシングに充填し、結さつし、12℃に温度調整した乾燥室内に一晩吊り下げて翌日まで乾燥させた(燻煙工程における乾燥工程)。
【0073】
塩漬開始から8日後に以下の操作を行った。前日開始した乾燥工程に引き続き、前記乾燥室内で12℃での低温燻煙処理を約30分間行った(燻煙工程における燻煙曝露工程)。乾燥後の肉塊の重量は乾燥前の約98%であった。燻煙曝露工程終了後、ケーシングから肉塊を取り出し、肉塊表面をエタノール殺菌し、脱気包装用バッグに肉塊を入れ、バッグ内を排気して脱気包装した。脱気包装された肉塊を4.5℃に温度調整された冷蔵室内に保存し、脱気熟成工程を開始した。
【0074】
なお本実施例では、肉塊を塩漬液から引き揚げて塩漬終了した後の、燻煙工程(ケーシングへの充填、乾燥工程、燻煙曝露工程を含む)と、脱気熟成工程とを合わせて「熟成工程」と呼ぶ。
【0075】
脱気熟成工程では、塩漬開始から9日後(熟成工程開始から中1日経過後、脱気熟成工程開始から中0日経過後)、10日後(熟成工程開始から中2日経過後、脱気熟成工程開始から中1日経過後)、12日後(熟成工程開始から中4日経過後、脱気熟成工程開始から中3日経過後)、13日後(熟成工程開始から中5日経過後、脱気熟成工程開始から中4日経過後)の各時点で肉塊試料のサンプリングを行い水分活性と塩分を測定した。
【0076】
塩漬、熟成の各時点での各部位の水分活性、塩分、浸透度の測定結果をそれぞれ
図3、4、5に示す。
【0077】
図3に示す通り、塩漬開始から7日後には「もも全体」及び「肩全体」の水分活性が0.940未満となった。ただしこの時点では水分活性、塩分ともに1つの肉塊内において部位間でのばらつきが大きかった。熟成の結果、塩漬開始から12日後(熟成工程開始から中4日経過後、脱気熟成工程開始から中3日経過後)までに部位間でのばらつきが小さくなり、且つ、どの部位でも水分活性が0.940未満となることが確認された。なお、
図3、4に示すデータにおいて、時間の経過にも関わらず水分活性が上昇、或いは塩分が低下する場合が含まれる理由は、各時点での分析を、異なる肉塊から採取した試料を用いて行っており、個々の肉塊間で寸法等のばらつきがあるためだと考えられる。