【解決手段】ピーク期間Tp中のピーク電流Ipc及びベース期間Tb中のベース電流Ibcを1パルス周期とする溶接電流Iwを通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、ピーク期間Tp中の溶接電圧Vwが基準電圧値Vth以上となる修正期間Tk中は、ピーク電流Ipcを減少値だけ減少させ、かつ、ベース電流Ibcを増加値だけ増加させる。上記の減少値は溶接ワイヤの単位長抵抗値に基づいて設定される。これにより、ピーク電流Ipcが減少するので、溶接ワイヤの異常加熱を抑制してアーク長が急速に長くなる現象の発生を抑制することができる。
溶接ワイヤを送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とする溶接電流を通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記ピーク期間中の溶接電圧が予め定めた基準電圧値以上になったときは、前記ピーク電流を予め定めた減少値だけ減少させ、かつ、前記ベース電流を予め定めた増加値だけ増加させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。
アーク長制御が周波数変調制御であるときは、前記増加値は、前記ピーク電流を減少させている期間中の前記パルス周期の平均値と前記ピーク電流を減少させていない期間中の前記パルス周期の平均値との差が所定値未満になるように設定される、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
アーク長制御がパルス幅変調制御であるときは、前記増加値は、前記ピーク電流を減少させている期間中の前記ピーク期間の平均値と前記ピーク電流を減少させていない期間中の前記ピーク期間の平均値との差が所定値未満になるように設定される、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【背景技術】
【0002】
溶接ワイヤを一定の速度で送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするパルス波形の溶接電流を通電してアークを発生させて溶接する消耗電極式パルスアーク溶接方法が広く使用されている。このパルスアーク溶接方法は、鉄鋼、ステンレス鋼、アルミニウム等の種々の金属材料に対して、スパッタ発生量の少ない高品質の溶接を高効率に行うことができる。
【0003】
図5は、消耗電極式パルスアーク溶接における定常溶接期間中の電流・電圧波形図である。同図(A)はアークを通電する溶接電流Iwの波形を示し、同図(B)は溶接ワイヤと母材との間に印加する溶接電圧Vwの波形を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0004】
時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、傾斜を有して立上り、溶滴を形成し移行させるために臨界値以上の定常ピーク電流値に設定されたピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、傾斜を有して立上り、アーク長に比例したピーク電圧Vpが印加する。時刻t2〜t3のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、傾斜を有して立下り、溶滴を形成しないために臨界値未満の定常ベース電流値に設定されたベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、傾斜を有して立下り、アーク長に比例したベース電圧Vbが印加する。時刻t1〜t3を1パルス周期Tfとして繰り返して溶接が行われる。
【0005】
溶接ワイヤがステンレス鋼用の直径1.2mmのメタル系コアードワイヤである場合の各波形パラメータは、例えば以下のようになる。ピーク電流Ip=450A、立上りを含むピーク期間Tp=2.0ms、パルス周期Tf=3.0〜10.0ms、ベース電流Ib=50A、立上り期間及び立下り期間=0.5msとなる。
【0006】
ピーク期間Tp中は、溶接ワイヤの先端が溶融されて溶滴が成長すると共に、溶滴の上部にピンチ力によるくびれが次第に形成される。そして、時刻t2にベース期間Tbに入り、溶接電流Iwが立ち下ってベース電流Ibに収束した後の時刻t21において、溶滴が溶融池に移行する。この移行時には、溶滴が細長く伸びた形状になり溶融池と接触する場合があり、このときに短時間(多くは0.2ms未満)の短絡が発生する。したがって、同図(B)に示すように、時刻t21において、溶接電圧Vwが数Vとなり、短絡が発生している。同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、短絡が発生した時刻t21から所定時間後に増加し、短絡が終了する時刻t22に通常値に戻る。所定時間は0.1ms程度である。溶接電流Iwを増加させる理由は、早期に短絡を解除してアーク発生状態に戻すためである。
【0007】
パルスアーク溶接を含む消耗電極式アーク溶接では、溶接中のアーク長を適正値に維持することが良好な溶接品質を得るために重要である。このアーク長制御は、以下のように行われる。同図(B)に示す溶接電圧の平均値Vavは平均アーク長に略比例する。このために、溶接電圧平均値Vavを検出し、この溶接電圧平均値Vavが適正な平均アーク長に相当する値に設定された溶接電圧設定値Vr(図示は省略)と等しくなるように、上記のパルス周期Tf(周波数変調制御)又はピーク期間Tp(パルス幅変調制御)をフィードバック制御によって変化させている。
【0008】
周波数変調制御では、ピーク期間Tp、ピーク電流Ip及びベース電流Ibが波形パラメータとなり、所定値に設定される。そして、パルス周期Tf(ベース期間Tb)がフィードバック制御される。
【0009】
パルス幅変調制御では、ピーク電流Ip、パルス周期Tf及びベース電流Ibが波形パラメータとなり、所定値に設定される。そして、ピーク期間(パルス幅)Tpがフィードバック制御される。
【0010】
上記の溶接電圧平均値Vavは、溶接電圧Vwを検出してローパスフィルタ(カットオフ周波数1〜10Hz程度)に通すことによって検出される。
【0011】
各変調制御において、波形パラメータは、1パルス周期中に1つの溶滴が移行するいわゆる1パルス周期1溶滴移行状態になるように適正値に設定される。
【0012】
特許文献1の発明では、パルスアーク溶接において、アーク発生から所定期間中は、ピーク電流の傾きを本溶接時に比べて緩める。これにより、アークスタート時の磁気吹きを抑制することで、アーク切れを抑制することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
パルスアーク溶接において、アークスタート後の過渡期間中に、アーク長が突然急速に長くなり、溶接状態が不安定になる現象がときどき発生する。そして、アーク長が非常に長くなるために、アーク切れ又は給電チップへの溶着に至る場合もある。このアーク長が急速に長くなる現象は、アークスタート後の過渡期間中に発生することが多いが、定常溶接期間中にも発生する場合がある。
【0015】
そこで、本発明では、アーク長が突然急速に長くなる現象を抑制して、安定した溶接状態にすることができるパルスアーク溶接の出力制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
溶接ワイヤを送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とする溶接電流を通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記ピーク期間中の溶接電圧が予め定めた基準電圧値以上になったときは、前記ピーク電流を予め定めた減少値だけ減少させ、かつ、前記ベース電流を予め定めた増加値だけ増加させる、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0017】
請求項2の発明は、前記減少値は、前記溶接ワイヤの単位長抵抗値に基づいて設定される、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0018】
請求項3の発明は、アーク長制御が周波数変調制御であるときは、前記増加値は、前記ピーク電流を減少させている期間中の前記パルス周期の平均値と前記ピーク電流を減少させていない期間中の前記パルス周期の平均値との差が所定値未満になるように設定される、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0019】
請求項4の発明は、アーク長制御がパルス幅変調制御であるときは、前記増加値は、前記ピーク電流を減少させている期間中の前記ピーク期間の平均値と前記ピーク電流を減少させていない期間中の前記ピーク期間の平均値との差が所定値未満になるように設定される、
ことを特徴とする請求項1又は2記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0020】
請求項5の発明は、前記ピーク電流を減少させている期間は、所定期間に設定される、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0021】
請求項6の発明は、前記ピーク電流を減少させている期間は、前記ピーク期間中の前記溶接電圧が前記基準電圧値未満になるまでの期間に設定される、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、アーク長が急速に長くなる現象が発生しても、早期にピーク電流値が減少するので、異常加熱状態を抑制することができる。このために、本発明では、アーク長が急速に長くなる現象の進行を抑制し、アーク長を迅速に適正状態に復帰させることができる。さらに、本発明では、ピーク電流を現象させている期間中とピーク電流を減少させていない期間中とで、パルス周期又はピーク期間の平均値が所定値未満の差となるので、両期間中の溶接状態を良好に保つことができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0025】
[実施の形態1]
実施の形態1の発明は、ピーク期間中の溶接電圧であるピーク電圧が予め定めた基準電圧値以上になったときは、ピーク電流を予め定めた減少値だけ減少させ、かつ、ベース電流を予め定めた増加値だけ増加させるものである。ピーク電流を減少させている期間は、所定期間に設定される。アーク長が急速に長くなる現象はアークスタート後の過渡期間中に発生することが多いので、以下の説明はアークスタート後の過渡期間中について説明する。定常溶接期間中の動作についても同様である。
【0026】
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するためのタイミングチャートである。同図(A)は溶接開始信号Stの時間変化を示し、同図(B)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(D)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(E)は修正期間信号Stkの時間変化を示す。同図において、上述した
図5と同一の動作についての説明は繰り返さない。以下、同図を参照して説明する。
【0027】
時刻t1において、同図(A)に示すように、溶接開始信号StがHighレベル(溶接開始)に変化すると、溶接電源が起動されて、同図(B)に示すように、溶接ワイヤ1は予め定めたスローダウン速度による送給が開始され、同図(D)に示すように、無負荷電圧が溶接ワイヤ1と母材2との間に印加される。スローダウン速度は、1m/min程度の遅い速度に設定される。
【0028】
時刻t2において、溶接ワイヤ1の先端が母材2と接触すると、短い短絡の後にアーク3が発生する。これに応動して、同図(C)に示すように、時刻t2〜t3の予め定めたホットスタート期間Th中は予め定めた大電流値のホットスタート電流Ih(500A程度)が通電する。同図(D)に示すように、溶接電圧Vwは、時刻t2から短い短絡の間は数Vの短絡電圧値に急減し、アーク3が発生すると時刻t3まで数十Vのアーク電圧値に増加する。時刻t2に溶接電流Iwが通電を開始すると、同図(B)に示すように、送給速度Fwは傾斜を有して加速されて、時刻t7に予め定めた定常送給速度Fwcに収束する。同図(E)に示すように、修正期間信号StkはLowレベルであり、後述するように、時刻t9〜t12の期間中はHighレベルとなる。修正期間信号StkがHighレベルの期間が修正期間Tkとなる。
【0029】
時刻t3にホットスタート期間Thが終了すると、時刻t3〜t4の期間中は、同図(C)に示すように、予め定めた定常ベース電流Ibcが通電し、同図(D)に示すように、アーク長に比例した定常ベース電圧Vbcが印加する。
【0030】
時刻t4〜t5の予め定めたピーク期間Tp中は、同図(C)に示すように、予め定めた定常ピーク電流Ipcが通電し、同図(D)に示すように、アーク長に比例した定常ピーク電圧Vpcが印加する。この時点ではアーク長が急速に長くなる現象は発生していないので、定常ピーク電圧Vpcは、破線で示す基準電圧値Vth未満となっている。基準電圧値Vthは、アーク長が適正範囲よりも長くなったときのピーク電圧値に基づいて実験によって予め設定される。すなわち、ピーク電圧値が基準電圧値Vth以上になったときはアーク長が適正範囲よりも長くなったときであり、アーク長が急速に長くなる現象が発生したときであると判別することができる。時刻t5〜t6のベース期間Tb中は、同図(C)に示すように、上記の定常ベース電流Ibcが通電し、同図(D)に示すように、上記の定常ベース電圧Vbcが印加する。上述したように、時刻t4〜t6のパルス周期Tf中の溶接電圧Vwの平均値が予め定めた溶接電圧設定信号Vrと等しくなるようにパルス周期Tf(ベース期間Tb)がフィードバック制御(周波数変調制御)される。
【0031】
時刻t6〜t8のパルス周期Tfの動作は、時刻t4〜t6のパルス周期Tfの動作と同様である。時刻t6〜t8のパルス周期Tf中の時刻t7において、同図(B)に示すように、送給速度Fwは定常送給速度Fwcに収束する。時刻t2〜t7の送給速度Fwの傾斜期間は50ms程度である。同図では、この傾斜期間中に2周期分の波形が描画されているが、実際には10周期程度となる。
【0032】
時刻t8からのピーク期間Tp中にアーク長が急速に長くなる現象が発生したために、同図(D)に示すように、ピーク電圧が立ち上がった時刻t9において破線で示す基準電圧値Vthを超えているので、同図(E)に示すように、修正期間信号Stkは時刻t9にHighレベルに変化する。この修正期間信号Stkは、時刻t9から所定期間後の時刻t12においてLowレベルに戻る。修正期間信号StkがHighレベルであるので、同図(C)に示すように、予め定めた修正ピーク電流Ipkが通電し、同図(D)に示すように、基準電圧値Vth以上の修正ピーク電圧Vpkが印加する。同様に、時刻t10からのベース期間Tb中は、修正期間信号StkがHighレベルであるので、同図(C)に示すように、予め定めた修正ベース電流Ibkが通電し、同図(D)に示すように、アーク長が長くなっているので定常ベース電圧Vbcよりも大きな値の修正ベース電圧Vbkが印加する。上述したように、時刻t8〜t11のパルス周期Tf中の溶接電圧Vwの平均値が上記の溶接電圧設定信号Vrと等しくなるようにパルス周期Tf(ベース期間Tb)がフィードバック制御(周波数変調制御)される。
【0033】
時刻t11〜t13のパルス周期Tfの動作は、時刻t8〜t11のパルス周期Tfの動作と同様である。時刻t11〜t13のパルス周期Tf中のベース期間Tb中の時刻t12において、同図(E)に示すように、所定期間が終了したために修正期間信号StkはLowレベルに戻る。時刻t9〜t12の修正期間Tkは50〜300ms程度に設定される。同図では、この修正期間Tk中に2周期分の波形が描画されているが、実際には10〜60周期程度となる。
【0034】
時刻t13〜t15のパルス周期Tfからは同図(E)に示す修正期間信号StkがLowレベルであるので、上述した時刻t4〜t8の定常溶接期間中と同様の動作となる。時刻t13〜t14の上記のピーク期間Tp中は、同図(C)に示すように、上記の定常ピーク電流Ipcが通電する。アーク長は修正期間Tkの電流制御によって適正範囲に復帰しているので、同図(D)に示すように、基準電圧値Vth未満の定常ピーク電圧Vpcが印加する。時刻t14〜t15のベース期間Tb中は、同図(C)に示すように、上記の定常ベース電流Ibcが通電し、同図(D)に示すように、アーク長に比例した定常ベース電圧Vbcが印加する。これ以降は、本周期の動作を繰り返すことになる。
【0035】
上記の修正ピーク電流Ipkは、上記の定常ピーク電流Ipcの値を予め定めた減少値Δdだけ減少させた値に設定される。上記の修正ベース電流Ibkは、上記の定常ベース電流Ibcの値を予め定めた増加値Δuだけ増加させた値に設定される。定常ピーク電流Ipcは、臨界値以上の値であり、1パルス周期1溶滴移行状態となる範囲に設定される。定常ベース電流Ibcは、臨界値未満の値であり、ベース期間Tb中に溶滴が形成されない範囲に設定される。修正ピーク電流Ipkは、臨界値以上の値であるが、減少値Δdだけ減少させているので複数パルス周期1溶滴移行状態となることが多い。修正ベース電流Ibkは、臨界値未満の値に設定されるが、増加値Δuだけ増加されているので、ベース期間Tb中に溶滴が少し形成されることになる場合が多い。
【0036】
アークスタート後の過渡期間中にアーク長が急速に長くなる現象が発生したときのアーク状態を、高速度カメラを使用して観察した。アーク長が通常状態のときは、ワイヤ突出し部の下端に形成されている溶滴からアーク3が発生している。アーク長が急速に長くなる現象は、ワイヤ突出し部の中間位置で溶断し、その溶断部からアーク3が発生した状態であることが判別した。ワイヤ突出し部の中間位置で溶断する理由は、溶断位置のワイヤ1に損傷があり、そのために異常加熱されて溶断したことが判別した。溶接ワイヤ1に損傷が生じる理由は、前回の溶接終了時に送給速度Fwが減速して送給が停止するときに、給電チップの内面と溶接ワイヤ1とが接触して給電する部分で摩擦、アーキング等によって溶接ワイヤ1に損傷が生じる場合があるためである。また、アークスタート時に送給速度Fwが加速されるときも、同様にして溶接ワイヤ1に損傷が生じる場合があるためである。そして、給電チップ内で損傷した溶接ワイヤ1の個所が、ワイヤ突出し部の中間位置まで送給されるためには、アークスタート後に100〜500ms程度の時間がかかることになる。このために、アーク長が急速に長くなる現象は、アークスタート後の100〜500ms程度の範囲に生じる傾向がある。但し、溶接ワイヤ1が損傷を受けても、溶接ワイヤ1の単位長さ当たりの抵抗値(以下、単位長抵抗値という)が小さい場合には、異常加熱は生じにくいために、アーク長が急速に長くなる現象は発生しにくくなる。定常溶接期間中に溶接ワイヤ1が損傷を受けた場合には、アーク長が急速に長くなる現象が発生する場合がある。定常溶接期間中に、送給速度Fwの加減速が繰り返される場合には、現象の発生頻度が高くなる。
【0037】
したがって、アーク長が急速に長くなる現象が発生するのを抑制するためには、給電チップ内での溶接ワイヤ1への損傷を防止するか、又は、異常加熱を防止するかになる。溶接ワイヤ1への損傷を防止することは難しいので、異常加熱を防止する対策を行うことにする。異常加熱は、溶接ワイヤ1の損傷部に大電流値のピーク電流が通電することによって発生する。このために、アーク長が急速に長くなる現象の発生をピーク電圧値が基準電圧値Vth以上になったことによって早期に判別し、判別時点からの修正期間Tk中は、定常ピーク電流Ipcを減少値Δdだけ減少させた修正ピーク電流Ipkを通電することによって異常加熱を防止する。但し、修正ピーク電流Ipkは、定常ピーク電流Ipcに近い値であるほど、すなわち、減少値Δdが小さな値であるほど、溶滴移行状態は良好になる。換言すれば、減少値Δdが大きくなると、溶滴移行状態が少し悪くなるので、スパッタが増加することになる。したがって、減少値Δdは、アーク長が急速に長くなる現象が進行しない範囲で、最小値に設定することが望ましい。異常加熱は溶接ワイヤの単位長抵抗値が大きいほど発生しやすくなる。このために、減少値Δdの適正値は、溶接ワイヤ1の単位長抵抗値に応じて変化させることが望ましい。この関係については、
図2で後述する。
【0038】
修正ピーク電流Ipkが定常ピーク電流Ipcよりも小さい値であるために、修正期間Tk中のパルス周期Tfの平均値は定常溶接期間中のパルス周期Tfの平均値よりも長くなる。パルス周期Tfが長くなると、溶接状態がやや不安定になる。パルス周期Tfが変化する理由は、上述した周波数変調制御のためである。修正期間Tk中のパルス周期Tfの平均値を定常溶接期間中のパルス周期Tfの平均値と等しくするためには、修正ベース電流Ibkを定常ベース電流Ibcよりも大きくすれば良い。このために、修正ベース電流Ibkは、定常ベース電流Ibcを増加値Δuだけ増加させた値に設定される。したがって、増加値Δuは、修正ピーク電流Ipkが設定された後に、修正期間Tk中のパルス周期Tfの平均値と定常溶接期間中のパルス周期Tfの平均値との差が所定値未満になるように設定される。所定値は、10%程度である。
【0039】
アーク長制御がパルス幅変調制御である場合には、パルス周期Tfは固定値となり、ピーク期間(パルス幅)Tpがフィードバック制御される。このために、修正期間Tkと定常溶接期間とでピーク期間Tpの平均値の差が所定値未満になるように、修正ベース電流Ibk(増加値Δu)を設定すれば良い。
【0040】
図2は、縦軸に示す減少値Δd[A]と横軸に示す溶接ワイヤの単位長抵抗値Rw[mΩ/mm]との関係を示す図である。
【0041】
同図に示すように、Rw<0.03の範囲では、Δd=0となっている。これは、溶接ワイヤの単位長抵抗値Rwが小さいために、溶接ワイヤに損傷が生じても異常加熱にならないためである。溶接ワイヤの材質がアルミニウムである場合には、この範囲に属する。
【0042】
Rw≧0.03の範囲では、右肩上がりの直線となっている。すなわち、単位長抵抗値Rwが大きくなるほど、減少値Δdも大きくなる。直径1.2mmの軟鋼ソリッドワイヤの場合、Rw=0.09となり、Δd=10Aとなる。直径0.9mmの軟鋼ソリッドワイヤの場合、Rw=0.16となり、Δd=20Aとなる。直径1.2mmのステンレス鋼ソリッドワイヤの場合、Rw=0.65となり、Δd=80Aとなる。直径1.2mmのステンレス鋼のメタル系コアートワイヤの場合、Rw=0.85となり、Δd=100Aとなる。
【0043】
図3は、
図1で上述した本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0044】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御による出力制御を行い、溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を上記の駆動信号Dvに従って高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトルを備えている。
【0045】
溶接ワイヤ1は、ワイヤリール1aに巻かれている。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。アーク3中を溶接電流Iwが通電し、溶接トーチ4内の給電チッップ(図示は省略)と母材2との間に溶接電圧Vwが印加する。
【0046】
溶接電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwを検出して溶接電圧検出信号Vdを出力する。溶接電圧平均値算出回路VAVは、この溶接電圧検出信号Vdを入力として、ローパスフィルタに通すことによって平均化して、溶接電圧平均値信号Vavを出力する。溶接電圧設定回路VRは、予め定めた溶接電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この溶接電圧設定信号Vrと上記の溶接電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0047】
電圧・周波数変換回路VFは、上記の電圧誤差増幅信号Evを入力として、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間Highレベルになる信号である。
【0048】
ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。タイマ回路TMは、上記のピーク期間設定信号Tpr及び上記のパルス周期信号Tfを入力として、パルス周期信号TfがHighレベルに変化するごとにピーク期間設定信号Tprによって定まる期間だけHighレベルになるタイマ信号Tmを出力する。したがって、このタイマ信号TmがHighレベルのときはピーク期間になり、Lowレベルのときはベース期間になる。
【0049】
溶接開始回路STは、溶接電源を起動するときにHighレベルとなる溶接開始信号Stを出力する。この溶接開始回路STは、溶接トーチ4の起動スイッチ、溶接工程を制御するPLC、ロボット制御装置等が相当する。
【0050】
溶接電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwを検出して溶接電流検出信号Idを出力する。電流通電判別回路CDは、上記の溶接電流検出信号Idを入力として、この値がしきい値(10A程度)以上のときは溶接電流Iwが通電していると判別してHighレベルとなる電流通電判別信号Cdを出力する。
【0051】
ホットスタート期間回路STHは、上記の電流通電判別信号Cdを入力として、電流通電判別信号CdがHighレベルに変化した時点から予め定めたホットスタート期間Th中はHighレベルとなるホットスタート期間信号Sthを出力する。ホットスタート電流設定回路IHRは、予め定めたホットスタート電流設定信号Ihrを出力する。
【0052】
溶接ワイヤ選択回路WSは、使用する溶接ワイヤの材質及びその直径の組み合わせを選択して、溶接ワイヤ選択信号Wsを出力する。例えば、直径1.2mmの軟鋼ソリッドワイヤを選択するとWs=1となり、直径0.9mmの軟鋼ソリッドワイヤを選択するとWs=2となり、直径1.2mmのステンレス鋼メタル系コアードワイヤを選択するとWs=3となる。
【0053】
単位長抵抗値設定回路RWRは、上記の溶接ワイヤ選択信号Wsを入力として、溶接ワイヤ選択信号Wsに対応する溶接ワイヤの単位長抵抗値を内蔵されているデータベースから読みだして、単位長抵抗値設定信号Rwrを出力する。
【0054】
減少値設定回路ΔDRは、上記の単位長抵抗値設定信号Rwrを入力として、
図2で上述した関係式に基づいて算出された減少値設定信号Δdrを出力する。
【0055】
溶接電流平均値設定回路IRは、予め定めた溶接電流平均値設定信号Irを出力する。
【0056】
定常ピーク電流設定回路IPCRは、予め定めた定常ピーク電流設定信号Ipcrを出力する。定常ベース電流設定回路IBCRは、予め定めた定常ベース電流設定信号Ibcrを出力する。
【0057】
修正ピーク電流設定回路IPKRは、上記の定常ピーク電流設定信号Ipcr及び上記の減少値設定信号Δdrを入力として、定常ピーク電流設定信号Ipcrから減少値設定信号Δdrを減算して、修正ピーク電流設定信号Ipkrとして出力する。
【0058】
定常溶接期間パルス周期算出回路TFCは、上記の溶接電流平均値設定信号Ir、上記のピーク期間設定信号Tpr、上記の定常ピーク電流設定信号Ipcr及び上記の定常ベース電流設定信号Ibcrを入力として、Tfc=(Tpr・(Ipcr−Ibcr))/(Ir−Ibcr)を算出して、定常溶接期間パルス周期信号Tfcを出力する。
【0059】
修正ベース電流設定回路IBKRは、上記の溶接電流平均値設定信号Ir、上記の定常溶接期間パルス周期信号Tfc、上記のピーク期間設定信号Tpr及び上記の修正ピーク電流設定信号Ipkrを入力として、Ibkr=(Tfc・Ir−Tpr・Ipkr)/(Tfc−Tpr)を算出して、修正ベース電流設定信号Ibkrとして出力する。
【0060】
修正期間回路STKは、上記の溶接電圧検出信号Vd、上記のホットスタート期間信号Sth及び上記のタイマ信号Tmを入力として、ホットスタート期間信号SthがHighレベルからLowレベルに変化した後に(ホットスタート期間Thの終了後に)、タイマ信号TmがHighレベル(ピーク期間)であるときの溶接電圧検出信号Vdの値が予め定めた基準電圧値Vth以上になったときはHighレベルにセットされ、それから所定期間後にLowレベルにリセットされる修正期間信号Stkを出力する。
【0061】
ピーク電流設定回路IPRは、上記の修正期間信号Stk、上記の修正ピーク電流設定信号Ipkr及び上記の定常ピーク電流設定信号Ipcrを入力として、修正期間信号StkがHighレベル(修正期間)のときは修正ピーク電流設定信号Ipkrをピーク電流設定信号Iprとして出力し、Stk=Lowレベル(定常溶接期間)のときは定常ピーク電流設定信号Ipcrをピーク電流設定信号Iprとして出力する。
【0062】
ベース電流設定回路IBRは、上記の修正期間信号Stk、上記の修正ベース電流設定信号Ibkr及び上記の定常ベース電流設定信号Ibcrを入力として、修正期間信号StkがHighレベル(修正期間)のときは修正ベース電流設定信号Ibkrをベース電流設定信号Ibrとして出力し、Stk=Lowレベル(定常溶接期間)のときは定常ベース電流設定信号Ibcrをベース電流設定信号Ibrとして出力する。
【0063】
切換回路SWは、上記のホットスタート期間信号Sth、上記のタイマ信号Tm、上記のホットスタート電流設定信号Ihr、上記のピーク電流設定信号Ipr及び上記のベース電流設定信号Ibrを入力として、ホットスタート期間信号SthがHighレベルのときはホットスタート電流設定信号Ihrを電流制御設定信号Icrとして出力し、ホットスタート期間信号SthがLowレベルであり、かつ、タイマ信号TmがHighレベルのときはピーク電流設定信号Iprを電流制御設定信号Icrとして出力し、ホットスタート期間信号SthがLowレベルであり、かつ、タイマ信号TmがLowレベルのときはベース電流設定信号Ibrを電流制御設定信号Icrとして出力する。
【0064】
電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icrと上記の溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、この電流誤差増幅信号Ei及び上記の溶接開始信号Stを入力として、溶接開始信号StがHighレベルのときは、PWM制御を行い、上記の電源主回路PMのインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0065】
送給速度設定回路FRは、上記の溶接電流平均値設定信号Irを入力として、予め内蔵されている溶接電流平均値と送給速度との関係式によって溶接電流平均値設定信号Irの値に対応した送給速度設定信号Frを算出して出力する。
【0066】
送給制御回路FCは、上記の送給速度設定信号Fr、上記の溶接開始信号St及び上記の電流通電判別信号Cdを入力として、溶接開始信号StがHighレベルになると予め定めたスローダウン速度で溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを出力し、その後に電流通電判別信号CdがHighレベルに変化すると予め定めた傾斜で加速して送給速度設定信号Frによって定まる送給速度Fwで溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記のワイヤ送給モータWMに出力する。
【0067】
同図は、アーク長制御の方式が周波数変調制御の場合である。パルス幅変調制御の場合は、上記のパルス周期信号Tfを所定値に設定し、上記の電圧誤差増幅信号Evに基づいて上記のピーク期間設定信号Tprをフィードバック制御するようにすれば良い。このときに、上記の修正ベース電流設定信号Ibkrは、修正期間中のピーク期間の平均値と定常溶接期間中のピーク期間の平均値との差が所定値未満になるように設定すれば良い。
【0068】
上述した実施の形態1によれば、ピーク期間中の溶接電圧であるピーク電圧が予め定めた基準電圧値以上になったときは、ピーク電流を予め定めた減少値だけ減少させ、かつ、ベース電流を予め定めた増加値だけ増加させる。減少値は、溶接ワイヤの単位長抵抗値に基づいて設定される。アーク長制御が周波数変調制御であるときは、増加値は、修正期間中のパルス周期の平均値と定常溶接期間中のパルス周期の平均値との差が所定値未満になるように設定される。アーク長制御がパルス幅変調制御であるときは、増加値は、修正期間中のピーク期間の平均値と定常溶接期間中のピーク期間の平均値との差が所定値未満になるように設定される。修正期間は、所定期間に設定される。これにより、本実施の形態では、アーク長が急速に長くなる現象が発生しても、早期にピーク電流値が減少するので、異常加熱状態を抑制することができる。このために、本実施の形態では、アーク長が急速に長くなる現象の進行を抑制し、アーク長を迅速に適正状態に復帰させることができる。さらに、本実施の形態では、ピーク電流を減少させている期間(修正期間)中とピーク電流を減少させていない期間(定常溶接期間)中とで、パルス周期又はピーク期間の平均値が所定値未満の差となるので、両期間中の溶接状態を良好に保つことができる。
【0069】
[実施の形態2]
実施の形態2の発明は、修正期間Tkはピーク電圧が基準電圧値未満になるまでの期間に設定されるものである。
【0070】
図4は、実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は上述した
図3と対応しており、同一ブロックには同一符号を付して、それらの説明は繰り返さない。同図は、
図3の修正期間回路STKを第2修正期間回路STK2に置換したものである。以下、同図を参照してこのブロックについて説明する。
【0071】
第2修正期間回路STK2は、上記の溶接電圧検出信号Vd、上記のホットスタート期間信号Sth及び上記のタイマ信号Tmを入力として、ホットスタート期間信号SthがHighレベルからLowレベルに変化した後に(ホットスタート期間Thの終了後に)、タイマ信号TmがHighレベル(ピーク期間)であるときの溶接電圧検出信号Vdの値が予め定めた基準電圧値Vth以上になったときはHighレベルにセットされ、その後にタイマ信号TmがHighレベルであるときの溶接電圧検出信号Vdの値が基準電圧値Vth未満になったときはLowレベルにリセットされる修正期間信号Stkを出力する。
【0072】
本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するためのタイミングチャートは、上述した
図1と同一であるので、説明は繰り返さない。但し同図(E)に示す修正期間信号StkのHighレベルからLowレベルへの変化タイミングのみが異なっている。すなわち、修正期間Tkの終了タイミングが異なっている。実施の形態1では、修正期間Tkの開始時点から所定期間が経過した時点で終了タイミングとなっていた。これに対して、実施の形態2では、ピーク電圧値が基準電圧値Vth未満になった時点が終了タイミングとなる。
【0073】
上述した実施の形態2によれば、ピーク電流を減少させている期間(修正期間)は、ピーク期間中の溶接電圧(ピーク電圧)が基準電圧値未満になるまでの期間に設定される。これにより、実施の形態1の効果に加えて、以下の効果を奏する。すなわち、本実施の形態では、修正期間を最適値に自動設定することができるので、種々の溶接条件ごとに修正期間を適正値に設定するための実験を行う必要がない。このために、生産準備が効率化する。さらに、修正期間が常に最適値に設定されるので、迅速に定常溶接状態へと収束させることができる。