【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らが特定形状の高密度ポリエチレン製シースで実施した再現試験では、温度が50℃を超えた場合は、曲げ半径が小さく、かつ長尺ケーブルで滑り量も大きい場合、緊張完了時点において国際規格で必要なシース残留壁厚とされる1.5mmを確保できず、例えば60℃になると緊張作業時にシース壁面の破れが発生することも判明した。
また、緊張を完了してケーブル1のPC鋼材の張力をPCケーブル両端定着体に固定した後も、偏向部RのPC鋼材偏向圧は保持されるため、前記の緊張によるすり減りが発生したプラスチック製シース壁面は継続して周囲コンクリートとの間で圧縮され続け、時間の経過とともにクリープ変形によるシース壁の凹み(保持荷重による凹み)が追加して発生する。この現象も周囲温度が高いと凹み量が大きくなることが判明している。
【0009】
一方、上記のすり減り直後の必要シース残留壁厚1.5mmに加えて、国際規格に準ずると、保持荷重による凹み量を0.5mm以内に制限することが求められており、緊張作業を完了し、その後のクリープ変形凹みを加味した最終的なプラスチック製シースの必要壁厚は、1.5mm−0.5mm=1.0mm以上となる。このプラスチック製シースの必要壁厚:1mmは、外部腐食因子からケーブル1内PC鋼材を全長に亘って包み込んで保護する機能、施工時の据え付け誤差による不測の過大なすり減り発生などを考慮した値であり、本発明者も極めて妥当な最終必要壁厚であると考える。
【0010】
従って、プラスチック製シースは高温で軟化してPC鋼材の緊張時の「すり減り量」やクリープ変形を伴う「保持荷重による凹み量」が大きくなる傾向があることから、PCケーブル1の長さ、コンクリート躯体2の緊張時の温度、PCケーブル1の曲げ半径の大きさとその配置位置、緊張ジャッキJの配置位置などを全て考慮しながら緊張作業を行う必要がある。一方で、PCケーブル1の配線は構造物に応じて全ての現場で異なることから、これらの要素を全て反映した試験を現場別に実施した後で緊張作業を行うことは、試験に多大な労力を要するため非現実的である。
【0011】
本発明者の調査では、今日までに国内でもPC橋梁のみでも1000橋を超えるプラスチック製シース(主に高密度ポリエチレン製シース)の採用実績があるが、前述した高温域における「すり減り」と「クリープ変形凹み」を意識した技術を開示した特許文献は見当たらない。
プラスチック製シースは、コンクリートを打設する際にはPC鋼材の後挿入や安定した緊張および確実なグラウト注入を行うための型枠の役目を担い、一旦コンクリートが固まれば緊張作業中でも外からはシース壁の損傷やすり減り量および保持荷重による凹み量を窺うことができない。このため、従来は、PC鋼材を塩化物から遮蔽して保護するための大切な防護壁を確保する、という目的に対するプラスチック製シースが高温時における必要な施工方法に対する認識が欠如していたと思われる。
【0012】
しかしながら、外部から侵入する塩化物を確実に遮蔽してPC鋼材を守る保護層として採用されるプラスチック製シースの壁面損傷防止は極めて重要で、この損傷を如何にして施工現場で回避して必要な残留壁厚を確保するかが重要となる。
【0013】
なお、シースとPC鋼材の間にスペーサを介在する技術が開示されているが、その技術は、シースが鋼製であるうえに、そのシース内のPC鋼材の周りにグラウトを満遍なく充填するためのスペーサである(特許文献2要約、段落0008等参照)。すなわち、スペーサはシースとPC鋼材が摺れることを防止するが、プラスチック製シースにおける上記高温域における「すり減り」と「クリープ変形凹み」を意識したものではない。
【0014】
以上の実状の下、この発明は、例えば、PCケーブルの早期緊張時における周辺コンクリートの温度上昇によるプラスチック製シースの温度上昇を抑え、必要なシース残留壁厚を確保できる所定の温度以下でPC鋼材の緊張を実施できる、安価で容易な手段を提供することを第1の課題とする。
また、プラスチック製シース壁の緊張時のすり減り量や保持荷重による凹み量が大きくなると想定されるケーブル位置のシース外面温度とシースから近傍距離のコンクリート躯体温度をそれぞれ計測し、別途に実施したすり減り試験および保持荷重による凹み試験の条件に応じた温度以下での緊張作業を確実に実施できる手段を提供することを第2の課題とする。
更に、緊張時にシース壁部のすり減り量を低減できるようにシースの形状範囲を特定したポリエチレンもしくはポリプロピレン等から成るプラスチック製シースを提案することを第3の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記第1の課題を達成するために、この発明は、上記シース内に冷却気を送り込んでそのシースの温度上昇を抑制することとしたのである。
この冷却気の送り込みによって、打設コンクリートによるシースの昇温が抑制されるため、シースの軟化が抑制される。このため、プラスチック製シース壁の緊張時のすり減り量や保持荷重による凹み量を抑制することができ、必要なシース残留壁厚を確保できる。
【0016】
この発明の構成としては、コンクリート構造物の躯体内にプラスチック製シース内にPC鋼材を挿通したケーブルを配置し、前記コンクリート躯体の硬化後に前記PC鋼材を緊張してその両端を定着するとともに、前記プラスチック製シース内にグラウトを注入するプレストレストコンクリート内ケーブルの構築方法において、前記PC鋼材の緊張時、前記シース内に冷却気を送り込むようにした構成を採用することができる。
【0017】
この構成は、上記ケーブルが、上記コンクリート構造物の躯体内に曲がり部と直線部を有して配置されるコンクリート構造物に有効である。ケーブルが曲がり部と直線部を有する場合、ケーブル緊張時、前記曲がり部に偏向圧が生じ、その偏向圧が生じた部分に緊張によるすり減りが発生し易いため、プラスチック製シースを冷却することは、シースの軟化によるそれらの偏向圧による壁厚減やすり減りを抑制できるからである。
上記曲がり部の曲がり度合の下限は、必要なシース残留壁厚を確保できる所定の温度以下でPC鋼材の緊張を実施できなくなる程度の曲げ半径を言い、その曲げ半径は、実験や実施工(過去の施工実績)等の経験則によって適宜に決定する。所定の温度も同様に実験や実施工等の経験則によって適宜に決定する。
【0018】
上記シース内への冷却気の送り込み手段は、送風機等により、シースの端等、例えば、定着体の注入孔、排気孔から適宜に行えば良いが、例えば、グラウト注入・排気又はオーバーフローを目的とした排気口付きシースをケーブルシースに設け、その排気口付きシースを介してケーブルシース内に冷却気を送り込むようにすることができる。
プラスチック製シースに設置される排気口付きシースは、コンクリート躯体からホースを介して作業性の良い場所に複数配置され、例えば、ケーブル中間部等に配置されて開口しているものであり、これらの任意のホースから排気口付きシースを介して冷却気を送り込み、シースの内側を冷却するとともにケーブル端部の排気口付きシースもしくはPC鋼材の定着体部などから排気させることにより、シース内に挿入されたPC鋼材、シース本体、およびシース周りの一部コンクリート範囲を冷却する。すなわち、排気口付きシースは、PC鋼材の緊張完了後に実施されるグラウトの注入や注入時のシース内のエア抜き、およびグラウトが充填注入された後の残留空気を追い出すためのオーバーフローなどを目的とされる既存のものであるため、この発明のために新たに設ける必要はない。
【0019】
このとき、油圧ジャッキ等による緊張がPCケーブル片端からの片引き緊張である場合には、冷却気の送風孔は、任意の排気口付きシースに接続したホース開口部に限らず、ケーブル他端の固定側定着体に設けたグラウト注入孔や排気孔から実施してもよい。
また、冷却気の送風孔とシース内を冷却した後で排気させる排気孔の位置は、特に冷却しなければならないケーブルシース位置を意識しながら選択し、それ以外の排気口付きシースのホース開口部もしくは定着体の注入孔や排気孔は冷却気が漏れないように閉塞しておくことが望ましい。
【0020】
冷却気は、PC鋼材の緊張中のみならず、緊張前、緊張後、又は緊張前及び緊張後にも、上記冷却気を送り込むことが好ましい。
すなわち、プラスチック製シースの内側にPC鋼材が貫通された状態で、PCケーブルの片端もしくは両端に緊張ジャッキを配置した緊張作業直前の状態で送風をはじめ、排気される空気の温度が所定の温度以下となった時点で緊張作業を実施するとよい。
このPC鋼材の緊張より所定の時間前から冷却気の送風を開始し、緊張中および緊張完了後も継続して冷却気を送風し、緊張されたPC鋼材の偏向圧(ケーブル曲がり部での押付け力)でプラスチック製シースの壁面がクリープ変形を伴う保持荷重による凹みの進行が生じない所定温度以下にコンクリートの躯体温度が低下したと判断出来たら送風を停止する手段をとることが好ましい。
【0021】
因みに、恒温槽を使った実験により、設計で採用できる最も小さいケーブル曲げ半径の偏向圧による長尺ケーブルの「すり減り量」と「保持荷重による凹み量」はあらかじめ試験を実施してデータを取得できる。
プラスチック製シースの温度特性から長尺ケーブルのPC鋼材を緊張できる実用的な高温条件は例えば最大でも50℃〜60℃である。一方、夏の暑中における部材厚さの大きなマスコンクリートのピーク温度は80℃〜90℃にも達する。このため、プラスチック製シースはこのような温度領域では軟化してPC鋼材の緊張滑りと偏向圧力によって容易に損傷し、場合によっては壁に穴が開いてしまう。
【0022】
従って、緊張前から冷却気の送風を実施して排気される空気温度を確認し、事前の試験で確認できた所定の温度領域までシース温度を低下させてからPC鋼材の緊張・定着を行う。更に、緊張・定着後も送風を停止すると、周辺領域のコンクリートが高温の場合はプラスチック製シースの温度はすぐに周辺領域のコンクリート温度まで上昇して軟化し、PC鋼材の大きな偏向圧(保持荷重)によりシース壁面を押しつぶすクリープ変形を伴う凹みの進行が懸念されることから、周囲のコンクリート温度が事前の試験で確認できた温度領域まで低下したと判断された時点で冷却気の送風を停止する手段をとることが好ましい。
【0023】
第2の課題を達成するため、この発明は、上記PC鋼材の緊張時、上記ケーブルシースが高い温度となる位置、同大きな偏向圧が想定される位置、又はPC鋼材の前記シース内での大きな滑り量が想定される位置の少なくとも一つの前記シースの外側部と、冷却気の影響を受けないケーブルシースから近傍距離のコンクリート躯体内部とに、それぞれ温度センサーを配置し、その両温度センサーの検出値に基づき、上記冷却気の送り込み量を制御する構成を採用することができる。
「大きな滑り量」は、必要なシース残留壁厚を確保できる所定の温度以下でPC鋼材の緊張を実施できなくなる程度の滑り量を言い、その量は、実験や実施工等の経験則によって適宜に決定する。所定の温度も同様に実験や実施工等の経験則によって適宜に決定する。
【0024】
このようにすれば、高い温度となる位置、同大きな偏向圧やPC鋼材のシース内での大きな滑り量が想定される位置のケーブルシース外側の温度センサーでシース温度を確認し、事前の試験で確認できた管理温度を超えている場合には、緊張作業前から冷却気を送ってPC鋼材、シース本体、およびシース周りの一部コンクリート範囲を冷却して管理温度以下になってからPC鋼材を緊張、定着する。前者の温度センサーは、高い温度となる位置等の全てに設けたり、必要と考える任意の位置に選択的に設けたりして、最も高温となる少なくとも一つの位置に設ける。
【0025】
一方、緊張・定着後も送風を停止すると、周辺領域のコンクリートが高温の場合はプラスチック製シースの温度はすぐに周辺領域のコンクリート温度まで上昇して軟化し、PC鋼材の大きな偏向圧(保持荷重)によりシース壁面を押しつぶすクリープ変形を伴う凹みの進行が懸念される。このため、定着後も冷却気の送風を継続し、冷却気の影響を受けない程度にシース壁面から離れた近傍距離のコンクリート躯体内温度を温度センサーで確認し、管理温度以下になった時点で冷却気の送風を停止する手段を取る。この温度センサーもコンクリート躯体内部の数カ所に設けることができ、また、省略することもできる。省略する場合は、上記ケーブルシース外側の温度センサーが所要温度(例えば、50℃)以下を検出した後、外側のコンクリート躯体の熱により温度上昇してその所要温度にならない時間(所定温度に安定するまでの時間)、又は、所定温度を一定時間続けて検出するまで、前記冷却気の送風を続けることが好ましい。その安定時間、一定時間は実験や実施工などによって適宜に設定する。
【0026】
また、一般的にプラスチック製シースの形状は、長尺PC内ケーブルで想定されるケーブル曲り部でのPC鋼材の緊張伸びによるシース壁のすり減り量を低減できるようにPC鋼材とシース内面との接触部を大きく(幅広く)する目的で、シースのリブピッチを大きくすることが望まれる。
一方、PC内ケーブルの設計条件としてPC鋼材、シース、および周辺コンクリートは、PC鋼材の緊張作業が完了した後でシース内に充填注入されて硬化するグラウトにより相互に一体化され、所定の付着力を伝達できることが必要であり、無制限にシースのリブピッチを大きくできない制約がある。
【0027】
このため、第3の課題を達成するこの発明の高密度ポリエチレンもしくはポリプロピレン等から成るプラスチック製シースは、グラウトがセメントの場合、そのグラウトとPC鋼材との間の最大付着力が、グラウトとシース内面との付着力、又はシース外面と周辺コンクリートとの付着力よりも小さくなるようなシースの最大リブピッチとリブ高さを過去の研究や実績から特定した構成を採用したのである。
すなわち、緊張されるPC鋼材からプラスチック製シース壁への偏向圧の分散が良好となる大きなリブピッチで、PC内ケーブルとして設計上必要な付着力を発現できるシースの形状として、シースの内径dと外周リブピッチpの比がp/d=0.55〜0.75、外周リブの突出高さhが3.0mm〜6.0mm、シースの壁厚tが2.0mm〜3.5mmであることとしたのである。
【0028】
p/d:0.55未満であると、偏向力qのシース壁に対する分散が悪くなって大きな腹圧力が生じ、例えば50℃の高温状態ではすり減り量とクリープ変形による凹み量が大きくなって必要残留壁厚を維持できなくなる。一方、p/d:0.75を超えると、偏向力qの分散は良好で腹圧力は小さくなるが、上記の必要な付着力を確保するために必要な外周リブの突出高さが極めて大きくなり、PCケーブルの外径が大きくなって理想的なPC内ケーブルの配線ができなくなる。
以上から、必要残留壁厚を確保できるp/dの範囲を実験で上記のとおりに設定し、それぞれのシース径とケーブル容量に応じたグラウトとシース内面との付着力及びシース外面と周辺コンクリートとの付着力が、内設するPC鋼材とグラウトとの付着力よりも大きくなるようなプラスチック製シース外周リブの突出高さhを小径(例えば、内径35mm)シースで3.0mm〜太径(例えば、内径105mm)シースで6.0mmと設定した。
また、ケーブル容量に応じて偏向力は異なり、一般には小径シースよりも太径シースの偏向力が大きくなる。緊張作業後の残留壁厚を確保するためにはプラスチック製シースの壁厚tも同小径シースで2.0m〜同太径シースで3.5mmが必要である。
【0029】
因みに、我が国において、プラスチック製シース用ポリエチレンは、その密度:JIS K6922−1、引張降伏応力:JIS K6922−1、引張呼びひずみ:JIS K6922−2、メルトマスフローレート:JIS K6922−2、デュロメータD硬さ試験:JIS K7215、ビカット軟加点:JIS K7206に規定された規格値を有することとされている。
また、PC内ケーブルにはφ35mm〜φ105mmの内径を有するプラスチック製シースが多用され、それぞれのシースサイズに内包されるPC鋼材の引張力(ケーブル容量)も施工性や経済性から基準書などで決められている。例えば、内径:φ35mmのシースで、PC鋼材:φ21.8mmモノストランド、内径:φ75mmのシースで、PC鋼材:φ15.2B×12本等である。上記「p/d」等は、それらのケーブルの実験や実施工等において得たものである。